ユーリ達はゾフェル氷刃海を抜けて、帝都の様子を聞こうとハルルの街へ向かった。着くと随分前と変わらず、
ユーリ「……えらくごった返してんな」
レイブン「帝都から逃げてきた連中よ。キレイな身なりしてんでしょ?」
レイブンにそう言われてよく見ればたしかに貴族をはじめとした身なりのいい人達だ。
リタ「今んとこ、ここの結界は異常なさそう」
ハルルの木を見上げてリタは言う。街に着いたことで安心したのかカロルが辛そうに膝に手を付き息を吐く。ジュディスが心配そうに眉をひそめ、カロルに大丈夫?と聞く。カロルはジュディスに返事をする気力もなくその場にたっていられなくなったのかレイブンに支えられていた。
レイブン「大丈夫じゃないみたいね」
ジュディスがカロルの額に手を当てる。
ジュディス「すごい熱。無理してたのね」
リタ「あんな無茶するからよ。ったく……ユーリ?」
避難民の中をじっと見つめているユーリをリタが不思議そうに呼びかける。
ユーリ「ん?あぁ、悪ぃ。宿屋に行ってカロルを休ませてやろうぜ」
レナ(下町の人たちの姿が見えないのが気になるんだ、やっぱり)
ここで無事だと知っているのはレナだけだ。ユーリ達は、宿屋へと向かった。宿屋の玄関に行くと、店主が人当たりのいい笑顔で出迎えてくれた。帝国が代わりにお金を出すから無料でいいと、ちょうどあと一部屋だったところをユーリ達は借りた。部屋に入り、カロルをベッドに寝かせる。熱が上がってきているのか、体を少し震わせ辛そうにしている。
ジュディス「あの避難民……帝都は大変な状況のようね」
レイブン「アレクセイの大将、一体なにをしでかすつもりなんだか」
パティ「……アレクセイは絶対、許せんのじゃ……」
レナ(アレクセイ……エステル……)
宿屋の椅子に座って少女は背もたれに体を預ける。
リタ「アレクセイなんてどうでもいい……エステルよ。あたしはエステルを助けたい」
どこか焦っている彼女にジュディスはそうねと返す。
ジュディス「でもそのためにはアレクセイを何とかしないと。それに、このままじゃ無策すぎるわ。またノール港まで飛ばされる訳にはいかないもの」
ユーリとリタはジュディスにそう諭されて俯く。
レイブン「どのみちカロルが回復するまでは動けないんだし、今のうちに情報集めてくるといいんでない?」
レイブンが重苦しい雰囲気を変えるように、努めて軽い調子で言った。
ジュディス「……そうね、ちょうどいい話も聞いたことだしね」
宿屋の主人が話していた内容をジュディスは思い返す。
ユーリ「……帝都のお偉いさんとやらが、長の家にいるって話だったな。行ってみるか」
そう言って部屋を出ようとするユーリはレイブンが来ないことに気づく。
レイブン「誰か少年の面倒を見るやつがいるっしょ?引き受けるから行っといで」
レナ「……ユーリ、ごめん、私もここで待ってる」
レナは申し訳なさそうに言う。ユーリはわかったと返し、リタはエステルの為にも体休めときなさいよと素っ気なく言う。ユーリ、ジュディス、リタ、パティ、ラピードは宿屋を出ていった。
レイブンは、宿屋で貸してもらった桶に水を入れ、タオルを浸しある程度水気をとってからカロルの額にのせる。タオルがぬるくなる度に、浸しては絞ってを繰り返していた。レナはユーリ達が出てすぐ座ったまま踵を椅子にのせ、俗に言う体育座りをしてお腹と膝の間に顔を埋めてその音を聞いていた。少女の体を襲う鈍い痛みはハルルに来てからマシになったものの、万全とは言えない。大きく力を使う度に言うことを聞かなくなる身体が悔しくてレナは今まで我慢してきた泣き言が、なんだか零れそうになった。レナだって本当は痛いのなんてすごく嫌だと思っている。けど少女は実際
レイブン「……嬢ちゃん、大丈夫?」
声をかけられたレナは体をビクッと震わせて、顔を上げ、大丈夫だよ?といつも通りを装った。
