明日の方舟よ、良い旅を   作:アルパカ戦士

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 かつて、その男はヴィクトリアの軍人だった。
 模範的な軍人として祖国の為にその身を賭した男は、とある戦争で飛来した源石爆弾に吹き飛ばされ意識を失った。
 気が付いた時、戦争は終わっていた。彼に残されたのは名誉の負傷と言う名の事実上の左遷。そして左肩に刺さった源石のジクジクとした痛みだけだった。
 もはや自分に居場所はない。法的には感染者を許容しているとはいえ、男を見る同僚の眼差しにはこれまでに感じた事のない冷たくどす黒い嫌悪が垣間見えた。視線の1つ1つに矢のような鋭さがあった。
 それに耐えかね、男は故郷を自ら去った。だが周囲の環境は良くなるどころか人間とすら扱われなくなった。失意のままそれでも生き続け男は北に逃れた。そして、レユニオンと出会った。

 軍人として戦闘経験も長い彼はレユニオンの戦士となった。レユニオンの白いパーカーを纏い、唯一手放せなかったヴィクトリア軍人の制帽を目深にかぶる彼はそれなりに目立つ存在だった。

 レユニオンの間に話題は尽きない。誰もが波乱万丈な人生を送ってきたのだ。どうしてここまで流れ着いたのかと。その理由を問う声は幾度もあった。
 男はそのたびに語った。


「全ては遠い昔。憧れたあの背中に近づくため」




第八十七話 責務 オブリージュ

 これは蒸気騎士が再誕したその数日前の出来事。

 

「それで、私に見せたいものって何?」

 

 アラデルは連れられるがまま訪れた場所で、そんな問いを口にした。

 

 そこはハイベリー区の一画に存在する古い工場だ。アラデルはイグナスに突然呼び止められ自救軍の拠点から地上に連れ出された。そして通用口の扉を開き、中に入るよう言われそれに従った。

 

 中は一切明かりが灯っていない暗闇だ。日光を取り入れるはずの窓も何故か完全に遮光されており、今開いている扉の形に切り取られた光しか光源が無い。

 

「? イグナスさん、どこにいるの…?」

 

 周囲の状況も分からず、ここに連れて来た張本人の名前を呼ぶ。やけに反響する自分の声からして、かなり大きな空間のようだった。

 返事はなく、代わりにスイッチのカチッという音がして照明がある一点だけを照らす。その演劇染みた演出に文句の1つでも言おうとしたアラデルは、その先を見て思わず言葉を失った。

 

「どうして、ここに…」

 

 それはアラデルにとって、鮮烈に焼き付いた姿だった。

 複数の照明に照らされたそこに、見知った金色の甲冑が鎮座していた。

 

 目を見開き、他者の存在も忘れてアラデルはゆっくりとそれに近づき手を触れる。冷たい金属の表面をなぞれば、幼い頃の感触が鮮明に蘇ってきた。

 所々黒く灰の擦れたような痕があるが間違いない。それはアラデルが一族の誇りと共に守りたいと願っていたもの。そして中央区で自救軍共々襲撃された際、その炎に包まれたと諦めていた初代蒸気騎士の甲冑だった。

 

 

 しばらく、アラデルは掌に灰がつくのも構わず無言でその感触を確かめていた。固く冷たい感触は確かにそこにあるのに、どこか夢心地だった。小さい頃は埃の舞う屋根裏でこれによく話しかけていたものだった。その頃の無邪気な自分と今の自分が、交わっていくような感覚。

 

「お気に召したかな?」

 

 背後の声に思わず肩を跳ねらせるアラデル。振り返った先にはイグナスがいたずらっ子のような顔で待ち構えていた。

 

「どうして…」

「シージからあんたの大事なものって聞いてたからな。それにこれは蒸気甲冑だ、あの火災の中でも残ってるだろうと思って探させたら思った通りだった。流石、戦場で最後まで立ち続けたって逸話は伊達じゃない」

 

 イグナスはしっかり質問に答えたが、その回答にすらいくつもの疑問が浮かぶ。

 

 もう数日後には軍事委員会との最後の決戦を控えているこの状況で、何故そのような事をしたのか。人手も物資もなにもかもが足りていない、まだ巡回のサルカズ兵士達に見つかるかもしれない、そんな状況でこんな骨董品を掘り出すために危険を冒したのかと。

 

「こんなサプライズみたいな感じで呼んどいてなんだが、俺はこれを飾り立てるために回収したわけじゃない」

 

 だがその一言で空気が一転する。言葉を詰まらせるアラデルの前でイグナスが真剣な眼差しで蒸気甲冑を見上げた。

 

 

「俺は蒸気騎士を復活させたいって思ってる」

 

 

 工場に響いたその言葉に、アラデルが絶句した。

 それほどまでにイグナスの考えは突拍子もないものだった。開いた口が塞がらず、ようやく口にできたのは震えた否定の言葉だけ。

 

