目覚めたらTOVの世界でした   作:雛鶴 梅綾

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救出失敗

 ユーリ達は神殿の最奥部にある祭壇の間に駆け込んだ。

ユーリ「エステル、無事か!」

フレン「エステリーゼ様!」

カロル「エステル!」

パティ「助けに来たのじゃ!」

薄暗い祭壇の手前に、エステルが術式の球体の中に浮かんでいる。そして、床には鹿に似た始祖(エンテレ)隷長(ケイア)、アスタルがぐったりと横たわっていた。

アレクセイ「また君たちか。どこまでも分をわきまえない連中だな」

エステルの傍で、アレクセイはうんざりしたようにユーリ達を見た。

エステル「ユーリ!フレン!みんな!」

エステルはみんなに手を伸ばす。

リタ「エステル、今助けてあげる!」

アレクセイ「ふん。おまえたちに姫は救えぬ。救えるのはこの私だけ」

アレクセイの薄笑いに、ふざけろ!とユーリは怒鳴る。

アレクセイ「道具は使われてこそ、その本懐を遂げるのだよ。世界の毒も正しく使えば、それは得がたい複音となる。それができるのは私だけだ」

アレクセイは手にした聖核(アパティア)をちらちらとユーリ達に示しながら、エステルを見る。

アレクセイ「姫、私と来なさい。私がいなければ、あなたの力は……」

聖核(アパティア)をアレクセイが操作した途端、エステルが苦しみだし悲鳴をあげた。

ジュディス「やめなさい、アレクセイ!あっ!」

レナ「っだめぇええ!!」

溢れ出した力は手を伸ばした少女とジュディスを掠め、アスタルに直撃した。エステルはレナ、ジュディスと叫ぶ。アスタルは苦しげに呻くと、そのまま絶命した。

アレクセイ「ははは、なにが始祖(エンテレ)隷長(ケイア)か。なにが世界の支配者か」

レナ「もうやめて!!エステルを、放して!!」

悲痛な少女の叫びが響く。それすらも聞こえないかのように、聖核(アパティア)へと姿を変えたアスタルにアレクセイは笑いながら近づく。

アレクセイ「死んだか、あっけなかったかな。思ったより小ぶりだな。まぁ使い道はいくらでもある」

アレクセイはアスタルの聖核(アパティア)を懐にしまった。

ユーリ「貴様……」

アレクセイはユーリ達に少し迫る。

アレクセイ「そうだ、せっかく来たのだ。諸君も洗礼を受けるがいい。姫が手ずから刺激したエアルのな」

アレクセイは聖核(アパティア)を掲げる。エステルを捕らえている術式の球体が赤く光を放ち出し、その力がユーリ達を襲い、悲鳴をあげる。

エステル「いや!もうやめて!!」

エステルの悲痛な声でハッとしたレナは、新月の子の力でエアルを抑える。

レナ「っん……くぅ……」

淡く赤い光を纏った少女の額に汗が滲む。ユーリ達がレナ!と少女を見る。ジュディスが、なんて無茶を!と焦った表情をしていた。

アレクセイ「ほう?これを防ぐか。だが所詮、あの剣と同じ不要な存在だな」

さらに出力を上げるようにアレクセイは聖核(アパティア)を高く掲げる。

レナ「っ!ぐっ……ゴホッ」

少女は膝をつき、咳き込んで力を維持できず仲間たちはまたエアルの力に当てられる。リタがレナと焦った声で呼ぶ。ゴホッゴホッと咳き込む彼女は、普通の咳じゃない音を出し口に当てていた指の隙間から、血が滴る。地面に数滴落ちる雫を、レナは視界の端にうつした。

ユーリ「く……っだらぁ!」

ユーリが渾身の力を振り絞って立ち上がり、(デイ)()戒典(ノモス)を掲げる。瞬間、術式が表れ、強い光を放ちながらエアルの力を一気に鎮めた。体の自由がきくようになったジュディスが急いでレナに駆け寄り支える。自身の手を見てジュディスが目を見開くのを、少女は見た。

レナ(……あーあ、バレちゃった)

