明日の方舟よ、良い旅を   作:アルパカ戦士

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今回視点変更が多くてすみません。


第三十一話 ドクター救出作戦

1096年 12月 ロドス本艦 作戦室内

 

「いよいよだな」

「はい。いよいよです」

 

 彼らの正面には大画面のモニター類が並び、部屋の中央には大きなモニターデスクが設置されている。

 それらにはチェルノボーグについての詳細な地図が映し出されていて、そこを埋め尽くさんばかりにあらゆるデータが記載されていた。

 

 その場にいた多くの人間は、来たる日に向けて作戦を練っていた。

 侵入経路、警備の巡回予想図、各隊の役割、想定されるトラブルへの対応手順、その他あらゆる場面を想定して綿密に計画を立ち上げていく。

 任務に同行するエリートオペレーター達も積極的に意見を上げ、皆の認識をすり合わせる。

 

 今までに無いほどの重大かつ大規模なオペレーションに、失敗は許されない。

 幸い現場の協力者のお陰で事前に知り得た情報は多く、会議は滞りなく進んでいった。

 

 

 この場には計画に関わる者の多くが出席している。

 そこには当然、ロドスへの協力者である俺らの姿もあった。

 

 

「なんとか形になったな」

 

 一息ついたところでコーヒーを啜る。

 眠気覚ましの一杯で舌の上に苦味が広がった。

 

「皆さんの情報のお陰です。現地でしか知り得ない情報も多くて助かりました」

「いいってことよ」

「私達も為すべきことがある。お互いの任務の成功を祈っているぞ、アーミヤ」

「はい、タルラさん」

 

 俺達レユニオンの面々はドクター救出作戦と並行して、半ば囮としてチェルノボーグで騒動を起こすことになっている。

 

 俺達から説明されたその内容はロドス一同を驚愕させた。

 それでも、最終的にその作戦は承認を得た。

 

 俺達はこれから、前代未聞の事件を起こすことになる。

 

「そちらも、どうかお気をつけて」

「ああ。救出が済んだら会わせてくれよ? アーミヤちゃんの想い人」

「ち、違いますからね? 何度も言っていますが、ドクターはただの恩人ですから!」

「赤くなっちゃって、かわいいなあ」

「もう、イグナスさん!」

 

 

 わりいわりいと揶揄い過ぎた事を謝る俺と年相応に初心な反応をするアーミヤ。

 緊張感漂う作戦室に、束の間の癒しが生まれる。

 

 こういったコミュニケーションはチェーンソーを振り回すとあるフェリーンの得意分野な為、逆に彼女がいなければエリートオペレーターの中にここまで気安く彼女に接することができる者はいない。

 

 ケルシーやクロージャといった古参組も、それを見守っていた。

 そんな中、話す俺達に歩み寄る男がいた。

 

「あんたがイグナスか」

 

 渋い男の声だ。

 それを聞いた時、不意に泣きそうになった。

 

(ああそうか。あんたもまだ生きてるんだな)

 

 見ればサングラスをかけた男が、その髭を撫でながら俺を見ていた。

 いつか見た、頼れる兄貴分がそこにいて、目が離せなかった。

 さすがにその反応を疑問に思い、自分の顔をペタペタと触る彼。

 

「ん? どうした、俺の顔に何かついてるか?」

「・・・いや、いいサングラスだ。似合ってる」

 

 唐突にファッションを褒められてポカンとするが、ふっと笑いありがとよと礼を言った。

 

「改めて、エリートオペレーターのAceだ。あんたのおかげでドクターの救出任務の成功率がぐっと上がった。ありがとう」

「そりゃよかったよ」

 

 彼、Aceは原作でタルラ達レユニオンからドクター達を逃がすために殿となり命を落とした。

 でも、そんな未来はもう来させないと改めて誓う。

 

「なあ、聞いてもいいか?」

「何だ?」

 

 ずっと気になっていた。

 自分が画面を通して操作していたドクター、それよりも前の、記憶を失う前のドクターとはどんな存在だったのか。

 ゲームの中でも描写は極僅か。それも冷酷な指揮官として人間味のない印象ばかりが描写されていた。

 

 そんな彼を、Aceはどうして命を懸けて逃がしたのか。

 

「あんたにとって、ドクターって何なんだ?」

「・・・難しいな」

 

 顎に手を当て、暫く考え込むAce。

 

