実は気づいてなかったけど、転生先がキングダムだった話、する?   作:匈奴人

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「」と『』の使い分け。
「」はその文章の視点人物の言語
『』はその文章の視点人物の言語ではない言語

中華の言葉と匈奴の言葉が入り交じるので、こうやって戦場の言葉が伝わらない感じを書いています。


第7話  決着

《趙軍別働隊 馬南慈 視点》

 

 時は、匈奴軍別働隊の将岩郭の必殺の一撃が、馬南慈軍中央を食い破ろうと突撃した時まで遡る。

 

「馬南慈様! 敵の本軍が中央に突っ込んできます!」

「何だと?」

 

 敵左軍の中から飛び出し、馬南慈軍の右端を破壊しようとしていた敵騎馬隊に狙いを定めていた馬南慈は、付き従う兵の言葉に馬を走らせながら、突撃してくる敵騎馬に目を向けた。

 

「あいつらどこにあんな数が」

「……後ろの森に隠しておったのだろうな。気づかんかったわ」

 

 それにしても、と馬南慈は視線を、右軍を切り潰す敵騎馬隊にやる。

 陣形の右端を狙った騎馬隊はそこを大いに討ち、右軍正面に数を増した敵軍と併せて、右軍を壊滅させようと苛烈な攻撃を続けていた。

 

「やってくれるわい」

 

 全部が、馬南慈軍を大きく崩す必殺の手だった。

 

 複数の隊を動かし連続的に位置をずらしつつ波状攻撃をしかけてからの、三連続の手。

 

 第一に左の山から飛び出してきた五〇〇の騎馬隊。

 敵が特に激しく波状攻撃を左軍に仕掛けてきていたのもあって、そのままであれば左軍は壊滅とは行かないまでも大きく崩され押し込まれていただろう。

 

 そして二手目は一手目に隠れて放たれた、右側の一五〇〇の騎馬隊。

 全軍でも一五〇〇〇の馬南慈軍にとって、一五〇〇の騎馬が一つの戦場に必殺の一撃として投入されるのは、そのままその場所の崩壊を示している。

 

 そして最後の一撃、馬南慈軍を左右に引き伸ばしてからの、一〇〇〇の騎馬による中央突破。

 先程までの攻撃が、それぞれ左軍の大きな劣勢、右軍の崩壊を招くのに対して、最後の一手は、両側から襲いかかる二つの騎馬隊を含めて、一気に馬南慈軍全体を叩き潰す。

 

 この三つの手が連動して発動された。

 

 今回の匈奴(しんりゃくしゃ)の侵攻軍は、馬南慈がいつも戦っている月氏や烏孫、東湖(しんりゃくしゃども)の軍より更に精強であるということを踏まえても。

 

 早い段階で予備隊を出して、正面からの削りあいではなく馬南慈軍の兵を大きく削り。

 更に最後に不可避の必殺の一撃を叩き込んできたこの軍の将は脅威である。

 

 馬南慈はそう判断した。

 

「馬南慈様。いかがされますか?」

「先にこっちだ」

 

 判断したが。

 

「右に入ってきている侵略者共を叩き潰してからだ」

 

 その上で、右の部隊を叩き潰してからでも、中央が崩壊する前に戻れる自信が、馬南慈にはあった。

 そしてそれは、自身と李牧が練兵を施した自らの軍に対する絶対の自信でもある。

 そうやすやすと、侵略者に打ち破られる馬南慈軍ではないのだ。

 

 最前線の一歩後ろで前線を支える兵士たちをかき分けて、馬南慈の本隊は右に入った敵騎馬隊を目指す。

 馬南慈が敵を見据えていると、同様に、敵の先頭で矛を振るっていた男が矛をかかげながら声をあげる。

 

『敵本軍だ! バイタは五〇〇を率いてそのまま荒らし続けろ! 残りは俺とともに敵将を討つ!!』

『『『『オオッ!』』』』

 

「何やら言っておりますな」

「ふん、奴らの言葉はわからんが、大方わしを討とうと言うんじゃろうな」

 

 こともなげに言った馬南慈の言葉に、護衛の兵士は思わず苦笑をこぼす。

 

「馬南慈様を討とうなどとは」

「蛮族共はものを知らんように思いますな」

 

 護衛達の言葉を耳にしながら、馬南慈は更に加速する。

 

「馬南慈様が出陣したぞ! 道を開けよ!」

 

 護衛の兵士がそう声をあげていることで、それを聞いた馬南慈軍の兵士達が、馬南慈とその本隊が通り抜けるための、敵騎馬隊までの道を開いてくれる。

 

「騎馬五〇〇、向こうの騎馬を抑えにいけ」

「はっ! 第一隊、奥の敵騎馬を討つぞ!!」

 

