極めて善良かつ中立的な私から見た後に英雄とか言われる奴らに関して 作:kohet(旧名コヘヘ)
コズミック・イラ70年2月16日、血のバレンタインから2日が経過したプラント。
其処は人々の嘆きや悲しみ、怒り、憎悪が満ちていた。
その日、ラクス・クラインが中心となってユニウスセブンへの追悼式が行われていた。
プラントやザフトとしては18日に追悼と地球連合への声明を発表したかった。
だが、ラクスは軍事的な意味合いを含む追悼の前にプラント内で行うべきと主張した。
ラクスの平和の歌姫という姿からその様な事を主張するのは理解された。
一致団結したいザフトとしては拒否したかったが、ラクスの言い分も一理あった。
……地球側ではザナドゥ代表により追悼の意を示されていた。
飽くまでも一組織ではあるが地球で意思表示をした者が居た。
ユニウスセブンの蛮行を非難したザナドゥ代表は地球連合の敵と名指しで批判された。
彼はそれでも尚、追悼の意思だけは決して曲げなかった。
その事実は被害者であるプラント内でも少なからず影響があった。
プラントの市民は血のバレンタインを引き起こしたナチュラルを憎悪している。
だが、地球連合に直々に敵と言われてまで声を出した者が居た事実は揺るが無かった。
……この事実を全て茶番だとプラント最高評議会・議員及び国防委員長のパトリック・ザラは吐き捨てた。
パトリックは自身の妻であるレノアが地球連合軍によるユニウスセブンへの核ミサイル攻撃で亡くなっていた。
ナチュラルが行った蛮行にナチュラルが追悼の意を示すという自作自演とまで言い切っていた。
パトリックの論調に同調する意見もあったが、それでもラクス達の追悼の意思は否定出来なかった。
同胞であるコーディネイターが追悼する事に異議を唱えるのもどうかとなっていた。
……妥協の結果ではあるがプラント内で小規模な追悼式が先んじて執り行われていた。
歴史の浅いプラントの為にと式典用に改修されたジンは追悼の為にアレンジされていた。
「……討たれる謂れ無き人々に、光の刃が突き刺さってしまいました」
ラクス・クラインは追悼の言葉を述べていた。飽くまでも簡易的な追悼式である。大々的には18日に執り行われる。
ラクスの婚約者であるアスランも参加しようとしたが父パトリックに制止された。
だが、弔電だけは送った。パトリックは激高したものの息子の意思が固いと知り、渋々追認した。
父シーゲルは18日の公式発表で追悼するという事で直接参加しなかった。
娘のラクスの意思を尊重していたのでその賛同者達を止めはしなかった。
……正確にはザラ派を宥める為に参加出来なかった。
アスランの弔電も娘の婚約者という事でパトリックを言い包めた。
ギリギリだが、この時のパトリックはアスランを妻と自分の息子だと判断出来ていた。
若しもにはなるが、シーゲルが諌めなければアスランは何で母を追悼してはいけないんだと言って、止めるパトリックに激怒していた。
……シーゲルは親子の重要な対話の機会を奪ってしまった。それは誰が悪い訳ではない。
皮肉にも思い遣りが産んでしまった小さなすれ違いは後々に響く事になる。
言葉にしなければ伝わらず、言葉にしてしまえば伝わってしまう。この場合は前者であった。
シーゲルとしても政治的な声明を伴う追悼に価値を見出していた。
妻レノアの犠牲を無駄にしたくないパトリックの意思も分かっていた。
だからこそ血のバレンタインを引き起こした地球連合が許せなかった。
大戦争に向けてプラントで様々な思惑が巡っていたが其処だけは同じであった。
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「追悼式典……というには些か小さ過ぎる気もするが。憎悪というのはやはり大きいものだな」
クルーゼはテレビで中継されるラクスと式典の様子を見て言葉を溢した。
クルーゼは数日振りに自宅に帰って来ていた。
血のバレンタインという事件もあったのに、一時的にでも戻れたのはクルーゼが優秀で配慮されたからに他ならない。
戦争という舞台で活躍したクルーゼだが、ムウ・ラ・フラガと思わぬ形で再会した事で冷静さを欠いてしまった。
