「クソッ、どうなってやがる?!」
チェルノボーグは今混迷の中にあった。
突如爆発とともに感染者の浮浪者どもが湧き出て市民を襲っていった。
それより前に無線で流れてきた正体不明の集団の方は大人しいどころか一切市民には危害を加えなかったが、こいつらは無差別に武器を振り回している。
「おい、大丈夫か?」
「これが大丈夫に見えるなんてお前も歳だなっ!」
パトロールのバディの男が声を張り上げる。
それもそうだ。
壁際に追い込まれ、周りはその暴徒達に囲まれていて、おまけに後ろには守るべき市民がいる。
はっきり言って絶望的だ。
手にした治安維持用の警棒も、奴らのナイフや湾刀には心許ない。
「今度、妻と2人で出かける予定だったんだがな」
「お熱い事で。娘さんもいただろう?」
「ああ」
美しくて優しい妻に、正義感のある自慢の娘。
本当に、自分にはもったいないくらいの家族だ。
彼女達は無事だろうか?
割れたサングラスの視線の先、切った額から流れ出た血が目に入って視界が赤く染まっていた。
白い外套に包まれた敵の姿さえも、血に塗れた悪魔のように見えてくる。
こんなところで死にたくない。
だが、この街を、家族を守ると誓った。
なら、逃げるわけにはいかない。
「警察なんて、娘にはなって欲しくないな・・・」
あの子が私を仰ぎ見ながら将来の夢を語った時、心から嬉しかった。
だが、こんな痛い思いをあの子にはして欲しくない。
「さあ、気が済んだか?」
武器を片手に暴徒の1人が問う。
「“ウルサススラング”! 来るならこい、その頭かち割ってやる」
「ああ、お望み通りズタズタにしてやるよ」
リーダーらしき男が刀を振りかざす。
逃げようにも後ろに市民を庇っている以上避ける選択肢はない。
それに奴の後ろにはボウガンを構えた輩もいる。
せめて、後ろの人達を逃がす時間を稼がなければ!
「失礼、よろしいですか?」
奴らに突貫しようとしたまさにその時、緊張感あふれるこの場にそぐわぬ声がした。
声の主は道路の先から私と奴らの間へ向かって歩いてきた。深くフードを被っていてよく見えないが、声からまだ若い青年だというのは分かる。
何故こんなところに。
「君、逃げなさい!」
「おっと動くなよ? 動けば頭に矢が生えるぜ?」
いつの間にかボウガンは彼に向けられていた。
間に合わなかったことに舌打ちする。
だが、その銃身を向けられてなおその青年は平然と暴徒の1人に声を掛けていた。
「貴方達は一体何者なんですか? 何のためにこんなことを」
「はっ、わざわざそんな事を聞くために死ににくるとはな。いいさ、地獄への土産に教えてやろう」
そう言って男は堂々と名乗った。
「我々は
後ろの暴徒達が指に力を籠める。
あと数センチそれが押し込まれれば、放たれた矢が彼の命を容易く奪うだろう。
そんな光景を目の前にして。
「25点」
その引鉄に命を握られているはずの青年の言葉に、誰もが思考を止められた。
「・・・は?」
「落第点だな、言葉が軽すぎる。俺の商会だったら面接で落としてるぞ?」
やれやれとでも言うように腕を上げて首を振る彼。
「お前、舐めているのか?」
「手本を見せてやる」
パチン、と。指を鳴らした。
「ぐっ」
「うわあっ!」
ボウガンを構えていた暴徒達がうめき声を上げて瞬く間に倒れていく。
見ればその胸には矢が突き刺さっていた。
「伏兵だと?!」
「会話中の余所見、さらに減点だ」
「!」
倒れる仲間に気が逸れた一瞬の隙を使って距離が詰められる。
咄嗟に暴徒が刀を盾にするが、彼が振るった光輝く剣は何故かそれを素通りして奴を斬った。
膝から崩れ落ちる暴徒。
「な、に、もの・・・ぐっ」
「教えてやろう」
意識を失う奴を見下ろした後、独り呟く。
剣を振るった動きのせいか、被っていたフードが風に煽られめくれた。
素顔を晒した彼は、固まる私達へ胸に手を当て恭しく頭を下げる。
「我らこそ、真の
片方だけの、空色の瞳がこちらを見据える。
「どうぞ、お見知りおきを」
やがて彼の後ろから数人の武装した人間がやって来た。
身構える私達だが、さらにその後ろから歩いてきた人物を見て驚く。
「ボリス侯爵!」
奴らの後ろから現れたのは、この地を治める貴族様だった。
咄嗟に2人して敬礼の姿勢を取る。
「こいつらは味方だ」
「・・・しかし・・」
相棒が侯爵の後ろにいる男達を見る。
仮面とフード、手にはボウガン。腰には手榴弾らしき物も見られ、明らかに一般人ではない。だが、侯爵のお抱えということもないだろう。
なぜなら彼らに庇われるように立つ青年。その顔には見るのも忌避されるほど源石結晶が浮いていたからだ。
しかし侯爵は相棒の言いたいことを察したのだろう。眉間に皺を寄せこちらを睨む。
