極めて善良かつ中立的な私から見た後に英雄とか言われる奴らに関して 作:kohet(旧名コヘヘ)
誕生日の2月5日、ラクスは知らせを聞いて世界が崩壊するような感覚に襲われた。
「ラクス様!……お気を確かに」
お手伝いのアリスはラクスへそう声を掛けてラクスの体を支えてくる。
……ラクスも倒れそうになるのを自覚していた。
「彼は……いえ、生存者は?」
ラクスは父の安否の前にコペルニクスに滞在中だったクライン派のルネ・ジャールに尋ねた。
……1月1日の会議ではプラント最高評議会のメンバーが1名死亡しているのだから対策しない訳が無い。
その為、彼女は先んじて秘密裏に派遣されていた。ザナドゥの、彼の厚意によりギリギリ潜伏出来ていた。
ラクスはシーゲルが未だ到着していないのは知っていた。……だが、だからといって父を心配しない訳では無い。
それよりも動揺が激しいのを自覚した。彼とのコネクションはプラント内でも秘匿である。
無関係であるアリスの前で声に出してしまっていた。
『…………』
ルネの、その沈黙が答えのように感じられた。
……爆破の規模、会場内部からの爆破、推測される其処から答え。
ラクスも理性では理解出来ていた。
然し、それは現地の人員ではなくクライン邸のテレビにより否定された。
クライン邸ではラクスの指示によりプラント、地球、コペルニクスの電波を傍受して情報を一刻も早くに掴む為に複数のテレビを並べていた。誤報もあるが、混乱した現地の情報よりも精査されているともいえた。
全く見当違いの事を言う可能性もあったが、今のラクスはたった一つの情報を欲していた。
『速報です!せ、生存者、生存者1名、重体との事ですが生存者が発見されたとの事です!』
テレビではコペルニクス、現地の情報が流れていた。
混乱している現場よりも報道の方が早かった。ラクスにとっては僅かだが希望が見えた。
だが、これは不味くもあった。ラクスは公私の公の思考に切り替えようとした。
「直ぐに調べ……いえ、この場合は……」
ラクスはシーゲル不在の状況でクライン派の人員をどうするか即座に命じようとした。
……理性とは逆の言葉を口走っていた。
このままではプラントのクライン派であるルネ・ジャールはテロリストとして疑われる可能性もあった。
判断がままならない程にラクスの感情は大きかった。
『落ち着きを。……私の方は何とかなります。とはいえ、下手に動けば……』
ラクスからの返答を待たずにルネが回答した。……ラクスとしても助かった。
プラントを危機にしかねない存在であると自覚したルネは自身でどうにかすると言った。
然し、ラクスの要望までは応えられそうにないとも溢した。
……ザナドゥ側にも甚大な被害が発生したとラクスは確信した。
トップの生死不明による混乱もあるだろうが、彼が『雲』と呼んでいる構成員達が居ればルネの身の安全は問題ない筈だった。
彼を狙ったかどうかは分からない。だが、プラントですら足跡を辿れないザナドゥの諜報員達を確実に排除出来るだけの存在が動いていた。
だが、ルネもクライン派に所属するコーディネイターの中では今回のコペルニクスへの諜報員として選ばれる程の逸材だ。
ザナドゥが防諜ならばルネは潜入のプロだ。本気で隠れてしまえば彼の率いているザナドゥの雲ですら彼女を見付けられないだろう。
「……失礼しました。ルネさんは状況を見て待機して下さい。父と連絡出来ましたら其方からの指示を聞いて下さい」
ラクスはルネにそう指示して通信を……切れない。どうしても切りたくない。
『はっ!……ラクス様?』
ルネは返答後も通信が切られないのを訝しんだ。
秘匿回線とはいえ盗聴される恐れもある。ましてや彼と何時も遣っている通信とは違い即席で作ったような物だった。
……今の状況、テロという非常事態では尚更だ。
嘗て彼はコペルニクスを自分の庭とまで自負していた。無意味に通信を繋げるリスクは……。
「…………!」
ラクスは一秒でもと早く自分に言い聞かせて何とか通信を切った。
「ラクス様!」
