心の強さが揺るがない強固さを支え。
重ねた犠牲が折れる事を許さず。
非情な現実が不退転の粘り強さを生む。
故に信念とは、鍛え上げられた1本の剣のように美しい。
レユニオンがロドスと協定を結んでからすぐ、俺はアーミヤにアーツの専門家を紹介してもらえないか頼んだ。理由としては原作のレユニオンのあれこれが無い分新しく仲間になったマドロックの成長がどうなるか未知数だったからだ。ついでに今まで口伝でしか伝わってこなかった自分のアーツをより使いこなすためって理由もあったが。
アーミヤはこれを快く受け入れてくれた。そしてポラリスでほぼ引きこもる事になった俺達だったが、こんな僻地に態々出向いてくれるというのだからそりゃもう感謝した。
巷では一国家ともやり合えると噂のロドス・アイランド様。どんな人が来てくれるのかと内心ドキドキだったさ。アーツと言えばリターニアってイメージもあるし、知っている人の中ではアーツ適性の高いエイヤフィヤトラかアーススピリット、大穴でエリートオペレーターであるPithとかが来てくれると思っていた。
『うむ。うぬがアーミヤの言っていた極北の星か』
まさかの初手Logos先生とは思いもしなかったが。エリートオペレーターの証が刻まれたローブを纏った彼が扉の先にいた時はびっくりした。
Logos。ロドス・アイランドのエリートオペレーターであり、十王庭の1つ、死を告げる弔鐘の王庭バンシーの寵児。原作では変形者相手に対等に語り合いその死を看取ったほどの大呪術師だ。聞いての通り古風な喋り方をするがそれは母親の影響で本人はかなり若いらしい。
そんな大物が来てくれるとは思いもよらず固まる俺達だったが、わりとフランクに接してくれた。接してみるとわりと面白い人だったようでそれ以来俺はLogosを師匠と呼んでいる。本人も気に入ったようでそう呼ぶたびに得意げにしていたのはかわいいと思った。
簡単な自己紹介も済ませ、それでは早速ということで俺達はそれぞれのアーツを師匠に見せた。
彼のアーツに対する造詣の深さは流石と言ったところだ。師匠は少し見ただけでマドロックが土石の仔、アンズーリシックの血を継いでいることを看破してみせた。
『このような巡合があろうとは。これも我らサルカズの血に刻まれた宿命か・・・いや、あるいは何者かの導きか?』
探るような視線にはとりあえず全力で口笛を吹いて誤魔化しておいた。
そんなこんなもあり、俺達はLogos師匠の講義と実践訓練によってアーツ能力の向上に努めた。月に何度かロドス本艦に赴き定期的な検診を受けつつも日々の鍛錬は怠らなかった。
その甲斐もあってマドロックは一度に何十体もの石像を操ることができるようになっただけでなく、操作と製作の精度が向上したことで空を飛ぶガーゴイルの群れすら創り出す事が可能になった。
空一面に浮かぶガーゴイルを見た時は笑いそうになったね。なんせレユニオンはどこの国家も実用化できていない空軍戦力を備えてしまったのだから。本当にサルカズの十王庭というのはどいつもこいつも規格外である。
一方の俺はというと、そう大した事は出来ていなかった。
アーツの精度と規模は向上した。だが結局新しく手に入れたのはレユニオンの旗が結ばれた旗竿とそれを使った敵の無力化アーツだけ。相変わらず無生物に対しては丸腰に等しい。
わかってはいたことだが、相変わらず俺に戦闘員としての才能はないらしい。意気消沈する俺を見かねたのか、ある日師匠が俺を部屋に招いた。
そこは長期滞在することになった師匠へレユニオンから一時的に貸し出された場所だ。既に彼なりのリフォームが施されており、難しそうな古い本やサルカズ巫術に使用するのであろう祭壇などが秩序だって並べられていた。
燭台の明かりだけが中を照らしていて、2つの椅子が向き合うように置かれている。その一方に俺は遠慮がちに座った。
師匠は座る前に何故か骨筆を取り出し軽く振るった。筆先が宙に文字を描き瞬く。
『帳を下ろした。我らが紡ぐ言の葉は外へ漏れることはない』
いわゆる防音室のようなものか、と1人納得する。何故そんなものを張る必要があるのか、その疑問が浮かぶ前に師匠は切り出した。
