明日の方舟よ、良い旅を   作:アルパカ戦士

110 / 120
鎖を断ち切る神殺の刃よ。その刃は誰よりも鋭く、高き存在を地に堕とす。
孤独な王よ。その誓いは呪いとなり、足元を敵味方の血で浸すでしょう。
その歩みの先に光はなく陰もない。照らす者無き暗闇で、その膝は折れる。
どの魔王よりも険しく業火に焼かれる者。

その道を歩むと言うのであれば、心しておきなさい。

貴方は生涯において()()、真の理解者を失うでしょう。



第八十九話 最奥 コスモス

??? 源石内部“内なる宇宙”

 

 源石に呑まれた先の果て。

 それは宇宙より遥かに広大で、うつろう事の無い不変の海。

 全てが情報と化し、何物にも侵されない虚無と金色の世界。

 

 そして、その創造主の意思が眠る棺。

 

 

 ザ・シャード上空でアナンナに取り込まれたドクター達。だがその異常な空間で彼らはどうにか生き延びていた。

 旧人類でありこの源石というシステムの創造主でもあるドクターは、無意識に彼らを救い出していた。もしそうしていなければ今頃、アーミヤ達は全員源石に意識までも呑み込まれ眼下に広がる海の一部となっていただろう。それは死と変わらぬ結末だ。

 

 ドクターの記憶を基に源石が再現したロドス本艦を出て、彼らは甲板に上がる。

 そこで彼らは内なる宇宙の全容を見ることになる。

 

 そこでは数多のサルカズが武器を掲げ、殺し合っていた。ウェンディゴ、ナハツェーラー、バンシー、ブラッドブルード、更には今や途絶した種族である炎魔やアンズーリシックまで。彼らは皆怨嗟の怒号を上げていた。

 

 かつて没したサルカズの亡霊。死して尚源石から、戦争から逃れられぬサルカズの宿命の末路。

 それはテレシスがイグナスに語った、双子の魔王がその命を賭して解放するべき呪縛だった。

 

 金色の海の上を歴代の魔王に加え今や滅びた王庭が闊歩する。その足元にはまた別の戦場が映っていて、サルカズの兵士が偽りの命を散らしている。

 

 そして彼らの先に、一際目立つ構造物がある。

 アーミヤが空を見上げる。見慣れた青空はそこになく、天に向かって伸びる一本の巨塔の先が花弁のように花開いていた。

 

「バベル……」

 

 それはドクター、ケルシー、アーミヤ、Logos、Wにとっての始まりの名であり。

 そして今、辿り着くべき終着点だった。

 

「テレジアさんが、あそこにいます」

 

 アーミヤが指差す先はその頂上。そこにテレジアの想いを感じた。

 遂に一行は彼女と向き合う事になる。その瞬間を前にしてドクターの胸がざわつく。

 

 テレジアとの邂逅。それは彼にとって失った記憶と犯した罪と向き合う事を意味する。

 バベル時代、何故自分は彼女を裏切り手にかけたのか。それだけの罪を、何故忘れてしまったのか。

 

 

『ドクター。私達の絆は、時空さえ超える。そう信じてる』

 

 

 ドクターの脳裏に、あの言葉が小さく木霊する。

 

 アナンナに取り込まれてすぐ、ドクターはもう1人の源石の創造主である旧人類、プリースティスと相対していた。宇宙空間に浮かぶ星の船の中、彼女は何事も無かったかのように彼と滅びゆく星の最期を見届けた。

 朧げな意識は彼女と交わす会話によって次第に輪郭を帯びていき、2人しかいないその空間に違和感を覚えたところで彼はアーミヤ達とともに行動していたことを思い出す。

 

 問いただすドクターにプリースティスは自分との記憶が失われていることを嘆いた。だがそれもほんの僅かな出来事だった。白衣に身を包んだ彼女はすぐに絶対的な自信と包容を取り戻し、彼に手を差し伸べた。

 

 その光景を、ドクターは知っていた。記憶を失ってもなおその奥底に残り続ける光景。今の自分がアーミヤに助け出された時と同じように、慈しむように手を握るその眼差し。

 例えどのようなことがあろうと、彼は、■■■■は、自分のもとに帰ってくる。今までに紡いだ記憶が解かれようと、決して2人の繋がりが絶たれることはないと。傲慢とすら捉えられる態度で彼女はそう信じていた。

