明日の方舟よ、良い旅を   作:アルパカ戦士

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第十五話 北の星、故郷への第一歩

 

 パトリオットを無事仲間に引き入れてから2年。

 

 俺達は西北凍原を中心に南部へ勢力を拡大し、今やそこらの軍では相手にならないほどの戦力を有する感染者自衛組織となった。

 南部の地方都市の感染者を味方につけ、各地の軍の配置や勢力図を把握し拠点にできそうな土地を見つけ開拓していった俺達は無事その規模を賄うだけの体制を整えつつあった。

 俺達はもはや、凍原に隠れ潜む弱者じゃない。全員が胸を張って1人の人間だと声を上げられるような存在となった。

 

 そんな俺達にはいつの間にか呼び名が付いていた。

 

 感染者達の希望、()()()()()()()()()()()()と。

 

 

 

 

 

 そして今、俺達の理想の第一歩が始まろうとしていた。

 

「すげえ、本当にあった」

「だから言っただろう?ここにあるって」

「だけどよ、こんな大掛かりな計画よくバレなかったな」

「そのためのこの立地だ。外部からは気づきにくい上、ここらの凍原はもはや俺達の庭だ」

 

 感染者戦士隊、盾兵遊撃隊、スノーデビル小隊、そしてタルラ達幹部員を連れて向かったのは西北凍原のさらに北西、サーミにほど近い山脈の山間だった。

 谷に沿って細長い道を進まなければ入れないそこには、かつて貴族派のウルサス貴族が治めていた地方都市の構造物がその残骸を残すだけであった。

 

 だがそれも昔の話。今や残骸であったものは分解され、広い平底の谷を満遍なく使い細かく仕分けされていた。

 それだけではない。移動都市の部品と思われるものが谷を通して搬入され、その為の車両が次々と行き来する。

 その様はまるで巨獣の肉体を走る血流のようで淀みなく、忙しない。

 

 タルラと出会ってから苦節5年。遂に俺達は移動都市を手に入れようとしていた。

 

 

 眼下に広がるその圧巻の光景を前に、普段は無駄口を叩くことを嫌う遊撃隊盾兵も思わず驚きの声を漏らした。

「まさか荒廃した地方都市からパーツを寄せ集めて、1つの移動都市を作ろうとはな」

「ああ。どうにもどこの廃棄された地方都市も耐久年数を大幅に超えたものばかりらしくてな。一から修理しようとしても時間も資材も足りない。だからいっそのこと、まだ使えるパーツを複数の都市から寄せ集めて、一番マシな都市を基盤に1つでも先に完成させてしまおうってな。幸い、移動都市は連結する関係上パーツの互換性はあるから、うまくいきそうだよ」

 

 移動都市を構成するパーツというのもすごく特別なものだ。町工場で依頼して揃えられるようなものじゃない。

 かといって専門の建設会社に発注すると足がつく。

 

 そこで、西北凍原や南部で廃棄された地方都市をそのまま使うことで発注期間の短縮と流通ルートの隠蔽問題を解決したという訳だ。

 

 工事に必要な莫大な数の車両と人員の問題も、最近拡大してきたうちの人員と商会の伝手でなんとか補うことができた。

 運搬会社として機能していた商会は大型車やクレーン車を抱えているし、意外だったのが源石鉱山で採掘作業をしていた感染者達の中には重機の扱いに慣れた者が多かったのだ。

 それに拡大した人員によるマンパワーを加えることで、工期の大幅縮小に成功した。

 

 あとは完成後の運営に係る部分だが、そちらも問題ないだろう。

 動力や内部のメンテナンスに関しては整備士達がマニュアルを作成する手筈になっているし、燃料に関しても問題ない。

 西北凍原をほぼ解放したと言っていい俺達は、豊富な源石鉱山を支配下に置いている。

 前よりも遥かに健全な運用の下、源石が市場よりも安価に手に入ることだろう。

 

(なんとか、3年以内って宣言は達成できそうだな)

 フロストノヴァを勧誘した時に言ったことは無事に守れそうだ。

 

 

 今回皆んなをここに連れてきたのは、記念すべき俺達の故郷の完成前に一度視察できればと思ってのことだ。

 作業の進捗状況や現場の様子は定期的に確かめているし、この光景を見れば皆んなも俺達の掲げる理想に実感が湧くだろう。

 

 