『イグナス。うぬの修練によってそのアーツ能力は飛躍的に向上した。今やその瞳は魂の在り処のみならずそこに刻まれた足跡すらも辿れよう』
『いや~それほどでも』
『だからこそ、言わねばならぬ』
急な誉め言葉に照れる俺だったが、続く言葉には思わず閉口した。
『うぬはもう、そのアーツを使うべきではない』
正面の彼を見据える。ここ数か月一緒に過ごしてきたのだ。師匠は滅多に表情を崩すことは無いが、その感情は口元と眼差しによく現れることを知っている。僅かに眉が下がり口を引き結ぶようなそれは、誰かを真に心配しているときのそれだった。
『ここ数か月教鞭を取る傍らうぬのアーツを観察しその解析をしてきた。我らの魔王のアーツに似通ったそれがどのようにして生まれ出たのか、その謎は未だに紐解けぬ。だがその本質については凡その見当はついた』
師匠が態々結界を張った理由がなんとなくだが分かった。多分、ほかのレユニオンのメンバーに聞かれないようにとの配慮だったのだろう。
俺の事を大切に思ってくれている奴らを、煩わせないようにするために。
『よいかイグナス? うぬのアーツの本質は幽世に揺蕩う魂へと干渉する事でも魂に刻まれた文脈を読み取る事でもない。それらは全て副産物に過ぎぬ』
師匠の語り口は水のように滑らかで物語を読み聞かせるみたいに朗々としている。
どこか現実味の薄れた空間にあって、その言葉は妙に据わりの悪さがあった。
『
『・・・なるほど』
告げられたその正体が、妙にしっくり来なくて中途半端な言葉が漏れる。
俺との認識のギャップに気付いたのか、師匠は立ち上がり俺へとゆっくり歩み寄った。師匠が言葉を続ける。そこには剃刀を玩具にしていた子どもにその危険性を説く時のような、そんな圧を感じた。
『うぬが披露して見せたあの鈍色の光剣。魂を切り裂くアーツだが、どのように編み出した?』
そう聞かれて、はてどうだったかと首を捻る。うちのアーツは一族の秘伝みたいなところもあるし、小さい頃に色々試行錯誤した結果生まれたものだ。もはや長い付き合いになった短剣型のアーツユニット。それを腰元から抜き光に翳す。
俺は幼い頃から他人の魂が見えた。だがそれも見えるだけで触れはしない。自衛の手段なんて小さい頃に父さんに頼んでつけてもらった講師に習った剣くらいのもので、アークナイツの世界にビビりまくっていた当時の俺はどうにかしなければとあらゆる手段を試した。
念じて動かせたりしないか、相手の思考を読み取って攻撃をかわす事が出来たりしないか。アニメとかの知識をもとに時には「イグナス・ダーリが命ずる!」とか言って片目を覆ったりもした。勿論どれも満足な結果が得られることはなく、周囲の人間からは幼少期特有の痛いアレと思われて羞恥心にベッドでバタバタした。うっ、古傷が疼く。
勝手に自爆した俺だったが、対する師匠は悲し気な瞳でアーツユニットを見つめていた。
『うぬはそのとき、無意識に自らの魂を再構築したのだ』
再構築。その言葉の意味を咀嚼するのに少し時間がかかった。それだけ今話している内容は重苦しく粘ついている。
手が震える。目を開いた時自分が崖の縁に立っていることに初めて気付いたような、そんな心地だ。フルーツナイフよりも短いそれが、ずしりと重くなった気がした。
『あれはアーツによって鍛えられた刀身、そしてうぬの
師匠がこれほどまでに忠告してくる理由も分かった。いわば俺はアーツを使うたびに心臓を体から抜き出し武器として振るっているに等しいのだ。魂は魂で、同質のものでしか物理的に干渉できない。同質のものであるならば相互に影響しあう。剣を打ちつければ刃先が毀れるように、俺の魂も少しづつだが摩耗していたということか。
そしてほんの僅かでも、魂が汚染されたり欠けでもすれば取り返しのつかない事になる。
師匠はテーブルに広げられていた紙をアーツによって手元に手繰り寄せた。
『既に予兆はある。鉱石病に罹患して以降、微睡みに沈む時は徐々に日常を蝕んでいよう?』
心当たりはあった。鉱石病による合併症かと思っていたが、師匠が言うには違うらしい。
