明日の方舟よ、良い旅を   作:アルパカ戦士

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今回はタルラ視点での閑話になります。





閑話 微睡みの裏側で

ロドス航空機内にて

 

 私は自分の左肩の重みに意識を向ける。

 

 先程より姿勢は僅かにこちらに傾き、すぐ傍、耳元に寄せられた口からは規則正しい寝息が聞こえてくる。

 

(どうやら、眠ったようだな)

 

 起こさないよう、そっと乗せられた頭に頬を寄せる。

 澄んだ空色の髪は普段の闊達な彼のイメージにそぐわずサラサラで、思わず手で撫でながら梳かしたい欲に駆られる。

 

「その、少しいいだろうか?」

 

 だが、向かい側からの質問の声に上がりかけたその手を止める。

 

「なんだ? ニアール」

「その、君達は、そういう仲なのか?」

 

 どこか躊躇いがちに尋ねる彼女。

 

 意外だな。彼女のような実直な人間はそういったことに興味がないかと思っていた。

 他の者達も気になるようで、熱心にこちらを見つめている。シャイニングとやらだけは目を瞑ったまま起きようとしないが。

 

「ああ。そうだ」

 

 そう言って私は力無く放られた彼の右手に指を絡ませる。

 先程までとは違いすげなく振られることもなく、無防備なそこは私を快く受け入れた。

 互い違いのそれらがさらに密着するよう、優しく握りこむ。

 

「彼は私の光であり、希望であり、伴侶だ。彼のいない世界など、もう考えられない」

 

 私の言葉に少し身を引く彼女。

 

 しまったな。

 自分でも思いがけず少し圧をかけてしまったか。

 

 

(だが、仕方ないだろう)

 

 

 ここ数日、彼女らと話すイグナスを見ていたから分かる。

 

 彼はこのロドスという組織に、そこに集う者達に全幅の信頼を寄せている。

 

 何故なのかはわからない。

 だが彼女らに笑いかける彼を見る度、寂しいような苦しいような、そんな感傷が湧き上がっていた。

 

 

 そうだ、彼は私のものだ。

 私だけの、伴侶だ。

 

 生涯をともにすると言った、彼の誓いを思い出す。

 左肩で確かに息をする、その命ある故の重さに身を委ねる。

 自然と喉元に触れる指先。

 もう残っていないはずの、そこに刻まれた確かな熱だけが私を冷静にしてくれる。

 

 

 ・・・よくないな、彼女らは彼の命の恩人だ。

 心配だからと、あまり牽制するのはよろしくない。

 なんせ、彼の話では今後も良き隣人として長い付き合いになるだろうから。

 

 先程までの自分の態度を反省しつつ、彼から視線を外し正面を向く。

 だが見れば、彼女らの大半が目を背けるか、顔を赤くして私から目を離せないでいた。

 ・・・少し、はしたなかっただろうか。

 

 頬に熱が溜まるのを感じつつ、イグナスの頭から少し顔を離す。

 無意識に尻尾が彼の体に巻き付いていたのに気づき、それも解く。

 なんだかいつもよりも寒々しく感じたが、我慢するとしよう。

 

「改めて、彼と多くの戦士達を救ってくれた事。レユニオンのリーダーとして感謝する」

「ああ。こちらこそ、間に合ってよかった」

 

 今も微睡む彼を気遣い、少し声を抑える彼女。

 

「我々はリーダーの命を受けて急遽派遣された。最初は何故そこまで急ぐのか疑問だったが、件の彼に接して納得した。彼のような人は、残念ながらあまり多くない」

 

 それでもまさか戦闘になっているとは予想しなかったが。そう言って彼女は手元のウォーハンマーの柄を握りこむ。

 

 分かるとも。

 彼と出会えた事、それ自体が奇跡だった。

 大抵は変わらない現実に折れるか、その壁に押し潰され消えていく。

 

 それでも手を差し伸べ続けられる存在は、とても眩しい。

 

 

 重苦しくなった空気を払拭しようと話題を変える。

 

「時に、君達も随分腕が立つようだな」

「君に言われると少し自信を無くしてしまうな」

 

 身のこなしを見たところ、ニアールとシャイニングはかなり腕が立つ。

 アーツを全開にしたエレーナや私ともいい勝負をするだろう。

 

 他の者も何人か明らかに戦闘慣れした者がいる。

 イグナスも言っていたが、ただの医薬品会社ではないらしい。

 

 だが、それは非常に好ましく思う。

 

