明日の方舟よ、良い旅を   作:アルパカ戦士

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しばらくメインストーリーはやらないと言ったな。

あれは嘘だ。

なんか気が付いたら本編にがっつり関わってました。
ごめんなさい。


第三十五話 万象萌芽・上

ロドス艦内

 

 ロドスもチェルノボーグでの救出任務の後始末が落ち着き始め、2月に差し掛かろうというこの時期にはすっかり日常を取り戻していた。

 

 そんなある日、いつも通りリハビリをこなしてから執務室を訪れるとアーミヤとドクターが揃い踏みだった。

 

 ここ最近は体の調子もいいし、一度ポラリスに戻り今後についてレユニオンで調整しようと思っていたところだったので丁度いい。

 早速帰省を申し出ようとお邪魔したところ、快く許可を頂けた。

 あのケルシーにも許可を取らなければいけないらしいが、この2人の決定をわざわざ覆すような事はあるまい。

 無事レユニオンに帰ってから今後の為にするべきことを頭の中でリストアップしていると背後の2人から呼び止められる。

 どうやら、報告があったのはこちらだけではなかったらしい。

 

「龍門に?」

「はい。イグナスさんとタルラさんのお陰でウェイ長官との交渉がうまく進んで、スラムでの感染者問題に協力することになりました」

「う~ん成程、いつまでもチェルノボーグだけにかかずらう訳にもいかないしな」

 

 でも、と眉間に皺を寄せて唸ってしまう。

 

 現状、龍門の感染者への処置というのはウルサスに次ぐくらいには過激だ。

 

 近衛局が発見し次第収監され、国外からの難民であっても例外はない。

 それでもスラムの一部に流れ込む感染者は日々増加傾向にあり、龍門も頭を悩ませている問題だった。

 

 その問題への専門家としてロドスを利用しようというのはいかにもあのウェイ長官が考えそうなことだ。実際原作でもそうだったわけだし。

 

 だが。

 

「協力とは、具体的に?」

「収監した感染者の皆さんの収容方法の適切化と、スラムの感染者取り締まりについて実際に巡回に協力してアドバイスをする事です」

 

 それを聞いてつい眉間の皺が深くなる。

 アーミヤも、俺の反応に苦笑いしつつも気丈に笑って見せた。

 

「おっしゃりたいことは分かります。それでも、彼らが不当に扱われる事が無いよう是正を行うまたとない機会です。近衛局の方と親しくなっておけば、今後何かの役に立つかもしれません」

 

 そこに感染者への対応政策の緩和は無く、つまりは体のいい感染者の取り締まり強化なわけだがアーミヤはそこら辺を理解しながらも諦めるつもりはないらしい。

 がんばるぞいとばかりに両手を構えファイティングポーズを取る彼女。

 そんな彼女は今昂然と来る日を見据えていた。

 

 実際、そのアプローチは有効だろう。

 あそこには、俺達と同じくスラムと感染者の問題を解決しようとする堅物な隊長様がいるからな。

 

 

「その判断は間違っていないと思う。攻めるとするなら近衛局からがいいだろう」

「どうしてですか?」

「忘れたのか? あそこの隊長は俺の義妹だぞ?」

「あっ、そういえばそうでしたね」

「いびられたらいつでも言ってくれ。お義兄ちゃんの俺がビシッと言っておくから」

「あはは」

 

 苦笑いを隠せない彼女。

 実際ビシッと言われてしまうのはこちらの方だろう。何故か俺の周りには気の強い女性が多い。

 

「俺も手伝えたらよかったんだけどな」

「仕方がないですよ。チェルノボーグ事変以来レユニオンも大変でしょうから」

 

 

 こっちを慮ってそう言ってくれるのは嬉しい。

 堪らず彼女の頭に手を置き髪を崩さない程度に優しく撫でる。

 

「すまんな。こっちもやらなきゃいけないことがある」

 

 急遽帰省を申し出たのもそう言った背景があったからだ。

 目下問題となっているのはレユニオンへやってくる感染者達の受け入れについてだ。

 

 

 あのチェルノボーグ事変以降、感染者の楽園を求めウルサス国外からやってくる感染者の数はどんどんと増えている。

 龍門、カジミエーシュ、ヴィクトリア、クルビアと今やこの大地の至る所にレユニオンの名は広がっているようだった。

 

