明日の方舟よ、良い旅を   作:アルパカ戦士

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感想いつもありがとうございます。
全部に返信できなくて申し訳ないですが、全部拝見してにやにやしております。




第三十話 集う人々【挿絵あり】

 

1096年11月 ウルサス

 

 

 ここはウルサスの僻地にある、とある大きな倉庫の中。

 

 普段は物資の入った木箱と搬入用の機材しかないそこも、今は多くの人がひしめいておりその熱気は外から窓を打ちつける吹雪を内側から融かすほどだった。

 

 

 彼らに共通点と言えるものはあまりない。

 

 来た場所も様々で、面識があるものもほとんどいない。

 

 ガスマスクの少年やフードを被ったループスの女、そんな彼らについてきた一団や逆に1人太刀を携え瞑目するペッローの青年。果てにはサルカズの傭兵達や全身を覆うアーマーの所為で種族すら分からない者も複数いた。

 

 そんな中、彼らにただ1つ共通するもの。

 

 

 それはこのレユニオン・ムーブメントの旗の下集ったという事だ。

 

 

 

 倉庫の扉が新たに開かれる。

 

 外から吹き付ける雪とともに入ってきたのは2人。

 

 1人は龍人の麗人。その身を黒い軍服で覆い、2本の剣を携えている。

 威風堂々と、自然と分かれる人混みの中を歩く姿は多くの者を魅了するカリスマを放っており、集った多くがその容姿に心当たりがあった。

 

 一方、そんな彼女の後ろを歩くウルサスの青年もまた異彩を放っていた。

 

 質の良いスーツ姿は荒くれ者ばかりが集められたこの場で明らかに浮いており、本人の線の細さもあって戦闘員には見えない。いっそ通りすがりの商人と言った方が合っているだろう。

 

 だが彼の顔面の右半分を覆う源石結晶が、そんな印象すらも打ち消していた。

 

 サルカズでもないにも関わらず、あそこまでの鉱石病の進行状況は中々お目にかかれない。

 これも、感染者自衛組織を謳うレユニオン・ムーブメントだからこそだろうか。

 

 

 彼女らはやがて奥のコンテナの上と昇っていき、眼下に集まる者達を見下ろした。

 

「よく集まってくれた、諸君。私はレユニオン・ムーブメントのリーダー、タルラという」

 

 その声は広い倉庫の中によく響いた。

 その場の誰もが勇ましい声に耳を傾ける。

 たった一声で、彼女はほぼ全員の意識を手中に収めていた。

 

「この度、君達を呼んだ理由はただ1つ。君達を、我々レユニオンに迎え入れるためだ」

 

 そう。彼らはある日、突如現れたレユニオンの使者を名乗る者達に勧誘された。

 今ではウルサスで知らぬ者はいない程の感染者団体。そんな彼らから勧誘されたとあって息巻く者も多く、こうして指定された場所へわざわざ足を運んだのだ。

 

 彼らの期待は今まさに最高潮だろう。

 遠い西北凍原から果ては極東近くの辺境まで、その勇名は轟いている。

 

 幾度となく監視隊や軍を撃退し、その歩みを止める者はいない。

 一度訪れれば、もう貧困や飢えに喘ぐこともない。

 まさに極北に輝く希望の星。

 

 自分達もその一員となり、もう国や迫害の視線に怯えることもなくなるのだと。

 

 

「我々の目的は、感染者と非感染者が真に平等な世を創ること。感染者がただそれだけで迫害されることがなく、非感染者もまた理不尽な暴力に怯えることのない、そんな世界だ」

 

 だがその言葉の意味するところに引っかかった何割かが眉を顰める。

 

 彼女は今、非感染者を庇う発言をした。

 感染者の希望の星とまで言われるあの()()()()()がだ。

 

 表情を変えない残りの何割かは彼らの評判を事前に聞いていた故に動揺はなかった。

 それでも、改めてリーダーが表明したことでそれが事実だったという事に内心驚いてはいた。

 

 会場を異様な空気が包む。

 今まで味方だと思っていたものが、自分達と相容れないものである可能性を悟った緊迫感。

 

 

「当然、この方針に不満を覚える者もいるだろう」

 

 そして、それに気づかないタルラではない。

 彼らの不満を見透かしたように続ける。

 そして不満げな様子を隠さない彼らのうち、ガスマスクを被った少年に声を掛けた。

 

