極めて善良かつ中立的な私から見た後に英雄とか言われる奴らに関して 作:kohet(旧名コヘヘ)
コズミック・イラ70年2月21日、プラントのアプリリウス市にある医療刑務所の特別室。
その一室には若い女性が昏睡状態でベッドに置かれていた。……彼女は拘束され監視がついていた。
彼女は血のバレンタイン、22万人以上が亡くなった中、9人の子どもを救った同胞のコーディネイターであった。
その為、プラント最高評議会議長シーゲル・クラインは適切な医療施設で監視だけにするべきと溢した。
国防委員長も兼ねているパトリック・ザラは地球連合のスパイ容疑があるとして現状の処置で納得させた。正直、強制的に覚醒させる事も出来なくもないが後遺症は確実に残った。
そして、出所不明なMAかもしれないボールに関して一切情報がなかった。
だが、彼女が子ども達を無理やり詰め込んで脱出に使われたボールはどう解析しても非武装の作業用でしかなかった。
……パトリックは例のクソガキの関係者かもしれないと思っている。同胞を美辞麗句で唆してスパイさせていたのなら話が早い。
平和だの追悼等のメッセージを送りつける癖にコーディネイターを殺す兵器を作っているガキだ。
なお、パトリックは地球連合のスパイと判断していれば脳に障害を負わせる処置を強行して無理やり目覚めさせて尋問していた。
無自覚に彼女の扱いを配慮していた。だが、パトリックは本心からザナドゥ代表・クシーを敵と認定しているので気が付かなかった。
シーゲルはあの出所不明なボールに関してザナドゥ代表・クシーから一切聞いていないので地球連合のスパイよりの判断をしていた。
クシーは作業用の非武装だからと善意で友人に送りつけそうな人間であると思っているので7割が地球連合のスパイ、3割がザナドゥ関係者と考えている。
だが、一方的に送りつけてくるクシーのメッセージにユニウスセブンの彼女に関する文言が無いので8割地球連合のスパイと思い始めていた。
したがって、パトリックの処置が適切かと妥協していた。
9人の子ども達の恩人ではあるが、スパイ活動をしていたと思われる事実は変わらないので公表できなかった。
ユニウスセブンは核ミサイルで全損し、市民がほぼ全滅していた。子ども達の証言もあまり宛にならなかった。
子ども達の証言を纏めると、地球で偉い人の元で働いていたという。これではほぼどういう素性なのかわからなかった。
プラントの住民登録では2年前に移り住んだコーディネイターである。
簡易な適性検査と自己申告書は農学と土木に才能があった。なので農業用コロニーであるユニウスセブンに送られた。彼女のデータには改ざんの形跡はない。……例外もあり得るので完全には信用できないが。
本当に偶々ユニウスセブンにいて作業用のボールを持っていただけ……というには作業用のボールの完成度が高すぎた。
MSジンがある以上は兵器として論外だが、適当に武装を乗せるだけで地球連合軍の保有するMAミストラルくらいにはなった。
……農学と土木が得意なだけの個人が保有するには怪しすぎた。
パトリック達もこういうチグハグな部分を警戒しているとシーゲルは察していた。
そんな中、シーゲル・クラインはクライン派のデュランダルから意識不明の彼女に適切な効果をもたらすと思われる新薬を開発したという報告を受けた。
彼女は子ども達を庇い、ユニウスセブンで放射線を浴びていた。
幸いにもプラントの治療で何とかなる範囲ではあったが、彼女が意識不明が続く原因ではあると診察されていた。
デュランダルから詳しい説明を聞くと彼の開発した新薬はガン細胞増殖を若干抑える物であった。
ガンの治療薬としては未完成も大概だが現状プラントにある放射線対策の別アプローチとして提出された。
『このまま持て余すのもどうかと思いまして……。私の手元にあるデータでは彼女の状態を回復させられるはずです』
デュランダルはクライン議長に治験してくれると丁度良いと提案してきた。
……デュランダル自身の研究にしては奥歯に物が挟まる言い方であった。
シーゲルは未だに意識不明の彼女を何とか出来ないかと医学系の研究者であるデュランダルにも相談していた。
シーゲルはデュランダルの研究分野にしては提出されたガン治療薬はあまり合わない気もしたが了承した。