 移動都市ポラリスや開拓した南部拠点のおかげで今は対応できているが、このまま続くといずれ問題となってくるだろう。

 特に食料や物資面が心許ない。今までは俺が直接商会の力を使って物流をぶん回していたが、俺が感染者となり表面上会長の座を部下に譲ったことで自由が利かなくなっている。

 

 補給物資については今後メインストーリーの舞台となるあのヴィクトリアの地獄絵図に関わるならいくらあっても足りないくらいだ、準備期間もそこまでないので早急に対処する必要がある。

 

 

 だがどうしたものか。

 他の商会を頼ろうにも俺が今まで築いた貿易相手の多くは従来通り頼れるとは言えないだろう。もし取引に応じてくれたとしても、会長が代わった直後のダーリ商会の足元を見てくる可能性が高い。この世界の名のある商人というのは、どいつもこいつも一癖も二癖もある油断ならない奴らばかりだ。

 俺もこのアーツがなければ海千山千の彼らに骨の髄まで搾り取られていただろう。

 

 なら新しい取引相手を探そうかとも思ったがそれも難しい。

 

 頼れる伝手といったらロドスくらいなもので、彼らも物流には手を出しているがあくまで製薬会社でありそういった補給物資に余裕があるわけでもない。

 もう少しすればロドスもイェラグとの縁ができてカランド貿易を頼れるかもしれないが、あそこは雪に囲まれた土地が本拠地、生産面に強いというよりはどちらかというと運送に主眼があるだろう。できればいざという時大量の物資を直接供給できるところがいい。

 あとはバイソン繋がりで龍門のフェンツ運輸も可能性はあるが、まだ彼はロドスと関わりを持っていないだろうし望み薄だ。

 

(いっそのこと、レユニオンの自給能力を底上げ出来たらよかったんだがな)

 

 一次産業や二次産業の生産力を上げようとすれば莫大な資本が必要になる。土地に工場、生産ラインに各種器具。商会の資金力に丸投げできなくなった今ではそれも難しいだろう。

 

「いっそアーツで解決できればいいのに、なんて」

 

 糸口すら見えず、そんな願望がつい口に出てしまった。

 

 だが、アーツは魔法のようだが魔法ではない。

 呪文を唱えれば石が金に変わるわけでもないし、物が増えるわけでもないのだ。

 

 そう、食べ物が突然増えるアーツなんてこの世の――。

 

 

「あっ!!!」

「うわ、どうしました?!」

 

 突然の大声に肩をびくっとさせるアーミヤとドクター。驚かせてごめんね!

 

 

 だがそうだ。あの人なら可能性は十分にある。

 問題は、どう縁を繋ぐかということだ。

 

 既にこの世界は俺の知るアークナイツの筋道からは多少なりとも外れてしまっている。

 彼女が原作通りレユニオンに加入するかは怪しい。

 

 ならば、こちらからうまくやるしかあるまい。

 

「何か、思いついたのかい?」

「ああ。アーミヤちゃん、少しお願いがあるんだけど」

「構いませんよ。ただ」

 

 躊躇いがちに俺を見上げる彼女は、先程からの苦笑いを若干引きつらせながらドクターとともに言った。

 

「「何だか、すごく悪い笑顔をしています(いるね)」」

「・・・それは言わんで」

 

 善良な年下の女の子と策謀の達人からのその言葉に心抉られた。

 すっかり板についてきた黒幕ムーブに、俺は今後は自重しようと反省したのだった。

 

 

 

 

 あれから数日後。俺は一度レユニオン本部へと戻りその運営に再び着手していた。

 

 俺がいない間も残った連中やタルラが上手くやってくれていたようで、滞りなく引き継ぎができた。

 

 

 そして今、俺は来る未来へ向けてその布石を打っているところだった。

 

 本部の中の会議室の1つ。少人数向けの狭い空間の中、俺は正面に座る人物に今後の提案をした。

 

「マドロック。君にはこれからアーツの練度を高めてもらいたい」

「わかった」

 

 俺の要望に()()は素直に返す。

 

 マドロック。

 レユニオン結成後しばらくして勧誘したサルカズ傭兵の1人。

 土や泥を操りゴーレムを生み出すアーツを使い、またサルカズ傭兵にしては珍しく無益な戦いを好まない好人物でもある。

 

 全身を鎧で覆い、それにアーツを充填したため声は低くくぐもって聞こえるが、俺はその中身を知っている。彼女と言ったのもそのためだ。

 

 マジでびっくり仰天だよ。着ぶくれにも程があんだろが!