 隊を割った敵騎馬隊に対して、馬南慈もその指示を出した。

 敵将を仕留めたところで右側を大きく崩されては意味がない。

 

 そしてそのまま、馬南慈と敵将率いる騎馬隊の距離が縮まっていく。

 

『ジャイガ様お一人で?』

『そこはこだわらん。囲んで討てるならそれでいい』

『では先に参らせてもらいますよ!』

 

 敵将よりも先に、その両脇から飛び出してきた二期の騎馬が、馬南慈軍の歩兵を切り払いつつ馬南慈に肉薄した。

 それに対して趙側は、馬南慈が先頭に立って駆けるまま陣容の変更はなく。

 護衛の兵士は、馬南慈に先頭を譲ったままその後ろに従い突き進んだ。

 

『もらったぞ、趙将!!』

『我ら二人の攻撃に──』

 

 左右両脇から敵二人が振り下ろす矛が馬南慈に迫る。

 更にその後ろから、敵騎馬隊の将が迫り──

 

「片腹痛いわ!! 侵略者共が!!」

 

 馬南慈の振るった大矛が、敵先頭の二名をまとめて斬りとばす。

 

『何っ!』

 

 続けざまにその後ろから振るわれた敵の矛も、馬南慈は難なく受け止めた。

 

「その程度でわしに届くと思うてか!」

『くっ──』

 

 そして返す矛の一撃で、防御する敵の体勢を崩し、返す矛で敵将の上半身を斜めに両断した。

 

『なっ、ジャイガ様っ!?』

『馬鹿な、ジャイガ様が一撃で──』

『来るぞ──あぱっ』

 

 更に続けて、敵将の後ろに続いていた騎馬を数騎叩き切る。

 将を失い、更に先頭の特に手練だったであろう数騎を失ったことで、右の敵騎馬隊の動きは完全に止まった。

 

「第三隊はここに残って歩兵とともに敵騎馬を狩れ。わしは敵将を叩きに行く。残りはわしに続けい」

「はっ! 第三隊行くぞ!」

 

 馬南慈軍右軍に突入して歩兵を狩っていた騎馬だが、馬南慈を狩るために敵軍内に突撃した上に、将を殺されて動きが止まってしまっては、もはやまともに戦うすべは無い。

 いつもの匈奴のように、例え指揮官が討たれても個々の暴力で暴れるのではなく、策を用いて集団で戦う此度の匈奴を止めるには、頭を潰すだけで十分であると馬南慈は判断したのだ。

 

 故に後は、右軍の兵と馬南慈本隊の第三隊で十分であると判断し、馬南慈はその場を離れて、中央軍を大きく切り裂いている敵将の本隊を止めに向かった。

 

 

 

 

 が、ここで馬南慈は、匈奴の軍について一つ、勘違いをしていた。

 敵騎馬隊の勢いが止まったのは、正面に馬南慈という圧倒的脅威が出現したからであって、頭を失って混乱したからではない。

 

 確かに今の匈奴の軍は、他の烏孫や月氏などの騎馬民族のように、野蛮で個々を重視する群れではない。

 故に将が討たれた上で、個々の暴力によって暴れまわるような無謀さは今の匈奴軍にはない。

 

 だが一方で匈奴には、その王が、単于が作り上げた、頭を失っても戦える、あるいは新しい頭がすぐに生えてくるような調練と教育が施されているのだ。

 故に、すぐにそのまま先頭の数騎が馬南慈本隊第三隊に突撃して時間を稼ぎ、稼いだ時間で将の下についていた指揮官が行動を起こす。

 

『指揮はこのニキナが引き継ぐ! マッシュウは一〇〇を率いてバイタ隊の援護に向かえ。タンジは二五〇で左側を完全に崩してこい。残りは俺と一緒に下がりながらこいつらの相手だ。合間に討てるなら歩兵も討って構わんぞ』

『承知した! マッシュウ隊続けい!』

『こちらも行くぞぉ! 敵右軍を粉砕する!』

『『『『オオッ!!!』』』』

 

 残った中でも能力のある指揮官が隊全体の指揮を引き継ぎ、すぐさま匈奴の騎馬隊は息を吹き返した。

 そのまま指示を受けた隊は移動を初め、未だ最大数が残る本隊も馬南慈軍第三隊の攻撃を受け止めつつゆっくりと後退を開始する。

 

「ぐっ……! こいつら結構やるぞ……!」

「もう立て直したのか!?」

「ばかな、こいつらの将は馬南慈様が討ったはずだ!」

 

 一方の馬南慈本隊から分離した部隊は、即座に立て直した敵騎馬隊の動きと、いざぶつかってみてわかるその個々の兵の精強さにたじろぐ。

 