ナチュラルと違って免疫機能が保証されているコーディネイターに微妙に病状を遅延させる薬はあまり需要がなかった。
だが、デュランダルが提案してきた物は改良前の試験段階だからこそ上手くいきそうであった。後遺症もなく目覚めさせることも可能だろう。
シーゲルとしては件の彼女の素性がどうであれユニウスセブンの9人の子ども達の恩人である。後遺症の残る強制的な覚醒はなるべく避けたかった。
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シーゲル・クライン最高評議会議長に恩を売れた。
クライン派のギルバート・デュランダルはシーゲルとの通信を終えた。
後はクルーゼから送られた新薬研究のデータに効果があるか確かめるだけである。
……恐らくはナチュラルだと思われる研究者がクルーゼに送ってきた研究データはかなりグレードは落ちるが薬として作れるようになっていた。
デュランダルの所見ではガン治療薬としてならば既存品の方が優れているが副作用は低そうではある。
……ただ、人体の自己再生能力を応用した軽度な物である。通常のコーディネイターに使用するならばこの程度は些事であった。偶々クライン議長からの問い合わせで確認に使える被検者が居たから丁度良かった。
未完成とはいえその研究成果を確認するにも一般的なコーディネイターだとプラシーボかわからない。……その差異の効果が確かめられる状態の患者がいる事は幸運だった。
完成したらナチュラルにもコーディネイターにも使える。
それ故に汎用性のある素晴らしい研究であるとデュランダルは評価していた。
同時にテロメアへの干渉によるアンチエイジング効果の部分は恐らく誰かの研究を流用した物だと察していた。
しかし、その第三者の研究もガン治療薬として利用できるから参考にした程度だと思われる。
安直にアンチエイジング効果で諸々の課題をショートカットするのではない汎用性と安定性を追求した研究であった。
……内容を読むだけで研究者の思考の一部がわかる。だが、一部でしかない。
「一応、手元にデータはあるが本当に効果があるのかは試さないといけないからね、ラウ」
デュランダルはちょうど良い発明がちょうど良い患者と巡り合ったと思っていた。
……運命なのかはわからないが、奇妙な人間の行為が別の奇妙な人間を助けていた。
デュランダルは今、戦場に赴いている友に完成した薬とその応用を見せられない事を残念に思った。
レイには間に合うか考えた。数年も経てばデュランダルの既存の薬と合わせて寿命を多少は延ばせるだろう。
……デュランダルとしてはこのガン治療薬の研究者が本腰を入れられる環境にあればその数年を半年もかからずに出来たと思っている。
デュランダルはしないが総当たりするアプローチによって研究は進められていた。
研究における最大の課題を人海戦術で解決する手法である。
莫大な資金と数多くの人で課題を解決する。この手法だと優秀な才能を持つ人々を集めずに済んだ。
送られてきた解決法ならば後はナチュラルの一般の医師でも大勢かき集めれば良かった。
……それが出来ないから現状は出してきた研究成果がこの程度なのだとデュランダルは察していた。
戦争がなければ友であるクルーゼが人生を再び考える時間くらいは作れたかもしれない。
デュランダルはこの人物が自分の考える人類を管理するデスティニープランを共有するに値するか確かめたかった。
研究のアプローチから推測できる人物像では、方向性を示して大量の人材で解決するのでデスティニープランに関してどう思うか判別がつきにくかった。
……誰でもできるようにするという発想はある意味デスティニープランの亜種であるが、同時に相容れない部分があるかもしれなかった。
共通の知り合いであるクルーゼが忙しいので無理ではあるが、デュランダルはこのガン治療薬の研究者と話してみたかった。
相手が世界をより良くしたいという思想なのは研究を熟読すれば伝わってきた。
デュランダルもプラントの研究者としてもデスティニープランを遂行する策謀家としても忙しい。……時間が取れないのが残念であった。
この戦争が一旦終われば話せるかもしれないと頭の片隅に入れておくことにした。