俺は果たして今までどれほどの真っ赤な血を流して来ただろうか、一族を殺し、天涯孤独の道を自ら選んだことは後悔していない。
愛した者をこの手に掛けてきた俺のこの手は血に染まっている。その度に感情を殺し心を捨ててきた。
目の前は歪み、何度絶望を感じた事だろうか……
だが、サスケ、自分の唯一の弟には俺は手を掛ける事が出来なかった。あいつにはどれだけ辛い思いをさせて来たんだろうか。
木の葉を信じた俺は、果たしてそこに住む者達の笑顔を護れる事が出来たのだろうか、出来るならサスケ、お前にその笑顔を護る事を引き継いで欲しい──
──ー俺はもう……──ー
第1話、雨と忍
それは、雨が降りしきる暗い夜の事であった。
薄暗い闇の雨の中に横たわる一人の男
赤い雲の模様が入ったマントの様な変わった衣服に身を包み、彼はただただ、降りしきる土砂降りの雨に身体を任せていた。横たわる男は動く気配は無く、じっと眼を瞑っている。
(……冷たい)
冷たい地面に頬を付ける男はその肌から伝わる冷たいという感触を思わず疑問に思った。
身を限界にまで追いやり、完全に死んだ筈の身であるというのに何で指から伝わる"冷たい"という感覚が有るのだろと
(……生きて、いるのか )
男は思う様に動いてはくれない身体を余所に自分自身の生に対して驚きが隠せない、確かにあの時、唯一、憎しみを植え付けた弟と対峙してその命は尽きたはずだった。
それがどういう訳か、五体満足に身体を動かすことも出来ずに朦朧とする意識の中で無様にその身を雨に晒している。
気が付けば、ご丁寧に何故かあの時の戦闘で焼き焦げ消滅した筈の暁で動く時に着用していた物まで傷一つ無く身に纏っているではないか。
神の悪戯にしてもたちの悪い
横たわる男、うちはイタチはそう思った。
やる事を全てやり遂げ、最早、血を流す事から開放されたというのに、もしかすれば、もう一度深い眠りにつけば、もしかしたらこれが幻想で終わるかもしれない。
雨にひたすら打たれて横たわるイタチは諦めた様に感覚のある手から力を抜き、再び意識を深い闇にへと沈めていった。
あの降りしきる雨の中、深い眠り底に
(……兄さん!)
ふと、遠い昔に聞き覚えのある幼く元気の籠った声が雨の中で意識を失った俺の耳に聞こえてきた。
二度と聞く筈は無いと思っていたその声、
『今日は見てくれるって言ったのに……』
そう言って、いつもブスっとふて腐れた表情でいつも仕事のある俺を困らせる。
『……許せサスケ、また今度な』
そんな当たり前だったやり取りと思っていた事も今は昔の想い出────
俺は愚かなことに憎しみを弟に植えつけ、木の葉を護る為にその一時の幸せを投げ捨てた
ふと、立ち止まり自身の両掌を見てみれば、真っ赤な血で染まっている。
忍びならば当然の事だ、感情を殺して任務を実行する事など
俺自身の命は木の葉を護る為に使い果たした
ならば、何故だ……どうして俺は生きている?