「全くもって戦争という奴は思い通りにはならないものだ。血のバレンタインも想定外ではあったが……」
クルーゼは血のバレンタインの愚行を直接見ていた。……やはり人という物は愚かだと再認識していた。
クルーゼは今回狙っていたネビュラ勲章を授与される程の活躍は出来なかった。
とはいえ、敵艦の装甲に関する報告及び戦場でも活躍したという事で勲章は授与されていた。
ネビュラ勲章ならば流石にもっと時間が掛かっていただろうと思うと次の機会はあると考え、落ち着かせた。
血のバレンタインで授与されるのも余り良い顔をされないだろうと考え直した。
自身のネビュラ勲章を見られる度に血のバレンタインを思い出して嫌な顔をされるとクルーゼとしても今後に支障が出る。
……ムウが戦場に居るという事は又邪魔をして来るかもしれない。今度からは冷静にスコアを稼げば良いと反省した。
クルーゼは友人であるギルバート・デュランダルの所へ行く為に身支度を整えていた。
クルーゼとしてはレイに会いに行くのが大きい。
世界をどうしようもない物と考える者同士であるがデュランダルとクルーゼでは方向性が違う。
とはいえ、自分の素性を明かしてレイを預け、寿命を延ばす他の薬まで処方されているのだから感謝している。
その分、クルーゼが軍功等で得た情報をデュランダルと共有する等の遣り取りもしていた。
クルーゼによる世界の終わりかデュランダルによる世界の停滞か。その考えの違いで争う事はお互い無かった。
嘗て自分が保護した同胞のレイはクルーゼにとって数少ない真っ当な癒やしである。
……同時に複雑な感情を抱いてしまう存在だった。
自分と同じくクローン体であるレイも又寿命が極めて短く老化の速度が早かった。
クルーゼはレイが生まれる前にアル・ダ・フラガに使い捨てにされた憎悪があった。
レイにはそれが無い。クルーゼはレイには自身と同じ事で悩んで欲しくは無かった。
だが、寿命と老化は避けられぬ運命であった。
幾らデュランダルが薬を改良した所で自分より僅かに時間が延びるだけだった。
……何よりもデュランダル自身がそれを認めていた。
クルーゼは気分を変える事にした。
テレビを消し、序でに溜まっていた郵便物等をチェックしていた。
クルーゼは交友関係そのものは広くとも、深い付き合いは無いに等しい。
クルーゼはその様な者達のどうでも良い郵便物を素早く処理していった。
一通はクルーゼの活躍を期待する励ましだった。……それは保管しておいた。
……クルーゼは彼が今のパトリックを見たらどう思うのか尋ねてみたくなった。
彼というのはザナドゥ代表・クシーと呼ばれる者だ。
彼は信じられない事にこれまであのパトリック相手に一方的に連絡を送り付けて来ていた。
クルーゼも初めて知った時は正気を疑った。
それに気が付けたのは偶々だった。明らかにパトリックの様子が可笑しい時が何度かあった。
ザナドゥのゲーム会社の公式アカウントがハゲなどと騒ぐ時に連動しているとクルーゼは悟った。
普通ならばこの二つを結び付ける事は不可能に等しい。知っていたとしても偶然だと思う。
勘の鋭いクルーゼはパトリックに優秀な軍人として目を掛けられていた。その為に気が付いていた。
ザラ派の者がザナドゥの関連会社で販売されたゲームを遣れば困惑か激怒する。
クルーゼはザラ派は激怒する割合が高いと思っている。クライン派は困惑の方が高そうだ。
クルーゼとしてはハマる者もいそうな気がしていた。
ザラ派のエザリア・ジュールが失脚する等して時間が有り余れば多分ハマるとクルーゼは考えている。
それ程深い関わりがある訳では無いので勘でしかない。ザラ派の最高評議会・評議員なので面識や会話くらいはあった。
エザリアの息子は優秀な様で偶にクルーゼに自慢してくるが非常にうっとおしい。
……稀になのが救いだが、触れない様に腫れ物の様にクルーゼはエザリアと接していた。
自分には家族すら持てないというのにエザリアときたら余りにもスラスラ自慢して来ていた。
……聞かされる身にもなって欲しい。自分でなくても嫌である事は間違いない。
最近聞いた話だとエザリアは息子が軍に志願しそうなのだがホモにならないかと溢していた。
