明日の方舟よ、良い旅を   作:アルパカ戦士

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第二十九話 比翼の夜/とある龍一家の再会

 

 こうして俺達は無事、ロドスと協力関係を結ぶことができた。

 

 あの後、俺達はロドス艦内に個室を与えられ滞在中はそこを使うように言われた。

 

 

 そして着替えや荷物の整理が終わった夜。

 

「邪魔するぞ?」

「お、おう」

 

 俺の個室をタルラが訪れた。

 

 元より荷物は多くない。

 当然、個室にインテリアなんて物はなく2人が腰を落ち着けられる椅子もない。

 

 寝る準備が整えられたベッドに2人、何も言わず腰かけた。

 

 

「・・・・」

「・・・・」

 

 沈黙が暫く続く。

 

 何を話せばいいのかは分かっている。

 だがどうしても、話を切り出すことができなかった。

 

 こんな事、今までなかったはずなんだが。

 

 

 まごつく俺を見かねたのか、タルラは俺に手を重ねた。

 

「イグナス」

「悪い、その、だな」

「私を見ろ」

 

 罪悪感から下ばかり向いていた俺は、顔を上げる。

 

 俺を真っ直ぐ見つめるタルラがそこにいた。

 

()()()

「!」

 

 それはいつか俺が彼女に言った言葉だっただろうか。

 

 ただそれだけの言葉で、喉につっかえていたものが取れた気がした。

 

 

 そして俺はとうとうタルラに自分の事について余すことなく伝えた。

 

 

 俺が前世の記憶を持ってる事。

 そしてこの世界を物語として知っていた事。

 

 

 正直、話すのには勇気が必要だった。

 

 俺は前世ではただの一般人だった。しかもこの世界でどれだけの人が傷つき失意の中懸命に生きているのか、それをゲームだからと文字通り”画面の外側”から楽しんでいた人間だ。

 彼女としては、自分達の人生が他人に娯楽として消費されていたなど断じて許容できる話じゃないだろう。

 そもそも俺が最初から、それこそタルラが誘拐される前から行動していればタルラは今も家族と一緒に過ごせていた。

 それを、俺は見逃していた。

 自分にまだそんなことができる力はないからと言い訳して。

 

 一緒に理想を現実に、だなんて言って。未来を知っていたくせに起こる悲劇を止めもせず、上から目線でタルラ達のことを見ていたんじゃないかと、そう軽蔑されるのが怖かった。

 2人並んだ寝台の上で、隣に腰かけるタルラの方から目を背けたまま俺のこれまでの行動の真意を語った。

 

 それでも、タルラは無言で俺の懺悔を聞き続けた。

 

 そして俺が最後に黙っててすまん、と謝った時。

 

 タルラは何も言わず、俺に近づきそっとキスをした。

 触れるような、ほんの僅かな交わり。

 

 彼女の唇の感触が離れ、互いに目を合わせた時。タルラが全てを包み込むような笑みを浮かべながら言った。

 

 ありがとう、と。

 

 その後、タルラは多くは語らなかった。

 ただそう言って、俺を抱きしめベッドに押し倒した。

 

 

 それ以降のこと? 言えるわけねえだろ恥ずかしい。

 

 とりあえず、彼女はそんな俺でも受け入れることを決めてくれたようだった。

 

 

 

 

 その夜以降肩の荷が少しだけ軽くなった俺は、検査結果をもとにリハビリや治療方針を決め、しばらくは闘病生活に身を置くこととなった。

 

 だが、ここで1つ問題があった。

 

「紹介する。彼女が君のリハビリを担当する」

「・・・ルイーサです。よろしくお願いします」

「ええ、こちらこそ」

 

 目の前の茶髪のフェリーンの女性が頭を下げる。年は俺の少し下だろうか。

 優等生のような生真面目さと、どこか頑なな印象を受ける彼女を、俺は知っていた。

 