アリスの声が聞こえた。ラクスは気が遠くなりそうだった。
其処にテレビの映像が飛び込んで来た。……希望である筈のそれはラクスにとっては追撃のような形となった。
『……誰だ!……一体誰なんだ!……これだけの事を……』
彼だった。生きていた。ラクスは心から彼が生きていた事に安堵した。
然し、その彼は身も心もズタズタで何もかもが絶望するように叫んでいた。
見るに堪えない怪我を負いながら、その体を更に傷付けるように暴れていた。
そして、
『……そんなに戦争がしたいのかよ……』
彼はそう溢して気を失った。……誰かの腕を慈しむように抱きかかえながら……。
ラクスは彼の沈痛な呟きに心を痛めた。
だが、幾つも並ぶテレビ中継の映像、その中にある一番組のコメンテーターの声からそれをかき消すような言葉が聞こえて来た。
『プラントだ!……シーゲル・クラインは生きている。……これは1月の報復だ!!」
プラントではないテレビ番組のコメンテーターはそう叫んでいた。
ラクスにはコメンテーターの男性が心の底からそう思っているのだと分かった。
調査すれば違うと証明出来るかもしれない。
だが、これは完全に彼の想いとは、その叫びとは全く別だと断言出来た。
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「これは……」
アリスは衝撃を受けた。……プラントではない。
アリスはシーゲルが本当に偶々シャトルが故障して遅延したと知っていた。
お手伝いとはいえクライン家に仕える身である。非常時だからと避けられる事がなく、偶々見聞きしただけだ。
では、誰か。そう考えれば地球側の誰かである。……アリスはそう思ってしまった。
アリスからすれば確信にも等しいこの考えだが、他の人々は根拠もなくそう信じるだろう。
アリスは先日見た映画の内容が被った。
『止まらないさ。切っ掛けは最早、どうでも良いのだ。そんなものは勝ってからだ。そんなものは後世の歴史家が作るのだよ』
映画の中でシロッコ姫が言ったセリフだ。これを聞いてキレた若者によりシロッコは殺された。
だが、根本的にはこれと似た考え方によって映画の世界の住民達は皆滅んだ。
「どうすれば……どうすれば良かったというのですか!」
ラクスがアリスの支えようとした腕の中で慟哭していた。……ラクスは泣いていた。
アリスはラクスが泣いているのをあやしたのは何度かあった。
然しそれは、耐荷重10キロ程度の配膳ロボのオカピーにラクスが乗っかって潰れたりしたような物だった。言うなれば些細な事だった。
今の慟哭は丸で性質の違うものだ。アリスはラクスがどういう心境なのか分からなかった。
……それでもアリスはラクスを子供の頃のようにあやしていた。
泣く事で少しでも慰めになるのであれば、軽くなるのであれば、ラクスの心の悲鳴を少しでも和らぐのであればと思った。
「ラクス様……」
アリスは自分の胸に包み込むようにして抱きしめていた。
……先程の通信でラクス様が言いそうになった彼とは誰なのか、若しそれが……今の映像の人物ならば……。
彼は叫んでいた。だが、泣いてはいなかった。……アリスは幼少期からラクスを世話し、その姿を見ていた。
だからこそ、似たような物を映像の彼から感じ取っていた。
……泣く事が出来ていない。彼の心は誰にも行き場が無いものだ。
彼には泣ける相手が居ないのだと確信に近い物を感じ取った。
お手伝いとしてラクスの世話をしていなければアリスも其処までの洞察は出来なかっただろう。
だからこそ、ラクスが漏らした人物が彼というのを察していた。そして、秘密のお友達。
……その事実は墓場まで持って行くつもりではある。然し、これではあんまりではないか。
アリスは神など信じていない。然し、神が居るとすれば、それは何処までも残酷で無慈悲である。
悲劇がこの世に溢れていると分かっている気になっていた。だが、現実はどんな悲劇よりも残酷だった。
アリスは心から泣くラクスにせめて一時でも慰めになれるように抱きしめた。