ねこは死んだ。
唐突ではあるけれども、ねこは死んだんだった。
仮死状態ではあったねこは、プレゼントマイクが運ぶ最中に落とされて…拾われる間もなく、死んだ。
心肺は停止し、身体はひどくつめたいままに…(
脳死状態だ、深昏睡だ。鼓動が聞こえないほどの弱々しい拍動は数分もしないうちに完全に停止するだろう。深昏睡というのが、痛みにすら反応しない状態のことで……死柄木弔の目覚めの一撫で。その際に放り出されたねこは崩壊の伝播を乗り越えて――放り出されて――ずっとそのままだった。
定着率は99%ではあったけれども、そう、ほぼ出来上がってはいたものの…それが動かなければ何も意味はない。このまま動かず無用の長物、ドクターは弔の事をマスターピース。そしてねこの事をマスターピースにまでは至らずとも――完全なる自我を持ち、複数個性に適応した身体を――
原型、転じて元型。もとの形、ユング曰く――ひとの心の深層にあって遺伝的に伝わり、集合的無意識…を作り上げている心像の基本的なかたち…形態、姿。
『
繰り返すけれど、
――丁度、死柄木が緑谷出久に手を翳したころ。『AFO』を行使して――弾き飛ばされた死柄木弔の肉体を、ねこは受け止め…て。いつかの時のように抱えた弔がぶつからないよう背中から堕ちて。
ドクターが見れば歓喜しただろう。モカちゃんのように、
ねこの命は9つ。しかしその9分の1…『猫』の欠片はいつからかずっと『AFO』と共にあった。知覚出来ないほどの――僅かな因子のようなものはピッタリと寄り添って…
昆虫は頭をもいでも暫くは動く。神経節が節々に通っていて、そこからまだ動くのだ。ねこの死体を動かしたのは脳による電気信号でなくて――
『OFA』と『AFO』の引き合い、連れ添った9分の1に
「ああ、ねこ――――」
轟に抱えられあわや転落死を免れた緑谷と爆豪…は命からがらも、しかし聞こえてきた声に、名前に思わず振り向く。
「――ま、さか、っねこが…〜……死死んっでる…なん、て…」
サスペンス映画の前フリ、筆箱が机から落ちる瞬間でも見るような胸騒ぎが込み上げてきて口から出そうだった。…蒼白な…血の気の引いた死に顔、己とそっくりの容貌が力なく倒れていて…死柄木が、ねこをすっぽりと覆うように――その震える五指で触れて
「――――――――!!!!」
崩れ
なかっ た。
「痛い!!!」
はしる崩壊はさながら色でも抜くように―――ねこの頭から尻尾まで抜けて。正確には
彼女の錆毛混じりの黒髪は――緑谷出久と同じだった深緑は枯木のように色褪せて、褪めた肌の色は流木の無味乾燥さを思わせる風に…すとんと。その目以外に彩度は喪われていく様子をただ出久は見ていることしか出来なかった。それから、踊るみたいにくるくる起こされて…一緒くたに吹き飛ばされていく様子も。
「皆!」
「大型
「――飯、田くん…」
「〜〜痛いにゃあ!うう、
ねこの意識は手術の激痛で断絶し、そして
傍らの――……弔?それとも、…いや。死柄木と…エンデヴァー、ほかヒーローっぽいの何人かに…辺り一面崩壊している様子と――あと、緑谷出久。遠くに見えるギガントマキアとかの様子から大まかにではあるけれどねこはざっくり理解した。
「ねこ、弔…ここは退〜…か…ナけっ………」
「おまえ!大丈夫か?」
「………………………………………………」
『超再生』があるはずなのに、ひどくボロボロで顔はヒビなんか入ってしまってるこいつは…弔かどっちか分からなかった。けどすごいボロボロで、あまりに虫の息だったので。とりあえず抱き抱えて、ねこは飛んでくる波動と氷炎を飛び越えた。
瞬きの合間、片方と目が合って――
「―――寝子、か?」
「ああ、おまえ。ええと―――、あは……名前にゃんだっけ?」
ギリギリ避けられなかったのか、ねこの頭は炎に焼かれはしたものの『超再生』で直ぐに治った。すごい便利だ。そのまま『浮遊』でフワっと浮いて…追いついてきたギガントマキアの手にすっぽりとふたりは収まった。
「ハァ…ハァ…主よ!!来たぞ!!」
「うるさーーい!!声抑えろバカ犬!!僕寝起きにゃんだけど!!」
「――次の指示を!!貴方の望み通りに…!!!」
「ね・こ・の・話を聞けーーーーーッ!!!!!!」
「死柄木!大丈夫か!?」
シャーシャーしながらも掛けられた声にトカゲ!と
「おい、ねこ。ついでにお前も来いよ!」
「んぇ…分かった」
何やかやをコンプレス達から聞く前に、ねこは首ねっこ掴まれて荼毘と一緒に下を覗く事になる。荼毘のポカポカざらざらの手で引っ掴まれて、あ、緑谷出久だ。手を振った。
その隙に荼毘は誰か探してるみたいだったけど…とりあえず渡された缶を上下に振ってねこも待つ。マキアの上から…20mぐらい上から見るとだれもかれもがミニチュアのようで分かりにくい――まあ、今のねこの視力では何も変わりないのと同じだが――熱ちちッ、ちょっ、テンション上がってるこいつ!
