明日の方舟よ、良い旅を   作:アルパカ戦士

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第十一話 受け継ぐもの

 アザゼルの医者から案内を受けた俺達は、診療所のとある一室の前に通された。

 

 この中に、パトリオットを説得するための鍵となる人物がいる。

 緊張で唾を飲み込む。扉をノックすると、入ってくれと返事があった。

 

 部屋の中には、向かい合うように年季の入った革張りのソファが用意されており、一方には既に壮年のリーベリが腰かけていた。

 

 アザゼルのロゴが刻まれた黒いコートを羽織り、そのすぐ傍には背丈ほどもある大太刀を立てかけている。

 

 後ろの部下たちの雰囲気がひりつく。あくまでも話し合いの場に帯刀しているとあっては警戒するだろう。

 

 ましてやそれが、一診療所の管理人には似つかわしくないほどの”武”を感じる相手だったのなら尚更だ。

 

「お初にお目にかかります。貴方とこうして直接お会いできたこと、うれしく思います。今日は急な申し出を受けていただきありがとうございました」

「いや、こちらこそ。君達から安く譲ってもらっている物資のおかげでこちらも助かっている」

 まずは社交辞令から。お互いに穏やかに会話を始める。

 とはいえ、あちらからの好感度は決して低くないだろう。意図していたわけではないが、日頃から診療所や感染者達に便宜を図っていたのは無駄ではなかったらしい。

 だとすれば、今回の訪問の目的が見えないのがこちらを警戒している理由だろう。今も時々肌がひりつく感じがする。

 いわば今俺達は試されているというわけだ。

 

「ふっ。それにしても」

 そうして、彼は俺達、いや俺の後ろに控えている部下達を見据える。

「いい部下を連れている。皆、君にその命すら捧げようという強い意志を感じる」

「ありがとうございます。私としては困るのですがね」

 だからお前達、突貫してでも逃げる時間を稼いでやるみたいな覚悟の据わった目を止めなさい。

 

「何を言う? それほど部下に忠誠を誓われているというのはそれだけで名誉なことだ」

「私のために命を捨てようとは思わないで欲しいのです。私は小心者ですから」

 ほんといい奴らではあるんだが、どうしたものかね。

「ですのでその戦意を、収めてはいただけませんか?」

「ふむ。いいだろう」

 そう言って彼も戦意を収める。部下達も肩を下し溜息を吐いた。

 

「貴方ほどの方に威嚇されては、一般人の私達では太刀打ちできませんので。へラグ将軍?」

 

 その言葉に、部下達は勿論アザゼルの管理人、へラグ自身も目を見開いた。

 

「戦意を収めていただけるのではないのですか?」

 彼の手が太刀に触れる前に牽制する。暫くその手を彷徨わせていたが、俺が一切の敵意を見せていないことにそれを収めた。

「何故それを知っている? 何が目的だ?」

「そう警戒しないでください。私がこの事実を利用して貴方に何かを強要したり、貴方の大切なものに危害を加えることは一切ないと誓います」

「・・・・・」

「私はただ、貴方に力を貸して頂きたいだけです。勿論、これを拒んだからと言って診療所との関係はこれまでと変わりません」

 また警戒心を煽ってしまったが、仕方がない。こちらが素性を知っていることを暴露したタイミングで即戦闘になる可能性もあった。手を出さないと言質を取ったうえで早々に明かせただけ良しとしよう。

 このまま話を進める。

 

「ある人物の説得を手伝っていただきたい」

「・・・・一体を誰を説得しようというのだね?」

「ボジョカスティ。今も過去に縛られ続けている、頭の頑固なウェンディゴですよ」

 突如出てきた古い友人の名に、へラグは今度こそ驚きを隠せないようだった。

「彼は今何処にいる? 軍を抜けたことは聞いていたが」

「今は西北凍原で遊撃隊とともに感染者を守っています」

 そうして俺は彼に自分達の関係と移動都市再建等の計画、そして彼が南方への遠征を躊躇っていることを伝えた。

 

「私が行ったところで何ができる? 私とて南方への遠征は無謀とまでは言わないが、リスクは高いと思う。彼ならば尚更その危険性を理解しているだろう」

「ですが、ここで行動しなければ私達に未来はありません」

「私達は今までもこの地で生き抜いてきた。何をそこまで焦る必要がある?」

 俺の姿勢に疑問を持ったヘラグ将軍は、質問を重ねた。

「君がいう未来とは何だね?」

「感染者が虐げられず、非感染者も暴力に怯えることがない、両者が共存した世界です」

 即答する。それをすぐには理解できなかったのか、彼は唖然とした表情で数秒固まっていた。

 そしてポツリと呟く。

「不可能だ」

「いいえ可能です。その為にも、南方遠征、そして彼パトリオットの協力が必要なんです」

 拡大する俺達を賄うことができる土地と食料。それらを維持防衛できる戦力を整えるためにも彼は絶対必要だ。

 そういった背景を含めて、俺はへラグにこと細かに伝えた。

 