「何を言ってるの? そんなこと、できるわけがないわ。これは確かに蒸気甲冑だけど製造されたのは1世紀以上も前の事よ。まともに動くわけが無い」

「その点なら心配すんな。その道のプロを呼んである」

 

 カツカツと靴音が工場内を木霊する。そこを訪れたのは銀の髪を靡かせたフェリーンだった。

 アラデルは彼女を知っていた。ロドスと合流して暫くした頃、自救軍に助け出されたハイベリー区の住人。その中心的な人物として彼らを従えていたベテランの工員。

 

 彼女は付けていたゴーグルを押し上げアラデルに向き合う。

 皺と年季を刻んだその目元が柔らんだ。それが、アラデルには胸の奥を覗かれたように思えた。

 

「キャサリンさん…」

「カンバーランド当主殿。お名前はよく伺っているよ」

 

 自救軍の分隊長、フェイストの祖母。そしてこのあたりの工場を管轄するベテランの工員でもある彼女は、かつて蒸気騎士を始めとしたヴィクトリアの軍事兵器製造にも携わっていた。

 そんな彼女であれば、確かにメンテナンスくらいはできるかもしれない。

 

「…それでも無理よ! 第一、間に合うはずが無いわ」

 

 それでも、首を縦に振るには足りなすぎる。アラデルは彼女の登場に、目の前に垂らされたか細い蜘蛛の糸に縋りそうになった自分を戒めた。

 

 蒸気甲冑の製造工程はヴィクトリアの軍事機密にあたる。当然、使用されるパーツも国家の意思のもと制限されていた。そして最後のアスラン王が処刑され王室と議会が機能しなくなったことでその製造は26年も前から絶たれている。

 専用の工房も閉ざされ、替えとなるパーツもない。そんな状況で万が一間に合ったとしても、武装も無いそれは少しデカいだけの木偶の坊。到底戦力にはなり得ない。

 

 アラデルはイグナスの真意を察している。きっと、彼は本当の意味で自分を救おうとしているのだろうと。あのカスター公爵との交渉時でさえ、貴族の柵から自分を解放しようとしてくれていたから。

 彼が敏い事はこの数日で見せつけられた。きっと自分の中に澱のように残る、裏切りへの罪悪感に彼は気付いている。それを晴らそうと、自分に心の奥底に願った夢を叶える最後の機会を与えようとしてくれているのだろうとアラデルは分かっていた。

 

 だからこそ、これは受け取れない。

 

 象徴である事だけに意味はない。今必要なのは、確かな戦力。貴重な資源と労力を費やしてまで案山子を造るべきではない。

 信頼を裏切り、自分の信念すら曲げて、情けなくも生き恥を晒している自分に、不相応なものだから。

 

 

 戦力的にも、心情的にも、この救いに価値はない。そう伝えたアラデルだったが、イグナスの意見は変わらなかった。

 

「どうして、そこまで…」

「それはな。これが俺だけの願いじゃないからさ」

「…それは、どういう…?」

 

 アラデルがその言葉の意味を問う前に工場の扉が再び開かれた。今度は複数の足音と荷台のキャスター音が鉄の床を鳴らした。

 

「イグナス~! 言われてた物、持って来たぞ~!」

「いてて、年寄りの腰には少し響くな」

「もう、そんなに重いんだったら私が変わるのに」

「キャサリン。お前先に見物してるとかずるいじゃねえか」

「あんた誰にもの言ってんだい? この仕事は、私が責任者だよ?」

 

 いくつかの荷台とともに、自救軍のフェイストを始めとした工員が続々と中に入ってくる。その数は十を優に超え年齢も様々。キャサリンに洟垂れと言われる若者から、工場の責任者だったベテランまで。その腰に愛用の工具を携えて蒸気甲冑の前に集まってくる。

 

「貴方達、どうして…?」

 

 戸惑いを隠せないアラデルに答えたのはフェイストだった。

 彼は傍らのロックロックや同じハイベリー区の工場で育った工員達、そして先達として尊敬しているベテラン工員達を見渡し、再びアラデルに向き直る。

 

「アラデルさんはずっと俺達自救軍を陰で支援してくれてたんだろう? 指揮官から聞いたぜ。ならこれは俺達を支えてくれてたあんたへ恩を返す絶好の機会だ。本来俺達の本分は戦う事じゃなくて、造ることだからな!」

 

 彼らの想いは1つらしい。

 フェイストがその巨体を見上げる。照明の光が瞳に映っている。その目が少年のように輝いて見えるのは、きっと気のせいじゃない。彼の後ろに控える人々も皆一様に眩いものを見上げるように目を細めていた。

 

「それに、見てみたいんだ。俺達が憧れた、あの蒸気騎士の雄姿を!」

 

 そんな彼らの姿が、アラデルの胸をぎゅっと締め付けた。

 

 ヴィクトリアにとって、蒸気騎士は単なる軍事兵器ではない。

 幼少の頃から物語られた圧倒的な雄姿。高潔な精神。それはヴィクトリアの全ての障害を打ち破る希望の象徴。

 

