明日の方舟よ、良い旅を   作:アルパカ戦士

106 / 120
戦争におけるたった1つの共通言語、それは力である。

おかしな話だ。その根底にあったのはどちらが正しいかという争いであるのに。
戦争は、どちらが正しかったかではなく、どちらが強かったのかしか証明してはくれないのだ。





第八十五話 矢束 アセンブル

 敵の只中に向け疾走する移動戦艦。左右に展開した砲撃隊との激しい応酬を耐えながら、ひたすらに前へと突き進む。

 甲板が激しく揺れ照明も既に機能しておらず階下の空間は殆ど闇に包まれていた。外へと繋がる階段は多くの人間で埋め尽くされ、その一番先頭でシージは瞑目していた。

 

 耳が拾うのは砲撃の音。そして損傷した船首が大地を擦りながらも無理矢理に進む重低音。それはゆっくりと、着実に小さくなっている。慣性に引っ張られ何人かが思わずたたらを踏んでいた。

 シージが目を開く。アスランの瞳は夜目が効く。彼女の2歩後ろにはこの移動戦艦の搭乗員と思われる軍人がいた。その手がヴィクトリア制式装備のグリップを忙しなく握り直しているのが見えた。

 シージはさらに下を見る。軍人である彼らの後ろに続くのはこの戦いに自ら志願したヴィクトリアの市民だ。彼らの中には自救軍として戦っていた人もいるが、そうでない人もいる。今まで街中で喧嘩すらしてこなかった彼らの様子はさらにひどい。命の遣り取りをする戦場。それぞれの命の重さはコインよりも軽い。

 外から感じる異様な空気に手製のボウガンがカタカタと音を立て荒い息遣いが静寂の中でやけに目立っていた。

 

 そして、遂に移動戦艦の足が止まる。限界を超えて駆動した源石エンジンは既に煙を吐いていた。最後のなけなしの慣性も削られ、大地に鉄の棺桶が1つ残される。

 

 彼女の脳裏にブリッジでの一幕が浮かぶ。決死の覚悟で自分達を送り出した彼らに、報いなければならない。

 

 シージが飛び出した。階段を一足跳びに駆け上がり、今も砲弾行き交う甲板を抜け船首へとひたすら真っ直ぐ。そのすぐ後ろにグラスゴーの面々が続いた。

 

 そして、勢いよく跳ぶ。

 

「!」

 

 眼下に広がる大地。その先で横一線に待ち構える敵歩兵の軍勢は幾層にも折り重なっていてシージは小さく舌打ちをした。

 着地した衝撃を前転で逃がし、止まることなく前へと駆けていく。砲弾が地面に突き刺さる中艦長の言葉を信じてそれらを無視した。

 

 敵の顔が見える頃、敵の指揮官だろうサルカズの声が聞こえた。

 

「金髪のアスラン、奴だ!」

 

 向かってくるシージを指差し、奴を仕留めろとけしかける。すぐさまアーツと矢が弓なりに飛来し歩兵が飛び出す。分厚い敵軍から放たれるそれは空を覆いかねない数だった。

 土煙が上がる中、シージはその身体能力を十全に発揮し掻い潜る。降り注ぐ矢の雨を弾きながら進む。詰めてきた歩兵との接敵の直前、武器を振り上げた敵の表情は喜色に染まっていた。

 

「首寄越せ!」

 

 大質量が振り下ろされる。そこでシージはさらにギアを1つ上げた。

 

 トップスピードと誤認していた傭兵の剣はシージの背後をすり抜けた。代わりに懐に潜り込んだシージはハンマーを振るう。そのあまりの衝撃に敵が吐しゃ物を吹き出し宙に汚い軌跡を描く。

 アスランの膂力にこれまでの速度が上乗せされた一撃は、まともに食らった傭兵を弾き飛ばしその後ろに続いていた敵兵を薙ぎ払った。

 

「押しとおる!」

 

 勢いを殺さずシージは続けてハンマーを叩きつけた。重力と遠心力が加えられ、受け止めたサルカズ兵は地面を割り大きな土煙を上げた。沈黙するそれを一瞥もしないまま、シージは暴力の嵐と化した。