レナは唇に人差し指をあて、ジュディスに内緒ねと目線で伝える。レナはカーディガンの袖で、口元をゴシゴシと拭いて血を落とす。アレクセイはユーリが(デイ)()戒典(ノモス)を持っていることに驚く。

アレクセイ「なんだと?なぜ貴様がその剣を持っている?デュークはどうした?」

ユーリ「あいつならこの剣寄越してどっかいっちまったぜ。てめぇなんぞに用はないそうだ」

ユーリは笑った。

アレクセイ「……皮肉なものだな。長年追い求めたものが、不要になった途端、転がり込んでくるとは。そう、満月の子と聖核(アパティア)、それに我の知識があればもはや(デイ)()戒典(ノモス)など不要」

ユーリ「何、寝言言ってやがる。つべこべ言わずエステル返しな」

ユーリは、祭壇へと続く階段にいるアレクセイに近づこうとした。

アレクセイ「ふん。姫がそれを望まれるかな?」

様子がおかしい彼女に、エステル!?とジュディスが呼びかけて見つめる。何も答えない彼女に、みんなか心配なって声をかける。

エステル「……わからない」

エステルはぽつりともらした。カロルが何言ってんだよ!と、怒鳴る。

エステル「一緒にいたらわたし、みんなを傷つけてしまう。でも……一緒にいたい!わたし、どうしたらいいのかわからない!」

混乱している彼女に、パティがしっかりするのじゃと声をかける。

ユーリ「四の五の言うな!来い!エステル!わかんねぇ事はみんなで考えりゃいいんだ!」

ユーリ……とエステルが名を呼び、答えるようにユーリ達がエステルに近づこうとした、と同時にアレクセイが聖核(アパティア)を掲げ力を発動させた。刹那、赤い光……エアルの力がユーリ達を包む。力を振り絞って少女が抑えようとするが、それも虚しくユーリ達は地面に叩き伏せられた。

エステル「もう……イヤ……」

エステルは涙を流し、仲間たちの姿から目をそらす。アレクセイはニヤリと笑う。

アレクセイ「いかんな、ローウェル君。ご婦人のエスコートとしてはいささか強引過ぎやしないかね。紳士的ではないな」

ユーリ達は痛む体を起こし武器を構え直す。

ユーリ「生憎、紳士とは無縁の下町育ちでな。行儀と諦めの悪さは勘弁してくれ」

アレクセイ「今となってはその剣は邪魔以外の何物でもない。ここで消えてもらおう」

エステルはユーリ!みんな!と叫び、アレクセイに連れ去られていく。入れ替わりのように、親衛隊がユーリ達の行く手を阻んだ。

リタ「あんたたちそこをどきなさい!」

リタは叫ぶ。最後にやってきた騎士をみて、フレンがシュヴァーン隊長……!と驚く。

ユーリ「いつも部下にまかせきりで顔見せなかったクセに、どういう風の吹き回しだ?」

その時、ラピードが激しく吠え出す。レナが息を吸って吐いて深呼吸をしてから前に出る。

レナ「こんなところで、何を、しているの?レイヴン(烏さん)

