ジェシカ、君はまだまだ成長できるよ。
パトリオットとの決闘の翌日。
パトリオットの賛同も得て、遂に俺達は南方遠征へ具体的な計画を進めることができた。
決闘の直後ベッドに運ばれそのまま熟睡した俺達は、前日の疲れでへとへとになりながらもその会議に出席し、気付いたころにはもう日が落ちていた。
そんな、一仕事終えた今日。
辺りは既に暗闇に包まれておりいい子は寝る時間だが、いい子じゃない俺は外に出ていた。
少し散歩すると隠れ拠点の中央、広場として使っている空間の端っこでたき火を囲む数人のスノーデビルがいた。
「よう兄弟、調子はどうだ?」
「おお、来たなイグナス! お先に頂いてるぜ」
スノーデビル小隊の1人が酒瓶片手に俺を出迎える。
「お前はいつも酒を飲んでいる気がするな。酒がいくらでも出てくるポケットでもあるのか?」
「そんなものあれば俺が欲しいくらいだ! お前の商会で扱ってたりしないのか?」
「俺もさすがに物理法則に喧嘩は売れないかな」
「かのパトリオットに決闘を申し込んだ君でも、世の摂理には敵わないか」
「そりゃそうだろう。お前も酒を隠し持つのはいいがほどほどにしておけよ?」
会話をしながら彼らと一緒にたき火を囲む。
こういう夜更けに子ども達に見つからないようひっそりと酒盛りをするのが最近の彼らのブームらしかった。
こんな寒い中、外に出てまで酒を飲むということはよほど酒好きなのだろう。
「ペトロアさん、これくらい勘弁してくださいよ。俺のへそくりで買ってるんですから」
そう言いつつも、用意されていたグラスの1つに注ぎ俺に手渡す彼。
「いいのか?」
「ああ、酒は皆んなで飲む方が美味いからな」
「じゃ、遠慮なく」
俺達に乾杯! とグラスを合わせそれを呷る。
雪国の酒特有の喉を焼くような酒気を追うように甘味がやってきた。
「ありがとうな、源石結晶の配置任しちまって」
「いいってことよ。姐さんの力になれたし、大旦那も納得してくれた。これでようやく南に行けるな」
彼らには決闘の際使用したフロストノヴァの源石結晶を前もって設置してもらっていた。
これはいわばお疲れ様会だ。
彼らとの距離もここ数年で大分近づいたように思う。
元々レユニオンの中でも常識人かつノリのいい奴が多いからか、もう只の友人として接していた。
「じゃあ2杯目を」
「「「それはダメだ」」」
「なんだよケチいな」
2杯目を注ごうとすると一斉に止められる。
フロストノヴァ勧誘時の一件以来、俺に酒を飲ませてはいけないという話は全員の知るところになってしまっていた。
(そんなに口悪くなってたのか俺?)
タルラとアリーナ中心に広められたその決まりのせいで、俺が酒を飲めるのは彼らスノーデビルの酒盛りに付き合った時くらいだ。
そんなスノーデビル達ですら2杯目は何としても死守してくる。
(まあ怖いもんな、うちの女連中)
一度それを破って大宴会をしようとしたことがあった。
結果、俺と共犯者達は地面に正座させられた状態で仁王立ち状態のタルラとアリーナにこっぴどく叱られた。
あれはもう経験したくない。
仕方なく空になったグラスを手で弄びながら会話を肴にしていると、誰かが近づいてきた。
なんと意外なことに、それはフロストノヴァだった。
最近ようやくその小難しい表情の差異に気付けるようになった俺の勘によると、何か躊躇っているようだ。
たき火の傍で佇む彼女は、しばらく俺を見つめたうち
「話がある。いいか?」
そう言った。
「どうしたんだ? 急に話って」
スノーデビルの皆んなは席を外している。
残された俺とフロストノヴァは2人、たき火の前で腰かけていた。
俺達の間にただ無言の時間が流れる。
(き、気まず~~)
さすがにあちらも沈黙に耐えかねたのか、懐を探り何かを取り出す。
その手に握られていたのは、2粒のキャンディだった。
「食べるか?」
1粒を掴み、こちらに差し出す彼女。
こういう時、相手の心遣いに感謝して有難く頂戴するのが筋なのだろうが、俺はこれの正体を知っている。
お前それ激辛キャンディだろ、引っかからんぞ。
「いや遠慮しとくよ。それはタルラがお前の為に丹精込めて作ったものだろう?」
「ふっ、知っていたか。つまらん」
そうして彼女は1粒を口に含み、もう1つを懐に仕舞った。
もし知らずに食べていたら、俺は今頃珍妙な顔を晒していたことだろう。
「貴様には、感謝している」
「?」
何故か急にお礼を言われた。
言った本人は恥ずかしがってでもいるのか飴玉を舐めたままこちらを見ようとはしない。
「俺何かしたっけか?」
まじで心当たりがないんだが。
何に怒ってるか分かる? ってのは女性に言われて背筋が凍る言葉ランキング1位だが、まさかその逆があるとは思わなんだ。