「俺にとってあいつは、このロドスになくてはならない存在だ」

「人柄は? ドクターはどんな人だった?」

 

 俺の質問に空気が一段重くなる。

 周りのエリートオペレーターやケルシー達の視線が少し鋭くなった。

 

 ロドスにドクター救出任務への協力を願い出たのは俺だと幹部勢は全員知っている。だからこそ、今の質問は少し不自然に思われた。

 

 Aceだけが、それも気にせず真剣に質問に答えた。

 

「そうだな。まあ、考えが読めない奴ではあった。指揮能力は随一で、その合理性に近づきにくい雰囲気があったのも事実だ。だが、俺はあいつを信じている」

「どうして?」

「あいつが何の為に戦っていたかを、俺は知っているからだ」

 

 そう語るAceの瞳には、一片の曇りもない。

 

「命を、懸けてもか?」

 

 そんな問いに、彼は迷うことなく頷いた。

 

「あいつは今まで、多くを救うために力を尽くしてくれた。そして、これからもそうだ。なら、この命を懸けるだけの価値はある」

「そうか・・・・ありがとう。健闘を祈る」

「ああ、こちらこそ」

 

 交わされた手を力強く握る。

 

 気合が入ったぜ。

 

 さあ。

 囚われの主人公を、助けに行こうじゃないか。

 

 

 

 

 

 

 

12月23日 チェルノボーグ 司令塔 執務室

 

「以上がレユニオン・ムーブメントと呼ばれる者達の動向になります」

「知っておるわ。儂はそれに対処せよと言ったのだ!」

 

 渡された報告書の束を眼前の男に叩きつける。

 これだけ分厚いものを用意しておきながら、吉報の1つもないとは!

 

 こんなものをまとめる暇があるのなら、1人でも多くの感染者を捕らえろというのに!

 

 

「はあ、まったく。ここ最近は感染者達が増長していて見ておれんな。監視隊どころか軍ですら歯が立たんとは、それでも誉れあるウルサスの軍人かというんだ」

 

 執務室から部下を下がらせ、独りごちる。

 

 あの謎の機械を手中に収めてから、ここチェルノボーグは発展し続けてきた。

 あれから溢れ出るエネルギーを利用し、高い生産性を誇る工業都市として私、ボリス侯爵が台頭させたのだ。

 

 あれを封印しようなどと言う馬鹿者達を退け、上から目線で物を言ってきた師兵団すら口を出せんほどの力を得た。

 

 にも関わらず、近くをうろつく感染者すら始末できんとは。

 苛立ちのあまり肘置きを握りつぶしてしまいそうだ。

 

 あやつらが凍原の源石鉱山を次々と解放したせいで源石の価格は高騰し、派遣した軍隊も返り討ちにされ軍費が財政を圧迫する始末。

 

 それらに対処する間にもどんどんと力をつけ、今では移動都市すら所有し我が物顔でこのウルサスの地を闊歩しているのだという。

 

 セルゲイの研究もあれ以来まったくと言っていいほど進捗がない。

 

 しまいには移動都市の制動室からの定期連絡が途絶えている始末。

 あれほど進捗を報告しろと言ってあるのに、何をしているのか。

 

 自分の思い通りに進まないこの現状に、拳を叩きつけようとしたその時だった。

 

 

「ご機嫌いかがでしょうか? ボリス侯爵」

 

 

 それは突然現れた。

 音もなく、さもそこに最初から座っていたかのように1人のウルサス人の青年が応接用のソファで寛いでいた。

 

 驚愕のあまり、椅子から立ち上がる。

 

 この男に面識はない。

 だがこのタイミングで、警備を掻い潜り、あまつさえそれを誰にも悟らせないなど動機と能力を考えれば候補は1つしかない。

 何より、その顔半分を覆う黒い結晶は否が応にも感染者であると告げていた。

 

「レユニオン・ムーブメントか!!」

「ご存じでしたか」

 

 感染者の青年が悠然と立ち上がる。

 横からは見えなかった空色の瞳が私を真っ直ぐ捉える。

 

「失礼、こうでもしなければお会いできなかったので。アポイントメントも無しに訪問した非礼をお詫びします」

「何を言っている?! 衛兵、衛兵はどこだ!?」

「ああ、それなら一度お休み頂いていますよ?」

 

