アーミヤ、怒らないで・・・
手紙を出してから数か月が経った。
一般的な郵便ではなく、
何にせよ、どうかあの返答が良いものであることを祈るのみだ。
果報は寝て待てと言うが、気にしすぎても仕方ない。
それに、力を入れるべきことはまだまだあるからな。
「イグナスさん。食材の搬入終わりました」
「分かった。仮設キッチンの設置が終わったら調理スタッフとして合流してくれ」
「かしこまりました。腕が鳴りますね」
「楽しみにしてるぞ? 俺だけじゃなく皆んなもな」
「はいっ、いくぞやろうども!」
気合十分に各所に散る社員達。
それも無理からぬことだろう。
周囲を見渡せば、いつもより大勢の人が拠点の広場を中心に忙しなく動き回っていた。
なんせ今日は、レユニオンの”収穫祭”だからな。
収穫祭を計画し始めたのは、南部遠征を決めてから初めて迎えた秋のことだった。
それまで軍から奪った食料や氷湖で寒い思いをしながら釣った鱗獣で食いつないできた彼らにとって、初めて自分達の手で手に入れた小麦の山。感動は大きく、持て余した熱量をどこかで発散させようとイベントを催したのが始まりだ。
最初は軽く食事会を開くのみだったが、2年も経った今ではそれなりに大きなイベントになった。
こうして、仮設テントを設置し拠点の非戦闘員大勢で祭りの準備をするほどに。
行き交う人全員、今日という日を楽しみにしていたことが分かる。振舞われる食事の準備やささやかながら飾り付けをする人々、それまでに訓練に励む戦士達。
彼らを眺めながら、俺はまた次の持ち場に向かった。
大勢の協力のおかげもあり、正午を過ぎたあたりには準備は完了した。
今はタルラが設置された高台の上から、広場に集まったレユニオン全員に口上を述べているところだ。
適度にユーモアを交えて笑いを誘いつつ、俺達の目標を再確認できるようないいスピーチだった。さすがだな。
乾杯の音頭が取られ、遂に収穫祭が始まる。
屋外のテーブルに並んだ料理を皆我先にと取っていく。
俺も適当に鱗獣のバター焼きのようなものを皿に取り摘まみつつ辺りを回る。
立食形式で特に決まった催しも無い。それでもこうしてみると、なんとも面白い光景ばかりだ。
盾兵達が肉を取り合って腕相撲をしていたり、スノーデビルはエレーナがボルシチ? のようなものに辛子を容器の蓋を外して豪快にぶち込もうとしているのを全力で止めていたり、感染者戦士達が非戦闘員、あれはアリーナとよく一緒にいる女教師だったか、に話しかけに行っていたりと、原作では到底目にできなかった場面ばかりだ。まあ祭りだし気の抜けた部分があってもいいだろう。よきかなよきかな。
パトリオットも参加できればよかったんだが、今は遠征から帰っている途中だ。夕方には戻るだろうし、収穫祭は夜まで続く。料理を残しておけば喜ぶだろう。
しばらく歩いていると、アリーナと子ども達、そしてタルラが集まっていた。テーブルが高くて料理が取れない彼らの分を取り分けているらしい。
笑顔で彼らに料理の乗った皿を配る彼女らは、なんとも絵になっていた。
「よう、いいスピーチだったぜ」
「ああ、ありがとう。君も上がればよかったんじゃないか?」
「よせやい。俺は後方支援、そういうのはタルラに任せるのが一番だろ」
こういう大勢の前に立つこと自体は慣れてるけどな。やっぱりカリスマのあるタルラの方が適任だろう。
「君はいつもそう言うな? 任されるこちらの身にもなってくれ」
「本当にきつかったら支える。その時はちゃんと言えよ?」
「分かっているさ」
最近こいつが過保護気味で忘れていたが、こいつも相当背負いたがりだ。
口酸っぱく言わないと分からないからな。今はそこまで負担にはなっていないようだが。
そんな俺達のやり取りを見て、アリーナが口元を隠して笑っていた。
「どうしたんだ?」
「いえ、本当に仲がいいのね」
タルラの問いににこやかに返す。
「かれこれもうすぐ6年になるのか、俺達」
このメンバーは一番初め、タルラと監視隊のトラブルを治め彼女を勧誘した時からの仲だ。レユニオンメンバーの中では一番付き合いが長い。
「そうね。あの時はこうして感染者で寄り集まって、お祭りまでできるだなんて考えもしてなかったわ」
アリーナが少し離れたところで料理を頬張る子ども達を見ながら言う。
教え子達の幸せを喜ぶ姿は、とてもアリーナらしい。
「なんか、先生って感じだな」
「そうかしら?」
「そうだろう、イグナス」
子ども達を見る目がとても慈愛に満ちていて、教師とか先生ってこういうんだろうなって感じだ。
タルラも同感のようで首を激しく縦に振っている。
「今度、子ども達を教えている教師陣のまとめ役を任せたいと思っているんだ」
「お、それはいいな。向いてるよ」
「何言ってるの。私より年上の人もいるし、実際に教師だった人もいるのよ?」
謙遜する彼女だが、実際彼女は先生方の中でも一番子どもに人気だし、俺やパトリオットの持ち込んだ書物をみるみる読み込んでいて教養も深い。他の先生方からの評判もいいし、なにより物怖じしない。
タルラを真正面からしかりつけられるのなんて、彼女だけだろう。
最近ではエレーナも食生活のことで小言を頂いたらしく、香辛料の量が減っていた。そういえばさっきアホ程使っていたな、反動だろうか?
