翌朝、レナは窓から差し込む陽の光の眩しさに目が覚めた。ユーリは眉間に皺を寄せながら、まだ眠っている。そろそろ起こさないと、エステルとの約束の時間に間に合わなくなるだろう。レナは、隣で眠る彼の肩をゆすった。
レナ「ユーリ、朝だよ。おきて」
ううんとくぐもった声で唸りながら寝返りをうつユーリにレナは短くため息をついた。
レナ「ユーリ、起きてってば、集合時間に遅れちゃうよ」
先程よりも激しくゆすれば、ユーリの目があく。
レナ「あ、目が覚めた?おはよう」
ユーリ「……おはよう」
寝起きでぽやぽやしている彼をレナはかわいいななんて思ってしまいつつ、ベッドから降りるようにユーリを引っ張った。フラフラとしながらも、洗面台に向かい顔を洗ったユーリはそれで完全に目が覚めたようだ。
ユーリ「よしっ……てか、レナ。その格好で街中歩くのはやべぇな」
顔を拭きながらこちらを見たユーリにそう言われて、レナは確かにねと頷く。
ユーリ「オレのお下がりで良ければどこかにあったと思うが……」
そう言いながら彼は小さなクローゼットを漁る。しばらくして、子供サイズのTシャツが一枚出てきた。ユーリはそれをレナに渡し、受け取った少女はワンピースの上から着た。まぁ、マシになっただろうと言った感じだ。
ユーリ「……さっきよりかは、マシだな」
レナ(同じこと思ってるし……。昨日の出来事はなかったかのように、いつも通りに戻ってるし)
ユーリにじとっとした目を向けてレナはドアを開けた。その後をユーリとラピードが続く。
外に出れば、朝の清々しい空気が肺を満たした。
レナ「おはよう、エステル」
ユーリ「よう」
ラピード「ワン!」
声をかければ彼女は嬉しそうにこちらに振り向く。
エステル「おはようございます、ユーリ、レナ、ラピード」
そして、先程見上げていた空に視線を移した。空にぽっかりと穴の空いたような黒々とした不気味なもの……星喰みが浮かんでいる。
ユーリ「それにしてもアレクセイのやつとんでもねぇもん解放してきやがったな。世界の解放が聞いてあきれるぜ」
ユーリはそう吐き捨てた。
エステル「星喰み……なんなんでしょう、あれ」
レナ(
少女は真実を知っているが故に星喰みを見るその目は憂いでいた。
ユーリ「さぁなぁ。けど災厄ってくらいだ。ロクなもんじゃないじゃねぇのは確かだろ。今度は随分とでかい相手がきたもんだ」
エステルはふふっと笑う。
エステル「まぁ。もうやっつける気でいるんです?」
ユーリ「やらなきゃ普通に暮らせそうもないからな」
レナ「うん、ユーリらしいね」
星喰みから視線を逸らしてレナは笑った。
エステル「普通に暮らす……みんなで普通に暮らす。そのために戦うんですよね、わたしたち」
噛み締めるようにエステルは紡いだ。
ユーリ「ああ。それで十分だろ」
はい、とエステルはユーリに微笑んだ。その後ろからなんじゃとおじいさんの声が聞こえた。ハンクスじいさんだ。
ハンクス「聞き覚えのある声だと思ったら、やっぱりおまえさんか」
振り返ると、ハンクスじいさん以外にも下町の皆が来ていた。
ユーリ「ハンクスじいさん、みんな」
ハンクス「彼女は疲れとるはずじゃ。無理に連れ回すんじゃないぞ」
ハンクスじいさんはエステルを見てユーリに忠告する。ユーリは不思議そうに首を傾げた。