 

 ハンマーを振るう、薙ぐ、叩きつける。たった1人に前線が蹂躙されていた。ただ目の前の敵を倒す、それだけに集中したシージは敵の障壁に突き刺さる釘となって敵の軍勢に亀裂を生じさせていく。

 

「たかが1人に何を手こずっている! 横から挟め!」

 

 だがサルカズの指揮官も冷静だった。ここまで接近されては飛び道具は使えない。だが猛威を振るうシージに接敵前程の勢いはない。多勢に無勢、サルカズの軍勢は確実にシージの力を削いでいた。

 ハンマーの猛攻を抑える傍で、敵兵がシージを左右から挟み撃ちにする。

 

「このっ」

「調子乗んなや!」

 

 シージに迫る刃は割り込んだ2振りの刃に防がれる。

 

「退けえ!」

「うちらのリーダーのお通りだよ!」

 

 シージに少し遅れて後を追っていたグラスゴー。ダグザとモーガンがシージの左右につく。

 

「シージの邪魔はさせねえ!」

 

 シージのハンマーを抑え込んでいたサルカズにメリケンサックが叩きこまれた。恵まれた体格と戦士としての勘を活かしたインドラの拳は荒々しい。だからこそ数の暴力にすら抗えるだけの馬力があった。

 

 シージの穿った一点の亀裂を彼女の臣下が広げていく。グラスゴーの戦士達が武器と拳を振るい、立ち塞がる敵を次々とのしていく。

 

「ソードガードは遊撃を! 私も出ます」

「「「了解」」」

 

 ウィンダミアの剣である彼女らに短く命令を下したデルフィーン。彼女が剣に白光を纏わせ前に出る。母親には遠く及ばずとも、その鋭い剣閃は的確に敵を斬り伏せていった。

 

「殿下らを援護せよ! 続け!」

 

 続くウィンダミアの軍人がボウガンの矢を放つ。それらはシージ達の頭上を追い越し何人かのサルカズを射貫いた。

 

 前へ、前へ、ひたすらに突き進む。それしかシージ達には道がない。それ以外に生き残る術はない。敵の軍勢に風穴を空け、そこに潜り込む。そうでなければアーツのいい的となる。そしてこの寡勢でそれを為すには、突撃しかない。一点の突破力に全てを懸け、包囲に動く敵兵を置き去りにするほどのスピードで眼前の敵を崩す他無いのだ。

 

「物量で押し返せ!」

 

 敵もそれを分かっている。だからこそ壁を厚くし耐えさせる。まんまと懐に入り込んだ彼らを全方位からじわじわと削るために。

 

 またシージ達の歩みが遅くなる。均衡の崩れを嗅ぎ取ったサルカズ兵が一気に押し返そうと圧を増す。

 

―ドガアアアン!!!!

 

 その背後に移動戦艦の砲撃が着弾し数十人のサルカズが宙を舞った。

 

 移動戦艦の砲塔の1つがこちらに向き煙を上げていた。敵の砲撃隊との応酬で手一杯のはずなのに、その一門だけはシージ達の障害を崩すために使われていた。

 

「続けええええええええ!!!」

 

 流れはこちらに向いている。それを逃すまいとシージが雄たけびを上げヴィクトリア軍が一斉に巻き返す。

 シージが崩し、それ以外がこじ開ける。そして前へと進む彼らに背を押されシージがさらに前へと躍りかかる。歯車1つの狂いで止まりかねないそれを彼女らはここまで維持してきた。

 

 それが唐突に終わりを迎えた。

 

「! 固い」

 

 手に返ってくる感触にシージは顔を顰めた。ハンマーを振り下ろした敵は、あろうことかシージの一撃を受け止めてもなお構わずに反撃してきた。

 

 そいつは他と比べても異質だった。白布に覆われた肉体は常人の3倍ほどの厚みがある。言葉も発さず、ただ目の前の敵に攻撃を繰り出す操り人形のようだった。右腕は黒光りする剣と一体化していて、骨と肉が混ざり合ったそれは脈動しているように見える。その大ぶりな刃がシージ目掛け水平に振るわれる。

