明日の方舟よ、良い旅を   作:アルパカ戦士

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前回の続きになります。

本編はもう少しお待ちください!


エピソード21 秘めた想い

 午後一番の時間帯、ロドスは日に二度目の忙しなさに包まれる。

 製薬会社として各国と取引を行う関係上、物資の遣り取りは必然でありそのための運送も日々の業務の内に入っている。

 出荷するもの、そして逆に入ってくるもの。この時間帯はロドスを訪れる輸送隊が多い時間帯だった。

 

 スチュワードは、久方ぶりにロドス本艦に降り立った。

 イェラグに適した厚底のブーツが鋼鉄の床を叩き甲高い音を鳴らす。コートに滲んでいた雪はすっかり解け、逃げない熱に不快感を感じ始めたところで上着を脱いだ。

 ロドスを離れ、故郷であるイェラグに勤める事を決めて数年の時が経っていた。切っ掛けはシルバーアッシュがイェラグ発展の為に進めていた改革の数々。それは雪と山脈に閉ざされたあの国を、良くも悪くも変えた。

 シルバーアッシュ家当主としてその改革を主導する彼は、変わらずロドスの盟友であり、元から従者であったクーリエやマッターホルンは勿論のこと、ロドスからも長期的にイェラグとの橋渡しとなる存在を必要とした。その際、彼の目に留まったのがスチュワードだった。

 

 最初は自分の身には余ると固辞していた彼だったが、その推薦はシルバーアッシュ本人からのものであると知り、またドクターからも能力的には問題なしとのお墨付きを受けてしまった。

 それからあれこれと頭を悩ませた挙句、スチュワードは最終的にイェラグに戻る選択をした。今の環境を手放す選択を取った事を鑑みるに、目まぐるしく変わっていく故郷に彼も思うところがあったのか。

 イェラグの中でも外に対して開かれた南部地域の生まれである彼は、クルビアやリターニアといった外国に対する案内役として活動していたこともあり、カランド貿易のビジネスについても理解があった。その経験を基に、シルバーアッシュの下で数年の下積みを経て、彼の肩書はカランド貿易所属のロドス外勤オペレーターとなったわけである。

 

「さて、薬と食材の品目管理は後日として、あとは……」

「スチュワードく~~ん!!!」

 

 ともに来たカランド貿易の職員とチェックリストに丸を付けていると、遠くから自分の名前を呼ぶ声が聞こえて来た。相変わらずの元気一杯のそれが誰のものかはすぐに分かった。

 

「この声、カーディかい? ひさしぶ」

「とぉーーーう!!!」

 

 だが振り返るのも待たずスチュワードは猛烈なタックルに吹っ飛ばされた。上背があり生半可な鍛え方をしていない彼も、不意打ちの一撃には成すすべもなく床に倒される。

 その犯人は再会の喜びに尻尾をぶんぶんと振り回しているだけだ。

 

「久しぶり! 元気だった?!」

「……今、元気じゃなくなったところだよ」

 

 呆れ気味ながらも決して怒ることはしない。目の前の彼女のそういった行動には慣れたものだ。ましてや今回被害にあったのはロドスの高価な生産設備ではなく彼の身一つ。これくらいは甘んじて受け入れようという気概を見せるスチュワード。

 

 突然の襲撃に一時騒然としたものの、彼の同僚は飛び掛かった人物を見ると次々と平常運転に戻っていく。彼らにとって有望な新入りであるスチュワード、クーリエを始めとした先輩方が旧友同士の再会を邪魔させまいと気を利かせてくれるほど、彼は可愛がられていた

 

 そんな気遣いを肌で感じスチュワードは心の中でお礼を言った。そうして自分に跨る旧友を見上げれば、キョトンとした顔をして彼を見つめている。

 

「どうしたんだい?」

「えーと。伝えたいこと、いっぱいあったのに。何言いたかったか忘れちゃった」

「はぁ、相変わらずだね君も」

 

 考えるよりも先に行動するところは彼女の短所でもあり、長所でもある。少なくともそんな彼女に救われた彼としては、それを咎めたいとは思えなかった。

 だから、代わりにスチュワードはこれまで言えていなかった言葉を口にした。

 

「ただいま、カーディ」

「! うん!! おかえり、スチュワードくん!!!」

 

 満面の笑みを浮かべる彼女に、彼もまた笑みを浮かべる。そんな2人は生暖かい視線に見守られていた。

 

 

「それでね! メランサちゃんがすっごく強くてね! 気が付いたらシュバッってやられちゃってたの!」

「そうか、メランサも元気そうだね」

「そうだよ! 元気だし、強いし、カッコいいし、綺麗なの!」

 

 通路を並んで歩く2人。その会話の殆どはカーディが次々と話すマシンガントークにスチュワードが相槌を返す形で続いていた。それでもカーディはまだまだ話足りない様子で、スチュワードもそれに飽きるどころか楽しそうに頷いている。

 時折すれ違う知り合いに挨拶を挟みつつ、2人はロドス本艦を回っていた。

 

「おや、これはこれは。懐かしい顔ぶれだね」

 

 丁度自販機が設置された休憩スペースにて、聞き馴染みのある声に振り返るとかつての同僚アドナキエルが珈琲缶のプルタブを開けたところだった。

 

「あれ? アドナキエルくん!」

「君も戻っていたのか?」

「ラテラーノに戻るのに、一度こちらを経由した方が早いと思ってね。駐在のロドス事務所に送ってきてもらったよ」

 