レナ(エステルを助けないとなんだから、こんなこと考えてる場合じゃないよね)
レイブンは少し疑うような目をレナに向けながら、そう?と返す。でもその声は何よりも優しい声で、そうだよと返そうと口を開いたレナは目頭が熱くなって、開いた口を閉じた。レイブンが驚いたように少し目を大きくさせた。
レナ「……あれ?なんで、だろ……。あはっ、ごめん、目にゴミ入っちゃったみたい」
レナは視界がだんだんと涙でぼやけて、目を瞬かせ言い訳を並べる。泣きたいわけじゃなかったのに、急なことに少女は焦る。レイブンがレナちゃんと呼びかけるのを遮って、レナは、ごめんちょっと出てくる、と言ってから部屋を出る。レイブンのまたレナを呼ぶ声がするが、無視した。カロルで大変なのに、負担をかけてはいられないと少女は思いながら宿屋を飛び出し極力人がいなさそうな場所に行った。レナが思いっきり走って立ち止まった瞬間、荒い息と混じって小さな嗚咽が混じる。
レナ「っ……ぅ……」
泣きじゃくるなんて久しぶりで、流しても流しても止まらない雫は手に負えなくなっていた。
涙が止まったのは、十数分後だった。少女は流石にそろそろ戻らないと、きっとユーリ達が帰ってきている時間だろうと宿屋に急ぐ。宿屋の部屋に着いた時、無茶苦茶よ!つまりそれ全部エステルの負担ってことなのよ?とリタのまくし立てる声が聞こえた。レイブンが何か言っているのが聞こえ、レナは気まずいと思いつつもドアを開ける。みんな揃っていて注目を浴びる。
ユーリ「……帰ってきたか」
いつもよりも機嫌の悪い彼がいて、隣にリタが立っている。
レナ「……た、ただいま」
小さくそう言って、レナは椅子に座る。
レイブン「あ……と、そうそう、騎士団はどうしてんの?」
空気が悪くなったのを軽くするようにレイブンは明るい口調で聞く。
ユーリ「フレンが頑張ってるらしいが、どうにもならんだろ。連中には
それを聞いてレイブンはふーむ……と考え込む。
ジュディス「フェローに聞いてみるわ。まだどのくらい時間が残されているかって」
ユーリは頷き、ジュディスはナギーグを使ってフェローと交信を試みる。ユーリはその間珍しく俯いていた。今の話で起きたらしいカロルが、ユーリを呼ぶ。ユーリはカロルの傍によった。
ユーリ「悪ぃ起こしちまったか。調子はどうだ?」
カロル「ごめん、また足引っ張っちゃって……帝都に行くんでしょ?」
まだ赤い頬で眉を下げてカロルは申し訳ない顔をする。
ユーリ「気にすんなって。オレたち助けてそうなったんだから。それより治すことに集中しろ」
ユーリは優しくそう言った。
カロル「うん、でも置いてっちゃやだよ。エステル、ギルドのみんなで助けるんだから……」
ユーリ「ああ、分かってる。さ、もう少し寝とけ。な?」
カロルはうんと言うと、目を瞑り眠りに入る。
ジュディス「つながらないわ。エアルが乱れているせいかも」
ジュディスは眉に皺を寄せた。
ユーリ「いいさ、どっちみち、アレクセイの野郎をぶっ倒すだけの話だ。だろ?」
とユーリはジュディスにふる。ジュディスはそれだけ?と首を傾げた。
ユーリ「……ちょっと外の空気吸ってくる。カロル、見ててやってくれ」
嫌な予感がしたのだろう、出ていこうとするユーリの腕にパティがしがみついて名を呼んだ。
ユーリ「何そんな顔してるんだよ、心配いらねぇよ」
なんともない振りする彼は、パティを優しくのけると部屋を出る。その後をラピードがついて行った。やがてカロルがもう一度目を覚ます。先程よりも顔色は随分と良くなり、頬の赤みも薄くなっていた。レイブンは消化にいいものを宿屋の食堂に頼んでカロルに食べさせ、レナ達も軽食をとった。ユーリをずっと待っていたがなかなか戻ってこない。レナだけはユーリがもうハルルにはいないことを知っていた。
リタ「戻ってこないわね、あいつ」
痺れを切らした彼女は苛立ち紛れにそういう。