そんな事知るかと言って遣りたかった。クルーゼはジュール家の息子に同情していた。
この母親は愛情は確かだが過干渉が過ぎた。反抗期間違い無しだとクルーゼですら分かる。
……クルーゼは狂っているとしか表現出来ないゲームにハマる人間が何となく分かる様になっていた。
エザリアと自分が同類だとは思いたくない。だが、沼にハマるのはああいう人間だと直感で分かってしまう。
だから何だという話ではある。彼のゲームは不謹慎を通り越している物が多い。
保有しているだけで監査の対象になりかねない。実際、クルーゼもそうだった。
クルーゼが直接ゲームを購入していた頃、クルーゼは監査からメンタルヘルスを勧められた。
ラクス・クラインの歌のデータ端末とゲームの過去作を纏め買いしたのが目立った様であった。
クルーゼはそれ以降、予約で購入していた。予約しないと発売禁止になる物も多いと知ったので丁度良かった。
……流石に個人のアカウントまで確認するのは余程の事が無いと監査もしない。
クルーゼもセキュリティには人一倍敏感なので気付かれる事は無い。
あの頃は少し若かったとクルーゼも反省していた。ナチュラルである身の上とバレれば最悪だった。
尚、監査は高名なラクス・クラインの歌と悪名高いクソゲーにドハマリするような軍人のメンタルを心配しただけであった。
個人の趣味の範疇であるがその二つを纏め買いするのは落差が激し過ぎた。
因みにクルーゼはラクスの歌が本心から好きだった。……だが、歌の様に世界は優しくはない。
クルーゼと同じ遺伝子である筈のレイは彼のゲームに関しては苦笑いをし、それ以降クルーゼが誘っても拒絶した。
あのゲーム達には遺伝子ではない何かがあった。クルーゼとしては興味深いが調べる時間など無い。
……遺伝子を超える何かがあるだろうが碌でも無い事は間違いない。
デュランダルは何時頃か分からないが彼のゲームを本能的に避ける様になっていた。
ゲーム機を側に近付けるだけでデュランダルは無意識に避けた。……クルーゼとしてはそれを指摘しようか悩んだ。最悪、忘れたトラウマを抉る事になる。
多分、デュランダルは自身のトラウマを抉るような作品をプレイしてしまったのだろうと思っている。
彼のゲームはトラウマになる様な題材も多かった。彼の会社はクソゲーのラインナップが充実し過ぎていた。
クルーゼとしては何処の誰があのゲームの開発に協力しているのか興味があった。
ザナドゥ芸術部門に問い合わせるとゲームの販促をして来る事しか分からなかった。
……大分思考が脱線したが、パトリックの事だった。
クルーゼは郵便物の確認が終わっていた。今度はパソコンの中身かと思ったら勲章の件で取材の申し込みが新しく投函されていた。
取材を拒否するにしても詳細を読んでから判断しようとクルーゼは考えた。
丁寧かつ素早くその中身を開いた。場合によっては軍での出世や覚えめでたい立場になる切っ掛けになり得た。……先程のファンレターは関係ない。
クルーゼはクシーがパトリックにコンタクトを取っているのを察していた。
シーゲル・クラインならば未だ理解出来る。娘のラクスもそうだが基本的には戦争しないで済むのならばと考えている様な男だ。
だからこそクルーゼはパトリック側に着いていた。パトリック・ザラはプラントの最右翼である。
パトリックはナチュラルを自分と同じ人間だとは考えていない様な男だった。
パトリックやシーゲルの様な第一世代のコーディネイターの両親はナチュラルである。
パトリックでも同胞の親達はプラントに迎え入れていた。
コーディネイターとして確固たるアイデンティティのある者でも肉親まで見捨てられる者は少数だった。
だが、パトリックはそれでもナチュラルはナチュラルとして距離を置くような人物であった。
そんな状態のパトリックにどの様に関わったのか気になるが、彼からはパトリックが無視出来ない様な有益な情報があったのだろうと考えている。
……でなければ、思わずパトリックがカツラ屋を睨み付ける様な内容の文章を送って来る相手など無視するに決まっている。
クルーゼは情報収集の為にゴシップ誌等も読んでいた。時間があればで優先順位は下位になるが目を通していた。