「そこの君、確かチェルノボーグ近くで活動していたな」

「・・・アレックスだ。知ってたのか」

「噂だけだがな。そのマスクの下までは知らないさ」

 

 タルラがアレックスに向き合う。

 

「君も、納得がいかない様子だな?」

「・・・当然だ。なぜ奴らを庇う? 奴らは感染者と見れば平気でガキすら売り飛ばす屑どもだぞ!」

 

 彼の意見に賛同する人間がそうだそうだと声を荒らげる。

 この場に鉱石病を理由に理不尽な扱いを受けなかった人間などいない。

 不当な扱いや暴力に身を晒し、命の危機に瀕した経験も片手では足りない。

 

 そんな相手との共存など、到底受け入れられるものではなかった。 

 

「なるほど。確かにそうだな。この国はそういった人間が多い」

「なら」

「ならば聞こう。本当にそんな人間だけか?」

 

 彼らの抗議が強制的に止められる。

 タルラの言葉が放つ重みに、アレックスすら口を閉じた。

 見つめられた彼の脳裏には、自分を庇って私刑に遭った両親と唯一生き残った実の姉の姿が過っていた。

 

「この中に生まれたときから感染者だった者はそう多くないだろう。その時代の君達自身も殺されて当然だと、そう言えるのか?」

 

 その言葉に、ぐうの音も出なかった。

 彼らも元は鉱石病とは無縁の人間が多かった。

 迫害される側に立って初めて理不尽を実感した者も多く、図星を突かれ押し黙る。

 

 だがそれで納得できる訳ではない。

 自らを貶めた人間たちに対する恨みは、そんな正論で晴れはしない。

 

 ならばこれは報いだとでも言うのか。

 我々は何処にこの怒りを向ければいい?

 

 そんな思いを燻らせ、拳を握りこむ感染者達。

 腹の内では既に彼女を虐げられた者の苦しみが分からない、現実の見えていない理想主義者と疑う者すらいた。

 

 だからこそ、次のタルラの言葉を誰もが意外に思った。

 

 

「別に私達は君達の個人的な復讐を妨げる意思はない。それが真に正当な理由であるならば、奴らは当然裁かれるべきだ」

 

 その言葉に抗議の声を上げていた人の多くが顔を上げる。

 

「だが私達が非感染者の全てに対し恨みをぶつけようというのなら、それはただの虐殺だ。かつて君達が彼らから受けた理不尽な扱いと何ら変わらない。アレックス」

 

 彼女の目がまた彼を捉える。

 

「君が思い浮かべた人が、今も生きているとしよう。もし復讐に憑かれ、チェルノボーグを私達が襲い、私達を不当に貶めた人やそれを見過ごした人を血祭りにあげたとしよう。その中にその人がいた時、君は自分の行為を正当化できるか?」

「!」

「想像してほしい。自分の大切だった人が、肩を並べた同胞に無残に切り捨てられる様を。正当な復讐を謳い、ともに掲げた武器が自らの愛する人に振り下ろされる瞬間を。それは果たして本当に正当と言えるのか?」

 

 誰も答えない。

 その光景を頭に思い浮かべた多くが、武器を握っていたその手を震わせていた。

 

「ならば私達がこの剣を振るうべき敵はどこだ? 何に誓って、我々は団結すればいい?」

 

 その問いかけに答えられる者はいない。

 自分達が信じていた信念と怒りが誤りと気づかされ、ただ右往左往するものばかりだった。

 

「では君達に示そう。それは、鉱石病と、それに関わる人々の意識そのものだ!」

 

 道に迷う彼らに拳を握り、声を張り上げるタルラ。

 

「鉱石病が不治の病である事。それが感染してしまう事。故に感染者は迫害しても許されるという風潮。それら全てが、私達の敵だ! 君達は戸惑う事だろう。それは剣を振るっても倒せない、どこにでもあり、決して消えることはなく、長く我々の心に根付いてきた目に見えない怪物だ!」

 

 自分を見上げる感染者達1人1人を見返し、彼らの瞳と耳を通して魂に訴えかける。

 

「だが、怪物はいずれ力と勇気を兼ね備える者によって打倒されるのが世の常だ。何故なら誰もがより良い明日を求め抗う権利を持ち、どれだけ糸口の見えない課題であっても互いに手を取りともに立ち向かうことができるからだ!」

