明日の方舟よ、良い旅を   作:アルパカ戦士

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学パロ 私立、方舟学園!

 微睡みの中で漂う感覚を知っているだろうか。

 

 上下も、左右もなく、何一つ分からない暗闇の中で、自分という意識を浮き上がらせていく感覚。

 何故、自分はこんなところにいるのか。そもそもこの場所は何か。当初は僅かな疑問すら思い浮かばなかった。自他の境界すら曖昧で、己をゆっくりと確立させていくのにかかる時間を数える余裕もない。

 

 これは、夢なのだろうか。

 だが明晰夢にしては自分に自由が無さすぎるし、周りがあまりにも殺風景に過ぎる。

 一方で、漠然と意識を保っている感覚はあり眠っているとも言い難い。

 

 だから俺は、この状況を『微睡んでいる』と表現したわけだが。

 

 

 それが唐突に転機を迎える。

 自分は、何者だったか? 当たり前に過ぎるそれに疑問を持つことができたその瞬間、その気付きは引き金となって自身の意識を呼び覚ましていく。急速に上に浮き上がっていくような感覚は、水中から浮力で脱出しているようだった。

 

 そして、何も映さず伝えない虚無の空間に、初めて光と音が差し込んだ瞬間。

 

 俺は目覚めた。 

 

 

 

―ピピピピ

 

「ん……」

 

 目覚まし時計が鳴っている。

 暗闇から浮上したばかりの意識には耳障りなそれは、よしよしと撫でてやれば機嫌を良くしたように黙る。

 

 一度動き出せば、何千と繰り返してきた通りに体が動く。

 毛布を引っぺがし、窓際に立ってカーテンを開ける。途端に日の光に網膜を焼かれ呻いた。

 

 明るさに慣れて来た視界には、いつもと変わらぬ景色が広がっていた。住宅街のとある一画、それなりに裕福な我が家は立地も良く、すぐそこの大通りで車の音が通り過ぎた。

 部屋の中は綺麗に片付いていて、壁際に備えられた本棚には経済学の本や経営に関するビジネス本に少年漫画などが雑多に並べられている。

 

「イグナス~? 起きてきなさ~い」

 

 間延びした声が扉越しに聞こえた。仄かに鼻腔をくすぐる肉の匂いに、キッチンに立つ母を想像しながら階段を下りていく。

 寝ぼけ眼をこすりながら居間に辿り着けば、丁度プレートをテーブルに置いたばかりの母が笑顔で迎えてくれた。

 

「あら? いつになく眠そうね?」

 

 少し心配気にこちらを見る母さんに大丈夫だと告げ、席に座る。焼きたてのソーセージと目玉焼き。シンプルながらもありがたい朝のタンパク質に感謝しつつ、俺は既にカット済みのパンをオーブンにセットした。

 

 ゆっくりと朝食の準備を整える俺に対し、既に食事を終えていた妹は、ごちそうさまと言い残し食器をシンクに片付けに行った。直後、階段を2階に駆け上がる音が響く。

 学生となり身支度にも気を遣うようになった妹は、いつの間にか俺よりも早起きになっていた。

 

 それをどこか寂しく思う俺は妹離れができていないということなのだろうか。そんなことを考えながら、俺はオーブンをじっと見つめていた。

 

 それからしばらくして俺も朝食を食べ終えた頃、またドタドタと妹が階段を駆け下り、皿を片すところの俺を見て仰天した。

 

「お兄様、早く支度をしてください!」

「そう焦らせるなよ。我ながら見事な焼き加減に仕上げたパンをようやく食べ終えたとこだぞ?」

 

 こう見えて、俺は朝食にはこだわる派だ。パンを噛みしめた瞬間のパリッとした食感を経験してしまってはもう戻れはしない。

 優雅な一日は、優雅な朝から。何事もスタートが大事だと言うし、焦らず余裕を持つのが朝の秘訣だろう。

 

 だが、そんな俺のぞんざいな対応に妹であるイリーナは眉を吊り上げ頬を膨らませる。

 

「呆れましたわ! せっかくお姉様がいつも来てくださるのに。愛想尽かされても知りませんわよ?」

「余計なお世話だ」

 

 ご立腹気味な小言を適当に流し、洗面台で顔を洗う。扉の前ではいつでも出れる格好でイリーナが早く早くと急かすようにじたばたしていた。

 

―ピンポーン。

 

 丁度そのとき、来客を知らせるベルの音が鳴る。

 

「あ! 言った傍から」

 

