紅玉戦記 作:柱間ァ!!
「――――さて、もしも君が何か力を得るのならいったいどんなものが良い?」
「…………は?」
目の前で胡坐をかいた格好で逆さまに浮かびながら問うてくる金髪の男に、少年の眉が上がった。
見渡す限り何も存在しない漆黒の空間。立っているのか、横になっているのかも分からないそんな場所で、存在するのは少年と金髪のトーガを纏った何者かのみ。
「おいおいおいおい、察しが悪いなァ。ちょっとしたアンケートだよ。ボクにとっては、国営テレビの政見インタビューみたいなもんさ」
「…………」
「あ、ここは一体どこなんだー、みたいな質問は受け付けて無いから。面白くないし、別にここがどこだろうが何だろうが、君には関係ないからさぁ」
何だコイツ、と少年は思った。
見た目は自身とそれ程歳が変わらないであろう様相。しかし、その口から出る言葉は老獪さすら感じさせる深みがある。
一方で、言われた事を考えてもみた。そこでふと、脳裏を過るのはとある漫画の能力。
「…………万華鏡写輪眼、とか?」
「おっ、通な所を選んだねぇ」
ケラケラと、何が楽しいのか男は笑った。
「それじゃあ、それにしよう。何なら、永遠仕様で。失明するからって使い渋られても面白くないからねぇ」
「はあ……」
「あ、宿らせる瞳術はランダムにしておくからねん」
そう言うと、少年が動く間もなくその額が男によって小突かれた。
瞬間、燃える様な熱さをその両目に少年は覚える。
「あっづぅ…………!?」
「はい、これで完了ね」
両目を抑えて蹲った少年を見降ろして、男は嗤う。
「それじゃあ、バイバイ。好きに生きて、僕を楽しませてねぇ」
そう言われた瞬間、少年の足元はまるで唐突に足場が抜けたように落下し始める。
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「…………虫?」
時は、月光輝く夜の帳。子供が出歩くには、少々そぐわない時間。
深く被ったフードの下、伸ばされて簾の様になった前髪の隙間からは薄ぼんやりと真紅に輝く
永遠の万華鏡写輪眼。それは、一定の条件を熟した結果発現する代物。
佐介は、この条件を意味の分からない存在によってクリアして得たのだが、その副産物として万華鏡写輪眼の一つ前の状態。通常の写輪眼を獲得していた。
その写輪眼は、チャクラを色で見分けることができる。そこに込められたチャクラ量や、属性などの話だ。
その眼が捉えたのは、不自然なまでにチャクラ?を有した虫。よくよく見て見れば、既存の昆虫体系にそぐわない様な奇妙な風体をしている。
今世、七歳。前世含めれば、二十代半ばの精神性を有する彼は今世において中途半端な虚無感のようなモノを抱いていた。
前世の記憶といえば、万華鏡写輪眼関連の某忍者漫画のある程度位。その他の知識はほぼほぼ抜け落ちており、強いて挙げても記憶の残滓による日常のデジャヴ感位か。
何より、彼は大々的に力を行使する事は出来ない。日常生活を送るという点においては、写輪眼ですら必要性皆無。その写輪眼に関しても、暗闇でも光るという特性上人前ではおいそれと出せない。
だからこそ、フードを目深に被り、前髪を伸ばしているのだが。
興味が惹かれ、佐介は自然な動作で虫の後を追った。
幸い、虫のチャクラは覚えている。というか、掌に収まりそうな大きさで人の頭ほどもあるチャクラを内包していれば印象に残らない方がおかしい。
虫を追って、佐介が踏み込んだのは彼の住む市の西側に該当する地区。古くからの邸宅など大きな屋敷が多く、静謐さを常に湛えた静かな場所だ。
自然と、人通りも少なくなるが佐介の足は止まらない。
やがて辿り着いたのは、巨大な屋敷。
周りを見渡しても、一際大きく。同時に、異様に暗さが目立つ。
「……」
自然と、佐介の両目は写輪眼へと変化していた。彼の第六感が目の前の屋敷は、何かがおかしいと。
果たして、玄関が開かれる。
「――――何か我が家に用かのう、坊や」
「!」
人ではない。いや、側は人ではあるがその中身が完全に人ならざる存在なのだ。
「…………一つ聞きたい」
「何かな?」
「お前は、
「…………クカッ、カカカカッ!成程成程、その眼か。魔眼、ともちと違う……が、少しバラしてみるとしよう」
「やっぱり、化物の類か……!」
その場を飛び下がりながら、佐介は一度瞬きを挟んだ。
瞬間、写輪眼は更なる変化を見せる。
二つの稲妻が×印に交差し、更にその交差部に十字が重ねられた特殊な紋様。
