明日の方舟よ、良い旅を   作:アルパカ戦士

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第九十三話 おくる言葉

 ロンディニウムの内乱が幕を下ろし、数か月が経った。

 

 激しい戦いを潜り抜け、源石の嵐の中駆け抜けた。そんなオペレーター達の痛々しい傷は、今では包帯の裏で癒えつつある。

 

 そんなある日、ロドス全艦でとある放送が流れた。

 

 

『オペレーター諸君。君達の尽力により、事件は無事終息した』

 

 語るのはロドスの医療部総責任者であり、幼いアーミヤに代わってロドスの業務の殆どを監督しているケルシーだ。

 彼女の平坦な声音は、ロドスの隅々にまで行き渡っていた。その内容はまず、先の作戦の成否を告げる事から始まった。

 

 これまでにないほどの規模となったロンディニウムでの作戦。アスラン王の処刑から始まる内乱と、その期に乗じたサルカズによる占領。それは一歩でも間違えればこの大地全体を戦禍に巻き込みかねない巨大な火薬庫のようなものだった。

 

 だが、ターラー地区の一件やその他の情報から予兆を掴んでいたロドスが介入し、それは結果的にロンディニウムを天災から守り、大勢の市民を救うに至った。

 ロンディニウムはカズデル軍事委員会の占領下から脱却し、彼らは無事首都を取り戻すことができた。

 

 正に大成功と言えるだろう。ロドスはヴィクトリアを、感染者を、そしてサルカズの未来をも救った。事実上の敗戦者となったサルカズも、()()()()()()()()()()()()()()()()()抑止力となり過度な追撃を免れることができた。

 だが今のロドスに勝利を祝う余裕はない。未だ戦禍の傷は残っており、そして何よりその勝利が誰かの犠牲の上にある事を皆が理解していた。

 

 そしてそれはケルシーも同じこと。

 

『そのために犠牲となった者がいる事を、忘れてはならない。時代の変遷は時に地上を容易く押し流し更地へと変えてしまう。私達が踏みしめるこの大地ですら、かつての何かの残骸だ。元の形すら分からないまま、その肉体、想い、そして真実も、時の流れに埋もれていく』

 

 ロンディニウムでの作戦中、命を落としたオペレーターは複数人いた。

 

 それは運悪く敵の刃が致命傷となってしまった者であったり、あるいは市民や仲間を守ろうとその身を賭した者。他にも、ロンディニウム上空を覆った天災雲と活性源石粉塵によって鉱石病が手の施しようもない領域にまで進行してしまった者などだ。

 

 彼らは皆、ロドスの理念に殉じると覚悟したオペレーター達だった。誰1人として失われていい命ではなく、ロドスにとってかけがえのない仲間だった。

 

『だからこそ、彼らの遺した足跡を、私達は心に刻み、その向かう先へと連れていく』

 

 艦内の誰もが、その手を、歩みを止めスピーカーに耳を傾けている。

 

『彼らの命は、決して彼らだけのものではなかった。その行いが波紋のように広がり、多くの失われかけた人々の手を取った。尊ばれる命の在り方を、彼らは示してくれた』

 

 ある者は小隊の仲間を不意のボウガンの一撃から庇い、ある者は地中から溢れ出てくるブラッドブルードの眷属を押し留めようと殿になった。

 彼らが守った人々は、今もこの大地に生き続けている。

 

 それを無駄にしないためロドスは歩み続けなければならない。

 この放送は謂わば、その為の儀式だった。

 

 口上を述べたケルシーが、手元のもう1枚に目を遣る。

 それは今作戦の殉職者リストだった。そこに記された勇敢だった仲間の名を、ケルシーは読み上げていく。

 

『Ace小隊、1名……Scout小隊、3名……』

 

 任務に、そしてロドスの理念に殉じた者達。その名前の1つ1つに籠められた人生の重みを実感しながら、ケルシーは努めて淡々と読み上げた。

 

 読み上げながら、ふとケルシーは思う。これだけの規模の作戦で、被害がこれ程しか出なかったことは奇跡だったと。

 潜入の都合上初めはアーミヤとシージ達の少数精鋭で臨んでいたが、作戦終盤には殆どのエリートオペレーター含むロドスのオペレーターが作戦に参加した。

 ましてや相手は戦争に長けたサルカズの軍勢。王庭まで相手にしたにも関わらず、被害は限りなく抑えられている。

 