ユーリ「ん?疲れてるって……エステル、おまえ、力を……」
まさかと驚いた表情でユーリはエステルを見つめた。
ハンクス「戻ってきた怪我人を片っ端から治療してくれておるんじゃ。大変世話になっておるよ」
ハンクスじいさんは、目を細め口角を上げてエステルを見つめる。
エステル「わたしに出来る事ならなんでも言ってくださいね」
ハンクスじいさんの言葉を聞いていれば、エステルを咎めるなんてことは出来ないとレナは悟る。ユーリも同様だった。
ユーリ「下町もすっかり元通りみたいだな」
辺りを見回しながらユーリはつぶやく。
ハンクス「これであの空さえなければ完璧なんじゃがの」
腕を組み悩ましそうにハンクスじいさんは言った。
ユーリ「心配すんなって、オレたち
ニカッと笑い、頼もしい表情を見せるユーリに、ハンクスじいさんは変わらんのぉと言わんばかりに頷く。
ハンクス「また大きく出おって。あの穴をどうやって塞ぐと言うんじゃ」
ハンクスじいさんと一緒に来ていた下町の男性が、いやユーリならやりかねないよと肩を持つ。続けて、そうそうできないことは言わないものと下町の女性が賛同した。と、おーっとそこまでだ!と叫び声が聞こえた。その方向をみると、ルブラン達がいる。ユーリは、呆れたように今度はおまえらかと囁いた。アデコールは姿勢をぴんと伸ばしながらユーリ達の方に歩き、これを見るのであーるとユーリ達に紙を差し出した。ユーリはそれを受け取り見た。レナとエステルも覗くようにその紙を見る。
ユーリ「ん?手配書……ってオレ?」
エステル「ユーリ……だけ?」
レナ「なんで??」
三者とも不思議そうにしていれば、アデコールが口を開く。
アデコール「無法者を取り締まるのが騎士の勤めなのであーる」
ユーリ「おいおい他は良くてオレだけ賞金首かよ」
呆れたように彼は言った。
ボッコス「それはそれこれはこれなのだ!」
ルブラン「オホン、でものは相談なんだがな。どうだ、おまえ騎士団に戻らんか。そうすりゃこんなもんはポイだ」
ユーリははあ?とルブランを睨んだ。
ルブラン「要するにおまえみたいなのが野放しなのを問題にしとるんだ、お偉方は。だからな」
ユーリがルブランの言葉を遮る。
ユーリ「手網につけときゃ安心ってか?」
そういうことだと、ルブランはユーリの言葉を肯定した。俯いて少し考える素振りをすると、ユーリは顔を上げて、ようシュヴァーンと手をあげた。ルブラン達はそれに動揺して、ユーリが見ていた方向に敬礼をした。その隙をついて、ユーリとレナ、エステル、ラピードは中央に続く上り坂へと駆け出した。坂を駆け上がっていく時、後ろから待てコラ!!とルブランの怒号が聞こえる。ユーリは下町のみんなにまたな!と叫んだ。
長い坂を全力疾走をしたユーリ達は上がった先で息を着く。
ユーリ「この坂一気はきついな」
エステル「騎士の人は凄いですね……」
レナ「みんな体力おばけなんじゃないの……」
ユーリは後ろに振り返る。
ユーリ「あの根性だけは見習いたいね」
ユ〜〜〜〜リ!!と上からパティが降ってきた。その勢いのままパティはユーリに抱きつく。ユーリはそれを受け止めた。レナはそれを見てなんだか胸の中がモヤモヤした。
レナ(……なんでモヤッとしたんだろ?)