 この時間、いつものことだった。ダーリ家の誰一人として扉の先に誰がいるのか確認もしない。そんな中、未だ制服を着てすらいない俺に早々に見切りをつけ、応対のためにイリーナが玄関に走る。それを見て俺も身支度のために自室に戻った。

 

 制服に着替え降りて見れば、既に一階では話が盛り上がっているようだった。

 女三人寄れば姦しいとは言うが、イリーナは人の倍は騒がしいため母も合わせて扉の手前は井戸端の如しだ。

 

 ようやく現れた俺に、またしてもイリーナが頬を膨らませる。

 

「やっと来ましたわ。いつも申し訳ありません、お兄様がだらしなくて」

「いや、これでも十分早い方だろう?」

 

 実際、腕時計を見てみれば登校には余裕で間に合う時間帯だ。

 だがそれに対しイリーナはやれ女性を待たせるだなんて紳士失格ですわだとか色々と言ってくる。それにどう言い返そうか悩んでいたところ、当の本人から助け船が来た。

 

「そう怒らないでやってくれ。いつも早めに来ている私が悪いんだ。それにその分、イリーナとこうして話ができたからな」

「まあ! お姉様ったら!!」

 

 喜びを全身で表現する妹はがばっと熱い抱擁をする。

 スキンシップの激しい妹に対し、当事者は嫌がるどころかこらこらと言いながらも優しく頭を撫でている。その様子は彼女が密かに「人誑し」の称号を欲しいままにしている事実を浮き彫りにしていた。

 

「では、行って参ります」

「息子のこと、よろしくね?」

「もちろんです」

「お母様、私も行ってきます!」

「行ってきまーす」

「はーい。全員気を付けるのよ~」

 

 玄関扉を開けた先、見送る母さんの声を背に俺達3人は歩いていく。

 命の芽吹く季節。色鮮やかな花が街を彩り、温かな風が俺達を出迎える。

 

「さてと。今日の一限はなんだっけか……?」

『          』

「ん?」

 

 

 ふと、足が止まる。何か忘れ物でもしたのか、後ろ髪を引かれるような感覚があった。

 談笑していた2人も、俺が突然止まった事に気付き首を傾げる。

 

「どうした?」

「……いや、何でもない」

 

 しばらく立ち止まって考えても、何が俺を引き留めていたのか判然としない。

 すぐに気のせいだと思い直し、待ってくれている彼女の元へ早足で向かう。

 イリーナが呆れ顔で腰に手を当てている。

 

「どうせ忘れ物が無いか今になって気になったのでしょう? 朝にのんびりしているからですわ」

「ちげえよ。なんか、誰かに呼ばれたみたいな……」

「そんな声、聞こえませんでしたわ。まだ寝ぼけてるのではなくて?」

 

 ひどい事を言う妹もいたものである。だが、説明しようにも自分自身あの感覚が何だったのか説明できない。

 夢の内容を思い出せないような、もどかしい感覚が胸の中でぐるぐる回っている。

 

 

 だがそれも、突然手を握られた感触に我に返った。

 「まあ!」と驚くイリーナを尻目に、もう1人が俺に迫りその手を取ったのだ。

 

 目の前で、制服に身を包んだ()()()が俺をじっと見つめていた。柔らかな感触と春の陽気に負けない体温が伝わってくる。

 俺よりも僅かに低い位置にある瞳は、綺麗な朝焼けの色をしていて思わず魅入ってしまう。

 

 しばらく俺の手を握ったタルラは、途端に表情を崩し、俺を見上げながら微笑んだ。

 

「体調は悪くなさそうだな。普段よりも少し眠そうだが、寝つきが悪かったのか?」

 

 言い当てられた事に思わずドキリとする。確かにここ最近、例のよく分からない感覚から目覚める事が多い。

 

「何で分かったんだ?」

「私はお前の恋人だぞ? 見ていれば分かる」

 

 そう自信満々に言ってのけるタルラに頬が赤くなるのを感じる。こいつの愛情表現はストレート過ぎて心臓に悪い。

 ドギマギする俺にお構いなしにタルラが俺の腕を取る。イリーナがとうとう黄色い声を隠せなくなってきていた。

 

 今は登校時間。周囲には人の目もあるし俺自身1人で歩けないような状態ではない。

 だがタルラは大義名分を得たとばかりに、ふらつかれては困ると俺の腕を引いて歩き出す。

 

「行くぞイグナス。昼まで耐えきれば、私がご褒美を用意してやる」

 