 

 だが彼、へラグ将軍も首を縦には振らなかった。

「君の言う未来は、確かに素晴らしいものだ。だがあまりにも遠く、か細い。私はそこまでのリスクは冒せない」

 無意識なのか、右肩のエンブレムに触れる。

 彼が管理人として運営しているこのアザゼルと、そこで生活する人達が脳裏に浮かんでいるのだろう。

 そんな彼はもう、安易な選択をすることはできない。

 それに加えて。

「私はもう、戦争には関わらないと決めた。それにはもう、意義を見出すことができない」

 そういって、彼は傍にあった大太刀の鞘をなぞった。鯉口を見れば僅かに錆びついていて、もう久しく抜かれていないことが分かる。

「私は戦争から逃げた只の臆病者だ。今も多くを救う為戦う彼に、この言葉は届かないだろう」

 そう語る彼、へラグはどこか罪を懺悔しているようにも見えた。

 

 

 まあ、言いたいことは色々あるが、うまくまとめよう。

「3つ。よろしいですか?」

 そうして人差し指を立てて見せ、口を開く。

 

「1つ。貴方が臆病者かどうか、私には決めることはできません。それでも貴方が逃げなかったことはわかります」

「何を言う? 現に今、私は戦争から、軍から逃げ出してここにいる」

「ならば何故、今もその太刀を手放さないのですか?」

 かつての将軍は、息を呑んだ。

「失礼ですが、貴方のことは調べさせていただきました。ウルサスに極東の大太刀を振るう将官など過去にもいません。戦争を嫌う貴方が欠片も離すことがないほど大切にされている物です、それはどなたかの形見ではないですか?」

 前世で彼のプロファイルを読んだことがある。

 彼はかつて四皇会戦やカジミエーシュとの戦争で戦功を挙げた優秀な将校だったが、極東との戦争でウルサスの失墜を謀った友人を自ら殺し、その友人から大太刀と彼の娘を託された。

 それ以来、その娘を守り育てるため軍を離れ、この診療所『アザゼル』に身を寄せた。

 そして、その管理人が裏切った際、彼はまたそれに対処しその役割を受け継いだ。

 

 へラグは2度も裏切られた。それでも彼らを恨むことすらなく、彼らが慈しんだ物を自ら受け継いだのだ。

 そんな彼が逃げたなどと、俺には到底言えない。

 

「貴方は受け継ぎ、それを守ってきた。そんな貴方が逃げたなど、ましてや臆病者だなんてありえないですよ」

 

 俺の言葉にへラグは何も返さない。ただ目線を下げ、じっと手元を見つめている。

 それでもいい。ただ知って欲しかっただけだからな。

 貴方の行動はとても尊ばれるべきものだったと。

 

 

「2つ。私達は、戦争を起こすために戦っているわけではありません」

 

 俺達が目指すのはハッピーエンド。戦争起こして解決するなんてもっての外。それまでの戦闘ですらできるだけ減らしたいくらいだ。

 共存を謳うのなら禍根は少ないほうがいい。

 戦力を揃えるのはあくまで自衛と立場の確保のためだ。

 

「だが君達は戦う力を、彼を求めている」

「戦争のためではありません。手に入れた安息の地を、そこに住まう感染者達を、もう二度と理不尽に奪われないためです。それは、貴方だって同じはずです」

 彼だってそうだ。今も受け継いだものを守るため、その武器を携えている。

 原作で言っていた。義娘を治すためならば、それ以外の全てを捧げると。そうして彼はかつてのドクター(おれ)に何度も力を貸してくれた。

「貴方は戦争から逃げたと仰いました。ですが今も戦い続けている。国のためなどというどこか曖昧な大義のためではなく、守るべき人と場所を貴方はその目に確と映している。その為ならばその太刀を振るえるはずです」

「何故、そう思う?」

「こう見えて人を見る目はあるんですよ? 商人ですから」

 

 アーツを通して彼を視た。

 

 大丈夫だ。

 彼の魂は輝きを失っていない。ヴェールで覆われたようにその光には陰りが見受けられるが、その内には確かに時代を担うだけの大器を感じる。

 俺はその覆いを払う手伝いをすればいい。

 

