明日の方舟よ、良い旅を   作:アルパカ戦士

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お待たせしました。本編です!


第九十九話 遺志継ぐ剣

 結晶の砕ける音がロドス本艦の甲板に何度も響く。

 

 鋼鉄を覆う漆黒の源石結晶、それらが急速に肥大し全てを呑み込もうと迫る。だがその全てが、たった1人の手によって妨げられていた。

 裂かれ、砕かれる。歪に波打った刃先が通れば、その軌跡上の全てが2つに分かたれる。それを為すのは、サルカズの英雄、テレシスの剣閃。

 

「テレシス……」

 

 庇われたケルシーが、呆然とその名を呼んだ。

 何故、この場に現れたのか。何故、自分達を庇うのか。疑問が生まれては消え、流れていく。

 だが、テレシスは答えない。今は語る時ではない。視線だけで訴えた彼は、背後を一瞥したのちすぐに敵に向き直った。そして2人に迫っていた源石の錐をまた砕く。

 

「ケルシー先生!」

 

 アーミヤの声に我に返ったケルシーは、激しい衝突から距離を取りアーミヤ達の元まで退く。Mon3trが主を心配するようにグルルと鳴いた。

 

 彼女らを庇うように前に出たアーミヤは、迫る源石の柱を砕く。だが、その表情は依然として険しい。プリースティスの操る源石はアーツを吸収しているのか、アーミヤのアーツの効果が薄い。

 

「今は、彼を信じましょう」

 

 躊躇う事なくそう告げた彼女は、この場の誰よりも強かった。

 アーミヤにとってテレシスは、ケルシーと同じく、二度に渡って大切な人を奪った大敵のはずだ。だがプリースティスを倒すという目的のために、今はそれら全てを呑み込んでみせた。

 

 目の前の彼を見る。その剣の絶技は見事だが、プリースティスが操る源石の圧倒的な物量に手をこまねいている様子。このままではいつか削り切られる。

 何か、状況を打開するための一手が必要だった。

 

 ケルシーは自戒し、胸中の空気を入れ替える。あのアーミヤが決意したのだ。ならば、彼女を見守る立場の自分が足踏みしている場合ではない。

 

「アーミヤ、ドクター。君達は遥か過去の記憶を垣間見たはずだ。そこに、プリースティスを倒す鍵がある」

 

 ケルシーは確証を持って告げた。その瞳は、ドクターを真っ直ぐに見つめていた。

 

「過去の君ならば、預言者と呼ばれていた君ならば、この事態すら想定していたに違いない」

 

 アーミヤにケルシーが加勢する。蛍光色の光線がMon3trから放たれ、源石を焼いた。

 2人に庇われながら、ドクターは記憶を掘り起こす。アーミヤとともに潜った過去の記録。その中で、記憶を失う前の自分、オラクルは何と言っていた?

 

『君が宙の果てのどの地域からの来訪者かはわからないが、その時にこの文明が眠りについていたなら、自分の代わりに我々の残したビーコンを見に行ってくれ。それは我々の祝福……そして最後に贈る希望となるかもしれない』

 

 彼は間違いなく、傍観者でしかなかったはずの自分を認識していた。ならば、そこに鍵は隠されているはず。

 あの奇妙な部屋の中にあったもの。広いデスク、いくつかの本、そして公式に埋め尽くされたホワイトボード。

 ドクターの思考が何かに触れた気がした。あそこに書かれていた公式は、特殊媒体の伝送時におけるメタ情報のロスを減らすためのもの。源石を開発する段階で、その情報伝達の遅延を解消するために使われたものだ。

 

 手繰り寄せたヒントが、ドクターの脳裏で急速に像を帯びていく。

 

「アーミヤ。ホワイトボードに記されていたあの公式だ!」

 

 源石を開発する過程で生み出された、膨大なメタデータを効率よく処理する為の公式。

 ドクターは、それを反転させる。

 

「アーミヤ、私の思考と接続するんだ。彼女が持つ源石への権能を弱めることが出来るかもしれない!」

「分かりました!」

 

 アーミヤはドクターに言われるがまま、魔王の力でドクターの頭の中の公式を読み取った。そして、アーツの師であるLogosから学んだようにそれを己のアーツに組み込んでいく。

 

「これは、オラクルの公式ね」

 

 変化はすぐに表れた。周囲の源石が軋み、その拡大速度が明確に遅れていく。

 それを操るプリースティスは、自身の感覚との僅かな差異に眉を顰めた。

 

 ようやく生まれた隙を、テレシスが突く。

 今まで防戦一方だったが、ここで打って出る。その足は一歩ずつプリースティスに向かって進み始め、迫る源石の間隙を縫う。

 距離を詰められるのを嫌ったプリースティスによって、源石の勢いが増す。だがその悉くを切り刻み、一際速い一閃が両者を隔てる源石の壁を根こそぎ薙ぎ倒した。

 

「終わりだ。源石の創造主よ」

 

 テレシスの速さならば数歩で埋まる間合い。急ぎ源石を再生したとしても、それよりも彼女を切り裂くのが早い。

 テレシスが踏み込む。徐々に再生し始める源石の上を、滑るように移動し剣を振りかぶった。

 

