極めて善良かつ中立的な私から見た後に英雄とか言われる奴らに関して 作:kohet(旧名コヘヘ)
コズミック・イラ69年5月、プラント理事国はプラントへの実力行使を通告した。
4月にプラントで開始された食料生産は地球からの食料輸入に頼らない完全自給体制であった。
その報復としての武力行使通告である。この時点においても地球全体の世論はまだ事態を甘く見ていた。
…良くも悪くもプラント以外のコーディネイターも含めた世論であった。
テロこそ起きているが、地球に住む大多数のコーディネイター達は地球の総人口やこれまでの歴史を鑑みて短慮な暴走を抑えていたのだ。
…これからは違う。溜まりに溜まった不満は世界で爆発する。コーディネイターは五億人もいるのだ。
これからは誰がどう足掻いても防げない憎しみの連鎖のきっかけが世界各地で確実に起こる。
今までそれを防いでいたのは、良くも悪くもコズミック・イラ57年、63年の出来事が記憶にあったからだ。
二度もプラントはプラント理事国のモビルアーマー部隊の威圧で第三者から見れば簡単に屈していた。大多数がそう認識していた。
だが、何故ブルーコスモスがここまで憎悪を煽り、強大化を果たしたのか。
それをもう少し考えることが出来れば、その程度で済むわけがないと察することが出来たかもしれない。
…皮肉にも憎悪の旗手たるブルーコスモスはプラントの脅威を一部だが理解していた。
大半は全く見当違いな事を言いながらも現実をある程度見てもいた。
それ故に自らの考えをこの世の真理と確信して暴走する。思慮深さというものがないのだ。
しかし、その僅かな知見を相手が死ぬほどの強引さで押さえつけてプラント、ひいてはコーディネイターの抵抗する力を奪う形で為そうとしていた。
それだけで済むのであれば、これまでの歴史において人類が自らの動きを度々制御不能な事態に陥らせはしなかっただろう。彼らは意識していないのだろうが、力の論理などというものは既に破綻しているのである。
……彼らはこう考えている。
今回はそれなりの抵抗があるかもしれない。だが、圧倒的な物量差で押さえつけてしまえば何もかも問題なく終わる。
抵抗を潜在的な脅威として喧伝し、プラント、ひいてはコーディネイターという種族をもう二度と逆らえないようにしてみせる。
それが未来の地球の為になると本気で思っていた。こういう考えに直接晒される側からすれば堪ったものではない。死ぬか生きるかと追い詰められたも同然である。
ともかく、ブルーコスモス総体はそのように考えていた。
ブルーコスモスを利用したと思っているプラント理事国、ひいてはロゴスの大多数もそう認識しているだろう。
それでも初めから知ろうともせず、そもそも知りようがない大衆よりは理解しているといえた。
何せ彼らは利害が関わっている当事者である。問題を想定して行動を起こすのは自然な事だった。
しかしながら、それらもまた現実を自分たちに都合の良い一面でしか見ていなかった。
万が一事態が想定を超えようが、戦争特需で儲ける事しか考えていない資本主義の下僕達。予てからの悲願であるコーディネイターの絶滅した世界を望む者達。
そういう論外な思考を持った者達ですら認識が足りていない。未だに彼らは目が曇っている。
…楽観視が過ぎると警告した数少ない声は、この頃になると敵に利するものとして完全に排除されていた。
もう誰にも止めようがないところまで人類は至っていた。
…私が昔作ったゲームに出てきたような、地球一丸となって立ち向かわなければいけないような宇宙人達が攻めてきたとしても、人類は争うかもしれない。
流石にそれくらいの理性はあると私も思いたいが、その考えに希望的観測が多分に含まれていると指摘されたら否定できない。
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ザナドゥのユーラシア連邦本部にあるクシー専用の部屋。
クシーがいる時は大体護衛か付き人もいる。基本的には静かで整えられた環境である。
そこに至るまで迷路のようになっている為、大抵の暗殺者は情報不足で詰んでカナードや他の人員に狩られる。そういう類は殺意の真心が足りないとクシーは嘆いている。
背後関係を洗うのと同時に、真面目に人が足りないので勧誘したい。
出来るだけ生かして欲しいが危険であるので厳命はしていない。最近はあまり来なくなったが全く来ないわけではない。
そんな人材募集の為の罠であるクシーのお部屋。
現在、整理こそされているが机には安物のアイスコーヒーの入ったピッチャーと資料。業務用のチョコレートが雑に皿に盛られていた。
最近は味覚が麻痺してきているが、活動するのにエネルギーが必要なので手っ取り早いカロリー摂取方法として用意していた。
雑味はあるがこれはこれで良いものだと思っている。
緊急時以外は入らないように人払いしていた。私は今、一人で考えたかった。
そんな気分が変わる電子音が響いた。ゲーム会社のチャット機能で誰かが入出した反応だった。
