明日の方舟よ、良い旅を   作:アルパカ戦士

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第三十六話 万象萌芽・中

 私は、何故戦っているの?

 

 父さんと母さんの復讐のため?

 ならどうして感染者を助けているの?

 

 感染者のため?

 ならどうして源石結晶の黒い輝きを見る度言いようのない怒りと嫌悪が胸を満たすの?

 

 平和のため? 

 その先で穏やかな笑顔を浮かべる自分を想像できないのに?

 

 

 分からない。

 

 感染者の苦悩も理解できないまま、それを解決しようと武器を取った私の心さえ見失って久しい。

 

 割れたガラスに反射した私の顔は、まるで物言わない人形の様だった。

 

 

 

 

龍門

 

 ロドスと龍門近衛局。龍門における感染者問題に対応するための専門家としてここ数日行動を共にしているはずの両者の足取りは重く、その間に漂う空気もどこかひりついていた。

 

 龍門における感染者の処遇の改善、その為に結ばれたロドスと龍門の協定は今やその在り様を大きく歪めてしまっていた。

 

 ただでさえ感染者弾圧の激しい龍門、くわえて協力の内容も感染者収容施設の管理実態の把握、そして実際に感染者の取り締まりに協力することだったのもありモチベーションを保ちにくい状況。

 そして近衛局から齎された同盟関係にあるはずのレユニオンが龍門でテロを企てているとの情報。

 

 龍門とレユニオンの板挟み状態となったアーミヤ達一行は現状の把握とこの事態の改善に追われていた。

 

 

 今も護衛の何人かを連れてスラムの路地を行くアーミヤとドクターは、今後起こるであろう事態に頭を悩ませていた。

 

 おそらくチェンやウェイ長官がレユニオンのリーダーであるタルラの人柄を事前に知っていることもあってかすぐさま強硬策に出る気配はない。

 だが日に日にスラムの住人との衝突が増える近衛局は不満を募らせていた。それが爆発しないのはチェンのリーダーシップあってのものだろうが、爆発すると分かっている火種をそのままにしておくわけにもいかない。

 

 早急に両者の間の摩擦の原因を取り除く必要がある。

 

「おそらく外部から何者かが紛れ込んでいるんだろう」

「はい。タルラさん達がこの状況を良しとするとは思えませんしメリットもない筈です。問題は」

「ああ。こうなるまでに彼らが自力で鎮静化できなかった、それが問題だ」

 

 

 アーミヤとドクターが互いに頷く。

 

 レユニオンの幹部はやり手だ。タルラやイグナスを始め統率力に長ける者が多くその下で行動するメンバー1人1人の士気も高い。

 ただの末端の暴走と言うにはここまで解決に時間をかけている時点で不自然だ。

 

 そうなると問題はその勢力の正体と狙いだ。

 

「チェルノボーグの件でしょうか?」

「どうだろう、可能性はあるけど他国のスパイをここまで積極的に動かすだけの余裕があるかは少し疑問に思う。ボリス侯爵の話では皇帝派が黒幕を抑えようと本腰を入れ始めたらしいし、今龍門と事を構えてもいい事にはならないはずだ」

「では、どこが?」

 

 推論を元にその可能性を否定するドクター。

 しかしその先へは思考が進まない。

 

 いくら懸命に知識を吸収していようと未だ記憶は失ったままの状態では知り得ないこともある。

 彼の頭の中には今のところ容疑をかけられるだけの候補は浮かばなかった。

 

 

「いずれにせよ、今回の龍門との共同事業を通してこの事態を解決するしかない。彼女らとの連携が鍵になるだろう」

 

 そう言ってドクターは前方で部下達に威厳を以て指揮するチェンを見遣る。

 

 職業上公にレユニオンを庇うようなことはせず厳然と取り締まりに努めてはいるものの、逸る部下達を抑え見事に職務を全うさせている。

 散開した部隊に無線を飛ばしながら龍門の地図の前で唸る姿はその年に見合わず堂に入っていた。

 

(龍の妹もまた龍、ということか)

 

 ドクターはチェンの評価を上げる。

 

 聡明で力強く、信念を貫き通そうとする意志もある。迷いなく職務を全うする彼女の姿に隊員の多くが心から従っていて、あのウェイ長官が跡を継がせようとするのも分かる。

 

 

 ただし、これでレユニオンの面々が捕まってしまえば事態はさらに混迷を極めるだろう。

 最悪龍門以外からレユニオンのメンバーが仲間を奪還しようと集結し全面的な戦闘に発展しかねない。

 

