「はあ…はあ…はあ…。」
対話することすら厳しいのだろう。眼前の古明地さんは荒く息を吸って吐いてを繰り返す。既にラウンド4は終わりペナルティが今しがた実行され古明地さんの四肢は棒に貫かれた。
「…」
関節を固定したまま動く姿はまるで吊り人形だ。歩くたびに棒と肉の隙間から赤い何かがこぼれてくる。すぐに治療しなければその一生を車いすに縛りつけられることになるだろう。
だというのに古明地さんは止まらない。
ボタボタと四肢から雨漏れのように血が流れただでさえ白い腕や脚はより一層青ざめている。だというのに、立ち止まり屈んでいるがその瞳は未だ光を放ち続けていた。
その様子に僕は無意識ながら恐怖を感じていた。
「君は…。」
普通じゃない。異常である。古明地さんの精神はそんな言葉で締めれるような常軌の逸し方ではない。追いつめているはずの僕の額に汗が一筋流れる。
「…早く、
その言葉を発するや否やテディベアの足元から棒が
「先攻は古明地、後攻は久保田だ。」
業務的な物言いに誰も反応しない。この場を用意した伊藤に誰も、その部下すら見向きせずに男と少女の同行に注目していた。
古明地さんは緩慢な動きで棒を掴み、持ち上げる。
「最後、かい。それは君のペナルティがあと一つで5つになるからかな」
僕は眼鏡をかけ直し、気づかれないよう汗をぬぐう。勝敗には影響しない誤魔化しを含めた会話だったが、古明地さんはそこで地に向けていた顔を僕の方へと、視線を合わせる。
「その一言で、貴方が状況を理解していないということが、わかりました。…貴方の負けです。」
僕はその言葉に反応しない。否、できない。理解を超えた内容に頭が空白に支配される。
途切れ途切れに発する言葉の理解ができず僕は思わず呆けた。僕が…負ける?こんな状況で?
「私の体には既に棒が4本刺さり、双方ともに勝ち点を得られていない。そして今回は私が先行。それが今の状況です。」
僕の思考を読んだように状況を説明する古明地さん。古明地さんの脳に血が送られず思考力低下や幻覚の類を引き起こしているわけではないようだ。わざわざペナルティを体に棒が、と形容する部分に違和感を感じるが概ね僕の脳内と同じだ。
「そして、心理戦を通じて結果の如何が決まる。前ラウンド同様状況は何も変わらないはずだが、」
「それが貴方の敗因です。」
はあ?と思わず悪態を吐きたくなるが古明地さんの表情は冷静、真剣だ。古明地さんは実演するがごとく手に持った棒を動かない間接で何とか持ち上げて見せる。
「1ラウンド目、私は貴方と同じく心理戦のみのゲームだと思っていました。パターンは膨大だと貴方は嘯きましたが加える棒が2本のみな為そのパターンはあまり多くなく、要は先行は心理の隠密に努め、後攻は思考を暴かんとする。そんな
その言葉尻はまるで次の言葉への反語のようだった。実際そうなのだろう。僕の想定が覆る音がする。
「しかし2ラウンド目であることに気づきました。行員の方が持っている棒の数が補充されず、使われた棒の数のままだということに。」
その状況を思い出す。2ラウンド目に僕に渡された棒と机に置かれた棒の本数は全部で3本。テディベアの体内になる棒と古明地さんに突き刺された棒を足せばその総数は5本だ。
そして棒の数は補充されない。それが示すことはつまり。
「棒は5本で固定…!?」
僕の脳内がかつてないほど回転する。回転し、すればするほどに絶望に近づいていく。僕の戦略の根本が崩れていく。それが本当ならば、このゲームはペナルティが少ないほど不利だ。何故ならペナルティを受ける人物が使える棒の本数は変わらないが受けない人物の本数は段々と少なくなっていくから。
「今回はたまたま不要でしたが、私はペナルティ4つを獲得した上で体に4本棒を刺された状態の際先攻であるように調整していました。もはや貴方の手の届く範囲に棒はありません。」
その言葉を聞き、僕は真意を覚る。何故ペナルティを喰らい続けたのか、何故諦めないのか、何故試合中、僕に言いたい放題されっぱなしで反論しなかったのか。
それは塗炭の苦しみだったはずだ。古明地さんの足元には血で作られた命の水たまりが形成されている。額の汗の量は数えるのも難しい程噴き出てその痛み、苦しみをそのまま表しているのだろう。
僕は自身の絶望に膝を崩すことよりも先に少女への敬意が上回った。
「まさか、じゃあ、ならば、君は、君は!!
2ラウンド始めの時点で四肢に棒を貫くという拷問に耐える覚悟があったと言うのか…!!」
「こんなものは覚悟でも何でもありませんよ。貴方は強い。特に邪な考えを嗅ぎ分けるその能力は実に厄介でした。強敵を退けるに当たり前の犠牲を払っただけですよ。」
「そして聡明な貴方ならもう気づいているでしょう。貴方はもう、詰みです。」
「…ああ。そうみたいだな」
古明地さんの言う通り、僕は自身の敗北を覚っている。
このゲームには勝利条件のほかに敗北条件があったはずだ。
『反則行為は対戦相手への暴力行為、棒を引く際にそれを故意に見る事、電子機器の使用、もしくは5分以上の遅延行為だ。』
先行の古明地さんの手には唯一まだペナルティに使われていない棒が握られている。そして僕がもし棒を入れようとするなら棒はどこから棒を手に入れなくてはならないのだろうか。
当然、それは古明地さんの体からだ。
がしゃんと音が鳴りテディベアの後ろからよたよたと古明地さんが歩いてくる。僕はそれを手で制し、立ち上がって古明地さんの前まで歩いて膝立ちする。
懐から新品同様の真っ白なハンカチを取り出し、右腕に刺さっている棒を丁寧に抜き出していく。開いていく傷口にはすぐさまハンカチを当て、なるべく負担のないように努める。
暴力の定義とはなんだろうか。それは他人を物理的に害すること。本人にその意思があろうがなかろうがその定義は揺るがなく僕にも該当する。
「久保田。お前のその行為は対戦相手への暴力行為に該当する。」
「お前の負けだ。」
その言葉を黙殺して僕はその赤黒い棒を丁寧に、丁寧に抜き出す。血は吹きこぼれ皮膚と内側の肉は抉れている。元はシルクのように白く繊細な肌だっただろう、今は鮮血と痛痛しい大きな傷跡で汚れてしまっていた。
「僕は君を勘違いしていた。君は強いし、既に汚れている。けど、それは醜悪を示していない。君は全く綺麗な勝ち方をするのだな。」
その男は手のみが対戦相手の血で汚れているが服一つ破れていない無傷の状態で敗北し。
少女は全身を刺突されながらも対戦相手を傷つけず勝利した。
「貴方もきっとそうなれますよ。」
古明地さんはその言葉を最後に地に伏せ、間もなく担架に運ばれていく。
僕はこの試合を最後に二度とここに戻ることはない。自分の感覚がおかしい事を今ここで自覚したから。もう僕に他人を裁く権利などはなかった。
その様子を見て伊藤吉兆は"使える"と判断し、昼間はそれを見て童心に帰る。
(欲しい。)
幼児特有の非倫理的な思考と若人特有の身に余る欲求。昼間は血濡れた少女を助けることもせずただひたすらに見つめていた。
次のゲームの罰ゲームは?
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火
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水
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風
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毒
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圧
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刺し
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出血
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温度
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空気
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折り
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飯
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色
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爆発
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絞め
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閉め