明日の方舟よ、良い旅を   作:アルパカ戦士

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お待たせしました。
皆さん、もうすぐネクラスさん復刻しますよ。


エピソード22 語られぬ竜の一幕

 

 ターラーの独立については様々な逸話が残っています。

 そのことについては、この場に居合わせた歴史評論家の皆様であればご存じでしょう。なんせ、ターラーの独立の背景には現代のテラにおける歴史的転換点となったヴィクトリアでの内戦が存在し、当時の公的な情報は多くが隠蔽もしくは偽装されたものである可能性が高いからです。

 

 そんな中で、私達は少しでもその詳細を追求せんと様々な情報を収集してきたわけですが、やはり私達の中でさえその捉え方には差異が生じている始末です。独立を先導したドラコの女性についても、1人のドラコを指すという方もいれば、瓜二つの双子であったという説を推す方、影武者が何人もいたと唱える方もいましたね。

 

 そもそも、ターラーの中心となるドラコについても謎が多い。当時最固を誇ったヴィクトリアの城壁を溶かし尽くしたという資料もあれば、死者の軍勢を意のままに操ったという当時の軍人の証言もある。中には、遥か数百年前に処刑された放逐王の幻影を見たという眉唾なものまで。またそれ以外にも、ターラーの都市であるナ・シアーシャは、通行人を惑わせる黒き森に囲まれていて真のターラー人のみが入ることを許されると。因みに以前私がナ・シアーシャを取材に訪れた際は異状なく通ることが出来ました。生粋のヴィクトリア人である私を通してくれるとは、黒き森とやらも懐が深くなったのでしょうな。

 まあこれに関してはそもそもヴィクトリアの内戦の資料からして描写が過剰過ぎて信頼性にやや欠けるというのが私達共通の認識かと思われます。まさか剣の一振りで源石嵐を断ち切ったという話が真実ならば、今すぐその剣を研究した方が世の為でしょうからね。ははっ。

 

 失礼、話が逸れました。では今回お集まりいただいた理由ですが、実は当時ターラーの独立に関わっていたダブリンについて、新しい資料を手に入れたのです。

 ええ、実は私がヴィクトリアの内戦の引き金となったカズデル軍事委員会について調査していた時にですね、偶然これらの本を見つけまして。

 

 何でもこれらはとあるサルカズが書いた手記だそうで、私も興味本位で覗いてみたのですがこれが驚くほどに当時の情勢を正確に記していました。そうして他の巻もまとめて購入し持ち帰ったわけです。

 そして読み進めていく中で、ターラーの独立に関する章を見つけたのです。

 

 これは謎に包まれていたターラー独立の真相に迫る絶好の機会なのでは、そう考えた私はぜひ皆さんにもこの内容に関する意見を頂きたいと思いました。

 

 

 これは、ダブリンのリーダーであったドラコと、その臣下の1人のお話です。

 

 

 

 

 

 ナ・シアーシャの城の中。豪華な調度品を貯めこんだ大広間で、エブラナは無言で立ち尽くしていた。

 

 彼女の他に人はいない。いや、いたはずだったと言うべきか。

 先程まで、そこは彼女を崇めるダブリンの臣下達によって埋め尽くされていた。だが、今やその誰一人として残ってはいない。正気を失った目で、彼らの望む物を追いかけ、姿を消した。今頃はナ・シアーシャを囲む何(・)者(・)か(・)によって、亡き者にされていることだろう。

 自身に忠誠を誓っていたはずの彼らのあまりの変貌ぶりを見て、エブラナの心に波風は立たなかった。

 元よりエブラナは、他者に期待など抱いていない。

 彼女は、人の本性は獣のように野蛮であると知っている。知性と礼節を剥いてしまえば、そこに詰まっているのは際限なき欲望。元よりダブリンの配下はその傾向が強かった。だから、そんな彼らを従え利用した。元より彼女はドラコ、人の上に立つ事を定められた王の器。

 

 そしていつか、エブラナをエブラナ足らしめたこの紫炎によって自らも灰と化す。それこそ、ターラーが迎える一つの時代の終焉。

 

