目覚めたらTOVの世界でした   作:雛鶴 梅綾

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無念と勇姿

 暖かな優しい風に撫でられる感覚の後にドサリと何かが倒れる音がそばで聞こえてユーリは目が覚める。

ユーリ「ん……生きてる……」

そう呟いてハッ!とユーリは立ち上がった。そして鈍い痛みに顔を歪めた。しかしその痛みはすぐに消えてなんとも無くなる。それにユーリは違和感をいだきつつも、皆を起こす。

ユーリ「……みんな生きてるか?」

呼び声に最初に答えたのはジュディスだ。

ジュディス「私はなんとか」

ジュディスも最初こそ眉に皺を寄せていたが、すぐにいつも通りのにこやかな顔になる。次にラピードが起き上がり、ワンとひと鳴きした。レイヴンが体を起こしあぐらをかく。

レイヴン「生きてるっちゃ生きてるけどねぇ。何本か骨いっちゃってるはずなんだけど」

あまり痛まない体を不思議に思って、レイヴンは首を傾げつつユーリに言った。次々と仲間たちは起き上がる。

パティ「船もメチャクチャじゃ……許すまじ、アレクセイ……」

立った時に眩んだのかパティは一度立つとふらりと座り込む。

カロル「ユーリ……いた……あれ?痛くない」

痛いよと言いかけた少年は、体を起こして不思議そうにした。確かに痛かったはずなのに……と呟いている。

リタ「エステルのあれ、(デイ)()戒典(ノモス)と似てた。多分、幾つも聖核(アパティア)集めて同じことをやろうと……」

上体を起こしたもののまだクラクラとするのか額を押えてリタは言う。ジュディスはここまで頑張ってくれたバウルにお礼を言った。ユーリはバウルを見て、しばらく運んでもらうのは無理そうだなと呟く。ジュディスはそうねと返事をしてどこかで休んでもらうわとバウルを見る。ユーリはバウルに労いの言葉をかけると、バウルは休める場所へ飛んで行った。カロルとリタがエステルは!と心配そうに言うが、自分の心配をしろとユーリに言われてしまった。ただ一人、少女だけは未だに目を覚まさないでいる。そろそろ起こした方がいいかしらねと頭を掻きながらレイヴンがレナに近づき、呼びかけた。

レイヴン「レナちゃん!朝よ!……っ」

相変わらず茶化しが入っている。横向きに倒れている少女を仰向けに変えた時、レイヴンの顔が焦りに変わった。

レイヴン「レナちゃんっ!しっかりすんだ!」

レイヴンの血相が変わったことに、ユーリ達がただ事ではないと察する。少女の皮膚に触れたレイヴンはその体温の低さに驚いていた。レナはレイヴンの呼び掛けに答えることはなく、体が痛むのか眉をひそめ顔色はフィエルティア号で倒れた時と同じように悪く、口元に手をやって息をしているか確認しないといけない程呼吸が浅かった。

ユーリ「なんで、レナだけ……?」

ユーリの疑問に、ジュディスとリタは違和感の正体に気がつく。

リタ「ねぇ、あんな高いところが落ちて、なんで私たち怪我がほぼない訳?」

震える声でリタは言う。

ジュディス「……まさかっ、なんて無茶を!」

思い返してみれば、目が覚める前のあのあたたかく優しいそれはよくエステルが治癒術を使ってくれる時と似ていたとジュディスは気がつき、焦った表情で目を見開き少女を見つめた。カロルが、なになに?どいうこと?と不安げにリタとジュディスを見る。