カロル「何言ってんの、そんな訳……」

シュヴァーン「やはり犬の鼻は誤魔化せんか……いつから、気づいていた?」

レナ以外のみんなが驚く。シュヴァーンはレナを睨む。

レナ「最初から……すべて」

少女は静かに告げる。

カロル「そんな……」

カロルは声をふるわせる。

パティ「はえ?おっさん!?どういうことじゃ!?」

ジュディス「冗談……ってワケじゃなさそうね」

ジュディスはため息をついた。

リタ「ギルドユニオンの幹部が騎士団の隊長!?」

リタは信じられないという顔で、シュヴァーンを見る。

フレン「初めて会った時、まさかとは思ったが……」

ユーリ「なるほどな、そういうことかよ」

ユーリは皮肉な笑いを浮かべた。

カロル「そんな!だってドンは……ねぇレイヴン!」

フレン「騎士団長だけでなくあなたまで……なぜです!」

二人は訴えるように叫んだ。

シュヴァーン「俺の任務はおまえたちとおしゃべりすることではない」

感情を持たない、冷たい声だった。

ユーリ「こっちは急いでんだ。通してくんねぇか。それとも本気(まじ)でやり合うつもりか?」

シュヴァーンは何も言わず、剣を抜きユーリ達に向けた。

ユーリ「バッカやろうが!」

ユーリは剣を構えた。

シュヴァーン「帝国騎士団隊長首席シュヴァーン・オルトレイン、……参る」

仲間たちは複雑な感情を持ちながらも武器を構えた。シュヴァーンは初めのうちこそ騎士団仕込の剣さばきを見せていたが、次第にそのキレを失ってゆく。

ユーリ「でやぁっ!」

ユーリの剣が隙をついて挑みかかる。レナにはシュヴァーンが自ら胸を開いたように見えた。そう、止めようと思えば止められた一撃だった。

シュヴァーン「ぐぅ」

シュヴァーンは左胸には刃を浴び、うめき声を上げた。破けた騎士の制服を見て、ユーリ達は目を見開く。

ユーリ「なっ」

フレン「これは!?」

シュヴァーンの左胸には、真っ赤な魔核(コア)が不気味に光る魔導器(ブラスティア)

シュヴァーン「ふ……今の一撃でもまだ死なないとは……因果な体だ……」

彼は弱々しく、笑った。

レナ「……心臓(カディス)魔導器(ブラスティア)

少女は眉を寄せ、呟いた。シュヴァーンが僅かに、目を開く。

リタ「え、魔導器(ブラスティア)……胸に埋め込んであるの!?」

リタは動揺していた。

ジュディス「……レナの言っていた通り、心臓ね。魔導器(ブラスティア)が代わりを果たしてる」

シュヴァーン「……自前のは十年前になくした」

レナ「人魔戦争だね」

シュヴァーンは静かに頷いた。

シュヴァーン「あの戦争でオレは死んだはずだった。だが、アレクセイがこれで生き返らせた」

パティ「あの男、そんなことまでしとったのか……」

ジュディス「……なら、それもヘルメス式ということ?なぜ、バウルは気づかなかったの?」

ジュディスは首を傾げる。話すも辛そうな彼の代わりに、レナが口を開く。

レナ「エアルの代わりに、彼の生命力で動いているからだよ」

シュヴァーンは肯定するように首を縦に振る、リタは目を見張る。

リタ「……生命力で動く魔導器(ブラスティア)……そんな……」

突然、激しい揺れと共に轟音が響き、続いて瓦礫の降り注ぐバラバラという音。音がした方向に、パティ、ジュディス、リタ、ラピードが駆け寄る。どうやら外へと続く道が閉ざされたようだ。

パティ「大変じゃ!閉じ込められたのじゃ!」

シュヴァーンはその場に座り項垂れ胡座をかく。

シュヴァーン「……アレクセイだな。生き埋めにするつもりだ」

フレン「馬鹿な、あなたがいるのに」

シュヴァーン「今や不要になったその剣さえ始末出来ればいい、そういう事だろう」

ユーリ「それでエステル使ってデュークを誘き寄せたって訳か。つくづくえげつない野郎だぜ」

ユーリはそう吐き捨てる。

リタ「ちょっと、おっさん!なんでそんなに落ち着いてんのよ!」

逃げ道を探そうと祭壇の間を調べていたリタは、シュヴァーンに振り返ってそう言うと睨みつける。

シュヴァーン「俺にとってはよくやく訪れた終わりだ」

項垂れたまま彼は言う。

ジュディス「初めから……ここを生きてでるつもりがなかったのね」

フレン「シュヴァーン隊長……」

レナ(……あなたの過去は知ってる。何もかも失って、その上望まぬ命を手に入れてしまった。でも、だからこそ、ここで諦めるなんて許さない)