「アーミヤ」

「分かっています。今別動隊がレユニオンの動向を探ってくれていますから」

 

 

 近衛局の彼らに気付かれないよう、端末を操作したアーミヤはドクターを見上げて頷く。

 

 これから先、チェン達一部の思惑を除いて、事件の首謀者と思われるレユニオンを捕らえようとする近衛局と一見協力しながら裏で彼らの逃走を手助けしなければならない。しかもそれと並行して真の首謀者を見つけ出す必要もある。

 そしてそれはチェンやホシグマ、そしておそらくウェイ長官も同じ思惑があるとみて間違いない。

 

 幸い、レユニオンの居場所は今のところ明らかになっていなかった。何度か偵察に出た近衛局員と接触、戦闘に入ったもののすぐに行方を見失ってしまっているらしい。近衛局の庭とでも言うべきこの地でここまで足取りを掴ませないとなると、龍門に駐留していたレユニオンの部隊は相当隠密に長けていると見るべきだろう。

 

 

 彼らがこちらの別動隊以外に見つからない事を願いながら、黒幕を炙り出すため頭を捻る。

 

 

「もー。そんなに考えこんだら眉間の皺が取れなくなっちゃうわよ?」

 

 だが場にそぐわない、どこか能天気な声がドクターの思考を止めた。

 

 声のした方を向けば、明るい髪をしたヴァルポが眉間をほぐしながらドクターを覗き込んでいた。

 

「フランカ、ドクターの思考の邪魔はしない」

「優等生サマはお堅いわねえ。アーミヤちゃんも、もっと肩の力を抜く!」

「うわあ! フランカさん、私は大丈夫ですから」

 

 特に嫌がる素振りを見せないアーミヤに気を良くしたフランカはそのままアーミヤの艶やかで柔らかい髪を撫でつける。

 彼女の相棒であるリスカムは少しだけ眉をひそめたものの、いつもの事と割り切って引き続き周囲の警戒へと意識を向けた。

 

 

 そんな彼女らの様子を見つつ、思考を切り替えるドクター。

 重苦しい雰囲気に包まれたこの場でなお明るさを失わない彼女に、張り詰めていた緊張を解された。

 

 どのみち、首謀者に当たりをつけなければ作戦の立てようがない。

 今は別動隊がレユニオンと合流するのを待ち情報の収集に努めるのが一番。その為にも、今は近衛局との連携に意識を割くべきだと判断した。

 

 今一度、部隊を動かすチェンを見る。

 

 彼らとて悪い人間ではない。忠実に職務を全うし自らの住まう都市の安全を守ろうと必死なだけだ。

 

 様々な思惑を抱えながら結んだ今回の協定、その結末が全ての陣営にとって良いものになる事をドクターは密かに願った。

 

 

 

 

 

 

 

 そんな大捜索が行われている一方、龍門のスラムに数多くあるとある廃墟の一室に多くのレユニオン兵が集まっていた。

 一部は近衛局との接触時に負った傷の手当てを受けていて、巻かれた包帯からすぐに血が滲みだしていた。

 

「すまねえ。隊長」

「気にするな。今は休んでおけ」

 

 

 そんな彼らを束ねるのは未だ年端もいかないフィディアの少年だった。

 青白い肌には逃走時に付いたのであろう泥が擦れた跡が目立っている。だがそんなことに目もくれず、負傷した人間を目の当たりにしながらも冷静に対応し自らの部隊の状況を冷静に把握していた。

 

 どこか幼さも感じる相貌に似合わず、堂々としたその態度は確かに彼が部隊を率いるリーダーであることを示していた。

 

 

 彼、サーシャは一度部屋を離れ外が見える窓枠からゆっくりと周囲を伺う。

 

 龍門のなかでもここスラムは基本的に道に往来はなく、それゆえに人の気配もほとんどしない。

 いつもと変わらぬその様子に、ひとまずここが安全地帯である事に安堵する。

 

 

(ここまで事態が悪化するだなんて、失敗だな)

 

 

 イグナスから龍門で活動するよう指示を受けてから、ここまでそのアーツを駆使して目立たぬよう情報収集と感染者の保護を続けていたサーシャ。

 だがここ最近、妙な方向に進んでしまい、事態の深刻さに気付いた時には既に近衛局との溝がそう簡単に埋まらないほど刻まれてしまっていた。

 

(だが、どういう事だ? これだけ探しても犯人の足取りさえ掴めないなんて)

 