ロドスから送られた俺のカルテに目を通し、師匠は言った。
『もしこれ以上アーツを使い続ければ、うぬはもうその肉体に戻れぬやもしれぬ』
「どうした? この程度か? この程度でうぬは我が道を阻もうとしたのか?」
「…なめんな」
立つのもやっとなこの状況。どうやら軽く意識が飛んでいたらしい。旗に縋りつき杖のようにして俺は正面に立つテレシスを見た。
刃先が溶け波打つ刀身。タルラとの戦闘ですっかりボロボロになった剣がその手に握られている。
テレシスがそれを振りかぶり、振り下ろす。先程までの音速に迫る攻防は見る影もない。緩やかで鈍い足。だが今の俺にとっては死神の鎌に見える。
タルラがそれを代わりに防いだ。息も絶え絶えの彼女は肩で剣を背負うようにして重い一撃を何とか堪える。
その隙に、俺はさらにアーツの出力を上げる。テレシスの戦意を挫こうと感情の波が嵐のように吹き荒ぶ。
自身を押しとどめる虚構の風に一瞬テレシスの勢いが削がれる。
「くっ! 何故ここまで」
だがテレシスの剣圧はすぐに勢いを取り戻してしまう。肩にのしかかる重さにタルラの靴底が地面を擦る。
俺がどれだけ感情をぶつけようと、彼は止まらなかった。互いに満身創痍の中、剣が衝突しその刀身を滑る音は鳴り止まない。あの変形者すら膝をついたというのに、彼は理想への道を阻むものに抗い続けている。
その様子はまるで1つの剣のようだった。
憎悪に焼かれ、現実に打たれ、それでもサルカズの救済のため自身を鍛え続けた1本の剣。
彼の信念は連ねた歳月の分だけ強度を増し決して折れない鋼と化している。
「剣の一振りすら満足に防げぬ、貴様らに何が守れる? カズデルへと放たれた砲撃の嵐は、こんなものではなかったぞ」
淡々と告げるその口調が、彼の経験した惨劇の数を物語っていた。あらゆる種族に憎まれ排斥されてきたサルカズの歴史がその肩に圧し掛かって剣を重くする。
「我1人説き伏せる事叶わぬ口で、何を動かす? 身1つ切り裂けぬ剣で何を貫く?」
信念を貫く。それまで犠牲にしてきた全てに報いるために。
テレシスの放つ一撃がより鋭さを増していく。立ち塞がる障害を打倒せんがため、ぶつかり合い練磨されていった思いが俺のアーツを凌駕しつつあった。
「カハッ!!」
「タルラッ…くぅ!」
遂にタルラが大きく弾き飛ばされる。大理石の床を滑っていったタルラは柱にその背中を打ちつけ止まった。
タルラの傍に行く間も無く、テレシスが俺目掛けて剣を振り下ろす。咄嗟に旗竿を盾にしたが、手に伝わった衝撃はまるでダンプカー。成すすべもなく転がされた。
テレシスが俺を見下ろしている。
「それほどまでに矮小な身で、貴様はあの誇り高き魔王の夢を継げると? 我が半身ですら届かぬ未来を掴みえると?」
「イグナス、逃げろ…」
タルラが立ち上がろうと藻掻いている。上半身を起こすその両手が小鹿のように震えている。俺に至っては首から上しか動かせそうにない。既に意識は朦朧としていて、四肢の感覚は遠く離れていた。
テレシスがもうすぐそこまで迫っていた。冷たい眼差しのまま彼は言い放った。
「脆弱なその身では叶わぬ。自らの命すら救えぬ男が、何を以て敵を救おうというのだ。惰弱で傲慢な感染者の星よ」
そんな事はない。俺達は間違ってなんかいない。お前だって、きっと救われるべき1人なんだ。
そう言い返してやりたいのに、体が動かない。意識が体から浮き出ているようだ。どれだけ体に力を籠めようとしても、それが神経に、筋肉に伝わっていかない。心だけが置き去りになっている。
返事が無い俺をテレシスは気を失ったと判断したらしい。
そっと吐かれた吐息が、俺に深く失望しているように聞こえた。
(だめだ、意識が…)
「さらばだ」
ブラックアウトする視界の中で。
剣が振り下ろされた。
『もしこれ以上アーツを使い続ければ、うぬはもうその肉体に戻れぬやもしれぬ』
沈黙が小さな部屋を包み込んだ。音を遮断したここに外の喧騒は聞こえない。
師匠は沈黙を保っている。あくまでもその可能性だけを告げ、今後どうするかは俺次第ということだろう。でなければ態々周囲に配慮なんてしない。
