極めて善良かつ中立的な私から見た後に英雄とか言われる奴らに関して 作:kohet(旧名コヘヘ)
コズミック・イラ70年4月1日、ニュートロン・ジャマー散布作戦『オペレーション・ウロボロス』の前哨戦が始まっていた。
地球連合軍側の戦力は第5、第6、第7、第8艦隊及び月面基地からの援軍という大軍である。
地球を守るという確固たる意思が彼らにはあった。
「嫌な感覚がする。……ラウ・ル・クルーゼか!」
第七機動艦隊ムウ・ラ・フラガ中尉は血のバレンタイン以来の妙な感覚に警戒した。
フラガ中尉も直感的に相手がわかるようになっていた。だが、クルーゼとは違い妙な感覚以外はその際の交戦と自分の母艦を落とされた程度の因縁しかない。戦争中の事としてこちらも割り切れていた。
「フラガ中尉!こちらは防衛戦。……想い人が香水の香りをバラ撒いていてもまだ誘いに乗ってくれないでくださいよ?」
第七機道艦隊の同僚フランク・R・トンプソン中尉がフラガ中尉の様子を気にかけ声をかけた。
トンプソン中尉は特殊兵装ガンバレルを持つメビウス・ゼロを扱える極一握りのエースオブエースという誇りがある。
「わぁってるよフランク!……香水ね。暫く嗅いでいないな」
フラガ中尉はトンプソン中尉の言葉もあり、地球連合軍の撹乱に勤しむクルーゼを深追いする事はしなかった。
何だかんだでお姉さんの集まる店に最近行けていないと嘆いた。
フラガ中尉は口だけは達者な初なトンプソン中尉を誘ってやろうと戦後の楽しみにした。
「『フランクをお姉さんの店に連れて行ってやろうぜ』っと。……おお、皆乗り気だな」
フラガ中尉は小生意気な事を言う年下のトンプソン中尉に関して仲間内に暗号を送った。
皆がフラガ中尉の提案に乗った。……トンプソン中尉は実は童貞だというのは部隊の共通認識だった。
紳士的なトンプソン中尉に好意を抱く女性士官すら知っていた。
トンプソン中尉は童貞だとバレたくなく、気障な言葉で誤魔化している。
隠しているのを部隊の仲間は知っている。だが、見ていて面白いのでフラガ中尉達は黙っていた。
皆、この戦いで死ねない理由が出来たなとフラガ中尉は死亡フラグを建てた。
……だが、フラガ中尉は死なない。不可能を可能にする男であった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
第七機道艦隊所属のムウ・ラ・フラガ中尉は本来の歴史よりも仲間達に恵まれていた。
例えばトンプソン中尉、彼は本来の歴史ではその才能を秘めたまま戦死していた。
トンプソン中尉は南アフリカ統一機構の出身であり、その影響でミストラル乗りのまま運命を終えていた。
ザナドゥが存在しない世界で地球連合軍の主力がメビウスとなるのは6月頃、メビウス・ゼロの適正検査を受ける前に戦死していた。
トンプソン中尉は第5艦隊に所属するメビウスのパイロットとして卓越した腕前を発揮し、メビウス・ゼロの適性検査を受ける機会に恵まれていた。
……それはザナドゥが起こした小さな変化であった。
人材不足の宇宙軍は多数生き残った才能ある尉官を育成したい思惑もあり、トンプソンも少尉から中尉となった軍政改革の波にも乗れていた。
そんな地球連合軍の変化は練度に反映されていた。南アフリカ統一機構もトンプソン中尉がこの戦いで生き残れば教官として迎えようと考えていた。
他方、ザフトの戦力は本来の歴史と然程変わらなかった。……MSジンがそれだけ画期的な発明だった事が挙げられる。
しかし、メビウス等の兵器が既に主力となっていた影響や世界樹攻防戦の苦戦と第1次ビクトリア攻防戦の敗北を経験しているザフト側はナチュラルだからと侮る者は少ない。
戦力は変わらずとも戦いの姿勢は雲泥の差があり、地球連合軍を苦しめていた。
そして、プラントは地球連合軍と比べて人材の育成が簡単であった。
優秀な人材の短期育成が本来ならば地球連合軍を苦しめるのだが、こちらでは悪い方向の弊害が既に目立っていた。
ザフトの新人はプラントという閉鎖空間と士官アカデミーを卒業したという中途半端なエリート意識により偏見に満ちて行動していた。
特に初陣から暫くの士官アカデミー卒業生はナチュラルを下等種族と舐めてかかり、隙を付かれて撃墜されていた。
