極めて善良かつ中立的な私から見た後に英雄とか言われる奴らに関して 作:kohet(旧名コヘヘ)
未だ15歳のラクス・クラインはその日、ザナドゥの代表・クシーと呼ばれる少年が過去に制作した映画を見ていた。
タイトルは『恋のハリケーン3 〜環境王子ジャミトフ怒りの老齢〜』。
……タイトルからして地雷臭たっぷりの映画である。
クライン邸のお手伝いアリスはこんな映画を見るラクスを心配していた。
ラクスとしてももう少し良いタイトルに出来なかったのかとツッコんだ。
普段のラクスならばこのような映画は論外であるのだが、この日は少し違っていた。
ラクス・クラインは日に日に世界を取り巻く情勢が悪化して行くのを唯見ている程度しか出来なかった。
……平和の歌姫などと呼ばれてはいるが世界という大河には波紋すら起こす事が出来ない。
止められない怨嗟の渦、それに抗い続ける彼の姿を見たラクスはふと疑問に思ってしまった。
……何故、彼はこんな無駄な事をするのだろう。
第三者から見てももう世界の趨勢は決していた。戦争は起こってしまう段階に来ていた。
「想いだけでも力だけでも駄目なのでしょう。…それでも貴方はもう頑張ったではないですか」
先日、ラクスは彼にそう言ってしまった。
……ラクスの知るそれまでの彼ならば適当な暴言でも吐いて別の話題に逸していた。
「……もし、神がいるとして」
彼はラクスに思わぬ事を言い出した。
……宗教が衰退した世によもや彼の口から神の名が出るとは思わなかった。
その時、ラクスは彼が9世紀まで遡れる名家の出なのを思い出した。
旧暦においてはソ連により根絶やしにされ掛けても信仰を辞めずに生き延びた血族である。
それでなくとも遺伝子治療等ない時代、王族というのは血友病やポルフィリン症等で次々と淘汰されていった。
……王家の末裔として教育されていれば根底にそのような思想が皆無な訳がなかった。
だが、
「死後に出会った時、私の至らなさを懇切丁寧に解説される余地を残したくはない」
彼はそう吐き捨てた。……彼は神という存在に特筆する程には希望を見出していなかった。
それでも敬意を持つような言い方ではあるとラクスは感じ取った。
……彼は自分の至らなさを卑下している。比較対象が神であるならばそういう自嘲にもなろう。
ラクスは彼がもう取り繕う余裕すらないのを悟った。ラクスに見せて来た今までの彼の姿も嘘ではない。
だからこそ、彼は無意識とはいえ隠していた感情までも含めてラクスへ言ってしまっている。
……ラクスは彼の事を知っているようで丸で知らなかったのだと漸く悟ってしまった。
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クライン邸のお手伝いアリスはラクスの婚約者であるアスラン・ザラから送られて来るハロの数にウンザリしていた。
うじゃうじゃピョコピョコとハロ達は今日も元気に跳ね回っている。
婚約者からの贈り物なので捨てられないし、大事にしたいというラクスの意思は尊重する。
だが、定期的にハロ達のメンテナンスをしているアリスからすれば溜まったものではない。
基本放置しても大丈夫な程頑丈で、壊れてもある程度の技術さえあれば簡単に修理出来るように考えられていた。
ハロの拡張性も凄い物がある。人の顔程の大きさでアリスがラクスに依頼された機能を簡単に追加出来る。婚約者のアスランはラクスが飽きないようにと考えたのだろう。
アリスもラクスの婚約者として、そしてコーディネイターとしての能力だけは不足無しとアスランに脱帽する他ない。
然し、余りにも数が多過ぎる。巫山戯ているのかと思う。
……最初、喜んでいたラクスも5体目辺りからプルプルと体が震えていたのをアリスは覚えている。
五体目のハロを送られたその日、ラクスは誰かにチャットで婚約者が同じプレゼントを五回もして来たと溢していた。
アリスは見て良いのか気になったがラクスが気にしないで良いと言うので紅茶を入れたり、クライン邸の掃除をしたりしていた。
『いや、五回までは良かったのか』
チャット相手は返信でラクスにツッコんだ。
相手は誰だか知らないが、アリスも同感だった。ラクスは五回と強調して愚痴を溢している。……普通は多くても3回目辺りでゲンナリするだろう。
相手に関してラクスは秘密のお友達と呼んでいる。誰なのかは当然、アリスは知らない。
婚約者に関する自慢(今では愚痴が大半だが)や騒動から化粧品の話までするので相手は女性だとアリスは考えている。
……というかそうでないと自分に見せては不味いだろう。婚約者の居る身で随分と親しげである。
アリスが定時でクライン邸から帰ろうとすると、ラクスはチャットではなく無線通信で話すようであった。……待て、あれは緊急時の秘匿回線ではなかったか?
