明日の方舟よ、良い旅を   作:アルパカ戦士

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「血が湧き立つ感覚を知ってるか?」
「今お前の目の前にあるこの鍋の湯みたいに、ぐつぐつと暴れ回ってどうしようもなくなるんだ。そうなると何でもできるような心地になる。戦場のサルカズはみんな知ってる。知らないお前は、まだただのガキだってことだ。へっ、悔しいか? ならさっさと俺達の汚れ仕事を一端にこなせるようになるんだな。そしたらお前の取り分も少しは増えるだろうよ」
「昔、変わり者の傭兵と仕事をしてな。そいつは暇な時間を見つけては本を読んだり、逆に自分で本を書いていた。文字なんて読めねえからよく知らねえがわりとウケは良かったらしい。でけえ図体して掌くらいのボロボロの紙束に文字を書いてたのは少し面白かったぜ。ま、そんな奴だったから頭が良かった。奴との仕事はやりやすかった」
「今でもあいつの言葉が妙に引っかかりやがる。『その衝動のまま武器を振るう俺達は、血に操られているだけではないのか?』なんてな。俺からしてみれば贅沢な話だがよ、このクソッタレな種族に生まれた時点でこの血からは逃げられねえ。なら自由何ていう飯のタネにもならねえものより明日生き残るために俺達のご先祖様に感謝してやろうじゃねえか、サルカズ万歳ってな」
「どっちを信じるかはお前次第だ。精々長く俺の役に立ってくれ」


第七十九話 大地を呑み込む

 アーミヤ達は眼下に広がる都市を見渡した。

 

 ブレントウード。ロンディニウム郊外に位置する都市でありこれといった特徴のない平凡な場所だ。しいて言えばこの時期には年に一度の都市をあげての農業祭が開かれるが、この世情では望むべくもない。

 アーミヤはやけに静かだと感じた。彼女のアーツはその都市にまだたくさんの人がいることを伝えてくる。にも関わらず不気味なほどに足元から人の気配を感じない。

 

(いえ、違います。あそこには何かが蠢いている)

 

 感じる異様な気配。巨大な怪物が大口を開けて構えているような、そんな悍ましさをあそこから感じる。

 アーミヤは空を漂うニアール達に言って慎重にその只中に舞い降りた。

 

 ふわりと大地に立った6人の靴がコンクリートと鳴らした音が空しく響く。広い大通りには相変わらず住民の姿すら見えはしない。

 代わりに町の至る所には源石結晶が置かれていた。一定の規則性が見られるそれらはサルカズによって意図的に設置されたものだろう。

 アーミヤは周囲を見渡し、感じた違和感の正体を口にする。

 

「確かここにはブレイズさん達が向かっていたはずです。彼女達はどこでしょう?」

 

 今回の作戦でロンディニウムの公爵軍からの横槍の心配が無くなったロドスはその保有する戦力の殆どを投入している。ここにはブレイズほか数人のエリートオペレーターと潜入工作員としてサルカズ側にいたイネスとヘドリー達が調査を行っているはずだった。あの都市防衛軍の司令本部に潜入して勝ち取った情報で、この付近にサルカズ側が秘匿している物資補給路があると明らかになったからだ。その都市で全ての物資の流れが途絶えていることからして、何かしらの秘密があると思われた。

 あいつらも来てるわけぇ? と話を聞いたWが若干不機嫌になった。それを宥めながらアーミヤは手元の通信機を取り出した。

 しかしそこからは砂嵐のような音が流れるばかりで応答が無い。おそらく何らかの通信障害が起きているのだろう。

 

「・・・」

 

 アーミヤはいつの間にか自分の額から大粒の汗が滴り落ちていることに気付いた。胸が早鐘のように鳴っている。その源泉が何か、それを辿るうちにアーミヤの視線は彼女が今も立つその地面へと向かっていた。そこに、この都市全体から感じた異様な気配の正体が垣間見えた。

 

 じんわりと、大地の奥深くから誰かの怨嗟の声が混ざり合って立ち上っている。感受性の高いアーミヤの耳は何人もの悲鳴が遠くから木霊しているのを聞いていた。そして何よりも怖ろしいのがその規模だ。

 それはこの都市そのものを覆いつくしている。

 

「これは、サルカズの呪術? それもこの大地そのものを儀式場とした、複雑で入念に編み込まれた術式に感じます」

 