「あの男が最初に叫びをあげていた。あいつが指揮を引き継いだのかもしれん」

「なんでも構わん! 我らの役目は奴らを全員討ち取ることだ! 第三隊行くぞぉ!」

「「「「おおお!!」」」」

 

 だが、そこは長年この死地を守り続けてきた馬南慈の配下たる者たちである。

 すぐさま与えられた役割を思い出して、再度下がっていく敵騎馬隊への追撃を開始した。

 

 

 

 一方右から中央へと向かった馬南慈は、既に視界に敵本隊の先頭を走る敵将の姿を目指していた。

 容易く見つけて直線で目指すことが出来たのは、右軍に移動していた馬南慈からでも見えるほどに、中央軍が大きく切り裂かれ、ひときわ人が激しく吹き飛ばされている場所があったからだ。

 

「早いぞ、あの一団は!」

「中央軍が……!」

 

 その破壊力は、馬南慈の想像すらも上回っていた。

 練り上げられ騎馬民族との戦いで叩き上げられた馬南慈軍の歩兵や騎馬が、まったく障害と成ることが出来ずに蹂躙されていく。

 馬南慈が敵将にたどり着く頃には、中央の八割方は抜かれているだろう。

 

「急ぐぞ」

「はっ! 馬南慈軍の兵よ、道を開けよ!」

 

 その姿に、馬南慈は歯を食いしばる。

 

 馬南慈は、兵士としてこの北の台地で戦っている。

 それは、生まれたこの地を愛しているだとか、あるいは、今の住まいがここであるからだとか、単純にこの大地が好きであるからだとか。

 あるいは人々が好きだとか、敬愛する人がいるだとか、趙の国を守りたいだとか。

 

 そういう色々な理由もある。

 

 だが、その上で騎馬民族との戦に何を持ち出し、何を敵にぶつけているかといえば、それは一つしか無い。

 

 それは。

 

『そいつを止めろおおぉ!!!』

『岩郭様! お下がりください!!』

 

 敵将を守らんとして飛び出し来た敵兵を切り捨て、敵将に襲いかかる。

 

「貴様が匈奴の将かぁぁぁぁ!」

 

 趙の国を犯し、民を殺し、人々の生活を壊す騎馬民族(しんりゃくしゃ)に対する、とてつもなく強い、“怒り”である。

 

「趙を侵す侵略者は、この馬南慈が切り捨ててくれるわあぁぁぁ!!」

『ちぃぃ!』

 

 馬南慈の振るった矛は、受けた敵の大将を騎馬ごと大きく吹き飛ばした。

 

『岩郭様!』

「やったか!?」

 

 大きく吹き飛ばされた敵将に、敵味方双方から声が上がる。

 馬南慈の怒りのこもった一撃は、これまでも侵略者共の強者を存分に打ち砕いてきた。

 どれほど凶暴な武を誇る猛者であろうと、どれほど優れた知を操る猛者であろうと。

 

 多くの強者達を、李牧の必殺の武である馬南慈は打ち砕いてきたのだ。

 

 故に“雁門の鬼人”と。

 そう騎馬民族から呼び恐れられているのが馬南慈という男だ。

 

 だが。

 

『ガトウ、五〇〇を率いて中央軍突破を継続せよ! そのまま左右の軍とともに敵を壊滅させい!』

『おおっ!! ガトウ隊続けい!! この戦の趨勢は我らにかかっているぞお!!』

 

 先頭の将が討たれ、勢いが死んだはずの匈奴軍から半数ほどが離脱し、そのまま馬南慈軍を横目に中央軍の突破を継続する。

 

「なっ、奴ら将を討たれて!?」

「他に将がいたのか!?」

「追えっ、奴らをいかせるな! 我らが追います、馬南慈様!」

『おっと、もう少し俺等に付き合えよ』

『全隊敵騎馬を抑えろ!』

 

 馬南慈の本隊が馬南慈の指示を受ける間もなくその後を追おうとしたが、残った部隊がそれを阻むように進路に割って入る。

 それは、明確に連携を行う隊の動きであった。

  

 

 この時代、中華の軍において。

 将というのは、その軍の規模が大きくなるほど、そしてその軍が鍛えられ実戦をくぐり抜けていればいるほどに、軍にとっての重みが増す存在である。

 

 苦しい練兵を共に乗り越え。

 いくつもの戦いをくぐり抜け。

 

 ときにその背中で兵を鼓舞し、ときに言葉で兵を引っ張る将と。

 

 ときに将の背を支え、あるいは刃となり、ときにその身すら呈して将を守る兵と。

 