 その数の多寡で1つ1つの命の重みが軽くなるわけではない。

 それでも、余白の多い殉職者のリストは彼女に彼らの顔を思い出させる猶予を十分に与えていた。

 

 冷淡と勘違いされやすい彼女だが、実際はそうではない。

 例えどれだけ長く生きようと、別れというものは心を引き裂かれるような痛みを伴う。

 

 彼女はただ、別れは必然のものなのだと、人より少しだけ知っていた。

 

 名簿が終盤に差し掛かる。

 最後に記載されているのは、ロドスと同盟を結び、またロドスの外勤オペレーターとしても登録されている者達。

 

 それには当然、最も深くロドスと手を結び、数多くの困難をともに乗り越えて来たレユニオンも含まれている。

 

『レユニオン小隊・・・っ。4名』

 

 だがその名前を目にした時、その彼が成した事と自分達の名を呼ぶ笑顔がフラッシュバックして言葉に詰まった。

 その動揺を悟られぬよう、ケルシーはマイクに乗らないほど小さく息を吐き、名簿の末尾に載った彼の名を読み上げた。

 

『…イグナス。計11名を録する』

 

 この名を、今、口にすることに、どれだけの重みが伴うかを彼女は理解していた。

 だがそれは必ず為さなければならない事だ。例えこの場で彼の死を隠そうと、もう彼が戻る事は無いのだから。

 

 残された者にできる事は、ただ、憶えておくこと。

 そして彼に繋がれた希望を、次に託すこと。そのためにしなければならない事は、星の数ほどある。

 

『彼らを永遠に忘れない。例えロドスが消えようと、その足跡は大地に残り続ける』

 

 そうしてケルシーは、幾度目かの別れを胸に刻み、放送終了のボタンを押した。

 

 

 

 

 イグナス含むレユニオンの亡くなった戦士達の葬儀は、移動都市ポラリスの中で執り行われた。

 

 感染者の葬儀とは基本的に簡素なものだ。棺もなく、遺骨もない。彼らがこの世に遺す事が出来るのは、感染の可能性がある源石の結晶だけ。一部地域では湖に遺体を小舟に乗せて流すこともあるそうだが、ポラリスでは専用の処理場もあり、そのための共同墓地も存在した。

 

 これまで慎ましくも活気ある雰囲気に包まれていたポラリスは、初めて粛々とした静寂に満たされた。

 葬儀にはポラリスに住む全ての住民が参列した。移動都市全体を見渡せる防壁の上にレユニオンの死者の名を刻む墓石が置かれており、皆が花を手向けている。

 

 彼らと親交のあったロドスの職員も何人かこの場に来ていた。その中にはアーミヤの姿もあった。

 アーミヤの目元から既に涙の跡は消えていた。その代わり、瞼は常よりも伏せられ俯いているようにも見える。化粧に隠されたくまを何人かは見逃さなかった。

 

 墓石には、新たにレユニオンの殉職者計4名の名前が刻まれている。

 そのうちの1つを見上げながら、ウィシャデルはため息を零した。

 

「なんでいつも、あたしはさよならを言いそびれるのかしらね」

 

 少し上を見上げてそう零すウィシャデルは、涙を流すでもなくただじっと一点を見つめている。

 それでも隣に立つアーミヤには、彼女が泣いているように見えた。

 

 あの後、テレシスを追った彼女は結局彼を見つける事はできなかった。

 サルカズがロンディニウムから撤退した際、彼女はバベルの名の下に彼らを導きヴィクトリアの軍勢から守った。そして今ではカズデル軍事委員会に代わる新たな統治機構の代表としてカズデルを治めている。

 その業務の傍ら、逃げ出したテレシスの行方を追わせているのだが、依然として足取りすら掴めていない状況だ。

 

 あの日。

 ウィシャデルが戻った時、もう全てが終わっていた。

 

 タルラは源石の欠片を握りしめたまま意識を失い、彼女を下したはずのアーミヤ達はその勝利に酔う事もなく涙を流していた。そしてあれだけ飄々としていて殺しても死ななそうだった男は、影も形もなくなっていた。

 