 

 この場に集った()()()()に、タルラはともに進む道を指し示す。

 

「まず、鉱石病に打ち克つ。その為に、レユニオンは様々な組織と繋がりを持っている」

 

 タルラは懐から薬品を取り出す。

 ロドスから提供されたそれを、全員に掲げた。

 

「製薬会社もその1つだ。我々と志をともにする彼らと深く手を結び、高品質の鉱石病抑制剤のほか治療も受けることができる」

 

 齎された情報におおと歓声が上がる。

 自分達の身を蝕むそれに抗う術があると知り、未来に一筋の光明が差したようだった。

 

「そして彼らとともに、鉱石病の完全な治療薬を開発し、世界から鉱石病という概念を根絶する!」

 

 そのあまりの大言壮語に言葉を失う。

 だが、タルラは止まらない。

 

「信じられないものも多いだろう。これは今まで何人もの科学者が挑み、志半ばで倒れていった課題だ。だが、私達と彼らならば、必ずや次の世代までにその希望を示すことができると確信している!!」

 

 力強い演説に、それがただの妄言ではないと皆が確信した。

 彼女達レユニオンが積み上げた実績と評判は、それを可能とすると思わせてくれる。

 

「その悲願が叶うまでの間、私達はより多くの同胞を救わなければならない。今なおこの世界に蔓延る迫害の魔の手から、彼らを守り、生き残らなければならない。復讐の為ではない! 私達自身の未来の為に、その武器をどうか振るってほしい!」

 

 魂の籠った訴えが倉庫に響いた。

 それは誰にも邪魔されず、それぞれの心に熱を灯す。

 

 やがて、1人の拍手が瞬く間に広がっていき、湧き上がった大歓声は倉庫の窓ガラスを震えさせた。

 

 彼らは彼女に希望を見た。

 噂通りの、いやそれ以上のカリスマと理想への強い意志。

 彼女についていけば、いつかそんな未来に辿り着くことができるのではないかと夢見た。

 

「ねえ、さっきから黙って聞いていれば、随分上から目線で物を言うじゃない?」

 

 そんな中、熱にのぼせた彼らに冷や水を浴びせる声が上がる。

 ずっと成り行きを見守っていた赤いサルカズの女は、腰かけていた箱から降りて不気味な笑顔を携えタルラを見上げていた。

 

「君は、Wだったか? 確かに傭兵から見れば甘い戯言だろうな」

「ええそうよ。分かってるじゃない。私達は金で何でもやってきたわ。人も大勢殺した。感染者かどうかなんて関係なく、ね。もう散々誰かの都合でこの手を汚させておいて、今度はそんな綺麗事に手を貸せって? 名指しで呼ばれたから何かと思えば、イかれているわけ?」

 

 こちらを小ばかにしたような態度でそう言う女傭兵とタルラを支持する者達の間に険悪な空気が流れる。

 

「あんたもそう思うでしょ?」

 

 Wが話を振る。視線の先には複数のサルカズとともに全身を覆うアーマーを着た()()がいた。

 アーマーの内側からくぐもった声が聞こえる。

 

「私は、気にしない。無駄な犠牲や恨みを買わないという点で、むしろ好ましく思う」

「あらそう。意見が合わなくて残念だわ」

 

 そう言いつつも微塵も興味はないらしく、依然として反抗的な態度を崩さない。

 彼女の後ろに控えるサルカズ傭兵達も集まり、さもここが戦場かのような緊迫感が辺りを包む。

 

 ガスマスクの少年は腰のグレネードランチャーを構え、ループスの女がマスクに指をかける。

 1人腰かけるペッローの青年は鯉口を切り、対爆スーツを着こんだ大男は手にしたチェーンソーのスターターに指をかけた。唯一、先程声を掛けられた全身アーマーの大男は1人成り行きを見守っていた。

 

 

 タルラはコンテナから降り、彼女の下へと近づいていく。

 その手は腰に差した剣を掴むことなく、無防備に傭兵達に差し出された。

 

「私達は本気だ。そして、それには君達の手も必要だと思っている」

「ねえ、聞こえなかった? そんな綺麗事に貸せる手してないって言ってるの」

「ああ、聞いていたぞ。だが、汚れているなら手を洗って拭けばいいんじゃないか?」

 