 咄嗟にダグザがそれを防ぐ。受け止めた剣が軋み体が一瞬浮き上がる程の一撃にダグザの呼吸が詰まる。その隙にモーガン、デルフィーン、インドラの3人が一斉に飛び掛かる。3人の攻撃を受けようやく体勢を崩したそいつに、シージが重い一撃を叩きこんだことでようやく倒すことができた。

 

 これまでとは質が違う。危機感を覚えた彼女らは顔を上げる。

 最悪な事に。今しがた倒したそいつと全く同じ姿をした敵が、目の前に列を成していた。

 

 シージは一瞬、背骨の神経に氷を突き立てられたような心地になった。直感に従いその原因を見上げる。遠い空の彼方で、白布の奥の闇がこちらを覗いていた。

 

「アスラン王の遺児、その武勇見事也」

 

 奮闘する彼女らが一時、ネツァレムの目に留まった。

 カスター公爵軍への包囲戦を指揮する傍ら、彼は大地に輝く黄金を見下ろした。

 

「故に吾輩は、その方に死を贈ろう」

 

 

 霊骸布と同じく、ナハツェーラーの術によって生み出されたナハツェーラーの使徒。戦場に枯木の姿で生まれ落ち、敵から精力を吸い取り成長していく彼らはネツァレムの手によって既に完成してしまっていた。

 シージですら一発では致命傷を与えられない。そしてその攻撃力は逆に一発でもまともに食らえば終わりだろう。倒せなくはないが、人と時間が要る。そんな敵が正面に待ち構えているこの状況は、最も避けたかったものだった。

 

 ここに来て遂にシージ達の歩みが止まる。そうなれば後は自明の理だ。

 

「包囲しろ! 畳みかけろ!」

 

 後列に包囲の魔の手が届く。後ろも警戒しなければならなくなったことで戦力が分散され、ヴィクトリア軍は一気に劣勢に追い込まれた。

 

「何としても耐えろ! 時間を稼ぐんだ!」

 

 ウィンダミア軍の指揮官が声を張り上げた。だが徐々に斬られ、射貫かれ、血を流し倒れていく仲間達。そしてそこから漏れ出る精気を糧に勢いを増していく敵軍。心が折れていないことが不思議なくらいの劣勢だ。

 シージがハンマーを叩きつける。しかし戦場によってさらなる強化を受けたナハツェーラーの使徒はもはやその体を揺さぶる事すらしなくなった。4人がかりでの連撃も意に介さず刃がシージ達の肌を掠める。

 

「くそっ、こんな奴に!」

「今はとにかく攻撃し続けるんです!」

 

 光の利刃も拳の連撃も大きく振りかぶった鉄槌も、その壁を崩すに至らない。

 息が上がる。思考が鈍る。戦況を正しく把握できる彼女らだからこそ、その背中にのしかかる焦りは尋常ではない。彼女らの後ろで聞こえる声に悲鳴が目立ち始めた。だが振り返る事は許されない。そうなればもう敵の包囲を破る力は失われ後はじわじわと真綿で首を絞めるような終わりを待つだけだ。

 

 一刻も早く、目の前の彼らを倒し道を切り拓かなければならない。

 その焦りが致命的な隙を生んでしまった。

 

「! ヴィーナ!」

 

 大振りのハンマーが、跳ね返された。渾身の一撃の反動で体勢を崩すシージ、その体はナハツェーラーの使徒が振り回す刃の軌道上に運悪く残ってしまっていた。

 

 グラスゴーもそれぞれナハツェーラーの使徒を相手取っておりカバーができない。

 咄嗟にハンマーの柄を構えたシージに巨大な刃が振り下ろされる。それはシージを地面に叩きつけ軽いクレーターを生じさせた。

 

「カハッ」

 

 肺から空気が強制的に吐き出された。脳を揺さぶる衝撃と酸素不足に意識が一瞬途切れる。だが全身を襲う痛みで意識を取り戻した。霞む視界を何とかこじ開けた先で、再び剣が振り下ろされようとしていた。