 誰がこの全身鎧の中にエッチな銀髪赤眼サルカズ美少女がいるなんて思うよ。

 おかげでビッグボブ中身は美少女説なんてものもあったが、残念なことにあちらの中身はただのイカしたおっさんだった。

 

 いかんいかん、話が逸れた。

 ともかく。

 

「講師のアーツ術師はこちらで手配しておく。おそらくリターニアの古典的なアーツを学んでもらうことになるだろう。君の古代サルカズ巫術と相性がいいはずだ」

 

 対面に座った鎧の兜からは表情は伺えない。何を言うでもなくただこちらをじっと見ている。

 

 不満がある、という訳でもなさそうだ。どちらかというと何故、と疑問に思っている。

 

 やがて、マドロックはようやくその口を開いた。

 

「練兵ということなら、言われずとも研鑽を怠ったりはしない。なぜそこまで具体的な要望を出す? わざわざ講師を手配してまで私のアーツ能力を向上させようとする意図を知りたい」

 

 

 出てきたのは至極まっとうな疑問だった。

 

 こちらに戻ってきてすぐ、俺は様々な計画に着手した。

 

 今後重要となりそうな場所には潜入員としてレユニオンメンバーを派遣したり、練兵にも予想される状況を想定した訓練を綿密に受けさせている。

 

 あの長刀を携えたペッローの青年レイドは原作の闇散らす火花同様ヴィクトリアのカレドン市に派遣し、感染者援助の動向を探らせるとともにヴィクトリア全体の情報収集を任せてある。

 ビッグボブはカジミエーシュに、アレックスとミーシャの兄弟はウルサスに、サーシャは龍門にといった具合に各地で活動してもらっているのだ。

 

 W? ドクター達に会わせろってしつこいからロドスに置いてきた。まあケルシーやらドクターが上手くやるだろう。いざとなれば治療中のフロストノヴァがドクターを守ってくれるだろうし、あいつ自身ロドスの面々に絆されてなんやかんや仲間になるとみている。

 

 そんな中、どこに赴くでもなく1人だけ特別訓練メニューだなんて言われたらそりゃ疑問に思う。

 

 

 幸い、この場には俺とマドロックしかいない。

 これなら、伝えても問題ないだろう。

 急に居住まいを正した俺にマドロックは身構えた。

 

「おそらく、あと1、2年もしないうちに内乱が勃発する」

「! 場所は?」

「ヴィクトリアだ。アスラン王家が不在となり公爵達が実権を握るなか、サルカズを内部に引き入れた摂政王がロンディニウムを手中に収めつつある」

 

 マドロックに語ったのは原作のメインストーリーの後編。

 俺ですら最終的にどんな結末を迎えたのか知り得ない未来の知識。

 

「それだけでは確信は持てないのでは?」

「・・・奴らは新しい兵器の開発に力を注いでいる。首都防衛用ではない、明らかに敵拠点を強襲する類のものをだ」

 

 俺から齎された情報にマドロックは言葉を失う。

 これはレユニオン幹部にはそれとなく兆候があると伝えていることだった。でなければあんな一方的な任務内容に納得はしてくれなかっただろう。

 

 

 守るべき防壁の内部を焼いた都市防衛副砲、そして上空から一方的に移動艦を撃滅して見せたこのテラの大地において前代未聞の飛空艇。

 

 あれらの情報はこちらにも上がっている。

 まだ現物の製造はできていないようだが、都市内の軍事工場が用途も不明な部品の製造を強要されているようで時期的にも間違いないだろう。

 

「多分俺達はロンディニウムに赴き、それらと対峙することになるだろう。その時、君のアーツは必ず切り札になる」

 

 今はまだ石像というにも半端なものしか創り出せないが、専門的に学ぶ時間が取れればきっと原作以上の実力を発揮してくれるはずだ。

 

 

 何より、()()()()()()()()()()()が、敵であるサルカズ軍事委員会にとって有効なカウンターになるのだから。

 

 

 

 今はまだ彼女自身すら知らない、俺とタルラだけが知る彼女のルーツ。

 それがいつか詳らかになるその時までに、彼女には強くなってもらわなければならない。

 

 

 

 

 

 