ジュディス「彼女が、私たちの傷を治癒術で治したんだわ」

内心は心配で気が気でないというのにその心情とは裏腹にジュディスは淡々と答える。

カロル「でも、レナが今まで治癒術を使うところ見たことないよ?」

ジュディス「今まではエステルがいたから使わなかっただけで、使えたのね」

ジュディスの答えにカロルはそういうことかと納得する。

リタ「なんでこの子はいつも無茶するのよ」

行き場の無い苛立ちと心配でリタはそう言った。

ユーリ「気持ちはわからなく無いが、レナが治してくれなかったらヤバかったかもな」

リタはでも!と泣きそうな顔をする。

ユーリ「後で説教すればいいさ」

パティ「うむ、今は休める場所とレナを診てもらう医者を探すべきなのじゃ」

ジュディス「そうね。ここはカプワ・ノールの近くみたい。ノール港の宿屋に行きましょ。そこなら安心して休めるはず」

ユーリは頷き、レナを抱き上げた。

レイヴン「いやな空だね。エアルが雲みたく渦巻いてやがる……災厄、か……」

レイヴンは赤くなった異様な空を見つめながら呟いた。ユーリ達は急いでノール港に向かった。

 ノール港では街人や商人、観光していた人達が騒いでいた。

ジュディス「大変な騒ぎね。無理もないけれど」

ユーリ「帝都の方も大騒ぎだろうな」

ユーリ達に街の人が話を聞こうと近づく。

街人「あんたらどっから来たんだ?なんか聞いたりしてないか?」

ユーリ「いや、オレたちは……」

とユーリが答えかけた時、あんたたちどうしてここにという声と共にいつぞやの助けた子供の親が駆け寄ってくる。

ティグル「ひどい有様じゃないか!何があったんだ?」

あちこち土埃で汚れたり、破けたりしている服に治りきらなかったかすり傷、そして顔色の悪い少女を見てティグルは驚く。

ユーリ「あんたか。ちょっと色々あってな、いい医者を知らないか?」

ティグル「ああ、知らないことはないが……」

レイヴン「んじゃ悪いけども宿屋まで連れてきてくんない?俺らもう歩くのもくたびれて……」

ティグルは分かった、まっててくれと言うと医者を探しに駆け出した。ユーリ達は先に宿屋に向かう。傷は治ったとはいえ、疲労はまた別。宿屋のベッドにユーリはレナを寝かせる。顔色は変わらず悪いままだ。コンコンとノックが聞こえ、ティグルと医者がやってくる。レナの傍に医者は移動し、診ていく。ふむ……と医者は少し険しい顔をした。

医者「こんな子供が、ここまで衰弱しているとは……可哀想に」

衰弱……という言葉に、リタは顔を俯かせた。

ユーリ「オレが抱き上げた時、痛そうにしてたんだが……」

医者「傷といった傷はないみたいだよ。この状態は何もしてあげられないね。自然に回復するのを待った方がいい。起き上がれるようになっても当分無理は禁物、安静に頼みますね」

わかったとユーリは返事をした。ティグルがお礼を言って頭を下げると、医者は部屋から出ていった。

ユーリ「助かったよ。ヘリオードから戻ってきてたんだな」

ケラス「はい。あの時はお世話になりました」

ティグルの妻、ケラスはユーリにお礼を言う。そしてパティをみて、あなたもこの方たちと一緒に?と首を傾げた。パティは床に座ったまま、のじゃと頷いた。

ユーリ「なんだ?知ってるのか?」

パティとケラスに関わりがあったことに少し驚きながらユーリは聞く。

パティ「ポリーを送り届けた時に一宿一飯のご恩なのじゃ」

ユーリ「ああ……ラゴウの屋敷を出た後な……」

ユーリは納得する。

ティグル「ノールも執政官が代わったおかげで前よりは随分暮らしやすくなったと思ってたのに、今度はあの空だ」

ポリー「それでね。ちょっと前にね、ドーンってすごい音がしてぐらぐらーってなったんだよ」

ポリーは身振り手振りで教えてくれる。

ケラス「今、役人の人達が様子を見に行っているとこなんです」

ポリー「ねぇねぇ、あのお姉ちゃんは?いないの?」

ポリーはエステルの姿が見えないことに気づいたようで、ユーリ達に聞いた。

ティグル「そういえばあの子なら、あの子供のことも治せるだろうに、どうしたんだ?」

ユーリの代わりにレイヴンが口を開いた。

レイヴン「……ある馬鹿野郎がさぁ悪い奴に渡しちまってね。それで今、追いかけてんのよ」

後悔と己に対する怒りで複雑な気持ちを抱えながら、レイヴンはなんともいえない顔をした。

ティグル「そうか……悪いことを聞いたみたいだな」

ジュディスはポリーに近づいて教える。

ジュディス「ごめんなさいね、今日はちょっとお休みなの」

ポリーはええーそうなんだ……と寂しそうに残念そうに肩を落とした。

リタ「大丈夫よ、今度また来る時はちゃんと一緒にいるから」

落ち込むポリーに、リタは励ますように、自分に言い聞かせるように言った。ポリーは下げていた眉を上げて、ぱぁと花を咲かせるように顔を輝かせて喜んだ。

ティグル「とにかく今はゆっくりやすむといいよ」

ティグル達は気を利かせて早めに退散してくれた。ユーリとラピードとレイヴンは情報収集に宿屋を出て、リタとジュディスはレナの様子を、カロルとパティは疲れた体を休める。ユーリが出ていってすぐに、レナは目を覚ます。椅子を持ってきてベッドの横に座っていたリタが気づいて身を乗り出す。