 そこに育まれる繋がりは、言葉にすることすら出来ないほど強固なものとなる。

 兵は、将を尊敬し、愛し、唯一として崇め、身を捧げ。

 将は、その献身に答えるように、全霊をもって彼らに己の輝きを示し続ける。

 

 そういう、もはや断つことも解くことも出来ない、太く、絡み合ったつながり。

 それが、将と兵の間にある繋がりだ。

 

 故に大軍同士の戦いにおいては時折、軍の力が健在であっても、将を討たれることで戦に敗れることがある。

 

 それが中華における将というものだ。

 

 だが、匈奴の軍はそんな常識を容易く踏み越えて、討たれた将の死を悲しみも、あるいは怒りすら馬南慈にそれを向けることもせず、淡々と戦で成すべきことを成すために動く。

 

 それこそが、アイショウとその仲間たちが作り上げた、真に戦のための軍の根幹であるし、匈奴の軍の兵士とて、将との間に大きなつながり、絆を持ち、将が討たれば怒り、嘆きもする。

 将と兵の繋がりで大きな力を生み出すことだってある。

 ただ、それを表に出さずに軍としての行動を継続できるように鍛えられ仕込まれているだけで。

 

 それを知らない馬南慈軍の兵士たちには、将が討たれた後も平然として行動する匈奴の兵士たちが不気味なものに見えた。

 

 だが、そもそもとして。

 

「やるじゃあないか、趙の将。今のは効いたぞ」

 

 匈奴の将たる岩郭は、未だ討たれてなどいない。

 

「こいつ、馬南慈様の一撃をっ!?」

 

 叩き斬ろうとした当の馬南慈は、敵将を吹き飛ばした瞬間に気づいた。

 馬南慈軍の別の騎馬を屠っていた敵将は、斜め後ろから突入してくる馬南慈に対して馬の方向転換が間に合わず、まっすぐに受けることが出来なかった。

 

 故に馬南慈の矛を受け止めつつ、そのまま馬ごと大きく後方に敢えて飛ばされたのだ。

 騎馬の扱いに長けた騎馬民族ゆえの芸当である。

 

 その相手の受けによって、馬南慈の攻撃は敵将に対した負傷を負わせることが出来なかったのだ。

 

「当たった瞬間に自ら飛びおった。そんな器用な芸当が出来るとはな。流石は年中馬に乗っておる奴らじゃわい」

「そう褒めるなよ。嬉しくなるじゃないか」

 

 馬南慈の言葉に、岩郭はおどけるように返す。

 

「こいつ、我らの言葉を!?」 

「珍しい話じゃないだろう。お前らにだって我らの言葉を話す者はいるだろうに」

 

 暴力的な侵略者であるはずの匈奴が、中華の言葉を話し、馬南慈の言葉に答える。

 それが馬南慈本隊の兵士にとっては衝撃だった。

 

「さて、押し通らせてもらうぞ。馬南慈とやら」

「行けるものなら行ってみい。この馬南慈を抜けるものならな。それに、貴様が行ったところで、貴様らの将はとうの昔に李牧様に討たれておるわ」

 

 李牧、という言葉に、岩郭がピクリと表情を動かす。

 その名前は、今回の趙への侵攻において、特に警戒する必要があると伝えられた将の名だ。 

 そして同時に、目の前の男の名前にも聞き覚えがあるのを思い出す。

 

「へえ……。同じ草原を駆ける友(ママラガッハ)から聞いたことのある名だな。そいつに気をつけろってな。そんで、『李牧は鬼を飼っている』とも言っていた。てことはお前が、“雁門の鬼人・馬南慈”か」

 

 話しながらも、岩郭は吹き飛ばされた位置から馬南慈に向けて馬を進める。

 それに合わせて、馬南慈軍、岩郭軍ともにいつでも飛びかかることが出来るように身構えた。

 

「いかにも。儂が“雁門の鬼人”馬南慈である。貴様のような侵略者どもに鉄槌を食らわしているうちに、いつの間にかそう呼ばれるようになっておったわ」

「大層な二つ名だ」

 

 いよいよ馬南慈と岩郭互いの間合いが迫り。

 

「貴様にも、儂の怒りの鉄槌を食らわしてやろう。侵略者共の将よ」

「ほざけ、先に俺たちを侵略したのはお前たち趙国だ」

 

 二人の振り下ろした矛が、勢いよく衝突した。

 

『奴らを皆殺しにしろ!!』

 

 いち早くそれに反応したのは、岩郭の副官をつとめる男ヤンマンだ。

 すぐさま隊に号令をかけ、馬南慈本隊に襲いかかる。

 

「侵略者共を皆殺しだ!!」

 