ユーリ「おっと、パティか!?おまえどっから……」
パティ「やっぱユーリは生きとったのじゃ!よかったのじゃ!」
嬉しそうに言う彼女にレナもエステルも思わず微笑んでしまう。
ユーリ「おう、生きてたよ。おかげさんでな」
コツコツとブーツの音が聞こえたと思うと、あらと聞きなれた女性の声がした。え?とユーリが振り向き、同じようにレナも振り向く。
エステル「あ、ジュディス!」
ジュディス「エステル。迎えにきたわ」
にこやかに彼女は言った。パティはジュディスの元へ走り隣に立つ。
エステル「リタは一緒じゃないんです?」
リタの姿が見えないことにエステルは疑問を持つ。
ジュディス「リタはアスピオで調べたことをまとめているわ。あなたたちも行くでしょう?」
ユーリ「あぁ、よろしく頼むぜ。心配かけたな、ジュディ」
ジュディス「ええ。心配で胸が張り裂けそうだったわ」
ユーリ「嘘くせぇな」
ユーリは苦笑しながら言った。
ジュディス「おかしいわね。本当なのに」
レナ「あーえっと、横槍刺すようで申し訳ないんだけど、服買ってもいい?」
ちょっと申し訳なさそうに少女が言えば、ジュディスはレナの格好を見て頷く。
ジュディス「そうね、ボロボロのままなんて格好つかないものね」
ユーリは、しまった忘れてたと頬に汗を垂らしていた。エステルが、知ってる場所があるんですとユーリ達を服屋へと案内した。なぜ知ってるのか聞いてみれば、怪我人の治療で回っている時にたまたま人に聞いたんだそうだ。
服屋に着くとユーリとラピードは外でお留守番となった。エステルとジュディス曰く、女の子のオシャレは女の子同士の方がいいから、らしい。エステルとジュディスは二人で話し合いながらあれこれと決めていく。レナは二人で盛りあがっているのを邪魔するなんてことは出来ず、ただ見ているだけだった。しばらくして、ある程度決まったのかエステルとジュディスがレナを呼び、これを着てみてくださいと服を手渡される。レナはそれを持って、試着室に行った。手渡された服は、白色の半袖ブラウス、デニム生地の短パン、黒に近い紫色のニットカーディガン、黒のニーハイソックス、茶色の無地のブーツだ。ブラウスの襟にはフリルが付き、胸元には紺色の細いリボンが揺れている。短パンには左側に薔薇と荊が黒い糸で刺繍されていた。短パンを履き、ニーハイソックスを履くと、俗に言う絶対領域が出来ていた。ニーハイソックスが落ちないようにソックスガーターを付ける。カーディガンを羽織り、鏡の前で確認すると両肩の部分に黒いリボンがついていた。
レナ(このカーディガンの色、ユーリの髪色に似てるような……)
着替え終わったレナは、試着室から出た。エステルは、レナをみると目を輝かせた。ジュディスは、ニコニコとしていた。
レナ「えっと、どうかな?」
くるりと一周まわってみせる少女。
エステル「素敵です!前の服装はシンプルな感じだったので、装飾入れてみたかったんです」
ジュディス「そうね。シンプルさを残しつつオシャレになって、とても似合っていると思うわ」
レナ(確かに、前の服装は全部無地だったんもんね………めっちゃシンプルだったかも)
レナ「ありがとう」
嬉し恥ずかしそうにレナは笑った。
ジュディス「じゃあ行きましょうか」
レナ「えっ、でも代金……」
素知らぬ顔でジュディスは、もう払ってあるわとなんでもないように言うとレナの手を引いた。エステルも、それに続く。レナは、戸惑いつつも服屋を出た。少女は出るとすぐ近くにいたユーリに声をかける。
レナ「ユーリ、おまたせ」
呼ばれたユーリはレナの方に振り向いた。ユーリはそのまま固まっていた。
レナ(ん?あれ、固まってない?)