 あれだけ守りたいと思っていた人を失った時、彼女はまたしてもその場にいなかった。テレジアの時から、ちっとも変わっていない。

 それを自覚する度、頭の中が真っ白になって、代わりに胸の中をどす黒い何かが埋めようとする。開いた瞳孔は、まるで何かを呑み込もうとしているようだった。

 

「ウィシャデルさん…」

 

 かける言葉が見つからず、アーミヤは彼女の名を呼ぶことしかできない。

 おそらく、返答は求めていなかったのだろう。その続きを促すこともなく、ウィシャデルは墓石を眺め続けた。

 

 

 彼女達が見守る前でまた1人、墓石に花を添えた。

 

 ウルサスの制服を纏った少女。少し長めのグレーの髪を束ねた彼女は、柔らかい瞳のまま喋り出す。

 

「イグナスさん。お別れを言いに来たよ。それと、報告したいことがあって。それを伝えに来たの」

 

 彼女はゾーヤ。かつてチェルノボーグ事変が収束した後、ロドス・アイランドにインターンに来た学生だった。

 彼女は懐から、皺1つないハンカチを丁寧に取り出し、胸に抱いた。

 

「私、やっぱりウルサスの警察官になるよ。昔からの夢を今も追いかけられるのは、あの時の言葉のおかげ」

 

 そうやって穏やかに感謝を述べる姿は、とても悲壮には見えない。

 精一杯の感謝を伝えようと、顔を上げて、物言わぬ墓標に真っ直ぐと語り掛ける。

 

「イグナスさんが言ってたこと、全部覚えてる。それを貫き通したあなたを、私は尊敬してる」

 

 だから。そう続けようとして、喉が震えて声が出なかった。

 ゾーヤが目に精一杯力を籠める。そうしないと、零さないと決めていた涙が溢れ出てしまいそうだった。

 

 言わないと。ありがとうって。

 その死に意味があったんだよって、笑って伝えてあげたくて。

 あなたは泣いている顔よりも、笑顔の方が嬉しいだろうから。

 

 なのに、どうやってもその言葉が突っかかって出てこない。

 代わりに出てくるのは、情けないものばかり。それを抑え込もうと、手にしたハンカチごと胸に強く押し当てた。

 

 触れる布地の感触が、よりクリアになった。

 

『おう。そん時は精一杯祝ってやるよ!』

 

 ふと、イグナスの声が聞こえた気がした。

 あの時の言葉が、鮮明に思い出される。それが止めだった。

 

 ありがとう。そして、さようなら。

 言うと決めていた言葉の代わりに、出てきたのはみっともない嘆きだけ。

 

「…何で、いなくなっちゃったの? 私、ありがとうって言いたかった。よくやったって、そう、言って貰いたかった…!」

 

 そんな、責めるような言葉をぶつけたいわけではないのに。

 次から次に、彼の言葉が浮かんできて眼から流れ出ていく。

 頭を撫でられた温かさが、今もそこに残っているようで辛かった。

 

「このハンカチ……っ……この手で返したかったよぉ……!!」

 

 綺麗に折りたたまれたハンカチがくしゃりと歪む。いつかの為にと、アイロンをかけ大切に仕舞ってあったそれは顎先を伝い落ちて来た雫を受け止めた。

 

 泣き崩れるゾーヤを、同じくウルサスの学生服を纏った少女達が抱きしめた。

 それに囲まれながら彼女は、白磁の肌を赤く腫らして大声で泣き続けた。

 

 

「どうするんだ。ナイン?」

 

 多くの参列者が花を手向け終わった頃。

 レユニオンの戦士の1人がナインに問いかける。彼はこのポラリスにずっと勤め続けた古参の1人だ。ナイン自身、比較的新参者であることは自覚しており彼を含め助けを借りることも多かった。

 

 ナインは防壁の下を見渡す。ポラリスの広大な農地が広がっていた。冬を乗り越え、春の訪れを待つそこ。

 

 今、レユニオンを瓦解させるわけにはいかない。ここで皆の心の柱が折れてしまえば、もう二度と立ち直る事はできないだろう。

 あれだけの男を奪うこの大地の悪辣さに失望するか、あるいは恨みに呑み込まれ復讐の獣へ墜ちるか。

 既にその兆候はある。彼と親しかった者は特にだ。

 