 何も今までただ指を咥えて見ていたわけではない。

 唆されたという感染者達を騒ぎを起こす前に捕まえ犯人の容姿を聞き出したり、時には陽動を使い犯人を誘き出そうともした。

 

 だが聞き出した容姿はどれも没個性的で捉えようがなく、ただレユニオンの一員だという事しか分からない。

 くわえてこちらが仕掛けた罠には一切掛かる気配すらなく、完全に後手に回ってしまっている状態だった。

 

 

 そして遂に先日、近衛局が本格的にレユニオンの捕縛に乗り出したことでその捜査も打ち切り逃げに徹するしかなくなってしまった。

 

 

 窓からこちらが見えないよう、壁際に寄りかかりながら1人今後の方針に頭を悩ませる。

 

 ここまで徹底してこちらに正体を晒さない以上、今は自分達の身の安全を優先するべきだ。

 何故かこちらを追い詰めているのは近衛局のみだ。その事から奴の狙いはあくまでも龍門とレユニオンの決裂、あるいはそれによって得られる何かであることには違いない。レユニオンを騙る黒幕がこちらに直接的な襲撃をしていないのは救いだった。

 

 

「あとは龍門からの逃走ルートだな。アーツで包囲網を抜けようにも近衛局の配置は押さえておきたい」

 

 自分の操るアーツをサーシャは過信していない。

 確かに姿形を完全に消し去ることができるのは強力だが、これだけの大人数をあれだけの連携を誇る集団から隠し通すのは至難だろう。

 

(今は確かロドスも龍門にいるらしいし、彼らと接触できればあるいは)

 

 

 助けを求める、そう現実的な案が頭に浮かんだところで廊下へと繋がる出口から足音がした。

 

 今まで培ってきた戦闘員としての勘が咄嗟に体を動かす。

 

 物音がした方向にクロスボウを構える。見据えたフロントサイトのその先には、まるで鏡合わせのように同じくクロスボウを構える人影があった。

 

 暗闇のせいで相手の顔は伺えない。だが鋭い金属の光沢がこちらに向けられていることはわかった。

 

 

「動くな」

「そちらこそ、撃たない方がいい」

 

 互いに相対する人物の動向に全神経を集中させる。あと少し指を引けばその矢が相手に放たれる。

 だがそんな決定的な決裂に至る前に、サーシャは窓から差し込んだ相手の胸元に見覚えのあるマークを見つけた。

 

「そのロゴ、もしかしてロドスのオペレーターか?」

 

 返事は無い。その代わり構えられていたクロスボウの銃口は下げられ、人影がこちらに歩み寄ってくる。

 

 暗闇から抜け出たリーベリの少女は、やけにぶっきらぼうに告げた。

 

 

「あんたがサーシャ?」

「お前は?」

「グレースロート、ロドスの人間よ。あんた達を助けに来た」

 

 

 サーシャは予期せぬ援軍に密かに浮き立つ一方で、気配が1つしかないことに違和感を覚えた。

 

「あんた1人でか?」

「・・・別動隊がいる。それに本隊と通信はできるから。近衛局と一緒だし警備配置も筒抜け」

「なるほど、分かった」

 

 一瞬返答に間があったことを怪訝に思ったものの、すぐに問題は無いと判断する。

 必要な情報は全て手に入った。そもそも接敵を前提としていない以上過度な増員は発見のリスクを高めるだけだ。

 

「なら一緒に来てくれ。準備が整い次第、一緒に逃げる」

「分かったわ」

 

 そう言って2人連れ添って階段を下りていく。サーシャは事態が好転することに胸を撫でおろしながらも、どこか一抹の不安を感じていた。

 

 

 やがて共有された近衛局の警備配置を参考にスラム脱出計画を立てたレユニオンの面々はそれを実行に移す時が来た。

 

 だがそこで、思わぬハプニングも発生した。

 

 

「だから、もう少しゆっくり行けねえのかよ!」

「特別扱いなんてしない。今はお互いここを離れるのが優先のはず」

 

 

 これまでの近衛局との接触により、レユニオン側は何人かの負傷者を抱えている状態だった。

 当然、進行速度はそれに釣られて遅くなる。当初の計画よりも若干の遅れが目立ち始めたところで、先導するグレースロートがそれを指摘したのだった。

 

 なんてことの無い、至極真っ当な意見だった。

 だが問題はグレースロートの言い方にあった。

 