「いいえ。まだ、始まってすらいないわ」

「!」

 

 あとは剣を振るうのみ。だがその直前、テレシスは構えた剣に違和感を覚えた。見れば、いつの間にか源石の結晶がそれを覆い尽くそうとしていた。

 テレシスが切り捨てた膨大な源石結晶、それらによって付着した僅かな塵を、プリースティスが急速に成長させたのだ。おそらく初めからそれが狙いで繰り返し源石を差し向けたのだろう。

 

 このままでは取り込まれる。そう判断したテレシスはすぐさま剣を手放した。それは瞬く間に柄まで侵食し、甲板を覆う黒色のオブジェとなり果てた。

 

 源石に取り込まれるのは免れた。だが、テレシスは無手の状態。そして目の前には、この状況を読み待ち構えていたプリースティス。

 止めを刺そうと踏み込んでいたテレシスに、逃げ場はない。

 

「残念ね。その刃は届かない」

 

 先程薙ぎ倒した源石が、再び全てを呑み込もうと膨張する。

 それはテレシスの足をその場に縫い付け、ゆっくりと足を伝っていく。

 

 

 まさに、絶体絶命の瞬間。

 

「テレシス!」

 

 詰みの状況に、ただ1人が声を挙げた。

 その先にいるのは、今もプリースティスの力を削ごうと術式を制御していたアーミヤだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 テレシス絶体絶命の瞬間、アーミヤの耳元で何かが囁いた気がした。

 それは運命の導きだったのかもしれない。少なくとも、この咄嗟の場面でアーミヤはその発想に至っておらず、その声に導かれるまま体が自然と動いただけだったのだから。

 

 判断は一瞬。

 アーミヤはドクターから受け取った公式を織り交ぜたアーツの制御を中断し、その手にあった杖を槍投げのように構え、投げた。あまりの暴挙に、ドクターに加えケルシーまでもが目を剥いた。

 

「これを!」

 

 だが、それは全て狙いがあっての事。

 杖は一直線にテレシスの元へ飛んだ。その間、アーミヤの杖は空中で解け、その在り方を変質させていく。

 

「あれは!」

 

 ケルシーが思わず声を挙げる。

 

 それは、過去の魔王の残滓。そして、現在を生きる者達の怒り。

 逆境を切り裂く意思と、怒りを糧に燃やす熱を孕んだ刃。

 

 姿を見せたのは、影霄の剣。

 

 それは甲板の源石を砕き、テレシスの目の前に突き立った。そして無言でテレシスを見上げる。

 言葉はない。ただ、テレシスは応えるように、その柄を掴み引き抜いた。

 

 

 テレシスは、史上初めてテレジアとともに2人同時に魔王の王冠に認められたサルカズだ。

 王冠自体はテレジアに受け継がれたものの、その事実は大きな意味を持つ。

 

 

 黒に染められた世界が、色を変えた。

 

 

 解き放たれた刀身から、蒼き怒火が漏れ出す。

 蒼炎が床を這えば、膨張しかけた源石が動きを止めた。彼らに苦難の道を歩ませた源石を、その怒りで覆い尽くしていく。

 テレシスは眉を僅かに顰める。内宇宙が崩れ去ってなお、王冠に刻まれた怨嗟の声が頭蓋に響いたからだ。

 

『我らは、この身に永遠に怒りを宿し続ける権利がある!!!』

 

 かつてアーミヤも聞いた、遠い先代の魔王の怒声だ。指輪の助けが無ければ、少女の意識を塗りつぶしかねない残留思念。

 だがそれを聞いたテレシスに動揺はない。ただ短く、答えた。

 

「喜べ、先祖の怒りよ。その矛先が眼前で嘲笑っているぞ」

 

 炎が膨れ上がり、大気を震わせる。大気を灼く音の奥に、無数の声が潜んでいるかのよう。

 剣は大地から抜き放たれ、テレシスの手に収まる。それはまるで初めからそこにあったように手に馴染んだ。

 

 遺志継ぐ剣とその担い手は、その心を一つにした。

 我らの怒りを嘲笑うか。

 この怒りを、取るに足りぬと侮るか。

 サルカズの苦難を、必然のものと宣うか。

 

 ならば、傲慢に対する返礼をせねばなるまい。

 

 魔王の王冠が、テラの怒りを体現する。かつてない程の熱量、それがプリースティスただ1人に注がれる。

 

「貴様は我が刃に敗れるのではない」

 

 テレシスは剣を上段に構えた。刀身から漏れ出る蒼き怒火は、理不尽の元凶を前に膨れ上がっていく。

 

 これは、本来あり得ないこと。魔王の力を操るのは、その王冠を戴く者のみ。

 だがそこに刻まれた記憶が、執念が、怒りが、彼がそれを振るうに相応しいと認めた。

 

 断罪の時を待ったそれは、遂にその宿業を断つ時が来た。

 

「我らの運命を弄ぶ、その業に灼かれるのだ」

 

 そして振り下ろされた一刀は。

 甲板の源石、大気、そして歪な空洞を抱えた源石雲すら両断して。

 

「な」

 

 プリースティス諸共、世界を焼き切った。

 

 

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