明日の方舟よ、良い旅を   作:アルパカ戦士

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第十九話 ずっと、見てきたから

 

 

 突然の事態に動けない俺達。

 

「まったく。感染者が随分と数を増やしたものだ」

 

 騒ぎを聞きつけたのか拠点の中から出てきた戦士達を見て吐き捨てるように言う。

 こちらの事を本当に人とすら思っていないのが分かる、軽蔑と煩わしさに満ちた言葉だった。

 

「選べ。投降するか、その鼻と口を削がれるか」

「な、まさかこいつっ顔削ぎのデーモン!? 作り話じゃなかったのか?」

 奴の血も涙もない冷徹な2択は、戦士達にとある伝承を想起させた。

 

 人を殺して顔を削ぎ、身元不明の死体を積み上げていく悪魔。

 ウルサスという地に数百年は存在し続ける、悪夢の化身。

 

 それだけで、こちらの士気が瞬く間に萎んでいく。

「違う! こいつらは肉体を持った、ただの人殺しだ」

 盾兵が盾のふちを地面に叩きつける。絶対に壊れぬ盾の力強さが、彼らを勇気づけた。

「うろたえるなお前達。我らの防壁は決して奴を通さん!」

 

 拠点から流れ込んできた盾兵達が流れるような動きで陣形を整える。

 前世では魚鱗の陣と呼ばれたそれに近い、彼らの陣形の中で最も堅牢性に富んだ陣形。

 その威容に多くが持ち直した。

 

 しかし、彼らと長く戦いをともにしてきた者はその異常性を感じとっていた。

 どんな兵器であろうと守りを崩されることのなかったそれが、戦車や砲台すら持たない一(・)個(・)人(・)に向けられている。

 それがどれだけ奴が危険なのか表しているのを悟り、身を震わせる。

 

「ウルサスの盾と称されたお前達がよもや感染者風情をその背に庇うとは。嘆かわしい」

「黙れ! 命を石ころとしか思えん殺人鬼が」

 

 奴は人数差など気にもせず、こちらに悠然と近づいてくる。

 

「まあいい。今日は用事があってな、それが終われば撤収する」

「用事だと?」

 

 一方的に用件だけを伝えてくる奴は、俺の想像通りの言葉を吐いた。

 

 

「タルラを出せ。あの娘には、評定を下さねばならない」

 

 

 思いもよらない要求に、盾兵とその後ろに構える戦士達に動揺が広がる。

 だがそれも後ろから伝わってくる熱によってたちどころに静まり、皆安堵や歓喜の声を上げ始める。

 

 他ならぬ本人の登場によって。

 

「何者だ!? よくも私達の同胞を・・」

 

 勢いよく駆けつけてきたタルラ。

 だがそんな彼女でさえ、目の前にいた存在に思わず言葉を失った。

 

「皇帝近衛兵?! なぜこんなところに」

 動揺するタルラ。

 だがそれも奴の発言に塗り替えられる。

 

 

「見つけたぞ、コ(・)シ(・)チ(・)ェ(・)イ(・)侯(・)爵(・)の(・)娘(・)よ」

 

 

 

「侯爵の娘? どういうことだ」

 戦士達の1人が思わずこぼす。彼女の思わぬ出自に疑問の声があがる。

 それは瞬く間に広がり、戦士達に更なる動揺を生んだ。

 だがそんな呟きも、タルラの耳には入っていなかった。

 

「誰が誰の娘だと? 私を、あの蛇の娘だと言ったか!? ふざけるな!」

「侯爵の娘よ、お前の本来の身分からすれば、私にはより礼儀を弁えた物言いをしなくてはならない」

「黙れ! 殺し屋。貴様らに向ける敬意など一欠片だってありはしない」

 タルラはレイピアを掴む反対の手でもう一振りの剣を抜き、奴に向ける。

 

「この場から生きて帰れると思うな。帝国の為と宣い虐殺を繰り返す貴様らに私のことをとやかく言われる筋合いはない」

 

 戦場で何度も目にした勇ましいその姿に、誰もが目を奪われる。

 だが、その口上への反応がいつもより僅かに鈍い。

 

 戦場の気配に敏感な者達は気づいていた。

 その中に混じる疑念の眼差しに。

 

「どうやら、彼らにまだ自分の正体を明かしていないようだな。それも計画の一環か?」

「世迷言を」

 それは当然、皇帝の利刃とタルラにも感じ取れていた。

 奴はここぞとばかりに畳みかける。

 