レナ「ユ、ユーリ?」
レナはユーリの袖をクイクイと引っ張った。ユーリはハッとしていた。
ユーリ「あ……悪ぃ、見惚れてた」
レナは思わずポカーンとしてしまう。
ユーリ「んだよ……」
ユーリはそっぽを向いた。見ていたエステルが、ユーリが照れてるなんて珍しいと微笑んでいた。ジュディスも、あら?という顔をしている。
レナ「ってことは、似合ってるってことだよね?」
ユーリ「っあぁ」
ユーリ(前とは雰囲気が変わって……こういうのも似合ってんな)
何だかぎこちない彼にレナはくすくすと笑った。
ユーリ「ん?レナ、髪飾りは選ばなかったのか?」
ユーリにそう言われてレナはあっと声を上げる。エステルとジュディスも、そういえばわすれてたわねと顔を見合わた。
エステル「じゃあ、ユーリに選んでもらってはどうです?」
これはいい提案だとウキウキとした雰囲気で彼女は言った。ユーリは、オレ?!と驚いている。
ジュディス「そうね、その方がレナも嬉しいんじゃないかしら」
エステルの提案にジュディスも同意した。レナは、それはまぁ確かに嬉しいけれど……と少し頬を染めた。
ユーリ「わかったよ。でもオレ、あんまりそういうのわかんないぜ?」
レナ「いいよ、ユーリが選んでくれたものなら」
そのまま服屋の隣のアクセサリー屋に二人は入った。
店内はキラキラとアクセサリーが輝いており高そうなものからお手頃のものまで様々な種類が並んでいた。一通り見てからユーリはひとつ手に取った。それは、
ユーリ「これだな……レナ、ちょっとまっててくれ」
一言断りを入れるとユーリはバレッタを持って店主に話しかけ買った。そのままレナに渡す。
レナ「ありがとう、ユーリ」
レナ(ユーリが選んでくれたもの、大切にしなきゃ)
レナは受け取ったバレッタを大事そうに持つ。そして、髪につけた。
レナ「どうかな、似合ってる?」
ユーリ「ああ、すごく、似合ってる」
愛しいものを見つめるような甘い目で見てきたユーリに、レナは胸が少しドキリとした。
レナ「あ、ありがとう」
なんだか恥ずかしくなって早足で店を出た。
出てきた二人を待っていたエステルとジュディスがにこにこと出迎えてくれた。
エステル「ユーリ、ちゃんと買えました?」
ユーリ「バッチリ」
エステルの問いにユーリは親指を立ててグッチョブした。ジュディスはレナがつけている髪飾りを見て、ふふっと笑った。それにレナが首を傾げると、よく似合ってるわと返ってきた。
エステル「なんだかその色、ユーリみたいですね」
髪飾りのリボンに触れながらエステルは微笑む。
レナ「言われてみればそうだね」
ジュディス(自分を連想させる色を身につけさせるなんて、彼意外と独占欲が強いのね)
エステル(四葉の花言葉は、私のものになって、でしたよね。もしかして、ユーリって……)
ユーリ「?レナの服も買ったし、リタのところに行こうぜ」
考え込んでいるエステルを見てどうしたんだ?と思いつつユーリはジュディス達を見る。
ジュディス「ふふっ、そうね」
エステル「はい、行きましょう」
ユーリ達はそのままバウルに乗りリタのいるアスピオに運んでもらった。
―アスピオ
アスピオに着き街の中には入ると、分かった!!というリタの声が街中に響きわった。かと思えば、ユーリ達の目の前をすごい速さで通過していく。
エステル「あ、リタ、ユーリが……」
エステルの声も虚しくリタは素通りしていった。
パティ「うちらの存在感はカサゴの擬態よりもゼロなのじゃ」
ジュディス「研究以外、なにも目に入らなくなってるって感じね」
レナ「凄いよねぇ……」
ユーリ「……あれじゃ変人扱いされんのも無理ないな」
少し呆れたようにユーリは言った。
エステル「すごくうれしそうでした。きっとなにか発見があったんですよ」
エステルは笑顔で言う。
ユーリ「そりゃ期待したいとこだな。行ってみようぜ」