 衝撃が体を貫き、体が刃と地面に挟まれ押し潰される。肋骨が折れていたのか今度は空気とともに血が口から噴き出た。

 

 助け出そうとダグザ達が走る。しかし行く手を阻まれた彼女らは誰1人それを突破できなかった。

 

 何度も、執拗なほどに叩きつけられる。もはやシージの耳に入ってくる破裂音が地面からなのか彼女の骨からなのかすら分からない。無意識に掲げていたハンマーの柄は既にボロボロで、あと数回受け止めれば破断するだろう。そうなればあの刃が直接シージを襲う。

 

 インドラの怒号が掻き消された。

 撥ね飛ばされたダグザとモーガンの呻き声がした。

 アーツを保てず、デルフィーンの剣が光を失った。

 

 抵抗するための牙が捥がれていくのにも関わらず、目の前にはまだ大量の敵が待ち構えている。カスター公爵の旗艦まではまだ途方もない距離がある。

 

 背後で大きな爆発音がした。見れば後ろに置き去りにしていた移動戦艦の最後の砲台が沈黙していた。もはや砲撃の援護も見込めない。そこに群がっていた霊骸布もじきこちらに向かってくるだろう。

 

 

 もはや、絶望的な状況だった。為すすべもなく、一方的な蹂躙が始まろうとしている。

 先頭で敵を薙ぎ倒していたグラスゴーの面々も敵に囲まれやられるのも時間の問題だった。

 

「魔王の邪魔はさせぬ。この嵐は彼らの背を押す風、それを晴らしかねん要因は排除する」

 

 ネツァレムが使役する使徒と霊骸布に最後の命令を下す。

 

「殲滅せよ」

 

 トドメの一声に彼らが応える。一層の力を漲らせ振るわれた武器は多くの血を戦場に撒き散らし土を赤く染めていく。折れかけた彼らの心に、それを覆すだけの力はなかった。

 追い詰められ痛みと恐怖に耐えるヴィクトリア軍の声は、敵の歓声に埋もれていく。

 

「まだ、だ…」

 

 掠れた声がした。遠のく意識の中、それでもシージは諦めなかった。その手に掲げられたハンマーの柄はもう見るも無残なオブジェになってしまった。背にした地面は大きな亀裂が走り体がほぼ埋まりかけている。息も十分にできない。掠れるような吐息は弱々しく口の端から赤い線が垂れていた。

 

(立ち上がれアレクサンドリナ・ヴィーナ・ヴィクトリア。お前が救うのだろう…!?)

 

 獅子の心は未だ奮っている。立ち上がろうと両手を地につけた。上半身を起こすだけで激痛が体中を苛むが構いはしない。自ら課した責務を果たそうと、限界を超えめり込んだ地面から這い出る。

 

 だがそれを見下ろす使徒は無感情に剣を振り上げた。ただの傀儡であるそれにとって彼女の心の内など関係はない。戦場を潤すただの餌でしかなかった。

 

(諦める、ものか…!)

 

 狭まった視界の中、自分に剣を振り下ろす敵の姿は微かに見えた。それでも、シージは倒れ伏す事を拒んだ。本能のまま、天に喰らいつこうとその牙を剥きだしにして起き上がった。

 

 訪れる数秒後の悲劇に目を背ける者がいた。自身も倒れ伏す中それでも手を伸ばした者がいた。

 だがその戦場の誰一人として、シージが救われる未来を思い描けた者はいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「! …そうか。その方らが…」

 

 たった、()()を除いて。

 

 

「なん、だ?」

 

 シージが目を見開いている。その顔面に振り下ろされるはずだった刃はいつまで経ってもやって来ない。その代わりに彼女の目の前は突如現れた何かに埋め尽くされていた。

 

 そこにあったのは、()だった。

 シージの前のみならず、それは包囲されつつあるヴィクトリア軍とサルカズ軍とを隔てるように聳え立っている。

 

