極めて善良かつ中立的な私から見た後に英雄とか言われる奴らに関して 作:kohet(旧名コヘヘ)
コズミック・イラ61年7月、月面都市コペルニクスでは平時と大差ない気候である。
地球にいた頃には季節の営みをあまり気にしなかった。
だが、宇宙に来ると些かの物足りなさを感じてしまう。
「地球の重力に魂を引っ張られているのかと思われるかもしれないが。私にはアス…と違って芸術的な感性があったようだ」
私はチェスの盤面を見つめるアスなんたらに声をかけた。
この男、アスラン・ザラは当たり前のようにチェスが無意味にも強いのだ。私とほぼ五分であった。
「せめて四文字くらい言い切れ。後、邪魔をするな!」
アスランが怒気を隠さないで私に向けてきた。
なんて愚かなのだろう。もう既に…
そこに毛色の違う声が間に入った。
「あ、アスラン。今回はもう詰みだね」
キラが私の持ってきた煎餅を食べつつ、自作のチェスアプリで盤面の状況を告げた。
キラはチェス程度ならば二人零和有限確定完全情報ゲームとして完全なAIを片手間で作ってしまう。キラ本人よりも強いAIである。
「く、キラ!何故そのまま黙っていない!こういうのは無駄に考えさせてやるのがマナーだぞ!」
楽しみを邪魔された私は思わずキラに詰め寄った。
ヤマト家という環境ではアスランは良い子を演じる。
私にとってヤマト家でのこの試合はアスランへの精神的なデバフ込みのハンティング戦のようなものだったのに指摘されたら霧散してしまう。
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「…キラ。流石に今のは良くないと思うな」
アスランは落ち着いているように見えて無駄に煽ってくる野郎に内心ブチギレていた。
だが、ここは母の親友であるキラの母カリダさんがいる。このような煽りを真に受けない。
岡目八目で横から口を出すキラを窘めることで正面の性悪から目を逸らしていた。
…アスランは極めて優秀なコーディネイターだがまだ物事の裏を読むには幼い少年だった。
教師含めて優秀なコーディネイターで固められたクラスに分けられていたが気がついていなかった。
もう少し時間が経てば流石に他のクラスとの違いから察することもできるが、まだ早かった。
自分の母レノアと親友のカリダから推測してアスランはキラとコーディネイター同士だと告白できていた。
尤もきっかけは的外れであった。母であるレノアはナチュラルに対して同じ人間であると思っていたし、たとえキラがナチュラルでも変わらなかった。
父パトリックとはだいぶ違う価値観であるので少しだけ戸惑いもしたが良く考えればそうだったと納得した。
だが、アスランからするとこの眼の前のイカレポンチはわからなかった。
優秀なのは認めざるをえない。だが、それがナチュラルなら別の意味で喧嘩になるかもしれない。アスランはそれはなんだか嫌だった。
なお、目の前のイカレポンチはアスランの苦悩を理解しているがナチュラルやコーディネイターなどどうでも良い奴であった。
アスランが思うような別の意味で喧嘩を仕掛けてきたら反転させていつも通りに戻す。
キラの母であるナチュラルのカリダさんとは仲良くできているのだから最悪別枠で捉えれば良い。
本来は人間を異なる枠組みで考えるような思想そのものは嫌いではあるが、時流的にはどうしようもないと理解してもいた。…現に自分の両親の件がある以上はどうしようもない。
そんな少しだけ微妙な間を一蹴するように第三者が入ってきた。
「二人とも喧嘩は良くないわよ?」
キラの母であるカリダさんがアスランともう一人に窘めるように言ってきた。
アスランは少し萎縮というか借りてきた猫のように大人しくなった。
もう片方はキラのチェスAIにどうにかして勝てないか考えつつ軽く礼をした。
当然であるがそこは人間なので不可能である。
席が近いという理由でアスランを煽り、キラの作る高性能AIと反則ゲームテクニック攻略で仲良くなった三人は良くヤマト家に出入りするようになっていた。
アスラン母は仕事でおらず、彼も忙しい中でお邪魔するのは気が引けていた。
ちなみに自宅では着いてきた元家令が反ブルーコスモスというか反実家な小組織を立ち上げていたので論外であった。彼はテロリストと思われたら嫌だった。
実家の姉の迷惑だろうが、その程度跳ね除ける程度でないと今後の情勢によっては潰れるだけなので様子見していた。
そんな彼にとってヤマト家は素でいられる貴重な場であった。彼は今後はヤマト家デバフ込みのチェスはやめようと反省した。後悔はしていないのでそのうち似たようなことはやるだろうが。
その後、宿題を自分でやらずにいるキラの面倒を見る羽目になったり、飽きたキラが話を逸らそうとゲームの裏技を見つけたというので今度こそクソゲーマーを返り討ちにしようとしてアスランに叱責されたりした。
インドア派のキラだがそれに関係なく彼女が興味関心の抱いた事柄の”全て”に関して才能が溢れていた。
彼としては幾らコーディネイターでもそこまで何でもできるか違和感を覚えていたがアスランはそういう奴だと感じているようだったので飲み込むことにした。
なお、アスランは芸術分野に関しては才が乏しい。才能があるコーディネイターと比較すればであり普通に演奏等はできていた。
だが、彼からすれば幼少期に受けた躾もあり、全力で取り組めば勝てる領域なので折を見ては季節などを引用し、地球が少し恋しくなっていた。
環境保護団体過激派のブルーコスモスではないが。彼にとって唯一共感できた思想であった。
自然は大事という価値観は彼のその後に繋がるのだが、それは後に残酷なこの世界で否が応でも何度も自覚していくことになるのだが誰も知らなかった。
「あ、木星探査SASの時間だ」
キラが楽しみにしている夕方の番組が始まる時間となった。
「ああ、そんな時間だったか…」
彼は少し名残惜しい気持ちがあったが帰る時間だった。
アスランはヤマト邸で世話になると知っているが、彼としては自宅に人を待たせていた。
危険人物達の監視を含めているが、それはそれとして地球から自分に(勝手に)ついてきた大事な人々である。一緒に夕食くらいはと思っていた。
すると、
「…偶には一緒に食べようよ」
キラが何か絡んできた。上目遣いで美少女が見上げてくる。彼は困惑した。
近い、髪が綺麗だなどうしているのかなどと考えたりした。
不純な思考に気がついた彼はアスランの方に思わず目を向ける。それは無意識の、しかし必死な助けであった。
アスなんちゃらから目を逸らされた。
彼はアスランに復讐を決意した。程度の軽い子供…というには大人げない思考で満たされていた。
キラの母であるカリダは微笑ましい光景をそのまま放置することにした。
10分後、自宅に電話して許可を取る年相応な少年の姿があった。
このまま待ち続けると自宅で夕食を用意されてしまう。
それにカリダさんの厚意を無下にできない。
…コーディネイターとは違う形で進化した少年は妙に変な言い訳を心の内にこぼしていた。