 今も遠くを見ると作業着に身を包んだ男が画板を片手に指示を出していた。

 指定された部品が次々と移動都市の各所に運ばれ、それらに()()()されていく様子は中々お目にかかるものではないだろう。

 連れてきたイーノとサーシャ達子ども組はどこを見れば良いか分からず視線が右へ左へと忙しなく動き回っており、お上りさんもかくやといった様子だ。

 分かるぜ、弟たちよ。俺も前世で職場体験に工場行ったときは目を輝かせていたものだ。

 彼らを引率する役目を担ってくれたアリーナとその他の大人達にはぜひ頑張っていただきたい。

 

 

「あ、イグナス様」

 俺が一度彼らから離れ現場監督者から進捗を確認していると、行き交う車両の1つから声を掛けられた。

 すぐに車列から外れて停車し降りてきたのは、俺のよく知る人物だった。

「おお、ソチューイだったか、元気そうだな」

「ええ、旦那様のお陰です。あの時拾っていただけなかったらどうなっていたことか」

 こんな寒い中わざわざ脱帽して恐縮する彼は、俺がタルラと出会う以前にリンチに遭っていたところを助けた男だ。

「悪いな、こんなやばい案件に関わらせて」

「とんでもない。旦那様に恩を返す絶好の機会ですし、久しぶりに移動都市の源石エンジンの整備に関われて腕が鳴るというものです」

 

 これもまた数奇な縁だと思う。

 狙っていたわけではないし、もし彼が只のサラリーマンだったとしても俺は助けただろう。

 それでも源石エンジンの整備士だった彼がまたその仕事に就く機会を得たのだ。

 

「そうか。エンジンの調子はどうだ?」

「いくつかパーツを交換する必要はありましたが、問題ない範囲かと。搬入された資材で十分対処可能です」

「それは良かった」

 齎された知らせもいいものだった。

 作業に遅れると悪いからと自分から話を切り上げる。

 

 そうして離れる俺が見えなくなるまで、ソチューイは深く頭を下げ続けていた。

 

 

 

 視察も一段落し、俺達は設置された待機所の中で帰りの車を待っていた。

 テントにも山間部特有の谷風は入り込んでいる。それでも、その中は今それに負けないほどの熱を放っていた。

 

 サーシャとイーノは目にした移動都市の大きさとその未来の姿に話を咲かせ、それを引率組のアリーナと数人の大人達が笑顔で聞いている。

 スノーデビル小隊はどこに隠し持っていたのか酒盛りを始め、それを普段は咎めるはずの遊撃隊盾兵も移動都市が稼働した後どのような防衛体制を張るのか机を囲んで話している。

 タルラとフロストノヴァは今後の計画と移動都市の移動経路について議論を重ねていて、そこに偶にだがパトリオットが助言をしていた。

 

 そして俺はそれをただ眺めていた。

 

 

(なんだろうな。すげえ今、満たされてるって感じる)

 

 ずっと見てみたかった光景が、目の前にあった。

 誰も明日に絶望なんてしていない。

 自らが進む道を、自分自身の手で探し突き進んでいる。

 

 議論が白熱したのか、またくだらない罵りあいをしているエレーナとタルラを見る。

 彼らの間では、パトリオットが喧嘩を仲裁すべきか珍しくオロオロしていた。

 

 その光景は仲の良い悪友と保護者そのもので、とても世界の命運を握っている人達とは思えなかった。

 だけどそれでいい。

 

 自分の体質を気にせず自然体で話す彼女が

 軍人でも革命者でもなく1人の父親として娘を想う彼が

 

 そして、背負ったものに囚われず只の少女であれる彼女の笑顔が

 

(ずっと、見てみたかったんだ)

 

 テントの外から迎えの声が聞こえるまで、俺はその暖かな光景をひたすら眺めていた。

 

 

 

 

「この都市の名前は何にするんだ?」

 

 迎えの車に全員が向かう途中、今も着々と完成が近づく俺達の故郷を背景にタルラが問う。

「都市と言うには小規模だけどな。俺はレユニオンでいいって言ったんだが」

 それこそ主人公達のロドス艦のように組織名とセットになるものだと勝手に思っていたが、どうやら違うらしかった。

 まあ確かに、この移動都市はあくまでも1号だ。これから先も作っていく予定だし、その度にレユニオン1号、2号なんて少し格好悪いか。

 

