極めて善良かつ中立的な私から見た後に英雄とか言われる奴らに関して 作:kohet(旧名コヘヘ)
コズミック・イラ70年2月21日、ザフトは地球連合軍を叩く為に世界樹へ進軍していた。
ナスカ級高速戦闘艦とローラシア級MS搭載艦が主体の艦隊である。
それぞれMSジンが6機搭載可能かつその整備・補修も行うMS母艦となっている。
今のところ問題なく進軍出来ていた。地球連合軍のように慢心せず偵察や索敵も行われていた。
つい先ほど、偵察艦と思われるマルセイユⅢ世級輸送艦を撃沈したと報告があった。
偵察とはいえ民間に払い下げられた格落ち艦まで引っ張り出す地球連合軍の有り様にザフトは失笑していた。
「……敵を侮っているようだが、敵はそこまで使うという事。窮鼠猫を噛むという言葉もある」
クルーゼ隊隊長のクルーゼは緩みきったザフトの艦長達に警告した。
ナスカ級高速戦闘艦『ヴェサリウス』艦長であるアデスはクルーゼの横で聞いていた。
アデスはクルーゼが欲しかったクルーゼ隊を諌められる者であり、ローラシア級マルピーギの副官から艦長に推薦し引き抜いた。
「前回のようにはいかないと思って戦うべきだ」
クルーゼは一応は警告しておかなければならないと判断した。ザフトは気が緩んでいた。
ザフトが世界樹を破壊出来なければ戦争の出鼻が挫かれてしまう。……クルーゼは少し悩んだが戦争を続ける為にザフトに気を引き締めるように伝えていた。
だが、
『マルセイユⅢ世級だぞ?……民間船に偽装して輸送に使うならまだしも改装して戦う気だったのだ。あのような旧式艦を引っ張り出すという事はまだ再編成も間に合っていないのだろうよ』
同じくナスカ級の艦長であるロドリゲスはクルーゼの警告を一蹴した。
先ほど撃沈した偵察艦はマルセイユⅢ世級という型落ちも甚だしい艦であり、民間船の可能性もあった。
ロドリゲスは民間船を撃沈するのは不味いと判断し、最低限は確認していた。
貧弱な武装は仮にも艦船にも関わらず、確認の為に向かわせたMSジンを僅かに損傷させる程度であった。
『改装されていたマルセイユⅢ世級はミストラルより脅威度は上だがその程度だ。……勿論、俺も地球連合軍を警戒していないわけではない』
ロドリゲスは嘘偽りない事実を語った。……戦果を上げているクルーゼを貶めたいわけではないので少しフォローする事にした。
『アガメムノン級やネルソン級、ドレイク級……これらの火力は脅威だ。だが、それらを守るメビウスはウロウロしているだけの的。我らの艦とジンの火力で簡単に宇宙の藻屑となる!』
ロドリゲスは先の戦訓から得た事実を堂々と語りかけた。新参の士官アカデミー卒の兵士達に聞こえるように安心させるように言い聞かせていた。
……ロドリゲスはクルーゼの心配も最もだと思ったが、あのような状態の敵の為に新参の兵士達が余計な警戒をしないように配慮してやや大げさに語っていた。
『まぁ、確かに警戒はしないと駄目よ?窮鼠猫を噛むというのは言う通りだし。……ナチュラル風情がどうこうできるとも思わないけれど』
別のナスカ級の艦長であるミケーネは新参者を怯えさせない為にロドリゲスがオーバーに言っていると察して補足した。
艦長にしか知らされていないが今回のザフトでは一部とはいえNJも使用される。地球連合軍はこの戦いにおいて核ミサイルどころか核動力の戦艦も無力化される事になる。
……そういう意味では旧式艦のマルセイユⅢ世級等は旧式過ぎてバッテリー動力であり、無力化されないが元々が底なので問題ない。ロドリゲスが挙げた三種の戦艦もドレイク級等は電波誘導兵器類に頼る艦である。間違いなく大幅に弱体化する。……ドレイク級は小型の割には火力があるが電波誘導兵器に頼らず狙い撃ち出来るようなナチュラルがいるとは思えない。
「……」
クルーゼは沈黙した。この状況で口を挟むのは場を乱す。そして、二人の言も一理ある。
艦長のアデスは二人の楽観視に苦言を呈していたが、クルーゼ自身はこれ以上言わない。
ザフトが負ける要素はないが勘では新しい強敵が生まれたと囁いていた。
それでも世界樹攻防戦で負けるとまでは思えないので一先ずは良しとした。
今後の作戦について軽く打ち合わせを行いクルーゼは全体との通信を終えた。
……クルーゼはここで進言していたという事実で先見の明があったとザフトの記録に残すことは出来ていた。ならば後は自分の戦果を確保する方向に切り替えた。
今回の戦いも遊軍の方が脅威だとクルーゼの勘が囁いていた。今回は冷静にスコアを稼ぎたいクルーゼは勘に従い主力の最前線に行くことに決めていた。
主力が混戦する最前線は危ういが実は危うくないという矛盾をクルーゼの勘は告げていた。