右手が自然と顔の右半分をなぞる。伝わってくるのは源石結晶の硬い感触で、表面はデコボコしているが感触自体は滑らかだ。とても人間の体表とは思えない。感染者に刻まれる黒い烙印。
この傷を、俺は誇りに思っている。これは俺がアリーナを救えた証だ。その喪失から繋がるレユニオンの崩壊を防いだ、それを誇りこそすれ後悔なんてするはずがない。
脳裏に彼らと過ごした日々が浮かぶ。そのどれも俺を放そうとしない。
『なあ、師匠』
『なんだ?』
『あんた達エリートオペレーターてのは、高い作戦遂行能力の他に『ロドスの信念の為に命を賭けられるか』が重要なんだってな』
『よく知っているな』
『Aceのおっちゃんに聞いた』
師匠の言う通り、俺はもう戦うべきじゃないのかもしれない。大人しく裏方にでも回って、穏やかな余生を過ごすのがいいんだろう。命を粗末にしないのが一番だ。
想像する。ポラリスでアリーナと一緒に先生の真似事でもしようか。それとも、折角ロドスと繋がったんだしあのボイラーマンみたいに裏方としてロドスで働くのもいい。
アーツを使う必要も無い仕事に就いて、数週間に一度帰ってくるタルラ達を笑顔で出迎えてやる。任務先での話でも聞きながら彼女らを労いまた送り出す。戦いに身を置く彼女らの日常として、存在し続ける。
穏やかで、変わり映えのしない、そんな日々が続いていくのだろう。
―本当に?
そんな問いが浮かぶ。
テラという世界は、そんなに甘くない。
1つ違えば、何かが欠けていれば、容易く善意を呑み込んでいく。それは前世の知識でも知っているし、この世界に転生してからも経験済みだ。
タルラ達が無事帰ってくる? そんな保証何処にもない。
穏やかな日常? この世界には未だに感染者差別や貧富によって救われない人が大勢いる。
その事実に蓋をして過ごす日々に、俺は納得できるのか?
『後悔せぬか?』
俺の心が決まった事に気付いたんだろう。師匠はどうするのかではなく後悔しないかと尋ねた。
『さあな。リスクはあるし、絶対怒られる。でもきっと、戦わねえ方が後悔するんだ。だからちゃんと納得できるように努力する』
『そうか。ならばよい。我も存在の要石となる呪法を編み出しておく。気休めにはなろう』
『ありがとうな師匠。俺を止めないでくれて』
俺の感謝の言葉に師匠は何を言うでもなく背を向けた。きっとそれがせめてもの返礼だったんだろう。万人に等しく訪れる終点、そこへ走っていく俺を見過ごす罪悪に。それでも師匠は終ぞ戦うなとは言わなかった。
なぜなら彼らはエリートオペレーター。理想に殉じる信念にこそ、彼らの生き様が宿っているのだから。
イグナスに刃が届く直前。
「!」
目を見開いたテレシスが剣を止め大きく後退した。
その様子に驚くタルラ。だがテレシスは彼女に目もくれずただ一点を凝視していた。
そこにはイグナスが倒れている。未だに起き上がる気配はなく、崩れるようにうつ伏せの状態だ。
テレシスはその時、自身が取った行動を冷静に分析していた。自身に何らかの精神干渉アーツを使用していたイグナスはその反動か倒れた。そして自分はそれすら跳ねのけ、タルラを無力化し、彼に止めを刺すところであった。
では何故自分は止めを刺さなかった。疑問が浮かび、それを否定した。
止めを刺さなかったのではない。
剣を振り下ろす直前、眼前に平伏すイグナスからとてつもない威圧感を感じた。戦士としての第六感が、退けと命じたのだ。
テレシスがようやくそれに気付いた頃。ゆっくりとイグナスが動き始めた。
弛緩していた四肢は力を取り戻し、揺れ動いていた体幹はすっかり元の調子を取り戻している。
「イグ、ナス?」
タルラがつい、といったふうに呟いた。
無事でよかったの一言が寸での所で喉に詰まっていた。何とか立ち上がった伴侶の姿に、タルラは言いようのない違和感を感じていた。
イグナスは立ち上がり俯いたままだ。何を話すでもなく、ゆっくりとテレシスの姿を視界に映す。
その瞳は凪いだ湖面のように静まり、光の届かぬ海底のように暗かった。
テレシスが剣を構え確信を以て問いただす。
「お前は、何者だ?」