「賭博口座?」
「ああ。4リンクとやらに上がったら勝手に作られるんだと。こっからの賭けは全部そっから金が落ちるから札束やらチップやらをわざわざ用意する必要はないって話だ。」
これを渡すのが新人の仕事なんだとよ。昼間はそう愚痴るようにつぶやきガシガシと頭をかく。
目の前の少女…古明地さとりというらしい…が現在住んでいるらしいマンションの一室。たいして高くもなさそうな外見だが駅から自転車五分とそこそこに近く立地も良い。
だからこその違和感。そんな普段使いにぴったりな持ち家であるはずなのにまるでつい先日から住み始めたかのように内装がなく家具もテーブルと椅子以外まるでないため昼間は少し困惑していた。
(おいおい洗濯機もないとかどうなってんだこの家は?…あり得ないとは思うがまさかな。)
何の根拠もない突飛な推測ではあるが、昼間にはそれがまるでギャンブルするため
「賭けられる金額は5000万から1億。すげー額だな。そんだけ金あんなら俺ならもうとっくにハワイに行って、ラスベガスにでも通い詰めてるだろうな。」
「そう。」
ハワイにベガスなどないという突っ込みを少女はしない。そもそも昼間はボケてなどおらず真面目に語っていた。
相変わらず眠たげな瞳を昼間に向けず、テーブルの上に置かれているマグカップに注がれたコーヒーを上品に少女は啜る。容姿は子供のようだが所作は大人顔負けだった。
「アンタ、あんまり金に興味持ってないんだろ。なんでそんな奴が賭場なんかに来てんだ?」
伊藤主任…最近ボスと呼び始める事にした伊藤吉兆によればこの少女はまるで金に興味がないらしい。疑っていたわけではないがそれが本当であることを知った昼間はその事に疑問を持っていた。この時の昼間はまだ"特権"を知らないが、それを抜きにしても当然の疑問だろう。
「…貴方、昨日の最後のゲームで私を見てましたね。」
「よく見てるな。うちのボスがお前の事注目してたからな。」
「きっと驚くだけで恐怖はしなかったでしょうね。」
はあとため息を一つ付きコーヒーメーカーの前にもう一つのコップを置く。一応、昼間を来客として扱ってくれるようだ。
「私にとってはお金は二の次。どうせアイツがいればいくらでも稼げるのでしょうから。」
「それよりも重要なのは次のゲームよ。何日後にあるんですか?」
「対戦相手は気にしないんだな。明後日の2時だ。」
「ん?…ああ、来たか。ついてこいよ。」
「ええ。」
あっという間に試合当日。銀行入口にて古明地を待つ昼間は来るまでの間暇潰しにポコ○ンダンジョンズをしていたが二の腕叩かれる。横を見れば自分の目線より一回り小さい身長の古明地がいた。
「緊張の欠片もなさそうだな。」
「そうかもしれないですね。自分の気持ちは鏡を見ても解らないので、私にはわかりませんけど。」
会話ができているようで話が合わない。だが昼間は特段気にした様子もなくずんずん歩幅の小さい古明地を置いて先へと進む。
フロントは顔パスなのか受付もせず素通りしエレベーターに乗り込むよう昼間は親指を向ける事で促し3階が押される。
降りた先はなんの変哲もない廊下。途中の扉の前で止まり昼間はノックもせずノブを回し扉を開けた。
「ボス。連れてきました。」
開けた先には二人の男と高級そうな質感のテーブル。そしてなんの小道具かと言いたくなる巨大なテディベアがあった。
二人のうち、一人は昼間と同じく賭場で見かけた左目に大きな傷跡があるのが特徴のヤクザのような気風の男。そしてもう一人はキッチリとしたスーツを着て眼鏡をかけたいかにも真面目そうな男。彼が今回の相手のようだ。
「…子供?」
「一昨日のthe・賭博場のようなところでゲームするんじゃないのですね。」
さとりには少々背が高い椅子を引き、座る。対面の男の場合、胸の少し下辺りに天板があるのに対してさとりは肩辺りにきている。対戦相手に子供だと思われるのも仕方のないことだろう。
「…僕は