ジュディス「そうね……あら?レナ、あなた目元が赤くなってるわ」
ちらりとレナを見たジュディスがリタに相槌をうちながら呟く。
レナ(まぁ、気づくよね……)
レナ「ちょっとね、花粉で痒くなっちゃって」
なんて笑いながら適当な嘘を少女はつく。
ジュディス「そうなの?私には、泣いたあとのように見えるけれど」
さすがジュディス、目ざといなぁとレナは思う。
レナ「……それよりさ、ユーリだけど……多分、もうこの街にいないよ」
話をすりかえるように言ったレナに、ジュディスはやっぱりと呟き、リタとパティはハッとした表情をした。カロルも聞いていたようで、すぐにユーリを追いかけようとなり、急いで身支度を済ませるとクオイの森へ向かった。
森の中を歩き、いつ魔物が来てもいいように用心しながら進む。ふと、黒々とした茂みの陰から、のっそりと何かが姿を現す。
ラピード「クゥ〜ン」
ラピードだった、リタがホッとしたように胸を撫で下ろす。レナはラピードをひと撫でし、みんなでラピードの案内について行く。ラピードが歩みを止めると、その先に寝息を立てているユーリがいた。カロルは、ユーリの近くに行くと、バカ―ッ!と思いっきりユーリの耳元で怒鳴ると同時に、武器を振り下ろす。おわっ!?と驚きながらすんでのところで飛び起きてユーリはハンマーをかわした。寝起きで混乱しているユーリは、目をぱちぱちさせてやっと襲ってきたのがカロルであることを認識する。
カロル「バカ!アホ!」
カロルは容赦なくユーリに向かって、武器を振り回す。
ユーリ「ちょ、まて、おい!」
あんなに慌てている彼はなかなか見れないな、なんて頭の片隅でレナは思う。
カロル「トーヘンボク!スットコドッコイ!!」
振り上げられるハンマーからユーリは必死になって逃げ回る。
ユーリ「スットコって……待てって!」
カロルの後ろにいたリタは、言い訳は後で聞いたげるとユーリに向かって言うと詠唱を始めた。へ!?とユーリから間抜けな声が出た。
リタ「一回、死んどけ!!」
ユーリは魔術で吹っ飛ばされて、レイブンとジュディス、レナ、パティ達のところに落ちる。豪快じゃの、とパティが転がってきたユーリを見てつぶやく。
レイブン「はぁい。生きてる?」
ユーリ「……多分」
寝転がったままユーリは答えた。
ジュディス「目も覚めたみたいね。よかったわ」
ジュディスは手をニギニギしながら微笑む。
レナ「いい気つけ薬になったんじゃない?」
レナはジュディスの横にしゃがんで頬杖をつきながらユーリを見る。ユーリは起き上がって立ち上がると、土埃を払った。
ユーリ「ったくラピード、てめぇ見張りはどうしたんだよ」
ユーリはラピードを睨む。
ジュディス「この子が私たちを案内してくれたのよ。賢い子ね」
ジュディスはラピードを撫でる。
リタ「そこ行くと、どっかの馬鹿は大違い」
ユーリ「……おまえら分かってんのか?これから、なにしようとしてっか本当に分かってんのかよ?」
レナ「分かってるよ。むしろ分かってないのはユーリでしょ」
はっきりと言い返すレナに、ユーリは戸惑う。
カロル「ユーリだけで……ユーリだけでなんて駄目だよ!」
リタ「あんたひとりでなにするってのよ。あたしら差し置いてなにができるっていうのよ!」
パティ「うちらのことが不必要で、ユーリがうちらを置いていったとしても、うちらは世界中どこまでもユーリを捜してついて回るのじゃ」
三人は一緒になってユーリに訴える。
レイブン「ま、ようするに、だ。ひとりで格好つけんなってことよ」
ジュディス「もう少し信じてみてもいいんじゃないかしら?」
ジュディスはあくまでもにこやかにしている。
パティ「うちらはユーリを信じとるぞ」
レナ「一人で抱え込まずに、私たちを頼ってよね」
カロル「そうだよ。仲間でしょ!」
カロルの力強いダメ押しをされるユーリ。
ユーリ「……参ったね」