「ねこ焦げてる!チリチリになる!」
「――ははッ、だって
「荼毘!!!
――に、緑谷寝子!!」
ちょいちょいと指されて、ねこはその指示通り荼毘の頭に缶の中身を浮遊して掛けた。
「酷えなァ…
「―――
まさにハイパー洗髪料落とし液!掛けるだけで荼毘の本来の髪色だろう雪花のような白がくすんで顕れた。ねこがフワッと浮いたまま、まだ落ちてないとこまで落とそうとしてたら釘を刺されてしまった。
「ねこは見てろ、気が抜ける」
それドクターにも言われる!そんなにか?ねこは訝しんだ。大人しく…浮くのもやめてお口チャックで帰ろうとしたらそれは止められる。まだ居ろと、胴をにゅっと持ち上げられた。
「顔はこんななっちまったが…
するとそこでねこの顔に…
出久の目にはその姿と…死穢八斎會の時に居た、見ているだけの
「なァ!ねこもヤクザ出向の時…オニイチャンに気付いてもらえなかったしな?――あッはははははは!」
「ヒーローなんてのは存外に僕らを見ない。捕まえて…はい終わり、だ。」
だから――
「でも俺らは――俺は、忘れなかった!言われなくとも―ずうぅっとお前を見ていた。」
「別に
「そう――おまえだけだ!
さっきしれっといい感じに合わせろ、と囁かれたとおりねこは何となくで口裏を合わせていた。ちなみにねこ自身はというとダビの髪めっちゃ綺麗に色落ちしたにゃあぐらいしか思ってない。今はこいつのカワイソーな身の上話が全国放送にネットに流されてるらしい…にゃーんてえらく上機嫌になったダビは踊りはじめる。ねこの手をとって。
「――どうしたら、お前が苦しむか。
ねこはダンスなんて踊れない。荼毘に身体を揺らされて…慣性に沿って投げ出されたり、支えられて引かれて――止まった。と思えばわざとらしくステップを踏んで
「
くるっとターン。鋭く踏み込んだと思ったら、ゆったりと間を持たせコートの長い裾をはためかせて荼毘は踊る。ねこも一緒に踊る。白猫たちのタンゴだ。
「でも期せずしてお前が
「……―お前を幸せにしてやりたくなった。」
足を持ち上げて、ねこを持ち上げて。
荼毘なんて居ない。
「九州では死んじまわねえか肝を冷やした!」
そうあれかしとあって――…あろうとしたもの。
「――念願のNo.1はさぞや気分が重かったろ!?」
「ヒーローは自分ひとりで手一杯みたいだ」
「世間からの賞賛に――心が洗われただろう!?」
「だってのに欲張るから取りこぼす…」
そこにあるのはただ――揺らめく焔。燈矢を蝕んで荼毘に附した劫火は蒼く澄んでいた。
「――知らねェようだから教えてやるよ!!!」
「「―――過去は…消えない」」
輝くものに近づいたって、光あれば影はピッタリ後ろを着いてくる。それがまばゆいものであれば――墨を落としたように陰は落ちる。
ねこだって。奇しくも
もういいよ。と死柄木たちの方へほっぽりだされて…荼毘はお楽しみタイムみたいだ、やる事やって後はポイ。コンプレスは「お前も血筋か……」なんて呟いてて、スピナーは弔の身体を揺らして起こそうとしているんだった。
「よう」
「ねこちゃん!イメチェンしたんだな」
「真っ白だな…。何が、何やら…いや、とにかく!起きろ死柄木!!」
「こいつに起こされたんだ。ビックリして黒猫から白猫になっちゃったんだにゃあ」
「色だけならそっくりだな」
「あ、そう。にゃあ手鏡かしてよ、コンプレス―――――……ッ!!」
和やかな一幕が中断されるのも必然、テンションが上がってギガントマキアから飛び降りた荼毘もみんな空から伸びてきたワイヤーに拘束された。ギッチギチに締め付けるそれはマキアですら動きを封じられて…
「――遅れてすまない!!