 いつもなら声を荒げれば駆け込んでくる彼らも、返事1つ返さない。

 額を大粒の汗が滑り落ちる。

 

 

「近寄るな感染者風情が! この都市の運営を担う私が感染したらどうしてくれる?!」

 

 武器になる物も手元になく、手を振りかざしこちらに近づく男に命令する。

 

 だが、こちらに歩み寄る男はくつくつと笑うだけだった。

 

 

「まったく。鉱石病は接触感染しませんよ。土地を治め学を持つべき貴族様が、勉強不足ではないですか?」

「何を!」

「それとも、知っているにも関わらずそれを黙認しているのでしょうか?」

 

 声の質が変わる。

 紳士的な態度を崩さなかったそれが、見つめられるだけで背筋が凍る怒気を放っていた。

 

 思わず後ずさり、腰が抜けて椅子に座りこむ。

 それを見て満足したのか、奴は再び紳士の仮面を張り付けた。

 

「そう怯えないでください。こちらの要求を飲んでいただけるのであれば、全員生きてお返ししますとも。私達は暴徒ではなく、ただ陳情の願いに来ただけ」

「な、何が望みだ?」

 

 

 私を見下ろすその男は、再び笑顔で告げた。

 

 

「サンクト・グリファーブルグ、皇帝陛下の住まう宮殿へのお取次ぎを願いたい」

 

 

 あまりにも埒外な要求に、いかに無茶な要求をしているかまくし立てる。

「馬鹿な! そんな事できるわけがないだろう!」

「ですが可能ですよね? 大丈夫です、古びた地方都市を一代でウルサス随一の工業都市に発展させた貴方程の方ならば殿下も無下にはしないでしょう?」

 

 そういう事ではないと反論しかけて、突きつけられた短剣にひっと怯えてしまう。

 

「それとも、その命よりも大事なものがありますか?」

 

 その言葉に、私は何も言い返せなかった。

 

 

「こんな事をして、ただで済むと思うなよ?」

 

 執務室に設置された秘匿回線に教えた番号を打ち込む青年。

 その後ろ姿に吐き捨てる。

 

「果たしてそうでしょうかね?」

 

 電話が繋がるのを待ちながら、私の脅しを受けてなお笑みを浮かべる姿は言いようのない底知れなさを感じた。

 

「丁度いいです。執務室を出てすぐ、外が見えるでしょう? ぜひご覧ください」

 

 そう言ったきり、私など初めからいないかのように受話器に集中する男。

 

「何だというんだ。私を馬鹿にしおって」

 

 まあいい。

 奴がどんな手口で侵入したかは知らないが、これで助けを呼べるかもしれない。

 

 廊下へと出てやけに視界が悪い外の様子をガラス壁越しに見下ろしながら、懐に忍ばせていた通信機を取り出し警察に連絡する。

 

 2コールの後、電話が繋がりこの状況をどうにかするよう命じようとして。

 

 やっと晴れた霧の先、眼下に広がっていた光景に通信機は手を滑り落ちていった。

 

 

 

 

司令塔前

 

 

「なんで今日はこんなに霧が出てるのかねえ。これじゃ何も見えやしない」

「先が見えないなんてよくあることだろう? 吹雪で睫毛が凍り付かないだけ良心的さ」

 

 警察官の2人組が雑談を交えながら道を歩く。

 チェルノボーグの司令塔へと続く幹線道路は平常時と違い閑散としていた。まばらに人が歩くのみで、車は通る気配すらない。

 

 彼らが毎日チェックしていたニュースにも特に天気が悪いなんて予報はなかった。

 実際、朝方まではどんよりとしつつも日の光は微かに届いている、ウルサスでは見慣れた景色だった。

 

 それが今、3メートル先すら見通せない程の濃霧に包まれている。

 お陰で車両を使おうという気すら起きず、定期巡回を自らの足で遂行している真っ最中だった。

 

「おい、なんか聞こえないか?」

「なんだ? 耳当てしてるから聞こえねえ」

「なんていうか、足音みたいな」

 

 違和感に気が付いたのはそんな時だった。

 

 警察官の彼らにとっては聞きなれた音。

 大勢が揃って移動する、あの地面と靴が響かせる規則正しいリズム。

 

 だが、彼らが年に一度披露する行進よりも遥かに練度の高いそれは次第に大きくなっていく。

 

 

 やがて、その音の正体が彼らの目の前に姿を現した。

 