ふっと、ユーリの唇が綻ぶ。
ユーリ「……分かったよ、みんなで行こう。最後までな」
じゃのとパティが頷き、うん!とカロルが拳を握りしめ、当然よとリタが頷く。ラピードがワン!と吠え、レイブンが、そんじゃまぁ行ってみますか!と気合を入れた。
―デイドン砦
リタ「ちょっとなに寄り道してんのよ」
ユーリ「いや、騎士団がデイドン砦に集結してるって聞いたんでな」
ジュディス「フレンね?」
ユーリは頷く。
パティ「でももぬけの殻なのじゃ」
周りを見渡してパティは言う。
レイブン「どうやら入れ違いっぽいねぇ」
レイブンは後頭部で手を組む。
カロル「帝都に向かったのかな」
レナ「なら、どこかで出会えるかもね」
リタ「なんでもいいわよ。用がないなら、さっさと行くわよ」
腕を組み急かすように言う彼女に、ユーリはへいへいと返事をする。砦の上に人影が見えてユーリ達は見に行く。居たのはデュークだった。
ユーリ「おまえ……」
デューク「彼女を止められなかったようだな……」
ユーリに視点を置きながらも、レナも見つめる。
ユーリ「何言ってんだよ、まだまだこれからだ」
レナ「そうそう、エステルは必ず助け出す。あなたはそこで見ていなさい」
二人の強気な態度にカロルが引きつつも止める。
カロル「ユーリ、レナ……剣貸してくれたのに失礼だよ……」
ユーリは、笑いながらそうだなと言う。レナは、得にリアクションはない。
デューク「どうしてだ……?」
急な問いにユーリは首を傾げる。
ユーリ「…………?何がだ?」
デューク「どうして、こんな時に笑っていられる?」
ユーリ「根が呑気なんだから、だろ?」
デュークはユーリ達から顔を逸らし、愚かな……と呟く。ユーリ達もデュークから背を向けた。
ユーリ「ふっ、しょうがねぇ、それが生まれつき持った性だしな……行くぞ」
ユーリはカロルとレナに声をかけて歩き出す。
カロル「分かってるから……」
デュークが何が?と言わんばかりにカロルを見る。
カロル「ユーリが怒ったり、焦ったり泣いたりしなくてもボクたちは分かっちゃってるんだ。心の中では血が滲むくらい強く唇をかみたいくらいに悔しいってこと。ユーリはそれを押し隠すみたいに平然としてる。だから今にも絶望しそうなボクもここに立っていられるんだ」
カロルの語りに耳を傾けていたデュークは、ゆっくりと息を吐いた。遠くからユーリがカロルとレナを呼ぶ。カロルはユーリに今行くよ!と返す。
デューク「……それを私に言ってどうするつもりだ」
カロル「……そうだね。いつか、ユーリに言う。いつかね……」
カロルは急いでユーリの元へ走る。レナも歩き出した時、デュークは呟いた。
デューク「仲間か……しかし、希望はいつか絶望に変わる時が……来る……」
その言葉にレナは足を止めて、デュークに振り返った。
レナ「絶望に変わっても……彼らなら大丈夫」
デューク「……なぜ?」
レナ「なんでだろうね?何故か自然と、そう思えてしまう人達なの」
ふわりと微笑んで少女は言う。デュークもそれ以上何も言うことはなく、レナはユーリを追いかけた。
帝都の前まで来た時、騎士団が集まっていた。
ユーリ「騎士団じゃねぇか。帝都に攻め込むとこか」
ジュディス「でも、足踏みしているみたい。なにかあったのかしら?」
カロル「そうだ、ねぇ、ユーリ、フレンが一緒に来てくれたら心強いんじゃない?」
いいこと思いついたとユーリをみてカロルが言う。
リタ「騎士団率いてるんでしょ。あたしらと来るのは無理なんじゃないの?」
と、話していると、フレンがこちらに気づいたらしく、ユーリ!みんな!と声を上げてユーリ達に近づく。
フレン「良かった、無事だったんだな。エステリーゼ様は……まだザーフィアスなんだな」
ユーリ「ああ、今のところはまだ、な。そっちは何やってんだ、こんなとこで」