 ただでさえ周りを近衛局の隊に囲まれて神経がひりついているこの状況、周囲に気配を悟られないよう呻きを抑えながらも歩く負傷兵に向かって無遠慮にもっと速度を上げろと言ったことで一部のレユニオン兵の反感を買ってしまった。

 

 

 グレースロートもそこで引けばよかったのだが、頑なな態度を崩さなかったため摩擦が悪化し遂には口論にまで発展していた。

 

「さっきから黙って聞いてればなんだその態度は? 俺達の事はどうでもいいってか?」

「進行が遅れているのは事実でしょ。甘えないで」

「何だと?!」

「まあ待てお前ら」

 

 ヒートアップする若者2人に待ったが入る。

 負傷兵の1人、足に切創があったため最も歩くのに苦労していた男が2人の間に立った。

 

「ですけど先輩! こいつ」

「いいんだよ、俺がチンタラ歩いてたのが悪いんだ。おい、痛み止めは無いか? あと止血剤も」

 

 そう言って医療担当のレユニオン兵に薬を迫る男に、難色を示す。

 

「あるにはありますが、副作用がひどいからあまり使わないって」

「ここで全員が捕まるよりはいいだろう? どうせここを出たら存分に休ませてもらえるんだ」

 

 納得しきれていない彼を宥め、嬢ちゃんとグレースロートを呼ぶ彼。

 

「すまなかったな、言い辛かっただろうに」

「・・・別に。気にしていない」

「ああ。ありがとうよ、嬢ちゃん」

「それと、嬢ちゃんはやめて。子ども扱いはしないで」

「おおっと、すまねえ。頼りにしてるぜ、ロドス」

 

 

 結果的に年長者の彼が大人の対応をしたことでその場は治まった。

 だが彼らの何人かは未だに含みのある視線をグレースロートに向けており、一方の彼女はそれまでとは打って変わり物静かになった。

 

 そんな彼らを、1人俯瞰して見つめる少年がいた。

 

 

 

 

 

 

『おおっと、すまねえ。頼りにしてるぜ、ロドス』

 

 

 なんだというんだろうか。

 いつもなら、ここで一悶着は起こっていた。そう理解していながらも改めるつもりはないけど、やけに反応が温かくて変な感じだ。

 

 だかららしくもなく、こんなことをしてしまっているんだろう。

 負傷兵の1人、つい先程私達の諍いを宥めた彼に肩を貸して歩を進める。

 傍らの彼は敵に気付かれないよう、痛みによる呻きを懸命に抑えていた。

 先程までは効果を示していた薬も次第に切れ始めたらしい。

 

 体調に異変は無いか、それが気になって彼を視界に入れるが、破けた衣服の奥にチラつく源石結晶が目に入る度、支える彼を衝動的に跳ね飛ばしそうになる。

 それを必死に抑えて、意識を逸らそうと正面を見据えた。

 

 

(私には、分からない)

 

 感染者と非感染者を等しく救おうとする彼らの真意も、何故ここまで絶望的な状況に追い込まれてなお笑えるのかも。

 ロドスの謳う未来が果たして本当に実現可能なのかすら、想像もできない。

 

 私はただ命令に従っているだけ。

 アーミヤがそう願っているから、それが正しいのだと口で真似ているだけ。

 一時は感染者と話すだけで反吐が出そうだった自分が、どうにか我慢できているだけ。

 

 

 流石に大の大人1人を支えながらの移動は疲れた。

 休憩地点へと辿り着き全員が一室で休む中、そこから少し離れた部屋と向かう。

 

 指先の震えを悟られないよう誤魔化しつつ、彼らが集まっている場所から少し離れたところでようやく人心地が付く。

 誰も居ないことを確認してから休憩とばかりに腰を落ち着けると今までの疲労が一気に押し寄せてきた。

 

 入口を見れば僅かに彼らの気配も感じられる。ここであればどこへ行っていたなどと非難されることも無いだろう。

 彼らの隊長なのだろう、サーシャという名の少年が通信機を手に連絡を取っている。

 私とそう年も変わらないだろうに、隊の様子を睥睨しながら通信相手と情報を遣り取りする姿は堂に入っていた。

 一瞬こちらに視線をやったのは気になるが。

 

 やがて話が纏まったのか通信機を下ろした彼が何かを言う前に、隊員達はその言葉を待っていた。

 

「現状、龍門の近衛局が表立ってこちらを追撃してくることはない。だが代わりに暗部の人間がスラムを中心に包囲網を形成し始めているらしい。こちらの動向についてはロドス側も把握していないから、計画通りという訳にはいかなくなった」

