極めて善良かつ中立的な私から見た後に英雄とか言われる奴らに関して 作:kohet(旧名コヘヘ)
コズミック・イラ70年4月13日、ザナドゥ代表・クシーは仕事をしながらランニングマシンで運動していた。
「1時間で60キロか……。随分と体が鈍っているな」
クシーは定時報告や報連相をこなしていたことを加味しつつも思わず溢した。
室内のランニングマシンでこの記録はクシー的に不味かった。
息切れしない程度の軽い運動ではあるが、ザナドゥ本部での引きこもり生活は人をここまで堕落させるのかと衝撃を受けていた。
『いや、オリンピックの百メートル走の世界記録の速さですからね?』
南アメリカ合衆国のヴィクトリアが通信越しでツッコんだ。
……遺伝子操作された上澄みのコーディネイターならば同じ速度で走れる者もいるだろう。
だが、その速度を維持したまま一時間息切れしないで走れる存在を少なくともヴィクトリアは知らない。
「オリンピックがなくなって久しいこの時代、昔と比べて走る技術も向上しているはずだから当てにならない記録だ。まして私は成長期。停滞する事は基本的に無いはずだ」
クシーは休憩ついでに雑談する事にした。五分後にユーラシア連邦の無茶振り大統領から連絡の予定があるが大した話ではない。
なお、コズミック・イラではコーディネイターが台頭してきてからオリンピックが開催されなくなった。平和の祭典と言いつつも、上位に入賞するのがコーディネイターばかりで誰も見向きをしなくなった結果でもある。再開する目処は立っていない。
「オリンピックといえば、ナチュラルでも努力すれば頂点に立てる証明でもあった。……努力を捨てた末期のオリンピックは正直に言えば見るに耐えないものだった」
クシーは過去のオリンピックを見た感想を溢した。
クシーはアスリート達の技術を自己流に改造していた。コペルニクスに居た頃はアスランに挑んだのを思い出す。過去のオリンピックの金メダルリスト達はクシーにとって心の師である。
末期のオリンピックはコーディネイターとマトモに競争するのが馬鹿らしいという風潮が蔓延り、アスリート達が競い合い研鑽される事が無くなった。……過去の記憶を塗り替えるような事も起きない停滞であった。
『私の生まれた頃にはまだあったみたいですけどあまり記憶にないですね』
ヴィクトリアはクシーもスポーツとか見るのかと心の中でメモしつつ応えた。
21歳の彼女はハーフコーディネイターとして生まれて良い記憶がほぼ無い。
ギリギリマシと言える3歳くらいまでオリンピックが開催されていた。
既に黄道同盟は結成されていたが、ヴィクトリアの両親が殺されるまではいかなかった。
オリンピックが終焉した翌年、両親は惨殺された。14歳でザナドゥに加入するまで碌でもない記憶しかない。
「……何か明るい話はないか。停止した潜水艦を見つけて遺体を引き渡したとか、何処其処が復旧したとかの報告を受けるがそういうのではない話が欲しい。大体悪い状況を何とかする話なので気が滅入る。3分以内に話してくれ」
クシーはヴィクトリアに無茶振りをした。
ザナドゥではNJによる核動力停止によって停止した潜水艦の探索等をしていた。
事前に各地で活動する原子力潜水艦の位置情報を提供してきたユーラシア連邦の大半は救助出来た。他国は軍事機密として位置情報を渡すのを拒否した。ユーラシア連邦以外の潜水艦もザナドゥで救助活動したがとにかく大変だった。その際、ザナドゥの水中用MSゴッグも投入した。
『3分!?ええと、MS試作機ガンタンクは土木工事で重宝しています。後、林業とかの作業に便利なんで使っています。もうコレ、普通に重機として作った方が良いのでは?』
ヴィクトリアはMSガンタンクについて感想を述べた。ガンタンクはジンの足をキャタピラにして上半身だけ取り付けた適当な機体である。今は流石にジンから変えているが、装甲を厚くしたMSと戦車の間の子である。OSの神経接続を上半身のみにして負担を減らし、キャタピラは手動で操作する。
コーディネイター用のOSは歩行するだけでかなりの才能と努力がいる。ガンタンクは下半身を無くせばナチュラルでも使えるかという実験機であった。
「重機か。細かい事のできる重機と思えば悪くないかもしれない。……MSと言えるか怪しいし」
クシーはヴィクトリアがまだ報告書を作成していないと察したが聞けて良かったと少し明るい気分転換をした。
複雑なMSのOSも動作を一部だけに絞れば使えるナチュラルはそれなりにいた。上半身に慣れれば下半身も訓練すればやがて既存のOSのままMSを動かせるか等と考えていた。
