少し短いですが、よろしくお願いします。
目が覚めると、目の前は一面黒く染まっていて一瞬夜かと錯覚した。
だが、肌から日の光の熱が伝わってきていて、大方正午過ぎだろうと当たりをつける。
(あれから、どうなった?)
視界は相変わらず何も映さないまま、1人考える。
アリーナを蘇生しようと、源石濃縮薬を打って。
彼女の蘇生に成功したと思ったら、目の前が真っ暗になって。
うろ覚えだが、苦しそうなタルラを安心させようと声を掛けた。
そこで記憶は途絶えている。
(俺、生きてたのか)
自分の状態を確かめようとするが、頭は重いしそもそも何も見えない。
仕方なく五体満足か調べようと体を動かすが、体が尋常じゃなく重い。
何回か試してみるも、結局腕を上げることすらできなさそうだった。
(どうしたもんかね)
「あまり、病み上がりで動かない方がいいですよ?」
この先どうするか考えていると、横から声がした。
見えないのもあるが、気配がしなかった。
起きて早々の奇行を見られ、体温が上がる。
苦労しながら声のした方を見ると、誰かの魂がそこに浮かんでいるのが視えた。完全に視力がないっていうのとも違うらしい。
どうやら、今の俺はアーツによる魂の視認が常時オンになっている状態のようだ。アーツを使った時の、フィルムを切り替えるような視界の移り変わり。あれがよりクリアになったとでも言おうか。
それにくわえ、その視界は前よりも鮮明で、いっそ
逆に魂以外が黒く塗りつぶされていて、見えないのはそのせいだろう。
今も、目の前に誰かがいることしかわからない。
彼女、声からして女性だろう、からは安堵と悲哀そして僅かな怒りを感じた。
この声には聞き覚えがある。
それを言う訳にもいかないので、あくまでも知らないていで答える。
「えっと、どうも。初めましてですよね?」
「ええ。私はシャイニングと申します。ここは貴方達の別の拠点の中ですよ、イグナスさん」
シャイニング。
アークナイツで主人公達ロドスの仲間として戦う医療オペレーターの1人であり、また作中の描写から最強格の剣士の1人とも言われていたサルカズの女性だ。
彼女は俺を治療した後の経緯を教えてくれた。
話を聞きながら、思いの外聴覚に集中するのに神経を使うなと思った。前世でリスニングテストをしていた時の感覚だ。
この、魂しか見えないというのは何かと不便だ。周囲の状況把握ができない。
何かしら対策を考えるべきだろう。
「それにしても、貴方が手紙の差出人のイグナスさんだったとは驚きましたよ」
「ええ、すみません。お出迎えできればよかったのですが、何分立て込んでまして」
思考を中断し、話に戻る。
なにせ、予期せぬ団体客が押し寄せたんだ。さすがに想定外だった。
まあ、彼女らがこんなにすぐ行動することも予想外だったが。
「そちらもこんなにすぐ、それも直接いらしていただけるとは思いませんでした。おかげで助かりましたが」
「はい。そこに関しては私達の上司の判断です。一刻も早くその場に向かってほしい、と」
「なるほど。うん? 私達? 他にどなたかいらしてるんですか?」
「私の他にニアールさんとリズ・・失礼、ナイチンゲールさん、そして何人かの医療スタッフが同行しています。そのうち紹介しますね」
おお、使徒勢が揃ってお出ましとは太っ腹だな。
(どうやらあの手紙はきちんと効いたらしい)
前に送った”宛先のない手紙”、あれはロドスに医療支援を要請したものだ。
それはこうして実を結び、聞けば撤退時負傷者はそれなりにいたものの死者は数えるほどしかいなかったらしい。