 テラという大地に生きる人々に固執する今のドクター。その苦悩も焦燥もいずれは薄れ消えていく。彼が彼女と星々を旅し未来の在り方について議論を重ねた時間を思い出した時、彼は自然と彼女の元へと戻るだろう。その時までは、ここでドクターを待つ。

 

『私のことを、忘れないで』

 

 目の前が白く染め上げられ、内なる宇宙に浮かぶロドス艦へと意識が飛ばされる間際彼女はそう告げた。

 その言葉が、耳に残っていた。

 

 

 彼女が願っていたのはおそらく記憶を失う前の自分。それはつまりドクターの過去の罪に繋がるものだ。

 ドクターは今かつてないほどに自身の過去との境界線が揺らぎ、1つに混じり合おうとしているのを感じていた。

 

 だが、ドクターはもう決してアーミヤ達を裏切らないと誓っている。その証拠に彼は彼女の齎した甘い幻影を自ら振り切ってみせた。源石がドクターの内に眠らせている願望を複製し再現した世界を捨て、アーミヤ達を源石から救い出した。

 その選択は、ドクターはもう過去に囚われるだけの人物ではないことの証左だった。

 

 過去の惨劇が齎したケルシーとの深い溝も。

 Wがテレジアへと捧げた復讐も。

 未来へと進むため、彼らは乗り越えた。

 金色の海を征く『ロドス・アイランド』号。その目的地は、バベルの足元。そしてテレジアのいる場所だ。

 

 道中、サルカズの亡霊の群れが行く手を遮った。それをLogosが阻み、殿を担う。

 送り出す言葉を背に、4人は塔を駆けた。長い長い道のりを走り、その頂上へと向かう。

 

 そして、遂に辿り着く。

 闇に覆われた天蓋の先は、地上からはただの暗闇にしか見えなかったのに朝焼けの色をしていた。黄昏の幻想的な風景にドクター達は息を呑む。

 

 

 その瞬間、塔が揺れ世界がひっくり返った。戸惑う間もなく上下が入れ替わり壮大な雲海の上に立つ4人。透明な床は現実感が無く、水面の上に立っているように錯覚する。その底から巨大な菱形が見上げていた。

 

 上下が入れ替わった事で純白の塔は再び天に向かって聳え立っている。

 そこに、彼女はいた。

 

「……テレジアさん」

 

 純白に身を包んだサルカズが、こちらを見下ろしている。

 

「来たわね、アーミヤ」

 

 どこか冷たい視線がアーミヤ達を射抜く。

 

「原初の源石はようやくサルカズの手に戻ったわ。これでカズデルはもう天災や鉱石病に怯えることはなくなる。それでも貴女達は私を敵に回すの?」

 

 姿形は彼女そのものなのに、語る願いもその声音も、あの頃とは違っていた。

 魔王として、サルカズだけの安寧を口にするテレジア。

 

「違います。それは、貴女の本当の願いではありません」

 

 だが、アーミヤにその嘘は通用しない。彼女はその冷たい虚言の裏に真意が隠されているのを感じ取っていた。

 それを引き出すには、戦うしかない。

 

「貴女の語った“共存”の未来。それを、貴女自身に否定させるわけにはいきません!」

 

 Wが爆弾とナイフを構える。アーミヤが王冠を浮かべその背に黒雷の菱形が顕現する。

 テレジアもまた腕を掲げた。仕立て屋、双子の魔王の片割れ、サルカズで千年に一人の術師。そのアーツが純白の糸となり揺蕩う。その一本一本が飛空船の外殻を粉々にする威力を有しているとアーミヤ達は既に知っていた。

 

 2人の魔王が激突する。

 だが源石の権限を奪いそのエネルギーと具現化能力を手にしたテレジアは圧倒的だった。ここが内なる宇宙、つまりアナンナの顕現を有するテレジアのテリトリーであることも重なり彼女らは終始追い詰められていた。

 