そんな、事を深い闇のそこでひたすら自身に問いかけるイタチ、だが、当然誰もそんな問いには応えてはくれない。
そして、そんな意識を闇の底にへと沈めていた彼の頬に触れる様な暖かい感覚が彼のその深い闇の底から引き上げる。
(……何だ……)
頬に感じる暖かい違和感にその重い目蓋をゆっくりと開き始めるイタチ、そんな深い闇から目を覚ました彼の前に現れたのは
「……あ、気が付きました……?」
────笑みを溢す、小さな金髪の女神の姿だった
目蓋をゆっくりと開けたイタチの視界は次第に明確に広がってゆき、彼の目の前に現れた少女の姿をはっきりとさせる。そう、頬に当てられていたあの温もりは恐らく彼女の手の平の物だったのだろう。
(……女……それも小さい)
目を開けて意識が戻ったイタチは表情を曇らせて、そっと彼女に悟られる事無く静かに自身の懐へと手を入れる
少女と言えど信用出来るか分からない、万が一という事もある。
「……おいアンタ、フェイトが折角ここまで運んでくれたのに御礼もなしかい?」
「……こら、アルフ、この人さっき目を覚ましたばっかりなんだからそんな風に言われても混乱するだけだよ?」
アルフ、と呼ばれた人物? だろうか、フェイトと呼んだ金髪の少女に軽く注意され、ふて腐れた表情を浮かべてべてフン、と鼻を鳴らし、俺の前から立ち去って行ってしまった。
「……すいません、あんな風な態度ですけど根は優しい子なんです」
「……いや、別に構わない……」
イタチは懐にへと入れていた手から握っていた苦無を離し、アルフという者の弁解をしている少女に答える。
とりあえず、思いのほかそこまで警戒する必要は無い様だ。懐から手を取り出したイタチはひとまず情報を得る為に彼女にへと質問を投げ掛ける。
「すまないが、これは君が……?」
「あ……はい、物凄く熱があってうなされたみたいだったので……」
イタチの額に置いてあった濡れたタオルに対しての質問に頷き答えるフェイト、
イタチは微笑みフェイトに対して頭を下げる
「すまない迷惑を掛けた様だ、助けてくれて感謝する」
「え?! ……、いやそんな頭を下げないでください‼」
イタチの御礼にあたふたと驚くフェイト、そして、イタチは彼女に再び質問を投げかける。
「……さっそくで悪いがここは何処の里か教えてくれないか? 状況が未だに把握できない……」
「……里……ですか? ここは一応、遠見市っていう場所ですけど……」
イタチの投げかけた質問に答えるフェイト、すると、イタチは表情を曇らせて、頭の中で思案し始める。
遠見市などという地名は今まで聞いた事もない
何処の里か……いやもしかしたら里などでは無いのかもしれない、どちらにしろ、地名だけでは自身の現在地を把握する事は不可能かとイタチはすぐに悟った。
イタチは諦めた様にひと息つくと、現状が変わらないと悟ったのか目蓋を再びそっと閉じた
そして、フェイトと目を覚ましたイタチの間に静かに沈黙が流れる
「……あ、あの」
この沈黙に耐えかねて先に口を開いたのはやはりイタチを介護するために部屋まで連れてきたフェイトの方からだった。
イタチは話し出すフェイトの方へと身体を向けて耳を傾ける。
「……何だ?」
沈黙を破ったフェイトに訪ねるイタチ、だが、イタチの纏う言い表す事の出来ない威圧感に似た雰囲気が口を開いた筈のフェイトに対して無言のプレッシャーを与えてくる
そして、またもや再び沈黙
そんな、2人のやり取りを遠くで見守っていたアルフは呆れた様に内心ため息を吐く
( ……なぁにやってんだろうねあの恥ずかしがり屋は……)
仮にもフェイトの使い魔である彼女は何となくだがフェイトが彼、イタチに言わんとしている事は大体予想出来た
優しい彼女の事だどうせあの得体のしれない男を此処に留まらせる事を言いたいに違いない……
見たところ、フェイトと話してるあの男も寝所の宛がありそうでもないし第一、あの大雨の中、身体中びしょ濡れで倒れていたのだ。
あんな状態からようやく目覚めた彼をここから追い出すというのもなんだか気が引ける。
