4月から色々あり過ぎて、ちょっとペース落ちてます。
荒野を進むロドス・アイランド号が後塵を巻き上げている。曇天の空の下、航路に沿ってできた轍をなぞってヴィクトリア付近からウルサス国境付近へと移動する。
季節は夏に入り始めた頃。しかし未だ雪の残るウルサスの冷たい空気が向かい風となって流れ込んでくる。
その甲板上で、タルラとアーミヤが並んで空を眺めていた。
「あれから随分経ちましたね」
「そうだな」
それに同意するタルラは、感慨深い心地になっていた。
あのヴィクトリアでの戦争が、遥か遠い過去の出来事に思える。だが過ぎた月日は僅か3年、その間にロドスは様々な事件に直面した。
戦後のヴィクトリアの後始末。新生したカズデルの統治管理。
海に棲む怪物、シーボーンとそれに対処するエーギルの海底都市。
サーミよりも遥か北、インフィ氷原に眠る太古の遺物の調査。
クルビアのライン生命に関する事件の数々。
挙げていけばキリがなく、その詳細まで語れば日が暮れてしまうことだろう。
それをアーミヤやケルシー、ドクター達と協力してどうにかやってきた。
タルラの足取りに、イグナスを失ってからの頼りなさはもう見られない。荒野を駆ける風にも揺るがず、その瞳には確かな光があった。
タルラが胸元に寄せた手を握りしめる。その手に包まれたペンダントに嵌められた、源石の欠片。それは全てを呑み込む黒ではなく、どこか黄金の光沢を秘めているように見える。
もう、立ち止まっている暇はない。
ここに来てようやく、イグナスの件に進展が見られたのだ。
「待っていろ、イグナス」
彼の唯一の痕跡を握りしめ、タルラは決意を新たにした。
今から2年ほど前、タルラが自分を取り戻した後、アーミヤのアーツによって発覚したイグナスの残滓。彼の存在がまだ完全には失われていない可能性は、ロドスとレユニオンに少なくない動揺を与えた。
あの後、アーミヤはケルシーにそのことについて報告し、急遽オペレーター達に召集が掛けられた。
集められたのはレユニオンの幹部メンバーとロドスのエリートオペレーターや医療オペレーター。そして、その真偽を確かめるに足る能力を持つ者達。
「間違いありませんわ。確かにお兄様の記憶が流れ込んできます!」
「僅かにだけれど、影が揺れ動いている。まさか本当に源石の中に生きているというの?」
ペンダントに眼球が付きそうなほど近づかせてそう漏らすのは、イグナスの妹でありロドスの補助オペレーターとして勤めているイリーナ。オペレーター名をハラショーという。
そしてもう1人、その瞳を淡く光らせ眉を顰めるのはヴィクトリアでの一件も終わり正式にロドスに再加入したイネス。こういった専門のアーツ使いとして急遽カズデルから招集した形だ。
その2人が揃って目の前の小さな源石に驚愕している。
『私も彼女らと同意見だ。彼の声は小さくはあるが反響している』
さらに落ち着いた声が頭の中で反響する。
そこに立つのは老年のサヴラ。エリートオペレーターのMantraからも肯定されてしまえば、もう疑う余地はなかった。
死んだはずの人間が生きているかもしれない。眉唾な話ではあったが、ロドス内でも数少ない優れた感応系アーツの使い手達の意見によって疑念は確信に変わった。
あるはずがない出来事が、今目の前で起きている。オペレーター達の間で、意見が飛び交う。
「何でこんなことになっちまったんだ? サルカズでもないのに、あいつは俺達の先祖みたく魂が源石の中に閉じ込められたってことなのか?」
矢継ぎ早に疑問を投げかけるのはScout。この場に居合わせたサルカズの意見として、それは的を射ているものだった。
ヴィクトリアの戦争で明らかとなった、サルカズの魂の末路。
だがそれはテレジアの目論見によって解決したはずだった。源石の中に囚われた魂は、1つ残らず金色の海を渡り本当の死を迎えた。そもそもそんな事態に陥っていたのは、感染者の中でもサルカズの特殊な成り立ちと、源石への先天的な親和性の高さからくるものだったはず。
そんないくつもの疑問に対し、アーミヤとケルシーはそれぞれの見解を述べた。
「もしかしたら、あり得るかもしれません。イグナスさんが亡くなった時、その体はアーツの過剰使用によって急速に源石に覆われていました。その親和性がサルカズの水準に達していた可能性は、否定できません。それにサルカズではなくても、イグナスさんのアーツはかなり特殊なものでしたから」
