数日後、フェイト テスタロッサの家に居候している男はとある場所で働いていた
海鳴市にある翠屋という名のケーキを置いている店である。
男は白黒の執事服の様な格好でテーブルにいる客のカップに紅茶を注ぎ込む
「……では、注文が決まりましたらお呼び下さい」
そう言うと客のテーブルから踵を返して他の客のテーブルへと男は移動する
働く……と言うのは、実にこの男にとっても都合が良かった。
居候の身でありながら、自分を未だに家に置いてくれている少女
せめて、何かしらの形で御礼を返したかったのだ……アルバイトとしてお金が貰える事は本当に有難いと言わざる得ない
端麗な容姿の男、うちはイタチは持ち合わせたそのルックスと客に対してのその振る舞い方により、ケーキを置いてある店の為か、店内には大勢の女性客が脚を運んでいた……
イタチは正直に言えば人付き合いはあまり得意では無い、だが、忍として培われた相手を騙す為の演技力には彼は有る程度は持っていると自負している。
「……お待たせ致しました……モンブランで御座います」
そう言って、片手に持っていたモンブランが乗った皿をを注文した女性客の前に丁寧に置くイタチ。
テーブルに座る女性客達からはうっとりした表情で時折、はぁ…… とため息を溢す声が店のなかから聞こえてくる。
正に、その振る舞い方は完璧な執事(バトラー)と言っても恐らく過言ではないだろう。
イタチはふと、この店で働き出す数日前の出来事を思い出す
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それは、綺麗な月に照らされるある夜の事だった。
とある海鳴町にある公園で。
「……ふっ!!」
空中に舞う一つの人影はその人通りの少ないその公園で苦無を放る。
そう、その人影の正体とはうちはイタチである。
彼はこの様に忍としての感覚を忘れない様に毎晩、夜遅くこの様に修行を行っていた。
忍同士の殺し合いや任務はこの町でフェイト達と暮らし始めてから一切無い。
そんな状況が続いていれば、おのずと自身の腕が落ちて来るのは明白である。
同居人である少女が戦っていると知った今、修行を怠り彼女を危険な状況下で助けられませんでしたでは話にならないのだ。
そういった事が、今のイタチにこの場所での修行を行わせる要因となっていた。
「……ふっ!!」
イタチは華麗に宙を舞いながら、次々と手持ちの苦無を放る。
彼が放ったそれは、キン!! と音を立てて、次々と最初に彼が公園の中に設置した的の中心にへと吸い込まれる様に突き刺さる。
そして、見事な着地。
一切、息を切らさず、事を終わらす一連の動作は正に芸術と言っても良いだろう。だが、イタチの表情は何処か浮かない。
彼は自身が的へと苦無を放ったある場所にへと視線を移してため息を溢す。
(……やはり、まだ完全……と言う訳では無さそうだな……)
そこには、見事なまでに的に突き刺さる苦無が、だが、数ミリほど中心から多少ズレている。
イタチはその的を暫く見つめた後に静かな夜に浮かぶ月を見上げる。
そして、次の瞬間、その月を見上げたまま呟く様にその場で言い放った。
「……そろそろ、隠れてないで出てきたらどうだ……」
そう一言、イタチが言い放った瞬間、彼の背後にある木の物陰からビクッ と何者かが驚いた様に飛び上がる。
暫くして、その物陰から覗いていたであろう人物は慌てた様子で夜空を見上げるイタチの前にへと飛び出してきた。
「……あ、あのえっと覗くつもりはなかったんです!!」
そう言って現れた人物に夜空を見上げていたイタチはゆったりとそちらにへと視線をやる。
そして、自身の目の前に写し出された人物に彼は思わず目を丸くした。
「……君、は……」
「……た、高町なのはって言います!!」
それもその筈だ、まさかこんな自身と共に暮らしているフェイトと同い年ぐらいの女の子だとは予想もしていなかったのだから、イタチは頭を下げて丁寧に自己紹介までしてくる少女に若干、戸惑っていたがすぐに冷静さを取り戻し、とりあえず彼女が何故この場にいるのか聞いてみる事にしてみた。
「……それで、何で君みたいな子供がこんな時間に何故ここにいる?」
「……えっと!! そ、それはですね……」
イタチの唐突な質問に口どもる高町なのはと名乗った少女
彼女の肩に乗っているアレはオコジョか何かだろうか……
時折、不安気な彼女と自分へとキョロキョロと視線を変えて何処か落ち着きが無い様に見える。
そして、彼女は先程からあっと、えっと、と同じ様な言葉ばかりを繰り返していて話が進展する様な気配が無い
なんだか、焦った少女をこれ以上問い詰めるはなんだか気が引けてくる……
……とイタチは深くため息を吐き、とりあえず彼女にこんな時間に出歩く事を忠告しておく事にしてみた
「……君みたいな可愛い子供がこんな時間に出歩いていたら両親が心配するだろう……」
「……ええっと、御免なさい……」
イタチの目の前の少女は縮こまる様に落ち込む。
「……じ、実は前々からこの場所で夜中に、家の外から何か音が聞こえてきたから気になって……」
「……何?」
少女の唐突な言葉にイタチは思わず眉を潜めた……、確かに、こんな時間にこの公園の近くを出歩く人は少ないが、苦無を放り接触する金属音の事をすっかり配慮し忘れていた。
少女の話を詳しく聞かせて貰うとその音はどうやら近くにある彼女の家に届いていたらしい
そう考えると自分はどうやら彼女の様な音に敏感な人々に対して何かしらの迷惑を引き起こしている可能性が出てきている。
イタチはこの時、自身の思慮が足りない事を思わず悔やんだ。
そうとなれば完全にこちら側が悪い。
そして、素早く彼女にへと丁寧に頭を下げる。
「……すまない、てっきり聞こえないと思っていた、こちらの配慮が足りなかった……」
「……え、!! いや、あの!! そうでは無くてですね!! なんと言うか……たまたま不思議に私の耳にだけ聴こえてきた様な感じだったんです……」
……偶々彼女の耳にだけ聴こえてきた?