ラクスの父親にして雇用者のシーゲルに大丈夫かと確認するか悩んだ。
然し、アリスはラクスに口止めされたので見なかった事にした。……本当はシーゲルに言うべきなのだろうが後が怖い。
そんなラクスは表にこそ出さないがアスランが遣って来ると毎回溜め息を吐いていた。
又ハロである。何なら初デートはジャンク屋だった。
……アリスはお互い初めてだからとフォローにならないフォローをした。それ以外に言いようがない。
アリスからしてもこんなに荒れたラクスは初めてだった。
『その、例のハゲはカツラ屋……ウィッグ専門店にでも連れて行くと良いんではないかな?』
秘密のお友達からの意見である。言い方はキツイがアリスは同意した。
荒れたラクスが又しても通信相手に愚痴を溢していた。
アリスにバレないように今まで使っていたのだろう。もうかなり手慣れていた。
『ウィッグのお店は知りませんわ。アリスさんへ尋ねれば良いのかしら?』
ラクス様は秘密のお友達にそう言った。地味に自分の情報が漏れている事が分かった。
そして、どうやらラクスの近くには住んでいないらしい。アリスにはチャットの相手がプラントの何処の誰か分からない。
……というかラクスも遣り返す気満々である。アリスは遣り過ぎるのではと感じたので少し諌めようとした。
然し、アリスが動く前に状況は一変した。
『ハゲ親父の方に聞けば良いと思う。私から連絡を入れようか?』
秘密のお友達はあのプラントの超過激派であるパトリック・ザラにカツラ屋を尋ねようとか提案して来た。
……とんでもない事を提案して来たのでアリスは飲んでいた紅茶で咽せた。
ちょっと待て。相手は妻のレノア……ではないだろう。では、誰だ、この命知らずは。
『それは……ちょっと良くありませんわ。私もアスランも政略……ええと、婚約者ですし』
余りの提案にラクスが怯んだ。当然であるとアリスは思った。
そんな事をすればクライン派とザラ派の争いが始まるかもしれない。
……いや、本当にプラントが洒落にならないから止めて欲しい。
アリスも当然外部に言うつもりはないが、これは自分が見て良い内容なのだろうか。
その後、本当に秘密のお友達がパトリック・ザラに聞いたのかは分からない。
だが、若者向けのウィッグ専門店を睨み付けるパトリック・ザラの写真がゴシップ紙に掲載された。
……本当に言ったのか。アリスは秘密のお友達の身を心配した。
心臓に毛が生えているとかそういう次元ではない。
内心は兎も角ラクスはピョコピョコ跳ね回るハロ達を外遊先にも連れて行く。
婚約者のアスランからの贈り物を粗末にしてはいけないだろうと思っているのは分かる。
だが、ラクスその人からアリスはアスランを見掛けたらビシバシ攻撃するようにプログラムを組まされていた。
……もう婚約は破談にした方が良くないかとアリスは心の底で考えている。勿論、表には出さないが。
そして現在、糞みたいなタイトルの映画を見るラクスの傍に居た。
破天荒な所は幼い時からあったが一周回ってしまったのかと不安になった。
件の秘密のお友達は良くも悪くもラクスの感情を豊かにしていた。
……アリスからしたらそのお友達が異性であればラクスにピッタリなのではと思っている。
彼女は世の中、そんなに上手く行く筈がないかと思い、苦笑いをしてしまった。
糞映画と決め付けてラクスの傍に控えて見ていたアリスだったが、気が付けば見入っていた。
どうみても男優に姫役をやらせたり、本気で爺が主役だったり、主役の爺が途中で暗殺されたり等、滅茶苦茶な要素がありながらストーリーの根幹は様々な形の愛であった。
ジャミトフ王子(67)は敵国のギレン王子の想いを受け継いだ地球への愛、そんな王子に健気に仕えるメイドのバスクは同胞への愛……ドジで敵諸共1500万人程虐殺しているが味方の為に常に前線で戦い続けていた。
メインヒロインのシロッコ姫もジャミトフ王子を暗殺こそしたが王子への敬意……愛はあった。
そして、映画はクライマックスを迎えていた。
木星帰りのシロッコ姫が通りすがりのキレる若者に殺されてしまってどうなるのかと思ったら、別の爺が黒幕として出て来ていた。
アリスは地味に環境問題という点で現実の火星とリンクしている事を悟っていた。
火星は現在のプラントと地球間の争いに介入していないが、利益にならないから放置されているに等しい状況だった。
『嘗て地球人は、我等の先祖を見捨て、人間として生きる権利を奪った』
火星のイゼルカント王子(90)は自分達の置かれた環境に呪詛を吐く。