「イグナス、あなたは」

 

 一体、何が見えているのか。

 この時、マドロックはそう口にしかけて思いとどまった。

 その疑問に答えは返ってこない気がしたからだ。

 

 

 だが、彼の眼が鮮明に告げていた。

 今可能性として語られたそれは、確実に起こる未来の悲劇だと。

 

 真剣な眼差しを崩さず彼は告げる。

 

「マドロック。君はいずれ自分のルーツに向き合う時が来るだろう。自分が何者か、問われる時が来る」

「・・・難しい問いだ」

 

 ただのサルカズ傭兵であった自分にとって、それは考えたこともない事だった。

 戦場において意味の無い問いだったこともあるし、自分自身その出生すらあやふやだったからだ。

 

 だから、私の答えはこれしかない。

 

「私は、マドロック。ただのマドロックだ」

「そうだ。お前はただのマドロックだ」

 

 だがそんな意味の無い回答に彼は強く頷いた。

 

「どんな出生であれどんな境遇であれ、それはあくまで君を形作る一部でしかない。重要なのは君がどんな人物で、何を成したのかという事だ」

「何を、成したのか」

「ああ。少なくとも俺は部隊の皆んなを守るために頑張る、仲間想いのマドロックだと思ってるぜ?」

 

 そう笑う彼に、なんだか落ち着かない気分になった。

 

 サルカズ傭兵でありながら無駄な争いを嫌う自分は、同じ種族の中でも異端だった。

 暴力に酔うこともできない。

 カズデルへの望郷の念もない。

 命と引き換えに金を得る身でありながら、その掛けた命を何よりも惜しむ性格だった。

 

 中途半端で、実力だけはあるから仲間が集った。

 そんな彼らとともに安住の地を見つけようとレユニオンを訪ねた。

 

 

(そんな私を、仲間想いというか)

 

 

 戦争が日常となっていた私達にすれば、なんとも甘くて幼稚な言葉だ。

 今日の味方は明日の敵。場合によってはその日のうちに裏切られることだって日常茶飯事だった。

 

(だからこそ)

 

 そんな私を肯定してくれた彼に、報いたい。

 そう思った。

 

 

「あ、因みにそのアーツ講習俺も受けるから」

「何故?」

「俺もアーツに関しては殆ど独学だからな。ちゃんと理論を知っておきたいというのもあるし、個人的にリターニアのアーツには興味がある。最初の内は龍門でやり残したことがあるから来れないが、それが終わり次第合流する」

「分かった。幹部も大変だな」

「お前もそうなんだけどな」

 

 そういう彼は今何を考えているのだろうか?

 その隻眼からは何も伺えない。ただ彼の中に広がる思考の海の底深さを垣間見た気がした。

 

 そんな彼が言うのだから、きっとこれも意味のあるものなのだろう。

 そう信頼できるくらいには、私も彼の事を知ることができているように思う。

 

 

 まだ見ぬ波乱の舞台に向けて、私は決意を新たにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

龍門 廃墟跡地

 

 ここ龍門は経済の中心であるがゆえに、その経済の縮図であると言われている。

 

 富を築き上げる者がいる一方で、明日の飯にすら困る人間もいる。

 そして、その両者の間には高い壁が存在する。

 

 ここ、龍門の外縁部に形成されるスラム街からは龍門の中心足る摩天楼が良く見える。遠く、高く、決して届かないそれらは両者の隔たりを可視化しているかのようであった。

 

(まあ、私もつい最近まであちら側の人間だったわけだが)

 

 ここ数週間、龍門のスラムの住人となり詳しくなった狭い路地をゆっくりと歩いていく。

 

 私の後ろにはレユニオン兵士が2人従っている。

 揃いの仮面からは表情は伺えないが、その足捌きはそこそこ洗練されていて腕は立つようだった。

 

 背後から追い立てるよう武器にはいつでも手が届くようにしているようで、その緊張がこちらにも伝わってくる。

 

 

 今、彼らに奇襲を仕掛ければ勝算は半分よりは高いだろう。

 武器になる物は手元にないとはいえ、それだけで無力になるような鍛え方はしていない。

 

 

 だが、私はその一歩を踏み出そうという気にはなれなかった。

 既に私は、どうしようもなく()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 彼らに促されるまま道を行き、やがて1つの廃墟に辿り着く。