 密着する体に、耳元で囁かれた甘言。

 俺の周囲はもはや春を通り越して夏のように感じられた。

 

 

 

 

 

 今は春。

 この季節はしぶとく生き残った桜がちらほらと道を彩っている。コンクリートの道は所々が淡いピンクで覆われ、時折宙を花びらが舞う。

 

 そんな自然のカーペットを抜け、少し勾配のある道を談笑しながら歩いていけば圧倒的な存在感を放つ横広の建物が見えてくる。

 

 

 私立方舟学園。

 なんともトンチキな名前だが、これで優秀な卒業生を代々輩出している由緒あるマンモス校だ。優秀な生徒の推薦入学を積極的に受け入れており、その専門性の高いカリキュラムから才能を伸ばす学び舎としては最も優れていると評価も高い。

 唯一不満を挙げるとすれば、ケルシー理事長の話が難解かつ長時間であることくらいだろうか。

 おそらくこの不満を持っていない人間は学園内に誰一人としていない。

 

 

 そんな校風もあってか、そこに通う生徒も皆個性的な人物が多い。

 そう例えば―

 

 

1時限目 公民

 

「このようにして近代の政治哲学において重要な、社会契約に基づく個々人の人権の保障という概念が広まっていき…」

「ふふ。自らの安全のために自らを縛るか。己が運命を従わせられぬ弱き者の生き方としては利口だな」

「おい、聞き捨てならないぞ。随分上から物を言うではないか」

 

 平穏だった教室の一画が、その一言で空気が張り詰める。

 退くことを許さぬ強い意思を伴った指摘に、また言った当人も尊大な態度を返す。

 

「獅子の娘よ。私は元より人の上に立つ存在だ。生き足掻こうとする彼らの知恵を愚弄する意図はない。むしろ捧げられた臣従の意を汲み、より良き国を創ってみせよう」

「その考えが傲慢だと言った。人の上に立つことが当然だなどと、よく言えたものだな」

 

 一触即発の雰囲気に、両者を慕う者がまた立ち上がる。

 マンドラゴラとインドラ。喧嘩っ早い2人が睨みを利かせ、ハーモニーやモーガンら苦労人枠が頭を抱え始めた。

 

 そこで、カツッとチョークの音が一際強く鳴る。

 

「君達、自分の主義を主張するのはいいが今は授業中だ。放課後に改めて存分に討論するといい」

 

 Outcast先生の眼が鋭く光る。普段怒ることの無い彼女だが、怒らせるとやばいのは周知の事実。

 すごすごと両者は矛を収めた。

 

 そんな、あわや抗争かと思われる出来事に教室内で出くわしたり。

 

2時限目 経済学

 

「イグナスさん。今日こそ僕とビジネスシミュレーションで勝負してください!」

「ちょっとバイソン、抜け駆けしないでよね! イグナス、やるならアタシとよね?」

「いや、俺は誰とも張り合うつもりは」

「抜け駆けしないでくださいよスワイヤーさん。今日こそ価格交渉で競り勝ってみせるんです」

「そっちこそ! この前安全設計の基準違反を見抜かれてぼろ負けしてたじゃない。今日は私とよ!」

「「う~~~~」」

「なんや、ならイグナスの旦那うちと組まん? ええ儲け話があるんやけど」

「「な!!!」」

 

 経済学の授業ではクラスメイトが俺と張り合って争いを起こしたり。

 因みに最終的にバイソンとスワイヤーの2人が戦うことになり、俺はその隙を突いて1人勝ちした。

 2人はものの見事に破産にまで追い込まれていたが、敵対会社がなにも一社だけとは限らないといういい教訓になった事だろう。

 

 

教室移動中

 

 マンモス校のここでは教室移動の際は廊下がそれなりに騒がしくなる。

 行き交う人々を避けつつ進む中、ある1人の女子生徒とすれ違う。

 

―スッ。

 

「おい待てロープ。また俺のもん奪ったな?」

「へえ、気付くんだ? 流石~」

 

 振り返った先でコータスが掌をひらひらと振っていた。

 

「お前その手癖いい加減直せよ。また風紀委員にしょっぴかれるぞ?」

「気が向いたらね~。とりあえずこれはいただくよ~」

 

 俺のポケットからくすねた飴玉を、ロープは目の前で包装紙を剥がし口に放り込んだ。

 中々にいい笑顔をしている。だがそれも次第に表情を失っていき、顔を真っ赤にして口を押さえた。

 