 あの内乱以降、空を翔ぶ彼らの姿を見た者はいない。それでもなおその存在は国民に深く刻まれている。蒸気を纏い、天に見事な白い直線を引き、日光を反射し黄金のように煌めく巨大な甲冑。

 

 アラデルは、彼らの思いを否定できない。そんな風に瞳を輝かせた姿を、彼女はよく知っていた。一度捨て去ったにも関わらず、心の奥底にこびり付いて離れない幼い誓い。暗く淀んだ空間で、ドレスを着た幼い少女が自分を見上げていた。

 

『私が受け継いで、守るんだ』

 

 無邪気に、それでも真剣に。高潔不変の名に恥じぬようにと。そう語る少女の姿が眩しくて目を瞑りたくなる。

 それでもその少女は声を上げる事を止めない。ここに確かにいるのだと、そう主張していた。

 

 

「・・・・・部品は、どう調達するの・・・・?」

 

 苦し紛れに残る懸念点を指摘しアラデルは自分の本音から目を逸らした。だがその逃げ道すらイグナスにはお見通しだった。

 

 工員達が道を開ける。

 そこには彼らが押してきた荷台が複数あった。その上にはいくつもの金属部品が置かれており、どれも荷台に到底収まらないような大きさだった。

 

 一見何の部品か分からないような物からどこか見覚えがあるような物まで。所狭しと敷き詰められたそれらの内、1つの部品に目が留まった。

 

 1本の筒にしか見えないそれ。だが縁は鋭く研ぎ澄まされており、全体を視界に収めてようやくそれが巨大な銃身だと気付いた。見覚えのあるそれに思いつくものがあったアラデルはハッと他の部品を見渡した。荷台の上に雑多に並べられたそれらの輪郭が鮮明になる。蒸気圧で動くシリンダー。巨大な杭を備えるパイルバンカー。甲冑のような金属塊。その全てが地下王墓の記憶と結びついていく。

 

 鎮座する多くの部品たち。よく見ればそれらはどれも少し薄汚れていて傷がついている。それでも、その緻密かつ頑丈な造りはヴィクトリアの誇る軍事技術の中でも最先端に近いものが使われている証拠だ。

 

 それらは、忠義を貫いた最後の蒸気騎士の兵装の一部だった。

 

「まさかこれは、彼の?」

「そうだ。幸い地下王墓はパトリオットが道を開けてくれていたおかげでもう一度入れたからな。彼を助け出すついでに、いくつか拝借した」

「…彼は、どうなったの?」

「王墓に埋葬した。多分それがいいだろう。シージも了承してくれた」

 

 イグナスが一団から少し離れたところに立つレユニオンのメンバーに目配せした。それに対し、最後の蒸気騎士への敬意を示すべく彼らは胸に小さく手を当てた。

 

 イグナスは飛空船が退去していくのを確認してすぐ、地下王墓でのあらましを把握し自救軍ではなくレユニオンのメンバーを向かわせていた。まだ事情を知らないロンディニウムの人々にとって蒸気騎士を国が裏切ったという事実は刺激が強すぎたからだ。

 

 そして最後の蒸気騎士を弔い、彼の遺志を継ぐべくその甲冑を解体した。

 

 アラデルは彼が安らかに眠れた事を確認でき息をつく。だが、その後に降りかかってきたのは大きな不安だ。

 

(使って、いいの? 許されるの?)

 

 初代蒸気騎士の甲冑がアラデルを見下ろしている。その兜の奥のがらんどうが、自分を品定めしているように感じられた。逃れようとしても眼下で擦り傷だらけの部品が自分を見上げている。

 

 赤黒く薄汚れたそれ。染みついたシミの正体など、考えなくても分かる。

 

 これらは全て、偉大な先人の覚悟の表れだ。それを、踏みにじる行為なのではないか?

 

 

 俯くアラデルの肩に、キャサリンが手を置いた。グローブの硬い感触がしっかりと彼女を掴み支えていた。

 

「野暮なことは聞かないよ。私も上の方のゴタゴタに首を突っ込みたくないからね」

 

 そう言いつつも彼女は頑として責任者の立場を譲らない。その手はアラデルに退く事を許さず、2人隣り合って騎士の遺したものに向かい合わせた。

 アラデルの視線の先には蒸気騎士の要となるコアがあった。

 

 

 

「それでも、これはまだ役目を果たしたがってる」

 

 その言葉にハッと息を呑む。

 

 もう十分すぎる程戦った。片や数世紀も前に。もう一方はその忠誠を以て国の象徴を孤独に守り抜いた。

 それでも、まだ、最後まで戦い抜くのだと。そう訴えている。

 

「といってもここにあるのは旧型の蒸気甲冑に壊れかけの部品と不十分な製造ライン。それに職人は25年前に経験があるだけのロートル共ときた。全力を尽くすと誓うけど、おそらくギリギリの戦いだ」

「俺達がいることも忘れんなよ~」

「そうだそうだ!」

 

 フェイストを始め、若い工員やロートル呼ばわりされたジジイ共が声を上げる。

 