 地面に手を当てたアーミヤは先程目にしたそこらにある源石結晶を見渡した。そうだとすればこの都市のそこら中に配置された源石結晶にも説明がつく。そしてそれらとの呪術的な繋がりを辿っていけばその核となる箇所を特定できるはずだ。

 

 仲間達についてくるよう言いながら、アーミヤはその源泉を辿った。

 一体どれだけの犠牲を支払えば広がる都市に怨嗟の声が染みついて離れなくなるのか。想像したその数の悍ましさに蓋をする。

 近づいていくほどにアーミヤの耳を苛む声は大きくなっていった。息を整える彼女に傍らのケルシーが手を貸す。だがそれをアーミヤは手で制した。

 ケルシーがアーミヤを気遣う。

 

「アーミヤ、無理する事はない。ロンディニウムに来てから君は魔王のアーツをより洗練させている。だがそれは君の肉体的な成長の速度を遥かに上回っている。先程もレヴァナントのアーツを耐えたばかりだ。ここでさらに消耗する事はない」

「いえ、大丈夫です。それよりもこの違和感の正体を突き止めないと。取り返しのつかない事態になる前に」

 

 アーミヤには予感があった。これは何か、とてつもない何かの前触れなのだと。

 魔王のアーツはアーミヤの生来の感受性をより高めた。そんな彼女はそこら中から聞こえる声がより鮮明になり無秩序な音が意味を成していくのを感じていた。

 

 無数の叫びが、最期の嘆きが、幼い少女を苛み始める。

 

『奴がやってくるぞ』『助けて』『何故殺した? よくも私の家族を!』『さむ、い、よ』

『私の体が、もう、だめだ』『何でこんな目に!』『ああああ、私の腕が! 血が止まらないぃ!』

『おかあさん! どこ!?』『死にたくない! くそサルカズめ! 呪ってやる!』

 

 痛みに叫ぶ声。恐怖に染まった嘆き。弱々しい最期の言葉。復讐を誓う怨嗟。

 死そのものを実感させる断末魔の濁流の中、アーミヤは耳を澄ませ続ける。

 膨大な声に魂を揺さぶられ続けながらもアーミヤはその一言を逃さなかった。

 

 

『鮮血に染まった王庭が来るぞ!』

 

 

 途端に鼻腔へ突き刺さる濃密な血の香り。

 半ば意識を朦朧とさせていたそこに突きこまれた強烈な刺激はアーミヤに顔を上げさせた。いつの間にか辿り着いた先には1つの建築物があった。

 

 高い石の柱が乱立している。そしてそれらは根元から妖しげな赤い光を放っていた。

 いかにもな建築物を前にケルシーがその正体を口にする。

 

「これは、戦争法陣か」

「戦争法陣?」

 

 聞きなれないそれを繰り返すとケルシーはそうだと言って前に出た。

 

「サルカズに伝わる古い儀式だ。その周囲を戦場と化しサルカズが司る生と死の循環を早める術。土地にかける呪いという解釈が一番理解しやすいだろう」

 

 ケルシーがその柱を撫でる。手に伝わる情報と彼女の持つ知識を掛け合わせより詳細な解析を試みる。

 

「アーミヤ。これを前にして何かを感じたか?」

「濃密な血の匂いが鼻腔を突き抜けるのを感じました。そしてこの大地を浸すだけの怨嗟の声も」

「そうか。この配置、おそらくブラッドブルードの呪術だろう」

 

 推測を立てたケルシーは地面を見下ろしながら眉間の皺を深める。

 このためにサルカズが何を贄にしたのか、そしてこれがどんな災禍を齎すか。感情を表に出さない彼女らしからぬ反応も無理はない。

 

「アーミヤが感じた規模からして、おそらく効果範囲はこの都市だけに収まらない」

 

 最悪の場合、ロンディニウム周辺にまでブラッドブルードの呪いが伝播する可能性がある。その言葉にケルシー以外の全員が驚愕した。

 一方でこれだけの儀式が水面下で行われていたことに焦りを浮かべつつも、ケルシーは冷静を保ち解析を続ける。

 

 

 アーミヤがその柱を凝視する。

 

 そこから感じる傲慢と侮蔑、それらから来るサルカズ以外への悪意。

 その感情をアーミヤは知っていた。ロンディニウムを訪れてすぐ、相対した彼の死の気配は今もなお脳裏にこびり付いている。

 

「アーミヤ」

「!」

 