「今はチェルノボーグの一大事だ。私情を挟んで公務に支障をきたすようなことはないだろうね?」
「も、もちろんです!」
「なら良い。お前達にはこれから南側区画の市民の避難誘導に協力してもらいたい」
「ですが、暴徒が散発しておりそれへの対応で手が回らないのです」
そんな事態も、ボリス侯爵には承知済みだったようで。
「それに関しても問題ない。現在私が手配した者達が各所で対応している。だが暴徒よりも厄介な事態が起きている。天災に巻き込まれないようにするためにも、お前達には被災予測地点の市民の避難を優先してもらう」
「はっ! 畏まりました」
どうやら事態は私達が想像していたよりもずっとひどいらしい。
このままでは動けないチェルノボーグを天災が直撃するという。
たしか南側には高校や住宅街が密集していたはずだ、避難を急がなければならない。
近隣の避難所の場所を頭に思い浮かべながら歩きだす。
だが、その前に。
「なあ、君」
「どうしました?」
さっき助けてくれた青年に声を掛ける。
「さっきは助かった。私達が狙われないよう、注意を引いてくれていたんだろう?」
「どういたしまして。でも警察さんも市民を最後まで庇っていたじゃないですか、お互い様です」
「それが私達の仕事だからな」
顔の半分が覆われていようとも、彼の微笑みは眩しかった。
避難に夢中で心無い暴言を私達に浴びせる市民もいる中、感染者の彼は私達を認めてくれていた。
「それでもです。誰かを守りたいという気持ちは、制服を着ただけじゃ身に付きませんから」
真っ直ぐな青年だと、その言葉を聞いて確信する。
どこまでも人の善性を、正義を信じているその姿に娘の顔が頭に浮かんだ。
だがあの娘と比べて彼からは幼いながらの無垢さは感じない。
幾度も困難にぶつかって、研ぎ澄まされてなお曲がらなかった抜き身の刃のような、いっそ清々しいまでの美しさを垣間見た。
それを身に着けるまでに、一体何度彼は苦難を乗り越えたのだろうか。
さっき言っていた、レユニオンとやらの組織が掲げていた目標。
あながち、嘘ではないのかもしれない。
「私達も同行して避難を援助します。暴徒の鎮圧などは任せてください」
頼もしい自薦に強く頷く。
先程の暴徒の鎮圧も流れるようだった。いざという時には彼らに助力してもらうことになるだろう。
そう言って彼は一瞬右手を差し出そうとして、どうしてかピクリと止まった。
中途半端に上がった手を軽く握りこみ、その手を戻した。
その行為の意味するところを悟り、途端に悲しくなった。
何故彼が感染者なのか、いや違う。
何故感染者というだけで迫害されなければいけないのか。
まるで何事もなかったかのように装い、被災予測地点へともに向かおうとする彼ら。
その後ろ姿に、自分が情けない気持ちになった。
今まで、鉱石病など対岸の火事のように考えていた。
時々浮浪者の中に感染したものがいたが、彼らを監視隊等に引き渡すことに何の躊躇いも感じなかった。
だが、自身と関係のない市民達を救わんとする彼らを見て今更ながらに思う。
彼らの嘆きや怒りを生み出したのは、本当に源石だけなのだろうか。
「よろしく頼む」
だから、そんな彼らに私は右手を差し出した。
「おい」
相棒が心配して私の肩を掴むが関係ない。
感染者だからなんだ。
今ここでその手を取らなければ、私は一生妻や娘に胸を張って守ると言えないだろう。
振り返った彼は私の掌を見つめていた。
今まで当たり前のものだった感染者への忌避感や恐怖がこの手を震えさせる。それを抑え込むだけで嫌な汗が流れた。
そんな私の内面を見透かしたように彼が笑う。
「ふふ。心配しなくても鉱石病は接触感染はしないので大丈夫ですよ?」
「すまんな」
「いえお気になさらず。むしろそれでもなお手を差し伸べてくださったことの方が驚きです」
「警察でもないのに一緒に戦ってくれるというのだ。ならばせめて、礼は尽くしたい」
私の言葉に数秒呆けていたが、やがてその口角が上がっていく。
右手が勢いよく握り返された。
「ならば、それに全力を以て応えます。皆んな、守り切ってやりましょう!」
「ああ、よろしく頼む」
掌から感じる熱は、温かい。
私達と何ら変わらないその感触に、私は初めて感染者というものを知ったのだと思った。
とある移動都市の軍事基地、そこで秘密裏に集会が行われていた。
集まったのはどれも外国との戦争を望む軍の上層部。
綿密に計画し実行に移した作戦の成功を誰もが疑っていなかった。
だが、現在その場は罵声と怒号に支配されていた。
「送った工作部隊の7割が撃退されているのだぞ? 失敗以外の何であるというんだ!」