 夜を迎えるナ・シアーシャは、黄昏ではなく妖しげな紫の色に彩られつつある。それらは日の光が齎すものではなく、この都市に住まう人々が抱える仄暗い炎から発せられていた。

 ターラーの旗印となったこの紫炎は、エブラナの手を離れ燃え広がり、彼らの奥底まで魅了し狂わせてしまった。人々はこの炎に縋るように生き、その本性を次第に暴かれていく。彼らはこれを「祝福」などと呼んでいるようだがとんでもない。宿主を蝕むこれは、やがて国そのものを呑み込んでいくだろう。

 エブラナはそれを当然と思っていた。だが彼女も人の子であり、王の気質を持つ者。祀り上げられた責任を果たすだけの良心は残っていた。彼らをこの炎の薪とせずに済む方法を模索し続け、遂に辿り着いた。

 

 既に計画は整っている。赤炎を手中に収めた妹は、この都市を見て彼らを救おうと動くだろう。彼女の炎は自身とは真逆の性質を持つ。生命に温もりを与え、自立させる権能を持つそれならば、自身とこの炎の呪縛から民衆を解き放ち、ターラーという名は存続の道を得ることができる。

 

 妹は、ラフシニーは、過去のエブラナが想像すらしていない程の成長を遂げた。自身の影でいる事に甘んじていた幼き赤竜は、民衆を導きその傷を癒す気高き竜と成った。

 悪しき竜は打ち滅ぼされ、救いを与えたもう1人の竜はターラーを照らす光となる。少なくとも後世にはそのように語られることになるだろう。

 畏敬と憎悪による支配は役目を終え、希望と慈しみの下に人々は集う。

 

 そしてターラーは、新たな王を迎え新生する。あるいは、分かたれていた一対の竜が、ようやく1つになる。これまでドラコのリーダーという上辺だけを独り歩きさせたのも、後を継ぐであろうラフシニーにターラーの王座を円滑に譲り渡すためだ。

 

 エブラナは、この長い演劇が終わる日を待ちわびていた。

 幼少期から漠然と夢想し、歳を経るにつれ具体性を増していった1つの結末。それはエブラナという存在の死によって幕を下ろす。

 

(まあ、私が死を手中に収めるかは賭けの色が濃いがな)

 

 民衆に広がってしまった紫炎は、影響力を高めると同時に元の宿主であるエブラナから生命を啄んでいった。そんな彼女は完璧に取り繕えてはいるものの、実際は今にも倒れそうなほど弱っていた。それを解消するには民衆に広がった炎を回収すればよいが、今やダブリンのリーダーを崇める者は都市1つ分を優に超える。これほどまでに燃え広がった炎をその身に収めれば、どうなるか分からないのが現状。鍵を握るのは、やはり血を分けた妹がどれだけやれるかだろう。

 エブラナが自身の運命に思いを馳せ、その青白い手に何度か力を籠めていると、広間の古びた木製扉がギイと音を鳴らした。

 

「あれ? 何で誰もいないのよ。まさかあいつら、嫌がらせで違う場所を教えた訳じゃないでしょうね……!」

 

 苛立ちを隠さぬ声が扉から聞こえた。

 躊躇いがちに空けられた僅かな隙間から、黒髪のフェリーンが首だけを覗かせている。彼女はぶつぶつと何か呟いたのち、こちらに気付いて驚愕の声を挙げた。

 

「リーダー?! あれ、ていう事は祝賀会ってここであってるのよね?」

 

 先程までの態度から一転して、その少女はおどおどしながら広間に入ってくる。そんな彼女の全身を視界に収め、エブラナは彼女の名がマンドラゴラであることを思い出した。

 彼女もまた祝賀会に参加しようとやって来たのだろう。だが、閑散としたこの有様に戸惑っているようだった。因みに彼女が1人遅れたのは、ダブリンの配下で彼女をよく思わぬ者らによる嫌がらせである。

 しかし運が良いのか悪いのか。ダブリンとしての恩恵に胡坐をかき増長したかつての同志には、先程ご(・)退(・)場(・)いただいたところだ。が、態々それを伝える必要もない。エブラナは彼らと同様の扱いをした。

 

「皆にはこれまでの褒美として望む物を与えた。お前が最後だ」

 