 驚いたことに、俺のリハビリ担当者はあのフォリニックになったようだ。俺と初めて顔を合わせた時の顔は今でも忘れられない。

 苦虫を噛みつぶしたものの、それをなんとか表面に出さないようにしているような取り繕った表情と感じる圧。

 俺に付き添っていたタルラが何か無言の圧を放っていなければもっと険悪な空気が流れていただろう。

 俺はまだオペレーターになっていないフォリニックからリハビリメニューを受け取り、体力の落ちた体に鞭うって汗を流した。

 

 ケルシー先生も何考えてんだ。彼女にとって両親を死に追いやったウルサス関係は全て目に見える地雷だろうに。

 俺がランニングマシンでひいひい言ってる姿を見つめてる時なんかしかめっ面ってもんじゃなかったぞ?

 

 

 だが彼女の謳う規則正しい生活をしばらく続けたこともあり、なんとか一般人よりやや弱い程度の身体能力には戻すことができた。

 ウルサス人の頑強さもあるだろうが、それ以上に献身的に付き添ってくれた彼女のおかげでもあるだろう。彼女の態度も、ここ数日は軟化しており時折笑みを浮かべてくれるようになった。

 さすがケルシー先生の一番弟子。真面目だし面倒見がいいところはしっかりと受け継いでいるようだった。

 

 ロドス本艦での滞在期間が終わったその日に礼を言った際、あの生真面目な彼女が一筋だけ涙を流したのには流石に焦ったが。

 おろおろする俺を余所に、目元を豪快に拭った彼女はなんとも晴れ晴れしい顔をしていた。

 

 

 何か心境の変化でもあったのだろう。

 

 

 

 

 まあそんなこんなもあり俺達がロドスでの生活を満喫していると、遂にこの日がやって来た。

 

 

 俺達は今、龍門にいる。

 

 経済の中心として今なお発展著しい龍門の中央部。

 そこに聳え立つ高層ビル群の中でも一際重要視されている一棟。

 この龍門を治める総督が居る一室に向けて、俺達を乗せたエレベーターが上昇していく。

 

 ここから外の景色は見えない。

 表示される数字の変化と体にかかる僅かな重力だけが、この箱が上へと移動していることを教えてくれる。

 

 前世で見慣れたものよりかなり大きいスペースには、俺とタルラ、アーミヤ、そして緑の長髪を無造作に伸ばした鬼がいた。

 その姿は、前世でよく見たものだった。しいて言うならあのバカでかい盾を持っていないことだろうか。

 

「わざわざ送迎していただき感謝します、ホシグマさん」

「いえ、隊長にとっても大事なお客様ですから」

 

 原作と同じく、彼女はチェンの下でその剛腕を振るっているらしい。

 信頼関係もあるようで微笑ましい。

 

 やがてポーンというどこか気の抜けた音とともに扉が開く。

 先導するホシグマに従い進んでいくと、とある一室に辿り着いた。

 

 ホシグマがノックをし、入れという言葉とともに扉が開かれる。

 

 

 開かれた扉の向こう側には、3人の龍人がいた。

 そのうちの1人、龍門近衛局の上着を着た青髪の女性が歩み寄る。

 

 その視線は、タルラに釘付けになっていた。

 

 横を見ると、タルラも同じ思いのようで嬉しそうに彼女の名を呼んだ。

 

「フェイゼ」

「タルラ・・・」

 

 しばし、2人だけの沈黙が辺りを包む。

 

 感動の再会だ、邪魔はしたくない。

 俺は1歩引いた場所からそれを眺めていた。

 

 タルラがさらに一歩近づき、手を差し伸べる。

 

