極めて善良かつ中立的な私から見た後に英雄とか言われる奴らに関して 作:kohet(旧名コヘヘ)
カナード・パルスは『最高のコーディネイター』を製造する計画の失敗作であった。
失敗作と言葉の頭につけて評価され、何処まで性能が発揮出来るのかモルモットとして扱われていた。
生まれた意味は失敗作の時点で無かった。失敗作とはいえ高性能である彼女はそのような扱いから逃げようとした事が何度もあった。
……結果的に何度も失敗してきたが、8年前のあの日は違った。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
脱走したカナードを小脇に抱えて走る金髪碧眼の女性は時速50キロで走っていた。
カラシニコフ銃を携帯し、ユーラシア連邦軍の軍服を身に纏っていた。
オリンピック選手であろうとこのようなイカれた速度は出せない。
当時、8歳の幼いカナードでは敵わず、なすがままにされていた。
『ユーリ、少女を保護して待機していろ。十分後にパチったフラットマウスを寄越すからそれまで持ちこたえろ』
眼の前の女性、恐らくユーリという名かコードネーム、が持つ音声端末から声が聞こえた。
カナードが聞く限り少女ではないが大人ではないような声であった。
カナードは自分を『保護』というので別の研究施設かと判断して抵抗した。
「ナハハ、やめい少女。お互い死ぬっつうの」
ユーリは小脇に抱えたカナードの尻をぶった。パチンという音が聞こえた。……同時に施設からの追手が放った銃弾が二人の横を掠めた。
カナードはこの状況を打破出来るのは化け物染みたユーリとかいうのだと看破した。
「コーディネイター……プラントか?噂の黄道同盟とやらか?」
カナードは相手の身体能力からコーディネイターと推測した。
自分を研究したいプラントの地下組織、黄道同盟かと推理して尋ねていた。
凄く真剣な表情だが、小脇に抱えられて聞いている状態であり先程尻を叩かれていた。
「なぁ、リュ……じゃなかった、クシー。何でこの娘保護したの?いや、反対はしないけどさ」
ユーリはカナードを無視した。ユーリはコーディネイターではない。ナチュラルである。
普段組んでいる相棒のチトはコーディネイターであるが自分より凄く賢いが凄く弱い。
何ならユーリ自身は文字すら読めない。ユーリにとってチトが不在の状況ではクシーの携帯端末は必需品である。
『ユーリ……落ち着きなさいな。彼女からすれば武装し自分を抱えた状態で時速50キロで走れるナチュラルは想定外でもおかしくない』
声の主、クシーはカナードにとんでもない事を言ってきた。ユーリはナチュラルであるという。
「……このようなナチュラルがいてたまるか!」
カナードは声の主に食って掛かった。最高のコーディネイターとして設計された自分ですらこのような速度で走れない。
……施設で学んだ記憶では時速60キロがオリンピックの金メダルだった。
ユーリは重武装でかつ時速50キロで距離的に見れば最低5キロは走っていた。
それを目標に実験されていたカナードからすれば巫山戯るのも大概だった。
『何故、そんなナチュラルが居ないと思う?……人間の可能性はそこまで小さいのか、君の中では?』
クシーはカナードに問いかけた。まるで純粋な子どもの疑問のように尋ねていた。
「……私は選ばれたコーディネイターだ!最高のコーディネイターなんだ!」
カナードは無垢な問に自分の心をぶち撒けた。……失敗作などでは断じて無い。
これがカナードとクシーが会話した初めての事であった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
端的に状況を説明すればザナドゥの前身組織が施設を襲撃しカナードを保護してきた。
施設とその責任者達を脅したクシーは文字通りカナードを自由にした。
そして、偽りの戸籍を渡した。……本気でカナードをどうこうするつもりは無いらしかった。
強いて言えばカナードを性的な目で見たロリコンがいたくらいであった。
そして、ロリコンはユーリから殺されかけていた。
クシーがもう殺しても良いかもしれないと同調してユーリの相方のチトが子どものいる部屋が汚れるからと止めた。
『現在は仮の組織、ザナドゥは弱小だが不本意ながらこれから世界規模になっていく。……利用するなら利用し、頼るなら頼ると良い』
クシーはカナードと遠隔でチェスをしながらそう言った。なお、カナードの詰みであった。
将棋でもオセロでも何でも挑んだがカナードは今のところ勝てていない。異常な身体能力の持ち主であるユーリもそうだが、クシーもナチュラルらしい。
「何故そこまでする。お前に何の利益があるというんだ?」
カナードは純粋な疑問をクシーに投げかけた。カナードは察したがこの組織は人材が足りない。カナードは失敗作とはいえ完全なコーディネイターとして設計された人間である。
……その自負からまるで一般人の子どもと同じように扱われるのに納得していなかった。
このザナドゥという組織に所属する面子はコーディネイターとしての能力が一切ないチトや無駄に優秀なロリコン、ナチュラルでは異常な身体能力と勘を有するユーリ、盤面全てを把握して指示を出す代表クシー等。他にも知らない個性的な面々がいるようであった。
『……私はまだカナードの事を良く知らないが自由を求めていたのだろう?だったら好きに生きると良い』
クシーはカナードへそう言った。……カナードとしてはその為に脱走を繰り返していたので反論もし難い。だが、気に食わなかった。