 

 揃った白い外套と仮面。

 各々の腰には武器が吊るしてあり、整然と列を成して歩いていく。

 一糸乱れぬその動きに、彼らは一瞬どこかの師兵団かと疑った。

 

 その後ろには重厚な鎧に身を包んだ一団がその重さを物ともせずに続く。

 

 ザッザッと、1つに重なった足音が移動都市を揺らがせる。

 まるで1つの巨大な生物が悠々と道を行くように、行政府への大道路を行進していく。

 

 誰もその歩みを止められなかった。

 歩道を歩いていた市民も、治安維持のため駆り出された警察官も、ただその一行の行進を眺めるのみだった。

 

 なぜならそれはあまりにも堂々としており、その一糸乱れぬ行進はかつて公営放送や直接その目で見た誇り高きウルサス軍のそれに酷似していた。

 

 ならば、彼らが謀反者などであるはずがない。

 暴徒であればそもそもこんなに堂々と道を行けるはずがないと、心理学でいう正常性バイアスが働いていたのもあるだろう。

 

 とにかく、彼らは特に何かに遮られることなくその歩みを続けていた。

 

 

 そんな彼らのうちに、一際目立つ人物が3人いた。

 

 1人は白いウルサス将校の軍服を着た壮年のリーベリ。

 その胸にはいくつもの勲章が輝いており、その相貌にも歴戦足る風格があった。

 

 もう1人はさらに特徴的だった。

 全身を白銀の鎧とマントが包み、顔を覆う兜からは捻じれ枝分かれた双角が天を衝く。

 槍と盾を手に進むサルカズの偉丈夫、その威容に皆が畏敬の念を抱いた。

 

 そして、そんな彼らを従えて道を歩む、軍服を纏ったドラコの麗人。

 

 

「ああ、帰ってきた」

 

 成り行きを見守る群衆のうち、1人の老人が呟いた。

 その目には、在りし日の戦場で見たウルサスの希望が映っていた。

 

「ウルサスの盾が、帰って来たんじゃ!」

 

 

「こうして、また貴方と、肩を並べる時が来ようとはな」

 

 サルカズの偉丈夫、パトリオットが言った。

 

「ああ。あの頃君と戦地を駆け抜けた日々がついこの前かのように感じられる」

 

 それに正面を見据えたままリーベリの元将校、ヘラグが答える。

 

「この道を、こうして列を成して堂々と歩むなど、いつぶりか」

「いわばこれは私達の凱旋というわけだ」

 

 自分で言っておきながらおかしかったのか、口角が上がるヘラグ。

 いったい何からの凱旋だというのだろうか。

 

 何の為に戦っているのか分からなくなり、軍を去った自分がこうして偽物とはいえ勲章を胸に道を歩く。

 あの時の自分に言っても信じなかっただろう。

 

 だが、これでよかったのだろう。

 

 私達を遠巻きに眺める視線は感染者やテロリストに向けるものではない。

 それどころか英雄の帰還を喜ぶ姿すら見受けられた。

 

「彼には感謝しなければな。とうに軍人を引退した身だが、こうも胸を張って堂々とした気持ちでの行進というのはやはりいい」

「彼も今、戦っている。あの塔の中で、新しい皇帝と言葉を交わしているはずだ」

「彼も無茶をする。時間稼ぎのためにわざわざ移動都市の中枢を人的被害を出さずに占拠するとは」

 

 そして人質をとった体で陛下に感染者差別の撤廃について譲歩を勝ち取るのだと言っていた。

 

 ただチェルノボーグで騒ぎを起こすのではなく、いっそウルサス史に残るような事をしようと提案されたそれはレユニオンの面々の度肝を抜いた。

 

 だが、実際計画は順調に進んでいる。

 育成していた迷彩狙撃兵の隠密能力と、新しく仲間に加わったリュドミラの霧のアーツ。

 それらが相まって、いっそ事が上手く運び過ぎていると感じるくらいだった。

 

 この行進はこの先、広く語り継がれることだろう。

 感染者の希望の狼煙として。

 

 その雄姿を彼らに覚えていてもらうため。

 そして1人電話を片手に戦っているだろう彼の元へ向かうため。

 私達はその足を進めるのだった。

 

 

 

 

 

司令塔 執務室

 

 

「何者だ、貴様は」

 