「そんな」

「隊長のアーツでもダメなんですか?」

「作戦行動中ならともかく、隊の全員を隠しながらの移動では保ちそうにない。それに一度対峙して分かったが奴らは裏の戦いに慣れている相当な手練れだ。途中で気付かれる可能性が高い」

 

 これまでの道中、一度だけ彼が隊を置いて1人単独行動をしたときがあったが、恐らくその際に接触したんだろう。帰ってきた彼が妙に張り詰めていたことからも可能性は高い。

 

 その場の士気が目に見えて下がる。

 特に負傷した者は悔しさで奥歯を砕きかねない程噛みしめていた。

 

 そのうちの何人かが何かを決心したように口を引き結び、再び開こうとしたがそれは他ならない彼らの隊長の言葉によって遮られた。

 

 

「だから今、レユニオンとロドスに応援を依頼している。もうこちらに向かっているらしいから、それまでここで耐えしのぐ」

 

 その提案に隊の何人かが驚く。それはつまり撤退ではなく籠城を選ぶという事だ、相当危険な橋だろう。

 実際、私も驚いている。

 さっきの話からして、()()を連れての移動はできないと言った。ならば何人か、それこそ負傷兵を置いていくなどすれば可能性はあるという事だ。

 

 その可能性を蹴ってでも、彼は全員を救う事を選ぶのか。

 年に見合わぬその覚悟に、私の中の何かが疼いた気がした。

 

 

「ここを簡易的な迎撃拠点にする。それが終わり次第、見張りを除いて全員適宜休め」

 

 声で居場所を悟られないよう、敬礼のみに留めた彼らの姿はそれでも深い信頼に満ちていた。

 

 

 そうしてブービートラップや各種配置が済んだ後、私はクロスボウを手にしたまま仮眠を取っていた。

 

 仮眠と言いながらも、あまり寝た気はしない。

 襲撃された時寝ぼけている訳にはいかないし、何より目を閉じる度ここ最近は見る頻度も減っていた悪夢が脳裏を過ぎるからだ。

 

 それでも、襲い来る睡魔には勝てず瞼が重くなっていく。

 

 

 また私の目の前で流れる、現実と虚像が入り混じった悪夢。

 

 人の波に飲まれた父さん、その体が取りついた感染者達によって無残に引き裂かれる。

 そこから目を背けるように私の手を引く母さん、その手も日に日にやせ細って骨だけになっていく。

 

 母さん?

 

 そう呼んでも返事はない。それが怖くて、何度も名前を読んだ。

 

 何度も、何度も。喉が枯れて涙で滲んだ視界の先で、やっと彼女が振り向いてくれた。

 

 

 

 骨だけになった眼窩から、暗闇が私を見つめていた。

 

 

 

 

「はあっ!?」

「!」

 

 そしていつものように、恐怖で無理矢理目が覚める。

 

 息が上がり、暑くもないのに汗がとめどなく溢れてきて肌着を湿らせていた。

 かいた汗が夜風に当たって今度は体を芯から凍えさせてくる。

 

 まるであの世にいるかのような冷たさに体を掻き抱く。そこでふと目の前に人の気配を感じた。

 

 正面を見ればあの落ち窪んだ眼窩なんかじゃない、青い落ち着いた瞳が心配そうに私を見つめていた。サーシャとかいう、この部隊の隊長の少年だった。

 彼がこちらに手を伸ばそうとしたのを見て咄嗟に体を引く。

 その仕草に事情がある事を察したのか、何を言う訳でもなく私から人2人分の距離を空けて座った。

 

「うなされていた」

「・・・そう」

 

 こういう時、何も聞かないでいてくれるのはありがたい。

 思うに、私と彼は言葉にするのが苦手な同類なのだろう。

 

 この沈黙が、少し居心地良く感じる。

 

 

「感染者が、怖いのか?」

「! なん、で」

「なんとなく、距離を感じた」

 

 

 知られてしまったという事実に、なんて言葉を返していいか分からなくなった。

 

 

「安心しろ、誰かに言ったりはしない。事情があるんだろうっていうのは分かる」

 

 彼はこちらを見もせずにそう言った。あるいはそれも気遣いなのだろう。

 恐怖を押し殺して、弱い自分を見せまいとする私の本性に知らない振りをしてくれている。

 

 それが何だか気恥ずかしくて恨めしかった。こんな自分を何も言わず受け入れてくれた、たかがそんなことで安堵してしまった自分の幼さに。Ace達と違って同年代の相手だから尚更だ。