 ヴィクトリアから自治権を勝ち取った褒美。授けたものは多種多様。

 

 「官僚」には、徴税権を司る金色の甲虫を。

 「暴政者」には、結晶を生む雲獣を。

 「拷問者」には、いくつもの装飾が付いた煌びやかな剣を。

 

 それを与えられた彼らに戦場で戦っていた時の勇ましさはなく、一心不乱に欲を貪る様はいっそ哀れなほどだった。

 エブラナは、自分を見上げるマンドラゴラに手を差し伸べる。

 

「さて、褒美をやろう。望むものを言うがいい」

 

 そう問いながら、一体彼女は何を望むのか気になった。

 

 思えば、彼女を拾ったのは遥か昔だ。

 移動都市の片隅で、打ちのめされ這いつくばっていた彼女の手を引いた。触れた手は泥と汚物で薄汚れていて、そして温かかったことを覚えている。

 彼女はその出生故か、上流階級というものに強い憎悪と復讐心を抱えていた。いっそ幼稚なほどに、それらを引き摺り下ろし立場が逆転した時それを嘲笑うという暗い愉悦に溺れていた。そんな彼女であれば、罪人を処刑する地位でも望んでいた事だろう。

 だが最近、それこそあのロンディニウムでの一件以降。その性根は鳴りを潜めたように思う。

 短気な気性は変わらぬままだが、それを隠し思慮を以て望みを手繰り寄せる術を得た。そして実際、カズデル軍事委員会との関係悪化の責任を取らされることを免れ、見事にダブリンの幹部に返り咲いて見せた。公爵同士の同盟に介入した際、あの半竜の炎に焦がされたリーダーを救い出した功績は、ダブリンの誰もが認めざるを得ないものだったからだ。

 

 であれば、それに見合うものを望むことだろう。

 

「えっと、そうね。お金は貰ってるし、飾り立てるのってあいつらみたいであまり好きじゃないのよね……」

 

 人とは、際限のない欲の塊だ。それは勿論、エブラナ自身も含めて。

 満ちる事の無い腹を満たそうと走り、奪い、そして死へと辿り着く。炎と死を司るエブラナは、それを本能で知っている。

 

 彼女を引き取ったワーウィック伯爵はヴィクトリアの王権を求め暗躍し、彼女を崇めともに戦ったダブリンの忠臣達すら、地位や財産に目が眩みあの闇へと自ら足を向けた。

 

 なら、自分を慕う者の中で誰よりも俗物な彼女は、何を欲する? 貴族すら手にしたことのない金貨の山か? はたまた、安泰を約束する地位か?

 

 悩む彼女は、1つ思い当たるものがあったようだ。だが当の本人はそれを口にするのを躊躇い、それ以外の望みを絞り出そうと唸っている。しかしそんな躊躇いなど容易に見抜くことができた。そしてエブラナが欲するのは、真の欲望のみ。

 

「何だ? 言ったであろう。望む物をくれてやると」

 

 そう言ってやれば、マンドラゴラはようやくそれを晒す気になったようで、エブラナの機嫌を伺うようにしつつも答えた。

 

 

「じゃあ、一緒に踊ってくれる、かしら?」

 

 

 その問いは、この大広間で発せられるものとしては何よりも自然で、そして二人の関係を思えばどこまでも似合わないものだった。

 彼女が口にしたのは、なんて事の無いダンスの誘い。

 

「……何だと?」

 

 エブラナは思わず聞き返す。そんな、ちっぽけなものが欲だというのか? それに加え、何故ダンスなどを?