フレン「親衛隊がこの先に布陣している。出方を見るために送った偵察隊が戻るのを待っているんだ」
ソディア「隊長、今はあまり彼らと話す時間は……」
二人の会話に口を挟む彼女に、ユーリは心配ご無用と返す。
ユーリ「長居するつもりはねぇよ」
フレン「君たちも帝都に行くんだね」
ああとユーリは頷く。
フレン「……少しだけふたりで話がしたい。いいかい?」
ソディアが止めるように隊長!と叫ぶ。
フレン「大丈夫だ、すぐ戻るよ。何か動きがあれば報せてくれ。行こう」
フレンはソディアにそう指示を出すと、ユーリと離れた所へ行った。
しばらくして、偵察隊が帰ってきたと同時に慌ただしくなる。物騒な話が聞こえ、パティが双眼鏡を覗いて確認した。ちょうどそこにユーリとフレンも帰ってきて、カロルが大変だよ!と伝える。
フレン「……まだあれだけの戦力を隠していたのか」
ジュディス「あれを突破するのは少々骨が折れそうね」
ジュディスは遠くの敵を見つめる。
レイブン「いやーさすがにキツイっしょ。帝都に辿り着く頃にはこっちもボロボロよ」
ゲンナリした顔でレイブンは言う。
ユーリ「なにも真正面から挑む必要はないだろ。パティ、どこか回り込めそうなところは見えないか」
双眼鏡を覗くパティにユーリは問いかけた。パティはうーん……と難しそうな顔をする。
パティ「どこ見ても敵だらけ、これはちょっと無理そうなのじゃ」
リタ「帝都はすぐそこなのに……」
じれったそうにリタは帝都を見つめる。と、アレクセイの親衛隊率いるゴーレムが動き出す。騎士団の方はざわつき始め、弱気な声が聞こえる。フレンはその様子を見て、ユーリに話しかける。
フレン「ユーリ。帝都に行くのはアレクセイを止めるため、そして……エステリーゼ様を『救う』ためだね?」
レナには救うという言葉をわざと強調したように聞こえた。様々な想いがこめられているのかもしれない。ユーリは、静かに頷く。
フレン「なら……たとえどんな結果になろうと僕はそれが最善だと信じる」
ユーリに託すように言うフレンに、おまえ……とユーリは少し目を見張る。
フレン「行ってくれ」
フレンはそう告げると、騎士団達の前に出て呼びかける。
フレン「騎士団諸君!目の前に敵の大部隊、そしてその背後にはアレクセイが控えている。容易い相手だとは言わない。逃げたくなるのも無理は無い。しかし思い出して欲しい。僕らがなすべきことを!僕らの後ろにあるものを!僕らは騎士だ。その剣で市民を護る騎士だ!誰にも強制はしない。だけどもし志を同じくする者がいるなら、この一戦、共に戦おう!」
怖気付く騎士団をフレンは励ますように演説し、士気をあげる。フレンが剣を高く掲げたのと同時に、聞いていた騎士団の皆は各々武器を高く掲げた。その様子に、カロルは感心する。ユーリもどこか嬉しそうに微笑んでいる。
フレン「帝国騎士団、前進!」
その掛け声で、騎士団は敵へと突撃していく。
ユーリ「行こうぜ、帝都だ」
仲間にそう呼びかけ、ユーリ達は帝都へと急いだ。
―帝都 ザーフィアス
帝都の市民街は酷い有様だった。意外なことに結界は復活していたが、中に入ると濃いエアルに噎せそうになる。レナは自然と力が発動しかけるのを、気を張って止める。
ユーリ「なんてこった、これがあの帝都なのか」
カロル「植物が巨大化してる……エアルの暴走のせいだね」
巨大化した植物が毒々しい花をつけ、太い茎をうねらせいるのを見て、カロルは言う。あちこちにできた亀裂からは、エアルが蒸気のように噴出していた。
リタ「すごい濃度……まともに食らったら一巻の終わりよ」
リタは顔を顰めながら言う。見上げる空は変わらず赤黒い。
ジュディス「私たちもその剣がなかったら危なかったわね」
ジュディスはユーリの持っている剣に目をやって微笑む。
ユーリ「ああ、みんな離れるなよ。特におっさんとレナは」
レナ「うん、わかってる」
レナは頷いた。レイブンは胸を押える仕草をする。