然し、只の被害者ではなかった。彼もまた愛を持っていた。
『そのような愚劣な者から母なる大地を取り戻し、新世界を作るのだ』
イゼルカント王子はそう言ってデス・スターを起動させた。
……その動力として自分の命を取り込んでいた。彼の愛は想いとは裏腹に破壊を伴う。
アリスから見てもイゼルカント王子は完全なる狂気に犯されていた。
彼は己の中に湧き上がる感情に逆らう事無く身を任せ、母なる地球へ究極の兵器、デス・スターを向けていた。
デス・スターという究極の兵器は新世界を作る所か破壊してしまった。
……使ってしまったイゼルカント王子は自分の犯した過ちの終焉を見た。
『私は戦争をしたかった訳ではない……。ただ作りたかっただけなのだ……人が人らしく生きて行ける新世界を……』
憎悪に突き動かされたイゼルカント王子が全てが終わった後に見たものは何もかもが失われた世界、死の星となった地球であった。
最早、生命の一つとして存在しない死の星(デス・スター)だ。
そんな彼から最後に出た言葉はそのような後悔だった。
宇宙に残された最後の生命であるイゼルカント王子もまたデス・スターで命を使い果たし、宇宙に散って行った。
……凡ゆる意味で濃いキャラ達は全員死亡し、諸行無常とも言えるエンディングを迎えた。
アリスは誰から見てもバッドエンドな映画を見終わった。
何というか、これは未来の自分達ではないか。そう思わずにはいられない。
この糞みたいなタイトルの映画は現在とは方向性は違えども人間が生む争いの終着を描き切っていた。
力を得た者、想いで動いていた筈の者達は愚かにも見える終焉を迎えてしまった。
アリスは完全に映画に魅入っていた。そして、見終わってからラクスを思い出した。
……最初に紅茶を出した程度で二時間を使い切っていた。アリスはラクスに謝罪しようとした。
だが、
「…………」
ラクスはアリスの事に気が付かない。
幼子の頃から世話をしていたアリスから見て嘗てない程にラクスは深刻な表情をしていた。
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ラクスは彼の作った映画を見終わった。この映画は状況を理解出来る者に宛てたメッセージだ。
……恐らくこれまでも何人かには見せたのだろう。そして、感想を聞いたのだろう。
映画ではなく物事の本質を見抜き、時代を、先を見る目の持ち主を探したのだろう。その度に言い方は悪いが失望したのかもしれない。
アリスは映画に魅入っていた。だが、これは今という状況で直に感じているからだった。
ラクスですら少し前ならばこの彼の制作したという映画を見て趣味が悪いと思ったかもしれない。
……想いを尽く間違えた者達が迎える終焉の物語だ。誰一人として救われない悲劇だ。
映画のジャンルは『ラブコメディ』とある。……平和な時に見たら皮肉混じりのジャンルだと一笑出来る。
だが、
「これをずっと抱えたまま。……今までずっと一人で居たのですか……」
ラクスは彼の苦悩を漸く理解した。彼と自分は何処か似ていると思っていた。
だが、違った。彼は一人だけでずっと悩んでいた。
発狂してしまう程に、可笑しくなる程に、想いが行き着く先の恐怖に怯えていた。
世界という大河に石を投げ続けていた。彼は生来、破壊衝動を持っている訳ではなかった。
……先が見え過ぎるのだ。誰も、彼自身すらコントロール出来ない程に。
ラクスは今まで誰も彼に寄り添えなかったのだと悟った。
彼の悩みの本質を漸く理解出来る世情、段階になっていた。
この映画の本質がアリスにも伝わってしまう程に世界は終局になりつつあった。
嘆いても悲しんでも立ち止まるよりはマシと彼は自分を誤魔化し続けて来た。
彼の行為は全体では何一つ変えられなかった。だから、ラクスでも分かる程にボロが出て来た。
ラクスは此処に至って漸く彼の本質の一端を理解した。自分は今まで彼の何を見ていたのだろうか。
ラクスは自分自身の愚痴を溢すばかりで、絵画や曲を知って彼の内面を表面だけ知った気になっていた。
だが、未だ希望はあった。ラクスの誕生日の2月5日、コペルニクスでの会議が上手く行けば、最悪にはならない。
……ラクスは今更ではあったが、当日の国際会議に向かう父に声を掛けに向かう事にした。
何が出来る訳でもないが、少しでも良い方向に向かうように。
それが今のラクス・クラインが出来る精一杯でもあった。
然し、そんな彼女の、ラクス・クラインの些細な行動は結果として実る筈だった。
……コペルニクスの悲劇さえなければ。