明日の方舟よ、良い旅を   作:アルパカ戦士

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これはヴィクトリア編のエピローグ。

イグナスの物語の終着点。


第九十二話 繋がれたもの

●●●●年 ロドス・アイランド艦内

 

 テラの大地を征く、1つの移動艦。

 それは荒野に砂煙を巻き上げながら、予定されていた航路に沿って走っていく。進む先には巨大な車輪の轍が刻まれており、それが汎用的な航路であることを物語っている。

 

 時刻は既に夜明けを通り過ぎ、半ばまで昇った太陽が鋼鉄の外装を焼いている。

 雲も無ければ嵐もなく、視界は良好。移動艦にとっては絶好の航行日和となっていた。

 

 

 ロドス・アイランド号。それがその艦の名だった。

 鋼鉄の黒に白の塗料で、でかでかとその名と同じ企業のロゴが刻まれている。

 

 その移動艦はとある製薬会社が所有するものだった。

 かつては北の国で戦争の火種を未然に防ぎ、またある時にはテラの大地を席巻する大帝国の内戦を鎮めただけの。

 

 何を言っているのか分からないだろうが、それでも表向きはただの製薬会社だった。

 たとえその職員の中に、各国の首脳陣や亡命者、果てには神そのものがいたとしても、誰がなんと言おうがただの製薬会社なのだ。

 

 

 そんな物騒な肩書とは裏腹に、その艦内は至って平穏を保っていた。

 艦内に設置された幾つもの生産設備は日夜テラの大地に行き渡るだけの医薬品を生み出し、営業課が契約を勝ち取った各国の取引先へと送るためパッケージに詰められる。一等の品質と名高いそれらは引く手数多で、経営課では製造ラインの増設が検討されていた。

 

 それを運び出す職員、施設のメンテナンスのため工具片手に走り回るエンジニア、そして盾や剣を手に訓練室へと歩くオペレーター達。彼らは謂わば、このロドス・アイランドの血液だった。

 

 多種多様な種族が入り乱れる様は、いくつかの国に行けば大層驚かれることだろう。

 その混沌とした様もまた、このロドス・アイランドの魅力だった。

 

「あはは!」

 

 そんな廊下で、1人の幼子が走り回っていた。

 それ自体は別に珍しい事ではない。製薬会社であると同時に、医療設備も備えているここは多くの感染者を保護してきた。その中には親を失った子どもや、鉱石病の治療の為に預けられた子どももいる。彼らはこのロドス艦で生活しており、時折オペレーター達とも顔を合わせることがあった。

 

 一方、その子どもはなんとも奇怪な格好をしていた。本来大人が着るのであろう白のパーカーは、背丈が長すぎて地面を擦ってしまっている。明らかにオーバーサイズの白い仮面が傾いていて、傍から見ればお化けの仮装かなにかだ。

 

「ま、待ってくださいよ~!」

 

 情けない声が後に続く。彼も同じ服装をしていたが、こちらはきちんとした青年のようだ。

 レユニオンの服装を身に纏った彼は、暑苦しくなって仮面を外した。

 露になった顔から粒のような汗が滴り落ちていた。

 

「おい、またやってるのか? こりないな」

「そう思ってるなら手伝ってくださいよ! かれこれ1時間近く逃げられてるんすから!」

「おにさん、こちら!」

「あ、ちょ!」

 

 通りかかった別の職員が呆れる。それに息を切らせながら懇願するも、青年の手を取る人はいなかった。

 瞬く間に廊下の角を曲がり消えていく子どもに、青年は急いで後を追った。

 

「へへん、つかまえてごらん!」

 

 無邪気に走り回るその子を止める大人はいない。それどころか皆微笑ましい様子で手を振っていく。

 それが幼子にはまた楽しくて、能天気に手を振り返しながら走っていく。パーカーの中でぶんぶんと尻尾が揺れているのが服越しにも伝わってきた。

 

 ロドス本艦内を走る仮面の子どもを煩わしく思う者はなく、それだけその子がオペレーター達に愛されていることが分かる。

 かれこれ1時間近く走り続けてもその元気は収まるどころか増しているのだから、子どもの無尽蔵の体力というものは恐ろしい。

 

「どこっすか~? 怒らないんで、出てきてくださいよ~」

「ししし」

 

 遂に逃げおおせた子どもは息を潜めて笑う。

 どうやら次はかくれんぼをすることにしたらしい。

 