 それに遅れを取らじと、馬南慈本隊も呼応して襲いかかる。

 ほぼ同数の騎馬と騎馬のぶつかり合いの中で、敵を屠っていたヤンマンは、馬南慈と激しく打ち合っている岩郭を見る。

 

『岩郭様!』

 

 ちょうど互いに弾き合い距離が離れたところで、ヤンマンは岩郭に呼びかけた。

 それは、岩郭にこの後の指示を仰ぐ言葉であり、援護は必要かと確認する言葉であり、己が動くべきかとい進言であり。

 

 岩郭はその意味を正確に読み取り、そして短い言葉に全てを込めて返し、すぐさま馬南慈に向けて打ち込んだ。

 

『任せる』

『っ、承知! 騎馬二十騎ついて参れ! 残りは岩郭様をお守りしろ!』

 

 矛を高く掲げた岩郭の副官ヤンマンは少数の兵を率い。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「やつら何を──」

「む、いかんな。やつらをいかせるな! 五十チィ──!」

「ルォォアァ!」

 

 馬南慈軍においてそれを正確に理解したのは馬南慈だけであった。

 そして自軍の兵に指示を出そうとする馬南慈に、今度は攻勢に出た岩郭が襲いかかった。

 

 馬南慈の剛力に、打ち合って大きく押し込まれていた鬱憤を晴らすかのように猛攻を浴びせる。

 

「随分と重たいな!! お前の一撃は!!」

「ちぃ! 貴様らへの怒りがこもっておるのだから当たり前であろうが!」

「ぅぐっ!」

『岩郭様!』

 

 その猛攻を、馬南慈は力づくで馬ごと弾き飛ばす。

 吹き飛ばされた岩郭はしかし、部下に支えられながらすぐさま体勢を立て直す。

 

「ばはぁ! 効かんな馬南慈ぃ!!」

 

 この戦場の大将同士のぶつかり合いにおいて、力が上なのは馬南慈である。

 現に馬南慈の攻撃は、いくども岩郭を弾き飛ばし、傷を与えている。

 一方の岩郭も馬南慈に傷は与えているものの、膂力の差を技術で補いきれずに押されている。

 そのまま戦っていれば、いずれ大きな傷を受けて岩郭は死ぬだろう。

 

 だが逆に言えば、馬南慈が一撃で決めきれぬ程度には、岩郭と馬南慈の力は離れていなかった。

 馬南慈が、侵略者に対する怒りに駆られて全力を発揮しているにも関わらず、である。

 幾度も押し込まれながら、死の淵の際で岩郭は踏みとどまり続けている。

 

 馬南慈は岩郭に時間を稼がれ、岩郭は一歩間違えれば死ぬ。

 それでも、二人が矛を引くことはない。

 

 馬南慈は、先程この場を離れた騎馬が、岩郭に次ぐ指揮官であることを見抜いていた。

 それが先に行った騎馬五〇〇を追った意味も。

 あれは、先に行った騎馬五〇〇と合わせて馬南慈軍を屠り、そのまま()()()()()()()()()()()()()()()、敵本軍を包囲する軍の背を突きに行くつもりだ。

 

 それがわかっていてもなお、馬南慈は、目の前の将を放置して、再び軍に合流される方が危険であると判断した。

 

 一方の岩郭は、馬南慈の脅威を認識していた。

 全く未知の圧倒的な武、というわけではない。

 他の将軍の軍と肩を並べたり、上将軍の下に入って戦ったりしたことは幾度もある。

 その中で見てきた、個で局面を打開しうる人外の武。

 それと同じものを馬南慈に感じていた。

 

 その脅威を知るが故に、馬南慈に、包囲網の背中を打ちにいった部隊の背を追わせてはならないと、確信していた。

 

 そして二人が動き出す。

 

 馬南慈は、ここでこの匈奴の将を仕留めることを。

 岩郭は馬南慈に打ち勝つことに見切りをつけ、出来るだけ手傷を負わせることを。

 

 それぞれの役目を果さんと二人が再度ぶつかりあおうとしたとき。

 

 

『『『『ブゥゥゥゥオオオオォォ』』』』

 

 

 大きな笛の音が鳴り響く。

 

「何じゃ!」

『これはうちの軍か!』

 

 馬南慈、岩郭ともに大きく距離を取り状況を確認する。

 その二人の間に、周囲で戦っていた両部隊が割り込み、二人を隔てた。

 

「馬南慈様、前方から新たな敵が!」

「なんじゃと?」

『後方に下がったっていう紀陸の部隊か?』

『いえ、違うみたいです。いや、あれは──』

 

 戦闘中の者を除き、全員の視線がそちらに集まる中。

 

 山から溢れ出すように出てきた新手の軍が。

 