最悪だったのが、若い兵士をカバーできる状況でなかった地球連合軍のエリートで構成された大艦隊との死闘となった世界樹攻防戦である。突出したザフトの若い兵士達の多くが戦死した。
……初陣後は現実を知り大体改善するのだが、初陣で死にに行くような行動が士官アカデミー卒業生には散見された。
士官アカデミー卒業生はどうにもコーディネイターの優生思想から来る慢心が何を言っても抜けなかった。
戦場で死にかけてもナチュラルを見下し舐めてかかる者も多くいた。だが、それは優秀な人材が戦場で育っていた証であるので一概に否定しきれなかった。……そうなれない大多数にとっては不味かった。
生き残った者は一騎当千の戦士になり得るが、軍隊としては質が低下している事を懸念する声が古参兵達から上がっていた。
……ザフトは表立って認めていないが問題視はしていた。兵士である事を強調したい古参と戦士として活躍する新参の意識の差は大きくなりつつあった。
見栄えは後者の方が良い上にザフトのコーディネイター優生思想的にも戦士として活躍する方が合致していた。
だが、ザフトもプラントもその過程で同胞であるコーディネイター達の屍が積み上がるのを容認するわけにもいかなかった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ザフトの士官アカデミー側も新兵の損耗率の高さという状況を危惧していた。当然ながら危機感は伝わっており、世界樹攻防戦前から既に教育改革を行っていた。
しかし、戦術や対応等の教育内容はともかく肝心な思想面では殆ど進んでいなかった。
第一線から退いた軍人が教官としているだけではいけないとクルーゼ等の前線で戦う兵士達の生の声をなるべく聞かせていた。
ザフトの兵士達はナチュラルだと侮るなと警告する者も多い。
だが、若いコーディネイター達は自分より才能があるコーディネイター達は認めても自分は最低でもナチュラルよりは遥かに格上だと舐めてかかるのを改めなかった。
ザラ派の語る優生思想の表面しか齧らない若者は万能感で戦争に望んでいた。
ザラ派もコーディネイターがナチュラルの進化した上位種と主張するが決して舐めて良い等とは言っていない。
ザラ派は寧ろ警告する側だった。野蛮なナチュラルはコーディネイターより劣るが、仕出かす愚行を警戒しろと主張していた。
アスランは肝心な警告部分を聞かずに中途半端にザラ派に被れた士官アカデミーの生徒たちが自分を尊敬する目で見てくるので多少苛ついていた。
それでもニコル等は両親がクライン派なのにザラ派の考えを中途半端に被れた者達よりも理解し、実戦していた。
『根本的に人間なんだから歴史から学べよ。……馬鹿なの?死ぬの?』
アスランの脳内でクソゲー量産して送りつけてくる奴がザフトの士官アカデミーの感想を述べていた。
……奴はコペルニクスの幼年学校で歴史から学んで過信するなと語ってクラスメイトから尊敬を集めていた。
コーディネイターのクラスで、ナチュラルが、である。アスランはああいうのは苦手だった。
地球で後にエイプリル・フール・クライシスと呼ばれる事件の最中もアスランは訓練を受けていた。今日は近接格闘の授業である。アスランは教官側に混じっていた。
成績不良の生徒コリンを見てやって欲しいとアスランは教官から依頼されていた。……教官としては苦肉の策であった。近接格闘で教える事はないが、他者へ教える事で学んで欲しかった。
……酷いことを言えば教官から見ても才能がない生徒なのでアスランが失敗しても最悪どうにかなった。
教官は努力は認めていた。それ故にアスランが他者への教育に失敗したとしても、心を折られたとしても、コーディネイターの才能を活かして他の道を探し始めるのもありだと考えていた。
「……っコリン!済まない。少し力を入れすぎたか」
アスランはつい考え事をしていた。コリンにナイフで斬りつけた形になっていた。
刃は潰してあるが、下手したら大怪我であった。コリンはギリギリで深手を負う前に躱していた。
「……痛っ!」
コリンは痛みで転げ回った。だが、もう一度立ち上がった。