レイブン「えぇえぇ、もうさっきからドキドキしっぱなし。……手ぇつないでていい?」
そう言っておっさんは冗談っぽくおずおずの片手を差し出してみせた。
ユーリ「勘弁してくれ」
ユーリは苦笑したとき、パティがユーリに駆け寄る。
パティ「手を繋ぐのはうちじゃ。もうユーリは逃がさないのじゃ」
ユーリはしまったぁという顔をしてパティから目をそらす。
ユーリ「もう一人では行かねぇって」
ユーリはパティをみて反省してるからとそう言った。と、カロルが叫ぶ。
カロル「見て、魔物が入り込んでる!」
リタ「なんで!?結界は復活しているのに……」
カロルが指さした民家の方向に、魔物たち数体が蠢いているをリタは訝しげに眺めていた。
レイブン「ケーブ・モックんときみたく凶暴になってるみたいよ?」
様子を見ていたレイブンがそう告げる。ユーリは、植物群にすっかりと覆い尽くされている一帯を見つめていた。カロルがそれに気づいてユーリに声をかける。
カロル「ユーリ、どうしたの?」
ユーリ「ん?ああ、いやなんでもねぇよ」
ユーリはハッと我に返ると答えた。
ユーリ「行こうぜ、エステルが待ってる」
先に歩き出すユーリにレナはついて行く。
レナ「ユーリ……あの人たちなら。…………大丈夫だよ」
無事と言いかけた声は、息の音だけで、レナはこれはダメかと大丈夫という言葉に変換した。ユーリはただ、無言のままだった。すぐに後ろからリタたちが駆けてきた。
城の門にユーリ達は来ていた。しかし、あかないようでユーリはそれをみんなに伝える。
カロル「あそこ見て。ボクなら通れるんじゃないかな」
カロルは門が一部分だけひしゃげているのを見つけて、指さす。
ユーリ「あっちに抜けて開けるんだな。よし」
納得したように彼は頷く。パティが、カロルに期待してるのじゃーとニコッと笑った。レイブンがカロルを肩車して門をこえさせる。カロルは門の向こう側に着地すると、門を開けるために走り出した。
リタ「ねぇ時間がないのよ。ぶっ飛ばした方が早くない?」
リタはじれったそうに言った。
レイブン「外に人がいないからって中もそうとは限らんでしょ。聞きつけられたら面倒よ」
レイブンはリタを落ち着かせるように話す。
リタ「街中エアルだらけなのよ?城の中だって同じでしょ」
ジュディス「あのアレクセイがなんの備えもしてないとは思えない」
と言ったところで、城の門が開かれる。パティが、カロルがやったのじゃとニコリと笑った。こちらに走ってくる音が近づいてきてカロルが来る。
カロル「やった!みんな、早く!」
ユーリ「頼りになるぜ。じゃ、気ぃしめていこうぜ」
ユーリ達は城の中へと向かった。
城門を抜けて城の中へ入ると、人に害が出るほど濃厚だったエアルは綺麗に消滅していた。ラピードが不思議そうにあたりのにおいをフンフンと嗅いでいる。
カロル「あれ?エアルがないよ?」
リタ「エステルの力を使ってこんなことまでやってのけたんだわ」
リタは唇を噛みしめていた。
ジュディス「外の結界はエアルを閉じこめるためだったのかもしれないわね」
レナ(……外の魔物は、人を寄り付かせないため、かな)
ユーリ「おっさんの心配が当たった可能性大だな。きっとお出迎えがあるぞ」
レイヴン「悪い予感ばかり当たんのはなんでかねぇ」
レイヴンは俯きがちに言った。
パティ「悪い方向に考えるから悪いことばっか起きるのじゃ。いいことだけ考えるのじゃ」
ジュディス「いいこと言うわね。きっとそうだわ」
パティの言葉に、ジュディスはニコリと笑った
レイヴン「おっさん、けっこう楽観的だと思うんだけど」
リタ「今、んなこと言ってもしょうがないでしょ。気引き締めて進めばいいのよ」
リタは強気に言った。
ユーリ「ああ、悪いことに加担してるまがいもんの騎士なんてオレたちの敵じゃねぇだろ?」
乗っかるようにユーリが言って、パティがじゃのと頷く。