 という訳で、俺は急遽名付け問題に頭を悩ませることになった。

 ネーミングセンスの欠片もないと前世から評判だった俺だ。皆んなに披露して馬鹿にされたりしないよう考えに考えた結果、これぞというものがあった。

「ポラリス、なんてのはどうだ?」

「ポラリス? 聴きなれない言葉だな」

 

 だがこの場に集った全員ピンときていなかった。

(あっそうか)

 そういえばテラの星空は前世とは違う。不規則な軌道をしているから北極星の概念が無いのか。

「どういうものなんだ?」

「あっ、あー、そうだ! む、昔読んだおとぎ話でな。ポラリスという星は空の必ず北に位置していて、旅人の道標になっていたんだとか。空を見上げればいつだってそこにあって、感染者達の生きる目標になってくれたらいい。そう思ったんだが」

 咄嗟におとぎ話に出てきた空想上のものという事にしたが、どうだろうか。

 合か否か、妙に緊張する時間を経て、全員が口々に感想を述べる。

 

「貴様にしてはなかなか良い名付けだ」

「ええ、素敵な名前ね」

「僕もそう思う!ね、サーシャ?」

「兄貴らしいね」

「うむ、道標とは、悪くない」

 どうやら皆んなからも好評らしい。

 

「だがいいのか? 俺以外誰も由来を知らないじゃないか」

「何という題名の本だったんだ?」

「あ、えーと、覚えてないな。内容は印象的だったから覚えているんだが」

 咄嗟についてしまった嘘だったが、早くもボロが出そうだ。

 タルラはポラリス、ポラリスと何度も呟いていた。

 

「うん。いいんじゃないか?君が忘れてしまったそのおとぎ話も、いつか見つけてやろう。素敵な由来だし、私達の名前とともにそれを広めていくのも手だろう」

 そうね、とアリーナ含む全員が乗り気だ。

 

 どうしよう。レユニオンの幹部全員に達成不可能な宿題を課してしまった。

 でも今更そんな本ありませーん、てへぺろなんて言える雰囲気じゃないし、今は保留しておこう。商会の伝手に作家はいないだろうか、何としてもそれっぽいものを書いてもらって出版まで漕ぎ着けなければ。

 

 

 気を取り直して、車に乗り込む前に一度全員を呼び止める。

 

 今日は全員にこの光景を見せるのに加えて、やりたいことがあったのだ。

 

「じゃじゃーん。これなーんだ?」

「それは、カメラか?」

 俺がカバンから取り出したのは少し年季の入ったポラロイドカメラだ。いやー探すのに苦労したぜ。

「そう、記念に写真取りたいと思ってな。さ、全員そこに一列で並んだ並んだ」

 タルラにアリーナ、フロストノヴァにボジョカスティ、サーシャとイーノにスノーデビルと盾兵、その他近くにいた作業員達も一箇所にまとめてカメラを向けた。

 

(うひょー!pvで見た景色だ、テンション上がる〜! くそ、パトリオット背高すぎだろ画角が取れねえ)

 

 何とか全員をレンズに収めようと四苦八苦していると、タルラは呆れたような笑顔をしながらこちらに近づいてきた。

 

「ちょ、今いい感じだったのに動くなよ」

「お前が入らなくてどうする」

 

 そう言ってタルラは俺の左手からカメラを取り上げ他の作業員に渡した。そして俺の左手をしっかり掴んだまま、被写体となっている一団に向かって歩き始めた。

「いや、俺は」

「この移動都市の建設に最も貢献したのは君だ」

 

 彼らの一団に加わった俺は、タルラの真横でイーノとサーシャに囲まれる。

 

 ここに入っていいのだろうかとか、なんかタルラの距離近くね? だとか。

 そんなことばかり頭に浮かんでいたが。

 

「何より、君は私の最初の同志だ。一緒に写ってほしい」

 そう言うタルラの嬉しそうな顔を間近で見て、何も言えなくなってしまった。

 

「し、仕方がないな」

 そんなこと言われたら断れないじゃないか。

 観念して、皆んなと同じ方向を向く。視線の先にはカメラを構えた作業員の他に、映りきらなかった感染者達が笑顔でこちらを見ていた。

 やがてお決まりのフレーズとともに、シャッターを切る音が聞こえた。

 

 

 そうして撮った一枚は記憶とは少し違かったけれど。

 

 その中に俺がいたことに、つい嬉しくなってしまったのだった。

 




懐かしの集合写真
タルラ達が西北凍原で活動していた頃撮影した写真。飾れば雰囲気が良くなる。
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