 

「お前は踊れるのか?」

「あの私、そういうものとは全然縁が無かったし。ロンディニウムにいた頃は毎晩のように頭空っぽなクソ貴族どもの相手をしてたけど、あいつらと仲良く手を繋いでダンスなんて死ぬほど嫌だったから」

 

 それを聞いて、エブラナは一先ず納得がいった。先程あれほど躊躇ったのも、エブラナに迷惑をかけるからという事なのだろう。

 実につまらない。エブラナの率直な感想はそれだ。ここにいたダブリンの臣下達は、崇拝していたはずのダブリンのリーダーから、少しでも多くを搾り取ろうという気概があったのに。それが不敬かどうかは置いておくにしても、見世物としては刺激的だった。

 

 だがしかし。これに乗ってみるのも一興か、そう思いエブラナは踵を返す。拒否されたのかと落ち込むマンドラゴラを背に、彼女は祝賀会用に設置してあったレコードに針を置いた。

 

 そしてプレーヤーから流れ出す、ヴィクトリア調のワルツ。ターラーの祝賀会であるというのに流れるのが宿敵の文化の産物とは。胸中で皮肉りながら、エブラナはマンドラゴラの正面に立った。

 エブラナは無言で左手を横に伸ばし、右手は相手の肩甲骨付近に構える。そうすればヴィクトリアで散々見ただけはあるのか、マンドラゴラも見よう見まねで鏡合わせのように立ち、右手でエブラナの左手を掴む。曲調が一区切りを迎えたところで、流れに乗るように足を踏み出した。

 

 それはとても不格好で拙いダンスだった。

 170と背の高いエブラナと小柄で華奢なマンドラゴラでは歩幅もリズムも違う。加えてマンドラゴラはこういった事に不慣れなのか足捌きもぎこちない。

 エブラナはまず基本的なステップを繰り返した。リーダーとしてパートナーを操るように、踏み出す足を触れ合う体表を通して感覚的に伝えていく。正方形を描くように左右の足をそれぞれ伸ばしていき、相手が慣れてきたら歩調を変えターンやスピンをまた繰り返す。

 

 そんな単調な動きをこなしながら、エブラナはもし相手が妹であったならばまるで竜の双翼のように一糸乱れぬ舞踏となっただろうと思った。

 姿形は見間違うほどによく似ていて、なのにその中身も思想も信じるものも正反対なドラコの姉妹。それこそ、まさに鏡合わせのような。

 

 そんな考えをしていたエブラナだが、ようやく動きに慣れ余裕が出来てきたマンドラゴラが唐突に話しかけた。

 

「あの時、私の手を取ってくれたこと。ちゃんとお礼を言いたかったの。ヴィクトリアじゃ、私の失敗とか色々あって話をする暇もなかったし……」

 

 あの時。話の流れからするに、おそらく自分達が初めて出会った時の事だろう。

 率直に言えば、マンドラゴラを助けたのはほんの些細な気まぐれだった。汚物と異臭に満ちた浮浪児に手を差し伸べる利点など、今のエブラナには思いつかない。

 

 つまり。目の前の少女は、そんな気まぐれに対する返礼こそ最も望んでいたということだろうか。それだけで、ヴィクトリアで業火を纏う半竜を前に、自身を背に庇ったとでもいうのか。

 

 愚かなことだとエブラナは思った。ダブリンと軍事委員会の関係が一時的に悪化した時、その原因となった彼女を切り捨てる事に何の躊躇いもなかったというのに。盲目的に崇拝することは、考える魂すらない屍の兵となることと何ら変わりがない。

 だが不思議なことに、エブラナはこのダンスにいつもと違う何かを感じていた。漠然としていてうまく言葉にはできない。ただそれは、彼女が久しく感じていないものだった。

 

 そして、エブラナはその正体に気付く。

 

「? どうしたの?」

 

 未だ歩調の合わないステップを踏みながら、マンドラゴラが見上げてくるその瞳。そこには紫炎ではなく、自分の顔が反射していた。

 

(何故、紫炎に惑わされない?)

 

 ドラコであるエブラナは、自身の炎が与える影響が目に見える。このナ・シアーシャに集った民衆には既に消しようもない死の炎が揺らめいていた。

 だが、目の前の彼女は違う。僅かに灯る炎はあれど、それは蝋燭よりもか細い。そしてそれが霞むほど、彼女は真っ直ぐにエ(・)ブ(・)ラ(・)ナ(・)を見ていた。

 

 意識的であれ無意識であれ、エブラナは人生の中で常に自身にまつわる様々な外面を纏ってきた。それはドラコであったり、幼く気弱な妹を導く姉であったり、ダブリンの冷酷なリーダーであったりだ。