フロストノヴァ自身、凛々しい顔立ちだからか無言で佇まれると何かしたんじゃないかと落ち着かなくなる。
結局、俺の頭をフル回転させても答えは出ず、ため息を吐いたフロストノヴァが続きを語った。
「昨日、父さんを説得した時のことだ。私では、父さんにあんな穏やかな顔をさせることはできなかった」
そう言って膝に顔を埋める彼女は、どこか悔しがっているように見えた。
スノーデビルと恐れられ、レユニオンでも随一のアーツを誇る彼女も、今は思い悩む1人の娘だった。
「父さんは過去に大切な人を亡くしたのだと大分昔に知った。それでも、あの人の娘として何か返すことができないかとずっと考えていた」
でも、と。彼女は自分の手のひらを見つめる。
「私では何も返せなかった。過去を癒すことも、未来に希望を持たせることも。子としての温もりさえ、この体は与えることを許さなかった」
その体は今も触れるだけで相手を凍らせるほど冷たいのだろう。
かつてパトリオットが呪いと称したものを、彼女はどこか複雑そうに見つめていた。
それがあるからこそ、兄弟姉妹達や多くのものを守れる力が備わった。
そんな背景があるだけに、俺はその力が無くなればいいなんて言えなかった。
触れることができないとは、どんな気持ちなのだろうか。
人の温もりを感じられず、誰かを抱擁するという熱の伝え方を知らない。
その孤独を、俺は真に理解しているとは言えない。
「それでも、あんたはおっさんの娘だよ。それは間違いない」
それだけは断言できた。
「そしてあんたはおっさんにとってずっと支えになれていたよ。じゃなきゃもっと歪んでただろうさ」
「何故そう言い切れる?」
「人を見る目はあるんだよ、俺は」
原作でパトリオットが死ぬ間際、胸の内から漏らした懺悔は鮮明に思い出せる。
親としての責任を果たせなかったと。何もできなかったと言った。
それだけ、彼女を想っていた。
彼女を、フロストノヴァを想うその心が、彼に軍人でも革命者でもない、ただ1人の父という側面を与えた。
それがどれだけ彼を非日常から引っ張り上げていたか気づいていないのだろう。
パトリオットを、一番の家族と言ったその言葉が。どれだけ彼を救っただろうか。
「貴様はいつもそう言うな? 相変わらず根拠に乏しい。第一、あの女を持ち上げている時点で節穴なのは確定だが」
「おっと、タルラの悪口はやめてもらおうか。最近あいつもスープを焦がさなくなってきたんだぜ?」
あけすけに扱き下ろしてはいるが、
そういうことではない、と呆れる彼女の顔も口元に笑みを浮かべている。
すっかりいつもの調子を取り戻した彼女は凛々しい顔をこちらに向け、俺を真っ直ぐ捉えた。
「だが、貴様のおかげだ。お前が語る理想が父さんと、そして私をここまで導いた」
そう語る彼女の瞳はどこまでも真摯で、光に満ちていた。
「ありがとう。私達は、お前に救われた」
そう感謝を述べられて、妙に恥ずかしくなった俺は頭を掻きながら顔を逸らす。
「なんだよ改まって。もしかして惚れたか?」
つい揶揄うように尋ねるも、先ほどと打って変わって鼻で笑われた。
「たわけ。貴様をそのように思ったことなど無いわ」
「は、はい、すみません調子乗りました」
「貴様を好こうという奴など滅多にいないだろう」
「いや、あの、そこまでに」
「そもそも酒に呑まれて初対面の相手に暴言を吐くような軟弱な輩は男としてどうなのだ?」
「してくれ、ていうかまだ根に持ってたのかよ・・・」
結局あの件は俺が雪の上で見事なジャンピング土下座かまして許してもらったじゃないか。
直前に啖呵きった俺を格好いいと言ってたタルラの微妙な表情、今でも忘れんからな。
「あいつも、こんな奴のどこがいいんだか」
タルラの反応を思い出して1人傷ついていたせいで、彼女が何か呟いていたのを聞き逃した。
慌てて聞き返すも、真面目に取り合ってもらえずあろうことか駄獣にでも蹴られてしまえと言われた。ひどい。
しょげる俺を見てさすがに可哀そうになったのか、フロストノヴァは話題を自分のことに変えた。
「と言っても、私が言えたことではないがな。この体では伴侶など見込めるはずもない」
「それは違う」
何悲しいこと言ってんだ。お前は既に真のヒロインと太鼓判を押されてるんだぞ。
「無理をするな。私が一番よく分かっているし、私には既に家族がいる」
「いいや分かってないね。お前みたいないい女、運命の相手がいないなんてありえない。俺が占ってやるよ」
「近頃お前がやっているという占いか。評判はいいらしいな」
そう。俺はハピエン厨であると同時にカプ厨なのだ。