 チェルノボーグの現状を説明し、取り次いでもらう事幾度か。

 ようやくお目当てに近い人物が受話器を取った。

 

「これはこれは。殿下を支える側近であらせられるヴィッテ殿、こうして電話越しでもお会いできたこと、光栄です」

「御託はいい。チェルノボーグを占拠するなど、何をしたか分かっているのか?」

「ご安心ください。人に危害を加えるつもりはありませんよ」

 

 脅しに屈するつもりはない。

 手短に用件だけ伝えてしまおう。

 元より騒ぎを起こして警察とかが作戦行動中のロドス側に向かわないようにするのが狙いだ。

 この交渉の成否はあまり重要じゃないし、相手がこちらのスタンスを知ってくれるだけでお釣りがくる。

 

 

「私達の要求はただ1つ、感染者差別の撤廃です。これだと少し曖昧でしょうから、具体的には感染者監視隊の解体を要求します」

「・・・そんな要求が通ると思っているのか?」

「源石鉱山に感染者を送り採掘作業をさせる従来のシステムは、もう既にほとんど破綻しているでしょう?」

「そうだな。どこぞの組織が鉱山を片っ端から襲撃し労働者を匿うせいでな」

 

 どこの誰だろうなあ?

 現在感染者に強制労働させていた源石鉱山の3割は既にこちらの支配下にある。しかも地道な活動のお陰で都市に隠れ潜むしかなかった感染者のほとんどはこちらに引き込むことができたから、新たに逮捕される感染者ももうほとんどいないだろう。

 源石関係のゴタゴタはその価格の高騰具合からも察せられた。

 

「そも、これは現皇帝である殿下の方針に沿うものでしょう? いい機会が来たと思って改革に乗り出しては?」

「政治の分からん者が気安く言うな! 貴様が思っているほど事は単純ではない。段階を追って進めていかなければならんのだ」

「それは地方貴族と軍閥の事ですか?」

 

 ウルサス大反乱以降、現皇帝を頭とする新貴族含む保守派と外部との戦争を起こしたい旧貴族と軍の過激派でウルサスは二分されている。

 

 まだ大反乱の影響が抜けきっていない現在、安易に過激派につけ入られる隙を見せたくないというのは分かる。

 

「分かっているならば尚更だ。今監視隊の、ひいては軍関係に無理に手を加えればこの均衡が崩れる」

 

 そこまで言われれば無理は言えない。

 

「分かりました。今回は退きましょう」

「・・・・・何を企んでいる?」

 

 物分かりのいい俺の発言は、相手をより不審に思わせた。

 

「別に何も? ただ、私達は何処にだって現れるでしょう。感染者差別を助長する貴族の元にお邪魔することだってあるかもしれませんので、今日のように」

 

 暗に感染者擁護派は狙わないよと伝えておく。

 その意味を悟ったのか、ヴィッテ議長は押し黙る。

 

 自分達に都合の良いように動くことを仄めかす発言を、どう捉えるべきか迷っていた。

 

「貴方方が真に感染者の人権を尊重し、この国の歪んだ価値観を払拭するため手を尽くすというならば、私達は良き隣人となるでしょう。こちらとしても外国との戦争を前提とした帝国主義には反対ですので、陛下達にはぜひこの国の統制者として腕を振るっていただきたい」

「・・・お前達は、何者なのだ?」

 

 分かりきったことを言うな? 皇帝の利刃から報告は上がっているだろうに。

 まあ、答えてあげるが世の情け、てか?

 

「私達はレユニオン・ムーブメント。感染者と非感染者の平等な世界を目指す者です」

 

 どうぞお見知りおきを。そう締めくくった。

 

 

 暫く無言が続く。

 相手としても、いきなり主要都市を占拠した奴らが特に要求を強要するでもなくむしろ仲間ですよアピールしてきて戸惑っていることだろう。

 

 実際、本当に今回の要求は大して重要度は高くない。実現したらいいなレベルの話だ。

 むしろウルサスの現皇帝に俺達の存在をアピールできただけで大成功。

 

 人格者だが少し理想に走るところを指摘されていた現皇帝フョードル陛下。大反乱の余波で未だ敵も多く側近のヴィッテ議長に支えられながら均衡を保っている。

 

 だがそこに俺達が加われば相手勢力を抑え込める。上が変わればウルサスの差別意識の改革もずっと積極的に進められる。

 かつて誓った血を流さない革命、そのためには俺達が協力できるのがベスト。

 