 比較的広いそこはスラムには珍しくコンクリート造で、内装はすっかり剥がされむき出しの灰色の壁が目立っていた。

 

 その中の一室に通される。

 

 待っていたのは、レユニオン兵士のなかでも上位に位置するだろう者達数人。

 

 そして彼らの前で向かい合うように設置されたソファ。その片方に座るウルサス人の青年。

 

 彼の左目がこちらを射貫く。それだけで、全てを見透かされている気がした。

 いや、実際全てお見通しなのだろう。でなければ、私がここに呼ばれることも無かった。

 

「よく来てくれました、()()()

「・・・お初にお目にかかる。レユニオン幹部、イグナス殿」

 

 この得体の知れない怪物を前に、声が震えなかったのがせめてもの抵抗だった。

 

 

「さて。我がレユニオンに入隊してまだそれほど経っていないでしょうが、どうです、慣れましたか?」

「能書きはいい。態々龍門から合流した只の一隊員を呼びつけたのだ、私の目星もついているんだろう?」

 

 失態だ。半ば諦めの境地で沙汰を待つ。

 

 感染者の救済、そして非感染者との共存を掲げるレユニオン。

 もはやその名前はウルサスに留まらず龍門の貧民街にまで広がっている。

 

 それに伴って高まる抑圧されていた感染者の暴動の機運。

 彼らが直接関わっているのか確証はない。だが今はスラムの支配者である鼠王らによって表面化はしていないものの、今までにない住民の動きに慎重にならざるを得なかった。

 

 そしてとある事件を切っ掛けに感染者となり近衛局の居場所を失っていた私は、近衛局の特別偵察隊隊長である元部下のチェンと秘密裏にレユニオンへの潜入任務を画策した。

 彼らの動向を把握し、もし龍門の安全を脅かすようなことがあればそれをリークし阻止する事、それが私の役割だった。

 

 

 だが、私は潜り込んだどころか誘い込まれていたらしい。

 

 龍門からの感染者に紛れてレユニオンに合流してから僅か数日後、ナインという者はいるかと遣いが来た。

 

 大して目立ってもいない、ましてや上に名前が伝わるような事など何一つしていないにも関わらずだ。

 その場でこの潜入任務の失敗を悟り逃げ出さなかった事を後悔している。

 

 この任務について知っているのは極僅か、片手で数える程しかおらずその誰もが情報を漏らすわけが無かった。

 だからこそこの私の存在に気付いた人物、今私の正面に座る青年があのウェイ長官を超える策略と知啓の持ち主であるという事実にいっそ畏敬の念を抱く。

 

 私は潜入員として何一つできないまま、いつの間にか詰みの盤面に立たされていた。

 

 

 もはや私の命は彼が握っている。ここで逃げ出そうとも考えたが、傍に控える戦闘員達の練度を見ればその成功率がもはや0に近い事は明白だった。

 

「さて。ナイン、君をここに呼んだのはいくつか確認したいことがあるからです」

「私の事は好きにしろ。だが仲間を売るほど私は落ちていない」

「安心してください。話したくなければ別にいいです。それに質問の内容は君に関する事だけですよ」

 

 別にいい、か。黙秘するなら尋問してでも口を割らせるという事だろう。

 

「確認です。君は植物を自在に操る、もしくは成長させるアーツが使えますか?」

 

 心臓が鷲掴みにされたようだった。

 

 私がレユニオンに加入してからまだ一度もアーツは使用していない。

 にも関わらずそれを把握しているという事は彼は私の前職の情報まで把握しているという事だ。

 

 一体どれだけの頭脳があればそこまでたどり着くことができる?

 目の前の人物の底知れなさに冷や汗が流れる。

 

「そのアーツの対象の植物に制限はありますか?」

「・・・いや。得手不得手の傾向はあるが、植物ならば大体が対象になる」

 

 もはや口を閉ざしたところで意味はないだろう。これほどの人物ならばいずれ自力で辿り着いてしまう。

 私にできるのはせめて近衛局の情報だけは漏らさず、彼らがチェンの存在に気付くのを遅らせる事くらいだ。

 

「じゃあ、例えば小麦やジャガイモなんかの穀物にも使える?」

「ああ。試したことはないが可能だろう」

 

 思えば数奇な人生だった。感染者を取り締まっていたはずが自らが感染者となりあの時庇った部下が今や隊長だ。あいつは教えられた事は少ないが優秀で芯のある奴だ、せめてその志が使命に押し潰されない事を祈って―。

 ・・・待て、ジャガイモ?

