明日の方舟よ、良い旅を   作:アルパカ戦士

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第十六話 不和の特効薬

 

 パトリオットもこちら側につき、俺達は遂に南方遠征へと漕ぎつけた。

 ウルサス南部でも商会や現地の協力者の情報を駆使して軍の目を搔い潜り、活動していた感染者達を仲間に引き入れ勢力を拡大していく。

 増えた人員は開拓した拠点や現地の工作員として招き、地盤を更に強固なものとしていく。

 

 それは当初の予定通り順調に進み、戦闘員の数も飛躍的に増えた。

 

 

 そしてそれは想定通り、ある問題も生み出していた。

 

 

「なんで非感染者がこんなところにいる?」

 

 その時、俺は搬入していた物資を倉庫に納め、部下と一緒にリストと照合しているところだった。

 倉庫の外が騒がしいことに気付き、一度リストを仕舞い外に出た。

 

 でかい搬入用のシャッターを抜けると、倉庫の外ではうちの社員達が大勢に囲まれており、一触即発の状態だった。

 囲っている連中は見ない顔だ。とすると新しく都市から流れてきた人達か。

 

「だから、物資の搬入に来たって言っているじゃないですか」

「信じられるかよ、そんな言葉。俺達の倉庫から何を持ち去ろうとしているんだ?」

「あれらは使用期限が近い医薬品類ですよ。新しいものと交換して、帰りに前線側に送るんです!」

 社員は努めて冷静に対応しているようだが、こちらの話にまともに取り合う気すら感じられない。

 奴らの後ろでは腰の武器に手を掛けている者すらいて、非常にまずい状況だ。

 

 

「どうされました?」

「旦那!」

 荒事に慣れていない社員に代わり対応する。出てきた俺を知っているのか、その表情はより険しく敵でも見るような顔つきになってしまった。

 

「お前がイグナスって野郎か」

「ええ、そうですが。どうかなさいましたか?」

「何を企んでやがる? 俺達感染者に取り入ってどうするつもりだ」

 

 そう言う彼は返答次第ではその腰の鉈を抜いて俺に向けるつもりなのだろう。腰の柄に手を掛け脅すように問いただしてくる。

 

「企むも何もありません。第一、私達の理想を知って仲間になったのでしょう?」

「それが気に食わねえ。何が非感染者との共存だ!」

 俺の回答が気にくわなかったのか声を荒げる彼。

 

「お前らに合流したのはあくまでも、俺達の身の安全のためだ。だが都市のあいつらと仲良くしろだなんてごめんだ」

 そう言って一方的な主張を繰り返す彼に、俺は内心辟易としていた。

 

(そう一筋縄じゃいかないと思ってたが、さすがアークナイツの世界。誰もかれもがいい子ちゃんって訳でもない)

 

 あちらの言い分も分からなくはない。

 監視隊に追われ明日の命すら危ぶまれる中、やっと辿り着いた安全圏。そこで自分をこんな目に遭わせた挙句無視や加担した連中にもいい奴はいるから共存しようね、なんて言われて心から納得できる奴は少ないだろう。

 

 実際、そこは俺達も覚悟して取り組んできた。

 レユニオンと接触する非感染者は鉱石病に理解のある俺の商会の従業員で固めていたし、生活面の苦しさから不満がそちらに向かわないよう物資の補給にはかなり神経を使った。

 それでも、こういう人間は一定出てくる。南部の感染者も取り込んで急成長した今は尚更だろう。

 

 とりあえず、変に事を荒立てるのは良くない。不満を聞いて無難にやり過ごすしかないな。

 

 

「そうですね。確かに組織の意向全てに賛同できるわけではないでしょう。その為の時間も余裕もなかったでしょうから」

「分かってるならよお、まずは俺達に詫びの1つや2つあってもいいんじゃねえか、あ!?」

「おい、そのくらいにしておけ」

 

 どう対応すれば角が立たないか頭を悩ませていると、俺達の間にスノーデビルの1人が割り込んできた。

 大柄な体躯を白い外套で包み、背中に大刀を背負う彼はスノーデビル小隊でも有名だ。

「ビッグベア」

「イグナスは俺達の同志だ。謝罪を要求する相手を間違っているな」

「ああ、あんたらか、スノーデビル。お前らもこいつの肩を持とうってか?」

 

 見ればビッグベア以外にもスノーデビルや古参の戦士隊が集まってきていた。

 彼らは後ろの社員達を守る様に立ちはだかっている。

「何を言う?」

「それはこっちのセリフだ。お前らも何絆されてやがる? あいつらは俺達を監視隊に引き渡そうとした奴らだぞ!」

「それはこの者達ではない。そして我々と手を取り合える者達がいるのも事実だ」

「騙されるな! 感染者でも無いやつが、俺達の苦しみを理解できるだなんて言うな!」

 彼は錯乱したように喚き散らした後、首元の襟を引き下げた。

 そこに見える鎖骨から胸板にかけて、黒い結晶が点在していた。

 