「古明地さとりよ。予め相手は決まっているのね。」
さとりは自己紹介をさらりと終えこの部屋に来て早々に4リンク初戦を迎えようとしていた。
「まさか、今回が4リンク初めての試合なのか?」
が、対戦相手である久保田はまだ会話を続ける意思があるらしくゲームは始まらない。さとりはめんどくさそうに昼間や伊藤に目を向けるが都合の悪いことに彼らはプレイヤーの会話を尊重するらしく話を進めてくれはしない。
さとりの誰に言ってでもないつぶやきを拾い久保田はピクリと眉を顰めた。
「そうですね。せいぜい初狩りされないゲームが来るよう祈らんとするばかりです。」
「君は…ここがどこだがきちんと理解しているのか?軽い気分でゲームに臨んでいるんじゃないのか?」
語気を少し強めて久保田は尋ねる。その言葉はまるで耳を貸さない子供に言い聞かせるかのようなものである。
「理解も何も賭場でしょう。賭場でお金を稼ぐために貴方も来ているんじゃないのですか?」
「いますぐ降りるべきだ。」
久保田の発言の後に静寂が残る。さとりは耳を疑う発言をした男を見つめてみるがいたって真剣そのもの。煽るような表情でもなくただ真面目にそうさとりに諭していた。
「君はまるでわかっていない。ここを金だけを賭ける場だと勘違いしている様じゃ、すぐに全てを失うぞ。」
「特別融資の話ですか?5スロットで会うディーラーほぼ全員に嫌と言うほど教えられましたが。(もとい教えた)」
「昼間。
「あー…。」
すっかりとそのことを忘れて気まずそうな昼間を外野に、久保田は敵に言うようなことではない言葉をさとりに投げかけていく。
「五感の喪失。酷くて四肢欠損もあり得る。この賭場で失うのは金だけじゃない。それを理解していないならここですぐにでも降参するべきだ。」
さとりは試合をする前にも関わらず使うと思っていなかった抑えているズルの力を少し緩める。
勧められた内容、それが「楽に勝つ。」なんて低俗な思いからではなかったと知り心底さとりは呆れ果てた。なんでこんな人間がここにいるんだろうか。
僕は汚い人間だ。それが大人になったからか、それとも僕自身がこの世界に汚されてしまったからか、わかり得ない事ではあるが。
大人は子供のころ大事にしていた「人のために」を忘れて自己にのみ楽をさせようと、そのためなら他人をいくら蹴落としてもいい。そんな考えが当たり前の様に脳髄に染みついている。
それは僕も同じだ。
田舎生まれの僕は近所の高校から東京の大学に出てそこでたくさんの‟希望”を見た。何かができるはずだという漠然とした希望の観念…。
瞳に夢を宿し社会に出た僕は揉まれて擦れて破れて捨てられて埃色に汚れていった。
もう何を思ってあんなにポジティブに生きていたのかわからない。
これが社会なんだ。僕と同じようにゴミカスになっている人間が上から下まで詰まった会社を見て僕は悟った。
だから僕はそんなゴミ箱の中の生ごみ共から醜悪な臭いを放たせないよう金を奪う事にした。この賭場に居る人間は特に臭くゴミを生み出す温床になっている。何人ものゴミの指を切り落とし足を切り落とし一部感覚をこそぎ落とす。その過程で得た金は全て養育施設に寄付し子供たちが清く育つよう願った。
そう、子供は違う。きちんと正しく世話し羽ばたかせれば大いなる夢と優しさを兼ね備える事ができる。彼らの起こす不祥事は愚かさと正しさの分別がついていない故の事象に過ぎない。
だから彼らはもっと大切に育てなければいけないんだ。万が一にも子供のうちから不良になんかさせてはならない。
だから子供の君はこんな所にいてはいけないんだ。
「顔合わせも済んだようだな。今回のゲーム、【老いたテディ】を開始する。」
「…君が降りる選択をしなかった事には落胆していない。正しい道に戻すのは正しい大人の責任だ。」
「言っても無駄でしょうけど、子供扱いしないでほしいわね。」
テディベアの瞳は幼子のようにキラキラと光っている。
ゲームを考えるのが一番ムズイ。