 開いた口が塞がらないとはこのことだろう。

 例え話にも関わらず、さも簡単だろうと口にする彼女にWは耳を疑った。

 

「あんた正気?」

「私の手も綺麗とは言い難い。両者の融和を願いながら、何人もの軍人を切り捨ててきた」

 

 腰に差した剣の柄を撫でながら、それでもとタルラは言う。

 

「私達が望む未来は綺麗だ。それで十分だろう?」

「・・・精々綺麗事言ってなさい。そういう奴は大抵、ロクな死に方しないわ」

「心配してくれるのか?」

「はあ? それこそまさかだわ」

 

 不愉快とでも言いたげに露骨に顔を歪ませるW。

 そのまま顔を背け後ろに続く傭兵達とともに倉庫を去ろうとする。

 

 

 だが、それに待ったをかける。

 

 

「まあ待て、皆に見せたいものがある。それを見てからでもいいだろう?」

 

 はあ? と再び振り返る彼女の奥、入ってきた扉の先を見据えながら言うタルラ。

 来たか、とタルラは小さく呟くとそのまま倉庫の外へと出ていった。

 

 突然の行動に皆が戸惑っていると、足の裏から妙な揺れを感じた。

 それは次第に大きくなり、足元すらおぼつかなくなっていく。

 

 身の危険を感じた一行は急いでタルラの後を追った。

 

 

 そして飛び出た扉の向こう、そこに広がる光景を見て絶句した。

 

 

 いつの間にか弱まっていた吹雪の中、辺りは落ちかけの日の光でオレンジに照らされていた。

 

 その沈みかけの夕日を、巨大な何かが遮っている。

 大地を覆う雪を踏みつぶしながら悠然と進むそれは、都市に近い場所を拠点にする者にとっては慣れ親しんだものだった。

 

 どこのものかは分からない。

 だが確かに、夕日が沈む地平線に移動都市が姿を現していた。

 

 この時間帯に移動都市がそこを通過する予定はなかった。

 では、あそこに浮かぶのは一体何なのか。

 

「レユニオンが誇る、北の星、我らの故郷。移動都市”ポラリス”だ」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 歓迎する、と夕日を背に倉庫から出てきた彼らを歓迎するタルラ。

 

 その圧巻の光景に見入ってしまう。

 本当に、ただの1組織が移動都市を保有している。

 噂を聞いたときは誇張かと思ったそれが、現実に今目の前にある。

 

 その事実に、先程タルラが語った大望の現実味がいよいよ増した。

 

 

 サルカズ達だけがそれに心酔するでもなく、レユニオンという組織の底知れなさに危機感を感じていた。

 

「サルカズの諸君、君達に故郷はあるか?」

「何よ、あるわけないでしょ? それとも、カズデルとでも言って欲しかったかしら?」

 

 ただ1人、Wだけが涼しい顔を崩さない。

 そんな彼女に対し、タルラもまた意見が対立している相手にはありえない穏やかな笑みを保っていた。

 

「あそこでは主に麦を育てていてな。レユニオンの構成員の半分が1年を無事食いつなげるだけの耕地を有している」

「はあ。それが何?」

「あそこには、ただ明日を生きるための力が育まれている。政治も、戦争も、迫害もあそこにはない。ウルサスとクランタが並んで穂を摘み、サルカズで料理番をしている者もいる。ほとんどが農地と防衛施設のみで構成され煌びやかではないが、そこに住み畑を耕す彼らの顔はこの大地のどこよりも生きる力に満ちている」

 

 タルラはサルカズの傭兵達を迎え入れる。

 その手を再び差し出し、希望を語る。

 

 彼女の手には、いつの間にか()()()()()()()()()()()スカーフが握られていた。

 同じ物が彼女とスーツの男にも巻かれていた。

 

「私は、ここが君達の故郷になればと思っている」

「・・・・甘いわね。同胞? 平和? 傭兵には縁のない言葉ね。昨日同じ陣営で戦っていた人間の頭に銃弾ぶち込むのが私達よ」

「そう言うな。一度彼らに混ざって畑仕事をしてみるといい。剣と銃の代わりに鍬と鎌を持つのも悪くないぞ?」

 