 

 

 この雰囲気にそぐわない単語が出てきた気がする。

 

 正面を見れば、件の彼は今までよりさらに真剣みの増した眼差しで私を見据えている。

 まるで世界の命運を決めるような重苦しい表情だ。

 それを見て先程のはただの聞き間違いだと確信した。

 

 そんな彼がようやく口を開く。

 さあ、どんな扱いを受けようとも私は屈しないぞ。

 チェンが形作る新しい龍門のため、せめて元上司としてできることを。

 

 

 

「ナイン。レユニオン幹部に興味ない?」

 

 

「・・・・は?」

 

 

 ・・・こうして私はなぜか当初の予定通り、無事にレユニオンの中枢へ手を伸ばすことに成功した。

 

 

 

 

「いや~ほんと助かるわ~。もうこれで悩みごとの半分が解決したぞ!」

「私は何をしているんだ・・・」

 

 潜入工作員の私があろうことか幹部に抜擢された数日後。

 私達は彼らの本拠地、移動都市ポラリスの上で畑仕事をしていた。

 

 

 もう一度言う。畑仕事をしていた。

 

 

「今後の事も考えて食料自給率を上げなきゃなって思ってたんだが、まさに渡りに船! よっ、農耕の女神ナインさま!」

「集中が途切れるから少し黙っていてくれないか?」

 

 もはや言葉遣いに気を回すほどの体力も残っていない私は、ぞんざいに彼を黙らせる。

 

 

 静かになったところで眼下に広がる大地を見つめアーツを発動する。

 すると細長い畝に沿って次々と種が芽を出し青々とした双葉を広げていく。

 そして1分もしないうちに周囲は緑に染め上げられた。

 

「うわあ、すごい!」

「これで今年の収穫祭も万全じゃな」

「やるなあ、ねえちゃん」

「・・・ああ」

 

 他の従業員達がこぞってその様子を称賛する。悪い気はしないが想像とのあまりの落差に精神が追い付いていなかった。

 潜入任務とはもっと緊迫としていてかつそれを相手に悟られない狡猾さが必要なものだ。このような田舎の村落のご近所付き合いみたいな呑気さに私は面食らっていた。

 

「よし。これで来年までに食料を貯めこめば十分だ。ナイン、今後ともよろしく!」

 

 あまつさえ私の企みを看破して見せたこの男がこの有様だ。

 何を考えているのか分からず、差し出された手を握りかねていた。

 

「ああそれと。龍門に送るだろう報告書については特に検閲とかもしないから好きに送ってくれ」

「!! 何を言っている?!」

「実際知られて困るようなことそんな無いしな。逆に龍門のトップに知っておいて欲しい事なら山ほどあるんだけど」

 

 呑気な口調ではあるが、この男は自分が何を言っているのか自覚しているのだろうか。

 あえて獅子身中の虫を飼いならし、龍門とのパイプ役として使おうというのか。

 何を考えている? もはや私達など脅威とすら思っていないのか、それとも。

 

「ついでにタルラからの手紙も渡してくれると助かる。あいつも何だかんだ妹の事は心配らしくてな」

「断る。私は伝書鳩ではないのだぞ」

 

 身内にでも相談するかのような頼みごとをしてきたので流石にキレた。

 そんなことをすれば私が二重スパイのように思われても仕方がないだろう。

 

 強い拒絶にすっかりしょぼくれたこの男を見て認識を改める。

 

 

 この男、結構な馬鹿者かもしれん。

 

 

 

「それにしても、なんでナインはレユニオンに派遣されたんだ? そんなに悪目立ちはしていないはずなんだが」

 

 話題を変えようと私に尋ねてきたのかは知らんが、そんな事も気付いていなかったとは少し意外だ。余計に先程の推測が正しいのではないかと思ってしまう。

 

 

 

「お前達レユニオンの活動が龍門でも活発になってきていてな。最近では近衛局隊員への暴行にまで発展しているのだぞ」

「は?」

 

 だがそれを聞いたイグナスは今まで見た事が無いほど驚愕していた。

 