「私達とお前の父親の間で結ばれた契約は、貴様の出方によっては無効となるのだ。よく考えるがいい」

「知ったことか!」

「おい、何の話なんだよ、これは」

「動揺するな! 奴の思うつぼだぞ」

 盾兵や古参の戦士達が動揺を抑えにかかるが、既にその場は混沌と化していた。

 広まる疑念と恐怖が少しずつタルラを蝕んでいく。

 

 顔を曇らせるタルラを見て、奴は失望したようにため息をはいた。

「どうやらお前が同胞と呼んだ相手は、私の齎す真実1つで容易く意見を変えるようだな」

 そう断じた皇帝の利刃は、無線を使いなにやら短い暗号を呟いた。

 電源を切り、懐に仕舞った奴は腰の軍刀を抜いた。

 

「今、近くの駐屯軍に応援を呼んだ。後1時間もしないうちに、私達が解明した道順に沿って500を超える軍勢がここになだれ込むだろう」

「なんだと!!」

 

 これにはさすがに俺も驚く。俺と同様、それが齎すだろう絶望的な未来に既に悲鳴をあげる者までいた。

 原作にこんな展開はなかった。何が影響したのか分からないが、ここで俺達を全滅させるつもりか!

 まずい。ここには拠点暮らしの非戦闘員だって大勢いる。収穫祭のこともあって人数も相当だ。

 それを全員、軍から守りながら撤退させるなんて絶望的すぎる。

 

(くそっ。パトリオットは遠征から帰ってくる途中だ、間に合うか?)

 

 任務達成の一報を受けた時間から逆算する。だが駄目だ。今から連絡してもどう考えても3時間はかかる。

 エレーナ達スノーデビル小隊がここに最初から居ることは救いだが、奴らに加えて軍まで相手にするなら数が足りない。

 

 この場を打開する方法を必死で考える。

 それでも、数ある選択肢を取捨選択する中頭では分かっていた。

 

 

 今回は、少なくない犠牲が出る。

 

 

 だが、それよりもある意味非道な提案が、奴から持ち掛けられた。

 

 

「だが侯爵の娘。お前が無抵抗で私達のもとへ投降するのならば、軍は引き上げさせよう」

 

 

 戦士の誰かが、息を呑む音が聞こえた気がした。

 

 

(・・・ふざ、けんな)

 それは、なんて卑怯な取引だろうか。

 今この場で、タルラに疑念の眼が向けられているこの瞬間。それは自分と仲間を守りたい人達にとってどれだけ甘美な提案に映るだろうか。

 戦士達の何人かが、タルラを振り返る。

 その目には、僅かな期待が浮かんでいた。

 彼女に縋るそれらを見て、初めて仲間に怒りが湧いた。

 

「お前達は大きくなり過ぎた。もはや捨て置けん。だがリーダーである貴様を欠けば、その勢いは減衰するだろう」

 

 そして何より。

 彼らの視線の先、タルラの表情は依然として険しいものだったが、その瞳は一切動かず、敵ではないどこかを見ているようだ。

 あれはリスクとリターンを冷静に計算しているときの顔だ。帝王学を修め、駆け引きの場では表情を出さない彼女だが俺には分かる。

 

 あいつは今、冷静に自(・)分(・)と(・)他(・)全(・)員(・)を(・)天(・)秤(・)に(・)か(・)け(・)て(・)い(・)る(・)。

 

 タルラなら俺と同様に分かるだろう。これに抗えば少なくない被害が出る。

 となれば、その天秤はどちらに傾くだろうか。

 

(タルラなら、頷いちまう)

 

 未だに皇帝の利刃の狙いは分からない。奴は黙ったままタルラがどう動くか見物しているだけだ。

 口に出していた通り大きくなった俺達を先に潰しておきたいのか。あるいはそれを見逃す仲間達に絶望でもさせたいのか。

 コシチェイと結託してるらしいしありえない話ではない。

 

 そして

 

 タルラが前に立つ俺を見た。覚悟を決めた、だが柔らかい表情。

 それはこれから死地へと向かう戦士のようで、処刑台へ赴く罪人のようでもあった。

 何かを諦めてしまったような悲しい瞳に、思わず歯を食いしばる。

 

(違う。俺はそんな顔をさせたいんじゃない!)