「私達はヴィクトリアで一度アナンナの中に囚われている。肉体が完全に源石になってしまったとしても、魂と言える何かが現世に留まる可能性はレヴァナントが証明している」
イグナスが扱っていた、アーミヤの魔王の力に類似したアーツ。Logosから、自身の魂への介入と評されたそのアーツの本質は、テラ全土を見ても極めて稀なものだ。
自身の魂を鍛え、延ばし、形作る。それは言ってしまえば自己の存在を意のままに歪める危険性をはらんでいる。もしその肉体が滅び魂だけの存在になったとしても、アーツが何らかの形で作用し現世に留まる可能性は、それで理屈が通ってしまう。
「だとしても、殿下と一緒に源石の中の世界は崩壊したんだろう? なんでそんなとこにあいつがいる?」
「それは……」
その問いに答える者はいなかった。
そもそも、未だに源石に関しては未知な部分が多い。テレジアが語った内宇宙とやらの詳細について、アーミヤが答えられる訳も無いのだ。
ドクターは過去の記憶を失った。そして唯一その知識を有するケルシーも、創造主に課せられた規制によって話す事は叶わない。
「待て。それらよりも、大事な事があるだろう?」
全員の視線が集まる中タルラは、震える手でペンダントを握りしめる。
「つまり、イグナスが肉体を取り戻すことも、可能という事か?」
「……」
一縷の望みをかけた問いに、沈黙が広がる。
死者が蘇るなど、本来あり得ない。
だがテレジアという前例がいて、彼の存在は確かにその手に握りしめられている。
タルラは唐突に目の前に垂れ下がった蜘蛛の糸に、どうか切れてくれるなと願う。
それに答えたのは、ケルシーだった。
「…可能性は、ある」
「!」
「だが、望みはあるといった程度だ」
ケルシーは希望的観測に拠らぬよう、努めて冷静を保ち言葉を重ねる。
「テレジアが復活を果たしたのにはいくつもの条件が必要だったことが予想される。さらにその禁忌を破った聴罪師は既に討たれ、その共同者であったテレシスの行方は未だに分からない。何もかもが手探りとなるのは言うまでもない」
幾つもの否定材料を列挙した彼女だが、普段の彼女ならばその可能性を仄めかす事すらしなかっただろう。
実際、彼が現世に復活を果たす可能性は低いと言わざるを得ない。一度絶望した者に、叶わぬ淡い希望を見せる残酷さは十二分に分かっていた。
ケルシーは、そんな
そこには誰1人、不可能だなどと決めてかかる者はいなかった。
誰もが自分に為せる事を模索しながら、ケルシーの言葉を待っている。
ケルシーは永い時の中で、常に問い続けて来た。
困難な壁に直面した時、人はどうあるべきかを。
現実とかけ離れた理想に手を伸ばすことを、無謀と笑うのか。
取りこぼしたもの、失われる犠牲に理由をつけ、それを正義と言うのか。
(
その在り方を、ロドスは目の当たりにしたはずだ。
遥か遠い過去、自分を創り出した
ならばケルシーが示すロドスの行く道は、1つしかない。
「我々の仲間を救う手掛かりは残されている。だが全てが徒労に終わるかもしれない、星に手を伸ばすような途方もない道だ」
「それでもいい! どれだけ時間がかかろうと、成し遂げて見せる!」
タルラの力強い返答を受け、ケルシーは他のオペレーター達を見渡す。
「この場の全員、思いは同じと見て良いな?」
誰1人、否と言う者はいない。
全員の首肯を受け、ケルシーが宣言する。
「以降、イグナスの扱いをLODD(殉職)からMIA(作戦行動中行方不明)へと変更。彼の救出をロドスの重要任務として位置付ける」
その宣言に、多くのオペレーターの顔が綻ぶ。
涙を浮かべながら、拳を握りしめる者。
イグナスとの再会を思い、感極まる者。
自分達を置いていった薄情者に一発お見舞いしてやろうと意気込む者。
イグナスの人柄や、成してきた事。それらのせいだろうか、誰もが彼との再会を信じて疑わない。
彼と言う人物に改めて驚かされながら、ケルシーは一瞬緩んだ口角を引き締めた。
「この件に関しては、サルカズの技術や知識が必要となってくることが予想される。よってカズデルに駐留することになるオペレーターを中心に、情報収集を第一フェーズとする。以上だ」
それ以降、ロドスはテラの各国で起こる事件に対処しながら、その手掛かりを追って来た。
カズデルに向かったシャイニングは、かの一族の後処理をする傍ら、聴罪師の館でテレジア復活に関わるデータを探している。
同じくカズデルに駐留することになったマドロックは、カズデルの復興のためインフラの整備や復興住宅の建設と大忙しの状況だ。一部からは土石の仔の再来と持て囃され、それをどう扱ったものかと悩んでいるらしい。