顔を少し俯かせつかつかと早歩きで少女はシュヴァーンに近づく。下を向いたままの彼の頬を叩いた。それでも、体制を崩すことは無かったが。

レナ「……けるな……ふざけないで!勝手に終わった気にならないでよ!!みんなとの旅が演技だったとしても、ドンが死んだ時の怒りは嘘じゃないんでしょ!?」

レナの瞳は涙が滲んでいた。彼女が泣いて怒って感情的になるなんて珍しい……なんてシュヴァーンは頭の隅で思っていた。ユーリが続くようにシュヴァーンの肩を掴み揺らす。

ユーリ「そうだ、最後までケツ持つのがギルド流……ドンの遺志じゃねぇのか!最後までしゃんと生きやがれ!」

二人の声は神殿内に響き渡った。シュヴァーンはしばらく何も応えないままだったが、やがて顔を上に向けた。

シュヴァーン「……ホント、容赦ねぇあんちゃんたちだねぇ」

シュヴァーンはレイヴンの口調で言うと、立ち上がり弓に矢をつがえた。扉に向かって真っ直ぐに射る。瓦礫が弾け飛び、人が通れるくらいの通路ができた。が、再び轟音が響いた。石造りの天井が崩れてきたのだ。危ない!!とさけぶパティの声。逃げようにも間に合わない、ユーリの焦る声が聞こえた。レナの力でもそれはどうにもならない事だった。土埃が舞って目を瞑る。次に目を開けた時レイヴンが天井を支えていた。額から血を流し左胸の魔導器(ブラスティア)は異様な光を放っている。カロルがレイヴン!!と叫ぶ声が反響した。

リタ「ちょっと!生命力の落ちてるあんたが今魔導器(ブラスティア)でそんな事したら!」

焦った声で彼女は言った。

シュヴァーン「長くは保たない……早く脱出しろ」

彼は苦しげに呟いた。おっさん!と叫ぶユーリの声とシュヴァーン隊長と叫ぶフレンの声。その声を背にレナは、髪を留めていた白いリボンのバレッタを外して、レイヴンを助ける力をと祈りながら力を込めるように握った。実際建前で、本当にその力を込められたかは怪しかった、でも信じるしかない。じゃないと、少女は先がわかっていても涙が止まらなくなりそうだった。

シュヴァーン「アレクセイは帝都に向かった。そこで計画の最終段階に進めるつもりだ。あとは……お前たち次第だ」

レイヴンがそう告げたのを聞いてレナはそれを、彼に近づいて破けている制服に付けた。レイヴンが何を……というのを少女は遮った。

レナ「きっとあなたを守ってくれる。ここでさよならなんて許さない。やっと、シュヴァーン(死人)から開放されるかもしれない、自由に渡り歩いていけるかもしれないんだから。必ず、これを、返しに来て……ワタリガラス(レ イ ヴ ン)

少女は初めてその名を口にした。半ば早口にレナはレイヴンに告げると、レイヴンが作ってくれた通り道の前にいるリタたちの方に歩く。カロルがレイヴン!レイヴン!!と泣き叫んでいる、ユーリは迷っていた心を決めて、行くぞカロルと告げた。カロルは名残惜しそうにギュッと目を瞑りレナ達の方に走り、ユーリ達は通路を走った。

 通路を走り隣の部屋まで逃げ込む。幸いここから出口までは瓦礫の被害が及んでいないかった。走り続けていたユーリ達は、背後からの凄まじい音にハッと足を止めた。おそらく、祭壇の間の天井が完全に崩れ落ちたのだろう。

カロル「うぅぅ……レイヴン……」

カロルが床に這いつくばり、泣き声をあげた。

リタ「バカよ……やっぱり仲間だったんじゃない……。バカ……バカ!」

リタは身を震わせ叫ぶ。

パティ「……なんでじゃ、なんで……こんな……」

パティは涙声で言うと俯いた。

レナ(……大丈夫。ルブランとデコボコが助けてくれる。それに、髪留めも上手くいっていれば彼を守ってくれるはず……大丈夫、大丈夫)