 そのまま陣形を組む事無く突撃を開始した。

 

「匈奴です! 匈奴の増援が来ました! その数三千以上、なおも増加中!!」

「何じゃとお!」

 

 新しく山から現れたのは、既に全て出揃っているはずの匈奴の軍であった。

 それがそのまま突撃し、乱戦とその後の戦術で既に崩壊している馬南慈軍を討ち取り始める。

 

「馬南慈様!」

「むぅ……」

 

 ことここに至って、馬南慈は深く悩んだ。

 完全に無傷の敵の増援。

 これを受けては、もはや陣を維持するのは不可能だ。

 これ以上は無駄に兵を死なせることになる。

 

 加えて、李牧からの指示である時間稼ぎはかなりの部分をこなした。

 ここで撤退すれば、新しく来た増援と戦っていた敵軍を包囲網の裏に通してしまうことになるが。

 元々囲地に誘い込み包囲した時点で、敵を完全に包囲し大いに討ち取っているはずである。

 

 全体的に見れば既に圧勝が決まっている今回の戦いにおいて、残った半数近い馬南慈軍の兵全てを、敵を一人でも多く殺すために捧げるのは、この雁門を守る将のすべきことではない。

 

「全軍退却せい! 歩兵は山に逃がせ! 敵に儂等を追撃する余裕はない!」

「はっ! 馬南慈様は──」

「儂は──」

 

 そこで馬南慈は、兵の向こうで指示を飛ばしている敵将に視線をやった。

 

「やつの首ぐらいは、もらっていこうかのお!」

「はっ! 馬南慈様に続けい!!」

『岩郭様、来ます!』

『奴の相手は俺がする! 他を頼むぞ!』

 

 歩兵や、左右に食い込んだ敵部隊に抗っていた隊を逃がすように指示を出しながら、馬南慈本人は少ない手勢を率いて、自らの軍を抜いた敵の将を、脅威とみなして首を取りに行く。

 

 否、行こうとしたところで。

 

「馬南慈様、右方から何かすごい勢いが!!」

「なんじゃと?」

 

 徐々にだが撤退が始まり、空白が目立つようになった馬南慈軍の陣形の中を、何やらすごい勢いの騎馬隊が突き進んでくる。

 逃げる歩兵の背を討つことは無いものの、馬南慈軍の騎馬が止めようと向かったときには一瞬で薙ぎ払い、速度を落とすことすらない。

 

「来る前に決めるぞぃ!」

 

 一瞬そちらを確認した馬南慈は、遺された時間が少ないと判断して即座に岩郭を振り返り、馬を駆って突撃を開始する。

 

 匈奴の部隊も、馬南慈に兵が狩られるのを嫌った岩郭の指示を受けて、岩郭のために道を開けた。

 

「ふんっ!!」

「ぜあああ!!」

 

 馬南慈と岩郭の矛がぶつかり合い、互いに大きく弾く。

 そして二撃目、の前に、馬南慈は矛を振るうためではなく、投げるために振りかぶろうとして。

 

 直後に感じた嫌な気配に、右方を防御した。

 防御した馬南慈の矛に、水平に投擲された槍が衝突し、勢いよくはね飛んでいく。

 その吹き飛び方からも、馬南慈の受けた衝撃からも、それが尋常のものではないのは理解出来た。

 

「馬南慈様!!」

「何か来おったわい」

 

 凄まじい速度で突撃してきていた敵が、既に馬南慈の横にまで迫っていた。

 敵から馬南慈を守るために、兵が馬南慈の前に入るが、それすなわち、馬南慈が岩郭を仕留める機会を失ったことを意味する。

 

『岩郭将軍』

『はっ!』

 

 馬南慈達を気にすることなく、敵は目前で会話を初めた。

 

 近づいてきた騎馬の正体がなんなのか。

 記憶からその仮面を思い出した岩郭は、拱手を持ってその男を迎える。

 

「拱手を……?」

「……更に上、ということか。行くぞ、急ぎ撤退する。皎然(こうねん)は殿を務めい」

「は、はっ!」

 

 戦場で、否、戦場跡地で話す二人の敵将を横目に、馬南慈本隊もまた、他の軍と同様に山に向けて撤退を開始した。

 殿を務める者たちは命を捨てる覚悟でいたが、敵が追撃を行うことは、最後まで無かった。

 

 

 

 

******

 

 

 

 

《林莉軍別働隊 岩郭 視点》

 

 

 

 大柄な体格に、矛かと見紛わん太さの槍。

 そして口元以外を覆う、顔に密着した形状の仮面。

 匈奴軍内でも有数の実力者である上将軍。

 単于との付き合いも古く、最も信頼されている将の一人であると言われるパイソン上将軍だ。

 