誰かは想像がつく。具体的にどこの誰かは知らないが。何か事件があれば互いに煽りあう程度には関係が続いていた。
私のアカウントにはそんな面識がない人物からのメッセージが届く。
……意地になるようなことではないし、今だからこそ出来ることもある。
私はそう思っていたのだが、気がつけば私はそのメッセージを読んでいた。
『この憎しみの目と心と、引き金を引く指しか持たぬ者たちの世界で。まだ運命を変えられると思い上がっているのか?』
…私は返信することにした。少し気を紛らわせたいのもある。
『この宇宙を覆う憎しみの渦であろうとも、抗うことに価値がある。小さな波紋が与える影響、結果がどうなるかまだ貴方も私も知らないだろう』
そう言われても私のやることは変わらないのだから些事である。
それにどう反応するか、想像はできるが興味はあった。
…返信は即座に帰ってきた。残念ながら内容は私の想像とほぼ同じだった。
『知らぬさ。人は自分の知ることしか知らないのだから』
それだけを寄越してきた。…私と知らぬ誰か。暇人同士の些細なやり取りは終わった。
私は作業を再開した。暇人との会話を続けていても意味は薄い。
…何故このような戯れに付き合ったのかというと、自分が自分であることを再認識するためだ。
こんなやり取りであっても、やはり私は私なのだと精神的安定を多少取り戻した。
今、手元にある資料は本当に偶々調べた物だった。
結果として調査を頼んだ者達は大半が精神を病んでしまった。
有能な人材であった彼らが病むのも仕方がない。今のうちに休んで回復してもらわなければならない。無理にとは言わないがそうも言っていられなくなるかもしれない。
…ザナドゥの人手不足は解決しない。短慮かもしれないが催眠療法や薬物による記憶封印を頼む者が多発した。
そうなる気持ちが分からないでもないので止める気は起きなかった。
…それでも調査を命じた私だけは目を背けるわけにはいかない。命じた責任もそうだが、彼らの行為を無駄にするわけにはいかなかった。
今後起きうる戦争や紛争の火種を地獄の釜で煮詰めたような極めて重要な内容だった。
飽くまで調査で回収できたのは残っていたデータでしかない。相当数持ち出された物もあるだろう。
それでも残された資料から推測できる事態への対策を考えなければならない。
昨年のメンデルのバイオハザード、ブルーコスモスが起こしたものなのはほぼ確実として。
何を狙っていたのか、それとも偶々ブルーコスモスの抹殺対象が滅んだだけなのか。
ブルーコスモスとは関係なくロゴスが関与している等、別の意図が絡んでいたのか。
…不明瞭な事件過ぎるので軽く調べておこうと思ったのが発端だった。
結果として余計にわからなくなったが、それ故に知り得た事もまた多かった。わからないことがわかったというのが正しいだろう。
同時にもうこれ以上は探れないだろうと調査を打ち切った。実際、こんな事に人員を割く程余裕もないし、あまり時間もない。
だからこそ、戦争前の空白である今、その件について思考する余地があった。
これ以降は戦争にかかりきりにならざるを得ないだろう。というかそうしなければこれまでの活動が水泡に帰す。
メンデルのこれまでの所業はコーディネイターと関わる機会が多いザナドゥなら既にある程度は知っていたことではあった。
今後のためにも多かれ少なかれ何があったのか程度は知る必要があった。
最高のコーディネイター、理想個体研究で生まれたという経歴のカナードがザナドゥに所属していた。カナード本人の心は今なお傷ついている。
私としてはどうにかしてやりたいが、何かしらきっかけがないと無理だろう。根本的には彼女のアイデンティティの問題なのだから、自分で解決するのが本人の為だ。
優しさの塊みたいな善性に触れれば良い方向に行きそうな気がする。当然だがキラはノーカンである。
カナードみたいに拗らせているハイスペックなコーディネイターもザナドゥには結構いるし、誰か見繕っておいた方がいいだろうか。
今のところあんまり拗らせて煩いのは私が直接ねじ伏せて解消している。が、どう考えても健全ではないと思う。やると大人しくはなるが変な感じになる。
ブルーコスモスの理念からすら離れた人間の欲望のみで生まれてしまった戦闘用コーディネイター等の存在もあった。
あのアズラエルがある程度関わっており、現段階ではある意味保護されているとも言える。
しかし、いつまでも今の状況が続くとは思わない。
どういう方向性かは正直わからないがコーディネイターを『使う』という発想はアズラエルだからできる所業だ。
それでも失敗作として物のように廃棄されるのだけは見過ごせないのでどうにか手を尽くしている。
それでも手が足りないし、時間もない。……何とか頼れる者はいないか模索している。
客観的に見て、コーディネイターが次期当主を務めるオーブのサハク家が頼れそうなのだが、どうにも信用ならない。
明らかに利用してやるという雰囲気がある。身の丈を弁えず世界征服でも企んでいそうな中二病罹患者だ。