「うるさいよ放蕩息子、腕は鈍っちゃいないだろうね?」

 

 そんな彼らを窘めつつキャサリンは笑っていた。

 これまでで一番の大仕事に腕を捲る職人達。その表情は今までに無いほどに晴れやかで。

 

「…分かったわ」

 

 それに否を突きつける事など、アラデルにはできなかった。

 

 

 

 

 

 こうして自救軍のメンバーを中心とした蒸気甲冑の整備班の短くも長い戦いが幕を上げた。

 

 少ない資材と限られた時間。補修に使う部品は一世紀超えの技術差のせいで都度細かい調整が必要になった。分厚いプレートを時には溶炉にぶち込み叩いて整形していく。武装と蒸気甲冑を接続し繋げるだけでもハードソフト両方の面から様々な問題が起きた。そのたびに職人同士が顔を突き合わせ意見をぶつけ合った。

 

 工場の中ではそれから数日、作業の音が止むことはなかった。限界まで作業し、気絶するように寝れば彼らを引き摺り出して新しい工員が作業に合流する。連日連夜、その工場の中だけは工具の音が鳴り止まなかった高度経済成長期の喧騒を取り戻していた。

 忙しなく駆け回る工員。製図を囲んで意見を交わすベテランの職人。久方ぶりの、自分達にとって意義ある作業の日々は連日の疲れを忘れさせていた。それどころか嬉々として自分の作業へと没頭していく。

 

 

 そして、最後の工程を残すだけとなったその時。ザ・シャードが起動した。

 

 ロンディニウムを中心に広がる赤黒い雲。それが巻き起こす風が源石粉塵を運び都市を巡っていく。既に屋外は防護装置を装備していなければ息を吸うだけで鉱石病を発症するほどの危険な空間と化している。

 

 そして、悪い状況というものは重なるもの。

 

「くそ、あとちょっとって時に!」

 

 限界まで調整を続ける工場。そこに扉が乱暴に叩かれる音が響いている。

 

 最終決戦のこの時に秘密裏に稼働する工業地域。いくら窓を全て閉め切り光と音が漏れないようにしたところで見つかるのは時間の問題だった。既に工場の扉の前には異変を感じたサルカズ兵士達が押し寄せており、閂をした扉を何度もこじ開けようとしている。

 重たい金属製の扉が外からの衝撃で凹み歪んでいく。そこはあと少しもしないうちに破られるだろう。

 

 その内側で、作業の手が空いた工員は武器を構えていた。傭兵であるサルカズに真っ向勝負など自殺行為だが、ここまで来て退くことはできなかった。

 

「おいキャサリン、まだか!?」

「今やってる」

 

 キャサリンが蒸気甲冑の内部に入り込み、そのコアの点火装置を何度もかけ直している。

 だが状況は芳しくない。

 

「どうしたんだい、こんな時に…」

 

 小さく悪態をつくも、その結果は変わらない。元々旧型の蒸気甲冑に無理な形で最新式の炉心を接続したのだ。嚙み合わせが悪いのも承知の上だ。だがここに来て、最後のピースが埋まらない。

 

「やばい! そろそろ侵入されるぞ!」

 

 外のサルカズ兵達ももうなりふり構わなくなってきていた。アーツや簡易的な巫術砲が撃ち込まれ、頑丈なはずの扉がみるみる歪んでいく。もういつサルカズが流れ込んでもおかしくない。

 

 そんな中、レユニオンのメンバー数人がフェイストの傍に駆け寄る。

 彼らは最後の蒸気騎士を弔い、その流れでそのままこの工場についていた万が一のための戦闘員だった。

 

「おい坊主。俺達をジップラインで外に連れ出せるか?」

「できるけど、外はもう天災雲と源石粉塵で汚染されている。そんなところに出たら!」

「上等だ。防護装置は身に着けてるし、俺達は元から感染者だ。万が一があっても少し体調が悪くなるくらいで済む」

 

 そう言ってのけたレユニオンの戦士。だが、フェイストは踏ん切りがつかない。

 体調が悪くなるくらいで済む? それは詭弁だ。むしろ源石に体を蝕まれている彼らが外に出ればただでさえ少ない寿命を削ることになる。

 

「お前達が出たところで大したことはできんさ。だが俺達はこの日に向けて訓練をしてきた。言っていただろう、お前達の本分は造る事だってな。なら俺達の本分は戦い、守る事だ」

 

 周囲で侵入に備える工員達を見渡した。その殆どが命の遣り取りなんてしたこともない一般人だ。武器なんて持っていない人間が殆どで、レンチなどを両手で握りしめ体を震わせている。

 

 それを彼らは恥とは思わない。むしろそれでもなお立ち向かおうとする意志に尊敬すら浮かぶ。だからこそ、レユニオンのメンバーたる彼らは自ら進んで死地へと向かう。

 その腕にレユニオンの腕章を巻いた時、胸に刻んだ理想に殉じるために。

 