万華鏡写輪眼だ。得体のしれない相手に、出し惜しみをするほど檜扇佐介は相手を嘗めたりしない。寧ろ、叩き潰すのなら折れるまで徹底する。
万華鏡写輪眼には、左右の目それぞれに特殊な
「
右手を刀印にして、発動するのは佐介の右目に宿った瞳術。
瞬間、彼の足元の影で何かが蠢いた。
ずるり、と這い出して来るのは、巨大な一匹の蛇。額に漆黒の刀身のような角を持った体長10メートルはありそうな大蛇だった。
「行け」
佐介の指示に反応して、大蛇はその巨体に見合わない超スピードをもって敵対者へと牙を剥く。
「むっ」
高速の漆黒の牙が、老人の皮を被った妖怪を襲う。
その上半身が一瞬で喰らわれ、残りの身体は崩れ落ちる。
夜刀神は、術者である佐介の影を媒介とした特殊な口寄せの術だ。
口寄せ動物としての側面を持つ一方で、明確な自意識というものは存在せず、佐介の命令で自由自在に動く。自動的に動くのは、術者である佐介自身に危機が訪れる場合など限られた場面のみ。
妖怪を喰らった大蛇は佐介の元へと戻ると、その足元で蜷局を巻き、主の右肩の辺りに鎌首を擡げ真っ赤な舌をチロチロと這わせる。
その黒い鱗の横顔を撫でながら、佐介はジッと崩れ落ちた妖怪の下半身を観察していた。
「……下手な芝居をしなくても良いんじゃないか?」
「――――カカカ……少し驚いたが、この程度ではワシを殺す事など出来んぞ」
声が反響する。ざわざわと、周囲に何かが這っている気配がする。
同時に、何処からともなく大量の蟲が集まり妖怪、間桐臓硯はその見た目を再構築してみせた。
「虫、か」
「然様。その使い魔も驚いたが……ふんっ、その程度ではワシを捉えきれると――――ッ!?」
瞬間、臓硯の身体を
「天照」
かの日本神話における主神の名を冠した瞳術。
その効力は、視界発火。佐介の場合は、その左目に宿した力だった。
発生する黒炎は、如何なる外的手段でも消す事は出来ず、炎すらも一方的に焼き尽してしまう圧倒的な熱量を誇った。
間桐臓硯は妖怪だ。だが、その体を構成する数多の蟲の弱点は炎。そして、今まさにその体を包んだ。
「がぁああああああああ!?な、何じゃ、この炎は……!?」
「お前の底は知れた。要は、本体を探せば良い訳だ。もう人の姿はしてないんだろう?なら、力の強い虫を全部焼き尽せば良い」
もう聞こえてないか、と周囲の蟲の群れを黒い炎で焼き尽して、佐介は屋敷へと足を向ける。
家宅侵入罪だとか、そんな事は気にしない。既に、佐介にとってこの屋敷は妖怪の温床でしかないのだから。
時折襲い掛かってくる虫を夜刀神に喰わせ、自身の手刀にチャクラを纏わせて強化し振り払いながら佐介は目の導くがままに奥へ奥へと進んでいく。
そして、気になったのはこの屋敷の下部。
「これは……地下、か?夜刀神」
佐介の指示と同時に、丸太の様に太い漆黒の尾が床へと振り下ろされていた。
当然、粉砕される床。ついでにその周囲の壁など諸々がぶっ壊されるが、佐介は気にした様子もなく開いた大穴へと飛び降りていく。
そこは、
「…………チッ」
うぞうぞと蟲の蠢く蔵のような場所だった。
そして、その虫の中に集られる自身と同じ位の年頃であろう少女が嬲られている姿がそこにはあった。
暗がりの中で、薄ぼんやりとした真紅が閃く。
佐介が抱いたのは怒り、を通り越した殺意とも言うべきどす黒い感情だった。
左目より、血涙が流れ落ちる。
天照。黒い炎を操るその眼の力は、鍛錬によって洗練されていた。
目に映る全てを焼き尽すのではなく、視界に映った対象を選択しミリ単位での焼却を可能とするのだ。
瞬く間に黒い炎に呑まれていく蟲の群れ。その中に、一際大きな存在感を放つ蟲も居たのだが、余さず焼き尽されていった。
同時に、倒れ込む虚ろな目の少女を受け止める。
酷い有様。眼を凝らせば、少女の内にも蟲が確認できる。
細心の注意を払いながら、その蟲も焼き尽した佐介は痛みを訴え始めていた左目を閉じて、徐に着ていたパーカーを脱ぎ、そして少女へと被せるように着せた。
ここで初めて、少女の虚ろな目が持ち上げられ佐介の顔を見る事になる。
「…………だれ……?」
「今は、寝てろ」
真紅の右目が輝き、少女の意識は柔らかな毛布に包まれる様に夢の世界へと落ちていく。
脱力した少女を背負い上げ、佐介は足元に蜷局を巻く夜刀神の頭部へと立つと、彼の意思を汲み取って大蛇はその体を自身がぶち開けた穴へと身体を伸ばしていく。
始まりの夜。一人の少年が、本格的に異能の世界へと足を踏み入れ。一人の少女が救われた、運命の夜だった。