これが他の士官アカデミー生ならばアスランに敵うわけがないと諦めていた。
「無理はするな。医務室に行くべきだ」
アスランはコリンの構える姿を見てそう言った。しかし、アスランは言葉に反して自然と構えていた。……アスランの体は勝手に戦士として反応していた。
「そうやって無意識に構える。自然と俺の出来ない事をやってのける。……少しでも真似したいんだよ」
コリンはアスランの才能に嫉妬しながらも溢した。……天性の才能の動きを少しでも模倣できればとコリンは痛みに耐えながらも観察した。
自分より才能のある怠け者は医務室で予期せぬ休息に喜ぶだろう。だが、コリンはアスランというプラント史上最強と評される近接格闘を体験出来るならそちらを優先した。
……考え事をしていただろうアスランに襲いかかっておいてやられたままなのもムカついた。
「そうか。……そうか」
アスランはコリンの言葉を噛み締め、受けて立つ事にした。
……コペルニクスの頃を思い出した。アイツは最初は弱かった。最終的にはアスランと互角にまでなっていたが。
年齢差があるとはいえ最初期のアイツよりも強いコーディネイターの先輩は一人だけいた。生身の戦闘を軽視し才能を無為にしたその先輩はMS戦闘で戦死していた。戦闘の詳細はわからないが、獲物を囮にする術や肉薄する術や回避術はMS戦でも役に立つはずである。生身のナイフ術を鍛えていれば戦死しなかったとアスランは思っている。
「……シッ!」
コリンはアスランのフェイントに引っかかって隙だと思って攻め込んできた。
アスランはアスランなのでどんなに感動していようが絶対手を抜かなかった。どんな勝負でも負けたくないし、勝つことを第一に考えていた。
……最強はアスラン・ザラという評価はこうした皮肉もあった。負傷しながらもガッツを見せたコリンへの容赦のなさにディアッカは流石に引いた。ディアッカはコリンの事を才能の無い奴と見下していたがアスランに痛めつけられて立ち上がるのには素直に感心した。
「ナイフを見せて使う場合は、囮にしろ。……コリンはナイフに意識を向け過ぎだ」
アスランはコリンを容赦なくブチのめして感想を述べた。
……ナイフは凶器であるが、それ故に視線を誘導できる。
持ち替えた瞬間隙だと思って攻撃するのは良かった。だが、アスランはナイフを持ち替えなかった。カウンターでコリンを叩きつけた。
「お前は先走り過ぎだ。……下手に怯むよりはマシなんだが。何と言えば良いか」
アスランはコリンが流石に立ち上がれないのを悟ってそのままの態勢で聞かせていた。
アスランも近接格闘を教えるのは慣れていないので悩んだ。普通はアスランの一撃を食らったら怯んで攻撃出来ない。……それを攻撃してくる度胸は評価していた。
なお、ザナドゥ代表ならばそれをそのまま伝えろと幼馴染に指摘する。……間違いなくそのガッツこそコリンの才能だった。
「……糞!立てねぇ!アスラン、医務室だ!」
コリンは凄く情けない事を叫んだ。本気で容赦ないアスランの所業にコリンは不貞腐れた。
……次からは最後まで見てから攻撃しようと反省はした。コリンはアスランという理不尽の塊から自分の猪突猛進さを見直す事にした。
攻めようとするのが丸わかりだったコリンが理不尽を経験し、多少は考えるだけで兵士として改善したのは言うまでもない。
この結果からナイフの教官はアスランの行う理不尽教室は場合によっては使えると確信した。
アスランによる空気の読めない圧倒的理不尽な暴力を味あわせる事で多少は卒業時の驕りは減るかもしれなかった。
その後、アスランの理不尽教室は同期や後輩達にある程度の効果を発揮することになった。
驕るコーディネイター達にとって圧倒的理不尽の体験は衝撃だった。
それでもアスランはコーディネイターだからだとして考え、ナチュラルを侮る傾向は無くなることはなかった。
しかし、そうであってもアスランの同期や理不尽を体験した後輩は初陣でも抑制が効くようになった。
……問題があるとすれば、アスランのような理不尽な暴力の化身は替えがいなかった。アスラン卒業後の思想面の改善や育成に関して教官達は悩む事になった。
圧倒的暴力が解決するとわかったところで、その替えを用意できたらザフトはそもそも苦労しなかった。