 イーノは、以前よりも無気力になった。暴走の発作が出ていない事は幸いだが、稀に虚空を見上げている時の瞳を見ると危うく感じる。

 サーシャは肉体と精神の限界を無視して訓練に励むようになった。周りから見ても明らかに異常な量で、どれだけ注意しようと聞かない。あれはもはや自分への拷問だ。

 それを窘める保護者役のアリーナですら、表情は取り繕っているものの無理をしているのは伝わってきた。

 

 フロストノヴァは、身内に降りかかる危険に過敏になった。あらゆる外敵から家族を守ろうとして、己を摩耗させている。

 パトリオットは鉱石病が加速したのかまともに発語もできなくなりつつある。途切れ途切れの言葉で槍を杖にしながら歩む姿は、以前よりも老いを感じさせた。

 

 そしてタルラに至っては、呆然自失となり幽鬼のようになった。そこにはとてもレユニオンのリーダーであった頃のカリスマはなく、いつ起爆するかも分からない爆薬庫のようだ。

 そんな彼女は現在、治療のためロドスに預けられている。

 

 もう一度、ポラリスを見渡す。

 葬儀の余韻を引き摺り、未だ静寂から抜け出せない感染者の安住の地。

 

 ナインには薄氷の上を進む時に似た、軋んだ音が聞こえていた。

 

(こうなる事が、分かっていたのか?)

 

 だとすれば、ナインの胸中に浮かぶのは激しい怒りだった。

 

 こうなると分かっていて、それでもイグナスは理想に殉じた。その信念は確かに尊ばれるべきものだが、つい薄情だと責めたくなる気持ちを抑えられそうもなかった。

 知らず知らずのうちに拳を握りしめながら、鋭い眼差しがその先を見据える。

 

「タルラは未だ立ち直れずか」

「……正直、あいつのあんな様子は見ていられない」

 

 レユニオン結成初期から知っているからこそ、現状とのギャップは強く胸を締め付ける。古参のレユニオン戦士も胸に大きく空いた穴を自覚しながら、ここで踏ん張らなければと意識を強く保つ。

 

 誰もがあまりにも大きな喪失に気力を奪われている。その中で、ナインだけは今後の事を客観的に捉えていた。

 今思えばそういうところもイグナスがナインを選んだ理由なのだろう。

 

 

『お前は感染者の為に、そして道を失った誰かの為に、先頭を歩いて導いてやれる奴だよ』

(……まったく。やはり私には荷が重い)

 

 かつて掛けられた言葉を重荷に思いながら、それでもナインはそれを手放そうとは思えないのだ。

 

 瞑目し、一度大きく息を吸う。ウルサスの冷たい風が肺を満たし、心が引き締まる。

 

「私が継ごう」

 

 その言葉は、意外にもするりと出てきた。

 

「いいのか?」

「ああ。なんせあの男が私に託した、ただ1つの遺言だ」

 

 レユニオン戦士の問いへの答えに、もう迷いはない。

 

 これからのレユニオン。失意に沈む仲間達。

 それらを全て背負う覚悟は決めた。

 

 

 ナインは懐から巾着のようなものを取り出す。

 

 それはかつてイグナスがレユニオンの後継者の役目と共にナインに託した物だった。逆さにして振れば何の花かもわからぬ種が数粒掌に落ちた。

 

 それらを握りしめ、ばら撒く。アーツによって成長を促進された種は眼下の土だけでなく防壁のアスファルトにすら根を張った。

 そして、茎と葉を伸ばし、蕾をつけ、そして花を咲かせた。

 

 その花弁は提灯のような房がいくつもついていて、小さなブドウが実っているようだった。

 紫がかった青は、ほんの少しだけあの男に似ていて。房が風に揺れる度、あの空色の髪がなびく姿を思い出す。

 

「ハッ……」

 

 その花の正体が分かって、ナインはつい笑いが込み上げてきた。

 

 それは春の訪れとともに咲き誇る、明るい未来を告げる花。

 夢にかける思いを肯定し、寛大な愛を示す花。

 

「何も言わなくとも通じ合う、だったか」

 

 その花の意味を噛みしめるナイン。そこに防壁を突風が駆け上がり、彼女を通り過ぎた。

 

 

『お前達ならやれる。信じてるぜ』

 

 

 一瞬、目を見開く。

 ナインが振り返るが、そこには誰もいない。あるのは、風に揺れる青い花だけ。

 

「……どこまでも、身勝手な奴だったな」

 