 それでもアーミヤとWは決して諦めなかった。その目は決して光を失わず、攻略の糸口を模索し続けた。

 

 テレジアからサルカズの恩讐の念を引き剥がして。

 偽りを口にする彼女と正面から激突して。

 圧倒的な力の奔流を耐え、纏わりつく彼女のアーツに抗い。

 束の間、魔王の力で繋がった彼女との対話を経て。

 

 託された夢を胸に、アーミヤはテレジアが紡いだ純白の糸を焼き切った。

 

 淡い桜色に燃える残滓が内なる宇宙を満たす。どこまでも優しい炎が、全てを抱擁した。

 そして遂に、真の意味でアーミヤはテレジアと再会する事が出来たのだ。

 

「そう、ここまで……」

 

 テレジアはもはや自力で立つ事すらままならないようだった。

 バベルの根元に寄りかかる彼女に駆け寄るアーミヤ達。アーミヤの手には、源石によって新たに形作られた杖があった。

 

 かつて感じた怒り。魔王クイロンの蒼き怒火を纏う剣。それが解け、新生した。

 テレジアが齎した痛みと悲しみ、そして愛。アーミヤ自身が抱える、他者への共感。それらを糧にアーミヤは彼女だけの力を花開かせた。

 ここに新たに魔王が生まれた。黒雷でもない、蒼き怒火でもない。

 朽ち果てる全てを燃やす炎を手に、アーミヤはテレジアを乗り越えた。

 

 温かな炎が周囲を包む。それは巨塔を覆い尽くしていたテレジアの紡ぐ糸を残らず焼き尽くした。

 その温度を感じながら、テレジアは何処までもアーミヤらしい力だと微笑んだ。そして、彼女の真意を話し始めた。

 

「あの内戦が起こった時点で、私に選択肢は無かったの」

 

 あの時代、サルカズを囲む情勢は不安定で、そして度重なる再興と破壊に皆が疲弊していた。もはや希望が芽吹く事はなく、サルカズを戦争から救う手立てはなかった。

 それでもどうにか各地に散った放浪のサルカズを集い、レヴァナントの燃ゆる炉を中心にカズデルを再建した。テレジアとテレシスはそれぞれのやり方で、しかし敵対する事はなくサルカズの平穏な未来のための軌跡を歩んでいたのだ。

 

 だが、それも1つの内戦で崩壊した。

 

 サルカズを外患から守るためには、瓦解だけは避けなければならなかった。

 未来とは無限の選択肢を持つが、具体的な目標に向かい足を進めるのならば、取るべき道は否応なく定まってしまうものだ。

 

 テレジアは最期の瞬間から、自身の夢よりもサルカズの存続を取った。

 だがそれは、夢を諦めたわけではなかったのだ。

 

 テレジアの目の前には、アーミヤとWとケルシー、そしてドクターがいる。

 彼女が信じ、夢を託すに足ると判断した人がそこにいる。

 

 だからこそ、テレジアはサルカズを戦争へと縛り付ける呪いそのものを解く事に全てを捧げると決意した。

 原初の源石であるアナンナを降臨させその権限を奪う事でそれは為された。だがもう1つ、やるべき事が残っている。

 

「それではアナンナは……?」

「もうテレシスの元に送ったわ。彼ならば、この大地を見下ろす傲慢な創造主を退けてくれる」

 

 テレジアがサルカズの魂を解放し、テレシスが覚醒するだろう本来の管理者を撃退する。サルカズに彼らだけでもこの大地を歩む事が出来るだけの力を残したまま、大地全ての敵となる存在を退け双子の魔王は消える。これはそういう計画だった。

 

 残された時間は少なかった。もはやテレジアの瞳は周囲を映す事すら叶わない。手に感じる僅かな感触を頼りに、彼女はそれぞれに最期の別れを告げた。

 

 そして最後にドクターの手を取り、再び彼がテラとともに歩む道を祝福した時。バベルが大きく揺れた。

 