「ムジナと兵五〇〇〇をつける。そちらの軍の騎馬と共に、罠に嵌っている林莉軍を救ってこい」

「は、ありがたく」

 

 何故知っているのか、とは岩郭は問わない。

 将軍である林莉も独自の情報網を持つ。

 岩郭もそれを利用しており、故に、より上位のパイソンがより優れた情報網を持つのは容易く理解出来るからだ。

 

 そうでなくても、軍を率いて自分たちを救いに来てくれた遥か上位の将軍を相手に、話を遮るように疑問を呈せるはずもない。

 

「ここの歩兵はこちらで回収しておく。ムジナ!」

「はっ! 参りましょう、岩郭将軍」

 

 岩郭の側に控えていた一人の爽やかな顔をした青年が、軍を率いて出てくる。 

 その男と、その配下の五〇〇〇。

 馬南慈軍との戦いで減った数をそれで補って、林莉軍の救助に向えということだ。

 

「かたじけない。礼は後ほど致します」

「無事に帰れたなら、酒の一杯でも付き合え」

「はっ! では!」

 

 散っていた自分の軍の騎馬のうち走れるものを連れ、つけられた五〇〇〇の将であるムジナとともに先頭を駆ける。

 

「間に合いますか?」

「縁起でも無いことを言いますな。我が将軍なら、軍をすり減らされても生き残っているはずです」

「あ、私に敬語は結構ですよ。階級も年齢も私の方が下ですから」

 

 その爽やかな風貌通りの声音で、いきなりとんでもない言葉を放つ男である。

 ムジナ、とパイソン将軍には呼ばれていた。

 まだ若く見える男だが、パイソン将軍から五〇〇〇を任せられるならば、それだけの能力があるということだろう。

 

「ではムジナ、更に飛ばすとしよう」

「承知しました」

 

 馬と共に生きる騎馬民族の全力を持って、岩郭とムジナは全力で軍を飛ばした。

 八〇〇〇近い軍勢故に、道中進路を失って脱落する者もでたが、それで死ぬほど匈奴軍は温くない。

 脱落した者、追従できないは先に戻るように指示を与えたので、後ろのことは気にする必要もなくなった。

 

 故に、その時機にちょうどよく敵包囲網の背を討ったのは、偶然ではあるが、岩郭軍の奮闘が引き寄せた幸運でもある。

 

 包囲網の背面を破る役目を担う彼らにとって、今更将の指示は必要無い。

 そして不意を打つのに、いつものような叫び声もいらない。

 ただひたすらに、敵の背をうち、貫くのみ。

 

 敵包囲網の背面に到着し、勢いのままに部隊とともに突入する岩郭は、戦場の喧騒の中ではあるが、林莉の声を確かに聞き取った。

 

「敵将は後ろに下がった!! 今が好機である!! 全軍押し込めえ!!」

 

 その言葉から、敵将が後方に。

 すなわち、後ろから攻める自分たちの近くへ移動してきたと判断した岩郭は素早く当たりを見渡し、兵の流れからそれを発見する。

 

「あれか!」

「岩郭様!」

「二十騎続け! 残りはムジナ隊とともに敵軍を穿て!!」

 

 短く指示を飛ばし、発見した敵将に向けて後ろから突撃する。

 この時、振り返ってこちらに攻撃してくる敵以外は討たない。

 敵は林莉本軍に押し込まれて指揮系統が崩壊しているのか、後方から岩郭軍とムジナ隊が攻め入ったことが前の方に伝わっていない。

 

 故に、後ろから馬で押しのけながら走れば、間を楽に突破していくことが出来た。

 そして故に。

 

「お前がここの将か!!」

『後ろだと!?』

 

 敵の将は、後方から詰め寄せた岩郭に気づくのが遅れた。

 

「もらったぞ!!」

『何っ──』

 

 その遅れは、敵将にとって致命的な遅れとなった。

 岩郭の振り下ろした矛が、敵将の首を刎ね飛ばす。

 

「戻るぞ!」

『なっ……! 何者だ!?』

 

 後方から唐突に討たれた将に、将軍の護衛部隊の兵達は一瞬混乱した。

 敵は前にいるもので、後ろから来たそれが、敵の一部だということに気づけなかったからだ。

 

 その混乱を無駄にする岩郭ではなく、即座に兵を率いて本隊へと戻る。

 そのついでに、本隊に戻る道中で岩郭は、周囲の趙兵に聞こえるように、彼らのわかる言葉で、将が討たれたことを喧伝した。。

 

『将軍が、将軍が討たれたぞ!!』

『なんだっフビっ』

『将軍が戦死なさった!! 敵の兵士が自軍に紛れ込んでいるぞ!! 周囲を警戒しろ!!』

 