 戸惑うサルカズ達。生まれた頃から慣れ親しんだそれらを農具に持ち替え、首の代わりに穂を刈り取る生活など、彼らには縁のないものだった。

 

「報酬はしっかりいただくわ」

「あいにく金に関して余裕がなくてな」

「そんなんでよく傭兵を雇おうと思ったわね?」

「だから君達には傭兵など辞めて、私達とともに永住してもらいたい」

「・・・正気?」

 

 サルカズ達はそのほとんどが感染者であるということに加え、傭兵が多く戦争に関わることが多い。

 そんな彼らを()()と忌み嫌う者は多い。

 

 戦場では頼もしかろうが、あくまで同じ陣営に居るだけの戦争屋。

 場所が変われば敵として猛威を振るう厄介者。

 

 そんな自分達を、この女は同業者ではなく仲間として迎え入れようというのか。

 

「取り合えず衣食住については安心してくれていい。他国から来た人にウルサスの冬は不安だろうが、野晒しで寝ることはないし食料もある。うちの料理番達の腕は貴族のお抱えにも負けないから期待しておけ」

 

 そう笑う彼女から、サルカズ達は目を離すことができなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(なんで、思い出すのよ)

 

 その姿が、かつて敬愛した、あるサルカズの女性と重なった。

 

 そうだった。彼女も同じように誰よりも大きな立場に身を置いているのに、無邪気とも言えるほどありのままの姿で私に接していた。

 笑顔で私達を迎えて、綺麗事を語って。

 

 そして、消えていった。

 

 いつか撮った彼女の笑顔を納めた写真はどこにあっただろうか。

 

 今も鮮明に思い出せるその光景が、脳裏に過った。

 

 

「どうした? W」

「! なんでもないわよ」

 

 怪しまれないよう返事だけは返す。

 

 そうだ。ここに来た目的を忘れるな。

 あのいけ好かないテレシスからの命令。

 そして、殿下をむざむざ死なせたあのロドスと接触する事。

 

 あのテレシスの思惑とは違って積極的に武力を行使しようという気はなさそうだけど、奴の思い通りにいっていないという事実だけで私は満足だわ。

 

 

 それにさっきこの女が掲げていた抑制剤に刻まれていたロゴ、あれを私は知っている。

 テレシスの命令なんて私からすればどうだっていいけど、これだけは見逃せない。

 

 折角掴んだこの機会。こいつらが掲げる理想とやらがあまりにも甘ちゃんすぎてつい拒否してしまったけど、今は我慢してやるわ。

 

 全てはあの2人、癪に障る女ケルシーと血の通ってないドクターに落とし前をつけさせるまで。

 それまでは、精々この茶番に付き合ってあげようじゃない。

 

 

 差し出されていた手を掴む。

 長く剣を振るってきたのだろう。掌は固く、そのくせ手の甲の肌は滑らかでなんだかおかしかった。

 この女、こんなナリして肌のケアを欠かさないだけの洒落っ気はあるらしい。

 

 必死に笑いを抑えていると、こちらを覗きこんでくる。

 

「どうだ?」

「何が?」

「すごいだろう、私達の故郷は」

「ええ、はいはいすごいすごい。褒めて欲しいならそう言いなさいよね」

「そうだろう! あれは私の相棒のイグナスという男が建築をほぼ取り仕切ってだな」

「なにテンション上げてんのよ! 聞かないからね!?」

 

 掴んだ手を引っ張って、遠くに浮かぶ動く畑を自慢してくる。

 さっきまでの威厳はどこへやら、これじゃまるで私達が親しいみたいじゃない。

 

 やっぱり似てなんてないわね。

 

 気に入ったか? なんて呑気に聞いてくるこの女は、殿下と違って悲しさだなんて感じさせない。

 灰に光を携えた暁の瞳。そこが映しているのは、いつだって希望に満ちた明日なのだろう。

 

 ほんっと、うっとおしいったらないわ。

 

 手渡されたオレンジ色の布切れを、無造作にポケットの中に突っ込む。

 そう、あくまでこれは一時的な関係。仲良しこよしなんてするつもりはない。

 

 

 何見てんのよ。そんな子犬みたいな目したって着けてやんないから。

 

 

 




「にしみやあき」様に挿絵を描いていただきました。

こんなんタルラに脳焼かれちゃうじゃんね。
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