ユーリ達はリタの家をたずねる。勝手に開けて入ってみると、本を読み考察を立てるのに集中しているらしくこちらには気づきもしなかった。
リタ「ふんふん……やっぱりそうか力場の安定係数の算出も十分可能ね。つまり……」
エステル「リタ?」
エステルがブツブツ言っているリタに声をかけるが、リタは気づかない。
リタ「……の応用で基幹術式もいけそう。変換効率はクリアね。非拡散の安定した循環構造体がこれで……」
ユーリ「おい!リタ!!」
エステルよりも大きい声でユーリはリタを呼んだ。この声は聞こえたらしくリタは振り返る。
リタ「なに!?邪魔しないでくれる?って、え!?」
ユーリの姿を見たリタは目を見開いた。
リタ「ちょっ、あんた……どうやって……っていうか」
動揺してしどろもどろになる彼女に、ユーリは、ようと軽く挨拶する。リタはユーリとレナが生きていことに嬉しそうな顔を一瞬するが首を振って切り替える。
リタ「この忙しい時にどこに行っていたのよ!だいたいあんだけ探して見つからなかったのに……」
怒鳴り出す彼女にユーリとレナはちょっと申し訳ない顔をした。
ユーリ「いやまあ悪かったよ」
レナ「心配かけてごめんね、リタ」
あまりにも素直に二人がいうので、リタは拍子抜けしつつもいつもの調子に戻る。
リタ「……たく、まあいいわ。それどころじゃないし」
そう言うとリタはエステルを見る。
リタ「エステルに大事な話があるの」
ユーリ「エステルに?」
リタ「……エアルを抑制する方法が見つかったかもしれないの」
リタの声は嬉しそうに弾む。
エステル「本当!?すごいです、リタ!」
エステルは胸の前で手を組んで、パッと顔を輝かせた。
リタ「ザウデを調べて色んなことがわかったんだけど、そこで使われてた技術を応用したらいけるかもって。ただ……」
リタはそこで言いにくそうに、話すのをとめる。
ジュディス「それがエステルの……満月の子の力と関係してる、ということかしら?」
続きをジュディスが話す。リタは頷いた。
リタ「エアルに干渉して自在に術式の組み換えを行う必要がある……エステルにしかできないことなの」
ユーリ「デュークに
話を聞いていたユーリはつぶやく。エステルはデュークに会ったんです?と首を傾げた。
ユーリ「ああ、あいつがオレたちを助けてくれたんだ。剣を回収するためって言ってたけどな」
リタ「あの剣と満月の子は違う。多分、代わりにはならないわ」
リタは首を横に振って言った。
ジュディス「けれど、前にエステルに施した抑制術式……あれは満月の子の力を抑えるためのものでしょう?」
ジュディスはエステルの
リタ「うん、だからもしこの理論でエアルを制御するのなら、エステルの抑制術式を解除しなければならない」
ユーリ「つまり……上手くいけばエアルは制御できるが、下手すりゃエアルはより乱れて世界は星喰みのものになる」
そういうことかとユーリは納得する。
レナ「……大胆な計画だね」
リタの言っていることを頭の中で整理しつつ少女は言った。
パティ「状況を打破する考えは浅瀬のミズクラゲよりも、常に大胆なものなのじゃ」
パティの例えにリタは、不思議そうにした。
リタ「……いや……よくわかんないけど、まぁ、ともかくきっとうまくいく。だからエステル、あたしを信じて力を貸して」
リタは意を決してエステルに歩み寄った。エステルは無言のままリタを見つめている。
ジュディス「怖いのかしら?」
ジュディスは微笑みながらエステルに問う。エステルは首を横に振った。
エステル「ううん。嬉しいんです。まだ自分の力が役に立つかもしれないなんて。リタ。わたしに出来ることなら何でもいってください」
エステルはそう言ってリタに、にっこりと笑いかける。
ユーリ「で、具体的にはどうするんだ?」
リタ「まだ完全な方法までできあがってないの。もうちょっと時間をちょうだい」