「せめてボリス侯爵を仕留められないのか? 奴が万が一生き残りでもしたら保守派に加担するのは目に見えているぞ」
「強襲部隊からは見失ったとの報告を受けています」
「何としても見つけ出せ! 無いとは思うがこの件が我々の仕業とバレるような証拠を持っていたらおしまいだぞ!」
「先程現地の工作部隊から連絡がありました。チェルノボーグの制動室が襲撃されているそうです」
「どういうことだ?! 制御鍵は処分したのだろう?」
「はい。制動室のものと行政長であるボリス侯爵の物は破壊したと確認は取れています」
「ならよい。天災が痕跡を全て消し去ってくれるはずだ」
次々と部隊の壊滅の知らせと作戦目標の失敗の一報が無線から流れる。
その度に将校の拳が机を揺らし、何度も叩かれたそこはヒビが入っていた。
彼らは、その怒りの原因を忌々しそうに呟く。
「くそ、レユニオン・ムーブメントめ! 凍原で大人しくしていればよかったものを!!」
彼らにとってレユニオンはまさに目の上のたんこぶだった。
次々と源石鉱山を解放され源石価格が高騰。
討伐のために軍を出せば全滅する始末。
そんな集団が歴史に残るであろう作戦の場に居合わせ妨害してくるなど、何の偶然か。
「そう焦るな。本部で拳を振るっても敵は倒せんぞ?」
だが、その落ち着き払った声に場が静まる。
声を上げたのは軍の中でも古参のとある将校だ。
前線を退いて長いが、今回の作戦の遂行にあたり急遽その腰を上げたこの場の要となる人物だった。
「カスチェイ准将・・・失礼、取り乱しました。ですが奴らによって都市で騒動を起こすはずだった部隊がほとんど壊滅させられています」
「そうか。奴らも思ったよりやるのう」
「どうされますか?」
「なに、捨て置きなさい。奴らが足掻いたところで感染者への憎悪は止められんよ。作戦目標の1つであるレユニオンへのネガティブキャンペーンは一定の成果を得たと言っていいだろう。これで奴らも動きが鈍くなる。その間に、我々で他都市にチェルノボーグをぶつけて戦争を起こせば良いだけだ、やりようはいくらでもある。残った部隊は万が一に備え制動室の確保に専念させなさい。チェルノボーグが壊滅しなければ戦争の火種にすらならないのだから」
「ですが、それでは現地の部隊は・・・」
言いにくそうに伺う派遣部隊の司令官。
「それが何か? 彼らも軍人、古き強大なウルサスを取り戻すためならばその身を捧げることも覚悟の上でしょう」
「・・・承知しました」
なんてことの無いように天災に沈めと告げる准将の目の言いようのない底知れなさに、司令官は咄嗟に目を伏せつつそう答えた。
時はしばらく進んで、会議も一度小休憩となり各幹部は割り当てられた個室で休息をとっていた。
それは今回中心となって動いた准将も同様。
「やれやれ、老人使いの荒いものばかりだな。自らの利益と保身にばかり目が眩んでいるあたり、奴らもウルサスの益になるか疑わしい」
だが先程までの丁寧な口調とは打って変わって、肘掛けに肘をつき尊大な態度で呟く。
そこにいるのは老いた軍人ではなく、謀略を巡らせ国を裏から操る人を超越した何かであった。
「コシチェイの策が失敗したと聞いて驚いたが、まあ許容範囲内だ。替えは文字通りいくらでもいるからな」
私も含めて、と皮肉気にそう独りごちる。
実際、彼にとって自分の命などさして重要なものではなかった。
彼、いや
「全てはウルサスの発展のため」
席を立ち、窓辺へと向かう。
ガラスの外に見えるのはいたって平凡なウルサスの日常。
雪と鉄に彩られたそこは、もう20年近く姿を変えていない。
とても移動都市の1つが壊滅しようとしているなど考えられないほど、穏やかな景色だ。
それが、
彼らを彼ら足らしめている、ウルサスの発展への渇望。
思念の具現化とすら捉えられる彼らには、この膠着は長すぎた。
「さあ、見せてもらおうかレユニオン。貴様らの掲げる旗が、ウルサスに何を齎すのかをな」
勝てば戦争の狼煙を上げ、負ければウルサスの天秤の片方が軽くなる。
どちらに転んでも構わない。ただ、もはやウルサスに留まらないほどの影響力を持ちつつある彼らが何をなすのか、それだけに関心を寄せていた。
その男は渦中の都市、チェルノボーグに想いを馳せる。
不死の黒蛇の瞳が、静かに獲物を眺めていた。
それから数時間後。
チェルノボーグにて天災発生の報告在り。
被害は―――――
とりあえずこの章については次の話で終わりになります。
少し急で申し訳ないですが、そこから暫くは閑話と言った形で色々書きたいなと思っております。
今後の予定については未定ですが、ヴィクトリア編は書く予定ですのでお楽しみにしていてください。
あ~書きたい話が多すぎて困るッピ。