レナ「……ここ、は?」

リタ「レナっ!よかった……」

隣に立っていたジュディスが安心したように微笑んで答える。

ジュディス「目が覚めたようね。ここは、ノール港よ。具合はどうかしら?」

宿屋に着いた時とは遥かに顔色が良くなって頬に赤みがましている。

レナ「大丈夫みたい……」

リタ「あんたね、命削ってんだから力使うんじゃないわよ」

安堵していた顔は怒った顔にいつの間にか変化しており、リタの怒鳴り声をレナは浴びる。

レナ「でも、そうしないとみんな危なかった……よ?」

ここまで怒られるとは思っておらず、レナはビクビクしながらいいわけをした。

リタ「でもじゃない!それは、確かに助かったけど、あんたが無事じゃないなら意味ないじゃない!」

リタはレナのいいわけを一言ではたきおとし、さらに声を上げた。

ジュディス「そうね、あなた一人を犠牲になんて誰も喜ばないわ」

眉に皺を寄せてジュディスはリタの援護をした。

レナ「それは……その」

そう言われてしまえば少女は何も言えない。

リタ「大体あんた、いっつもそうじゃない。どうして無茶ばかりするのよ」

レナ「みんなを守りたいって思ったら、体が動いちゃうんだよ」

ジュディス「まるでエステルと同じことを言うのね」

レナ「えっ」

そう言われてみれば、確かにエゴソーの森で兵装魔導器(ホブローブラスティア)からエステルが守った時も同じようなことを言っていたなと少女は思い出す。唐突にドアが開き、ユーリとレイヴン、ラピードが帰ってきた。

ユーリ「レナ、目が覚めたんだな」

レナはこくりと頷く。

レイヴン「ほんと、よかったわ〜。おっさんひやりとしちゃったわよ」

レイヴンはいつも通りおどけながら言う。ラピードはしっぽを振っていた。ユーリは早速、街での情報を話し出す。

ユーリ「エフミドの丘に大きな穴が空いてて、通れなくなってらしい、多分ヘラクレスの時のやつだと思う」

レイヴン「よりによってえらいとこに当たっちまったもんだねぇ」

ジュディス「街に当たらなかったのがせめてもの救いね」

ジュディスは腕を組む。

レイヴン「んで、どうするよ」

リタ「エフミドの丘が抜けられないなら船で迂回するとか」

リタは提案するが、部屋に来ていたティグルがそれは無理だと言った。

ティグル「少し前に遠出できるような船は全部騎士団が持っていってしまったんだ。お陰で今、港は空っぽさ」

レイヴン「フィエルティア号を修理して、港から回るってのはどう?」

船のことをよく知っているパティに聞くようにレイヴンは提案する。

パティ「船の竜骨がグチャグチャで、ちゃんと修理するには、時間がかかるのじゃ」

パティは船の惨状を思い出しながら答える。

ユーリ「くそ、一刻を争うってのに」

焦っている彼に、ティグルは切り出す。

ティグル「……方法は無いこともない。あまりお勧めできないがね」

ユーリ「手があるなら教えてくれ。オレたち急いで帝都に行きたいんだ」

ユーリはティグルに歩み寄る。

ティグル「大きく遠回りすることになるんだが……エフミドの丘の手前を北に行くと山と海に挟まれた細い海岸がある。その先は行き止まりなんだが、今の季節、そこに流氷がたくさん流れつく」

レナ(……ゾフェル氷刀海か)