「レユニオンの者よ、チェルノボーグの占拠を中止するという言葉に偽りはないな?」

「はい。こちらとしても無駄に血が流れる事態は避けたいので」

「そうか。ならばこちらとしてもすることはないな。だが我々に歯向かうならば覚悟するとよい、精々忍び込んだ先で捕らえられぬように気を付けることだ」

 

 返ってきたのは想像よりもずっといい回答だった。

 暗にあちらから進んでレユニオンの討伐に動くことはないと告げられた。一応盗聴を危惧してか厳しい口調は崩さないが、過激派に捕まったりしないよう頑張ってという励ましももらった。

 なんかツンデレみたいだな。

 

 作戦の成功を悟り思わず上がった口角を手で覆う。

 

 そんな時、ふと部屋に戻ってきていた侯爵の様子がおかしいことに気が付いた。

 

「お前、何をそんなに焦っている?」

「いや、なんでもない」

 

 大方、司令塔前に陣取るパトリオット達を見たんだろうがどうも様子がおかしい。

 目が泳ぎまくっていて汗もひどい、なによりしきりに時計を気にしている。

 だが問いただしても口を割ろうとしない。

 

 受話器を持っていない片方の手で彼の襟を掴み上げる。

 

「正直に言え。でなければ分かるな?」

「ひっ、違う。何も企んでなどいない! だがおかしいのだ!」

 

 何故まだ連絡が無い? 制動室は何をしている。などぶつぶつ呟く侯爵を見て気付く。

 

 

 そうだ。ここに侵入する前感じたなんとも不穏な風。

 この大地に生きる以上、避けては通れないとある災禍の前兆。

 

 それに身を晒してからしばらく経ったにも関わらず、あたりは静かだった。

 静か過ぎた。

 

 まるで、この都市がそれに気付いていないかのような・・・

 

「!!」

 

 掴んでいた侯爵を投げ捨て、懐の無線機に手を伸ばす。

 

 

「すぐにレユニオン各員に伝えてくれ! 制動室に向かって鍵が無いか探してくれ!」

 

 

 無線機にまくし立てる俺。

 慌てた偵察兵が復唱し無線を切った。

 まずいことになっているかもしれない!

 

 一応原作通り天災が起こることは警戒していた。

 だからこそ、行政機能を破綻させたせいで移動都市が逃げ遅れたりすることがないようその破壊工作には特に甘さを残してあった。

 移動都市が連結を解除して天災を避ける余裕は十分残してある。

 でも未だ移動都市は動き出す気配すら見えない。侯爵達チェルノボーグ側は天災の予兆をしっかり認識しているにも関わらずだ。

 

 誰かが、この事態を引き起こしている。

 

(だが何故だ?)

 

 こんな事をやらかすのは恐らくウルサス軍部と議会の貴族達の中でも戦争支持派の奴らだろう。

 原作と同様、チェルノボーグを廃墟にした後龍門かどこかに激突させて戦争の切っ掛けにするつもりだ。

 

 だがこれだけの大事件を起こすんだ、発起人となった人物がいるはず。

 原作ではコシチェイに乗っ取られたタルラが議会と密約を交わしてチェルノボーグ事変への不干渉を確約させ天災への対処を遅らせた。

 だが今のタルラがそんな事をするはずがないし、侯爵の反応を見るにこいつ自身は関わっていない。

 

 なら、誰が・・・

 

 

「まさか」

 

 思い当たる人物がいる。

 

 だが、もし奴が手を引いてるとしたら大惨事になるぞ!

 

 

 放ったらかしにしていた受話器を手に取りながら今後の展開を予想する。

 

「ヴィッテ議長、緊急事態です」

「なんだというんだいきなり」

「戦争支持派が今チェルノボーグで騒動を起こす可能性があります」

「何だと?」

 

 だが思考の海に沈もうとした中、外が騒がしくなった。

 廊下から複数人の足音が聞こえてくる。

 

 アーツで視界を移し替えると、階段から数人分の魂が駆け上がってきていた。

 侯爵はそれを援軍と勘違いしたのか、扉の前に躍り出て諸手を上げて迎え入れる。

 

 しかし、角を曲がってきたそれらから視てとれた感情はどれも明確な敵意。

 