「だったら私をザナドゥで養え。……その分は後で返す」
カナードは何故か異様に苛立ってクシーに提案していた。言い方が思いつかないのだから仕様がないと自分に言い訳した。……好きにして良いと急に言われても困った。
『そこは元々そのつもりではあった。18……15歳まではザナドゥに居た方が良い。カナードは常識を知らな過ぎる。プラントの成人年齢は15歳だし切りが良いだろう?』
クシーはカナードの提案を受諾した。というかザナドゥでカナードを受け入れる気満々であった。
カナードは普通の学校とコーディネイター向けの学校等をクシーから画面越しに提示された。
……ユーラシア連邦外ではコーディネイター向けの学校はあるにはあった。
「……横から失礼するけど多分、カナードは学校合わないよ」
チトがカナードとクシーの間に入ってきた。
常識的に考えて研究施設でモルモット扱いされていた娘が急に学校へ行くとか無理であるとクシーは気がついた。
……カナードは容姿がキラと似ているのもあり、何となくキラの感覚でやってしまったとクシーは反省した。
『……チトさんがそういうならばそうなのかも知れない。少しばかり急過ぎたか』
クシーはザナドゥで唯一常識を持つチトの意見を受け止めた。クシーにとってベラに常識的な相談は論外である。ベラはベラで極めて優秀なのだが全く常識がない。
カナードはクシーが『さん』付けするのは後にも先にもチトしか知らない。
カナードからすればチトは少し頭が良い程度であった。……コーディネイターとして顕現した才能は無くナチュラルとほぼ変わらなく当時のカナード的には論外だった。
「何故、こいつだけ……」
カナードはクシーがチトと二人して自分の進路を勝手に相談する様子に少し苛立ちを覚えた。
コズミック・イラ64年4月20日、チトはザナドゥを敵視するブルーコスモス過激派に暗殺された。
コズミック・イラ70年2月5日、ユーリはコペルニクスの悲劇の爆破テロに巻き込まれて死亡した。
二人はザナドゥでカナードが知るクシーと共にザナドゥを立ち上げた初期メンバーであった。
ザナドゥの現No.2のティモテすら二人の事は知らない。カナードも他の初期メンバーを知っているわけではない。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「何故、ザナドゥを作った?」
コズミック・イラ64年7月、カナードは地球にやってきたクシーへ尋ねていた。
普段は何処かの中立地帯にいるらしいクシーだが、この日のクシーはチトの墓参りに来ていた。
チトの死後、ユーリは『雲』という部隊を結成した。雲のように掴み所の無い影となると決意していた。
「……ザナドゥ代表としてではなくクシー本人に尋ねたい」
カナードはクシーに聞いていた。一歳年下で自分や他よりも逸脱した才能の持ち主が何故、このような事をしているのか。カナードは知りたかった。
「……この時代は近い内に戦争になる。戦争だから自分側にある者達を守る為に殺す、敵ならばたとえ友人だろうが戦わなければならない事もあるだろう」
クシーはチトの墓前に花を添えて、カナードに背を向けながら答えた。
カナードは自分の知らない誰かを想定して言っていると察した。クシーはユーラシア連邦という国に縛られている。
ザナドゥは非プラント理事国の国に本部があった。クシーは戦争がプラントと非プラント理事国で行われるとこの時には既に断言していた。
「それはまた仕方がない事なのだろう。割り切らなければ戦場では生き残れない」
クシーは戦争で発生する悲劇を認め、肯定した。
カナードはクシーが戦争について発生する悲劇を妥協でも認めたのを他に知らない。
強いて言えば血のバレンタインの前に傭兵部隊Xに命じた事やNJ投下後に冷酷な決断を下していた時くらいである。
知らない所で数え切れない程、クシーは苦渋の決断していただろう。だが、カナードはその側にいる事が出来なかった。
「だが、それで人を殺した罪が消えるわけではない。……ましてや友人と戦う理由足り得るのか?」
クシーはチトへ語りかけた。……この時、ザナドゥはチトが最も反対していた軍事産業に進出していた。
クシーは遠隔の間接的とはいえ、スピアヘッドも開発に携わっていた。ザナドゥが軽んじられて仲間を喪わないための手段でもあった。
「否、そんな事はない。……『敵である』という理由だけで戦争し、友と殺し合う事が正当化される方が間違っている」
クシーはチトの墓前に、カナードに言った。戦争は間違いしかないと言い切った。
その姿はらしくもない言い訳のようであった。……カナードは言い様のない感情を抱いていた。
「であればこそ、私は戦う。カナード、質問に応えよう。……私はザナドゥを戦うために作った」
クシーは戦争を否定しながら戦う為に作ったとカナードに言った。
「…………」
カナードはクシーが何をしたいのか何が言いたいのか未だに良くわからない。だが、彼の為に戦う力を欲し始めていた。
「私は戦うのだ。それは、誰かが語るような華々しい戦場ではない。……どうしようもないこの世界に、だ」
クシーは世界へ宣戦布告していた。戦争ではない戦いに身を投じるとクシーはカナードに語った。
カナードは現在の力無きザナドゥでは足りないと認識した。
……後にカナードが傭兵部隊Xを創設するのはクシーがチトの墓前で誓ったこの言葉が遠因であった。
ザナドゥが軍事産業に力を入れたように想いでは足りないとカナードは理解した。
カナードは何もなかった自分自身の将来を自分の意思でこの時に決意していた。