 この内なる宇宙そのものが、崩れようとしている。

 アナンナの制御権はテレジアからテレシスへと渡った。この空間を支えていたものが消え、アナンナは檻ではなくなったのだ。

 囚われていたサルカズの亡霊が争いを止め、列を成して金色の海の果てへと渡っていく。彼らを単身で凌いでいたLogosはアーミヤ達が成し遂げた事を悟った。そして骨筆を骨笛に持ち替え、弔鐘の王庭としての務めを果たす。

 死を告げる笛の音が、内なる宇宙を満たす。

 テレジアの姿も朧げになっていき、彼らと共に本当の死へと歩もうとしていた。

 

「手は、無いんですか? ここでまた、お別れだなんて」

「全ての出会いに美しい結末があるわけじゃないのよ、アーミヤ」

 

 もはや彼女の死は避けられない。本来、ここにいる事すら世の摂理を捻じ曲げてしまっている。輪廻を歪めた先にある2度目の死は、彼女から不可逆的に感覚を遠ざけていた。

 涙を堪えるアーミヤとWを優しく撫で、テレジアは儚く笑った。

 

 内なる宇宙の崩壊はどんどんと進んでいく。

 逆さになった天地は元に戻り、黄昏の空と大きな菱形が彼らを見下ろしていた。

 

 もう別れの言葉は済ませた。テレジアはもうすぐ旅立つだろう。アーミヤ、W、ケルシーはその瞬間が訪れない事を願った。

 

 その時、バベルが一際大きく揺れる。驚く彼女らの後ろでアーミヤのものとも違う紅蓮の炎がバベルの天蓋を砕き、そこから何かが飛び出してきた。

 

 そこから飛び出してきたのは、黒い軍服に身を包んだタルラ。その顔は焦燥に染められていた。

 気にする余裕すらないのかアーミヤの炎の残滓を掃うことすらなく、彼女はアーミヤの元へ落ちてくる。

 

「アーミヤ! 今すぐイグナスを探してくれ!!」

「タルラさん? それはどういう……!」

 

 尋常じゃない焦りを見せるタルラに疑問を浮かべ、気付いたアーミヤは息を呑む。

 タルラとイグナスはともにザ・シャードの奪還任務に向かっていたはずだった。アナンナの降臨場所がザ・シャードの上空だったことからおそらく巻き込まれたのだろう。

 ならば、彼は、イグナスは何処に?

 

 息も絶え絶えのタルラはアーミヤの元に辿り着くなり膝をついた。そして、考えられる中でも最悪の状況に陥っていることを告白した。

 

「私達はテレシスと交戦中、この空間に巻き込まれた。おそらく、イグナスはテレシスとともにいる」

「! そんな!」

「彼のことね?」

 

 一同の視線がテレジアに集中する。話を聞いたテレジアは憂いに満ちた顔で遠くを見た。

 

 アーミヤ達がロンディニウムに乗り込んできた当初。去り行く列車の上に彼はいた。

 彼と束の間心が繋がり、そして涙したことを思い出す。自分と似て、その手の届くより遥かに多くの命を救おうと足掻き続けた彼。

 

 アーミヤ達を支え、そして希望を紡ごうとひた走る彼ならば。魔王と似た力で魂の奥底を見通す彼ならば。テレシスが辿ろうとしている道も、その孤独な在り方も、知る事は容易だろう。

 

 そしてそんな状況で、彼が何を為すかなど決まっている。

 

「早く彼の所に行ってあげて。彼なら、1人でテレシスを止めかねない」

 

 例え、その身を犠牲にしてでも。

 

 

 その時、バベルの足元、黄金の海原の対岸から風が吹いた。

 

 そのアーツを彼らは知っていた。イグナスの想いを乗せ、どこまでも人の心を温かくしてくれる穏やかで力強いアーツの波動。

 それがこれまでに無いほどに、強く、吹いた。

 

「……」

「……」

「……」

「……」

 

 胸騒ぎがする。風が通り過ぎた後の静寂に、心臓が早鐘を鳴らし始めていた。

 その場の全員が発信源の方向に足を向ける。

 

「イグナス、さん?」

 

 アーミヤが呆然とその名を呼ぶ。だがそれに応える声はない。

 

 

 その風は春を告げる風のように。あるいは消えゆく蝋燭の灯のように。

 

 その一度しか、感じられなかった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。