 咄嗟に侯爵の襟首を掴んで部屋に引っ張り込む。

 

 

 その直後、扉の前を無数の弾丸が横切った。

 

 

 

チェルノボーグ 近郊

 

「まったく。何を考えているのかしらね、行政機能は麻痺させつつも人的被害は出すな、なんて甘ちゃんにも程がないかしら?」

 

 あたしの問いかけに、サルカズの中では珍しく生真面目な部下はこちらを振り返った。

 

「どうします? 今からでも離脱しますか?」

「もう遅いわよ。精々出番が無くても報酬がもらえることを祈っときなさい」

 

 

(それに、あいつの話の通りならようやくあいつらに手が届く)

 

 この作戦に参加する直前、声をかけてきたスーツの青年を思い出す。

 

「ほんと、いけ好かない奴だわ。あの龍女も変な男に引っかかったわね」

 

 あいつはあたしを呼ぶなり、くれぐれも並行して作戦を遂行しているロドスには手を出すなと警告してきた。

 咄嗟にはぐらかしたが、こっちの反応なんて気にもせず言いたいことだけ言って去っていった。

 

 

『まあいいけどな。この作戦が無事終わったらちゃんと機会を設けてやるからそれで我慢してくれ。お前だってじっくりと腰を据えて話したいだろう?』

『あら、今すぐその口に爆弾ねじ込まれたい? 素敵な花火が咲くと思うけど』

『それは勘弁してくれ。まあただのお節介だよ。ただ、これだけは覚えておいてくれ』

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、ねえ?)

 

 覚えたくもないのに、妙に頭に残ったその言葉。

 

 そしてそれを伝えてきた時のあいつの、何もかもを見透かしたような顔が気にくわなかった。

 一体何を知っているというのだろうか、あるいはイネスと同じ類のアーツでも持っているのか。

 

『じゃあよろしくな、だぶち』

『だぶち言うな』

 

 妙に馴れ馴れしい男だった。

 爆弾のピンに指をかけて脅した時も怖がりすらしない。

 あろうことか変な呼び名までつけてくる始末。

 

 あの龍女のお気に入りでなかったら吹き飛ばしていたことだろう。

 

 

「A地点の爆発が30秒後、それで道が封鎖されたのを確認したら次の地点まで移動なさい」

「了解した、隊長」

「ふふっ、隊長だなんて随分あたしも偉くなったと思わない?」

 

 返事はない。

 それもそう。無線の相手は比較的古い付き合いだが、根っからの仲間だったという訳でもない。

 テレジア殿下を失った、その先の未来に納得がいっていなかっただけの連中。

 あたしの部下は、そんな人間ばかりだった。

 

 今は全員テレシスの命令に渋々従ってはいるが、いずれはあいつごとこの爆弾で木っ端微塵にしてやるんだから。

 

 

「トランスポーターより入電。付近に天災発生の兆候在り」

「本当に起きるとはね。まあいいわ。どこの区画も連結を解除して分散するだろうし、置いていかれないよう注意なさい」

 

 作戦前、可能性としてあの男から告げられていた事態が現実となった。

 幸い事前に知っていたことで動揺はない。むしろその対策すら打ってある。

 あたしがこんなチマチマしたことをしているのもそのせいだった。

 

 

 それにしても、やっぱり妙ね。

 

 普通これだけの大都市ならもっと早く天災の前兆を捉えられるはず。

 あたし達がチェルノボーグに到着した時点で移動を開始していてもおかしくない。

 

 まるで、わざと天災を待っていたかのような・・・

 

 あたし達は傭兵。自分の命を餌に金を稼いできた経験は、そのまま命の危険に対する嗅覚を育ませる。

 長年積み上げてきたそれが、少しずつ警鐘を鳴らし始めていた。

 

「おかしいです。チェルノボーグの各区画、移動を開始しません」

 

 そして予感が的中する。

 傍に立っていた通信兵が無線の内容を復唱する。

 

「このままじゃ、天災に直撃します!」

 

 焦る部下の声に動揺するあたしの耳に、爆発音が聞こえた。

 音の方角を見ると、さっき脳裏に浮かべた馴れ馴れしい男がいるはずの司令塔の一角。

 

 そこから粉塵が舞っていた。

 

 

 

 

 後にこの日の一連の騒動は、ウルサス内でこう呼ばれるようになる。

 

 チェルノボーグ事変、と。

 

 

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