「な、なに()れ~~!!」

 

 舌っ足らずな叫びを漏らし、急ぎ水道を求めて走っていくロープ。

 その背を見送りながら俺は。

 

「……やっぱ食わなくてよかった。この飴玉……」

 

 とある友人から貰ったこれを口にしない事を誓った。

 

 

3限目 体育

 

 男女別の体育の時間。広大な体育館をネットで半分に割った向こう側。

 ボールを床に弾ませる音がリズミカルに鳴っている。

 

「ハハハ、ボクから逃げないでおくれよテキサス」

「いい加減私に執着するのは止せ。これはチームスポーツだぞ?」

「君がこの中で誰よりも強い。ならエースを徹底的にマークするのは常識だろう?」

「はあ……もういい。抜かせてもらう」

「いいね! やってみなよぉ!」

 

 気怠げな少女と白髪の喜悦に満ちた少女。

 2人のループスが体育のバスケで次元の違う1on1を繰り広げていたり。

 

4時限目 数学

 

 教師であるチューリップ先生が黒板に記した問題文を示す。

 

「ではこの問題を、ドクター、君が解け」

「はい」

 

 そうして立ち上がったドクターは、澱みない動作でチョークを動かし途中式から回答まで完璧に答えてみせる。

 綺麗な筆跡と一切無駄のない計算式。それらにチューリップ先生も唸り腕を組んだ。

 

「困ったな。もうこの場で教えられる問題はないぞ?」

「では一足先に受験を見据えた模擬試験はどうでしょう? 早く記述が終わった生徒は自習ということで」

「……そうだな。お前達だけなら否と言うが、他の生徒もお前のお陰で成績が向上している。置いていかれる者もいないだろう」

 

 1人の大天才と、我ら方舟学園の誇る科学部の面々のお陰で早々に3年の勉強範囲を終えてしまったり。

 

 

 

 まあこのように一日、いや半日過ごすだけでこの密度である。

 世界は広いとつくづく思い知らされるようだ。本当に、色々な人間がいる。

 

 

「君もその1人だと思うけどね」

「よせやい。お前には負けるよ」

 

 そうやって俺を問題児の仲間入りさせようとしてくるのは、何故かバイザーとフードで顔をほぼ覆い隠すという、警備員に通報待ったなしの格好をしている同級生だ。名をドクターという。

 

 なんとか4つの授業をやり過ごした俺達は、昼食を食べるため廊下を歩いている。

 

 

 ドクターはこの学園の中でもかなりの有名人だ。

 

 学業成績トップをひた走るこいつはこの学園の特待生として編入してきた。先程、今後の数学の時間をほぼ自習にしてしまったのもこいつだ。

 こいつは自分が成績がいいだけでは飽き足らず、勉強が苦手な生徒の勉強に付き合ったり、そこで得た人脈と自分の頭脳を駆使して人助けも積極的に行っており、気付けば多くの友人達に囲まれている。

 

 尤も、彼を友人以上と思っている人間もそれなりどころじゃないくらいいるわけだが。

 

 後輩幼馴染の兎耳女子、身辺警護と言って付き従ってくる雰囲気ヤンデレ、奥手な今時女子高生、姉御肌な色白美人、無二の盟友を自称する社長令息、アーチェリー部のエース、謎の白髪赤目美女。

 それに最近は転校前の知り合いに、包容力のあるピンク髪の先輩と世話焼きお姉さんがいる事も発覚した。

 

 どこのギャルゲー主人公だよ。顔隠してるのはその所為かと、一度真剣に考えた事がある。

 因みにこれから昼食を食べにいく場所も、そんな彼女達と約束をしているらしい。

 

「ドクターの周りは相変わらず賑わっているな?」

「退屈はしないが、分かってて言ってるだろ?」

「そりゃ勿論」

 

 したり顔で返せば大きなため息が返ってきた。

 この男、中途半端に鈍感ではないのがまた腹立たしい。

 

「そういう君こそ、傍を離れない大切な人がいるじゃないか?」

 

 意趣返しのつもりなのだろう。ドクターも俺がこれから向かう先を知っている。そしてそこに誰がいるのかも。

 だが残念。俺はそれくらいじゃ動揺しない。

 

「ああ。俺は果報者だよ」

 

 そう自慢してやれば、期待していた反応を得られなかったこいつはまた1つため息を吐いた。

 

「仲が良好で何よりだよ」

「そうだろう。羨ましかったらいい加減誰か1人を選ぶんだな。背中を刺される前に」

「くっ」

 