 そう言って壁に凭れ掛かる彼も、スチュワード同様すっかり大人びていて、黒いスーツがよく似合っている。ラテラーノ教皇庁が特注したそれは、彼がレガトゥスとしての任を拝命した証。

 

「ラテラーノでは上手くやれてるかい?」

「ああ、幸いロドスの縁で先輩方も気にかけてくれる。それにオレが要領いいのは知ってるだろう?」

「……そうだな。そうだった」

 

 気安く語り、そのまま珈琲を飲む姿を見て杞憂だったなとスチュワードは息を吐く。

 

「それより、こうしてせっかく行動予備隊A4が復活したんだ。他の皆んなも誘ってどこかで呑まないかい?」

 

 突然の申し出だったが、願っても無い事だった。スチュワードとアドナキエルがロドスを離れている今、こうしてかつての仲間達が一堂に会す機会はそうないかもしれない。予定を確認してみれば、教官をしているメランサとカーディは夜間になれば仕事はない。スチュワードはどのみち明日の便でイェラグに戻る予定なので、積み荷の確認を終えた今予定はない。一番忙しいアンセルも、偶然その日の夜は空いていた。

 

 

 そうして、かつての行動予備隊A4のメンバーは、ロドス内のバーの一角で数年ぶりの結集を祝った。まだ少年少女だった時とは違い、大人になった彼らは土産話や思い出を肴に酒を飲む。アルコールの力で気分を盛り上げ、気付けば日を跨ぐ時間になっていた。

 

 明日仕事のメンバーもいるためここらで引き上げるかと解散したものの、途中までは歩く道も同じ。

 元のハイテンションのまま浴びるように飲んでいたカーディは、歩く事もままならず今はスチュワードの背中で微睡んでいる。

 

「スチュワードくぅ~ん」

「どうしたんだい、カーディ?」

 

 甘えるような、蕩ける声音で名を呼ばれ、スチュワードは答えた。カーディは心底安心しきった表情で目元を緩める。

 

「ふふ、スチュワードくぅ~ん」

「……はいはい。何だい、カーディ?」

 

 名前を呼んだら、それに答えてくれる。それだけで嬉しいのか再び名前を呼ぶ。おんぶのまま歩く2人の間で繰り返される無邪気な戯れ。それを後ろから眺める2人は肩を寄せ合って囁く。

 

「なんというか、もどかしいね」

「そうですね。傍からみてもお似合いなのに、何を足踏みしているんだか……」

「……」

 

 どこからどう見ても互いを憎からず思っているというのに。数少ない直接会う機会に、こうして決定的な行動を起こすでもなく現状に甘んじている様子にヤキモキするメランサとアンセル。

 

 ただ1人、それをさらに一歩後ろから眺めるアドナキエルだけは、その気持ちが理解できた。

 

 スチュワードとアドナキエル、そしてカーディはロドスに来る前からの知り合いだ。故郷で雪そり巡回隊に所属していた彼女は、旅行に来ていた2人と偶然出会い、友達になった。

 そして2人が鉱石病に感染した時、彼らを放っておけないとカーディは自らの意思で故郷を去った。

 もし、彼女に自分達を追わせなければ。彼女は仲の良い家族と一緒に、リターニアの北部で穏やかに暮らしていただろう。今の仕事に誇りは持っている。それでも、彼女にも別の道があったのではないか、それを歪めてしまったのは自分達なのではないか、そんな負い目を抱えている。

 

 あんな、太陽のような笑みを浮かべる彼女を。

 感染者(じぶんたち)の運命に巻き込んでいいのだろうか。

 

 きっと、本人に言えば頬を膨らませ一蹴するだろうそんな怖れを、女々しくも捨て去れないでいるのだ。

 感傷に浸るアドナキエル。こうして、1人で物事を考える事が多くなってきたように思う。レガトゥスという特殊な立場が、いつの間にか彼をそう変えていた。

 

「アンセルも大人気よね?」

「もしかして、今日のお昼の患者さんの事を言ってます? 当然、子どもには優しくしますよ」

「でも、お嫁さんになるって言われてた。嬉しかった?」

 

 澄ましたような表情を崩さない彼女には珍しい、揶揄うような表情にアンセルはドキリとした。

 

「それは、そんな風に思って貰って嬉しいですけど! それとこれとは別です!」

 

 若干ムキになるアンセルに、鈴を転がすように笑うメランサ。

 

「……」

 

 彼らを見てると、どうにも甘いものが欲しくなる。

 アドナキエルは会話に混じることも無く、胸ポケットから取り出した煙草を唇で挟み、火を点けた。灰の煙が通路の大気に溶け、薄れていく。その向かう先をぼうっと眺めながら歩く。

 

「たばこ、始めたんですね」

「まあ、少し」

 

 それに気付いたアンセルの問いに、彼は少し後ろめたさがあるようで。僅かに顔を反らし、肺を巡った煙を天井に向かって吐いた。蛍光灯に照らされた煙は、程なくして換気扇の向こうに吸い込まれていった。

 

「さっきの話、聞いてました?」

「アンセルが幼い少女を誑かしたって話かい?」

「言い方!」

 

 天井から再び視線を戻す。かつての仲間が全員こちらを振り向いていた。

 

「将来の夢があるのはいいことじゃないか」

 

 そんな風におどけながら、アドナキエルは彼らの後をついていった。

 

 




この二次創作を読み、以下の問いに答えよ。

問い:カーディはスチュワードに飛び掛かる前、一度立ち止まって乱れていた髪を少しだけ整えていました。その理由を答えよ。

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