「マジかよ。あの子が隠れたら一生見つけられないぞ…」

 

 そう言って絶望しているのがまた面白かった。なにせかくれんぼは得意だった。

 どこに隠れればいいか、()()()が教えてくれるから。

 

 彼が走り去っていくのが壁越しに見えた。

 それを見送って、幼子は再び歩き出した。

 

「きょうは、あっちにいこう!」

 

 子どもの気まぐれはいつも唐突だ。

 直感で決めた道を、その幼子はパーカーをモップにしながら進んでいった。

 

 彼の気まぐれな探検は、それはもう充実していたと言えるだろう。

 購買部で飴を買ったり、療養庭園の花を間近で観察したり、通りがかるオペレーターとハイタッチしながら進むのは楽しかった。

 

 さて、次は何処に行こうか。瞳を輝かせながら周囲を伺うその子どもは、廊下の角から見知った人がやってくるのが見えた。

 

「あ、だぶち! かえってたんだね!」

「だぶち言うな」

 

 反射的に返した彼女は、面倒なのに絡まれたという顔で彼を見下ろす。

 それだけでサルカズ傭兵ですら肝を冷やしそうなものだが、その子どもは能天気にニコニコとしている。

 その間抜けな顔が彼女、ウィシャデルにはむず痒かった。

 

「いい? あたしにはウィシャデルって名前があるの。そんな素っ頓狂で愉快な名前した奴はいないのよいい?」

「え~、でもだぶちはだぶちだよ?」

「は~~~、能天気なところは父親譲りってわけね」

「のうてんき? どういういみ?」

「あんたとあんたのパパみたいな奴のことよ」

「つまりかっこいいってことだね、ありがとだぶち!」

「……なんでガキってやつはどいつもこいつも考えが足りないのかしらね」

 

 ウィシャデルの脳裏に、腐れ縁の2人によく似た子どもの顔が浮かぶ。あれも抱えた自分の髪を無遠慮に引っ張りきゃっきゃと笑う命知らずだった。

 

 だが口では何だかんだ言いながらも、強く言えないのが現状だ。

 それにこの子どもの前だと、妙に調子が狂う。自分を見上げる幼い命が、記憶に深く残る、彼の遺したものだと知っているから。

 

 つい、昔の事を思い出した。瞳が揺れそうになるのを、ウィシャデルは反射的に抑えた。

 こんな腹芸をするだなんて、昔の自分に言ったら笑われるだろう。だがもう、感情を抑え平静を保つのは息をするくらい簡単になった。

 

 カズデルを取りまとめ、その進退を担う議長として、それは必要な技能だったから。

 

 だというのに。

 

「でも、いつかちゃんとよんであげるね。たいせつななまえなんでしょ?」

 

 その一言で、取り繕った仮面はいとも簡単に剝がされそうになるのだ。

 これまでの揶揄うようなそれとは違う。どこか包み込むような声音が、妙に心をくすぐった。

 

「……ガキが気遣ってんじゃないわよ。少なくとも、あたしの偉大な名前をそんなたどたどしい口調で呼ぶなんて生意気よ」

「じゃあ、いっぱいれんしゅうしとくね!」

 

 じゃあねだぶち! 手をぶんぶんと振りながら後ろ向きに走る様は見ていて危なっかしい。

 それに手首だけで小さく振り返しながら、その姿が見えなくなるまで見守り続けた。

 

 そしてその小さな背中が角を曲がり見えなくなった頃、手をだらんと下げ、ため息を1つ零す。

 

「はあ。ああいうところも父親譲りってわけね」

 

 呆れて物も言えないとはこのことだろう。

 そう思いながら、ウィシャデルは通信端末を取り出した。

 

「ねえ、あんたのところのガキがまた脱走してたわよ。ええそう。場所は制御中枢の近く」

 

 その通信を終えると、妙に艦内が慌ただしくなったのが分かった。おそらくレユニオン連中が総出で包囲網を敷いているのだろう。

 子ども相手に何を大袈裟なと思うが、それだけあの子どもが手に負えなくて、それと同じくらい愛されている証だった。

 

 その喧騒を背に歩くウィシャデルの歩調は、来る時より少しだけ軽くなっていた。

 

 

「ふんふんふふ~ん♪」

 

 大好きなだぶちともおしゃべりができ上機嫌な幼子は、鼻歌混じりに無人の廊下を行く。

 やはり彼女と話すのは楽しい。荒い口調の中に、目一杯の愛情を感じられて胸が温かくなる。

 

