極めて善良かつ中立的な私から見た後に英雄とか言われる奴らに関して 作:kohet(旧名コヘヘ)
コズミック・イラ68年9月、ユーラシア連邦ウラジオストク。
ユーラシア連邦内でも有数の経済都市において旧暦に作られた歴史ある木造邸宅という一風変わった建物があった。
外観は当時のままであるが、遺伝子改良によって鉄骨コンクリート造並の強度耐火性の木材が使われていた。
屋敷内の庭に植えられた花々はかつての当主自身によって品種改良が施されたものだった。
マイナス30度以下の冬季と30度以上の夏季という寒暖差の激しい気候にも耐えながら自然体で季節の花々が周期的に咲き誇る。
庭の中央には旧暦、12世紀頃の中華帝国金朝の女真文字が書かれた石刻のレプリカが置かれていた。
かつて女真族がこの地を支配していた頃の物であるという。しかし、解読出来るものは数世紀も持たずに居なくなった。
最新の技術で作られた花々と誰も読めない古の石碑という対比。
建物から庭園の隅々まで前当主の考えで作られていた。新古を慈しむ心が現出していた。
…その光景は今では一人の物だった。選ばれた者が招かれては光景を堪能する。
招かれた来賓者はその幻想的な光景を語り、それを一目見ようと話題を呼ぶ。
経済都市の中で古と自然を感じられる。それは世の貴種が魅了されていた。
かつて市民へ向けて庭園を公開していた頃の写真のみが考案者の本来の意図を示していた。
「あの頃は皆でピクニックしたり出来ていたんだけどねぇ…」
街のパン屋の中年女性がその日も余所から来た客へ話していた。
思い出話に花を咲かせ、飾ってある写真を横目に客の会計をしていた。
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そんなリューリク家別邸に現当主、シグネ・アペッナ・リューリクは居た。
リューリク家に養子となった彼女だが元の家も現存する家系図においてフィンランド大公国以前まで遡れる。そんな由緒ある家柄の才女であった。
…流石に旧暦の9世紀まで遡れるリューリク家のような家系ではないではないが。
一流の家柄の一流の子ども。コーディネイター云々を除いても才気に満ちていた。
そんなシグネがリューリク家の養子になったのは、凡庸な長男に家を継がせたいという血縁の両親が彼女を持て余したからだった。
当時の彼女は10に満たない子どもであった。
しかし、自分は愛されていない、必要とされていないと悟れる程度には賢しい娘であった。
正確には元の両親もシグネを愛していないわけではない。
それならば能力を開花させずに飼い殺しにして優れた容姿のみ活かす形で家の政略結婚として利用すれば良かった。
愛しているからこそ教育したし、そして娘の能力が許容できる想定を上回ってしまった。
長男の方にどうしても家を継がせたかっただけなのだがその貴族主義的な機微まで汲み取れるほどには精神は成熟していなかった。
成長したシグネからすれば結局長男の方が大切で愛されていたという事実は変わらなかった。
…正直、今更凡庸な兄がどうなろうがシグネにとってはどうでも良くもあった。
シグネは17歳となっていた。美しい金髪碧眼の少女は大人らしさを感じさせる年齢である。
政略結婚の話や純粋な愛を説く告白が文字通り山のように届いていた。
シグネからすれば有象無象の男達であるが使えなくもない。
ただ一人殺せば受け入れようと言っただけ。確約もしていないのにそれで動くのだから愚か者達である。
「落ち着くわね。…あいも変わらず季節の移り変わりを感じるわ」
忌々しい弟が考案した美しい庭園を見つめている少女、シグネは報告を待っていた。
テーブルには写真が置かれていた。母である東洋系の容姿が色濃く出ている少年の写真。
10に満たない少年が珈琲を飲んでいる。それと鏡合わせのようにシグネも珈琲を飲んでいた。
…写真で飲んでいる珈琲の銘柄まで同じである。紅茶のような花の香りのゲイシャ種のコーヒーだ。
別の写真にはチェルベサが、アラビカが、リベリカが…同じような写真が幾つもあった。
シグネのために控えている家令もこの異様な習慣には言葉が出ない。
…毎日毎日、昼過ぎの休息に写真を置いて写真と同じ物を飲食するのだ。