この話はレユニオンメンバーには一切してなかったので、最初は疑われて苦労しましたと苦言を呈されてしまい、苦笑いで返す。
まあこんなすぐに、しかも直接来ると思ってなかったし、支援がちゃんと確定してから話そうと思ってたんだよな。
手紙の内容的に、
しばらく情報共有をして、内容が談笑じみたものに変わってきたところでシャイニングさんの雰囲気が変わる。彼女の魂から感じる悲哀と怒りが濃くなったのが視えた。
居住まいを正した彼女が、はっきりと問う。
「なぜ、このようなことを?」
「・・・仕方なかったと言って、信じてもらえます?」
「貴方の体は見ました。そして、貴方が何を使ったのかも皆さんから聞きました。貴方、
そんなにひどい状態なのだろうか。
大袈裟だなと内心思っていたが、それを見透かしたように言いつのる。
「さっきから私と目が合いませんから、すぐ分かります。いいですか、今貴方はとても危険な状態です。正確なデータはここでは分かりませんが、かなり重度の鉱石病です。しかも、病巣がひどい。額から首筋にかけて、体の右半分に体表源石が露出しています。今すぐに専門の機関で適切な治療が必要なレベルです」
説明された自分の状態に、納得する。
道理で右側だけやたらと重いわけだ。
さっきからシャイニングさんの魂が見えっぱなしなのも、恐らく右目が開いたまま源石に覆われたからなのだろう。感度の高さにも説明がつく。
(待てよ、そうすると)
思いつくまま、アーツの光で
アーツの適性が上がったからか、息をするように自然とできた。
すると、今まで魂以外が黒く塗りつぶされていた視界に、光が戻った。
色も輪郭も、ぼんやりとだが見える。
どうやら源石の影響で視え過ぎていた右目を見えなくすれば、普通の視界に戻るようだ。視力は以前と比べ大分悪くなったが、それは眼鏡とかでどうとでもなるだろう。
今も目の前で、驚いた目でこちらを見るシャイニングさんの顔が薄っすらとだが見えた。
「驚きました。もう見えているのですか?」
「偶然上手くいきました。ただ、視力が落ちているので眼鏡を買わないとですね」
幸先がいいじゃないか。これであまり皆んなに迷惑をかけずに済む。
安堵する俺とは対照的に、シャイニングさんは理解できないとでもいいたげだ。
「なぜ、笑っていられるのです?」
「なぜって、別に今すぐ死ぬわけではないでしょう?」
「それでも、貴方は鉱石病に罹患しました。世界で忌み嫌われる、不治の病に」
おいおい、舐めてもらっちゃ困るぜ。
俺がどこの組織のパトロンしてると思ってるんだ。
「私はこのレユニオンと志をともにする者です。そんな人間が、鉱石病を恐れてどうしますか?」
「・・・」
「それに四肢は繋がってるし、会話もできる。強いて言うなら視力が悪くなったくらい。これ以上を望んだらバチが当たりますよ」
「・・・それは」
「そうしてでも、守りたいものがあった。それだけです」
俺の答えに、押し黙るシャイニングさん。
そんな彼女が口を開く前に、部屋の外からかなり慌ただしい足音が響く。
それはやがてこの部屋と廊下を繋ぐ唯一の扉の前で止まり、勢いよく開け放たれた。
「はあ、はあ、意識が戻ったようだな」
ガンと音を立てて開かれた扉の先、そこには息を切らしたエレーナが立っていた。
エレーナは部屋に入ってくるなり俺と2人きりで話がしたいと言った。
シャイニングさんは何かあれば呼んでくださいとだけ言い残し、部屋を出た。
扉が閉まり、長い沈黙が続く。
「エレー」
「黙れ」
ひ、ひどくない?