三度の飯よりコイバナが好き。カップルを見つけたら末永くお幸せにと心の中で祈り、それを引き裂く輩は天の意志のもと天誅する男である。
ただ感染者は寿命や迫害の問題もあって恋愛事に対して消極的な奴ばかりだったからな。
俺がアーツを使用した魂レベルの相性診断でラブマゲドンしているわけである。
実際、俺が結ぶ縁はうまくいっているようで、時々俺に報告してくる奴らの表情はなんとも幸せそうだった。
いいぞ、もっとやれ。
「お前にもきっとできる。助けになって、支えになってやりたいって思える、そんな奴が。そいつはきっとそれに応えてくれるよ」
根拠はないが、俺は確信している。ドクターは会えば絶対、フロストノヴァを放っておかない。
俺が受け取らなかったあのキャンディも、彼なら受け入れるはずだ。
そしてこいつも一度身内に入れると途端に甘くなるからな、理性消費して業務を捌き続ける彼に何だかんだ世話を焼くだろう。
いつか夢見た、ロドスの制服に身を包んだ彼女がアーミヤとともにドクターの秘書をしている姿を幻視する。
「触れることすらできない私にか?」
「ああ。そいつはきっと想像を超えることをするやつさ」
彼ならいずれ、鉱石病を治すことすらできると信じている。それを見届けることなく死んで転生した身ではあるが、大丈夫だ。
死ぬ直前に発表された続編みたいなゲームでは、鉱石病を克服しているっぽかったし。
何より
(
主人公なんだから。呪いの1つや2つ、解いてみせるよな?
そのための道は、俺が作ってやる。
まだ見ぬ
返事は無くて構わない。俺の勝手な宣誓だ。
「だからフロストノヴァ。お前はそいつと会うことができたら臆さず攻めろよ。俺の予想ではライバルは多そうだ」
「運命の相手ではなかったのか?」
「そいつは人誑しな上に女難の相が見える」
いわゆるドクターラブ勢だ。
CEOに暗殺者(複数人)、賞金稼ぎのゴリラにJK、なんならイェラグの男社長と枚挙に暇がない。
「というか貴様、いつまで私をフロストノヴァと呼ぶんだ?」
「?」
彼女が争うであろう敵の多さと強大さに頭を悩ませていると、不機嫌そうな彼女がそう言った。
どういうことだ?
「貴様はもう、私達の家族のようなものだ。本名で呼べ」
そこまで言われてようやく合点がいった。
フロストノヴァはフロストノヴァ過ぎてほとんど本名で呼んだことなかったわ。
スノーデビル小隊も姐さんとしか呼ばないし。
「おう。すまなかったな、エレーナ」
つい嬉しくなって微笑みながら彼女の名を呼んだ。
本名で呼べ、か。本人も言っていたが、身内として認めてもらったみたいで嬉しいな。
アークナイツは特にそうだが、通り名とかコードネームって憧れるよな。
かっこいいし、逆に本名を知ることができた時の特別感みたいなのもいい。
スカルシュレッダーとかクラウンスレイヤーとか。あ、そういえばあいつらは今チェルノボーグで活動しているんだろうか。
南方遠征があるから今はそちらに集中しなければだが、早めに助けにいかないとな。
だが、あいつらは明確に恨んでいる相手がいるし、非感染者に対する姿勢もわりと強硬派だ。
対策を考えなければな。
南方遠征が決まってから考えるべき事柄が多い。チェルノボーグの未来の幹部組について考えていると、エレーナがこちらをじっと見つめているのに気付いた。
「どうした?」
「・・・いや、なんでもない」
結局なんでもなかったようで、顔を逸らされる。
「では、お前が言う運命の相手とやらを聞こうか?」
「ああ、そうだな・・・」
ロドスの名前など直接的な事を言うとよくないだろう。かといってありきたりなことを言っても占いの意味がない。
本人の素性に関わりがなく、けれども本人とすぐわかる特徴。
あっそうだ。
「カップ麺を口の中で作るフードの男、とかかな?」
それからしばらく、俺は全身の霜をたき火の熱で溶かすことに全力を注ぐ羽目になった。
本当のことなのに・・・解せん。
フロストノヴァ(エレーナ)→イグナス
頭が切れるしなんだかんだ頼れる奴。だが普段の言動(タルラやアリーナに叱られている姿)を見ているので情けない奴とも思っている。スノーデビル小隊と仲がいいので新しくできた要領のいい末っ子のように思っている。無自覚に好意を醸し出しているとある友人に、内心イライラしている。さっさと自覚しろ。
本名で呼ばれたときの笑顔に少しドキッとしたが、明らかな不審者を運命の相手と言われてやっぱり気のせいだと思った。
イグナス→フロストノヴァ(エレーナ)
何としてもハッピーエンドにする。ロドスに連れてって仲間になってもらいたい。鉱石病治療のためにも本人の幸せのためにもそれがいいと思っている。完全にスノーデビル小隊目線。
だからドクター、絶対に幸せにしろよ?(迫真