 チェンさんもどこか戸惑っているようで、ゆっくりと近づき、差し出された手を握る。

 そこから伝わる体温に、彼女はようやく姉が帰ってきたのを実感したらしい。

「本当に、タルラなんだな?」

「ああ。姉の顔を忘れるとは薄情な妹だな?」

「・・随分、変わった」

「かなり時間も経った。いい女になっただろう?」

 記憶にある勇ましかったタルラからは想像もできないセリフに、チェンは開いた口が塞がらなかった。

 

「そういうお前も随分成長した。少なくとも、昔のままならここでわんわん泣いていただろう」

「それは昔の話だ!」

「あの頃に読んでいた小説に出てきた、侠客の夢を叶えたのか? たしか」

「前言撤回だ。その口の軽さは相変わらずだな」

 

 ようやく調子を取り戻したのか、声を荒げながらもどこか嬉しそうに返すチェンさん。

 

 彼女が一歩引き、隣の和服に身を包んだ龍人の婦人が前に出る。

 ウェイ長官の妻であり、タルラ達姉妹の養母だったフミヅキさんだ。

 

 

「タルちゃん」

「フミヅキさ」

 言い終わる前に、フミヅキさんはタルラを抱きしめた。

 もうどこにも行かないように、強く、強く。

 

「よかったわ、貴女が無事で。ほんとうに」

 その声は震えていて、彼女がどれだけ自分を案じていたか知ったタルラはそっとその背を抱きしめ返した。

 

「ああ。ただいま」

 

 

 一方、そんなやり取りを黙って見ている男がいた。タルラ達が再会を喜んでいる間、俺はそちらに目を遣る。

 

 この龍門を一代で経済の中心にまで発展させた男、ウェイ長官。

 商人を名乗るなら、その名を知らないだけでモグリと言われるだけの経済人。

 いつもなら感じるだろうその偉大さも、今日はどこか鳴りを潜めていた。

 

 

 彼はタルラが誘拐されたあの日、龍門の安全と彼女を秤にかけ結果としてタルラを見捨てた過去がある。

 その負い目のせいか、いつもなら話の中心になっているはずが今日はひどく大人しい。

 

(本当は心配でたまらなくって、会えてうれしいくせに)

 

 ポーカーフェイスですましてはいるものの、彼の魂はそれらの感情でぐっちゃぐちゃだった。

 やはり前世でも思ったが、その手腕は素晴らしくとも親としては不器用らしい。

 

 だが、傍観できるのもここまでだ。

 

 チェンさん、フミヅキさんときて、残すのは彼1人。

 タルラがウェイ長官に向き直る。

 そんな彼に正対する彼女の顔も、どこか複雑そうだった。

 

 

 ここに来る前、彼女から相談を受けていた。

 幼い頃、育ててくれた恩も情もある。だがそれを素直に出すには憎しみが邪魔をする。

 

 父を殺したという話は、本当なのか?

 どうしてあの時助けてくれなかったのか。父と同じように、私も見捨てたのか?

 私を見捨てて、これまで何をしていたのか。

 

 そんな思いも、また確かに彼女の内にあった。

 

『タルラ、難しく考えすぎだ』

『そうか?』

『ああ。よく考えろ、お前をウルサスに攫ったのも、お前の父さんを陥れたのも、全部コシチェイの野郎だ。あいつがそんなこと考えなければ、お前は家族の仲を引き裂かれることもなかったし、ウェイ長官もそんな決断をせずに済んだ』

 

 タルラ自身、分かってはいるんだろう。

 あの時のウェイ長官の決断は正しいものだったと。

 そして彼自身、その決断に思うところが無かったわけではないのだろうと。

 

『それに』

 タルラの手を掴む。

 

『本当に最悪な事だったが、それでも、そこから生まれたものもある。お前がここに来なければレユニオンとして立ち上がることすらできず多くの命が生きる希望も見いだせずにウルサスで失われていた。アリーナとサーシャとイーノ、それにエレーナやパトリオットだって。お前がここで諦めずに声を上げたからこそ、救われた命がある』

 