そして、その写真の少年を殺す報告を本心から待ち望んでいる。
家令はこれさえなければと内心頭を抱えた。いや、もうこの光景を見続けている自分からすればなくても関わりたくない。
…先々代の当主、つまり義理の両親の異議すら封殺できる能力、シグネには覇者とも言える才覚があった。
文字にするまでもない問題だらけの弟が家から離れた現在、リューリク家当主シグネの唯一にして最大の汚点といえた。口に出したら殺されるだろうが。
この事に関して誰も異議を唱えることは許されない。これは家の事だという言い訳が無理を通していた。
そこに電子音が鳴り響く。家令は失敗しても成功しても碌なことにならないと思いつつそれに何も言わない。
その音に反応するかのように絶世の美少女が満面の笑みを浮かべていた。
「あら、やっとかしら。フフフ…今回は必ず上手くいくはずだわ」
シグネはそう言って電子音の先にある受話器を取る。一回限りの通話が可能な防諜機能付きの電話である。
シグネが開発したそれは一度切りしか使えないが盗聴の恐れが理論上ほぼありえない。
家令は絶対言わないが弟に対抗した発明だと確信している。
現に諜報機関からの取引でリューリク家全体からみれば些細な小遣い、だが庶民が一生かかっても稼げないような大金を得ていた。
…弟の伝でザナドゥからも購入の申し込みがあったと聞いた時のシグネの喜びようは凄まじかった。
購入する弟も弟であるが、この姉弟の関係は歪み切っていた。
既に何人もの使用人が精神を病みときには入院してすらいた。
そんな使用人達をシグネは見舞い、心から励ましの言葉をかけてくる。
そして、歪な形で回復した彼ら彼女らは元より遥かに高いポテンシャルを発揮していた。
…我が主は傾城傾国の女である。ギリギリで踏みとどまっている家令は確信している。
元家令ヴェラを引き継いだ彼はとんでも無い仕事を引き受けてしまったと後悔している。
シグネはギリギリで染まらない程度を見極めて自分を側に置いているのを悟っていた。
それでも壊れたら自分の場合は捨てられると確信している。家令という立ち位置である。…自分は知りすぎていた。
件の弟君からリューリク家の家令、つまり自分宛に胃薬を送られてきた時、シグネは恐ろしい程怒り狂った。正直、もう殺されるかと思った。
弟からバレないように隠せと手紙が添えられていたせいで洗脳された同僚達…使用人達が自分を拘束して全て詮索された。
…常日頃から携帯していた辞表が見つかり、シグネから辞めたら死ぬと暗に告げられた。
『辞めたがりの無能へ弟が忠告してくれたのね』と笑顔で自分に教えてくるのだから恐怖しかない。
過去が走馬灯のように駆け巡り、歴代最高の暗殺者からのメッセージが届いていたことを思い出して気を引き締めた。
…自分の生殺与奪がこの一時の感情で爆発する。どうなるのか皆目検討がつかない。
『すまない、嬢ちゃん。やっぱ無理だわ。忠告するけどさ、もう諦めた方が良いよ』
そう言って通話が一方的に切られた。………本当にそれしか言わないで切りやがった。
こっちの状況も知らないで。明るい口調でヘラヘラと!…何が起きるか恐怖しかない。
「…………」
沈黙が氷のように場を支配する。シグネの一挙手一投足から目が離せない。
このバケモノ、身体能力も鍛えられた兵士すらねじ伏せるだけの素養がある。
リューリク家の家令である自分でも目を離せば八つ当たりで殺されかねない。
沈黙は数時間か数分か数秒か。わからない感覚に襲われて、開放された。
「最高の暗殺者というのも名ばかりだったわね」
シグネはそう言ってため息をついた。
氷のような美しさはその鋭さで刺し殺せるような声色である。…取り敢えず暴走するような気配はない。
一先ずは自らの死から逃れられたとホッとした。
だが、
「世界中の富豪や権力者、大統領や首相も、傭兵から死人まで必ず殺して来たという話も所詮はこれまで成功してきただけ」
シグネはそう言い、コーヒーを少し飲んだ。時間が経過したので冷めきっていた。
家令は天を仰いだ。まだ暗殺者を送る気だよ。
もうヤダ。辞めたい。でも、死にたくない。
彼は本気でこの歴史ある名家、リューリク家に仕えたことを後悔した。
Q.弟が紅茶を嗜むようになったと知った時の姉の反応を答えよ(配点10点)
A.(放送禁止)