レナ「じゃあ、リタが考えてくれている間に私たちはカロル達を迎えに行こうよ」
ユーリ「だな」
エステル「はい!」
リタ「あたしも行く。資料なら全部頭に入ってるし考えがまとまったら説明するわ」
慌てたようにリタは言う。
パティ「よし、じゃあ行くのじゃ」
パティは立ち上がった。
―ダングレスト
ギルドの巣窟ダングレストの空は、星喰みに覆われほとんど真っ黒だった。結界がかろうじて白く浮き上がって見える。屈強なギルドの男たちの中にも、空を見上げてため息をついている者もいた。ユーリ達は石畳を歩いていく。
ハリー「どうせオレなんか!」
一人の若者が、叫びながら脇を通り過ぎた。
ユーリ「あれは……確かドンの孫のハリー……だっけか」
通り過ぎて行った横顔を見てユーリが呟いた。
レナ「みたいだね、間違いないと思う」
少女がそう言った時、後ろからあー!!と聞いたことのある叫び声が聞こえた。振り返るとカロルとレイヴンが立っている。
カロル「ユーリ!!レナ!!」
カロルは二人の元に駆けよる。
カロル「……ひどいよ。無事だったんならひと言くらい……」
かなり心配をかけたのだろうとレナは察する。それはユーリも同様だろう。
レナ「心配かけたね」
ユーリ「でも戻ってきたぜ」
レナとユーリは優しく笑った。レナはそのままカロルを覗き込む。その様子に、リタとエステルは顔を見合せ、そっと微笑みあっていた。カロルの後を追うようにレイヴンがゆったりと歩いてくる。
レイヴン「おたくらも良いしぶとさねぇ。さすが、俺様の見込んだ男……とお嬢さん」
いつもと変わらない彼だが、その声色には喜びが混じっている。
パティ「ユーリを見込んだのはうちが先なのじゃ」
張り合うようにパティが口を挟む。
レイヴン「おや、パティちゃんには渡さないわよ」
なんだかモヤついたレナはつい口に出してしまった。
レナ「ユーリは譲れない……」
珍しいことにパティはむぅ?と首を傾げ、レイヴンはまぁ〜と口に手を当てる仕草をした。隣にいたユーリはちょっと機嫌が良さそうに見える。
ユーリ「んなことより……今、ハリー見かけたけど、なにかあったのか?」
機嫌の良さを隠しユーリは切り替える。
レイヴン「それがちょっとばかしうまくなくてねぇ。いまユニオンは船頭不在だからねぇ」
レイヴンは空の星喰みをちらりとみてため息混じりに答える。
ジュディス「中核になるものがいないとまとまらない……というワケ?」
カロルはそうなんだと頷く。
リタ「中核……!そうか!」
突然声を上げたリタに、カロルがビックリして後ずさる。
カロル「な、なになに?」
リタ「分かったわ、
リタは今閃いたことをユーリ達に説明する。
リタ「つまり、エアルを安定係数が変化し続けていってもそれを結びつけ……」
ユーリ「まてまてまて、どうせ理解できないから説明はパスな」
ユーリが途中でリタを止めた。
リタ「ま、まぁいいわ。とにかく、ドンに渡した
リタはレイヴンに視線を向ける。
ジュディス「……ベリウスの
ジュディスは
レナ「っ……」
レナ(ベリウス……)
レナは静かに手に力を入れた。爪が手のひらにくい込むほどに。それほどまでにまだ、ベリウスの事は吹っ切れていなかった。例え、別の形で生きることになると知っていても。ユーリはそれを知ってか知らずか、レナの頭に手を置いた。レナはユーリを見上げれば、ユーリは大丈夫だと言わんばかりにニコリと笑っている。レイヴンとカロルがもの問いタゲな表情をしていることにエステルは気づき説明する。
エステル「リタがエアルを抑制する方法を見つけたんです」
カロル「ほんとに!?すごい!」
カロルはリタに尊敬の視線を向けた。ユーリはレナの頭から手をどけるとレイヴンを見る。
ユーリ「ドンが亡くなった後、
レイヴン「さあなぁ……」
パティ「ハリーならどうかの?ドンの孫なら知っとるんじゃないのか?」