 

 もう、私は立派な一人前の人間だ。あの頃とは違う。

 武器を取った。独りで立てる。戦える。

 孤独だなんて感じない。周りの感染者の人達が私を見る目に怯えたりなんてしない。

 

 そんな自分に、成れたはずだったのに。

 

 

「・・・俺は昔、親友と2人だけで各地を放浪していた」

 

 唐突に昔話をし出した彼の方を向く。彼も柄じゃないと思っているのか少し恥ずかしそうだ。

 

「スラムで迫害されていた俺と、両親に虐待されていた親友。俺達は2人だけで生きていくしかないと思っていた。俺があいつを守るしかないんだって、色々なことに手を染めた。食べ物を盗んだり、人を脅したりな」

 

 過去のその記憶は彼にとって苦々しいものだったのだろう。視線に込められた怒りはこちらにも伝わってくるほどだった。

 

 だけど、そんな彼が途端に頬を緩めた。

 

「そんな俺達に、ある日突然姉と兄貴ができた。その人は明るくて、眩しすぎて、近くにいていいのかって思うくらいにはできた人だった」

 

 そう語る彼の表情は珍しく年相応に柔らかかった。

 

「でも、そんな事お構いなしに俺を引き寄せて、よくやったって頭を撫でられた。俺のサイズの合ってない肌着からは間違いなくこの源石結晶が見えていたはずなのに。『これからは俺がお前達を守る』そう言われた時、欠けていた何かが埋まった気がしたんだ」

 

 それを聞いて、どうしろと言うのか。

 

 私はそんな風になれない。今だって、あのアーミヤにさえ触れようとすれば手が震える。

 そんな風に心から感染者と分かりあう事は、できそうもない。

 

「無理よ。この3年間で少しはマシになったけれど、この嫌悪感はずっとこびり付いて離れない。あなたの言うその人みたいに、私はなれそうもない」

「そうか」

 

 

 

 

「きっとあんたは、()()()()()()()()()()

 

 その一言は、私を深く揺さぶった。

 

 

 

 

 

「許せない、怖い、口ではそう言いながらもあんたは俺達を助けることを躊躇わなかった。あいつに肩を貸してここまで歩いてきた。だから、きっと()()()()()()()()()()()()なんだ。なら大丈夫、いつかきっと許せる時が来る」

「なんで、そう言い切れるの?」

 

 私の問いにしばらく押し黙る彼。

 そして何故か呆れるような、ほんの僅かな笑みを携えてこちらを向いた。

 

 

「目は良いんだ。狙撃手だからな」

「・・・ふふ、なにそれ?」

 

 真剣な顔で何を言うかと思えば、たいしたこともないジョークだ。おそらく慣れていないのだろう彼の耳は暗闇の中でも分かるほど赤く染まっていた。

 それでも笑ってしまった。大した根拠もない、くだらないそのジョークが胸を温かくする。

 

 そんな心境を知られたくなくて、膝に顔を埋めた。

 

 

「・・・不安、だったの」

 

 表情を隠したまま、ぎりぎり聞こえるくらいの声量で零した本音だった。

 それまで滅多に誰かに伝えた事の無いそれが漏れ出たのは、彼が私と似ていると思ったからだろうか。

 

「これだけの人数を敵に見つからずに撤退させる経験なんて無かったから。移動が遅れたせいで完全に包囲でもされたらどうしようって」

「ああ」

「自分が言わなくちゃって、それが結果的に彼らを救う事に繋がるなら別に嫌われても構わなかった。慣れているもの」

「優しいんだな」

「違うわ。1人でいれば傷つかないから、こうやって突き放すような言動しかできない。正しい事をしているからって言い訳して、自分の中の醜い感情を発散するのを正当化しているの」

 

 卑怯でしょ? そう言って傍らの少年を見る。

 

「・・・もう休め」

「眠れないのよ。夢見が悪いの」

 

 またあの悪夢を見るのかと思うと、目を閉じるのが怖くなる。

 それでも張り詰めていた緊張の糸が切れたのか、眠気がやってきてどんどんと瞼が垂れ下がってくる。

 

 ぼやけていく視界の中、ふと誰かが歌っているのを聞いた。

 

 外に漏れたりしないよう、私にだけ聞こえるぐらいのささやき声で。

 子守唄だろうか、おやすみなさいと安心させるように告げる。

 

 それに従い、ゆっくりと瞼を閉じた。

 

 その夜、悪夢は見なかった。

 

 




俺が歌う側になるなんてな
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