ゴシップ誌の碌な精査がされていない思い込みを含めて書かれた記事はある意味で最新の情報が記載されている。
そのゴシップ誌にはウィッグ専門店を睨み付けるパトリック・ザラとその髪の後退を示唆する内容が記載されていた。
クルーゼは知っているが残念ながらパトリックの髪は後退していなかった。
ゴシップ誌とは情報の真贋を見極めるのに適した教材だった。
クルーゼは様々な情報から類推して結論を導く事に長けていた。
だが、プラントの三流ゴシップ誌とザナドゥのゲーム公式アカウントが結び付いた時、クルーゼは流石に自身の頭脳を疑った。
因みにクルーゼが気が付いたのはパトリックと会話していた時だった。
……彼からハゲと罵倒されていたのだろうと気が付いた。
クルーゼは必死で笑いを耐えるしかなかった。彼は自分を殺す気かと思った。
「さて、ようやくか。取材などというが反戦活動団体だったとは……」
クルーゼは詐欺にあった気分で愚痴を溢した。先ずはパソコンのメールの確認に取り掛かろうとした。
一見、自身の出世の為に良さげな広報となりそうな取材だった。
だが、よくよく読むと反戦活動の広報に使うような記載が見受けられた。
……血のバレンタイン後に反戦広告として自身が使われた日にはパトリックに何を言われるか分かったものではなかった。即座に郵便物を処分していた。
「うん?彼からか。珍しい事もあるものだ。……『ゲームだけで遣ってろ』?まぁ、彼からすればそうだろうが」
クルーゼはザナドゥ代表・クシーのアカウントからメールが届いていたのを確認した。
非公式だが彼とクルーゼはこのアカウントで遣り取りをしていた。ゲームのアテレコ依頼まで遣った事がある。
クルーゼは何かある度に彼の無駄な行いを煽っていた。その度に彼は無駄なのかは未だ分からないと煽って来た。
「流石に限度があると思うが。未だ続けるのか。個人が抗った所で世界は……ちょっと待て」
クルーゼは彼の煽りを一蹴した。そして、その続きに気が付いた。
「『ガン細胞除去技術』、『テロメアへの一時的な干渉によるアンチエイジング』、『副作用として挙げられる課題』……」
クルーゼは思わず読み上げていた。内容は主に人体のガンに対する研究だった。
だが、其処に含まれている技術はクルーゼにとって衝撃的過ぎた。
……完全に自分宛としか思えない内容の羅列だった。
クルーゼが服薬している薬はテロメアを細胞分裂で無理矢理増殖させる事で延命を図る物だった。
副作用として主に極端な細胞分裂の増殖による細胞のコピーミスによるガン化、及び激しい苦痛があった。
彼の送り付けて来た研究データでは未だ理論上だが副作用である細胞のコピーミスによるガン化が予防出来た。
そして、使われている一部の技術は寿命を左右するテロメアへの新しいアプローチであった。
デュランダルが行う技術が増殖によるテロメアの『引き伸ばし』ならば彼のはテロメアの『麻痺』であった。
……副作用、課題の羅列を見るにこの技術をそのまま使う事は至難であった。
クルーゼは自分の運命に抗う為に医薬学を学習していた。
だからこそ専門職と言えるデュランダルに頼っていた。
ギルバート・デュランダルは遺伝子研究の分野において自分を超える天才だった。
「どういう事だ!?……私には間に合わんという事は分かるが……ええい、考えていても仕方が無い!」
クルーゼは彼以外の他のメール等を確認する事を放棄した。
……彼がどういうつもりなのかは分からないが、クシーから送られたデータをデュランダルの所に急いで持って行く事にした。
彼は国家規模のプロジェクト並の機密情報をよりにもよって自分にぶん投げて来た。
データを複製したクルーゼは最後に書かれた彼のメッセージを読んだ。……偶々である。
『私の苦労の一部でも味わえ』
彼はクルーゼに戦争で出来なくなったのでぶん投げて来た。クルーゼは即座に理解した。
偶々かどうかを考えるのは後にするとしてクルーゼはザナドゥ代表・クシーの状態が理解出来た。
彼はヤケクソだった。 ……クルーゼは彼のヤケクソでとんでもない物を投げて寄越された。
クルーゼは動揺して自分の薬が入った瓶を落として割ってしまった。