結局集団リンチに遭っていた彼は近くの闇医者の元に運び治療を受けさせた。幸い鉱石病の程度も軽く打身などの処置だけで済んだ。
その後、彼はうちの会社の伝で工場の裏方に回ってもらうことになった。整備士としての知識を活かせつつ工場や倉庫がど田舎にあるおかげで監視隊の目も比較的緩い。あちらは職を再び手にしこちらは現場の知識を携えた技術者を手にでき双方WIN-WINだ。
ちょうど輸送に使う車の一部が不調だったので今はその改修をしてもらっている。
それにしても、前世では休日にゲームするだけの会社員だった俺が、今世では会社の経営者である。
(と言ってもうちの家の会社だし、その子会社という形で貿易してるだけだけどな)
若旦那と呼ばれているのもその為だ。
うちの家系は代々商売を営んでおり、小規模ながらも安定した業績を出している。
それにはある秘密があるのだが、それは今はいいだろう。
今日もウルサスの都市間を行き来し酒や織物、宝石等を必要な人に売ってそこそこ儲けた。やり切った満足感と長旅の疲労感で既にグロッキーな俺は車の助手席で船を漕いでいた。
ヘリや飛行船があれば楽なのだがうちはそんな物に手が出るような規模じゃない。やろうと思えば手を広げることも出来るだろうが、別に金には困っていないし、会社はでかくするとその分管理も大変だからな。これくらいがちょうどいいんだろう。
しばらくして車が停まる。車内との温度差で曇りがかったフロントガラスの先に慣れ親しんだ黒い門扉とそこそこ広い庭、そして前世では考えられなかった白い煉瓦造りの豪邸が見えた。敷地内には大きな倉庫もあり、遠目に何かを搬入しているのが見てとれるがどれも見慣れた光景である。
邸内に入ると家の会社の社員達がこぞって挨拶してくる。それらを適当に流し2階に上がる。
我が家は1階は会社のフロントや事務室になっており、2階に家族の生活スペースがある。
そのせいか、はたまた我が家系の人柄か、社員と経営者である俺達の距離はかなり近い。
皆んな人がいい奴らばかりなのは本当に助かる。原作での治安の終わり具合とかポストアポカリプスとか世紀末レベルだったからな。
今日の夕食の時間を伝えにきた使用人を下がらせ、俺は久しく会っていなかった自分のベッドに飛び込み、ようやく人心地ついた。
その後の夕食は特にお堅いものでもなく、両親と少し歳の離れた妹に商売先での土産話を聴かせながら和気藹々と終わった。
夕食後、父さんから執務室に来るよう言われた。
部屋の前で扉を三回、入れと中から声がしてから扉を開ける。
丁寧に書類が纏まった執務室は主の几帳面さが伺える。そんな部屋の革張りのソファの前で、父さんはワインの栓を開けようと四苦八苦していた。その手前にあるグラスは2つ。父さんから瓶とコルク抜きを受け取りそれらに半分ほど注ぐ。
「すまんな」
「いいってこのくらい」
揃ってグラスを掲げ乾杯する。
美味い。ラベルを見るとヴィクトリア産の熟成物だ。葡萄の香りが鼻をくすぐる。
「それで話って?」
「ああ、さっきはお前の話だけで終わってしまったからな。お前が地方に出ている間こちらも色々あった」
そう話しワインを呷る父さんの顔色から察するに、祝い事ではないのは確かだ。
だがわざわざこんな時間を設けてまで話すことだろうか。
これでも帰宅中にウルサスの新聞には目を通していたんだ。相変わらず言文統制されたお堅い文章と皇帝への賞賛で紙面が埋め尽くされたものばかりだったが、目を引くような事件は起きてないはずだ。
「なんだよ父さん。遠出したからさっさと寝たいんだけど」
「コシチェイ侯爵が亡くなられた」
瞬間、思わず息が詰まった。
その名前と、それが指すある事実に。
「確かなのか?」
「侯爵領にいた者からだ。軽い緘口令は敷かれているがもう周りの貴族達はその土地と財産を狙って動き始めているらしい」
そこを誰が継ぐのか、はたまた中央集権を望む現皇帝の管轄になるのか、それで起きる商会への影響について父さんが頭を悩ませる中、俺は全く別のことを考えていた。
コシチェイが死んだ、いや殺されたということは、遂にタルラが逃げたか。
コシチェイ。アークナイツの世界において暗躍したウルサス貴族であり、テラの大地に古くから存在する不死の黒蛇の後継者、そして多くのドクターからTSゴスロリ性悪モンペと言われたクソ男だ。
コシチェイ侯爵は自分の後継として龍人族の少女を育てていた。彼女、タルラは幼い頃に龍門からコシチェイの手により誘拐され、以来為政者としての教育を受けつつも感染者に対する非道に抗い続けていた。
そして奴に利用されないよう自ら感染者となったことを告げ、その剣でコシチェイを貫き一人失踪する。
だがそれすらも奴の策略のうち、身近で奴の洗脳とも言えるアーツを受けていた彼女は、やがて感染者へのこの世界の悪辣さに絶望したことで不死の黒蛇に乗っ取られてしまう。
それが「暴君」タルラの誕生、そしてアークナイツにおいて最初の敵となるレユニオンムーブメントの始まりだ。
俺は今、原作開始の数年前にいる。
(どうする?介入するか?)