「この体表源石が見えるか? 上司の無茶で感染したってのに、奴は俺を匿うどころか密告して報酬を得てやがった! 何とか行方をくらましながら家に帰って家族に再会した時、嬉しくて涙が出たよ」

 

 でもな、と彼は続ける。

 

「抱きしめたくても、俺はもう家族を抱きしめることすらできなかった。これを見た女房と息子の目が怯えてるのなんてすぐ分かったからな」

 

 そうして彼は自分の財産の引き落とし方と頼れる親類の住所だけを伝え、自宅から離れたのだという。

 

 あまりに哀しい話だった。話した彼本人も、あまりにやり切れないのか自分の襟を引き下げていた手を力なく降ろした。

 

「ずっと息を潜めて生活してきた。排水管のなかで何度も臭いに叩き起こされながら夜を越えたよ、下水の熱が無ければ凍えて二度と起きられないからな!」

 

 彼の後ろに控える人達も、似たような境遇だろう。その全員の目には、拭い難い怒りがこびり付いている。

 誰もがこの理不尽を嘆き、それを強いた非感染者に強い恨みを持っている。

 

 正直、これに明確な答えなんて存在しない。

 彼らの恨みは正当なものだし、陥れた相手に復讐したいという気持ちも尊重してやりたい。

 彼らを見て見ぬふりをした市民は善良とは言い難いし、そもそもこんな環境を作り上げたウルサスという国はマジでクソだ。

 

 

 それでも、譲ることなんてできない。

 俺が見たいハッピーエンドの為に、彼らに復讐以外の道を進ませなければならない。

 

 

「感染者以外を信用できないというのは分からないでもありません。貴方達が受けた痛みと憎しみはそう簡単に消えるものではないでしょう」

 

 丁度いい。こういう時こそ()()の出番だろう。

 こんな時、彼らをどう説得すべきか、あれ以来ずっと考えていた。

 彼らの心を、俺のエゴで動かすためには何ができるか。

 

 その答えは、既にここにある。 

 

 俺はベルトに提げた腰袋から1つのケースを取り出す。

 取り出された金属製のそれは、手のひらサイズとは思えないほど厳重にロックされている。

 それに暗証番号を打ち込み、蓋を開くと中から品質保存用の冷気が溢れだした。

 

 中に入っていたのは1本の自動注射器。

 シリンダー部分には、夜空と見紛う()()()()が充填されている。

 

 誰もがその中身を目にしたとき、脊髄に直接氷を突き入れられたような怖気を感じた。

 自分の生命が警鐘を鳴らしている。

 

 

 あれは()()()()()()だと。

 

 

「これはとある貴族が権力争いの果てに生み出した劇物です」

 注射器を取り出し、押し子に親指を添える。

「これを注射すると、重度の鉱石病に感染します」

 俺の語ったその正体に、その場の全員がどよめく。

 

 この中に詰まっているのは超高濃度の源石粉末を加工したもの。

 権力争いに敗れた貴族派がただ復讐の為だけに開発した、この世で最も忌むべき薬物。

 

 これは昔、俺が取引をしている貴族から仕事の褒美として受け取った目録の中に在ったものだ。

 所有していて叛意を疑われても困り、かといって自ら処分することも足がつくかもしれない。そういうことでほぼ爆弾を押し付けられるような形で譲り受けた。今でも腹が立つ、なんとも意地の悪い顧客だった。

 

 最初は俺もこんなものさっさと処分しようと考えていた。

 

 だがこれは、いずれ起こるだろう感染者と非感染者のトラブルに効くんじゃないかとふと思った。

 

 こんな風に。

 

 

 俺はその注射器の先端を自分の腕に押し付ける。周りを囲む一団から悲鳴が上がった。

 

 まだ針管は肌を貫いていない。だが後ほんの僅かにでも親指を押し込めばそれはたやすく血管に達し、その中身を俺の全身に巡らせるだろう。

 

「何を・・・」

「これでもまだ、信用していただけませんか?」

 俺のあまりの行動に、彼らを扇動していた男までもが狼狽えていた。

 

 

「私達に違いなんてありません。この場にいる全員、感染者が心安らげる故郷を求めて集った、仲間達です」

 彼だけじゃない、不満を抱える彼ら全員を見据え語りかける。

 

 