(……しぁない、ここは私が一肌脱ぐか……)
アルフはそう決心すると、沈黙が漂う2人の方へ歩き出す
そして、彼女は割り込む様に2人の間に割って入った
「……ちょっと御免よー」
「え? ちょっとアルフ?」
いきなり割って入ってきたアルフに困惑するフェイト、アルフはそんな彼女を余所に、イタチにへと話し出す
「……どうやら見たところアンタ、体調がまだ完治してない様じゃないか」
「…………」
アルフの質問に沈黙したままのイタチ、
確かに先ほどまで情けない話、床に横になりそのうえ看病までしてもらっていたわけであるために彼女の言葉を否定することは当然できない。
2人の間に割って入ってきたアルフはそんな小難しい表情を浮かべているイタチに構わず話を続ける。
「……まぁ、素性も分からないアンタをフェイトの側に置いてるのも不安なところではあるけども、
……まぁ……なんだ……アンタが良ければ、暫くの間、身寄りが無いなら此処に居てもいい、そうだろ? フェイト?」
「……え!? ……あ、うん……」
自分に話を急に振られ、驚いた様に反応するフェイト
だが、先程まで自分を警戒していた様な態度をとっていた筈のアルフのまるで裏を返した様な言葉にイタチも予想外だったのか、その提案に眼を見開いていた
「……良いのか?」
床から上体を起こし、改めて2人に訪ねるイタチ、
自分のような得体のしれない人間を家に留まらせるなど、正気の沙汰とは考えられない何が起こってもおかしくはないというのに
すると、フェイトがそんなイタチに対して微笑み答える
「……えぇ、此処には私達二人しか居ませんし、良ければ居ても構いませんよ?」
「……別にあんたが嫌なら今すぐにでも出て行っても構わないけどねぇ」
そう言ってイタチから視線を逸らして無愛想に言葉を投げ掛けるアルフ
そんなアルフをフェイトが顔を曇らせて睨む
だが、なんだかイタチにはこれが微笑ましく見えたのか、
先程までの警戒心を解きゆっくりと目の前の少女、フェイトにへと右腕を差し出す
要するにフェイトに対して握手を求めているという事だ
その事を察したのか、視線をアルフへと移していたフェイトは腕を差し出してきたイタチに、ビクリ! と身を弾ませて反応し、
彼の差し出して来た右手にへとそっと眼をやる
「……これから世話になる……」
仏頂面な表情でそう言って手を差し出してきたイタチの言葉に、若干、不安感のあるフェイト、
だが、彼女は暫くしてそんなイタチの差し出した右手を太陽の様な明るい笑顔でぎゅっと握り返した
「……宜しくお願いしますね! ……えっと……」
「……うちはイタチだ……」
手を握り締める彼女に仏頂面のまま、自身の名前を名乗るイタチ、
すると、彼女もそんなイタチの言葉に続き、嬉しそうに自身の名前と不機嫌そうに目の前で腕を組んでいるもう一人の人物について語り始めた……
「……私の名前はフェイト テスタロッサです…… ……そこに居るのは私の使い魔のアルフ」
「……フン」
鼻を鳴らして、明らかに不機嫌そうにイタチから視線を逸らすアルフ
だが、フェイトはそんな彼女に構わず、手を握り締めたイタチに柔らかく微笑んで話し出す……
「……それじゃイタチさん……これから宜しくお願いします」
そう言った彼女の表情を見たイタチは何故かその中から懐かしさを感じた……
そう、それはいつの日だったか分からないが弟と戯れていた時の様な……
イタチは握られた右手をジッと暫く見つめた後、
手を握り返してきた彼女の方へと顔を上げてゆっくりと口を開いた……
まるで、その表情は仏頂面での先程とは違いどこかすごく優しげのある顔……
フェイトがそうイタチの顔を見詰めて思った瞬間、彼から言葉が発せられた
「……宜しくな、フェイト……」
そうして、しっかりと握手を交わして、金髪の少女に言葉を述べる赤雲を身に纏う忍。
大量の雨が降りしきる暗い夜のこの日
黒い服の魔法少女と死んだ筈の万華鏡の眼を持つ男はこうして出会った……
この出会いが何を意味するかは……
……今はまだ、
……誰にも分からない