少女は不安をかき消すようにグッと手を握り、目から落ちてしまいそうな雫を耐える。

ユーリ「ぐずくずすんな!エステルを助けるんだろうが!!とっとと走れ!」

先を走るユーリが叫ぶ。フレンがさぁ、早くとリタ達を促した。カロルとリタ、パティ、フレン、レナはまた走り出す。

 バクティオン神殿の外へ出てみると、ヘラクレスが姿を消していた。

リタ「ヘラクレスがいない!?」

ユーリ「レイヴンの言ったとおり、ザーフィアスに向かったんだろうな」

レナがそれは囮……と言おうとして、声にならないことに歯噛みした。と、ユ、ユーリ・ローウェル!?な、なぜここにいる!?!?それにフレン殿もという声が聞こえた。ユーリ達の前から走ってくるのは、ルブランと二人の部下だった。

ユーリ「ルブラン!?それに、デコとボコもか」

デコとボコという言葉に、ルブランの後ろの二人は反論した。ルブランがその二人に、そんなこと言っとる場合か!と喝を入れた。

ルブラン「ちょうどよかった、フレン殿、我らがシュヴァーン隊長を見ませんでしたかな?単身、騎士団長閣下と共に行動されたきり、まるで連絡がつかんのです。どうも最近の団長閣下は何をお考えなのか……親衛隊は何も教えてくれんし。あちこちあたってみて、やっとここまで来たんでありますが……」

フレンは答えられない。代わりにユーリが、アレクセイについて答える。

ユーリ「アレクセイは帝都に向かった。ヘラクレスでな」

ルブラン「なんと、入れ違いか!?それでシュヴァーン隊長は……」

カロルとリタは俯いてしまう。

カロル「レ……シュヴァーンはボクたちを助けてくれたんだ」

リタは隣で悲しみと怒りで震えていた。

ルブラン「おお、そうか!で、今はヘラクレスか?」

見かねたジュディスが教える。

ジュディス「……神殿の中よ。一番奥」

また、背後で轟音が響く。ルブランと部下二人は、唖然とする。ルブランはハッとして、フレンに詰め寄った。

リタ「アレクセイのせいであたしたち死にそうになったのよ!それを助けてくれたのがあんたらのシュヴァーンよ!」

リタが叫びながらルブランに伝えた。

フレン「あの人は……本当の騎士だった」

静かにフレンは言った。

ユーリ「アレクセイは帝国にも内緒でなんかヤバイことをしようとしているらしい。オレたちはそれを止めに行く。あんたらも騎士の端くれなら頼むから邪魔しないでくれ」

ルブランはそんな、なにがどうしてと膝を着く。

パティ「早くしないとヘラクレスに逃げられるのじゃ」

ジュディス「急ぎましょう。バウルを呼ぶわ」

すぐにバウルが来る。レナはバウルに乗り込む前に、ルブラン達に声をかけた。

レナ「……諦めないで。貴方達の隊長はまだ、生きてる。お願い、彼を助け出して。貴方達だけが頼みなの」

静かに訴える少女に、ルブランはびくりと肩をゆらした。ルブラン達の返事を聞かぬままレナはユーリ達の後を追いかけて、フィエルティア号に乗り込んだ。

 バウルが運ぶフィエルティア号は海の上空を飛んでいた。

カロル「レイヴン……」

そう呟く少年の目にはまだ涙が滲んでいる。

フレン「シュヴァーン隊長はずっと騎士団長の懐刀と言われてきた。騎士団でもその姿を見ることは滅多になかったし、その任務は極秘のものばかりという噂だった」

ユーリ「レイヴンとして活動していたからだったんだな」

ジュディス「その懐刀すらアレクセイは捨て駒にしたのね」

ユーリ「やつの目的が大詰めを迎えたってことだろうな」

レナ「……彼はずっと、死に場所を探していた。アレクセイはその事を知っていて利用したんだよ」

レナ(レイヴン……エステル……)

少女は俯いて、アレクセイに対する怒りを抑えるように言う。

パティ「魚が腐ったようなやつじゃの、アレクセイ」

パティは怒りの籠った声で言った。

リタ「なんでもいいわ。今はエステルを助けるのが先。いいわね!?」

海の方に向いていた顔を勢いよくみんなの方に向け、喝を入れるようにリタは言う。ユーリ達は、力強く頷いた。

ジュディス「ヘラクレスは帝都に向かったのよね」

パティ「きっと海の上を渡っているに違いないのじゃ。見逃さないよう、みな目を深海魚よりも大きく開いておくのじゃ」

パティは双眼鏡を海の方に向け覗き込んでいる。

レナ「そう……」

だねと返事しようとした時、その声は音にならずふらりと少女の体が傾き倒れた。

レナ(……力、使い、過ぎたんだ)