「貴方は復讐したいですか?」

「あ、当たり前だ」

「それは当然の権利です。貴方を陥れたその上司とやらは必ず報いを受けなければなりません」

「・・・なら!」

「ですがその刃は、果たしてその上司1人だけに向けられますか? それが、貴方が涙を堪えて別れたご家族に向けられない保証は、ありますか?」

 

 俺の言葉に、言葉を失う一同。

「そ、それは」

「貴方がするしないは関係ありません。一度非感染者だからと全てを拒絶すれば最後、共に立ち上がった筈の仲間が、貴方の大切だった人の命を奪うでしょう。()()()()()()と宣って」

 見て見ぬふりをした奴らにも怒りが湧くのはわかる。

 だからといってそいつら全員に復讐してしまえば、俺達はもはや普通の人にすら戻れない。

 そしてその虐殺は、新たな恨みを生み、新たな復讐と悲劇を生むだろう。

 

 復讐は何も生まない、なんて言えない。

 彼らは何かを()()()()ために剣を取るわけではない。

 

 ただ自らを襲った理不尽に怒り、それを表現しているだけだからだ。

 

 

 殴られて痛いと叫ぶように。

 武器で襲われて自らを守るのと同じように。

 

 自らを拒絶する世界に対して、反抗しているだけだ。

 

(それでも俺は嫌だから、覚悟で示すしかない)

 

「皆さんの怒りはごもっともです。ですが無暗に血を流さないため、皆さんがかつて愛した人達と、もう一度手を取り合える未来のために」

 注射器を握る手に力が籠る。

 

「私達に、賭けていただけませんか?」

 

 俺の示した覚悟に、反論の声は上がらなかった。

 

 

 そうして、なんとか場を収めることができた。

(前世でクレーマー対応した時を思い出したぜ。ありがとう、会社の先輩!)

 先輩から学んだクレーマー対応術、否定せず相手の仲間であることを強調して話を聞く、が無かったら危なかったぜ。

 

 集まっていた観衆も解散し、俺はようやく胸をなでおろす。

 俺は庇ってくれたビッグベアや古株の戦士達、そして途中から騒ぎを聞きつけてやって来たタルラとエレーナの方を振り返る。

 

 だが、何故か皆その顔を曇らせている。

 その目は全て、俺の腰袋に向けられていた。

 

「おい」

「? なんだよ」

「それは何だ?」

「何って。さっき言ったろ、これは」

「そういうことを言っているのではない!」

 

 質問の意図を理解しなかった俺に、タルラがにじり寄る。

「こんな危険な代物、どうして隠し持っていた? まさか本当に使うつもりではないだろうな?!」

「使うつもりもねえよ。お守りみたいなもんだ」

 だが少なくとも、レユニオンの非感染者代表でもある俺がこれを常備しているという情報は、今後のいらぬ衝突を回避できるだろう。

 

 そもそも、理性が少しでも残っている人間なら俺が感染者になるなんて百害あって一利無しと分かるだろう。移動都市『ポラリス』完成を間近にしても資材の供給は未だ必要だ。そんな中、その代表が感染者になって都市や外国とのパイプが切れたら今の補給体制が完璧に崩れる。

 俺達との交流が長くなれば、そもそもこんな疑念自体も無くなるだろうしな。

 

 これはまだ交流の浅い俺達だったからこそ起こった問題だ。

 それを早急に治めようとすれば、これくらいのインパクトが必要になる。

 そういう意味では正にこれは特効薬だ。鉱石病に感染するのに”薬”とは皮肉が効いているが。

 

「彼らの非感染者への怒りは正当なものだ。それを曲げてでも仲間になってもらうっていうなら、こっちもそれ相応の覚悟を見せないとだろ?」

「だからって!」

「待てタルラ。こいつもそれなりの考えがあってのことだろう」

 食い下がるタルラをエレーナが止める。

 だが彼女も納得しているわけではないのだろう。俺を見る目は未だ厳しい。

 

「だが約束しろ。それはあくまで持っているだけ。安易に開封する、ましてや使用するだなんて絶対に無いとな」

「ああ。誓うよ」

「・・ならばいい。もしそれを打ってみろなどという輩がいれば私達に言え。穏便に事を済ませてやる」

 

 それは本当に穏便ですか?

 なんか皆んなから今までに感じたこともないような圧を感じるんですが。

 

 

 結局この話はレユニオン全体へ広まり、俺達商会の人員含む非感染者への態度はある程度軟化した。特効薬のおかげか、はたまたその存在を知ってからレユニオン全体になんか働きかけている古参組のおかげか。

 

 そして俺はあれ以来妙に過保護になった古参組が常に傍にいるようになった。

 

 

 ・・・あの、タルラさん? 風呂にまで付いてこようとしなくていいですから。心配しなくてもこんなとこで使いませんから。

 

 

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