……コーディネイター用OSでも訓練すれば動かせる可能性が見えたので上半身だけのガンタンクをヴィクトリアに送っていた。ヴィクトリアが接触する南アメリカ合衆国に潜伏するクライン派に渡すのも判断に任せていた。彼らもまた大変なはずだった。
『戦車乗りが訓練すればナチュラルでもガンタンクは割とすぐ扱えます。……正直、陸戦用兵器としてはリニアガン・タンクより柔軟性がある程度ですし、総合力でMSジンに劣ります』
ヴィクトリアは纏めてから報告するつもりだったが直接話せるのならばとガンタンクの話にした。クライン派に渡すのは躊躇われたが、重機として使って支援していた。
防衛用の固定砲台としても良さそうだった。ガンタンクが隠れるカモフラージュは自分で出来る点も良い。兵器としての運用に関しては後で報告するが、兵器ではない活用法がある方がクシー的には喜ばしいはずである。
『重機として運用するならばかなり良いと思います。ナチュラルのMSとしては不足しますが、重機として使う分には全く問題ありません』
ヴィクトリアはクシーに断言した。治安維持でテロリストを鎮圧するのにも使えた。
その後、テロリストを再雇用した際にガンタンクから武装を取り外し、重機として使わせていた。
『私が再雇用したテロリス……現地の方達も訓練して使いこなしています』
ヴィクトリアはクシーにこの際だからと報告した。
ザナドゥへテロに走るような者達でも訓練すればガンタンクを重機として使いこなしていた。
元の素行が悪くても褒めれば更生するものだとヴィクトリアはマッケンジー元大西洋連合陸軍少佐に語っていた。ザナドゥに亡命したマッケンジー元少佐はアレはアイドルに声をかけられたファンに近いと思った。ザナドゥは派閥ではなく推し活が流行っているのかとマッケンジー元少佐は思っていた。彼はカナード親衛隊も把握していた。
『MSの訓練機として扱うよりも、兵装を外して重機として売った方が個人的には良いと思います』
ヴィクトリアはクシーに提案した。審査会の特権でヴィクトリアは試行錯誤していた。ヴィクトリア的にはガンタンクは兵器というより重機として優れていた。
ヴィクトリアはリニアガン・タンクとガンタンクどちらで戦えと言われればガンタンクを選ぶ。ガンタンクは火力が高く遠距離から砲撃でき、自分自身でカモフラージュも出来る優れものだった。だが、兵装を外して量産すれば普通に重機として売れる気がしていた。
「……良い話を聞けた。ありがとう」
クシーはヴィクトリアが気を使って話を纏めたと察した。その事を含めて感謝の言葉を述べた。
なお、ヴィクトリアは重機として良いなどと話をしているが、ガンタンクを兵器として見た場合のガチな運用を提出してくるとクシーは経験的に知っていた。ガンタンクは備え付けのキャノン砲だけでなく、上半身の手があった。MSジンの兵装である機銃等も使えるのだからそうした運用は確実に考えている。
それはそれとして大分雑談で気分が良くなっていた。兵器として扱われるよりは平和的な運用が望ましかった。
「……もしこの戦争を停戦出来たとしたら、多分MSの量産に規制が入ると思うんだ。ザフトか地球連合かわからないが、ガンタンクを重機だって言ってMSの保有数を増やすためにこの派生機を量産しないか?」
クシーは余計な事を言った。最近、ヴィクトリアは大分不味いので好感度を下げなければならない。クシーは危うくこのまま良い感じになるところだったと反省した。最後の最後で台無しにする事を忘れるところだった。
『ふふふ……そうですね』
ヴィクトリアはクシーの戯言を軽くあしらった。上司とは言え年下の男の子である。
多少は変な事も言うとヴィクトリアは『理解』していた。
クシーはヴィクトリアに流された事に悔しさを覚えた。その後、適当に話を終えたクシーは自国の大統領と会話する事に切り替えた。
なお、それを傍目から見ていたベラはどうしてヴィクトリアが変化したのか察していた。
「……やはり呼び戻せないでしょうかね」
ベラは主に聞こえないように愚痴を溢した。
ヴィクトリアは主への好感度がカンストしているのでもうほぼ効果が無い。所謂、アバタもエクボという奴である。
主は人からあからさまに好感を持たれる経験が少ない。故にこの状態の雌……女性には免疫が薄いはずであった。
ベラはヴィクトリアが居ないことを惜しいと思いつつ、ランニングマシンを片付けていた。
時速60キロで一時間走って衰えを心配する主はバグっているなとベラは思った。
主の飲み残しのスポーツドリンクをベラは回収した。……魔が差したがバレなきゃセーフと開き直った。