 本当にタラレバだが、タルラの父にあたるエドワード・アルトリウスが亡くなっていなければ母が再婚することもなく、そうなればチェンさんもこの世にいない。

 

 かといってその再婚が原因でタルラの母さんが鬱病になり亡くなったのだから、どっちがいいとかいう話でもないだろう。

 

 これは現実だ。

 過去は取り戻せない。

 それでも、現実だからこそ。捻じれた先の現在を、誰もが懸命に生きている。

 

『だからさ。ウルサスでこんなすごい事をしたんだって自慢してやれ!』

 

 

 だからこそ。

 その一歩は、タルラから踏み込んだ。

 

「ウェイ」

「・・・なんだ?」

 

 堂々と、タルラは養父の名を呼ぶ。

 対してウェイ長官は、しばらく口を彷徨わせていたものの、それだけ口にした。

 

「あの日の事を、私は忘れてはいない」

「・・・そう、か」

 ようやく口にした言葉も、深い後悔に包まれていた。

 傍に控えた2人の龍人は、黙って成り行きを見守っている。

 

 ウェイ長官のことだ。頭の中では今でもあの時の判断は間違っていなかったと思っているんだろう。

 だがそれでも、義娘に対して何の情も無かったわけではない。

 謝ることも、喜ぶこともできない。自分にその資格が、父親たる資格がないと思っているから。

 

 

「そしてそれまでの、貴方に育てられた日々も、私は忘れていない」

 

 

 だからこそ。その言葉に、ウェイ長官は目を見開いた。

 

「あれから色々なことがあった。したくもないこともたくさんやらされ、奪いたくもない命を奪ったこともある。友もおらず、私の味方はこの世界のどこにもいないとすら思った」

 

 それでも、とタルラは言う。

 

「私は今こうして生きている。多くの仲間とともに、自分の理想に向かいその足を進めている。無二の親友ができた。弟もできた。頼れる先達も見つけた、そして大切な人ができた。私は、今の自分を誇りに思っている」

 

 呆けるウェイ長官に、タルラは右の拳を見つめながら言った。

「子どもの頃、なぜか殴り合いの遊びを教えられた。覚えているか?」

「・・・っああ。覚えているとも」

「顔3点、胸5点、腰2点、だったか? 実際、そこそこ役に立った」

 

 そう言ってタルラはさらに間合いを詰める。

 丁度、その拳が届く位置に。

 

「もし。まだ私の父親でいる気があるのなら」

 タルラは右手を引き絞る。

 

 

『それでも、どうしても腹が立つってんなら』

 

 

「一発殴らせろ。それで水に流してやる」

 

「・・・・ああ。お前にはその権利がある」

 

 直後。

 目を瞑った彼の左頬に、渾身の右ストレートが突き刺さった。

 

 

 

「まだお前の父親でいたいってよ。よかったな」

「・・・ふん。こんな血も涙もない奴はごめんだがな」

 

 パンパンと、手をはたきながらタルラはきまり悪く言った。

 

 何を言いますやら。

 拳を受け入れると言ったウェイ長官に、少しホッとしたの見えてたからな。

 

 いや~、やっぱ人々が分かりあうには殴り合いが一番なんですね師匠!

 

 

 毛深くて分からんが、今の一発はよく効いただろう。肉体的にも、精神的にも。

 殴られた左頬を抑えながら、ウェイ長官がよろよろと立ち上がる。

 

 その足取りは覚束ないが、表情は先程と比べ晴れやかだった。

 

「やんちゃなところは、変わらないようだな」

「逞しくなったと言ってくれ」

 

 そんな2人のやり取りを、フミヅキさんはとても嬉しそうに見ていた。

 

 これでようやく、彼女ら一家の事件は終わりを迎えたのだった。

 

 

「ところでタルちゃん、そちらの方は?」

 

 それからしばらくして話も弾んだところで、フミヅキさんがこちらに目を向ける。

 今の俺はいつもと違い、ドクターのものに似たフードを被り顔を隠している。

 感染者に対して世間の目が厳しいなか、いらぬ問題を招かないよう配慮してのものだった。

 感動の再会に水を差したくなかったっていうのもある。

 

「ああ。紹介がまだだったな。彼はイグナス、私を長年支えてくれた相棒だ」

 

 俺の名前に一瞬眉がピクリと動くチェンさん。

 それをよそにタルラが俺の腕を取る。服の上から伝わる柔らかな感触に気を取られてしまい、その後のアクションが遅れた。

 おい待て今は!