どう利用してもされても良い事が起こらなさそうなタイプだ。次期当主が二人して中二病真っ盛りな現段階では論外だ。
…ダンスとかで例えるな。分かりづらいったらありゃしないのだ、馬鹿じゃないのか。
個人的には人間的に好感を持てるアスハ家。オーブの代表のウズミは良くも悪くも徹底した中立主義でその程度では動かない。
ザナドゥではオーブは糞みたいに言われているが、あの建国以来世界に中指立てている中立主義は嫌いではない。私としては実に好ましい。
状況に応じてダブスタも辞さないのは素直に感心する他無い。
…愛玩用に特化して設計されたコーディネイターは幼少期から知っている。人間を品種改良したペット扱いである。発想が狂っている。
私の知る者は何とか自立させられたが、似たような経歴を持つ者は他にも確実にいる。自ら言わないだけだ。
しかし、ロリコンに走るとか身内の恥だ。あの馬鹿はどうにかならなかったか。
今では性癖や言動行動がオールで糞である。能力は良い。誰に似たんだあいつは。
とはいえ、世の中にいる愛玩用…とは言いたくないが。
そういったコーディネイターはある意味で最も保護されていた。
それがどうしようもなく胸糞悪い。……人の命と尊厳を弄ぶな。
…そういう形で多少は知り得ていた私もさらなる暗部を推測していた。
だが、その推測を余裕で上回った。廃墟同然の環境で僅かしか残されていなかったが。
それでもメンデルという闇は深すぎた。
最高のコーディネイター、人類管理システム、新人類創造……廃棄されたメンデルから極秘裏に回収された断片はあまりに人倫に反するものばかりだ。その研究の数々に辟易する他無い。
手元にあるのも穴だらけの資料だ。バレないように短期で調べた内容は断片的過ぎてわからない物が多い。
当然だが、有益だからといって研究内容を再現して利用する気など積極的には起きない。使える部分は使うつもりだが正直気が滅入っている。
病気治療等で使えそうな技術もあるが、由来を考えると少しメンタルに自信がある私ですら躊躇するレベルだ。
…勘ではあったが、がん細胞除去は使えそうなので医薬学分野に研究開始させた。
間違いなく有益だが、人類の死因ランキング上位であるガンを克服したらどうなるかを考えた。
…各国が被爆を恐れずに核を使い出さないか不安になってしまった。
負の側面もあるが、今後の人類の為になると私は自分に言い聞かせて決定した。
ほぼ間違いなく有益な技術なのに、メンデル由来というだけでここまでの精神的な負荷がかかるのだ。
今手元にある研究資料を有害無害であるか全て精査したら、流石にギリギリ持たないと思う。
元々大っぴらに調査するわけにもいかなかったし、まもなく戦争が始まってしまう。
これ以上の調査は不可能。未練がましく執着するよりも回収出来た一部の断片のみで考えなければならない。
核の応酬だけでも絶滅戦争必至だろうが、それ以上の兵器も出てくるかもしれない。
というか多分あるだろうし、仮定も見据えて今後の方針を決めている。
どういう代物かわからないが、本当に存在した場合には国際管理下で処分を決定してもどこかで破綻しそうで怖い。
かといってそこまでの超兵器があったとしても私一人で処分するのは論外だ。人類滅亡回避の為に処分を強制できるだけの力が欲しくなってくる。
各方面の誘導はするがその一線を超えたら……やはりあまり考えたくはない。
既にバイオハザードで滅んでしまったメンデルの事を考えている余裕があるわけではない。
調査は最短かつ最小限に留めておく。それでも常に情報を引き出せるよう頭の片隅には入れておく。
ひょっとしたらこの研究のどれかがこの戦争に関わってくるのかもしれない。
もう知りませんで見なかった事にするには、どうしても内容が重すぎた。
新人類とかいう第三勢力等が出現せず、プラントと地球の戦争で全てが終わるのかもしれない。
戦争を終わらせてからまた研究再開するのか。或いは、都合よく全てのデータが消え去り全部が無意味になるかもしれない。
…痕跡を探る人手も時間も余裕はないのだから、ここで得た知識があっても後手に回るかもしれない。いや、そうなるだろう。
無責任にもどいつもこいつも行方をくらませているかデータが抹消されていた。
まるで私に探られたくない誰かが、肝心な部分だけ見つからないよう事前に消したのかとすら思えてくる。
そこまで行けば最早オカルトである。私の頼っている勘もオカルト絡みかも知れない。
色々と知ってしまったことで、よりにもよってこの私が正気でいることに疲弊を感じている。
未来予知能力者がいたとして、そこまで計算した奴がいたとしたら。
そんな糞のような被害妄想、パラノイア染みた思考になってしまうのが極めて悪質だ。
今の私は間違いなく正気ではなくなっているのだろう。しかし、休んでいる暇もない。
……こんな正気でいられるか怪しいような私の葛藤すらも。
最早悩む時間すら惜しいと思えるほど、何もかもを簡単に消し飛ばすような戦争がまもなく始まろうとしていた。
誰も知らない、何時終わるのかわからない、憎しみの連鎖となる戦乱の時代が幕を開けようとしていた。