ジュディス「ゾフェル氷刀海ね」

ティグル「そう。あそこの流氷は運が良ければつらなって道になるんことがあるんだ」

パティ「つまり、そこを通っていけば、大陸の真ん中の方に迂回できるわけじゃな」

カロルが渋い顔でゾフェル氷刀海か……と呟く。

カロル「あの辺は気味悪い噂が色々あって、漁師も近づかないって話だよ」

ティグル「それに自然のことだから、必ず通れるとも限らない」

レナ「……自然はむしろ、人の敵であること方が多いからね」

話を聞いていた少女は、元いた世界でも自然災害で命を落とした人がいることを思い出す。

レイヴン「なかなか穿ったことを言うわね、レナちゃん」

ベッドの上にいるレナをみてレイヴンは呟く。

リタ「それしか方法がないなら行くしかないでしょ」

私は行けると強気な顔でリタは言う。ユーリはそれを見て行こうとみんなに声をかける。そして、ティグルに世話になったなとお礼を言った。

ティグル「いいって、君たちはうちの一家の恩人なんだから。その代わり、うちの子の期待を裏切らないでやってくれ」

気前よくティグルは言う。カロルが、頷いてまかせてよ!と元気に言った。ユーリ達は宿屋を出る。

ユーリ「レナ、体はほんとに大丈夫なのか?」

外に出たユーリがレナの方に振り返る。

レナ「へーきだよ、大丈夫」

体に蓄積され続けてきた代償はそう簡単に全て回復する訳では無い。確実に少女の命を蝕んでいることに違いは無いのだが、レナは今はみんなの足でまといになりたくなかった。

ユーリ「……そうか」

ユーリは、レナのへーきをあまり信用していない。少女の平気じゃない時の嘘の言い方だからだ。けれど、立ち止まってはいられないと前を向く彼女の意思を尊重したいからこそ、それ以上は何も言わない。リタも心配そうにレナを見ながらも前に進むことを選んだ。

 ノール港から北に進むと寒さがユーリ達を襲う。次第に雪がちらつきだし、ゾフェル氷刀海に着く頃にはさらに勢いを増していた。

 

―ゾフェル氷刀海

 

 吐く息は白く、足元に続いている流氷の道も分厚くなってきているようだ。先頭をユーリとラピードが歩き、その後ろをカロル、ジュディス、リタ、レナ、レイヴンが続く。みな寒さを堪えるように唇を引き結んでいた。