 そして彼は最後に、工場の中央に鎮座する蒸気甲冑を見た。その中では1人の貴族が背負う期待と懸命に向き合おうとしている。

 蒸気騎士に憧れ、そして託されたアラデル。彼女に届くように声を張り上げた。

 

「それに俺達も元ヴィクトリア市民だ。見てみたいのさ、かつて憧れた本物の騎士様ってやつを!」

 

 彼がレユニオンの白いフードを脱ぐ。出て来た壮年のフェリーンの頭にはヴィクトリア軍の制帽が乗っていた。

 踵を揃えヴィクトリア式の敬礼をする。指先が綺麗につばに添えられ、微塵も揺らぐ事のない体幹が頭の頂点を糸で釣り上げたかのように思わせる。そんな、どこまでも綺麗な敬礼だった。

 

 蒸気騎士に憧れる気持ちは、自分達も同じなのだと。

 そこまで示されて、もはやフェイストに断る理由はなかった。

 

 数秒後、レユニオンの戦士数名がジップラインを伝って外へ飛び出した。

 突然の奇襲から始まり、扉の外に怒号と爆発音が連続する。扉を隔てた先で、決死の時間稼ぎが始まった。

 

 

 

 その様子を、アラデルは操縦席で見ている事しかできなかった。

 カメラ越しの、彼らの期待と敬意が胸に重く圧し掛かる。

 

 蒸気騎士の操縦席は狭く、冷たい。周囲には無数の計器が溢れ、その全てが自分を見張っているような視線を感じる。

 ずっと、自分がここに座っていいのか。そんな疑問が繰り返し頭の中に浮かんでいた。動いて欲しい、そんな嘆願にさえ応えてくれないのは、自分にその資格が無いからなのではないか。そんな予想が心を抉った。

 

 アラデルは衝動のまま胸を抑える。折れかけた心の柱は悲鳴を上げ、一度はもう止めてと叫びかけた。

 

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 自分の為に。圧倒的な人数差にも関わらずそれに立ち向かって行った戦士を見た。

 生涯武器なんて握った事の無い彼らが、身を震わせながらも逃げ出さない背中を見た。

 

 アラデルは、ここに来て、ようやく自蔑を捨てた。

 

 ここには、もう既に様々な想いがかかっている。

 ヴィクトリア市民の憧憬、ベテラン工員の汗、騎士の誇り、そして故郷を取り戻したいと願う切なる願い。

 

 その願いが、踏みにじられていい筈がない。

 それを叶える誰かが必要だった。それが例え、一度は彼らを裏切りかけた人間だったとしても。

 

「…そうね。足りていなかったのは、私の覚悟だった」

 

 

 騎士とは、何たるか。

 それは、国の期待を一身に背負い、それを為す存在。

 

 

 没落した貴族。夢見ていた小娘。裏切りの臣下。そうやって自分に資格がないと思い続けていた。貴女こそが相応しい、そんな期待が的外れで不相応なものだと決めつけていた。

 

 だけど、そうじゃない。

 

 もう彼らは自分に賭けてくれている。ならば、応えなくてはならない。

 それこそが高貴なる者の義務。例え嘘偽り欺瞞に塗れようとも、その願いを叶える義務がある。

 

「お願い。力を貸して…」

 

 独りきりの空間で、アラデルは操縦桿を握りしめ語りかける。亡き先代の、蒸気騎士の魂がそこに宿っていると信じて。

 

「私には、ここに乗る資格が無いのかもしれない。それは今でも思ってる。貴方達の忠義に比べたら、私の意志なんて弱いものかもしれない」

 

 それでも。

 

「助けたい人がいる。守りたい想いがある。一度は諦めた私だけど、この夢だけは譲れないの…!」

 

 蒸気騎士。ヴィクトリアの誇る、希望の象徴。

 彼らの雄姿が、ヴィクトリアを照らしその障害を打ち破ってくれる。

 

 そう信じてくれる人がいる。だから。

 

「私に、ヴィクトリアを救うチャンスを頂戴っ!」

 

 

 涙が滲む。そんな中、声を震わせて出た情けない懇願。

 狭い操縦席は音を隔て、その声は外に伝わることなく霧散した。

 

 

 だがその声は確かに金属を伝い、その甲冑を僅かに震わせた。四肢に、兜に、そして中央のコアに。

 アラデルの言葉は確かに蒸気甲冑を震わせ

 

 

 

 

 騎士の炉心に、火を灯した。

 

 

 

「! ようやくかい」

 

 炉心が点火され、唸るような轟音が反響する。

 

「…ありがとう」

 

 それだけを漏らし、アラデルは涙を振り払って前を見据えた。

 アイカメラに映る、工場の巨大な扉。操縦桿を前に押し出し、歪み外れかかったそれに向かって一直線に駆けていく。

 

 進む蒸気騎士の躯体は金属製の扉をまるで障子の紙のようにぶち抜き、工場の前に躍り出た。

 

 動揺するサルカズ兵達の中心。そこに血に染まりつつあるレユニオンの白パーカーが見えた。

 