薄れゆく意識の中、限界を超えていたことを悟り少女はだんだんと融通がきかなくなる体を悔しく思った。

ガタンっという音にフレンが振り返った。ちょうど少女の前にフレンが立っていた。彼は突然倒れたレナに声をかける。

フレン「!レナ……!しっかりするんだ!」

その声に、手を離せるユーリとリタがフレン達に駆け寄る。

ユーリ「どうした!?」

ユーリの問いにフレンは戸惑いながらも答える。

フレン「わからない……急に、倒れて」

どいて!とリタがフレンから退くように言う。リタは、急いでレナの状態をみた。レナの顔をは青白く、リタの背筋に冷たいものが走る。リタはレナの首を触った時、体温が低く、鼓動が弱いと感じた。つまりは。

リタ「……生命力が……落ちてる」

ポツリと呟いた彼女の言葉にユーリとフレンは目を見張った。コツコツとジュディスが来る。

ジュディス「やっぱり、そうなのね」

どこか納得したようにジュディスは言う。

ユーリ「やっぱりって、どういうことだ?」

ユーリはジュディスを見つめる。ジュディスは、軽く息を吐いてから告げた。

ジュディス「ミョルゾで長老さまが話してくれたでしょう。新月の子は短命で、それは力を使う度に命を削るから。レナは、今まで幾度も力を使って、立て続けにエゴソーの森、ミョルゾ、そしてバクティオン神殿で、力を何度も使ったわ」

ハッとしたようにリタが続きを言う。

リタ「つまり、その所為でレナの生命力が落ちてきてる?もしかして……このまま、この子が力を使えば、近い未来、レナは……」

その先が言えないリタの代わりに、ジュディスが言う。

ジュディス「……死ぬでしょうね」

そんな……とフレンは、少女を見る。

ジュディス「よくここまでもっていたと思うわ」

リタは今までの事を思い返す。そう、少女は魔術を発動させるのにも普通は魔導器(ブラスティア)からエアルを使う所を、生命力……つまり命を削っていた。少しづつとはいえレナの命を着実に蝕んでいったはずで、ましてや大きく生命力を使えば倒れてしまうのは必然的なのだ。短期間であんなに力を使えば、途中で倒れていても不思議じゃない。倒れる今の今まで、気力で立っていたに等しい。考え込むリタをよそにジュディスは続ける。

ジュディス「それに彼女、皆には隠してるみたいだったけれど、ミョルゾで力を使ってから、血を……吐いているわ」

ユーリとリタの目が分かりやすく大きく開いた。

リタ「……無茶しすぎなのよ」

ユーリ「できるだけ力を使わせないようにしようぜ」

ユーリは顔色の悪い少女を見つめた。

リタ「……そうね」

リタは俯きつつも頷く。フレンがレナを抱き上げる。

フレン「彼女を船室のベッドに寝かせてくるよ」

頼む……とユーリはフレンの背を見送った。

ジュディス(使わせないように……ね。でも、彼女はどうなのかしら)