レイヴン「ううう……ううううう、寒い寒い寒い」

レイヴンが体をぶるぶるっと震わせる。

リタ「おっさん、ウザイ」

リタは腕を組んでレイヴンを睨む。

レイヴン「年寄りは体温高くないのよ。あー砂漠の暑さが懐かしいわ」

レイヴンは震える体をさする。

ユーリ「無駄口叩いてるとこけるぞ……て、言ったそばから」

呆れたようにユーリは片手を腰に当て、レイヴン達を見下ろす。カロルが足を滑らしたようで、レイヴンを巻き込んだのだ。

レイヴン「あたー、しゃんとしてよ。年寄りは繊細なんだから」

カロル「……ご、ごめん」

レナは大丈夫?とカロルに手を貸した。カロルはうんと言って、レナの手を掴み立ち上がる。

レイヴン「レナちゃん、おっさんも〜」

レイヴンがレナに手を伸ばす。仕方ないと、軽くため息をついてレイヴンの手を掴んで引っ張った。

ユーリ「しかしすげぇところだな。不思議っつーか不気味っつーか、氷から剣が生えてんぞ」

辺りを見渡したユーリがそう呟く。

リタ「あちこちにあるわよ。なんなのよここ!?」

リタの叫びにパティが答える。

パティ「昔の海賊と帝国が争った名残なのじゃ」

レイヴン「ん?そ、そう言や、なんかそんなのき、聞いたことあるな」

レイヴンは寒さでどもりながら言った。ユーリがよく知ってんなそんなことと、感心したようにパティを見る。

パティ「……アイフリードのことを調べてた時に収集した情報なのじゃ」

ジュディス「刃のように冷たいから氷刀海。…。と思っていたけど、こういうことなのね」

納得したようにジュディスは言った。

レイヴン「刃のように冷たいってのも間違ってないと思うなぁ。ううううさぶさぶ」

レイヴンは手を擦り合わせている。

その時、ラピードが海に向かって激しく吠え出した。

リタ「なにどうしたのよ……って、ひゃあ!!」

リタは水面下を巨大な影が泳ぎ過ぎるのを目の当たりしにして、体をのけぞらせた。ユーリとレイヴンもそれを見て驚き、パティがよく見ようと走りだす。

カロル「ちょっ、なにいまの!?」

恐ろしそうな表情でカロルはユーリ達に振り返った。

リタ「大きい……まさか始祖(エンテ)()隷長(ケイア)?」

リタはジュディスに視線を向ける。ジュディスは今通った影に交信を試みる。

ジュディス「……違うわね。知性が感じられないもの」

カロル「ってことは魔物でしょ!?襲ってこられたら大変だよ」

カロルはぶるっと身を震わせた。パティが、バイトジョーなのじゃと魔物の名前を言う。

パティ「背骨がガチガチのピカピカで、とっても丈夫な体の魔物なのじゃ」

ユーリ「ほっときゃ襲ってこないだろ。相手にすんなって、行くぞ」

最初は驚いたもののユーリは気にすることなく一人先に進み出す。それにみんなも続くが、カロルがなかなか来ないのでカロル!とユーリが呼ぶとハッとしたようにカロルは来た。

 流氷の上を進んでいくと、度々バイトジョーの影が水面下をチラつく。遂には、歩いていた流氷を壊された。カロルが急なことに、うわわ!!と大き声を上げる。それにリタが驚きすぎと呆れたようにつっこんだ。

ジュディス「どうやら気に入られてしまったみたいね」

ユーリ「強引なお誘いはお断りしてぇな」

パティ「なんとか捕まえられんかの」

ユーリ「捕まえて食うのか?」

パティ「寒い海に住む魚は寒さから体を守るため脂身が多くて美味いのじゃ。白身ならおでんの練り物に最高なのじゃ」

ニコニコと笑って話すパティに、カロルが冷静にツッコミを入れる。

カロル「いや、あれ、魚じゃなくて魔物なんですけど……」

仕方ないとユーリ達は別の道を歩き出す。またその先でも、流氷は壊された。レイヴンが飛沫をかぶったようで、しょっぱい、冷たいと身体を震わせた。

ユーリ「おっさん、元気だな」

レイヴン「さ、騒いでないと、ほ、本気で凍えそうよ、ぶ、ぶえっくしょい!!」

歯をガチガチ言わせて、大きなくしゃみをするおっさん。

レイヴン「パティちゃん……こんな時こそホ、ホッカホカのおでん……」

パティ「凍えてしまってるのじゃ」

パティは冷えて固まっているおでんを取り出す。

レイヴン「ぎゃ、どっひゃあ!」

大袈裟に驚くレイヴンに、リタがウザ……とレイヴンを睨んだ。また別の道を進むユーリ達だが、流氷はどんどん壊されていった。

ジュディス「変ね。あの魔物、邪魔する時としない時があるみたい」

ユーリ「ああ、なんか気に入らないな」

カロル「こんなに分厚い氷の上にいれば、襲われる心配はないと思うけど……」

パティ「襲ってきたら、返り討ちなのじゃ。どんと来いなのじゃ」

ユーリ「でも今、あんなのと真正面からやり合うのはできるだけ勘弁だな」

リタ「早いとこ、地面の上に戻りたいわね」

レイヴン「それと、暖かいとこにね。はーっくしょい!!」

レイヴンは一際大きいくしゃみをした。寒いからか、流氷の上を渡り出してから全く喋らないレナをジュディスは気にかける。

ジュディス「レナ、大丈夫?」

急に声をかけられたレナは、へ?と間抜けな声を出す。

ジュディス「さっきから喋らないから、やっぱりまだ具合が悪いのかしらと思って」

彼女は表情にはでないものの心配はしているというのがわかる。

レナ「平気だよ、寒すぎて体力奪われそうだから温存してた」

白い息を吐きながら、少女はニコリと笑った。そう?ならいいんだけれどと、ジュディスは腕を組んだ。

 さらに先に進んで行くユーリ達。レナはふと胸苦しさを覚えた。それはリタとカロルも同じみたいでちょっと辛そうだ。きっとエアルが濃いのだろうなとレナは思った。辺りを見渡していたレイヴンが立ち止まった。