 

 

()()()()()()()()()()()()

 

 

 衝撃の発言に、応接室の空気が凍る。

 

 

 ウェイ長官は瞬きを繰り返すだけの獅子舞になっているし、フミヅキさんはまあ! と驚いたきり俺を興味深げに見ている。

 チェンさんに至っては姉のあまりの変貌ぶりに、脳がフリーズしているようだった。

 

 いや、ね?

 

 いつかいわゆるご挨拶はしなきゃとは思ってたよ?

 でもこのタイミングはさすがにあちらさんの脳のキャパ超えてるって。

 

 

 もう腹を括るしかないのだろう。はあ、とため息を漏らした後、彼らに向かい合い背筋を正す。

 

「ご紹介に預かりました、イグナスという者です。私こそ、彼女には幾度となく助けられ支えていただいています」

 

 できるだけ印象が良くなるよう、体の隅々にまで意識を張り巡らせる。

 緊張で手汗が半端ない。

 

 おいこら今手を繋ごうとすんな。手汗べたべただぞ?

 

 一同がフリーズする中、やはり一番最初に復帰したのはフミヅキさんだった。

「これはご丁寧にどうも。私はフミヅキ、タルラの母のようなものです」

「存じています。娘さんからは素晴らしい女性だったとよく伺っていたものですから」

「まあ本当? それは嬉しいわ」

 

 作法に則りながらも感情が湧き出て見える。

 さすがウェイ長官を長年傍で支えた極東の姫、立ち振る舞いが堂々としながらも自然体だ。

 こんな不審者丸出しの格好で挨拶しているのが申し訳なく感じる。

 

 その思考を読まれたのか、彼女はフードのバイザー越しに俺の目を捉えた。

 

 

「お顔を見せていただける?」

 薄々勘づいてはいたのだろう。それを敢えて見たいという。

「・・・あまり気分の良いものではありませんよ?」

「タルちゃんの見初めた相手だもの。しっかり覚えておきたいわ」

「・・・かしこまりました。失礼します」

 

 被っていたフードを脱ぎ、顔を晒す。

 彼らの視線が、俺の顔の右半分に集まった。

 

「最近感染しまして」

 

 チェンさんの、そして何よりウェイ長官の顔が険しくなる。

 

(まあ、そうなるよな)

 

 最近感染したと言ってこの進行状況。俺の体の状態にも察しがついているだろう。

 久しく会っていなかった家族が老い先短い見知らぬ男に引っかかった、そう思って心配しない家族はいない。

 フミヅキさんだけは表情も変わらず真剣に俺と向かい合っていた。

 

「それでも、貴方は彼女と添い遂げるつもりなのね?」

「はい。彼女の隣は、もう誰にも譲れません」

「そう」

 

 それだけ言って目を閉じた彼女は、続いてタルラに目を向けた。

 

「タルちゃんも、そうなのね?」

「はい。もう誓いは立てました」

 

 そう言って自らの喉元を指先でなぞるタルラ。

 そこに大切なものがあるかのような振る舞いに、その意図を悟った3人はさらに驚愕する。

 

「待てタルラ! その誓いは」

「貴方は黙っていてください」

「だが、彼は」

「ここで彼を拒絶するなら、もう二度と父親には戻れませんよ?」

「う、」

 