 それを避けて拳を振るう。単純なその動きも蒸気騎士のそれは一撃で大地を割る。勢いそのままにアラデルは周囲のサルカズ兵を一掃した。

 突然の乱入。加えて感じる圧倒的な存在感。サルカズとの戦争で何度も猛威をふるった蒸気騎士の姿に平静を保つことは難しく、サルカズの包囲網は瞬く間に崩れていった。

 

 アラデルは討ち漏らしたサルカズ兵が撤退していくのを見送り、すぐさま倒れ伏すレユニオン戦士の傍に屈んだ。

 だが処置をしようにもその機体ではむしろ傷つけるだけだ。一刻も早く治療を受けさせようと工場の方を振り返る。

 

 

 その時、アラデルは誰かに呼ばれた気がした。直感のまま、アラデルは遥か遠い空を見上げた。

 それはここよりも遥か遠く。シージ達がカスター公爵艦隊へと合流する手筈だった場所だ。

 

 確証はない。それでも、救いを求める声が聞こえる。

 この場を離れるべきか。それとも彼らの安全の確保を優先するべきか。迷うアラデル。

 

「行って、こいよ」

「!」

 

 振り返れば、倒れていたレユニオン戦士が仰向けになりアラデルを見上げていた。

 

 彼は言葉なんてなくとも、蒸気騎士の視線の先にあるものを察していた。守るべき者の元に現れる、それこそが騎士の務めだ。だから今も血が流れ出る傷を抑えながら、精一杯の虚勢を笑みを浮かべて言う。

 

「そのための、蒸気騎士なんだろう?」

 

 返事はなかった。その代わり、アラデルは右手を兜のこめかみに付け敬礼をした。

 そしてそのまま蒸気を噴かし空へと翔んだ。

 

 蒸気の靄を残し、一直線に空へと駆けていく黄金の騎士。その姿は血に染まった視界の中でもなお鮮明だ。

 遠くなっていくその背中を見上げ、レユニオンの戦士は呟き目を閉じた。

 

「…へへ。やっぱ、かっけえ、な…」

 

 

 

 蒸気騎士が空に一条の線を残す。

 

 アラデルは背を押す期待のままに空を駆け、瞬く間にシージ達の元に辿り着き眼前の敵をなぎ倒した。

 地響きを立て、アラデルは戦場に降り立った。唸る炉心が蒸気を吐き出す。

 

(ほんっとうに、きついわね!)

 

 操縦桿を脂汗の浮かぶ掌で握りしめながら、やせ我慢にも似た笑みを浮かべるアラデル。

 初めて操縦したそれのあまりのじゃじゃ馬ぶりに、思わず悪態をつきかけた。

 

 なんせ操作はぶっつけ本番。安全装置もなし。数十トンに及ぶ巨体にかかるGはほぼダイレクトに操縦席へ伝わってくる。くわえてその躯体を駆け巡る蒸気の熱で操縦席は常にサウナ状態だ。操縦桿にはアシストが付いているとはいえ、足を一歩踏み出すだけで体力をごっそりと持っていかれる。

 

『よくお聞き。これは新旧の部品を継ぎ接ぎに接続したから至る所に無理がある。加えて装備は碌にメンテナンスもしてなかったせいでガタだらけさ。だから稼働時間は精々30分、よく覚えとくんだよ?』

 

 そう念入りに忠告してきたキャサリンの言葉が身に染みる。

 

 改めて、蒸気騎士というのは素晴らしい栄誉だったのだなとアラデルは実感する。この中で戦場を俯瞰し一騎当千の戦力として日中夜動き続けた先代達は類まれな人々だったのだろう。

 

 

 だが、それでも。

 

 

 限られた時間、多くの人に支えられ創り出された魔法のような時間。ただこの時だけは、自分は騎士。あらゆる敵を打ち砕き、ヴィクトリアを守る忠義の騎士。

 ここに来て、ようやくアラデルは騎士の伝統の意味を悟った。これほどの重圧に応えるため、彼らは戦場で自らの名を名乗るのだ。自分はそれを担うに足る人物であると、周囲に、そして何よりも自分に言い聞かせるために。

 

 だからアラデルは名乗りを上げた。その声は操縦席の外には聞こえない。それでもよかった。何故ならこれは自分自身への誓い。

 

「高潔不変のカンバーランド、参るっ!!」

 

 蒸気が唸りを上げ、その兜から光が漏れ出る。

 足を踏み出したその振動が、正面に立つサルカズ軍を震わせた。

 

 

「止めろ!」

 

 サルカズの指揮官の悲鳴染みた命令が足を止める彼らに喝を入れた。

 すぐさまナハツェーラーの使徒を中心とした一団がアラデルを潰しにかかる。

 

「炎剣、展開っ!」

 

 蒸気騎士の右手に接続された銃身が熱を帯びる。超高濃度に圧縮された熱源を銃身から展開し全てを焼き切る対艦武装。刃渡り3メートルの炎の剣が顕現する。

 だがそれだけで終わりではない。

 