レイヴン「ちょうどいいわ。やっこさん連れ戻すとこだったんだ。ユニオンの本部行っててよ。すぐ戻るからさ」
ユーリはそれに頷き、仲間たちは一足先にユニオンの本部へ向かった。
中に入ると以前よりずっと静かなユニオンの人間たちばかりで、ドンがいた頃の威勢のよさは鳴りを潜め、ギルドごとにまとまるでもなくボソボソと話し合っていた。
ユーリ「なんか妙な雰囲気だな」
カロル「うん……ユニオンは今、バラバラだから……」
カロルは悔しそうに彼らを横目で見ていた。
レイヴン「誰もドンの後釜に座りたくないのよ。なんせあのドンの後だからねぇ。ほら、しゃんとしなって」
ハリーを連れて帰ってきたレイヴンは、ハリーを軽くたしなめる。
ハリー「オレはじいさんを死に追いやった張本人だ。そんなやつがドンみたいになれる訳がねぇだろ」
ハリーはユーリ達とは一切目を合わせず、拗ねたように言った。
レイヴン「誰もあのじいさんみたくなれなんて言ってねぇでしょうが。跡目会議くらいちゃんと出とけって言ってんの」
レイヴンはハリーに言い聞かせている。それをリタが遮った。
リタ「ねぇあんた、ドンの
突然の事にエステルはビックリし、カロルは呆れている。
カロル「リタ、いきなりそんな直球……」
ハリーは暗い目でリタを睨んだ。
ハリー「……あれはドンの跡目継いだやつのもんだ。よそ者にはやれねぇよ」
リタ「なによそれ。それじゃいつその跡目が決まるのよ」
ハリー「知らねぇよ。オレに聞かないでくれ」
パティ「なら誰に聞けば、教えてくれるのかの?」
ハリーはパティの言葉を無視して部屋の隅へに行ってしまった。
ユーリ「ったくしょうがねぇな。ユニオンがしっかりしなきゃ誰がこの街を守るってんだよ」
ユーリはわざと聞こえるようにそう言うとため息をつく。「ああ?そりゃ俺たちに決まってらあな」
ギルドの一人がそう言う。
「俺たちとはどの俺たちだね?あのザウデとやらに手下を送り込んだのも、君のギルド
すぐ側にいた一人がそう言った。
「ユニオンが帝国の風下に立ったことは一度もねぇんだ。黙ってみてられるか!」
「うかつだったと言っているのだよ。ユニオンの敵対行為と帝国に受け取られかねん」
その意見を聞いた人は冷静に指摘する。
「そんときゃ、一戦やるまでだ」
「それで誰が率いるんだね。
煽るような口調で返す。
「
聞いている側からすればくだらない口論である。
レナ「こんな時にそんな口論する暇があるなら、協力し合えばいいのに……」
少女はくだらないとため息をつく。
ユーリ「仲間内でやりあって自滅ってのはやめてくれよ。全っ然笑えねぇから」
パティ「いいこと思いついたのじゃ。ドンの椅子に流木を座らせておけばいいのじゃ。波にもまれた分だけ人生に苦労しておるからドンの貫禄たっぷりなのじゃ」
ジュディス「あら、いい案ね」
好き勝手言うユーリ達に先程口論していた人達は憤る。カロルはユーリ達の前に出た。
カロル「仲間に助けてもらえばいい、仲間を守れば応えてくれる、ドンが最後にボクに言ったんだ」
ユーリが、カロル……と呟く。
カロル「ボクはひとりじゃなんにもできないけど仲間がいてくれる。仲間が支えてくれるからなんだってできる、今だってちゃんと支えてくれてる。なんでユニオンがそれじゃ駄目なのさ!?」
カロルは訴えるように叫んだ。
レイヴン「少年の言うとおり、ギルドってのは互いに助け合うのが身上だったよなぁ。無理に偉大な頭を頂かなくともやりようはあるんでないの?」
ユーリ「これからはてめぇらの足で歩けとドンは言った。歩き方くらいわかんだろ?それこそガキじゃねぇんだ」
ユーリ達の言葉に、考えるように
ユーリ「行こうぜ。これ以上、ここにいてもなにもねぇ」
そう言って歩き出すユーリにレナも続く。
リタ「え、ちょっとあんた、ねえ!」
リタは慌てたようにユーリとレナを追いかけた。その後をエステル達も続いた。