 ウェイ長官を黙らせるフミヅキさん。うまく尻に敷いてるなあ。

 

「イグナスさん?」

「はい、なんでしょう」

 フミヅキさんはゆっくりと、頭を下げる。

 

「どうかタルちゃんのこと、よろしくお願いします。今更どんな立場で言っているのかと思うかもしれませんが、彼女の幸せを願っています」

「はい、お任せください。世界で一番幸せにしてみせます」

「ふふ、そう? それは安心だわ」

 

 涙の滲んだ瞳で笑うフミヅキさんは、間違いなくタルラの母だった。

 

 

 だったら、少しでも安心させてあげないとな。

 

「それに、鉱石病のことならご安心を。彼女ら、ロドス・アイランドの治療で進行は抑制できていますし、彼女らはいずれ、鉱石病を直す薬を開発してくれます」

 

 そう言って今まで蚊帳の外だったアーミヤを前面に押し出す。

 えっその、イグナスさん?! と戸惑う声が聞こえるが気にしない。

 

 折角のアピールチャンスだ、頑張れよCEO!

 

 

「そ、その。改めましてご紹介に預かりました、ロドス・アイランド製薬会社CEOのアーミヤと申します」

「龍門の行政を司る総督、ウェイ・イェンウーだ。タルラの保護の件、重ねて感謝する」

 

 すっかり交渉人の面構えになった2人。

 

「君達は鉱石病の治療と同時に、感染者問題の解決を専門にしていると聞いたがそれは本当かね?」

「はい。鉱石病は今や社会全体の問題です。それらを取り巻く背景も複雑化した今、鉱石病の治療だけでは足りないというのが私達の見解です」

「ほう? 確かに病は症状と病巣、その両方への対処が必要だ。君達がそこまで言うのであれば、先程彼が言っていた特効薬の話もある程度根拠があるんだろう?」

「はい。いずれ私達は、感染者と非感染者が真に平等な世界をつくってみせます。その為に、力を貸して頂きたいのです」

 

 

 原作だと、ウェイ長官は龍門に潜伏しているレユニオン勢力への対処の為にロドスを利用した。

 だが、そもそも俺がいる以上龍門で都市転覆なんて愚行は起こさせないし、スラムに住まう貧困者や感染者への対処には現在も頭を悩ませているはず。

 強気にこれを拒否することもないだろう。

 

「いいだろう。君達にはタルラを見つけてくれた恩がある。できる限りは協力しよう」

「ありがとうございます」

 

 ここで()()()()()と言うあたりさすがは龍門総督といったところか。

 情に流されず冷静に今後の展開を予測している。

 

 

 ま、これからは遠慮なく迷惑掛けるつもりだからよろしくお願いしますねお義父さん(ニコッ

 

 龍門のスラム住民殲滅なんて絶対させないから覚えとけよ。

 まああれは原作のレユニオンに同調して都市転覆なんて考えた奴らが悪いんだが。そこらへんの互いの不和も解決していかないとな。

 

 感染者が悪くないわけじゃないのが、感染者問題の厄介なところだ。

 もっと根本的に解決していく必要がある。

 

 思考を巡らせる俺を余所に、彼らは互いに手を取り合った。

 今は表面上のものでしかないそれも、いつかは本物になればいいと、そう願って。

 

 

 

 無事真面目な話も終わり、壁際で休んでいるとチェンさんが俺に近づいてきた。

 少し離れたところにはホシグマさんが控えている。

 

「その、イグナスでいいのか?」

「はい。よろしくお願いしますね、チェンさん」

「フェイゼでいい、しかし想像していたよりもなんというか、細いな」

 彼女の視線が上下する。なんだろう、ウルサス人ってことで屈強なクマみたいなのを想像してたのかな?