 地面がそのまま上に突き出たようなそれは、その頂上をよく見上げてみれば数本に枝分かれしていた。全容を把握して、ようやくそれが単なる壁ではなかったのだと悟る。

 それは、掌だった。枝分かれしているように見えたのはその巨大な腕の指先だった。それがナハツェーラーの使徒を鷲掴みにしている。

 

「…! …!?」

 

 抵抗しようと暴れるナハツェーラーの使徒だったが、その巨大な手はびくともしない。お返しとばかりに万力のような力が彼らを一斉に握りつぶし折れた枯木に変えた。

 

 突然の事態に困惑するしかない両軍。その中でそれを正しく認識できていたのは空に浮かぶネツァレム達だった。

 

「土石の仔、か」

 

 ネツァレムの眼前には、霊骸布とドッグファイトを行う夥しい量のガーゴイルがいた。移動戦艦を無力化し、いよいよ殲滅に参加しようとしたところで背後から奇襲にあったのだ。霊骸布の攻撃を受けその身を崩しながらも確実にその数を削っている。骸と土塊、命無き尖兵の残骸が地上へと降り注いでいる。

 

 ネツァレムの枯れた肉体に脈動が波打った。それは期待。賢人でありほぼ全てのサルカズを見守る存在である彼はサルカズの次代を担う者を求めてやまない。

 このロンディニウムが初めて襲撃された際、その城壁を軽々と飛び越えて来た石像の群れを見て彼は久しく訪れなかった高揚を感じた。あの時と同じ光景。

 

 空を埋め尽くすガーゴイルの群れ。だがネツァレムの視線はただ一点に釘付けになっている。

 それらの奥からゆっくりとこちらに向かってくる、竜を模した石像。その背に2つの影がある。

 

 1つは白い全身アーマーを纏った大柄のサルカズ。

 そして、もう1つは。

 

「まさか、その方と再び相見えるとは」

「…そうだな、()()()()

 

 捻じれた金の双角に、傍らに立つフルアーマーですら敵わぬ巨躯。中央区で飛空船の砲撃を受け止め重傷を負っていたはずのパトリオットがそこにいた。

 

 偉大な師として、そして最も才ある弟子として。遠き日に重ねた時間がつい昨日の事のように感じられる。予言によって分かたれたその道が、今ここに再び交わった。

 

「ボジョカスティ」

「…師よ。息災か?」

「ナハツェーラーの王庭である吾輩には、病ですら死を与えられぬ」

「そうであったな。だが…うっ」

 

 続く言葉は呻き声に掻き消された。パトリオットは今、槍も盾すらも持ってはいない。その身は変わらずイグナスが彼に贈った鎧に包まれているがその傷が癒えたわけではなかった。

 盾を持っていた腕はひしゃげ、折れた肋骨が肺を傷つけてしまっていた。ただでさえ喉を源石に侵されている彼は、息をするのもやっとの状態だ。

 

 胸を抑え膝をつく彼を、傍らのマドロックが支えた。

 

「無理をしない方がいい。こうして立っていることすら殆ど奇跡に近いのだから」

「…よ、い。私は、まだ、やれる」

 

 そもそも、本来ここに来るのはマドロックだけだったのだ。遊撃としての役割を担っていた彼女はザ・シャードの起動を確認してすぐにシージ達の援護へと向かった。もしあれを止められないのであれば、「諸王の息」こそが切り札になる。急ぎカスター公爵と合流しロンディニウムに接近してもらおうと竜を模したガーゴイルの背に乗った時、その足を引き摺りながらもパトリオットは同行を申し出て来た。

 

 苦しそうだが、こうなっては梃子でも意見を変えない事をマドロックは知っていた。かつてイグナス達は彼を説得するために複数人で彼と大喧嘩したという噂話を聞いたことがある。マドロックとしてはこの頑固親父の意見を変えるなどどのような手品を使ったのだろうといつも不思議に思っていた。

 

「わかった。では私は地上に降りる」

 

 大丈夫と言った彼を信じ、マドロックは空中へと身を乗り出した。落下していく大質量はヴィクトリア軍の真ん中に着弾し大地に大きな亀裂を生んだ。

 