 アラデルがアーツを展開する。蒸気甲冑を中心に旋風が巻き起こり、それは炎の剣に収束していく。

 アラデルのアーツは周囲の風を操作する。限界まで圧縮された大気が、炎の輝きを増していく。燃焼反応に必要な酸素が過剰に供給され燃料を貪る。

 そして熱を食らい尽くした分だけ、その刀身が延長していく。

 

 

 放つ熱に比例して戦場を白光が埋め尽くす。そのあまりの熱に銃身さえ焦げ付き始めた。

 そして限界まで強化したそれを、アラデルは振りかぶった。

 

 

 そして薙ぎ払う。それだけで世界が縦に割れた。

 その軌跡上の全てが溶断され、使徒が瞬く間に枯木に帰した。

 

 蒸気騎士の眼前数十メートル。そこが扇状に綺麗に削り取られる。

 その衝撃抜けきらぬまま、アラデルは操縦桿を前に押し出す。

 

「押し通る!!」

 

 炉心が唸りその巨体が一直線に駆けだす。サルカズに埋め尽くされた戦場を蹂躙し、一番槍となって肉壁を薙ぎ倒していく。誰も彼女を止められない。一瞬で形勢を逆転された恐怖が彼らの足を退かせ始める。

 

「蒸気騎士に続けぇぇええええ!!!」

「「「「「「おおおおおおおお!!!!」」」」」」

 

 そこに畳みかけられる、シージ達の鬨の声。その背に続く彼女らはこれまでとは比べ物にならない程速く前へと前進していく。

 

―残り、800メートル。

 

 蒸気騎士が拳を振るう。それだけで大地が割れ敵が宙を舞う。その鎧は後ろに1つたりとも攻撃を通さず、全てを受け止めて道を切り拓いていく。

 

―残り、600メートル。

 

 堪らず空中戦をしていた霊骸布が地上に殺到する。これ以上先に進ませまいと飛ぶ斬撃と腐食の霧を眼下に叩きこむ。

 

「させない」

 

 だがそれも戦況の変化を感じ取ったマドロックによって防がれる。ガーゴイルが盾となりその攻撃は地上に届く前に殆どが霧散した。

 均衡が崩れ、余所に意識を削がれた霊骸布が徐々にその数を減らしていく。

 

―残り、500メートル。

 

 気付けば小さな点でしかなかったカスター公爵旗艦が目の前に聳え立っている。その船首は巨大な源石クラスターによってかちあげられ動くのもままならないようだ。

 

 その上に、シージが目指すべき台座がある。諸王の息の力を増幅させ、源石の嵐をはらうための装置はすぐそこだ。

 

 だがその前に、白布に覆われたナハツェーラーが降り立った。戦神、ネツァレムが遂に直接相手取ろうと戦場に降りて来たのだ。

 アラデルは甲冑を通してなお伝わってくる怖気に蓋をして全速力で突撃する。圧倒的な質量差を前面に押し出し無理矢理突破しようとした。

 

「ここは通さぬ」

 

 ネツァレムがアーツユニットを掲げる。それだけで枯枝が伸び広がり蒸気騎士の視界を埋め尽くした。

 

「この程度!」

 

 アラデルが再び炎剣を展開し枯枝の壁を切り裂いた。

 だが広がった視界の先、ネツァレムは既に準備を終えていた。

 

「!」

 

 展開される腐食の霧。生み出された霊骸布。そしてネツァレム自身が編み込んだアーツ。

 それらが全て、蒸気騎士に殺到する。

 

 濃密な腐敗の霧が、甲冑を溶かし関節を錆びつかせる。金属の軋む音を響かせながら強引に足を踏み出す。

 霊骸布の斬撃が四方八方からアラデルを襲う。甲冑が削られ、視界の半分が潰された。蒸気甲冑の右腕がその関節に斬撃を叩きこまれ斬り落とされた。

 

 それでも止まらない蒸気騎士に、ネツァレム自らアーツを振るう。

 

 枯朽の王庭が放つ全力のアーツ。

 それは不可視の力場となって頑強な鎧を拉げ、両足を斬り落とした。

 

 進むための足を失い、ゆっくりと前かがみに倒れていく蒸気騎士。

 あとは朽ちるのを待つだけ。ネツァレムは杖を振るい腐食の霧を殺到させる。

 

「まだ、まだぁぁぁあああああ!!!」

 

 だがアラデルは諦めない。蒸気騎士の背中からジェットが噴射する。ほぼ水平に近い体勢で、無理矢理地上スレスレを飛ぶように進む。

 

 左腕以外の四肢を捥がれ、それでも突っ込んでくるのは流石にそれは予想外だったのか対応に遅れるネツァレム。その懐に蒸気騎士が潜り込んだ。

 

 最後に掴んだ絶好の好機。その左腕が突き出される。

 だが、巨大な金属の腕は寸前で勢いを失ってしまう。ネツァレムの操る枯木が腕に巻き付きその動きを封じていた。

 結果として、その一撃はネツァレムの胸を軽く押すだけに留まった。

 