 

 声を上げようとした俺に、タルラは俺だけに分かるよう口の動きだけで伝えた。

 

 

『頼んだぞ』

 

 

 それだけで、頭が真っ白になった。

 俺を見つめるその瞳は、絶大な信頼に満ちていた。

 俺なら任せられると。

 

 ・・・・・・・・・そうかよ。

 

 ああ、そうかよ。分かったよ。

 お前はそれがお望みか。

 ならやりきってやるさ。

 

 

「確かにそうだな。全滅するよりは1人の犠牲で済む方がいいよな」

 

 全員に聞こえるように大きな声で言う。

 思いがけない人物からの発言に、周りは耳を疑う。

「イグナス?!」

「おいお前、まさか」

「なんか訳ありっぽいし、敵と繋がってそうだし、軍と両方を相手するなんて絶望的だしな」

 タルラはもう下を向いてしまっていて、こちらからは表情は見えない。

 

「タルラ1人で済むなら、安いもんだ」

「何言っているんだ!」

「ばかもの! 奴はそんな生易しいやつじゃないっ!」

 俺の言葉に激昂する者もいて、逆にほっとした顔をする奴もいる。

 

 

 ああ、ほんと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そ(・)う(・)考(・)え(・)て(・)い(・)る(・)奴(・)な(・)ん(・)て(・)、(・)ま(・)さ(・)か(・)い(・)な(・)い(・)よ(・)な(・)?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タルラが驚いて顔を上げる。

「イグナス・・」

 何間抜けな顔してるんだよ? ちゃんとわかってるぜ。

 

 頼むってこういうことだろ?

 

 私(・)を(・)助(・)け(・)て(・)く(・)れ(・)っ(・)てことに決まってるよな。

 そうだそうに違いないそうじゃなかったらまた頭しばいてやる!

 

 あちらで高みの見物決め込んでるクソったれを睨みつける。

「タルラが侯爵の娘だ?」

 まったくよ、こちとらなあ。

 

 

「んなもん最初から知ってたわバーカァ!!」

 

 

「なっ!」

 衝撃の告白に驚くタルラ。

 

「当たり前だろ! 見るからに高級そうな軍服着て、訳アリですって大声で言ってるようなものじゃねえか」

 少し考えれば分かることだろう? なんなら気付いてほしかったんじゃないのかってレベルだ。

「しかもやたらとウルサスの政治バランスに詳しいし、学はあるし、そのくせ料理やら家事はてんで駄目だし」

「それは関係ないだろう?!」

「いいやある!!」

 関係ありまくりだね!

 タルラの僅かに恥じらいの籠った叫びを一蹴する。

 

 口が止まらない。

 この胸を暴れまわっている激情も、憤怒も、悲しみも、行き場を失くして口から漏れ出ているようだ。

 

「そのくせしてエレーナのために飴玉作るし、アリーナに弁論で負けるし、俺が酒飲んだ時にはオカンかってくらい怒るし」

 俺は知っている。レユニオンのリーダーじゃない只のタルラを。

「物忘れはひどいし、作り話ばかりするし、細かい作業が苦手ですぐ力任せにやろうとするし、些細なことですぐエレーナと喧嘩するし」

 原作の知識だけじゃない。1人の人として、共に生きる仲間として、俺はこいつを知っている。

「誰よりも感染者のために一生懸命だし、剣を持って戦う姿は凛々しいし、俺達を今までずっと導いてくれたよなあ!!」

 この5年間、ずっと隣で見てきたんだ!

 

 色々な表情を見てきた。

 笑った顔も。

 怒った顔も。

 敵に立ち向かう凛々しい横顔も。

 子ども達を見守る穏やかな目も。

 その頬を伝う涙だって見た。

 

 

 それでも、何かを諦めてしまったような(あんな)顔させたことなんてない。

 一生させるものかと、ここまでひた走ってきたんだ!!

 

 

「貴様は何を言っている?」

「知りもしないのにタ(・)ル(・)ラ(・)を語ってんじゃねえって言ってんだガスマスク」

 シュコーシュコーうるせえんだよ。

 

「こいつがコシチェイの娘だ? 似てねえよ。反面教師にして誰よりも真っ直ぐに育ったよ」

 

 情けねえ! 何よりもあいつにあんな顔させた自分自身が。

 

 戦力差が絶望的? 軍が来るまでにこいつらを倒せばいいだけだ。

 非戦闘員が避難できない? タルラとエレーナのアーツで一点突破すれば道は開く。

 こいつをどう倒す? 関係ない。少なくともこちとら倒す気満々だ! 

 

「こいつは俺達のリーダー、俺達の希望だ」

 奴の視界から彼女を守る様に立つ。

 腰から短剣を引き抜き、奴に向ける。

 

 何考えてるのか知らねえが、教えておいてやる。

 

「連れてくってんなら」

 

 タルラはお前達の道具じゃない。

 

「俺達が相手だ」

 

 俺の、大切な仲間だ。

 

 

 

 

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