イタチは焦る彼女の言葉に違和感を感じる。
「……つまり、苦無同士の接触した時の金属音が君にしか聞こえなかったという事かな……?」
「……うーん、と言うか、貴方が誰かを呼ぶ様な声……かな?」
そう言って、イタチから視線を外し、頬を人差し指で掻きながら困った表情で返答する高町なのは。
イタチは更に意味が分からなくなった
全くもって、謎が深まるばかりである。
自分はこんな少女を呼ぶ様な行為は一切した覚えなど無い。
「……勘違いでは……」
「……でも確かに聴こえてきたんです間違いありません!」
頑固なまでにそう言い張りイタチに迫るなのは。
だが、思わず過ぎた事をイタチに言い過ぎたと感じて申し訳なさそうに一歩後ろにへと下がる。
「……す、すいません……でも聞こえてきたのは確かなんです」
イタチは大きくため息を吐いて、目の前で縮こまる彼女と同じ位に屈み、それで? とその事について詳しく聞かせてもらう為に話をする様に促す。
「……さ、最初は夢だったんです……」
「……夢?」
イタチがそう言うと、彼女は静かに頷いて話を続ける。
「……月が出ている夜に真っ赤な血塗れのまま呆然と月を見上げて泣いていた貴方の夢だったんです……」
「……!!」
刹那、彼女の話を聞いていたイタチの顔色が変わった……
血塗れのまま立ち尽くしていた俺の……夢
真剣な面持ちでイタチは静かに彼女の話に耳を傾ける。
「……それで、それから暫くして貴方の誰かを呼ぶ様な声が聴こえてきたんです」
「……なるほど……」
妙な事を聞いたものだとイタチは心の中で呟く
例え、夢だとしても下手にこの少女に自分の事を知られる事はあまり好ましくない。
イタチはとりあえず、彼女の身元だけを確認し、翌日訪ねるという形でその夜は彼女を自宅にへと送り返した。
──────そして、今
「……お待たせ致しました……」
この様にアルバイトとして、彼女の家にある翠屋という所で働かせられているという訳だ
翌日、訪ねたイタチを彼女らの家族から妙に気に入られた事から話がとんとん拍子に進んでこうなってしまった。
彼女からの紹介では友達の優しいお兄ちゃんという設定で話を進めてもらったが、まさか雇われる話まで飛ぶとは考えていなかった。
(……ふぅ、とんだ災難だ……)
イタチはそう思いながらも黙々とアルバイトとしての仕事をこなす。
だが、彼の中でこの店で働く事は少しも苦痛ではなかった。
むしろ、此処で働く事が心休まる様に感じる、まぁ、暫くはこんなのも悪くない。
そんな、事をイタチが考えていると翠屋の扉が開き、元気よい声が聞こえてくる
「……イタチさーんただいまー」
「こらこら、イタチさんに迷惑をかけちゃ駄目よー」
注意されるその声の主は真っ直ぐに働いていたイタチの方に向かうと腰に抱きつき、嬉しそうにイタチの腹部に顔を沈めた。
イタチは突然の事に多少動揺するが、その声の主がこの店で働くきっかけになった少女の姿だと分かると、やれやれ と声を溢し優しく微笑む。
「あのね今日ね、先生に褒めらたんだ!!」
「本当か? そうか、凄いじゃないか……」
微笑みながら、あたまを撫でてくるイタチが掛ける言葉に頬を綻ばせるなのは、すると、彼女の姉、高町美由紀が現れ彼女をイタチから引き剥がした。
「……こーら、仕事中だから邪魔はしたら駄目よ、御免なさいねイタチさん」
「……いえ、構いませんよ」
そう言って、なのはの引き剥がし謝る美由紀に微笑みながら答えるイタチ。
彼女から無理やり引き剥がされたなのはは何処か残念そうな表情を浮かべて落ち込んでいる。
すると、イタチは仕事に戻る前にそんななのはの前に立ち、身を屈めて彼女と同じ位の目線になり。
トン と人差し指と中指で彼女の額を優しく突いてこう言った。
「……っ?!」
「……許せ、なのは、また今度だ」
唐突に額を突かれて、思わず眼を閉じて驚くなのは、しかし、暫くして彼女は眼をゆっくりと開いて微笑むイタチを見ると嬉しそうに笑った。
「……うん! それじゃイタチさんまた今度話そ!」
イタチは、あぁ と一言だけ頷いて再び翠屋の仕事にへと戻って行く。
無邪気に笑う彼女の顔は自分にはやはり眩し過ぎる。
イタチは翠屋の窓から見える空を見上げる平和でほのぼのとした翠屋での一日、こんな平和な日々がいつまでも続いてくれたら良いのだがな。
イタチはそんな事を考えながらテーブルを台拭きで拭く。
「イタチさん七番テーブルにお願いね」
「……分かりました」
せめて今だけでも、皆の笑うこの幸せな時間を精一杯、味合わせてもらうとしよう。
イタチは心中にそんな想いをひっそりと忍ばし、こうして、翠屋の仕事にへと再び勤しむ……
翠屋の窓から見える虚空の青空。
それは、翠屋で働く彼にとってどこまでも美しく、高く澄んで見えた。