どちらにせよネビュラ勲章の為のスコアを稼ぐならば主力に行く方が良かった。若い部下たちも前回の戦果から乗り気である。
アデスだけは反対していたが渋々了承し、自分の腕の見せ所だと艦長として張り切っていた。
クルーゼとしては常識的に進言できる者が一人は隊にいると安定するのでアデスが追加されて助かっていた。
……相変わらず中間管理職としてのクルーゼは極めて真っ当であった。
前回の戦闘を見るとマトモに戦えていたのは主力から外れた遊軍だった。ザフトはその活躍から今回はその遊軍は主力に回されるだろうと判断していた。
常識的に考えれば地球連合軍は前回の戦いで壊滅的被害を出していた。政治的な部分があろうとも他にいないのならばそうするのが当たり前だ。
しかし、優れた者の足を引っ張るのが人間の性だとクルーゼは良く知っていた。
……能力で優れたものを評価し配置出来るザフトは、地球で艱難辛苦の思いを経験した第一世代コーディネイター達だから出来ていた。
クルーゼが実際に見聞きした範囲になるが、第2世代以降の若者達は遺伝子の優劣で諦めるか足を引っ張るかという傾向にあった。
クルーゼは緒戦で活躍し表彰された兵士として士官アカデミーにも足を運んだが、クルーゼがいた頃と違い第2世代特有の傲慢さが見える子ども達は見ていて不愉快だった。
半年程前にザフトの士官アカデミーの仕打ちに耐えかねて機密の塊であるMSジンを強奪して脱走する輩までいた。
……クルーゼは2月21日、つまり今日、パトリックの息子アスランが士官アカデミーに入るという話を聞いていた。
クルーゼはそのアスランを良く知らないが士官アカデミーの環境に染められないかと思って多少気にしている。
クルーゼはあの父親に歯向かい追悼の言葉だけでも送ったアスランに少し感心していた。
……どうでも良い事だが、今の士官アカデミーはレイの教育にも悪そうな気がした。
遺伝子の優良さで恋人を選ぶという不快な言動が散見した。
まだレイは士官学校の適齢期ではないが、自分と同じ軍人になるならばあのような糞女に囲まれないか不安である。
クルーゼから見て親世代はプラントで育った子ども達を過大評価していた。
世界樹攻防戦でザフト内にいる第一世代のマトモな軍人が軒並み戦死すればこれまで少なかった摩擦も多数出てくるだろうと思われた。
先程のロドリゲス達もそうだが、個人的な好悪や価値観はあっても現在のザフトの大半は真っ当な職業軍人で構成されている。それ故、多少の意見の食い違いがあったとしても方針が決定して以降はそれを表に出さない程度には割り切れていた。……それをコーディネイターの優秀さと勘違いしている節があった。
世界樹攻防戦の結果によってザフトの在り方も変わってくる。……自分達も気が付かないうちに。
……クルーゼはここまで考えて、現段階でコーディネイターの捕虜達を勝手に確保・収容・保護しそうな人間が一人だけいる事に気がついた。
世界が糞だと考えているクルーゼもここに至ってようやく兵器産業を嫌悪しそうな彼がそこに参加している違和感、その本当の狙いに気がついた。
その人間とは当然、ザナドゥ代表・クシーである。……また君かとクルーゼは思った。
彼は最初からこれが狙いで軍事産業に進出したのだと察した。まともな思考が出来る人間を安全に確保する方法が一つあった。……捕虜である。
現段階では最低限の取り決めしかないのでナチュラルの大量殺戮やその逆のコーディネイターの大量殺戮もあるだろう。
だからこそ、そのうち彼はザフトと地球連合軍の間で捕虜交換を出来るように整えてくる。
最低でも捕虜への扱いを保証させる。破る者はいるだろうが、彼の目の届く範囲では守らせる。
彼はその為に宗教家でも慈善家でもクライン派でも何でも使う。
地球連合にすらプラントのコネがあれば使ってくれと懇願させるように思考を誘導するだろう。
……これから発生する世界樹攻防戦の後に。クルーゼは彼がここまでする人間だと良く知っていた。
勘によるところが多いがザナドゥ代表がこういう考えで動いているとすればその不合理な行動に説明がついた。
世界を憎悪するクルーゼは言えば世界を良くしたがっているザナドゥ代表の得にしかならない推測を黙る事にした。……そもそもザラ派の軍人である自分が言っても無駄に混乱させる。クルーゼにはどうにもならないので黙るのが最適解である。
だが、どう見積もっても世界に溢れる憎悪の流れをほんの少し遅くするだけだ。
彼はどうやっても全体の流れを変えられないとクルーゼは無駄な足掻きを嘲笑った。
……クルーゼは自身の内心と外面が一致していないことに気が付けない。鏡があれば不愉快な事実に顔をしかめただろう。
クルーゼの嘲る表情が浮かぶはずの顔は少しだけ安堵したようになっていた。