 この不条理な世界で、力を持たない事は罪に等しい。

 正しいことを、良きことを成そうとも、それだけではただの妄想か徒に多くを巻き込み自滅する悪夢にしかならないことを、私達はあの凍原で学んだ。

 

 そしてその力を正しく制御し、己が行く末を見定め続けられる集団となるとさらに希少だ。

 

(問いただしたい気持ちもあるが、今は我慢するとしよう)

 

 

 未だにイグナスは多くを伏せたままだ。

 どこで彼らを知ったのか。

 何故、彼らが信用に足る組織だと信じられたのか。

 どんな取引を行ったのか。

 

 だがそれでも、この縁を繋いでくれた事は間違いじゃないと私の勘が告げている。

 

 

 

 彼女らの澄んだ瞳に1人確信していると、ニアールは私の横で眠るイグナスを見て微笑んだ。

 

「君のような女性に大切に想われているとは、彼は果報者だな」

「いいや、果報者は私だ」

 

 意識のない彼を揶揄う彼女だったが、それは違うと訂正する。

 イグナスがくれたものに比べれば、到底釣り合わないだろう。

 

「彼曰く、私を世界で一番幸福な女にしてくれるそうだ」

「・・・なんとも大きく出たな」

 

 やや呆れるように再びイグナスを見る彼女。

 

「だが彼が約束を違えたことはない。だから楽しみにしているんだ」

「その日が訪れるのをか?」

「違うさ」

 

 あの日2人きりのベッドの上で顔を真っ赤にしながらそう口にした彼を思い出し、愛しさが込み上げてきた。

 だから、これは仕方がないだろう。

 

 彼の寝顔を眺めながら、ついその衝動に突き動かされるまま彼の顎に触れそっとこちらに向ける。

 

 対面に座る多くが女性だからだということもあるだろう。

 愛しの彼を自慢したくて、そして先程感じていたほんの少しの独占欲を満たすため、無防備に開かれた口元へ顔を寄せる。

 

 再び正面を向き、顔を赤くする彼女らに誇らしく語った。

 

「これ以上、私をどう幸福にしてくれるのか、とね?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ・・・・目が覚める。

 窓から差し込む日差しが、地平線の彼方から真っ直ぐこちらを照らしていた。

 

(昨日のことなのにな。随分昔の事のように感じる)

 

 日の出からまだそれほど経っていない部屋の中は、少し肌寒い。

 温まろうにも身を守るものは心許ない布団1枚、そして身を横たえるベッドは狭くて寒さに丸まることもできない。

 

 それもそのはず。このベッドは1人用なのだから。

 

「・・・ふふ。寝顔は相変わらず幼いな」

 視線の先、同じ布団に包まる彼、イグナスは僅かに口を開け寝入っていた。

 普段の頼りがいのあるレユニオン幹部の面影はそこになく、無防備に目を閉じる姿はいっそ幼子のようだ。

 

 起こすのも、かわいそうだ。しばらくこうしていよう。

 断じて寝顔を眺めていたいとかではない。動くと起こしてしまうかもしれないからな。

 仕方ない。

 

 レユニオンにいたのならそろそろアリーナが起こしに来る時間だろう。

 それを過ぎても苦言の1つもない事への僅かな優越感と、眠る彼の姿に頬が緩むのを自覚しながら彼の隣に再び潜り込む。

 

 

 僅かな日の光に照らされた早朝の部屋の中、それでも真正面から見ると彼の全身がよく分かる。

 雪に負けないほど白い肌、そこに映える空色の髪。その白と青のコントラストは、いつの日か目に焼き付けた雪原と青空を思い起こさせる。

 今は閉じられているその瞼の裏にも、蒼穹と見紛う澄んだ青がそこにある。

 

 だからこそ、それらに黒い結晶はよく映えた。

 

 ゆっくりと、彼の右目の上を撫でる。その奥に探したものはなく、黒曜の表面が光を反射するのみだった。

 そこが開かれることは、もう無いのだろうか。

 

 そのまま、彼の体表に浮かぶ源石結晶をなぞっていく。頬、首筋、肩と移動していく指先。そこから伝わる感触は、昨夜彼に触れた時のそれには程遠く、硬く冷たい。

 

 痛々しいそれらが、彼の命を少しずつ蝕んでいるようで。

 今でも自分の至らなさに胸が軋む。 

 

 荒くなった呼吸を抑えるため喉元に触れる。

 彼の誓いを思い出せば、少しずつ動悸は収まっていった。

 

(はあ、良くないな。彼を信じると、そう決めただろう)

 

 彼は最期まで私の傍にいると誓った。

 ならもう、そのことについて不安を感じるのはやめよう。

 