それでも彼女らは悪友とその保護者あるいは姉のような関係で、大変仲が良いというのだから喜ばしいことだ。
なんにせよ、原作とは違い他の幹部員達とも交流の深くなった彼女なら適任だろう。
「もう、分かったわよ。でも引き受けたからにはしっかり意見するから、覚悟しておいてね?」
そういって了承を貰ったはいいものの、その笑顔に妙な圧を感じる。
「「わ、わかりました」」
2人揃って苦笑いする。組織トップより意見強いんじゃねえか? 俺達が論破される未来しか見えないんだが。
俺は遂に権力すら手に入れてしまった我らが大先生から逃れるため、適当な口実をつけて逃げることにした。このままじゃさっそく意見具申でもされそうだ。
「じゃあ俺警備で外にいる奴らに飯持って行くわ」
「それくらい私が行くわよ?」
「いいって、いいって。楽しんどけよ」
そういって近くの皿から適当に見繕う。
アリーナが代わろうとするがお気持ちだけ受け取っていく。
2人にはしっかり楽しんでもらいたいし。
何より、アリーナをあまり1人で拠点の外に出したくない。
俺がいる以上、原作通りになるとは限らないが運命の修正力なんてものがあるかもしれない。
原作では彼女は1人で近くの村に食料を貰いに出かけた際、何者かに襲われタルラの介抱空しく亡くなってしまう。
可能性を少しでも減らすため、そこらへんはずっとケアしてきた。
「なら私も」
「主役が抜けてどうすんだよ? 大丈夫だって、すぐそこだし渡しに行くついでにスノーデビルの奴らと話してくるだけだ」
ついてこようとするタルラを押しとどめ、皿を片手に拠点の外に出る。
柵を越えたすぐそこで、スノーデビル2人が森林の奥を眺めていた。
「お疲れ。差し入れだぜ」
「お、ありがてえ」
「すまんな」
にわかに湯気が立つスープを渡すと2人揃って人心地着いたようだ。
1人はよく会ういつも酒を隠し持っている陽気な男で、もう1人は通信用アーツを使う偵察員だ。
ちなみに、この酒を隠し持っている男こそ原作でもチラっと出ていた1号さんじゃないかと最近睨んでいる。
「今日は酒飲んでないんだな」
「さすがに警邏中に飲まねえよ。それに交代すればいくらでも飲めるからな!」
結局飲むんかい。
相変わらずの酒好きに呆れていると、複数人の足音が聞こえてきた。
「ほう。差し入れとは気が利くな」
見れば近くを巡回していた盾兵達が戻ってきた。彼らにもスープの入った木皿を渡す。
「商人だからな。気の遣いどころは心得ているんだ」
「タルラはどうした? 最近やけに引っ付いているが」
「さすがに主役が抜けちゃまずいだろう? 置いてきたよ」
ここ最近のタルラの過保護っぷりは他のメンバーにも広まっているようで茶化される。
「お前も我らレユニオンの幹部の1人なのだがな」
盾兵の1人に呆れられるが、性分なんでな。
「柄じゃないんだよ。裏方として駆け回ってる方が性に合ってる」
「でもタルラも心配なんだと思うぞ? 前の騒ぎの事もあったし、この中で一番付き合いが長いだろう」
「かれこれ5年は超えたな」
1号君の言葉に答えると驚きの声が上がる。
「まあ正直、タルラにとってお前はかなり特別なんだろうなって思うぞ」
そう言うスノーデビルの偵察員の顔はどこかしたり顔だ。
ほうほう、と他のメンバーも顔を寄せ合う。その顔は前世の友人が恋愛事情を聞いてからかってきたときの表情にそっくりだった。
「姐さんがよく愚痴をこぼしてたんだよ。イグナスの事となると饒舌になるとか、悪態をつくと稽古で圧をかけてくるとか、俺も実際惚気話でも聞かされてるのかと思ったぞ」
「「「ほほ~~う???」」」
え~い全員でこっちを見るなにやけるな。