ジュディスは、バクティオン神殿での事を思い返していた。

 次にレナが目を覚ました時、船室の天井と紫色の布が見え、人の気配がした。なぜ、ベッドに?と少女は思ったが、そういえばと自分が倒れたことを思い出した。

レイヴン「目、覚めたかい?嬢ちゃん」

聞き覚えのある声が、鼓膜を揺らす。レナはその方向を向いて目を見開く、レイヴンが居た。

レナ「レイ、ヴン……」

彼がいるということはヘラクレスに乗り込んだ後なのだろうか。少なくとも軽く一、二時間は眠っていたかもしれない。彼の名前を呼んだ少女の声は掠れ気味だった。

レイヴン「そうよ、それ以外の何に見えるのよ?」

レイヴンはそう言いながら、コップに水をついで体を起こした少女に渡した。レナはありがとうとそれを受け取って二口ほど飲む。

レナ「みんなは?エステルは?」

レイヴン「甲板にみんな居るよ、お姫さんは……」

言葉途切れさせて下を向く彼に、レナはまだであることを知る。少女はそっかと相づちをうった。

レイヴン「そうだ、これ、ありがとうね」

と言って、少女に差し出したのは白いリボンのバレッタ。

レイヴン「オレがルブラン達に助けられた時、これを中心にオレを守るように光っていたらしいのよ」

レナは、少し目を見開いて、よかったともらした。

レナ(……役に立ったんだ)

レイヴン「必ず返して、なんて言うもんだから……しょうがなく、ね」

レナ「ほんとに生きてて、よかった、レイヴン」

白いリボンのバレッタを受け取って、レナは目尻に涙を浮かべて微笑みながら言った。僅かにレイヴンが、ビクリとする。なにか言おうとして彼はやめた。少しの静寂。レナは左右の三つ編みを結い直しバレッタを使って後ろに留めると、ベッドから降りる。

レナ「レイヴン、行こっか」

少女はレイヴンの方に振り返り笑う。立ったまま動かないレイヴンにどうしたのかとレナは見つめた。

レイヴン「……青年たちにケジメで一発貰ったんだけど、嬢ちゃんはどうする?」

彼が先程言いかけたのはこれだったのか。頬をポリポリとかきながら、おっさんは気まずそうに言う。

レナ「んー、じゃあ、手、出してくれる?」

ちょっと考えてそういったレナに、何かを察したレイヴンが分かりやすく嫌そうに手を差し出した。レナはその手に向かって、勢いよく手を振り下ろす。パンっ!と気持ちのいい音がなり、両者ともジンジンと痛む手をもう片手でおさえた。

レイヴン「……いって〜っ」

レナ「ふふっ、これで勘弁してあげる」

面白そうに笑った少女に、レイヴンも笑う。

レイヴン「レナちゃん、優しいんだか容赦ないんだか、わかんないわ」

手の痛みが引いた頃にレナ達は甲板へと出た。船室から出ると、ユーリ達が居た。

カロル「レナ!よかった、目が覚めんだね」

カロルがパタパタとレナに駆け寄る。

ジュディス「体はもう平気なのかしら?」

カロルとジュディスはホッとしたような表情でレナを見る。

レナ「うん、大丈夫だよ」

少女はニコリと笑った。

リタ「これからエステル助けに行くのに、また倒れたりなんてしたら許さないから」

リタはそっぽを向いて言うが気にかけるような優しい声だった。

ユーリ「そうだな、あんまり無茶させられねぇよな」

困り眉を作って彼は笑う。

レナ「……ユーリ」

パティ「見えた、帝都なのじゃ!」

と、パティがみんなに知らせるように声を上げた。ハッと気持ちを切り替えてユーリ達は帝都の方を見る。青く澄み切っていた帝都の空は赤黒く濁り、濃いエアルが渦巻いていた。カロルがなにかに気づいたようにあれ……?と首を傾げる。

レイヴン「おいおい!結界がないぜ」

続いてレイヴンが驚きの声を上げた。しっかりと守っていた結界が綺麗に消えていたのだ。

ユーリ「アレクセイの野郎の仕業か」

ユーリが悔しそうに空っぽをの空を睨んだ。

パティ「したい放題じゃの……アレクセイ」

ジュディスはこのまま行くわよ?とユーリに確認をとる。ユーリは頷いた。エステル、どこにいるの?とリタが心配そうにつぶやく。

レナ(……エステル)