 この法陣の作成者に思い当たったところでフロストノヴァが名を呼んだ。

 呼ぶ声に振り返れば、いつの間にか周囲を囲まれていた。自分達を見つめるのはサルカズの傭兵達だ。武器を構えた彼らは顔に不愉快とでも書いていそうな表情だった。

 

「てめえらがロドスって連中か」

「ここにいた住民達はどうした?」

 

 ドクターの平坦な問いかけを彼らは鼻で嗤った。

 

「はっ、ふざけてんのか。てめえらのお仲間の所為で逃げられたんだろうが! 全くおかしな奴らだぜ。羽つきどもと並んで戦っているくせにやけに強いサルカズまでいるしよ。一体いくらで雇ったんだ?」

「彼らと私達を繋ぐものは金銭ではない」

「じゃあ何か、友情だとでも言うつもりか? 反吐が出るぜ」

 

 並び立つサルカズとサンクタはおそらくMiseryとOutcastのことだろう。ドクターはこの短い会話からブレイズ達は確かにここにいた事と彼女らがここの住民達と一緒にどこかに避難したことを察した。

 ならば彼女らはどこに? もう少し情報を引き出したかったが既に彼らは臨戦態勢を取っておりドクターは大人しく後ろに下がる。それが合図となったのか包囲を続けていたサルカズは一斉に襲い掛かった。

 

 それなりの数がいるが、精鋭ぞろいのロドスの敵ではない。

 襲い来る敵を各自撃破していく。それで撤退すればいいものの、何故か彼らは引き下がらない。

 

 それに違和感を覚えながらも黒雷で傭兵を無力化するアーミヤの耳が無線の音を拾った。

 

 

『・・・る・・・聞こえ・・・アーミヤちゃ・・』

「これは、ブレイズさんの声です!」

 

 通信機を握りしめたアーミヤはどうにか会話をしようと声を掛け続ける。

 しかし聞こえてくる声は途切れ途切れ。焦る気持ちに声を大にして叫ぶがこちらの声が届いているかもあやふやだ。

 

 だがアーミヤのアーツが頼れるエリートオペレーターのか細い感情を感じ取った。

 

 不思議な感覚だった。その感情がどこからやって来ているのかが分からない。

 

 おかしい。胸の中で膨れ上がる違和感に心臓が早鐘のように鳴っている。

 

 周囲を見渡すアーミヤは、突然大気が震えるのを感じた。大きな管楽器を一斉に吹いたようなそれに肌が粟立つ。

 天を見上げた全員が目を見張っていた。

 

 

 空に何かが漂っている。

 先程まで青空を斑に雲が隠すだけだったそこは移動戦艦や飛空船に劣らない大きさの物体に覆われていた。

 

 いや、物体ではない。アーミヤは先程大気を震わせた音が、それの()()()だったと気づいた。

 細長い胴体に鰭のようなものが左右に突き出している。だがその体躯は隙間だらけでそこから青空が見通せた。薄汚れた鈍色が並ぶ様は、身を削ぎ落した鱗獣に残された骨のようだった。

 

 それをイグナスが目にしたのなら、きっとこう漏らしていたであろう。

 

―まるで、白鯨のミイラのようだと。

 

 

 大地に影さす巨大な体躯。それを見上げるアーミヤは、突如首の後ろを針で刺されたように感じた。

 先程よりも鮮明になった無線機の声と、空から落ちる影の一部が次第に大きくなっている事に気づいたのはほぼ同時だった。

 

 

『奴が来る! 逃げて!』

 

 

 空を覆う影に紛れた赤黒いヴェールが、アーミヤ達を上空から丸呑みにせんと覆いかぶさっていた。

 

 迫る殺意に、血が震えた。培った直観が彼女に剣を握らせた。

 

「抜刀!」

 

 顕現した影霄ですぐさま上空を一刀両断。アーツを切り裂く一閃に分かたれた波濤の先、こちらに迫る人影が見えた。

 

 感じるのは猛烈で陰湿な殺意。濁り焦げ付いたそれが突き刺さり、思わずアーミヤは剣を振るった。

 

 それはある種の防衛本能。しかし殺意の発生源たる彼は敢えてそれを受け入れた。

 肉を断ち血が噴き出る感触がした。剣先から伝わるそれにたじろくアーミヤは、自分の剣を受け止めた人物を見てさらに驚いた。

 

「探しましたよ、魔王の簒奪者」

 