また、クルビアでの事件で関わることとなったマイレンダー基金の探偵ブリキ。彼はロドスに協力的なレヴァナントという事もあり、イグナスの状況について精神のみで生きる存在としての貴重な見解を貰うことができた。
小さく、それでも着実な進展。そうした一歩一歩を積み重ね、今に至る。
忙しない日々は風のように過ぎさっていく。こうして甲板の上で一息つかなければ、タルラもその早さを認識する事はできなかっただろう。
「ウィルくんは最近どうですか? ここ一月は会えていませんでした」
「自分で歩けるようになってからは、もう大変だ。活動的すぎるというのも困りものだな」
加えて、タルラには母親としての立場もある。
慣れぬ子育てというのは、戦いとはまた違った気苦労があった。
「アリーナによく懐いていてな。この前は絵本を読んでもらったと自慢してきた」
その日は本人が疲れて眠るまで、ベッドの上で同じ絵本の読み聞かせを何度もせがまれたものだった。
「アリーナさん、こちらに来ていたんですね」
「定期健診とポラリスで教育に使う書籍を受け取りにな。あちらからは小言を頂戴したよ。ウィルを寂しがらせるな、と」
タルラとて、愛息子を独り置いていきたくはない。だがレユニオンのリーダーとして、ロドスのオペレーターとして、為すべき事は多く背負った責任は重い。
まだ幼い感染者であるウィルを遠出させるのはリスクが大きいため、ロドスで留守番をさせることはままあった。
「大丈夫ですよ。ロドスにとってもウィルくんは宝です。皆さん気にかけてくれています」
「ああ、それに関しては感謝している。お義母様とお義父様もよく面倒を見てくれるしな」
ただ、とタルラは下を向いたままその続きを口にしない。
柵に寄りかかったまま、俯く彼女にアーミヤはそっと笑いかけた。
「ちゃんとお母さん、やれていると思いますよ?」
「! すごいな。言い当てられてしまった」
「ふふ。見ていれば分かります。
どこかで聞いたような言い回しに、揃って笑みが込み上げる。
2人を繋げてくれた魔法の言葉に、彼女らは同じ男の笑みを思い浮かべていた。
そんな昔を懐かしむ2人のもとに、甲板を駆ける足音が近づいてくる。
誰が来るのかとタルラとアーミヤは揃って音の先を見た。
「あ、いた! ケルシー知らない?」
やってきたのは携帯端末を片手に持ったクロージャだった。彼女も最近はロドス内のゴタゴタに巻き込まれあっちにこっちにと引っ張られている。
彼女もまた、普段は引きこもりのような生活をしているがれっきとしたロドスの幹部。他のエンジニア部の職員や、レユニオンの電子技術担当でありクロージャの元弟子でもあるDijkstraの手助けが加わったとはいえ、ここ最近激増した仕事量をどうにか気絶する事もなくこなせているのは、彼女が超凄腕の証拠だった。
だがそんな彼女も今はどこかやつれ気味だ。アーミヤが理由を尋ねると、彼女は今頭を悩ませる問題について語った。
「原因不明のシステムエラーですか?」
「そう! 最近PRTSの調子が悪いのか、誤作動が多くてそのデバッグが大変なんだよ~」
アーミヤの問いに、感情を爆発させるクロージャ。
不摂生にも関わらずどうやって維持しているのか半ば都市伝説扱いされている白磁の肌をこれでもか歪め、濡羽色の髪をがしがしと乱していく。
見る者が見れば妬ましさで震えるような光景なのだろうが、本人にとってはそれでどころではない。
ロドス・アイランドの中核を為すシステムであるPRTS、それに不調が出た。
以前からその予兆のようなものは現れていて、ケルシーともどもその対策に追われていたらしい。
「ホント勘弁してほしいよ。なんか勝手に各地に手当たり次第メッセージも送っちゃってるみたいでさ~」
クロージャの持つタブレットには、複数言語で各国へと送られたメッセージの履歴がずらりと並んでいた。その多くは文字化けしており解読すらできない。
それでもその1つ、アーミヤが知っている言葉で辛うじて読めるものがあった。
「
「そう。なんだか不気味だよねえ」
「……」
アーミヤの意識がしばらくその画面に吸い寄せられる。
不可解なメッセージと、積み重なっていく原因不明のエラー。アーミヤはそれらの背後に誰かの思惑が潜んでいる気がしてならない。
一歩一歩、未来へと進んでいく方舟の旅路の中。
先行きの見えない暗雲が、アーミヤ達を見下ろしていた。
????;「もうすぐよ、■■■■」