 だが初めて、エブラナは人に見(・)通(・)さ(・)れ(・)た(・)という心地を得た。

 

 未知の感覚に戸惑うエブラナ。それでも体はリズムに合わせてステップを踏み手を引く。曲調は盛り上がりに達し、スピンを繰り返す両者。視界はぐるりと回る中、相手の顔は変わらず視界の真ん中にある。それはこの世界から2人だけを切り抜いた心地にさせる。

 

 これまでよく見てこなかったただの臣下の1人。その穏やかな顔がよく見えた。

 

「リーダー、お疲れ様」

「……労ったのか、私を?」

 

 この短時間で二度も自分の耳を疑うことになるとは思っていなかった。だがそれは聞き間違いではないらしく、動くペースをわざと落としたマンドラゴラは少し眉を寄せた。

 

「ごめんなさい。何だか、疲れてるように見えたから。それにリーダーは全員にご褒美をあげたんでしょう? ならリーダーもいい思いをしなくちゃ不公平よ」

 

 ドラコたる自分が、他者から褒美を与えられる。例え短い労わりの言葉だとしても、それは間違いなく混じりけの無い無償の感情だった。その感覚を思い出して、戸惑いと言葉にできない何かが混ざり合う。

 

「それに、リーダーはこの先もっと忙しくなるんだもの。なんせターラーの王様よ! このお城であいつらをこき使って、縋ってくる国民にお情けをくれてやるの。そうなったら誰にも見下されない。それはきっと最高だけど、ずっと見上げられてたらそれはそれで気疲れするわ。それに、他の国と国交を持つんだったらその対応もしなくちゃでしょ。私なんてあのヴィクトリア貴族の相手だけでも嫌になったのに、リーダーなんてテラ中の国を相手にしなくちゃならないんだから。もしストレスが溜まったら、この城の調度品をいくつか売り捌いてそのお金で遊んでしまえばいい。反対する奴がいたら私がアーツをぶち込んでやるわ」

 

 そうやってこれからの事を上機嫌に語るマンドラゴラ。

 

「……」

 

 本当は、こんな風に踊った事などないのだと伝えれば、目の前の少女はどんな顔をするだろうか。両親がまだ生きていた頃、踊るのは専ら妹の方で、自分はただそれを眺め微笑んでいただけだった。

 本来私と踊る相手は、お前が一番嫌っていたラフシニーだと伝えたら、どんな反応をするだろう。お前がリーダーと敬う者はじきに企ての内に沈み、ターラーを捨てるのだと知れば、軽蔑するだろうか。

 

 喉につかえた言葉は、意外にもすんなりと出た。

 

「そのことだが、私は玉座を退く」

「へ?」

 

 エブラナはそのまま、ラフシニーにすらまだ打ち明けていない計画の全貌を話した。ラフシニーがエブラナに打ち克つことで民衆の内に燻っていた死の炎は消え、死を偽装したエブラナはターラーを去る。

 

「……そう、なのね……」

 

 マンドラゴラは驚きの告白にそれ以外の言葉を口に出来ず俯いた。彼女は一生、エブラナの下で仕えるのだと思っていた。レユニオンに勧誘された時でさえ、彼女の内を占めるのはダブリンを捨ててでも生き残りたいという思いではなく、どうにかダブリンに戻りエブラナに見直されたいという思いだった。だが、そんな未来は崩れた。

 

 引き留めたい、ターラーの王に相応しいのは貴女しかいない。一度はそう告げようと思った。

 だがマンドラゴラは今、すぐ近くでエブラナの顔を見上げている。かつて目にしたその顔は凛々しく、アメジストの瞳は夜の向こうを覗いているよう。その肌は白磁のように白く、輝いて見えた。

 だが事情を聞いた今、その美しさは儚さにすげ変わった。

 だからマンドラゴラは、それらの言葉を胃に落とし込み、代わりに穏やかな笑みで感謝を告げた。

 

「じゃあ改めて。今までお疲れ様、リーダー」

「……ああ。お前も、今までご苦労だった」

 

 

 広く、誰もいない静かなホールの中心。

 チグハグな2人の円舞曲は、レコードが途切れる瞬間まで続いていた。

 

 

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