レイヴン「おろ、なんだこりゃ。どっかで見たような……」

レイヴンの呟きに、みんなが足を止めた。リタはそれを見て驚いて叫ぶ。

リタ「これ、エアルクレーネじゃない!」

ユーリ「こんなとこにもあったんだな」

ユーリは感心したように氷に囲まれたエアルクレーネをしげしげと観察した。

ジュディス「でもエアルが出てないわね。枯れた跡なのかしら?」

リタ「その割にこの辺は荒廃していないみたいだけど」

レナ「ねぇ、ここから離れた方がいい気がす……」

レナを遮ってラピードが低く唸り始め、ジュディスがみんなに注意を呼びかける。みんなの視線の先には、バイトジョーがいた。カロルが、うわまだ出た!と体を仰け反る。

レイヴン「大丈夫っしょ。ここ岩の上よ」

レイヴンが余裕そうに構える。バシャーン!と大きな音をたてて、突然魔物が海から飛び上がる。冷たいしぶきを浴びてラピードが唸る。その横でレイヴンがあらまと呟いていた。海中に戻ると思われた魔物は翼を広げ、宙に留まる。ユーリ達は魔物とエアルクレーネの挟まれ格好の獲物となってしまう。

レナ「!みんな、ここから、離れて!!」

ハッとしたレナがみんなに慌ててそう叫ぶが、間に合わずエアルクレーネは魔物に反応して輝き始める。瞬間放出される大量のエアルがユーリ達を襲った。みな、その場にうずくまって動けなくなってしまう。

リタ「エアルクレーネが!?」

レナ「っ……う……くぅ」

リタ「!レナっ!」

大量のエアルに反応した新月の子の力が、レナの意思に関係なくエアルを鎮めようと発動する。赤い光をまとい、少女は痛みに耐えようと胸を抑える。その力で数秒だけエアルの量が少なくなった。今のうちとユーリは近くにいたカロルを突き飛ばした。突き飛ばされたカロルは氷の上を転がる。そしてエアルの量は増えていく。

ジュディス「……まさかエアルクレーネを狩りに使う魔物がいるなんて」

ジュディスは苦しそうに言う。

レナ「!ぐっ……ぅ……」

力の発動に限界がきたレナは更に辛そうな表情になり、エアルの量は徐々に増えていく。

リタ「すぐそうやって、無茶する……!」

息苦しさを耐えるようにリタは言った。

レナ「っわ、たしの……意思で、やっ……たんじゃ、ない……よ……」

ハァハァと息を切らしながらレナはリタに反論した。リタはそれを聞いて俯いた。

リタ(それってつまり、エステルと同じように力が強くなってるってこと?)

二人のやり取りの中、魔物がカロルの方を向いたのを見てユーリはカロルに逃げように叫ぶ。

カロル「そ、そんな!みんな食べられちゃうよ!」

逃げろと言われたが、立ち上がってもカロルひとりで逃げるなど出来ない。魔物を睨みつけていたカロルは、やがて震える手で武器(ハンマー)を取り出す。

ユーリ「一人で勝てる相手じゃねぇだろうが!」

自由の利かない体で、ユーリが怒鳴る。でも!!とカロルが声を上げた時、魔物がカロルに気づいて体の向きを変えた。魔物は鋭い牙をむき出しにして不気味な声で吠える。

カロル「ひっ……!!」

縮み上がりながらも、カロルは魔物とエアルクレーネを見比べた。

カロル「ボクがやらなきゃ……今やらなきゃ……」

やめろとユーリはカロルを呼ぶ。カロルは震える手で武器を構えて振り上げた。

カロル「今やらなくていつやるんだぁ!!」

再び魔物はカロルの方を向き、やあああ!!とカロルは掛け声と共に魔物に突撃した。

レナ「っ……カロル」

痛む胸をおさえながら顔を上げた少女は魔物に弾き飛ばされるカロルを案ずる。何度も何度も地面を転がり、遂に武器が手元を離れ遠くに飛ぶ。立ち上がり、魔物によってできた傷をおさているカロルをユーリ達は見ていることしか出来ない。