普段あまりない男だけの空間ということもあり、ノリが完全におっさんだ。
「実際どうなんだ?」
「・・・何がだよ」
「往生際がわるいぞ。どう思ってんだよ、タルラのこと?」
そんなこと聞かれてもな。
タルラは尊敬できる人だし、美人だし、かわいいところもある。
あっちも恋愛とかは抜きにしても、俺の事は憎からず思ってくれてるんだろうな、とは思う。
あいつはよく俺に助けられた、俺のおかげだなんて言うがそうじゃない。
俺の方こそ、タルラの真っ直ぐさに救われたんだ。
前世で戦争も酷い差別も経験してなかった俺にとって、このテラの大地は息が詰まるようだった。
前世の倫理観と現状の板挟みになって、なんとか妥協策を考え実行してきてもいつも後悔していた。
家族や社員に愛されているのは理解していたけど、心のどこかでずっと孤独を抱えていたんだ。この甘さが、間違っているものなんじゃないかって。
それが彼女を見た時、救われた気がした。
初めて、ともに歩んでくれる存在に出会えた気がした。
そんなタルラと過ごしたこの5年間は、俺にとってかけがえのないものだ。
(だからこそ)
先日の稽古の時の会話を思い出す。
俺はまだ、約束を果たせていない。
彼女に誇れる世界は未だ遠いままだし、チェンに会わせることすらまだできていない。
俺はまだ、
そんな状況で、恋だなんだのとしてられない。
「・・・今は恋愛とかはな。そういう事に囚われずにあいつを大事にして、支えてやりたい」
おおお~と歓声が上がる。おい人の事情で盛り上がるな!
カプ厨の分際で特大のブーメランが飛んでくるが関係ない。このままだと恥ずか死ぬ。
「それよりよその恋愛を眺めてる方が楽しいんだよ! 誰かいないのか? 今ならタダで占ってやるぞ」
話を無理矢理変えにかかる。すると早速かかりのいい獲物が釣れた。
ていうか1号君かよ。
「お、マジか。お前の占いは評判いいからな、かわいい子ちゃんで頼む」
「それはお前次第だな」
実際見てみないと分からないが、お前には酒が飲める女性が合ってると思うぞ?
俺の個人的な想像だが、フェリーンで酒豪でチェーンソー振り回す情熱家とかいいと思うぞ?
絶対気が合うと思う。
こちらを拝み倒す姿に呆れつつ、そちらを向いた。
ウキウキしている1号君の魂を視るため、アーツを発動させる。
彼を視界に入れた時、偶然彼の背後に俺達の拠点を囲む森林の奥が見えた。
それはなんてことない、今まで何度も目にした森の奥。
それを認識した瞬間、心臓が縮み上がった。
「!!!!盾兵っ!防げぇ!!!!!」
腕で指し示し方角を伝えながら、スノーデビルの偵察員と1号君を押し倒す。
俺の叫びにいち早く反応した盾兵は俺の示した方向に盾を構える。
直後、盾を構えていた盾兵が
「盾兵!?」
後方を振り返る。壁にめり込んだ彼はうめき声を上げていた。
彼が持つ盾にはいつの間にか黒い槍が突き刺さっており、そこに深い亀裂を生んでいた。
だが貫通は免れたようで、盾兵自身はあまりの衝撃に意識が混濁しているが命に別状はなさそうだ。
それを見て安心したいところだが、そうは状況が許さない。
(クソッ、よりによってこのタイミングかよ!!)
額に滲む脂汗を拭いながら、盾兵が吹き飛ばされてきた方に目を遣る。
視線の先、針葉樹がまばらに立つ森林の奥に1人の男が立っていた。
森影よりもなお暗い軍服に、特徴的なフルフェイス型のガスマスク。
そのマスクの奥からこちらを覗く、不気味に赤く輝く複数の眼。
(なんで今なんだよ!)
そして何より特徴的なのは、盾兵の盾に突き刺さる槍とあの男本人から漏れ出る
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