 かなりの高度から落ちたがアーツで体表とアーマーの硬度を調整したマドロックはピンピンしている。落下の衝撃すら感じさせず、いつも通りの声色で言った。

 

「遅くなってすまない。これからは、私も加勢する」

 

 両の掌を掲げる。その手の動きに追従するかのように大地が隆起し足元を揺らす。内外を隔てていた巨大な腕が天に伸びる。

 見上げるしかないそれに、圧倒的な質量と言う名の暴力に、誰もが圧倒されていた。

 

「沃土よ、巌よ。立ち上がれ」

 

 そして目覚めよと、大地に眠る同胞に語り掛ける。

 

 敵味方を隔てていた掌が地面についた。それはゆっくりと、這い出るように姿を現す。

 身の丈を優に超える巨大な土の巨人。モノアイが妖しく光り足元にいるサルカズを見下ろす。

 

 数にして数十程度。だがその余りある巨躯はヴィクトリア軍を平然と囲い込み彼らを背に庇っていた。

 彼らが一斉に腕を振りかぶった。

 

「友よ、耳を傾けよ。戦いの時だ。同胞を守り、敵を砕け」

 

 そして、巨人の鉄槌が大地を割った。それだけで包囲の最前線にいたサルカズ達は宙を舞い地面に叩きつけられた。

 

 彼らをどうにかしようとサルカズの攻撃が殺到する。矢の雨に大剣の一撃、アーツによる四肢の束縛。それらが巨人の仮初の肉体を綻ばせていく。

 だが零れた土塊は、数秒もしないうちに再生していく。その足が地についている限り、彼らの体は無限に形成し直せる。その肌に突き刺さった矢の束も、流動する土の中に呑み込まれていった。そして四肢を縛る黒い縛帯も、巨人の膂力になすすべもなく引きちぎられるかそのアーツの術師ごと振り回された。

 

 戦況が覆された。徐々に水平を取り戻しつつある天秤にネツァレムは心躍る。

 それはきっと歓喜であり、一抹の寂しさであり、同じ旗の元にいない怒りであり、それらを遥かに上回る未来への希望であった。

 熱を持たぬ骸が高ぶり震えているのをネツァレムは感じた。

 

「…我らは戦争。故にその渦中全てを呑み込む」

 

 ならば、応えなければならない。示さなければならない。

 ナハツェーラーこそが戦場の支配者。生と死を廻す者。

 

「名を聞こう、土石の仔の末裔よ。その名は吾輩が未来に語り継ごう」

 

 ネツァレムの問いが戦場に響き渡る。この場は聖域。カズデルの運命を占う瞬間に、彼は全てのサルカズに刻みつける。彼らが対する者の名を。

 

「レユニオン幹部が1人。土に愛されしマドロック」

 

 土石の仔の末裔は、あくまでも淡々と、しかし力強く名を名乗った。サルカズとしての名ではない。あくまでも彼女はレユニオンとしての肩書を選んだ。

 そして、それはもう1人も同じ事。

 

「レユニオン幹部が1人。感染者の盾、パトリオット」

 

 今、ここにその名は刻まれた。であればこそ、ネツァレムもまたそれに倣う。

 

「吾輩は枯朽の王庭。戦神、ネツァレム!」

 

 相対する師と弟子。矛と盾。多勢と無勢。

 何もかもが対照的でありながら、どこか彼らの姿は似通っていた。

 

「ああ、ここには死が満ちておる。吾輩の内から奏でられる戦死者の哀歌がその方らを喚んでおる」

 

 極まった高ぶりはいつになく軍神の声を震わせた。

 

 もはや戦う事は必然。ならばこそ、己の持つ全てを発揮し彼らを殲滅する。

 生き残るのはどちらか一方のみ。それこそがサルカズの戦場の掟。

 

 

「包囲陣展開。心せよ。我らが相対するはサルカズ最大の勇である!」

 

 

 パトリオットとネツァレム。彼らの足元で両軍は睨み合う。

 2人の将は、互いを見据え吼えた。

 

「「総員」」

 

 

 

 ヴィクトリアを巡る戦いの第二幕が上がった。

 

 

 

「「進軍せよ!!」」

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。