ジュディス「カロル!もう無茶はやめなさい!」

ユーリ「見てらねぇ!頼むから逃げろ!」

パティ「それ以上やってら、死んでしまうのじゃ……!」

三人はボロボロのカロルに声をかける。

カロル「だ、大丈夫だから……」

そういった少年に、リタは悲痛に叫ぶ。

リタ「大丈夫なわけないじゃない!」

カロル「大丈夫なんだよ。だって、みんながいるもん」

ユーリ「カロル……おまえ……」

カロル「ボクの後ろにはみんながいるから。ボクがどんだけやられても、ボクに負けはないんだ」

息切れしながらもカロルは言った。レナの隣で、レイヴンが心臓魔導器(カディスブラスティア)を押えてくやしげな表情をうかべる。

レイヴン「動けよ、くそ!このままじゃガキんちょが……」

レナ「……カロルっ……うっ、くぅ……」

エアルクレーネを完全におさえる程の体力など、少女にはもう残ってない。出来ないことに歯がゆい思いをする。カロルは武器を取るために走り出す。魔物もカロルに向かって飛ぶ。カロルが武器を掴んだ、と同時に魔物はカロルを上空に飛ばした。カロル!!とユーリが叫ぶ。ジュディスはカロルのしようとしていることに気づく。

カロル「ボクの勝ちだ!!」

上空で剣を構え、自由落下しながらエアルクレーネと反応している魔物の角に傷をつける。エアルクレーネは活動をやめ、ユーリ達は体が自由になったと共にカロルの元へ駆け出す。カロンを魔物から守るようにユーリ達は立つ。

レイヴン「まったくとんでもないことする少年だねぇ。生きてるかぁ?」

剣を杖代わりに立つカロルにレイヴンは声をかけた。カロルはみんな!と息絶えたえに見上げる。

ユーリ「悪ぃ。ちょっと道が混んでてな。いけるか?」

ユーリはカロルの方を振り向く。

カロル「も、もちろんだよ!」

カロルは再び足に力を入れた。

ユーリ「よし、食らった分、倍返しにしてやろうぜ!」

ユーリの声を皮切りに、みんな武器を構えて魔物に攻撃していく。レナはみんなの傷や支援を担当した。しばらくして、バイトジョーは氷の海に落ちていく。

パティ「やったのじゃ!」

パティが嬉しそうに言った。

リタ「ひとりであんな無茶してバカ……」

リタがカロルの方に振り向いて声をかけると同時に、カロルはその場に倒れ込む。リタは慌ててカロル!と叫び、ユーリが急いで傍により体を支えて呼びかける。

ユーリ「カロル!おい!カロル!!」

レイヴン「おい!しっかりしろガキんちょ!」

ジュディスがカロルの状態を見る。

ジュディス「……大丈夫。安心して気がゆるんだのね。気を失ってるだけ」

リタ「……ったく、エステル助けに行くのにあんたが先にやられちゃったらどうすんのよ」

とは言うもののリタの顔には心配と書いてある。

レイヴン「ま、そういいんなさんな。男にゃ勝負時ってのがあるのよ」

レイヴンはリタをなだめるように安心させるように言った。おかげで助かったわとカロルに優しい眼差しを送る。

ユーリ「ああ、カロルがいなかったら、オレたち今頃あいつの胃の中だ」

勝負時……とパティが呟くのを聞いていたレイヴンが、そうそうと頷く。

レイヴン「どうしても逃げたらいかん時ってやつがね。誰でも一度はそういう時があるもんよ」

それを聞いたパティはなるほどなと目を瞑り頷いていた。カロルの横にいたレナは、カロルの手を優しく握る。

レナ「……聖なる活りょ……」

くと詠唱を続けようとして、空いていた方の手をユーリに掴まれて中断される。急に掴まれたことに驚いてレナは彼を見上げた。

レナ「ユーリ?」

ユーリ「おまえもさっきのでだいぶキツイだろ」

確かにレナには勝手に発動した新月の子の力で戦闘に参加できるほどの体力もなければ、未だノール港での治した時の痛みも残ったままだ。けれど、気を失うほどボロボロになって頑張った少年を治したいと思うのは必然ではないだろうか。

レナ「大丈夫、平気だよ。だから、やらせて」

真っ直ぐにレナはユーリを見つめる。ユーリは仕方ねぇなと言った顔で掴んでいたレナの手を離した。リタが心配そうにこちらを伺っているのが少女に伝わる。レナはもう一度、詠唱する。