 致命傷を受けたはずの彼が真正面からアーミヤの顔を覗き込んでいる。動揺に揺れる瞳を嘲笑っている。

 白い装束が血に染まる。血の気の失せた肌は一層その冷たさを際立たせているにも関わらず、瞳は粘ついた深い執念がこびり付いていた。

 

 鮮血の王庭たるブラッドブルードの大君ドゥカレが、魔王の剣に貫かれていた。

 その黒い刀身を一筋の鮮血が滴り落ちる。鮮血の王庭から流れ出たサルカズの血が大地へと還っていく。

 

「何を」

 

 彼にしてはあまりに呆気なさすぎる。それが信じられずアーミヤは呆然と呟いた。

 そしてその予感は正しい。依然として彼の殺意は薄まるどころかより純度を増している。それに気付くより先に大君は口を開いた。

 

「原初の源石に繋がる道。今の瑣末な血が混じり軟弱に甘んじるサルカズとは一線を画すティカズ復権の階。今この時こそ、全てが始まる」

 

 大君の口元が緩やかに弧を描く。

 

 笑っている。いや、嗤っている。

 まさにこの瞬間こそ切望していたのだと言わんばかりに。

 

 ニアール達が彼を仕留めようと武器を振った。だがその刃が首を跳ね飛ばすより先に答えは示されてしまった。

 

 

 

「全てのサルカズに恩寵を与えましょう」

 

 

 

 街がその目を醒ました。そう錯覚するだけの巨大な何かをアーミヤは感じた。彼女が足元を見ると、そこが妖しい光を発している。街に設置された源石結晶がそれに共鳴し、光の柱を生んでいた。

 

 儀式が、始まった。

 

()()()()()()、原初の魔王。我らの血と魂に宿りしあなたの瞳がこの醜い大地を映しているのなら」

 

 彼に似つかわしくない畏まった口調で紡がれるのは先祖への祈り。

 サルカズと呼ばれる遥か前に存在したティカズ、その中でも初代の魔王イレーヌ。血と魂を捧げ大地を数百年覆う天災を引き起こした太古の暴力。

 

 全てのサルカズに継承された先祖の血脈。大地に幾万の血によって刻まれた法陣がその楔を解き放ち力を呼び覚ます。 

 

「今再び、始まりの苦難を降臨せしめたまえ。ティカズの失いし運命を与え給え」

 

 ブレントウードに刻まれた大規模な鮮血の法陣。そこにまた一滴の血が滴る。

 広がる大地を潤すにはあまりに少ないはずのそれが、質量も法則も呑み込みブレントウードに広がっていく。

 

 

 大君がScoutらに撤退を余儀なくされ、それでもこうしてアーミヤ達を襲撃したのには理由があった。

 

 ブラッドブルードの王庭は代々純血を尊ぶ。それは単なる交配による血の交わりだけに限らず、継承してきた血そのものから不純物を取り除き昇華する術を模索してきた。

 

 不純物とは何か。それ即ち数万年の月日が薄れさせていったサルカズの血。

 では求めるものは何か。それ即ち、全てのサルカズの原点。

 

 その名を()()()()()()

 

 彼らは自らの血液という巨大な湖の中からたったその一滴を探し続けてきた。

 

 そして今。その体を貫いた魔王の力の縁を辿り、彼はそれを自らの肉体から掬い出すに至った。

 

 遥か遠き祖先の血に。そして戦争法陣を介したブラッドブルードの血の祝福に。

 サルカズの血脈が覚醒する。

 

 

 ニアールがソードスピアを振るう。Mon3trがその爪を振り下ろす。フロストノヴァは生成した細長い氷柱を剣として突き出す。

 そしてアーミヤは影霄を握る手に力を籠めた。

 

 だがそれらは全て、大君から溢れ出した血の濁流に押し流された。

 衝撃に地を転がった彼女達は彼を見上げる。

 アーミヤが穿った穴も塞がり、その装束を染め上げていた自身の血すら綺麗に抜き取った大君の姿があった。大君は儀式の中心である法陣の頂点に立ち眼下を睥睨する。

 

 その傍で赤く輝く雫が、大君の横顔を照らしている。ティカズの血が顕現した事で奮い立つサルカズ全ての肉体。加えて戦争法陣の影響か、膨大なエネルギーが彼に集約されつつあった。

 

「魔王の簒奪者。貴女に相応しい最期を与えましょう」

 

 紅に染まった戦場で血の支配者が冷たく微笑んだ。

 

 




次回


冬痕フロストノヴァ
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