「あ、みんなきてくれた」

 

 ふと立ち止まり、彼は周囲を見渡した。

 そこには壁しかないが、彼には分かるものがあった。

 見知った人達が、一斉にこちらに向かってきている。居場所がバレたと知って、逆に彼はワクワクしてきていた。

 

「よ~し、にげきるぞ~!」

 

 大人達の苦労も知らず、おー! と1人盛り上がる幼子。

 

 そして。

 

「くそ、どこ行ったんだあいつ!」

「ゴースト隊ですら見つけられねえってどういうことだよ!」

「ねえ、このくらいの子ども見かけなかった? 多分私達と同じ服装してるんだけど」

「それならさっきあっちの廊下で見たわよ? 元気に鼻歌歌ってたわ」

「くそ、おちょくってんのかあのクソ坊主!」

 

 ロドス在駐のレユニオン大勢に加え、ロドスの職員も参加した大捜索となった。

 

「クロージャ! 監視カメラで見つけられないの?!」

「頭がいいのか、ちらっと映るくらいで絶えず動き回ってるっぽいんだよね。ある程度の場所は分かるんだけど、あの子、綺麗に私達を避けてってるみたい」

「アーミヤ、今どこら辺にいる?」

「気配としては、おそらくあちらだと思います。とても楽し気な、ぽかぽかとした感情がそこら中に…」

「こっちの気も知らないであの子ときたら…拳骨1つじゃ足りないわよ!」

「あはは……」

 

 それに加わる人の輪は次第に大きくなっていく。

 星を搔き集めているみたいで、それが彼にはとても綺麗で楽しかった。

 

 だから逃げる。どこまでも。

 お腹が空いたら、食堂に行こう。今日は確か、大好きなシチューの日だ。

 

 それを頬張る瞬間を想像して、つい涎が出る。それを何の気無しにパーカーの袖で拭った。

 つい格好良くて拝借してきてしまったが、この装備一式は元は一番最初に彼を追いかけまわしていた青年のものだ。その袖は涎で汚れ、床を擦った下半分はもはや使い古したモップのようになっている。

 あの青年は泣いていい。

 

 だが、その一瞬の気の緩みが命取りとなった。

 

「捕まえた」

「えっ? わあ!」

 

 声を上げる間もなく、その体が宙に浮きあがった。

 脇の下に手を入れ持ち上げられれば、もう何もできない。呆然としたまま、ぷらぷらと足が揺れる。

 

 所謂、高い高いのポーズだ。

 背後から持ち上げられたのを、今度はくるりと持ち替えられ、持ち上げた張本人が真正面に来る。

 

 その顔を見て、その幼子はこれまでで一番の笑顔を見せた。

 

「冒険は終わったか?」

「おかーさん!」

 

 持ち替えた拍子に、フードが外れ仮面がぽとりと落ちる。

 

 無邪気な笑顔を見せる龍人の男の子は、尻尾をパタパタと振りその大冒険の内容を語って聞かせた。

 笑顔で相槌を打ちながら、母と呼ばれたその女性。

 

 ()()()は、その幼子をゆっくりと床に下ろし諭した。

 

「元気なことは良い事だが、皆に迷惑をかけてはいけないぞ。レユニオンの皆やアーミヤ達まで探すのを手伝ってくれたのだからな」

「へへ、かくれんぼじょうず?」

「上手だが、反省のない子にはこうだ!」

 

 こめかみに拳を当てグリグリと押す。

 それを痛がる様子すら、その親子はどこか楽しそうに見えた。

 

「よし、それじゃあ医療部に寄るぞ。今度は逃がさないからな」

「えー、ちゅうしゃいたいからやだ」

「いいのか? 今日は折角、おばあちゃんの特製シチューが食べられるのにな~?」

「う~~」

 

 少し涙目な息子の頭を優しく撫でる。

 空色の髪は、さらさらと絹のように流れていった。

 

「がまん、する」

「よし、流石私達の子だ」

 

 2人は手を繋ぎ、廊下を連れ立って歩いていく。

 その姿は、何処にでもいる普通の親子で。

 

 

 彼が遺した、未来への懸け橋だった。

 




曲名だけならば掲載OKということで。
各章の妄想OP/ED想定を公開したいと思います。

・ウルサス編
OP「ANIMA」
ED「存在証明」
・ヴィクトリア編
OP「裸の王様」
ED「いって」
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