 

「細マッチョを目指しているもので。もしかして以前から知ってました?」

「ああ。時折彼女から送られてくる手紙でな。それだけが彼女の生存を教えてくれた。そこにほぼ毎回君のことについて書かれていたのでな」

「それは、なんというか恥ずかしいですね。なんて言ってましたか?」

 俺の質問に何故か嫌いな物でも口にしたような顔をするフェイゼさん。

「・・・覚えていないな」

「? なんでですか?」

 彼女はこれでも相当な才女、手紙の内容の暗記くらい朝飯前だと思うのだが。

 

「あんな胸焼けのする物、頭の中に入れておけるわけないだろう!?」

 ややキレ気味にフェイゼさんは俺を非難する。

「やれイグナスの態度がぞんざいになっただの、やれ手料理が上手くなっただの、本当にあのタルラが書いたのか疑わしくて筆跡すら調べたんだぞ!?」

 

 そんな事言われても・・・。ていうかそんなに俺の事書いてたのか、なんか恥ずいな。

 でも俺が手紙を送り届けてたんだから間接的に俺の所為なのか。

 

 俺は無意識にフェイゼさんの脳を破壊していたらしい。

 ごめんね、お姉ちゃん奪っちゃって。

 

「すみませんでした」

「もういい。理不尽な言い分だという事は自覚しているし、タルラを助けてくれたことは本当に感謝している」

 視線の先にはアーミヤを交えてフミヅキさんらと談笑するタルラがいた。

 

「・・・本当にタルラは変わったな」

 

 彼女を見るフェイゼさんは、なんというか複雑そうだった。

 

「昔はもっと勇ましくて、男勝りだったんだが」

「今もそうですよ。凛々しくて、素敵な人です」

「・・・・はあ。似た者同士という事か」

 

 そう言って呆れるフェイゼさん。

 冷房の効いた部屋でもなお暑いのか手で顔を扇いでいる。

 

 そこでふと、思った。

 もしかして、フェイゼさんが義理の妹になるの? マジで?

 

 こんなカッコいい義妹、持て余すんですけど。

 

 龍門近衛局の隊長で、龍の一族に生まれ、外国での留学経験もあり、龍殺しの剣に認められた剣の達人。

 マジで肩書だけ見れば少年漫画の主人公なんだよなあ。

 実際原作でもそこかしこに現れては活躍していたし。

 なんであんなに立ち絵が多かったんだ? あのコスプレ猫耳女医のケルシーよりも衣装が多かったぞ。

 

 でも正直、タルラの昔話とかはすごい興味あるし、個人的に彼女とは仲良くしておきたい。

 そうと決まれば、まずは呼び名から距離を詰めておくべきだろう。

 

「義兄さんって呼んでもいいですよ?」

「・・・遠慮しておく」

 

 だが俺の提案はやんわりと断られた。

 すげえ嫌な顔された。

 

 ホシグマさんが肩を震わせて必死に笑いを堪えているのが見える。

 

 ちくしょう。絶対にお義兄さんって呼ばせてやるぞ!

 まったく想像できないけど!

 

 

 これから長い付き合いになるだろう彼女に、密かにそう誓ったのだった。

 




ホシグマ「いやあ、素敵な義兄ができましたね、隊長?」
フェイゼ「うるさい。今夜は付き合え」
ホシグマ「分かりました。酔いつぶれても介抱しますから存分にどうぞ」
フェイゼ「前に言っていた美味い焼き豚が出る店に行くぞ。酒だけではダメだ」
ホシグマ「確かに。何か胃に入れませんと、今日は胸焼けがひどくなりそうですしね?」


ルイーサ「ケルシー先生、私オペレーターになりたいです」
ケルシー「・・・そうか。手配しておこう。いい顔になった」
ルイーサ「はい! ありがとうございます」
ケルシー(もしやと思ったが、やはり当たりを引いたようだな)



龍の風習
逆鱗を相手に晒すという行為は生涯の伴侶にのみ行うため人生において一度きり。
伴侶が亡くなればその後を追うレベルでの強い誓い。
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