「なんで、暴力事件? そんな事命令していないぞ」

「何?」

「被害は? 何でレユニオンの犯行だと言える?」

「待て落ち着け。幸い死傷者は出ていない、スラムや路地裏の巡回をしていた隊員が徒党を組んだ感染者に襲われるという事件が急増している。彼らを取り調べたところ、レユニオンの装束に身を包んだ者に襲撃の場所や時間を教えられたという点が共通していた。中には捕らえられはしなかったもののレユニオンの兵士が直接襲撃したというものまであった」

 

 言い募る彼を抑え経緯を伝えると、彼は黙りこくってしまった。

 なにやらブツブツと言っているのは聞こえる。

 

「確かにそんな報告は受けていたがこれくらいの問題解決できないはずが」

 

 

 

 この男は馬鹿者かもしれないが、間違いなく頭は切れるだろう。

 実際に私の存在を事前に把握し利用して見せたわけだからな。

 

 

 だがそんな男ですら想定外の状況に陥っているという事実に、私は件の龍門がある方角を向いた。

 

 切れ目のない暗雲が、どこまでも続いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ナインの奴、上手くやっているようだな」

 

 龍門の近衛局の執務室。その隊長席でつい先ほど届いた資料を確認しながら笑みを浮かべる自分の上司。

 私にとっても元上司にあたる彼女が壮健であることは嬉しいが、かねてから疑問だった事を尋ねる。

 

「まったく、レユニオンについて探りを入れたいのであればこのような迂遠な手段を取らなくてもよかったのでは? 素直に姉君に聞けばいいでしょう?」

「いやそれはだめだ。一組織としてレユニオンがある以上、奴の思惑を外れる可能性もある。客観的な立場から奴らを評価する事は必要だ」

 

 毅然とした態度でそう嘯く。

 身内にも厳しい事は彼女の人柄を思えば当然だろう。だがより近く、長くその傍でこの人を支えてきた私からすれば思惑が他にも有るだろうことは一目瞭然だった。

 

「なるほど。元上司に新たな居場所を、という考えはないわけですね」

「・・・何のことだか」

 

 やはり私の予想は当たっていたらしい。

 いつもであればはっきりと物を言う彼女が言い淀んだのが何よりの証拠だろう。

 

 3年前のあの日以来、尊敬していた上司であり師である彼女の輝きは日に日に翳っていった。

 遂には近衛局と龍門を視界に入れる度にどこか失望の念を瞳に浮かべるようになった頃、降ってわいたように此度の問題が表面化した。

 

 ここ龍門で感染者となることはもはや公的な身分を剥奪されるに等しい。

 

 だからこそ、新たな地へ彼女を送り出そうと我が不器用な隊長は考えたわけだ。

 なんだかんだ言いつつ送り先がレユニオンであるあたり、姉君の事も信頼しているのでしょう。

 

 場の空気を切り替えるようにわざとらしい咳をする隊長。

 

「ともあれ、どうやらここ最近の龍門での感染者の暴動はレユニオンの意図するところではないらしい。だがそれにしては不可解だ」

「ええ。そうですね」

 

 私達2人は揃って同じ資料に目を落とす。

 

 それは捕まえたスラムの暴徒の調書だ。そこに記載された複数人の証言からは、ある1つの事実が浮かび上がる。

 

「彼らは総じてレユニオンの兵士と思われる人物に唆されている。だが、肝心の彼らにその気はない、と」

「ああ。おそらく外部の手が入っている」

 

 眉間に皺を寄せる隊長。

 

「こんなことをして何のメリットが?」

「分からん。だがこれは大きなヒントになる。これを画策した奴らはレユニオンと龍門が揃って共倒れしてくれることを望む奴らだという事だ」

 

 内から湧き上がる怒りを抑えられないのか資料を叩きつけるように机に戻し立ち上がる。

 私もそれに合わせて立ち上がった。

 

「丁度ロドスとともにスラムに立ち寄る機会もある。視察と並行して黒幕を調査するぞ」

「はい隊長」

 

 

 この後もするべきことは山積みだ。移動の為近衛局のエレベーターを待っていると、ふと気になったのか隊長が私に意見を求めた。

 

「最近、ナインからの報告書に穀物生産量の前年比やら流行中の病害への対処法などが記載されているんだが?」

「あの人もマメですからね。知り得た情報は全て送っているのでしょう」

「そうか・・・・いや、あいつはレユニオンで何をしているんだ?」

 

 最後まで答えは出ず、隊長は首をかしげながら扉が閉まった。

 

 

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