 正直、どこのハーレム主人公だっていう状況のこいつに男として思うところが無いでもない。

 だがこいつもこいつで色々考えてはいるのだろう。根が悪い奴ではないのはこの付き合いで分かる。

 

「何にせよ、自分の感情にちゃんと向き合って誠実さを返せば納得してくれるさ」

「それは忠告か?」

「おう。人生の先輩としての助言ってやつだ。聞いてて損はないだろう?」

 

 少なくとも、俺はその手の話ではこいつより経験豊富なんだ。彼女持ちの言葉は有難かろう。

 それから少しの間、俺は女性に恨まれない方法を伝授し続けた。

 

 

 ドクターと途中で別れ、1人中庭に向かう。角を曲がれば、既にタルラがいた。

 そこは人の背を優に超える木々が俺達を覆い、風に揺れる葉の間から木漏れ日が覗く。

 

 部屋の中とも違う、自然な快適さに包まれたこの空間は俺達のお気に入りの場所だった。

 

「さて、飯にするか」

「そうだな」

 

 備えられたベンチに横並びで座り、持参した弁当を2人で広げる。

 タルラのそれは俺のものとは違って中華系だ。青椒肉絲がなんとも旨そうな匂いを漂わせている。

 

「食べるか?」

「お、じゃあ俺は唐揚げをやる」

 

 箸で摘まみ、互いの口元にやれば躊躇いもなく差し出されたおかずを口にする。

 

「やはり美味しいな」

「そっちも、専門の料理人を雇ってるだけあるわ」

 

 タルラの家庭事情は少し特殊で、彼女は実家から離れ親戚の家に住んでいる。

 政治家と古い名家の夫婦、そして異父姉妹の妹。家柄も大層なもので使用人もいるのだとか。

 そんな家であるから、専属の料理人が三食作ってくれるらしい。その味も推して然るべし。

 

「だが、私はこっちの味の方が好きだ。家族の、温かみを感じられる」

 

 そう零すタルラは、いつもより少しだけ寂しさを感じさせた。

 そういった複雑な家庭環境も相まって、一時期反抗的になっていた彼女にとって、我が家の雰囲気は眩しく感じられるのだろう。

 

 正直それに対し何か言葉を重ねるつもりはない。その代わり、俺はタルラの手に自分の手を重ねた。

 

 タルラが世話になっている親戚筋の家も、彼女を歓迎していないわけではない。だが互いに遠慮を重ねた末のぎこちなさがあるだけで、家族の愛情はきちんと存在している。それは以前タルラを家に送り届けた際に感じられた事だ。

 

 あとは時間が解決してくれる。少なくとも俺は心配していなかった。

 

 

 昼飯も食べ終え、一呼吸ついた俺達2人。

 食後で気持ち良くなっていたところに、春の陽気が通り過ぎる。

 濃厚な一日を過ごし適度な疲労も感じていたところだ。瞼が少し重く感じる。

 

 眠気を感じてあくびを漏らした俺に気付き、タルラが俺との距離を少し空けた。

 

「では、ご褒美の時間だ」

 

 おそらく登校中に言っていた件だろう。

 何を、と確認する前にタルラが膝をポンポンと叩く。それだけで意味が分かった。

 

 時計を確認するも、次の授業まではまだ30分以上もある。

 何より、こんなに魅力的な提案を前に我慢できる彼氏はそうはいないだろう。

 ベンチに横たわり、ゆっくりと後頭部をタルラの太ももに乗せる。しっかりと筋肉質で、でもどこか柔らかい。

 極上の枕を得た俺を、タルラは慈愛の目で見下ろしていた。

 

「寝ててもいいぞ? 昼休憩が終わる頃に起こしてやる」

「わりいな…」

 

 俺に覆いかぶさるように見守るタルラの影で、目に日の光も届かない。

 いよいよ睡魔に勝てなくなってきた俺の意識が遠のいていく。

 

 頭を優しく撫でつける掌に、自然と瞼が落ちる。

 ゆっくりと微睡んでいく最中、タルラが呟く。

 

「大丈夫だ。私がついている。例えどんな事が起きようと、私がお前を守ってみせる」

「はは、なんだそれ」

 

 それがやけに熱の籠った言葉だったのが、つい可笑しくて笑ってしまう。

 こんな平和な世界で、何から守るって?

 

 そんな疑問すら遠のいていく間際。

 

 

『             』

 

 

 朝も聞こえた声が、遠くに響いた気がした。

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