正直予想はしていた。
生まれたとき、ウルサス大反乱がつい最近の出来事というだけで原作開始からそう時間がないことは理解していた。
ならば、その前日譚として本編で語られていた彼女らレユニオンの出来事もきっと近いうちに起きる。
それらを黙って放っておくのか?
俺は知っている。
前世で見たPVやテキストの中だけではあるけども。
まだ感染者の自衛組織として、厳しくも確かな暖かさがあった時間を。
いつか見た、タルラの、レユニオンの仲間達の優しげな微笑みを。
それらが全て裏返り、非感染者への怨念に飲まれ、チェルノボーグを壊滅させたあの悲劇を。
見逃せるのか?
(もちろん。答えはノー、だ!)
「父さん。そろそろ俺も独立していい頃合いだと思うんだ」
幸いまだ時間はある。
彼女はコシチェイ殺害後、ある村の老夫婦に助けられそこでしばらく過ごす。そこで起こる最初の悲劇、感染者監視隊との騒動まで確か3年ほどあったはずだ。
ならそれまでに状況を整えて、タルラがこの世界に絶望しないようにサポートすればいい。
俺が一人戦闘員としてレユニオンに加わっても大したことはできないだろう。
だが、非感染者として恒常的に彼らを援助していたような人は原作ではいなかった。俺の今までの商売で培った貿易ルートや取引などは物資の援助を受けづらい彼女らの大きな助けになるはず。
「・・・・・・・・」
俺の急な提案に一瞬驚いたものの、すぐに商売人の顔になる父さん。
(もし感染者を大々的に援助していたなんてバレたら確実に迷惑をかける)
正直、こっそり感染者を雇っている今も相当にリスクがある状態だ。
これ以上家に、家族に迷惑をかける訳にはいかない。余計に心配するだろうからタルラ関係の話をするのも無しだ。
そんな思いでの提案だったが、俺の表情を見て父さんはやがて表情を変えた。
仕事場で目にする商売人ではない、一人の家族を心配する父の顔だった。
「そうか。何故この時期なのかは分からんが、お前が言うならばそうなのだろう。我が家の自慢の長男は幼い頃から優秀だったからな」
どこか疑念を抱きながらも俺を信じて送り出す、そんな意図を感じ妙に気恥ずかしくなってよしてくれとかぶりを振った。
「何を言う。お前は本当に優秀だった。そうだな、あれはお前がまだ3つにもなっていない頃・・・」
そうして酒の入った父さんの親バカな自慢話を当の本人は小一時間聞く羽目になった。
ようやく話も終わり、というか終わらせ出ようとした俺はまた呼び止められた。
「年に一度は顔を見せに来なさい。困ったことがあればいつでも助けるからな。」
「ああ。ちゃんと土産話も持ってくるよ。」
「それと」
そう言って父さんはその右手に嵌められた指輪、正確には指輪型の小型アーツユニットを撫でる。それと同じものが俺の右手にも嵌められていた。
「あまり
「分かってる。使い所は上手く見極めるさ」
父さんの忠告にそう返して部屋を出る。頭の中は既に今後どう動くかでいっぱいだ。
さあ、気張れ俺。
この不条理に溢れた世界で、あり得たかもしれない幸せな結末を掴んでやろうじゃないか。
運命上等。原作上等、不死の黒蛇なんて糞食らえだ。