 俺は立ち上がり、へラグに右手を差し出す。

「感染者と非感染者が、真の意味で平等になった世界。見てみたくありませんか?」

 彼はその手を掴むか、迷っていた。

「俺が、俺達が見せます。貴方だけじゃない、このウルサスに、世界にだって!」

 未だへラグは動かない。こちらを見上げぬままポツリと3つ目は? と問うた。

「これは個人的な感傷ですが、俺はパトリオットのことも救いたいんです」

「ほう」

 意外な俺の言葉に、へラグは興味を引かれたようだ。

 

 彼の、人より長い人生の多くは後悔に塗れたものだった。

 妻を亡くし、彼女と約束していた息子の平穏さえ自ら壊してしまった。

 息子に鉱石病に罹った事実を伝えられないまま、感染者のために立ち上がった彼を自ら殺してしまった。

 多くの戦友を失った。

 英雄と謳われたが、新たな時代と皇帝に拒絶された。

 

 それら全てを背負って、彼は今も戦い続けている。

 それがあの時視た魂の全てだ。

 圧倒された。恐怖した。

 

 でも、それ以上に哀しかった。

 

 もう、彼は失ってしまったものばかりだけれども。

 その荷を降ろしてくれだなんて無責任な事は言えないけれども。

 

 それ以上に多くのものを救ったのだと、そう胸を張って笑ってほしいじゃないか。

 

「気に入らないんですよ。俺も、仲間たちも、とっくに覚悟を決めて前に向かって進んでる」

 そんな中、大荷物背負ってるくせに誰にも頼らない男がいるときた。

「あの辛気臭い面に、一発ぶち込んでやらないと気が済まないんです」

 随分汚い言葉になってしまったが、これに尽きた。

 

「ふ。ふふ、ふふふあはははははは!!!」

 俺の言葉を聞き終えた彼は息を漏らし、やがて堪えきれず体を揺らしながら笑いはじめた。

 あんたそんな笑い方するんかい、びっくりだわ。

 

「そうか。よりにもよって彼を辛気臭いと言うか! 確かに彼は不器用で寡黙だったが、そこまで言うとは恐れ入った」

「ついでに頭が堅くて愛情表現が下手過ぎると加えておきます」

 笑いを抑えきれないようで、片手で腹を抱えながら蹲るかつてのウルサス将官。

 だが、それも収まりこちらを見上げた時、その双眸には強い光が宿っていた。

 差し出した手が掴まれる。

「いいだろう。彼の古い誼だ、手を貸そうではないか」

 掴んだ手を引いて立ち上がらせる。その時感じた重みはそのまま、彼の人生の重さを感じさせた。

 実に、頼もしい貫禄だ。

 

 こうして遂に、パトリオット攻略の手札は全て揃った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私ともあろうものが、すっかり絆されてしまったようだ。

 感染者と非感染者が共存できる世界か、なんとも壮大な理想を掲げたものだ。

 しかもあろうことか、あのパトリオットを過去から救い出したいなどと。

 久しく見ない、胸のすくような少年だ。

 

 もう二度と、自ら使うことはないと思っていた。かつて振るっていたものとは違う、傍らの大太刀を手にする。この『降斬』を手渡されたときのことが脳裏によぎる。

(受け継いだのであれば、次に繋げなくては、か)

 自分の義娘であるネオンも、最近は精力的に診療所の手伝いをしている。引っ込み思案な子供だった彼女も、今ではすっかりスタッフの一員だ。

 そんな義娘と彼が、どこか似ているせいだろうか。

 

 若者は可能性に満ち溢れている。

 彼の語る未来が、ネオンとこの診療所の者達、そしてそれ以上に多くの感染者の希望となることを祈るしかない。

(いや、祈るのではない。この老いぼれにできることといえば、若い者達の未来の礎になることぐらいであろう)

 

「どうやって彼を説得するつもりだね?」

 さて、彼は私をどう使うのか。少し楽しみになってきたな。

 好奇心のままに眼前の少年に問いかけた。肝の据わりようといい、彼は既にかつての英雄を説き伏せる計画を練り上げつつあるのだろう。

 だが、少々予想外の反応が返ってきた。

 

「古今東西、意見が分かれた男同士がすることなんて決まっているでしょう?」

 私との会談が上手くいって上機嫌な彼は、これからウルサスで最も高い障壁に立ち向かおうとしている。

 それにも関わらず、こちらを見上げる彼はいたずら好きの少年の顔をしていた。

 

「一度、大喧嘩し(なぐりあって)てやりましょう」

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