それは数日前の事であった。
「あの頃は〜HAッ!!」
拳太郎が土日の日課である朝のランニング(距離は秘密)を終えてシャワーを浴び身体をタオルで拭いていると、突如として雄英高校から呼び出しが掛けられた。
連絡してきた相手はなんと校長であり、校長の呼び出しとあらば待たせる訳にはいかずすぐさま家(秋田)から雄英高校(静岡)まで向かったのだ。勿論 走って。
因みに道中、暴れていた複数の敵(ヴィラン)が拳太郎の通行によって跳ね飛ばされたのはまた別の話である。
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それから校長室へと入室し今に至る。
「突然呼び出してごめんね」
「いえいえそんな。それよりも、僕に何の御用ですか?」
「まぁ座って。砂糖はいれるかい?」
「ブラックで」
拳太郎が呼び出した理由について尋ねると、校長はコーヒーを注ぎながら答える。
「今回聞きたいのは君の個性についてさ。入試時に書いてもらった志願書には“無個性”と書かれているけど、これは本当なのかな?」
校長は拳太郎へ志願書を見せて尋ねる。すると、彼は何の迷いもなく答えた。
「えぇ。医師からそう診断されました」
「成る程ね」
校長は拳太郎の言動や様子から、嘘は付いていないと読み取るものの、やはり信じる事が出来なかった。彼の判断材料としてはオールマイトがあるだろう。オールマイトも彼と同じ無個性ながらも自慢の力で戦ってきた。彼と同じという事もあり得るのだが、体育祭で見た力が個性を持った彼に近かったのだ。
「じゃあ体育祭で見せた力はどうやって手に入れたのかな?」
「筋トレですが」
「「「筋トレ!?」」」
言い渋ると予測していた3人は、アッサリと答えた上にその方法があまりにもシンプルすぎる事により、思考が停止してしまう。
それから校長はコーヒーを口にして何とか落ち着きを取り戻すと再び尋ねた。
「筋トレか…ふぅ…。一体どんなトレーニングをしていたんだい…?」
「普通にダンベルの上げ下げや振り回しだけです。あとは簡単なストレッチとか」
「え…えぇ…!?」
校長の手元が震え始める。その様子を見ていたオールマイトと相澤も「嘘だろ!?そんだけで!?」と言いたげな表情をうかべていた。
「ほ……他にはどんなトレーニングを?」
「あとは、実践のために野生動物と戦ってました。特に北海道が近いので、ヒグマやエゾシカとか」
「そ…それから…?」
「それからは…ランニングも始めて持久力をつけていきました。今でも家から学校まで走ってきてます」
「え…家から…!?」
拳太郎の話を聞いていた校長はその言葉に冷や汗を流し始めると、彼の志願書、入学時に提出した現住所の書かれた書類へと目を通す。
「まさかとは思うけど…君って秋田の実家から登校してるのかな…!?」
「え?まぁそうですね。20分程度で着くので今のところ問題ないです」
「ぶふぅー!?」
「嘘だろ…」
「ま…マジか…」
もはやコーヒーを吹き出す校長のみならず、座っていた相澤、オールマイトまでもが驚きの言葉を漏らす。
それもそうだ。交通の便を使ったとしても必ず数時間以上は掛かる道のりをたった20分で走破してしまう上に体育祭で見せた圧倒的なタフネス。もはや彼の力は今の時点で全盛期のオールマイトに匹敵すると言ってもいいだろう。
その一方で、3人の様子をコーヒーを飲みながら見ていた拳太郎は首を傾げる。
「あの…聞きたいことってそれだけですか?なら帰って良いですか?結構先の神野区で開催される試験に向けて勉強したいので」
「待って待って!!あと一個!こっちが本題だからお願い!」
去ろうとする拳太郎をオールマイトが何とか引き留めると、校長はある話を持ち出した。
「神堂くん。体育祭での優秀な成績を残した君を見込んでだ。ヒーロー科への編入を考えてみる気は無いかい?」
「いや、別にいいです」
『編入』それはヒーロー科に落ちてしまい普通科などに流れてしまった生徒達に対するたった一つの救済措置であった。体育祭などで大きく結果を残した優秀者が若干名、ヒーロー科へと年次編入が可能となるのだ。
拳太郎は優勝し、ヒーロー達の目を惹き付けたために十分にヒーロー科に入る資格はあるだろう。
だが、この話には別の問題も含められていた。それが『敵組織による拉致』である。今回の雄英体育祭は全国放送されているため、成績優秀者すなわち最も優秀なヒーローの卵を全国へと届けているのだ。それによって、その生徒に目をつけ、未だ潜伏している敵組織が彼を捕えるべく雄英校舎は勿論だが、実家やホテルなどあらゆる場所で拉致するために潜伏する可能性が高い。拉致され洗脳を施されてしまえば強大な敵となってしまうだろう。
拳太郎の力はまさに規格外であり、目をつける組織は必ずあり、狙われる可能性も極めて高い。ならば彼をヒーロー科へと編入させ、実力と精神を共に成長させていくように育成していくべきではないかという結論に至ったのだ。
だが、それでも彼は生徒。未来を選ぶ権利がある。ここで自身らの都合で無理やりヒーロー科へ編入させる様な真似は生徒の将来を限定的にしてしまう可能性もある。故に校長は敢えて後者を話さず前者の『体育祭で好成績を残した』という面から彼に編入を提案したのだ。
だが、その誘いに対して拳太郎は何も悩む事なく首を横に振った。
「答えが早いね。もう一度ヒーローを目指してみる気はないのかい?」
「全く無いです。もう間接的にヒーローの補助役になれればいいなって思ってるので」
拳太郎の答えに校長が頷く中、横に座っていた相澤が静かに耳打ちする。
「(校長…素直に話した方がよろしいのでは?不満を抱かれた時にあらぬ誤解を招くと思うんですが)」
「(相澤くん…!彼には彼の人生がある。教師である以上、そこを尊重しないと…!)」
「(ですが…先のUSJにおける敵襲撃の様な事態になったら、彼のみならず他の生徒達までも危険に晒されてしまいます)」
「(うむ……)」
相澤、校長、オールマイトが拳太郎に聞こえない様な声で話し合う。話せば話す事で彼に自身が原因で他者に迷惑を被ってしまうという意識を芽生えさせてしまう。だが、それでも忠告しなければUSJ襲撃時の様な事態に陥った場合に被害が大きくなる可能性もある。
試行錯誤して考えた結果、校長は決めたのであった。
「ごめんね神堂くん。やはり話しておくよ。我々が君にヒーロー科を勧めた本当の理由を」
「はい」
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その後、話を終えて答えを出した拳太郎は雄英高校を後にした。彼が校舎を出ていく姿をガラス越しに見ていた校長は後ろでお茶を飲む“痩せ細ったオールマイト”に尋ねた。
「体育祭の後から会いたがってたけど、どうだった?君から見て彼は」
「…」
その言葉に対して茶を飲んでいたオールマイトは手元の湯呑みを握り締めながら答える。
「努力の天才…といえるでしょう。無個性という点から私や緑谷少年と同じ境遇を感じますが…彼は私や緑谷少年と違い…“出会い”に恵まれていませんでした。無個性であるという枷を付けられながらも屈する事なくあそこまで鍛え上げた精神…そして力…いずれは私以上になるものだと思います」
「私も同じ気持ちだよ。彼には是非、ヒーロー科に入ってもらいたいね」