カロル「こんな形でお城に来ることになるなんて……なんか残念……」
眉を下げて俯くカロルに、ユーリがそばに行く。カロルはユーリを見上げて、気合を入れた。
城の中を進んでいくと一室の前でジュディスがまってとみんなを呼び止めた。どうやら、部屋の中から人の気配がするらしい。
レナ(下町のみんなだ……)
ドアの左右にユーリ達はそれぞれ待機する。ドアが開かれると同時にルブラン達がでてきた。勢いよくでたからか、壁にぶつかる。その様子にユーリは、なんだぁ?と驚いている。ドアの方から、ユーリ!?ユーリか!と老人の声がし、廊下の方へ出てくる。
ユーリ「!?ハンクスじいさん!?」
驚いて声を上げるユーリと仲間たちは、ルブラン達とハンクスじいさんと呼ばれた老人に連れられ、部屋の中へ入った。中は食堂みたいだった。
ユーリ「じいさん、みんな!無事だったのか!」
ハンクス「そりゃこっちのセリフじゃ」
ユーリ「なんで城の中になんて居んだよ!?」
食堂はかなりの広さがあり、下町のみんなが避難していた。
レイヴン「ほんと、それにおまえらまで」
レイヴンはその場に居合わせた三人の部下に目をやる。ルブランは気をつけの姿勢でさっと敬礼する。
ルブラン「はっ、それがその、フレン殿の命令で市民の避難を誘導していたのでありますが、その……ふと下町の住民の姿が見えないことに気がつきまして、命令にはなかったんでありますが、つまりその……」
ハンクスじいさんはうんうんと頷く。
ハンクス「出口は崩れるわ、おかしな靄は迫るわ、危ないとこじゃった。なんとか騎士殿の助けで靄のないここに逃げ込めた。命の恩人じゃよ」
ルブラン「め、命令違反の罰は受けます!」
ルブランが覚悟を決め、他の二人も緊張の面持ちで同罪だと敬礼する。
レイヴン「誰もなにも、俺はただのおっさんだからねぇ。それに市民を護るのは騎士の本分っしょ?」
よくやったなと最後の一文だけシュヴァーン隊長の口調になり、レイヴンは部下を労った。
ルブラン「……こっ光栄であります!シュヴァ……レイヴン隊長殿!」
三人は感激して泣き出さんばかりだった。
レイヴン「隊長ゆーな。俺様はただのレイヴンよ」
ルブラン「はっ!失礼しました。ただのレイヴン殿ォ!」
そんなルブランに、レイヴンはダメだこりゃと額を抑えてため息をついた。
ジュディス「尊敬されてるのね」
ジュディスは微笑む。
リタ「ほんと、想像つかないわ」
パティ「見かけによらないもんじゃの」
レナ「そう?
女子四人をおいて、カロルはユーリに駆け寄り、よかったね!と声をかけた。
ユーリ「フッ、しぶとい奴らだっての忘れてた。心配するだけ無駄だったわ」
口ではそう言いつつも、表情は安心したのだろう緩んでいる。
パティ「なんだかユーリ、今までにないくらいにすごく嬉しそうなのじゃ」
パティの言葉に、うんそうだね!とユーリの嬉しそうな表情につられてニコニコと笑った。ユーリは照れくさそうにカロルたちから顔を逸らす。
レイヴン「おまえら、元団長閣下を見なかったか?」
レイヴンはルブランに訊ねる。
ルブラン「はっ、いえ我々は見ておりません。ただ外で親衛隊の話し声で、なにやら御剣の階梯のことを」
リタ「御剣の階梯?」
レナ「私たちが吹っ飛ばされた、あの高い所だよ」
ジュディス「まだそこにいるってことね」
パティ「煙と極悪人は高いところに昇りたがるんじゃな」
レイヴン「問題は、御剣の階梯ってえらーい人しか入れないのよね。仕掛けがあんの」
カロル「仕掛けならボクが外す!術式ならリタがいる。大丈夫だよ!」
ユーリの前にいるレイヴンに向かって、ユーリの後ろから顔を出すようにカロルは言った。ユーリは、だなと頷く。
ユーリ「じいさん。あんたらはこのままここで隠れててくれ。行くぜ!」
ハンクスは頷き、カロルは片腕を上に掲げて、他のみんなは力強く頷いた。