レナ「聖なる活力……ここへ」

淡く優しい光をレナは纏い、やがてそれはカロルへと移っていく。

レナ「……ファーストエイド」

魔術名を紡ぐと、カロルの軽い傷が綺麗さっぱり治る。代わりに、レナは皮膚が地面に擦った時のヒリヒリとした痛みを全身に受ける。その痛みに少女は顔を顰めた。

パティ「ほんとに、治癒術を使えるんじゃな」

パティがカロルとレナをみて呟く。

リタ「レナ、体は大丈夫なの?」

眉を下げてリタは言う。レナは安心させるように、ニコリと笑って大丈夫だよと返した。

ジュディス「さ、早くここをぬけましょ。軽い傷が癒えたとはいえ、弱ってるカロルにはつらいはずよ。レナも休ませないと」

ちらりとジュディスはレナを見る。

レナ(あ、圧を感じる)

リタはええと返事をし、ユーリはカロルにありがとな首領(ボス)と言った。ジュディスが続けて格好良かったわと声をかけた。レイブンがカロルを背負い、ユーリ達は出口に急ぐ。雪が徐々におさまり始めたのに気づいてレイブンが、大きく息を吐いてから出口っぽいかぁ?と呟く。

リタ「なによ、もう疲れたの?」

ぜえぜえ言っているレイブンにリタはそういった。

レイブン「年寄りは体力がないのよ……ジュディスちゃん、代わって〜」

ジュディス「あら、あなたの仕事を奪うつもりはないわ」

ユーリ「カロル……起きてるな」

カロルの顔が動いているのにユーリは気づく。

カロル「お、起きてない!」

素直に返してしまった少年は容赦なくレイブンの背中から落とされた。落とされたカロルは分厚い氷の上に尻もちをつき、あいた!と声を上げる。

パティ「カロルは狸寝入りが上手いの」

レイブン「こんな寒い中おっさんに労働させるとは、カロル君。君もなかなかやるではないか」

ユーリ「もう大丈夫か、カロル」

カロルは立ち上がって、片腕を上げて、うんと返事をした。軽い傷を治しただけのため、まだキツそうだ。

ジュディス「心配したのよ、とても」

パティ「うちもじゃ」

リタ「そんな風には見えなかったけど?」

リタはパティとジュディスを見て言う。ジュディスはおかしいわねとニコリと笑ってパティと顔を見合せた。

リタ「とにかく、もう無茶なことしないでよね。サポートしきれないわ」

レナはリタに同意するように首を縦に振る。カロルはニコニコしながら、うんと頷く。それを見てユーリが、なーにニタニタしてんだ?とつっこむ。

カロル「ひどいな、ユーリ。……ドンの言葉を思い出してたんだよ」

どこか遠くを見つめるカロル。

ユーリ「仲間を守ってみろ、そうすれば応えてくれる……だったか?」

カロル「うん。あれってこういうことだったのかなって」

ユーリは空を見上げてから、カロルに視線を戻す。

ユーリ「それがおまえが見つけた答えって事か。なら、きっと正解だよ」

カロル「そうだといいな」

ユーリ「さ、出口はすぐそこだ。とっとと抜けちまおうぜ」

カロルは首を縦に振る。考え込んでいるリタにジュディスがどうかしたのかしら?と声をかける。

リタ「うん。ここの氷ってエアルから生まれたのかもしれないって」

氷が?エアルから?とカロルは首を傾げる。

ジュディス「あらゆるものがエアルからできているなら当然ね」

リタ「ここのエアルクレーネはある意味、すごく安定してた。魔物が操れる程にね。もしかしたら大量に物質化できたらエアルは安定するのかも」

考えをまとめながらリタは話す。

レナ「つまり、エアルの乱れを解消できるかもしれないってこと?」

レナの問いにリタは分からないと続ける。

リタ「そのためにはもっと効率が必要だろうし、量だって……」

リタは不安そうな顔をした。

パティ「でも、確かにそれができたなら、スゴイのじゃ」

パティは顔を輝かせる。

レイブン「もっとここのエアルクレーネ調査したいのかい?」

リタ「ううん。今はそんなことしてる時間はないわ」

リタは首を横に振る。

ユーリ「ああ。思わぬ時間を食っちまったしな。急ごう」

リタは祈るように、エステル、無事でいて……と呟いた。ユーリは、何か気になるような顔をするがカロルに話しかけられてすぐに切り替える。

カロル「ここを出たらどっかの街で帝都がどうなっているか聞いてみようよ」

あいよう、とレイブンが返事をした。

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