少女は、エステルを気にかける感情とアレクセイに対する怒りを持ちながら帝都の空を見つめた。

カロル「どうやって探そう……こんなおっきい街……」

ジュディス「エアルの流れを追うわ。アレクセイがエステルと聖核(アパティア)を使って何かしようとしてるのなら必ずエアルの乱れが生じてるはず」

バウル!とジュディスは呼びかけた。やがてバウルが鳴き声をあげる。

ジュディス「……見つけた」

ジュディスがそう言うと、カロルが下界に目を凝らした。そしてすぐに、あそこ!と指さす。カロルが指した先は、ザーフィアス城だった。ひときわ高く聳え立つ、剣の形をした部分に、見覚えのある球体が小さく見える。

リタ「エステル!」

リタが彼女の名を呼ぶように叫んだ。

レイヴン「アレクセイもいやがる」

エステルの隣に見えた人影に、レイヴンは苦々しく吐き捨てた。

ユーリ「ジュディ、近づけてくれ!」

ジュディスはユーリに頷く。直後、バウルは急速に高度を落としながら旋回した。強風に煽られながらもユーリ達は、エステルが閉じ込められている球体に接近した。アレクセイはエステルと向かい合い、こちらに背を向けている。俯いていたエステルが、バウルに気づいて顔をあげた。と同時に、アレクセイは聖核(アパティア)を掲げる。ユーリが床を蹴り、そのままフィエルティア号の舳先によじ登った。エステル!とユーリとリタが呼びかける。エステルの悲鳴が聞こえ、力が発動した。ユーリがイラついたように元凶のアレクセイの名を叫ぶ。

エステル「いや!力が抑えられない!怖い!」

その恐怖に泣き叫ぶ彼女に、ユーリが励ます。

ユーリ「弱気になるな!エステル!今助けてやる!」

そう言って彼は、舳先を強く蹴った。球体に向かって飛ぶユーリ。レナはその彼に手を伸ばすエステルを見た。しかし二人が触れ合うことは許されなかった。アレクセイが聖核(アパティア)を操作するのを見た瞬間、エステルの力は眩い光となって炸裂する。爆風にもにた圧力がユーリを激しく押し戻した。うわああっ!とユーリは悲鳴をあげ、フィエルティア号の左舷(さげん)を掠める。カロルがユーリ!!と叫ぶ。かろうじてユーリは船体とバウルを結んでいるロープを掴んだ。

レナ「っ……エステル!」

救われる運命がないと諦める彼女に、そんなことは無いと伝えたくて少女はエステルに近づく。けれど強風に煽られて思うように行けない。エステルは絶望的な目をみんなに向けて、涙が頬を伝う。

エステル「これ以上……誰かを傷つける前に……お願い……」

―殺して。

声にならない囁きが伝わる。悔しげに少女は唇を噛んだ。瞬間、エステルが絶叫する。圧倒的な爆風がバウルをもぎとる。ユーリ達は声も出せないまま、ザーフィアスの虚空に舞い上げられた。少女は考える、どうすれば彼らを守れるかを。されど、何も思い浮かばなかった。

 少女が目を覚ました時、ぼやける視界に見えるのは木々と少し離れたところに横ったわっているバウル。ハッとあちこち痛む体を起こして仲間達の状態をみる。あの高さから投げ飛ばされたのだ、どこかしら折れていても不思議じゃない。皆、まだ気を失っているようで呼吸はとても辛そうだった。その状況は幸か不幸か少女にとっては好都合だった。なぜなら、誰にも止められることなく、力を使えるから。ジュディスはレナが大きく力を使うと、負担が限界を超えて吐血していることに気づいている。なおさら、秘密裏にやりたかった。レナは、胸の前で手を握り祈る。前の世界の時にゲームでエステルが使っていた治癒術の詠唱を思い出し、軽く息を吸って口に出した。

レナ「……白き天の使い達よ……その微笑みを我らに……ナース」

レナの体が淡く優しい光を纏う。やがて術式によって構築されたナース達が、ユーリ達の傷に触れて風に乗るように駆けて消えていく。少女の周りにもナース達は来て傷を撫でて消えていった。レナは術を使った時の痛みがくると思って身構えていたが、レナの体にはいつもの痛みではなくて治したはずの傷のところの痛みとそれに似た痛みが体のあちこちを襲った。痛む体に意識が段々と遠くなり、レナは糸が切れたようにその場に倒れ込んだのだった。

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