 ついでに岩郭達に気づいた兵士は討っておく。

 少しでも、敵の混乱を長引かせ、連携して後方に対処されるまでの時間を稼ぐのだ。

 

「戻ったぞ。敵将は討った。後はここを崩すだけだ」

「お見事」

 

 そして本隊と再度合流した岩郭は、動揺によって集が崩れた敵軍を後方から切り開き。

 

「悪い!! 遅くなった!!」

「救援感謝する!! 助かったぞ岩郭」

 

 双方から敵包囲網を貫いた先で、林莉と岩郭は再び合流した。

 

「取り敢えず、退却の指示を」

「中に戻って指揮する。岩郭は通路の確保を頼む」

「あいわかった。ムジナ!」

「聞こえてますよ」

 

 互いの無事を祝う言葉は必要ないと、二人は即座に次の行動の相談をし、役割分担を行う。

 内部の兵たちに絶大な影響力を持つ林莉が林莉軍全軍の撤退を指揮し、岩郭軍が岩郭とともに敵を討ち、押し留め、通路を確保する。

 

 そしてそこに、パイソン将軍から預けられたムジナの部隊が協力する。

 

「後で聞くぞ」

「ああ、後で話す」

 

 知らない相手に、だがその男が岩郭と普通に話しているの見て味方だと判断した林莉は、追及は後に回して、親衛隊とともに包囲網内部の自軍へと引き返していった。

 

「良い将軍殿のようですな」

「だろう? さて、俺たちももう一仕事だ」

 

 岩郭の側に近寄ってきたムジナが、指示を出す林莉を見ながら話しけてくる。

 それに答えながら、岩郭は通路の確保の指示をしに向かった。

 

 

 

 

******

 

 

 

 

 数年ぶりに趙を攻めた匈奴軍は大打撃を受けて敗退した。

 十二万の軍勢で、趙北部雁門を攻めたが、総大将ワグダイの誤った判断により、趙軍の罠にはまり、抵抗すること能わず大いに討たれた。

 十二万のうち帰還が二万五千しかいなかったことから、その惨敗具合がよくわかる。

 

 これによって、今度の軍で、より歴が長く評価の高い林莉将軍を抑えて総大将にワグダイを押し、更に自軍に加えて五万もの兵を半ば越権行為に近い手法で引き出した勢力は、一気に権力と求心力を失った。

 更に今度の軍の規模から、将軍位にあるワグダイが総大将になったことが越権行為であった可能性があるとして、裁判が行われることとなる。

 

 

 多くの兵と将を失った匈奴軍だが、新しい光も生まれた。

 

 総大将とその軍が討たれる中、第二将であった林莉将軍は己の軍を指揮して奮闘し、敵の包囲網を突破。

 自分に任せられた軍五万のうち半数の兵を救い、見事匈奴国へ連れて帰った。

 

 総大将が大きな過ちを犯した中で、その総大将に幾度も翻意するよう進言し、更に独自に策を講じた上で、命を賭して戦った林莉将軍に対する評価は、軍民問わず非常に高まり、更に政府上層部からも期待の声がかかる。

 

 その功績と、これまでの実績、そして能力を鑑みて、林莉将軍は、新たに南方フワンシに備える将として、上将軍に任命された。




時間過ぎたけど本日分の投稿です。
ネてましたごめんなさい。

次話第一章、趙・匈奴の戦い、エピローグ。
次々話第二章、中華に浸透する匈奴の手、開始

第二章では、時系列的に直後に起こる話を中心に、中華に浸透した匈奴の民の姿を書きます。
主人公が大きく動くことはありません。たまに報告書読んで意味ありげに顔出す程度です。


《用語集》

・ニキナ、マッシュウ、バイタ、タンジ……岩郭軍の指揮官級達。

・ガトウ……岩郭の側近。五千人将以上の能力がある。

・ヤンマン……岩郭の副官。最初に分離した500の部隊に入らなかったのは、岩角の側で支え、最重要な場面で働くタイプの副官だから。

・ムジナ……パイソン軍の若き三千人将。パイソンが連れて来た中で一番指揮能力が高い。
      パイソン自身が急な出撃だったので、まともな側近がシャピンに揃っていなかったとも言う。

同じ草原を駆ける友(ママラガッハ)……騎馬民族たちが騎馬民族を指していう言葉。中華の民や山民族と比較される。作者の造語なので由来は無い。

最新話の後もう一戦南東胡とする戦の描写、欲しい?

  • 欲しい(趙・匈奴の戦いレベルでしっかり)
  • 欲しい(今回の戦ぐらい短めで)
  • それより早くあの将軍と会え
  • 合従軍まだ?
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