 それに、気にするべきことはもっとある。

 

 

 昨夜の体験のせいでつい忘れてしまいそうになるが、その前にイグナスから打ち明けられたことも中々に衝撃的だった。

 

 こことは別の世界、この世界を俯瞰する神の如き世界の存在。

 

 だがそれで彼の用意周到さにも納得がいって、自分でも驚くほど自然と受け入れられた。

 

 勿論、思うところがなかったわけではない。

 私達をただ眺め、傍観しあまつさえ娯楽にしていると聞いて怒りがなかったわけではない。

 それでも、彼にそれを向けることなど断じてありえなかった。

 

 

(私は知っている)

 

 

 私と初めて会った日、手を差し伸べてきた彼の顔を。

 フェイゼに会わせると誓った、彼の決意に満ちた顔を。

 エレーナに酔った勢いで語った彼の本音を。

 パトリオットに1人立ち向かっていった雄姿を。

 サーシャとイーノを可愛がるふやけた笑顔も。

 アリーナに言い募られて冷や汗を流す横顔も。

 レユニオンを眺める穏やかな表情も。

 

 全部全部、彼は本気だった。

 彼の言う向こうの世界から、私達の為にこんな不条理な世界に下りてともに戦ってくれた。

 

 ひた走る彼を見た。

 血を流すところだって見た。

 

 彼は自分を偽善者だと言ったが、そんな訳がない。

 どこまでも真摯に、私達の未来の為尽くしてくれた。

 

 むしろ、そこまでしてくれた事に愛おしさが増すばかりだった。

 

「これからは、私も背負う」

 

 彼の乱れた前髪を梳かしながら、決意を胸に誓う。

 

 彼の話では、これからも苦難は続くだろう。

 

 既に彼の知る未来とはだいぶ分かたれたが、それでも予想できることはある。

 特にヴィクトリアの件については早急に対策が必要だろう。

 

 

(私達の目指す未来のため。そして彼と1日でも永くともに在るため)

 

 このロドスという方舟とともに、掴み取って見せよう。

 私達の希望を。

 

 

 腕の中で彼が身じろぐ。

 どうやら目が覚めたようだ。

 

「おはよう」

「・・ああ。おはよう」

 

 まだ寝ぼけているのか、普段の彼からは聞けないような気の抜けた声だ。

 この声は、私だけが知っている。そう思うと胸が満たされていく。

 

 余すところなくそんな彼を覚えていたくて、真っ直ぐ見つめた瞳の中に、私の姿が映っていた。

 自分でも自覚していなかったが、その時の私の顔はとても他人に見せられるようなものではなかった。

 

 熱い、なんて温すぎる。

 

 燃え滾る、赤いマグマのような熱がそこにはあった。

 触れたもの全てをドロドロに溶かすような、粘っこくて輝かしい、冷めることのない不変の愛が宿っていた。

 

 

(そうだ。私は君に()()()()()()

 

 この胸の内から湧き上がる熱は、君に灯された。

 打ちつける逆風も、孤独の冷たさも、それさえあれば瞬く間に消え去っていく。

 

 ならば、私は最期まで君の傍で、この熱を君に伝え続けよう。

 唯一君と同じ場所から、ともに歩み孤独を晴らす存在として。

 

 君は私の伴侶だ、半身だ、比翼だ。

 連理の如く、私達は深く繋がり、この大地に根を張った。

 

 ともに翼をはためかせ、曇天の上に浮かぶ青空を目指す鳥。

 片翼なくして飛べはしない。

 君無くして私はありえない。

 

 

 死が2人を別つまで、私は君を支える片翼であろう。

 

 

 




この作品をご覧中の皆様にお知らせします。

先程未明、基準値を超えるイチャイチャが検出されました。
すぐにブラックコーヒーを摂取し尊死を回避してください。

口から砂糖が溢れてくる、壁を殴りたくなるなどの症状が確認された場合は
ケルシー先生にご相談ください。



いやー作品紹介の部分でも書いてた通り、最初はフロストノヴァが救われてるところ見たいなと思って書き始めたんですが、書いてるうちに
①あれっ、こんだけ信頼度築いたタルラがヒロインじゃないのおかしくね?
②アニメや原作のフロストノヴァのあのシーン見たイグナス君がエレーナにそういった感情抱くか?
と思い、いつの間にかタルラさんがヒロインレースで大逃げしてぶっちぎり、がっつり重い女になってました。

まだまだ書きたいシーンもありますし、この2人以外のことも書きたいと思っていますのでこれからもよろしくお願いします。
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