ベストジーニスト、今日付けで活動を復帰する!」
「ウソだろ!?マキアが封じられるなんて!」
「緊迫プレイの趣味はにゃあよぉ〜…、ぬんっ」
「ぐっ、…う。折れちまう痛ぇ!」
荼毘は超高熱でワイヤーを溶かしきった。そしてねこは
「おいねこ!抜け出せるなら俺たちの分も――」
「応――――ッとと、危ないなあ!先に
襲いかかってくるワイヤーが…めちゃくちゃ鬱陶しい!根本から解決した方がたぶん早いとすぐに気づいて、ねこはベストジーニストの方に駆けて…飛び上がろうとしたところ
「――ルミリオン!おまえ、『個性』は無くなったはずじゃ…」
「緑谷…寝子さんかなッ!?出久くんにそっくりだね!」
「緑谷寝子?違うぜ、死柄木ねこだ!」
遠くの方から飛んできた脳無たちもバクゴーその他に殴り飛ばされて、ねこもこいつの『透過』と相性悪いしで正直ジリ貧だ。途中「大・爆・殺・神ダイナマイトだ!!!」の何だの聞こえてきた時は流石に吹いちゃったけどそれは仕方ないと思う。
「良いヒーロー名だね!!ユーモアがある!」
「無いだろ!っふふ、馬鹿らしい名前だにゃあっはははっ!!」
「何がおかしいんだよバカ猫ォ…!!」
「や、……あははっ、にゃんだかおかしくて!」
そういえばナイトアイも…オバホと戦ってる時ユーモアだのなんだの言ってたなんて呟けば、こいつは動揺したのかようやく一発当てられた。大爆殺神(・・・・)は放っておいて、とりあえず追撃と振りかぶった脚は
「サーの…何を知ってるんだ!?」
「なにも?『予知』出来るってのと…ヤクザ突入の時に死んだってことぐらいかにゃあ」
戦況は進む。マキアは崩れ落ち、拘束はなおキツく縛られて。それはねこも例外じゃなかったけれど気になるほどでもないので無視して体を動かす。数体の脳無は足止めされてて…お手本みたいな膠着状態!あ、でも―――あれ、は―――…
「にゃあルミリオン!
「――――は、…?」
「この顔を見て、放心してたよ。
コンプレスが打開の一手。あいつの『圧縮』ならこの後どうにでもなる!タイミングを図っているのは知っていた。なら今が丁度いいハズとペラペラねこは口を回す。想像するのは
ルミリオンが厄介だ、だから引きつけろ言葉を使って!
「Mr.コンプレス、一世一代――」
「想像ついただろ?あの馬鹿なヒーローを殺したのは誰か――さあ!」
「………――――!!!」
脳無達も遠くにいるらしいし(ちなみにねこの命令だと動かない)、死柄木弔を起こせば…と考えてるだろうコンプレス達のもとにヒーローを惹き寄せないよう意識して声を張る。
「サー・ナイトアイ。あいつも馬鹿だな!無駄にあがかずいれば良かったのに!『予知』なんて使わずいれば死ななかった!」
「…黙れ」
嘘八百だろうが死人に口なし、今この場を凌げばいいんだ
「だから僕に殺された!マヌケ顔でさあ、ユーモアだなんだのとご高説を垂れることもなく死んでったあの顔!滑稽だぜ、あれこそユーモアだ!」
「ちがう、サーは…」
「あいつが、単に邪魔になりそうだったから殺したんだ。でもどうせ死んでたさ、腹に大穴!苦しみが長く続くよりはマシなんじゃにゃあの?」
コンプレス、スピナー…頼む!
「おいおいどうした、動きが単調になってきたんじゃにゃあの?」
「それ以上、あの人を侮辱するな…!」
きた!
ドウッと強く衝撃がきて、どっちかは分からないけど起きたらしい。ヌーの群れのように脳無達が押し寄せてきてねこもそれに飛び乗った。
「おい!待てよ、コンプレスにマキア…トガもまだ――」
「トカゲ。今は退くよ」
「逃がすな!荼毘もそっちに居る!!!」
「でもねこ!」
「いいんだ伊口くん。弔は確かに負けたんだ、OFAとエンデヴァーに。だから潔く――代償は差し出そう」
「
「全ては僕の為に。」
「兄――。いや、
ねこに蹴り飛ばされて、その笑みを焼きつけて緑谷出久の意識は暗転した。
「さようなら。緑谷寝子。ばいばい――兄さん」
この日をもって、緑谷寝子は完全に