「もしお前が病み上がりでなければ、頬を引っぱたいている」
エレーナが俺を睨みつける。
「なぜ使った? どうなるか、お前ならわかっていただろう?」
「・・・あいつらから聞いただろう? そうするしか方法が」
「ああ、聞いたとも! 泣きながら塞ぎこむサーシャ達からな!」
苛立ちのまま声を荒げるエレーナ。
「分かっている。状況的にそうするしかなかったのだろう? アリーナを救うためには。だが、なぜお前はそう自分に関しては無頓着なのだ?!」
そう言って怒る彼女からは後悔の色が見える。
タルラと同様、あの特効薬を使わせまいと色々していたからな。
なんだか申し訳ない。
「さて、どうしたものか」
「決まっている。ここでは応急的な処置しかできん。彼女らについていって」
「ああ、そのことじゃなくて」
それよりも、大事な事がある。
「俺がアリーナを蘇生してって話、なるべく広まらないようにしてもらっていいか?」
俺の頼みに、絶句するエレーナ。
「・・・何を」
「俺がアリーナを助けるためにこうなったって知れば、きっと彼女も気に病む。だから、そうだな。あの皇帝近衛兵の攻撃でこうなったってことにでもしておいてくれ」
「こんな時にまで他人の心配か!? お前は、感染者になったんだぞ!」
「ああ、知ってる。これでお揃いだな」
「~~~!! ばかもの!」
俺に詰め寄ろうとして、けが人だと気づき思いとどまる。
怒りに震える手が、力なく下ろされた。
「こんなこと今頼めるの、エレーナしかいないんだ。頼む」
体が痛くて頭を下げることもできないが、精一杯の誠意を込めて頼む。
長い沈黙の末、ポツリと呟く。
「なぜ、お前はそうも変わらないんだ」
「そんな気に病むなよ。言っただろう、お前達と同じになっただけだ」
それに、俺は信じてるからな。
今回、遂にロドスと交流を持てたことで俺達の理想は加速していく。
なら、あの日誓った未来もそれだけ早く訪れるだろう。
「いつか俺達は、鉱石病を克服する。それまで、精々足掻いてやるさ」
俺を見つめたまま、エレーナは動かない。
やがて何も言わずに後ろを向き、これだけは言った。
「分かった。さっきの件、手配しておく」
その後ろ姿からは、表情は伺えない。
「おう、悪いな」
「・・・悪いと思っているなら、行動で示せ」
「ベッド生活から抜け出せたら、いくらでも土下座してやるよ」
俺の軽口に、少し震えた声で返す。
「いらん。お前のそれは、もう見飽きているからな」
そう言ったきり、彼女は一言も発さず部屋を出ていった。
「お前が信じるならば、信じよう。お前の語る未来が、少しでも早く来るように」
そんな彼女の呟きは、扉に遮られて聞こえなかった。
さて、マジでどうしようか。
さっきまでは見れなかった、ベッドのすぐ傍に置いてある姿見に目を向ける。ぼやけているが、それでも元から色白な肌と空色の髪に、黒い結晶がやけに映えていた。
シャイニングさんが言っていた通り、俺の顔の右半分を源石が覆っている。
これだけ露骨だと、感染者であることを隠すのは無理だろう。リハビリもしないといけないし、どれくらいまで運動機能が回復するかは未知数だ。
商会の運営に関しては、イヴァンがいるし、彼に表向きの仕事は任せていいだろう。今まで積み上げてきた信頼もあるし、業績は少し落ち込むだろうが運営に関しては問題ない。食料や生活必需品も移動都市ポラリス建造とともに解消されるだろう。最大の問題である輸入している鉱石病抑制剤の取引も、ロドスと良い関係を築ければ無いも同然。
そこまで考えて、急に眠気が襲ってきた。瞼が意思に反して落ちていく。
おそらく、鉱石病の症状だろう。
強力なそれに抗おうと、思考を巡らせる。
何故か、意識を失いたくなかった。
今眠れば、もう起きることができないかもしれない。
そこまで考えて、俺は自分の手が震えていたことに気付いた。
(なっさけね。あれだけかっこつけといて、怖いんじゃねえか、俺)
その震えがエレーナに気付かれずに済んでよかった。
それだけに感謝して、意識が遠のいていく。
(あいつに・・会いたい・・・)
自覚した死への恐怖に、揺れる白髪を幻視する。
イグナス、と。
微笑みながら呼ぶその顔を思い浮かべながら、俺は眠りについた。
誰かの、歌が聞こえる。
凍原の感染者達が歌っていた、彼らを鼓舞するような歌詞。
だが今聞こえるそれは、俺を包み込むように優しい。
前世と今世の母を思い出す。まだ幼い頃、そしてこの残虐な世界に不安で押し潰されそうだった頃、彼女らはよく歌を歌っていた。
歌詞も声も異なるが、それが齎す安心感はいつだって同じだった。
目を開ける。気付けば夜になっていたようで、部屋の中は薄暗い。
窓から入る篝火の明かりが、周囲を仄かに照らしていた。
「起きたか」
聞こえていた歌が止む。
ベッドに腰かけたタルラが俺の頭を撫でていた。