「惜しいな」

 

 最後の抵抗もむなしく、蒸気騎士は沈黙する。

 ネツァレムはその背後に目を向けた。彼の弟子でありサルカズを運命から解き放たんとする男、テレシスの道を妨げる最大の楔がそこにある。

 

 諸王の息。それは蒸気騎士の後ろに続く一団の誰かが手にしているはず。ネツァレムは目を凝らし、そして見つけた。

 

(やはりお前が持つか。獅子王の遺児)

 

 一見何の変哲もない剣。それを持つのは戦場でもなお輝く金髪をしたアスランの戦士。

 勇ましく、眼光鋭く、向かうべき台座を真っ直ぐと見据えている。

 

 彼女を通すわけにはいかない。アナンナの再誕はすぐそこだ。

 

 ネツァレムが一歩踏み出す。だがその間際、撃鉄が下ろされる音がした。

 

―カチッ。

 

 ネツァレムの空洞が、動揺に揺れた。

 度重なる衝撃で潰れかけた操縦席の中、アラデルは意表をつけたと口角を上げる。

 

 それはアラデルが最後の蒸気騎士に託されたもう1つの兵装。

 移動戦艦の装甲を貫通するパイルバンカーが火を噴き杭をゼロ距離から射出する。

 

 それはネツァレムの胸に大きな風穴を空け、なおも止まらず背後の源石クラスターを粉微塵にした。彼の纏う軍旗が衝撃で引きちぎられ宙を舞う。

 

「ゴハッ!!」

「宗主!」

 

 霊骸布が叫ぶ。

 

 一方で力を使い果たしたアラデルはプツリと意識を失う。

 それでもその間際に、外壁の歪んだ操縦席で1人呟いた。

 

「あとは頼んだわ、ヴィーナ」

 

 誰にも聞こえるはずの無い小さなバトンを。

 

「ああ。あとは任せろ」

 

 シージは確かに受け取った。

 

―残り、400メートル。

 

 それはまるで弾丸のようだった。シージがそこを抜き去り旗艦に向かって一直線に駆けていく。

 

「止めろ!」

 

 霊骸布が追いすがる。だがその斬撃は彼女を捉えられない。

 疾走する黄金を止められる者は誰1人としていない。

 

 

 ただ1人。致命傷を負ったはずの戦神を除いて。

 

「戦争が終わらぬ限り、吾輩は不滅である」

 

 彼女の背中に無数の白布が迫る。ネツァレムがあろうことか胸に巨大な虚を抱えたままアーツを放っていた。

 その白布は生者を包み腐肉に変える。生を貪り死を苗床にする呪いの顕現。

 死が彼女の背に届く。その体を絡めとろうと伸びる。

 

 だがシージはそれに気付かない。いや、見ようともしない。

 

 真っ直ぐ。ただ自分が向かうべき先を見据え走っていく。その背後を憂う必要はない。

 何故なら。

 

 

 彼女は、1人ではないのだから。

 

「させねえよ!」

「行け、ヴィーナ!」

「こっちは任せて!」

 

 グラスゴーの刃が、シージに伸びる魔の手を切り裂いていく。

 

「総員、ヴィーナの援護を!」

「殿下に指一本たりとも触れさせるな!」

 

 彼女らだけじゃない。後ろに続くデルフィーンやウィンダミア公爵軍の攻撃がグラスゴーの討ち漏らしを削っていく。

 

「殿下。俺達に勝利を!」

「故郷を取り戻させてくれ!」

「このクソッタレな源石を晴らしてくれ!」

 

 ヴィクトリア市民が叫ぶ。何十、いや何百人の願いが1つに束ねられた。

 

 その言葉は空気を震わせるだけ。だがその言葉に背を押されるように、シージは速さを増し大地を踏みしめる足には力が漲っていく。

 

 もはや言葉は要らない。その背を、その輝きを、成した結果を以て答えればいい。

 

―残り、100メートル。

 

 

 聳え立つ源石の山を、シージはものともせず駆け上がっていく。夜空に似た漆黒の中で星が空に飛んでいくようだった。

 そしてその頂上に辿り着いたシージは、崖の縁で足を踏みしめ跳んだ。

 

―残り、10メートル。

 

 眼下に広がる甲板に剣の台座が置かれている。シージは諸王の息を逆手に握りしめ、大きく掲げた。

 弓なりに落ちる先は、丁度台座の中央。剣を突き立てる窪みがよく見えた。

 

 

 シージは願う。

 

 理不尽に抗う強き者に。

 平穏な明日を祈る弱き者に。

 

 そしてなにより、この戦争を終わらせるため戦う全ての者に。

 

―残り、0メートル。

 

「ヴィクトリアに、栄光あれ!!」

 

 着地の瞬間。シージは剣を窪みに突き立てた。

 獅子が吼え、剣と台座が今、1つになった。

 

 光の奔流が全てを呑み込み、天を割った。

 

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