 そう言いながら、その声音にはあまり棘が無かった。

 代わりに最期まで彼らしい無遠慮な願いに対する呆れと、その声をもう聞くことができない寂しさだけがあった。

 

 

 

 

 ナインの決意から、幾許かの時が流れた。

 

 ロドス本艦をコツコツと靴底が鳴る。

 

 人気の少ない廊下で、ローヒールの靴底が鳴らす音はやけに響いていた。

 その足音の出所たるコータスの少女は、白いワンピースの裾を靡かせ、少し大きいロドスのコートを羽織っている。

 

 その歩みは凛とした空気を纏っており、そこにドクターと再会したばかりの頃の幼さはない。

 どこか着られていた印象のあったロドスのコートも、すっかり彼女の一部として馴染んでいた。

 

 彼女、アーミヤはとある場所を目指していた。

 

 このロドス本艦は彼女にとって庭のようなもの。どれだけ入り組んでいようと、迷う事はありえない。

 

 

 だが、その道中で足が止まる。

 彼女の目の前に、立ち塞がる影があったからだ。

 

「アーミヤ」

「ケルシー先生」

 

 その道を塞ぐように立つケルシーは一歩も退くつもりはないらしく、仁王立ちしたままその先に進もうとするアーミヤを冷静に窘める。

 

「今、彼女に会ってどうするつもりだ。私はその行動の結果齎されるであろうリスクを無視することはできない。時期尚早だ」

「いえ。もうこれ以上待つことはできません。それに、これは私がやらなければならない事ですから」

「違う。それは私を含むあの場にいた者全てが背負うべき責任だ」

 

 そう答えるケルシーは眉を寄せ、僅かに声のトーンを落とした。

 

「君は既に多くのものを背負ってしまっている。魔王、ロドス、感染者の未来。そしてあの日、私達はさらにもう1つ背負わせた」

 

 ケルシーは真っ直ぐ見た。この数年でどこか大人び、背も伸びた、それでもそれらを身の内に収めるにはあまりにも華奢なコータスの少女を。

 

 彼を失った日。アーミヤだけが自決しようとしたタルラを止めることができた。

 止めるという決断を、彼女に取らせてしまった。それは今もケルシーの中で消えないしこりを残している。

 

 アーミヤはその懺悔を、真摯に受け止めた。

 そしてその上で、毅然とした態度で返した。

 

「あの日、私は彼女に生きろと言いました。彼のいない世界で、それでも生き続けろと」

 

 燃え盛る業火の中、自分が掛けた言葉は覚えている。

 それは、あの人にとってどれだけの苦痛か。アーミヤには想像する事しかできない。

 

 一度失いかけ、守ると誓った人をその掌から取りこぼした絶望。それに果たして自分は耐えられるだろうか?

 ならば例え彼に望まれた事だとしても、彼女にそれを強いたのであれば。

 

「その責任が、私にはあります」

 

 そう言い切るアーミヤもまた、退くつもりは微塵もなかった。

 

「それにあの人ならきっと、今の彼女を見たら悲しむと思います。そんな思いは、させたくありませんから」

 

 悲しみを堪えながらも、それを乗り越えるための笑みはどこかテレジアの面影を感じさせた。

 ケルシーはそれに対し、遂に説得を諦め道を譲る。

 

「……気を付けろ」

「はい。ありがとうございます、ケルシー先生」

 

 見送りの言葉を背に、アーミヤは先に進んだ。

 目的の人物の場所は分かっていた。アーミヤは感情の残滓を辿りながら進んでいく。

 そして広大な移動艦の内部を進み、甲板へと上がる。そこに彼女はいた。

 

 

 いつからだろうか。その背に声を掛ける度、身構えるようになったのは。

 振り返る仕草に、安堵ではなく怖れを感じるようになったのは。

 

 頼もしく感じていた立ち姿は、そよ風に揺れる枯れ枝のように不安定で。

 遮る物のない甲板の上は空と地続きのように錯覚する。その境で、彼女は天を仰いでいた。

 

「タルラさん!」

 

 つい、大声をあげる。移動中のロドス艦の上は強い向かい風に煽られていたが、その甲斐もあって声は届いたらしい。

 緩慢な動作でタルラが振り返る。

 

「どう、した?」

 

 澱んだ瞳が、アーミヤを鈍く反射していた。

 

 




カーディ「わあお! ジェットコースター!!」
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